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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第168話 蒼穹が落ちる

 
前書き
 第168話を更新します。

 次回更新は、
 5月31日。『蒼き夢の果てに』第169話。
 タイトルは、『落ちて来るのは?』です。

 

 
 月の明かりにのみ照らし出されたこの部屋。その隙間を夜の静寂と冬の冷気が埋めて居る。
 ここをこの宮殿――。今は王太子が暮らす宮殿として機能している小トリアノン宮殿の一室として捉えるのなら、ここは妙に殺風景な部屋だと言わざるを得ない。
 そう。確かに天蓋に覆われた寝台や、俺から見るとアンティークに分類される家具……ベッドの横に置かれたサイドテーブル。そして、俺の智慧の源泉。この部屋の印象を決定づけている壁一面を占拠した書棚、その他の調度の類はすべてかなり高価な代物である事が、月の明かりしか存在しない今の時間でも見て取る事は出来るであろう。
 しかし、それだけ。仰行な……正直、二十一世紀の日本からやって来たごく一般的な感覚しか持ち得ない俺から見て、ゴテゴテとした、ある意味、過剰なまでの演出は鳴りを潜め、至極シンプルな装飾に抑えられているこの部屋。
 もっとも、地球世界では前者をバロック様式と表現するのだと思うのだが、後者……俺の暮らすこの小トリアノン宮殿の様式をロココと表現するのかどうかは分からないのだが。

 僅かに意識を逸らした、正にその刹那。

 重ねられた彼女の右手に少し力が加えられた瞬間、純白の羽毛布団が沈む。
 微かに潤んだ瞳は、俺の瞳を覗き込むように……何かを訴えていた。

 右手が俺の左手を。そして、左手は俺の頬にそっと添えられた形。もし、今、彼女が着ているのがホルターネック型のドレスでなければ、僅かに膨らみ掛けた双丘が間違いなく見える。そう言う二人の位置関係。
 ……やれやれ。地球世界のクリスマスには有希。こちらに戻って来た途端のヴァレンタインにはタバサ。これは素直にリアルが充実していると考えても良いのか、それとも何か余計なモノ。例えば好色一代男の世之介の霊にでも()りつかれているのか。

 現在の状況に対して常に疑問を持ち続ける事は悪くない。そう冷静に考えながらも――
 彼女の瞳のその奥深くを見つめながら、小さく首を横に振る俺。そして、

「スマンけど、未だ聞きたい事がある。
 さっき、去り際にジョルジュの奴が口にした言葉。蒼穹が落ちる……と言うのはどう言う意味なのか教えて欲しいんやけど。ダメかな?」

 まさか、蒼穹が落ちて来るんじゃないかと心配していた杞の国の人々の話などではない、とは思うのだが……。
 明らかな逃げの一手。いや、確かに未だ聞かなければならない事が後いくつか有るのは間違いない……のだが。しかし、それだけが今、彼女を押し止めた理由と言う訳でもない。
 そもそも、前世の俺が彼女を最初に僧院より救い出したのは、彼女をハーレム要員の一番手に据える為ではなかった。

 大きな理由のひとつは、彼女も虚無に魅入られる可能性の高い一人だと考えていたから。
 そして、もうひとつの大きな理由は、人間と言うのは三歳までに出会った相手を異性として認識しない習性がある……と言う事らしいから。つまり、俺は彼女を俺の方の事情に巻き込まない為、最初に僧院より連れ出した心算だった。
 ……そのまま僧院で育てられると、今回の人生に於けるシャルロットのように善からぬ意図に因り、彼女を利用しようとする人間が現われる可能性が高いと思ったから。
 そしてその中で、幼い頃より姉弟同然に育った相手を異性として意識出来ないのなら、生命が危険だから……と言う理由で後に起きる可能性の高い聖戦、その最前線から遠ざける事は可能だと考えたから。

 当然、前世の両親には彼女の出自は告げて有った。
 問題は俺の意図――。彼女をハルケギニアで起きる可能性の高い混乱に巻き込まない為に。オルレアン大公シャルルやロマリアの狂人どもの野望にこれ以上、巻き込まない為に、彼女が捨てられて居た僧院より連れ出した……と言う意図をちゃんと告げて居なかった事。
 そもそも起きるかどうか分からない聖戦の事を告げたトコロで信用されるかどうか疑問があったし、最初の……転生した最初の段階ではその聖戦を起こさない心算で行動していたので、わざわざ不確定の未来の事象を話す必要はない、とそう考えていたのだから。

 もっとも、その頃の俺は、後に俺自身がガリアの王太子にでっち上げられるなどと言う事を知らなかった為に、そのような齟齬が発生したのだが……。
 前世の両親の意図も分かる。抜群の血筋を持ちながら、実家の介入がまったく為されない王妃と言う存在は王……特に若い王に取っては大きい。確かに、その場合は王妃……つまり、今回の人生のタバサの後ろ盾が不安になる可能性もゼロではないが、前世の俺の実家はガリアの東方を守る侯爵家。更に言うと、母親の実家は王家のスペア。本来なら、この家から王妃が出て居たとしても何ら不思議ではない家。
 両家ともあまり国政に口出しをして来るような家ではなかったが、それでもタバサの影の後ろ盾となるには十分過ぎる力を持っていたので問題はなかった。

 つまり前世の俺は彼女を出来るだけ戦場から、()()から遠ざけようとし、逆に両親は彼女を俺の片翼となるべく育て上げた……と言う事になる。

 俺の制止を受け、ほんの一瞬だけ不満そうな気配を発するタバサ。まぁ、流石にあのタイミングで男の側から制止すると言うのは普通あり得ないとも思うのだが。もっとも、前世の姿の彼女ならあまり問題はないとも思うが、今のローティーン風の彼女の姿では流石に色々とマズイ事もある……と思う。
 しかし、それも本当に一瞬の事。おそらく俺の妻や恋人であるよりも、俺の相棒であろうと考えているはずの彼女とすれば、頼られて悪い気はしない。
 ……はず。

「ガリアのサヴォア地方に伝わっている古い言い伝え」

 それは世界樹(ユグドラシル)より現れたヴァリャーグ(向こう岸の人々)たちに、このガリアが支配されていた頃の話。
 蒼穹に魔狼フェンリル(呑み込むモノ)が細き尾を引く時、南に在ると言われている炎の地獄(ムスペルヘイム)よりナグルファル(蒼穹翔ける船)に乗ったスルトが訪れる。

 それまでの前掛かりの体勢から、その場にちゃんと……几帳面な彼女に相応しい形に座り直した直後、普段通りの淡々とした様子で語り始めるタバサ。今の彼女からは、その直前まで感じさせていた、妙に妖艶な気配を感じさせる事もなく……。また、その内容は地球世界の北欧神話、ラグナロクの部分に重なる部分が多い。
 但し、故に――

「スルトが剣を振るう度、広がる滅びの炎――
 太陽、月はその力を失い――そして蒼穹が落ちて来る。……そう言われている」

 ――世界の破滅。彼女の語る内容はまさにラグナロク。世界の終末の日と表現された物語に相応しい内容だと思う。

「伝説では、その時に焼け落ちたユグドラシルの残った部分を再利用したのがラ・ロシェールの桟橋。スルトの剣の跡、もしくはフェンリルの牙の痕とも言われているのがラグドリアン湖」

 そう言えば、長門有希が暮らしていた地球世界に流される前に、新しい彗星が観測された。そう言う話をイザベラがしていたか。それに、確かその時にフェンリルがどうのこうのと言うガリアの王家に伝わる伝承も話していたような記憶がある。
 普通に考えるのなら一笑に付すべき内容。そもそも、この内容が過去に実際にあった出来事だと言う確実な証拠がある訳ではない。

 そう、証拠はないのだが……。
 少し思案顔を浮かべる俺。
 ただ、その言われている世界樹とやらを使ったラ・ロシェールの飛空船用の桟橋は現実に自分の目で見ているし、その巨大さや規模から、このハルケギニア世界が地球世界とは違う成り立ちから出来上がった世界だと強く感じさせられたのもまた事実。それに、ラグドリアン湖の湖底には地球世界の伝承で世界樹の根元に存在していた、と語られているミーミルの井戸も存在するらしい。
 更に言うと、このハルケギニアは表の世界にも魔法が存在している世界。ならば北欧神話の内容に等しい出来事が過去に起きて居たとしても何も不思議ではない。

 それに――と、そう視点を切り変える俺。

 それに、先ほどのタバサの話の中に始祖ブリミルや勇者イーヴァルディの名前がなかったのも気になる。俺が覚えている限りに於いて、このハルケギニア世界で一般的な昔話にはこの両者のどちらかの名前が存在していた……と思う。そして、俺の推測では、イーヴァルディは当然として、その始祖ブリミルと呼ばれる存在もおそらくは架空の存在。何らかの意図の元、創作された存在だと考えている。
 そのふたつの名前がない以上、このタバサが語った昔話は、何モノかに歴史が改竄される以前から存在していて、更に言うと内容を改竄する必要なし、そう判断された可能性も少なからず存在している……と思う。

 但し……。

「……蒼穹が落ちるか」

 嘆息混じりに小さく呟く俺。
 流石にこれでは抽象的過ぎて、現実にどう言う現象が起きるのか分からない。……が、しかし、それがラグナロクに関わる出来事である以上、かなり危険な事態を暗示している可能性もある。
 そもそも、そのラグドリアン湖がフェンリルの牙の痕で、そのフェンリルが彗星の事だと仮定して居るのなら、それは超古代の彗星激突、……と言うトンデモナイ事態を暗示させる伝承。恐竜の絶滅を引き起こした小惑星衝突に匹敵する事態を引き起こす可能性すら存在する。
 ラグドリアン湖の規模を思い浮かべる俺。それによくよく考えてみると、地球世界のフランスとベルギーの国境付近にあのような大きな湖はなかったように記憶している。
 ……つまり、あの湖は地球世界とこのハルケギニア世界との地形的な相違点。地形と言う点で言うと、ほとんど同じような形のふたつの世界で、何故か其処が大きく違う部分と成っていた。そう考えると、あの湖の成り立ちにこの世界と地球世界との違いがあったとしても不思議ではない。

 確かに、普通に考えるのなら、いくら宇宙の彼方からかっ飛んで来る小惑星や彗星とは言え、正体はたかが石ころ(宇宙的な規模で言うのなら)ひとつ。今の俺の能力があればそのような物を恐れる必要はない。
 地球から遠く離れている内ならば少し軌道を変えてやるだけで。最接近してからなら流石に少し労力は増えるが、それでも俺自身が霊的な馬鹿力を発揮させるのは得意としている。対処が絶対に不可能と言う訳ではない。
 但し、それに神話的な裏付けが付与された場合は状況が変わる。
 その神話が世界の滅亡を示唆する物ならば、俺の持っている能力では……世界で龍神と言われている存在が語られている神話的な能力を、今起ころうとしている事態が越えているのなら、いくら俺が生来の能力を発動させて小惑星や彗星を押し返そうとしても、間違いなくソレは地球へと落下、その後に神話で語られた内容の如き状態を引き起こす事となる。

「成るほど、大体の事情は分かったよ」

 西の蒼穹にフェンリルの尾が細く棚引く時、太陽と月はその輝きを失うだろう。
 終焉をもたらせる女が大地に降り立つ時、最初の男たる輝ける闇が万軍を率いる。
 そしてすべては始まる。
 女は智慧或るモノすべての滅びを望み、
 いと高き男は破滅の鍵を開くだろう。

 イザベラの語った伝承を心の中で反芻する俺。この厄介な事態の始まりはコレ。
 其処に、オスマン老が語った内容……あの爺さんが飄々とした態度の後ろ側に隠している本当の出身地。俺が感じて居る、爺さんが微かに発して居る人以外の気配から推測出来る出身地から考えると、その地方は間違いなくブリミル教の侵攻を受けていない地方。
 その地方に残っている伝承の、おそらく一部に因ると……。

 太陽は暗くなり、大地は海に沈む。
 そしてフリッグには再びの哀しみが訪れるだろう。

 ……こう言う内容だったか。
 そして今回のサヴォアに伝わる伝承が加わる。
 どれも太陽の光が陰ると言う内容と、フェンリル(=彗星)が関わっている。

 一応、本当にその伝承や昔話に語られている魔狼フェンリルやスルトに相当する存在が顕われて大暴れ、街に阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵が広がる。などと言う事態は……可能性はなくはないが、その程度の事で這い寄る混沌が望む世界的な危機が訪れるとは思えない。
 確かに千里の道も一歩から、などと言う言葉もあるのだが、そんな一地方の小さな町を不幸のズンドコに叩き落とす程度の災いをわざわざ伝承にまで残して、今、このタイミングでアチコチの地方から出て来る事はない。
 そもそも、その程度の規模の破壊を世界中へと広げるまでに、どのぐらいの時間が掛かるのかを想像すれば分かろうと言うモノ。
 確かに怪獣映画に登場する水爆から誕生した巨大怪獣レベルの物が現われたとしたら、その現われた街は多大なる被害を受ける事は間違いないが、それでも、その現われた街が破壊されている内に、その怪獣に対する対策の立てようはいくらでもある。少なくとも、今の俺やタバサ、湖の乙女たちが居て、それでも尚、どうしようもない事態に陥るとは考えられない。
 そう考えると、現実に起こり得る事態の中で一番大きな被害をもたらせる事態を想像してみると――。矢張り、宇宙から巨大な何かが落ちて来て、その衝突の結果、巻き上げられた何やかやによって核の冬が起きる。そう言う事態が想起させられる内容……だと思う。

 恐竜の絶滅を引き起こした隕石が直径十キロだと言われている事から考えると、訳の分からない原理の元に現われる怪獣などよりも、宇宙の彼方からやって来る単なる石ころの方がずっと恐ろしい事が分かろうと言うモノ。

 一瞬、かなり不謹慎な事なのだが、怪獣サイズにデカいワンワンが現われて、ソイツを力任せに蹴り飛ばす図を想像。その妙に滑稽な姿に表情が緩み掛ける俺。

 ただ……。
 ただ、真面目な話、前世の出来事を思い返してみても、あのハルケギニア世界にはこれほど多数の伝承は残されていなかった。おそらくこれがすべてだとも思えないので、本気に成って探せばもっと出て来る可能性はあるのでしょう。
 もしかするとその中には、今回の事態から更に一歩進めた形。ブリミル教の聖地で行われる最終決戦の内容にまで踏み込んだ物があるかも知れない。
 但し――

「一体全体、何処のどいつなんや、こんなくだらない伝承を残したのは」

 ほぼ独り言に等しい内容を溜め息と共に吐き出す俺。
 神話や伝承には、その内容を語り継いで来た人々の思いや願いが籠められているが故に、それだけでかなりの力がある。其処に、現実の事象。今回の例で言うのなら、太陽系外に存在すると言われている彗星の巣からやって来た新たな彗星……と言うモノが重なって、事態を因り深刻な方向に傾けさせた。そう言う事なのでしょう。
 もっとも、偶然。……地球世界に在る伝承や神話と同じような内容がこのハルケギニアで偶然、存在していた……などと呑気に考えるよりは、何らかの意図の元に創り出された物、準備された物だ、と考える方がしっくり来るとは思いますが。
 どちらのサイド。俺に厄介な仕事を押し付けている地球産の連中も然り。この世界をゲーム盤に見立てて、コマを配置している奴も然り。そのどちらも世界の在り様を歪めて、ある程度、自分たちの考えている状況を作り出せる以上、現在の状況を作り出したのがどちらの方なのか、までは流石に分からないのですが。

 何時も通りのくそったれな運命とやらに悪態をひとつ。
 しかし、その瞬間――

「問題ない」

 在らぬ方向。いや、正面にいる彼女を瞳の中心に映しながらも、心の方は別の世界を彷徨っていた俺。
 そのような俺の頬に軽く触れ、現実の世界に呼び戻す事に成功する彼女。
 そして、

「今回の人生は以前のそれとは違う」

 妖精めいた儚げな容姿。その腕や足は同年代の少女たちと比べても明らかに細く、身体全体の肉づきも薄い。
 はっきりと言えば、今の彼女の外見から抱く感情は力強さや、頼もしさなどとは正反対の感情しか抱く事が出来ない。
 しかし――

「大丈夫。今度こそ望みの未来がやって来る」

 その為に……確かな明日を手に入れる為に私は今ここに居る。
 普段は少し眠そうな瞳で、世界を虚無的に見つめるだけの彼女。しかし、今この時は非常に強い視線で俺を射抜く。

 いや、違うか。そう考えてから、心の中でのみ首を横に振る俺。彼女の心に怒りは存在していない。これは真剣な表情。もしかすると彼女は、先ほど俺が発した言葉の中に、僅かながらの弱気のような物を感じ取ったのかも知れない。
 おそらく、これは彼女の決意の表明。ここからは一歩も引かないと言う覚悟の現れ。

 前世の彼女は最終決戦の場に入る事さえ許されなかった。その前世の状況と比べるのなら、確かに今回の生は違うと言える。
 ……今回の彼女は龍の巫女として、俺の霊気を制御する事が出来るようになっているのだから。

「そうやな。その為に俺も此処に帰って来たのやから」

 苦笑にも似た笑みを浮かべながら、そう答える俺。
 そう、実のトコロ今の俺の望みの未来がどのような物なのか実は自分でもよく分かっていないのだが、少なくとも今回の人生に於いても逃げると言う選択肢を選ばなかった。それだけは間違いない。
 嫌なら逃げる事は出来た。転生の際にハルケギニア世界……前世で生活をした世界の直接の過去に再び関わったのか、それとも似ているだけの違う世界に関わったのかは定かではないが、この世界に関わる事となる人生を最初から選ばない事だって出来たはず。また、この世界から一度追放された後に訪れた世界……有希の暮らして居た世界で、ハルヒをからかいながら、産まれてから高校二年生の四月まで暮らして居た世界と同じような道を歩む未来を選ぶ事だって俺には出来た。
 しかし、俺が選んだのは全てを終わりに導ける可能性のあるルート。但し、故にかなり困難な道のりと成る事が確実なルートである事も間違いない。

「すまなんだな。もしかすると心の何処かに弱気の虫が棲み付いて居たのかも知れない」

 頬に触れたままであった彼女の手を自らの手で柔らかく握りながら、晴れ渡った冬の氷空色の彼女の瞳を見つめ返す俺。瞳には力を籠める事もなく、少しの笑みを浮かべながら。
 もっとも弱気の虫……と言うよりも、本当は転生する度に前世の記憶を持ち続ける事に因って、俺自身が死に慣れて仕舞っていたのかも知れないのだが。もし今回がダメでも次回があるさ。その内に何とかなるだろうさ、と言う部分が心の何処かに在った可能性はある。

 俺の言葉に小さく首肯くタバサ。ただ、その瞬間、非常に珍しい事に彼女の方から一瞬、僅かに視線を逸らしたような気がしたのだが。
 そして、それと同時にハルヒやさつきが同じようなシチュエーションの際に発する好意を示す強い気配が……。

 成るほど。まぁ、何にしても――

「俺が最初にやらなければならないのは反乱を起こしたアルザス侯爵の元に行って、シャルロットを助け出す。それで良いんやな?」

 有希や万結なら戸惑いにも似た気配を発する瞬間に、ハルヒたちと同じような好意を示す強い気配を発したと言う事は、矢張り普段の彼女は作られた……そう言う無機質不思議ちゃん系の少女を演じているのだと思う。
 但し、おそらくその辺りは願掛けやゲッシュに関わる可能性が高いので、敢えてツッコミは行わず……。

 それで、普通に考えると、これ以外に俺やタバサが投入されるべき事案はない。
 確かにクトゥルフ神族に関わる連中が堂々と一国を支配している可能性のあるアルビオンは非常に危険な国だと思う。しかし、其処をどうにかしようにも、自国内に反乱が起きている状態で他国に兵を送るのは流石に問題が大きい。
 更に、この辺りは少し曖昧となるのだが、ブリミルの後継者の四人と、その使い魔の四人を聖地に揃える事で、前世では始祖らしき人型の何モノかが現われた……と思う。ならば、その四人の内の一人で、今回の人生で一番強い繋がりのあるシャルロットをコチラのサイドで押さえて仕舞えば、もしかすると其の聖地での戦い自体を回避出来る可能性もある。

 ……かなり低い可能性だが、だからと言って限りなくゼロに近い可能性だろうと、やる前から諦めて居ては何も始まらないから。
 諦めて仕舞ったら、其処に後悔が残る事となり、結果としてまた次の人生で同じ道を歩んで仕舞う可能性が高くなるから。
 この似たような世界に転生を繰り返さない……前世の記憶を持った状態で繰り返される異常な転生を終わらせる為には、悔いを残さない事が重要だと思うから。

 俺の問いに対して小さく首肯くだけで答えと為すタバサ。この辺りは彼女が通常営業中と言うトコロなのだろうか。
 ならば――

「なら、もうひとつ質問があるんやけど良いかな?」

 アルザス地方と、その他のガリアすべて。普通に考えると、この両者の国力は、おそらく百倍以上の開きがあると思う。
 そのアルザス侯シャルルは一体どのような勝算があって、こんな無謀な賭けに挑む心算になったのか。

「その辺りは判明しているのか?」

 まさかガリアの虚無の担い手を手に入れられた事のみを根拠にして、そのような無謀な賭けに挑んだとも思えない。まして、ゲルマニアからの支援を当てにしただけとも思えないのだが。
 確かにゲルマニアの国力は高い。
 しかし、王家の格と言う方向から考えてみると、始祖ブリミルから直系で繋がっている……と自称しているガリアやアルビオン。それに小国のトリステインにさえ劣る二流国。まして、表向き官位を金で買えるのもゲルマニアだけ。他の三カ国……いや、表向きは神の前での平等を謳いながらも、現実には貴族出身の神官にしか出世の道が開かれる事のないロマリアと比べてもこれはかなり特殊。確かに金を集められるイコール優秀と言えなくもないが、ここは力ある者が搾取を繰り返す中世ヨーロッパ風の世界。本当にその人物が優秀なのか、それとも悪辣な手段で金をかき集めた他国の貴族の二男、三男であるのか分からない。
 おそらくこの辺りが、ゲルマニアが他の国々から侮られる原因と成っている点だと思う。
 果たして始祖から直系と言われているガリアの王の正統を名乗る人物が、そのようなゲルマニアからの支援だけを当てにして、独立戦争を挑もうとするだろうか?

 俺の問いに、少し怪訝そうな気配を発するタバサ。どうも、何故この程度の事が分からないのだろうか、と言う感じなのだと思うのだが……。

 ただ、其処に少なくない違和感。何かちぐはぐな感覚。
 う~む、良く分からないな。確かに俺は天才ではない。多分俺は、十を聞いて一を理解出来るかどうか不安なレベルのオツムしか持ち合わせてはいない、と思う。……論語に因ると、かの孔子先生でさえ十を聞いて二理解出来る程度らしいので、俺ならばそのレベルでしょう、多分……。
 彼女も有希のように俺の事を過大に評価し過ぎているんじゃないのか?
 オイオイ、流石に聞いていない事を……と、かなりの不満を抱きながら考え掛けた俺。しかし、直ぐにそれは、今までの話の流れの中に、先ほどの問いの答えがあったのではないかと言う事実に思い至る。

 それは――

「彼。アルザス侯シャルルがどのような勝算があって、今回の独立戦争を挑んで来たのか。本当の処は未だ分かってはいない」

 しかし、直ぐに説明を開始するタバサ。認識にズレがあるのなら、そのズレを正せば良い。そう言う感覚。
 非常に彼女らしい合理的で、素早い判断だと思う。

「ダンダリオン卿が言うには、アルザス侯爵が手に入れた力はこの星を滅ぼす事も可能なほどの危険な力らしい」

 続く彼女の説明。そして大きく成って行く不安。確かに、出来る、出来ないで言うのなら、それほど難しいタイプの術式ではない可能性もある。要は霊的な馬鹿力があれば、俺の考えて居る術は行使可能だと思う。
 ただ、有史以来、そんなバカバカしい術を――

「ちょっと待ってくれるか」

 確かに不可能ではない。それに、現実に存在しているのかどうか定かではないUFO(宇宙人の乗り物)を呼べると豪語している方々も居るのだから、宇宙の彼方から何か別の物を呼び寄せられる術者と言う存在が世界の何処かに居たとしても不思議ではない……とも思う。
 ……多分。

 しかし――

「そんな地球を滅ぼして終いかねない危険な術式。宇宙の彼方から小惑星や彗星を呼び寄せて、望みの場所に落下させる……などと言う常識の埒外(らちがい)の術式を仮に行使出来たとして、その事に因りアルザス侯に何か利点があるのか?」

 例えば自分や、自分を支持してくれる人間、そして、そいつ等が暮らす国には一切の被害が及ばなくする特殊な術式とかが存在するとか。
 ……そう問い掛けながらも、流石にコレは無茶過ぎる問いだと確信している俺。
 そもそも、ダンダリオンが「地球が滅ぼせる」と言うのなら、それは間違いなく滅ぼせるだけの威力を持った術式なのでしょう。俺の記憶が確かならば、恐竜を滅ぼしたと言われている隕石の大きさは直径が十キロから十五キロと推測されている。それに、僅か直径二百メートル程度の隕石でも、墜ちる場所に因っては人類の大半を死滅させる事もあり得るらしい。
 ちなみに、ツングースカの大爆発を起こした隕石の大きさは最低三メートルほどだったと言う推定すら存在する。その大きさで広島に落とされた原爆の二百五十倍ほどの破壊力があったらしいので……。

「不明」

 小さく首を横に振るタバサ。確かに、如何にダンダリオンとは言え、相手は這い寄る混沌。彼女の能力でアルザス侯爵の動向を探ろうにも、奴に邪魔されると流石に分からない可能性が高い。
 タバサの答えも(むべ)なるかな、と言うトコロか。そう納得する俺。
 普通に考えるのなら、アルザス侯シャルルには何らかの防衛手段があるか、威力や落下地点の確実な制御方法がある、そう考えるべきか。

「しかし、アルザス侯の目的ならば、おおよその見当は付いて居る」

 何と言うか、世界を虚無に沈めて仕舞うには非常に相応しい術式だな。何時も通りの皮肉に染まった思考で、それまでの考えをリセットしようとした俺。その俺に対して待ったを掛けるようなタバサの言葉。
 ただ……目的?

 目的も何も、アルザス侯爵の目的は現ガリア王家に取って変わる事ではないのか?
 ガリアの虚無を押さえ、自らを絶えて仕舞ったはずのガリア祖王からの直系だと自称したのは、自らがガリアの新しい王となるに相応しい人物だと言う証明の為。まして、国内がかなり落ち着いて来たのは間違いないが、それでも去年までのガリアは内側に争いがあり、ゴタゴタが続いて居たので、その事に対して今の王に王たる資格なし、と突き付けても問題ないタイミングだと踏んだ可能性も高い。
 そう考えながら、しかし、その場では疑問を言葉にする事もなく、ただ訝しげに瞳を細めてタバサを見つめるだけの俺。
 対してタバサの方も何故だか俺を見つめ返す。

 ……良く分からない数瞬の間。
 何かを待つかのような気配を発して居たタバサに、微かな失望にも似た気配が混じる。

 そして、

「彼の目的は貴方への復讐。それ以外の事に興味などないはず」

 ……と彼女は伝えて来たのでした。

 
 

 
後書き
 今回の後書きは大きなネタバレを含む内容と成っております。

 タバサの語った伝承をちゃんと記すと、ヴァリャーグの正体やユグドラシル。それに付随するかつて起きたラグナロクに関する謎がある程度解き明かされるのですが。
 ヴァリャーグは正に向こう岸の人(侵略者)です。ユグドラシルは……カラスは戻って来なかった。しかし、鳩は戻って来ました的な御話。
 近いネタを記すと古い少女漫画の『シ○クロード・○リーズ』かな。
 つまり、このネタ自体はゼロ魔やハルヒの原作以前から私が持っていたネタと言う事。

 ただ、私の方の時間がねぇ。体調も思わしくないし。

 ちなみに、この辺りは前回タバサが語った自らが王に即位した後に国を滅ぼして終ったと言う内容に繋がります。
 彼女の国は、別に彼女の治世が悪くて滅んだ訳では有りません。まして、彼女が生きている間に滅んだ訳でもない。もっと悲劇的な理由。
 単独で成り立っている部分って基本的にはないので、こう言う風に事情が複雑に絡み合っているのです。
 ……と言うか、どれだけの設定資料があるんだよ。

 それでは次回タイトルは『落ちて来るのは?』です。
 
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