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二人の騎空士

作者:高村
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The fate episode
二人目の騎空士
  進行度 4/7

 
前書き
時は戻って現在、カタリナの昔話の後から。

喉仏の左右にある頚動脈洞を圧迫すると、圧受容体が圧上昇を感知し、舌咽神経が延髄孤束核に伝え、孤束核から迷走神経背側核に伝え、迷走神経が過剰な反射を起こし、心臓の洞房結節や房室結節に伝え抑制され、徐脈となり、血圧が低下し、脳幹へ行く血液が少なくなり脳幹での酸素量減少で失神状態に陥ることもある(Wikipedia) 

 
「一年前の凡その事態はこんな具合だ。その後、艇は別の島に不時着。ラカムを仲間に引き入れ、グランサイファーでまた旅路に出発、という具合か」
「……団長さん、見捨てたの?」
 カレンの言葉に、胃が締め付けられるようだった。あの日、私はグランを見捨てた。自分自身であの日の行動に怖気立つ。私はグランを救えないとわかった瞬間に、一切の躊躇いなく出港したのだ。気が動転していたのかもしれない。だけれど実際はただ、彼を見捨てても生き残りたいだけだったのではないか……そう思ってしまうのも一度や二度ではない。
 否、後悔してるだけではない。恐れているのだ。今でも見捨てたグランが鬼の形相で私を殺そうとする夢を見る。今の仲間たちの内誰かがグランの立場となりあの日を過ごす夢を見る。
 私は見捨てた。グランは行けと私に言ってはいたが死ぬ間際には絶対に私を恨んだに違いない。団長が副団長を裏切ったのだから当然だ。
「そう軽々と言うな。ジータがあの日行動しなければ全員が死んでいた。見捨てないで突っ立っているのは彼女にとって一番楽な選択だっただろう。誰も裏切らない。私も、ジータがどうしても見捨てられないと言えば諦めていたかもしれない。だが彼女は三人が生き延びる手を打った。例えそれが今、お前が言うとおり咎として残っていようとも、だ」
 カタリナの言葉で私の心が軽くなることはない。彼女が言った通りのことは、私はそれこそ百じゃきかない程自分に言い聞かせてる。殆ど寝る前のおまじないみたいなものだ。
「団長さん」
 突然肩を叩かれる。驚き振り返れば、団員であるフィーエが神妙な面持ちで佇んでいた。
「フィーエ」
「何をこそこそしているんですの。早く合流しましょう。買い物はとうに終わっているでしょう」
 フィーエが話を聞いていたのかどうか迷い私は直ぐに返答できなかった。
「無粋ながら申しますと、一年前に何を思い行動したかは存じ上げませんが、今ここで立ち止まる道理はございません」
 私は苦笑する。嗚呼、彼女が言う通りそんな事を言うのは粋ではない。だが、そんな彼女よりも私がずっと無粋だ。
「立ち止まってたんじゃないわ。少しばかり休憩してたの。ほら、皆のもとへ戻りましょう」
 私はフィーエに笑顔で返す。全く、団員に言われちゃ団長としての立つ瀬もない。
「そうですわ――」
 フィーエが言い切る直前に、発砲音が聞こえた。家々の間を走る路地であるから正確な方角はわからないけど、距離は然程遠くはない。しかも発砲音には随分と聞き覚えがある。
「シルヴァさんの、ですわよね」
 フィーエが首を傾げる。先の発砲音はシルヴァの銃のものだ。シルヴァは艇に残った貴重な戦力である。もしそれが艇から離れているとすれば何かあったに違いない。それに彼女は指を怪我している。魔族との戦闘になっていれば最悪、ということもある。
 私は走って角を曲がり、カレンたちの元へ顔を出す。突然現れた私に三人は驚くが、今要らない問答をする時間はない。
「カレン、ラカム、フィーエ、買い物の運搬頼んだ。カタリナ、一緒にグランサイファーに戻るわよ」
「分かった」
「了解」
 カタリナとラカムの返答の後に発砲音。恐らく先と発砲位置は変わっていない。戦闘は継続されているのか。
「返事は」
「分かった」
 カレンの返事を聞くと同時、続けて発砲音。直接駆けつけても良いか?
「私を現地に直行させてカタリナと団長さんが艇へ戻ったほうが良いのでは?」
 私は数瞬考え、首を振った。
「行くならば全員」
「今日依頼で出たバザラガとベアトリクスが戻っていないのならば、艇にはソフィア達しかいません」
 確かにそうだ。手負いのシルヴァが出ているという以上、団には他に人がいないと取るのが道理。なら、今艇は手薄だ。早急に戻らなければならない。
 しかし、あのシルヴァが連続して複数発必要とする場面はそうない。そうならないように戦術を立てるのが狙撃兵という人間だからだ。つまり相手は強敵、もしくは早急に排除が必要な戦闘。応援を向かわせるとしたら相応の危険が待っていると捉えたほうがいいだろう。ならば。
「分かった。フィーエ、現地へ急行。カレンとラカムは貴重な物資の運搬、カタリナ、行こう」
 連なる了解の言葉を聞きながら、私は一番に艇へと駆け出した。



 艇へ戻った私を一番に迎えたのはククルだった。いつもの溌剌そうな顔は鳴りを潜め、不安そうな面持ちで甲板を彷徨っていた。
 彼女は私達を見つけるとすぐさま駆け寄った。
「何があった?」
「依頼があって、それでソフィアさんが出て行って、それで……」
 混乱した様子のククルの両肩に手を置く。ククルははっとした表情を浮かべ、先よりは口調を確かにして語り始めた。
「村人から緊急で魔族の討伐の依頼が入りました。それをソフィアさんが単独で受注し現地へ向かいました。それを追いかけてシルヴァさんと、あと一人が向かいました」
 出そうになった舌打ちを抑える。今すべき事は苛立つことでもククルの発言の不明瞭な部分を問い詰めることでもない。
「シルヴァ達はどっちへ」
「向こうです」
 指差したのは先程私達が居た村から少し離れた森の方角。
「艇や他の団員は?」
「バザラガさんが帰還していたはずです」
「心配は無用だ」
 突然横合いから声を掛けられる。見れば、バザラガが船内から出てきたところだった。
「シルヴァ以外にももう一人増援を向かわせた。ソフィアとシルヴァは帰還するだろう」
「何故そう言い切れる」
 カタリナが至極当然の質問を投げる。バザラガが帰還しているということはベアトリクスを向かわせたのか?
「手練を見つけたので依頼した。団員ではないが依頼は忠実に遂行してくれるだろう」
「もういい。カタリナ、ソフィアとシルヴァを捜索する、ついて来て」
 バザラガが何故その人間を信頼しているのかは不明だが、団員二名を預けられるほど私はその人物を信用していない。そもそも名前も知らない。
「分かった。増援に向かわせた人物の名前はなんだ」
 カタリナの問いに、バザラガはなんでもないというふうに答えた。
「確か、グランと言った」
 バザラガの言葉を右から左へ受け流す。いや、聞き取る余裕が単純になかった。
 港の向こう、森の方面から人が来ているのが見えたからだ。一人はフィーエ、一人はシルヴァ、一人はソフィア。そして最後の一人は。
「グラン」
 私が気づくと同時、彼も私に気がついたようだ。……それからは一瞬だった。グランはすぐ横に立つシルヴァの後ろに周り、足を掛け体勢を崩し首を絞める。体勢を崩された状態で気道と頸動脈を圧迫されたシルヴァは声を出すことも音をだすことも出来ない。そんなシルヴァに、グランは何か耳元で囁いた。
「フィーエ! ソフィア! 後ろ!」
 私が叫べば漸く二人は後ろを振り返り、そこで初めてグランの凶行に気がついた。敵と判断した故に、フィーエもソフィエもグランから一歩距離を取る。その間に、シルヴァは気絶した。
「総員戦闘準備! 出来次第甲板に集合! 艇にいない団員へも通達急いで!」
 私は声を張り上げ、グランサイファーから飛び降り桟橋に着地する。グランとの彼我は約百米。彼がその気になれば私が彼のもとへ向かう間にあの場にいる三人が殺されるだろう。
 グランはソフィアとフィーエに一言二言言葉を発すると、構えも取らず堂々と二人に近寄った。対する二人は警戒したまま。
 しかし、警戒したままソフィアは空中を舞っていた。彼女からしたら何が起きたかは分からないだろう。グランが使ったのは魔術だ。それは単純。しかしながらその詠唱速度も威力も何よりも詠唱しているということを悟らせない身振りが天才的に優れていたというだけだ。
 私は全力でソフィアの元へ駆ける。ソフィアはおよそ百米を吹っ飛びながらグランサイファーの近くの地面に落下しようとしていた。
 なんとか着地前に傍に近寄り、彼女を受け止める魔術を行使する。徐にソフィアを接地させれば、思ったよりはというよりは全く彼女に怪我がないことに驚いた。
「え、あの、え」
 ふっとばされたせいで平衡感覚が狂っているのだろう、ソフィアは地面に尻もちをつくと状態がわからないのかただ困惑し続けていた。
「何を言われたの」
「手負いの女は人質だ。返してほしければ全員で俺を殺してみろと」
 成る程、全員で挑んでほしいからソフィアを無傷で寄越したのか。
「ジータ!」
 遠くから名前を呼ばれる。視線を移せば、空をフィーエが舞っていた。ソフィアと同じように魔術を使い近くへ接地させる。フィーエも地面にへたり込んで、混乱した様子であったけど、彼の伝言だけは答えてくれた。
「この復讐劇をどちらの勝利で終わらせるかは、お前次第だ、ジータ。ですって」
 夢で見た光景そのままだ。グランが、私を殺しに来た。私を死ぬほどに恨んでいた。それもただ殺すのではなく団全員を敵に回した上で殺すと言うのだ。団長として俺を見捨てたのだから、団長として挑めということだろう。
 ――胸のつかえが取れるようだった。ああ、これで彼を殺せば私は悪夢に苛まられる事はなくなるだろう。 
 

 
後書き
Q,シルヴァは首を締められてすぐに気絶?
A,10秒以内に頚動脈洞性失神(前書き)を起こしています。頚椎を折ったりしたわけではありません。
Q,フィーエは何をしていた?
A,「一人目の騎空士」後の三人に合流、安全を確認した上でソフィアと話し込んでいたんでしょう。防衛隊長と言えど守るのは財布の紐なので即効で投げられても仕方ありません。

ジータの最後の感想こそが「The fate episode」内の重要な点です。 
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