| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三十八話 軍法会議

宇宙暦 794年 12月 5日  ハイネセン  統合作戦本部 ミハマ・サアヤ



遠征軍がハイネセンに帰還したのは十一月十五日の事ですが、そのころにはハイネセンはロボス元帥の解任事件で大騒ぎになっていました。ロボス元帥は遠征軍の総司令官ですが宇宙艦隊司令長官でもあります。実動部隊の最高責任者が解任されたのです。それに比べればイゼルローン要塞攻略失敗の事など些細な事に思えたのでしょう。

ハイネセンでは無責任な噂が飛び交っていました。
“ロボス元帥が解任されたのはシトレ元帥の差し金だ、ロボス元帥にイゼルローン要塞を攻略されては面白くないのでヴァレンシュタイン大佐を使って解任した”

“ロボス元帥解任はグリーンヒル大将とヴァレンシュタイン大佐の陰謀だ、グリーンヒル大将は自分が宇宙艦隊司令長官になりたいのでロボス元帥を十分に補佐せず、その欠点を周囲に見せつけた後でヴァレンシュタイン大佐を使って解任した”
他にもフォーク中佐とワイドボーン大佐の出世争いとかも噂になっています。

無責任です、あの事件はそんなものじゃありません。要塞内で伏撃に遭い取り残された陸戦隊を守るためにはロボス元帥を解任するしかありませんでした。噂で取りざたされているような出世争いなんかじゃないんです。

マスコミはセンセーショナルに騒ぎ立てドキュメンタリー風の番組なども作っています。将官会議の様子や、解任の様子、そしてイゼルローン要塞からの撤退……。そこには私も登場していますが、すごく格好良いです。見ていて恥ずかしいですし、士官学校の同期生からも冷やかされました。

無責任な放送ではありますがどの放送もグリーンヒル大将とヴァレンシュタイン大佐に好意的です。一部には撤退を決めるのが早すぎるとして消極的ではないかという意見もありますが作戦参謀が自ら最前線で撤退作戦の指揮を執った、その事には皆が称賛を送っています。

遠征軍がハイネセンに帰還すると直ぐ調査委員会が開かれました。調査委員会は軍法会議を開く前に行われるものですが証拠集めや調書の作成などが行われます。この調査委員会で軍法会議で審議するほどの重大な事件では無いと判断されることもありますが、第二百十四条ではそれは有り得ません。

軍法会議は大きく分けて高等・特別・簡易の三種類の会議が有ります。高等軍法会議は将官以上の階級を持つものが被告の場合です、特別軍法会議は最前線などで簡易に処罰を行うために設置されます。その対象となる行為は敵前逃亡や抗命などの重罪である場合がほとんどです。それ以外のものが簡易軍法会議となります。今回は高等軍法会議です。

審判は五名の判士によって結審されます。そのうち四名は法曹資格を持つ士官が選出されますが、判士長には統合作戦本部長、すなわちシトレ元帥が着く事が決まっています。言ってみれば軍の最高責任者が判決を下す、そういう形をとるのです。

今回、原告はロボス元帥、被告はグリーンヒル大将、ヴァレンシュタイン大佐になります。容疑は抗命罪です。私はグリーンヒル大将もヴァレンシュタイン大佐も間違ったことをしたとは思っていません。しかしそれでも不安です。

もうすぐ地下の大会議室で軍法会議が始まります。今日で七回目ですが今回はヴァレンシュタイン大佐が証言を求められています。第三回では私も証言を求められました。

残りはグリーンヒル大将とロボス元帥だけです。軍法会議も終わりが近づいています。私は今回、傍聴席で裁判の様子を見る事にしました。ヴァレンシュタイン大佐の宣誓が始まります。緊張している様子は有りません、表情はとても穏やかです。

「良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓 います」
声は震えていません。大したものです、私の時は緊張で声が震えました。私だけじゃ有りません、私以外の証言者もこの宣誓をするときは緊張したと言っています。

「偽りを述べると偽証罪として罰せられます、何事も偽りなく陳述するように」
判士長であるシトレ元帥が低く太い声で忠告し、ヴァレンシュタイン大佐が頷きました。私の時もありましたが身体が引き締まった覚えがあります。

宣誓が終わると早速検察官が質問を始めました。眼鏡をかけた痩身の少佐です。ちょっと神経質そうで好きになれない感じです。大佐を見る目も当然ですが好意的ではありません。何処か爬虫類のような目で大佐を見ています。

無理もないと思います。これまで開かれた六回の審理では原告側はまるで良い所が有りません。いずれも皆、ロボス元帥の解任は至当という証言をしているのです。特に“ローゼンリッターなど磨り潰しても構わん! 再突入させよ!” その言葉には皆が厳しい批判をしました。検察官が口籠ることもしばしばです。

「ヴァレンシュタイン大佐、貴方とヤン大佐、ワイドボーン大佐、そしてミハマ大尉は総司令部の作戦参謀として当初仕事が無かった、そうですね?」
「そうです」

「詰まらなかった、不満には思いませんでしたか?」
「いいえ、思いませんでした」
大佐の言葉に検察官が眉を寄せました。不満に思っているという答えを期待していたのでしょう、その気持ちが二百十四条の行使に繋がったと持っていきたいのだと思います。

「おかしいですね、ヴァレンシュタイン大佐は極めて有能な参謀です。それが全く無視されている。不満に思わなかったというのは不自然じゃありませんか?」
ヴァレンシュタイン大佐が微かに苦笑を浮かべました。

「仕事をせずに給料を貰うのは気が引けますが、人殺しをせずに給料を貰えると思えば悪い気持ちはしません。仕事が無い? 大歓迎です。小官には不満など有りません」
その言葉に傍聴席から笑い声が起きました。検察官が渋い表情で傍聴席を睨みます。

「静粛に」
シトレ元帥が傍聴席に向かって静かにするようにと注意しました。検察官が幾分満足げに頷きながら傍聴席から視線を外しました。そして表情を改めヴァレンシュタイン大佐を見ました。

「少し発言には注意してください、場合によっては法廷侮辱罪が適用されることもあります」
「小官は宣誓に従って真実を話しているだけです。侮辱するような意志は有りません」
ヴァレンシュタイン大佐の答えに検察官がまた渋い表情をしました。咳払いをして質問を続けます。

「大佐はグリーンヒル大将によって総旗艦アイアースの艦橋に席を用意された。そうですね?」
「そうです」

「当然ですがグリーンヒル大将に感謝した、そうですね」
「いいえ、それは有りません」
「?」
「余計なことをすると思いました。小官は無駄飯を食べるのが好きなのです」
そう言うと大佐はクスクスと笑い出しました。

傍聴席からもまた笑い声が上がります。一番大きな声で笑っているのは私の隣にいるシェーンコップ大佐です。この人、ヴァレンシュタイン大佐と親しいのですが性格も何処か似ているようです。根性悪で不謹慎、大佐はヴァレンシュタイン大佐を心配するより面白がっています。

シェーンコップ大佐も第三回の軍法会議に証人として出廷していますがその証言は酷いものでした。どう見てもロボス元帥と検察官を小馬鹿にしたもので何度も審理が止まったほどです。

検察官が傍聴席を、シェーンコップ大佐を睨む前にシトレ元帥の太い声が法廷に流れました。
「静粛に」

検察官はシェーンコップ大佐を一瞬睨んだ後、視線をヴァレンシュタイン大佐に戻しました。厳しい目です、一方大佐は笑いを収め生真面目な表情をしていました。多分猫を被っています。

「不謹慎ではありませんか? 作戦参謀でありながら仕事をしないのが楽しいなどとは。その職務を果たしているとは思えませんが?」
少し粘つくような口調です。ようやく突破口を見つけた、そう思っているのかもしれません。

「小官が仕事をすると嫌がる人が居るのです。小官は他人に嫌がられるような事はしたくありません。特に相手が総司令官であればなおさらです。小官が仕事をしないことで総司令官が精神の安定を保てるというなら喜んで仕事をしません。それも職務でしょう」
そう言うと大佐は僅かに肩をすくめるしぐさを見せました。その姿にまた傍聴席から笑い声が起きました。

嘘です、絶対嘘。必要とあれば大佐は周囲の思惑など無視して動きます。大佐が仕事をしなかったのはロボス元帥に遠慮したからではありません。仕事をする気が無かったからです。馬鹿馬鹿しかったのだと思います。それと恥ずかしい話ですが私達が大佐を本当の意味で受け入れようとしなかったことで嫌気がさしていたのだと思います。大佐が言葉を続けました。

「それに総司令部の作戦案についてはその問題点を七月の末に指摘しています。それを修正していない人達の方が問題ではありませんか?」
検察官の表情が歪みました。そして傍聴席からはまた笑い声が上がります。

これまでの審理で作戦案の修正を拒んだのはフォーク中佐とロボス元帥である事が判明しています。検察官にしてみればせっかく見つけた突破口が自分の失点になって返ってきたのです。表情も渋くなるでしょう。検察官が表情を改めました。

「十月に行われた将官会議についてお聞きします。会議が始まる前にグリーンヒル大将から事前に相談が有りましたか?」
「いいえ、有りません」
その言葉に検察官の目が僅かに細まりました。

「嘘はいけませんね、大佐。グリーンヒル大将が大佐に、忌憚ない意見を述べるように、そう言っているはずです」
「そうですが、それは相談などではありません。小官が普段ロボス元帥に遠慮して自分の意見を言わないのを心配しての注意です。いや、注意でもありませんね、意見を述べろなどごく当たり前の事ですから」

検察官がまた表情を顰めました。検察官も気の毒です、聞くところによると彼はこの軍法会議で検察官になるのを嫌がったそうです。どうみても勝ち目がないと思ったのでしょう。ですが他になり手が無く、仕方なく引き受けたと聞いています。

「大佐はどのように受け取りましたか?」
「その通りに受け取りました。将官会議は作戦会議なのです、疑義が有ればそれを正すのは当然の事です。そうでなければ不必要に犠牲が出ます」
検察官がヴァレンシュタイン大佐の言葉に一つ頷きました。

「ヴァレンシュタイン大佐、大佐は将官会議でフォーク中佐を故意に侮辱し、会議を終了させたと言われています。今の答えとは違うようですが」
低い声で検察官が問いかけます。勝負所と思ったのかもしれません。

傍聴席がざわめきました。この遠征で大佐が行った行動のうち唯一非難が出るのがこの将官会議での振る舞いです。私はその席に居ませんでしたが色々と話は聞いています。確かに少し酷いですし怖いと思いました。

大佐は傍聴席のざわめきに全く無関心でした。検察官が低い声を出したのにも気付いていないようです。穏やかな表情をしています。
「確かに小官はフォーク中佐を故意に侮辱しました。しかし将官会議を侮辱したわけではありません。フォーク中佐とロボス元帥は将官会議そのものを侮辱しました」

「発言には注意してください! 名誉棄損で訴えることになりますぞ!」
検察官がヴァレンシュタイン大佐を強い声で叱責しました。ですが大佐は先程までとは違い薄らと笑みを浮かべて検察官を見ています。思わず身震いしました、大佐がこの笑みを浮かべるときは危険です。

「将官会議では作戦の不備を指摘しそれを修正することで作戦成功の可能性を高めます。あの作戦案には不備が有りました、その事は既に七月に指摘してあります。にもかかわらずフォーク中佐は何の修正もしていなかった。小官がそれを指摘してもはぐらかすだけでまともな答えは返ってこなかった」
「……」

「フォーク中佐は作戦案をより完成度の高いものにすることを望んでいたのではありません。彼は作戦案をそのまま実施することを望んでいたのです。そしてロボス元帥はそれを認め擁護した……」
「……」

「 彼らは将官会議を開いたという事実だけが欲しかったのです。そんな会議に何の意味が有ります? 彼らは将官会議を侮辱した、だから小官はフォーク中佐を挑発し侮辱することで会議を滅茶苦茶にした。こんな将官会議など何の意味もないと周囲に認めさせたのです。それが名誉棄損になるなら、どうぞとしか言いようが有りません。訴えていただいて結構です」

検察官が渋い表情で沈黙しています。名誉棄損という言葉にヴァレンシュタイン大佐が怯むのを期待したのかもしれません。甘いです、大佐はそんなやわな人じゃありません。外見で判断すると痛い目を見ます。外見は砂糖菓子でも内面は劇薬です。

「フォーク中佐は健康を損ねて入院していますが……」
「フォーク中佐個人にとっては不幸かもしれませんが、軍にとってはプラスだと思います」
大佐の言葉に傍聴席がざわめきました。酷いことを言っているというより、正直すぎると感じているのだと思います。

「検察官はフォーク中佐の病名を知っていますか?」
「転換性ヒステリーによる神経性盲目です……」
「我儘一杯に育った幼児に時としてみられる症状なのだそうです。治療法は彼に逆らわないこと……。彼が作戦を立案すると誰もその不備を指摘できない。作戦が失敗しても自分の非は認めない。そして作戦を成功させるために将兵を必要以上に死地に追いやるでしょう」

法廷が静まりました。隣にいるシェーンコップ大佐も表情を改めています。
「フォーク中佐に作戦参謀など無理です。彼に彼以外の人間の命を委ねるのは危険すぎます」
「……」

「そしてその事はロボス元帥にも言えるでしょう。自分の野心のために不適切な作戦を実施し、将兵を無駄に戦死させた。そしてその現実を認められずさらに犠牲を増やすところだった……」
「ヴァレンシュタイン大佐!」
検察官が大佐を止めようとしました、しかし大佐は右手を検察官の方にだし押さえました。

「もう少し話させてください、検察官」
「……」
「ロボス元帥に軍を率いる資格など有りません。それを認めればロボス元帥はこれからも自分の野心のために犠牲者を増やし続けるでしょう。第二百十四条を進言したことは間違っていなかったと思っています」

この発言が全てを決めたと思います。検察官はこれ以後も質問をしましたが明らかに精彩を欠いていました。おそらく敗北を覚悟したのでしょう。


軍法会議が全ての審理を終え判決が出たのはそれから十日後の事でした。グリーンヒル参謀長とヴァレンシュタイン大佐は無罪、そしてロボス元帥には厳しい判決が待っていました。

「指揮官はいかなる意味でも将兵を己個人の野心のために危険にさらす事は許されない。今回の件は指揮官の能力以前の問題である。そこには情状酌量の余地は無い」

普通、第二百十四条の事件では判決の最後に原告に対して情状酌量の余地は有ったという文言が付きます。これは原告の名誉を守るためです。第二百十四条を使われた以上、原告は指揮官としては先ず復帰できません。ですが指揮官以外では軍務につくことも可能です。あくまで指揮官としては不運であったという言い方をするのです。また、なんらかの事情で指揮官として復帰するときにはこの情状酌量の余地は有ったという言葉がその根拠になります。

今回の判決にはその言葉が有りませんでした。また指揮官の能力以前の問題と言われたのです。ロボス元帥は指揮官として、軍人としての復帰を完全に断たれました。シトレ元帥が読み上げる判決を聞くロボス元帥の顔は屈辱にまみれていました。ロボス元帥が退役したのはその翌日の事です。第六次イゼルローン要塞攻略戦はこうして終わりました……。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧