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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第三十五話 秘密

帝国暦 485年 10月21日  イゼルローン要塞 ラインハルト・フォン・ミューゼル



反乱軍は陸戦隊を収容するとイゼルローン要塞攻略を諦め撤退した。イゼルローン要塞は未だ緊張感に包まれてはいるが、戦闘中のひりつく様な緊迫感は無い。将兵の表情にも時折笑顔が浮かぶ。

宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥は先程、勝利宣言を出した。イゼルローン要塞を死守し、反乱軍を撃退したのだから帝国軍が勝ったのは間違いない。勝利宣言は当然と言える。しかしミュッケンベルガー元帥にとっては苦い勝利宣言だろう。

反乱軍に要塞内に侵入された、明らかに反乱軍にしてやられた。侵入した陸戦隊の撃退はオフレッサーの功であってミュッケンベルガーに有るのは敵にしてやられた罪のみと言って良い。

反乱軍に大きな損害を与えられたのなら良かったが、反乱軍は陸戦隊によるイゼルローン要塞奪取が不可能と判断すると撤収作戦を実施した。彼らの艦隊はこちらの艦隊の動きを牽制するだけで大規模な艦隊決戦は無かった。

正しい選択ではあるだろう、要塞が攻略できない以上、必要以上に要塞付近に留まる事は意味は無い。徒に兵を失い消耗するだけだ。しかしミュッケンベルガーにとっては失態を回復する機会を失ったということでもある。

ミュッケンベルガーはオーディンに戻れば辞職するかもしれない。そういう噂が流れている。辞意を漏らしたという噂もある。有り得ない事ではないだろう。今回の勝利は勝利と言うには余りにも御粗末と言って良い。前回のヴァンフリートの敗戦を思えば、今回の勝利は敗戦に近い評価しか受けないだろう……。

ミュッケンベルガーは戦いたかっただろう、だが彼は撤退する反乱軍に対して攻撃をかけようとはしなかった。反乱軍につけ込む隙が無かったというのもあるだろうが、それでも俺はミュッケンベルガーを立派だと思う。

もしかするとミュッケンベルガーはここで大勝利を得ても辞任するつもりだったのかもしれない。だとすれば最後に心置きなく戦えなかったのは無念だったに違いない……。

ギュンター・キスリングが目を覚ました。これから彼の病室に行く。オフレッサー、そしてリューネブルクも来る事になっている。味方に殺されかかったと言うがいったいどんな秘密を持っているのか……。

いや、大体秘密を持っているという事が真実なのかどうか……。誤って味方が傷つけた、或いは反乱軍が傷つけたというのが真実ではないのか、たかが一少佐が戦場で命を狙われるような秘密、どうもしっくりこない。

キスリングには他にも聞きたい事が有る。ヴァレンシュタインの事だ、彼は一体どんな人間なのか、何を考えているのか、彼の親友であるキスリングに聞きたい。ヴァレンシュタインが返してくれたキルヒアイスの認識票、そしてロケットペンダント、それを見る度にオフレッサーの声が耳に聞こえてくる……。

“用兵家としての力量以前の問題だ”

“あの男は誰かのために命を投げ出すことが出来る。そしてあの男のために命を投げ出す人間が居る……。そういう男は手強いのだ、周りの人間の力を一つにすることが出来るからな”

“卿にそれが出来るか?”

“卿とあの男の勝敗は能力以外のところでつくかもしれんな……”

そしてその度に自分を殺せと言ったヴァレンシュタインの穏やかな顔が浮かんでくるのだ。何度追い払っても浮かんでくる。今、こうして病室に向かう時でさえ浮かぶ、何故彼はあんな顔が出来たのか……。

「ミューゼル准将」
「リューネブルク准将……」
気が付けば横にリューネブルクが居た。どうも最近考え事をしていて周囲に注意が向かない。気を付けなければ……。

「どうした、浮かない顔をしているが」
リューネブルク准将が気遣うような表情で俺を見た。煩わしいとは思うが無下には出来ない。彼が俺を親身に心配しているのが分かる。そんな人間は俺の周りには何人もいない。

「いや、オフレッサー閣下に言われたことを考えていた」
「そうか……」
「よく分からない、分からないが気になる。無視できない……」
俺の言葉にリューネブルクは笑い出した。

「当然だ、相手は卿が生まれる前から戦場にいるのだ。卿に見えないものが見えても不思議じゃない」
「……」

「所詮は野蛮人、とでも思ったか?」
リューネブルクが皮肉な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んだ。
「そういう訳ではない、……だがどこかで軽んじていたかもしれない」
リューネブルクが笑い声を上げた。そして俺の肩を叩く。

「気を付ける事だ、ヴァレンシュタインも手強いだろうが、閣下も手強い、甘く見て良い人物じゃない」
全く同感だ。人はみかけによらない、オフレッサーは石器時代の勇者では無い。俺は黙って頷いた。

キスリングの病室の前には装甲擲弾兵が二人、護衛に立っていた。俺達が近づくと敬礼をしてきた、答礼を返す。
「既に総監閣下は中でお待ちです。どうぞ」
護衛はその言葉と共にドアを開けた。

病室にはベッドに横たわる男とその横で両腕を組んで椅子に座っているオフレッサーが居た。俺達が中に入るとオフレッサーが無言で頷いた。傍に近づくと
「礼はいらん、卿らの事は話してある、適当に座れ。キスリング少佐も見下ろされるのは好むまい」
と太い声で言った。

リューネブルクと顔を見合わせ病人を挟む形でオフレッサーと向き合う。それを見届けてからオフレッサーが口を開いた。
「キスリング少佐、何が有ったか覚えているか?」

「反乱軍が要塞に侵入してきました。それを迎え撃ちましたが、突然脇腹に痛みが走って気を失いました」
キスリングが顔を顰めた。しかし声はしっかりとしている。

「敵に刺されたのか?」
「……いえ、そうでは有りません。あの位置に敵は居なかった……」
「味方に刺されたというのだな」

キスリングが頷いた。オフレッサーが俺達を見る。確かにヴァレンシュタインは嘘をついては居ない。キスリングは味方に刺された。問題はそれが誤っての事か、それとも故意にかだ……。

「故意か、それとも誤りか、卿の考えは」
「……」
「心当たりが有るようだな、少佐」

キスリングは何も答えず天井を見ている。オフレッサーがまた俺達を見た。そして微かに頷く……。キスリングは確かに何かを知っている。そして味方に刺される心当たりも有る……。病室の空気が重くなったように感じられた。

「負傷した卿は捕虜になった。覚えているか?」
「何とはなくですが、覚えています」
「では、何故今ここにいると思う?」

「味方が奪還したのだと思っていますが?」
「そうではない、反乱軍が撤退するときに捕虜を返した。意識の無かった卿は反乱軍の士官が運んで来た」
「……」

「その士官の名はエーリッヒ・ヴァレンシュタイン……」
「!」
キスリングが愕然としてオフレッサーを見た、そして俺を、リューネブルクを見る。

「馬鹿な、何を考えている。エーリッヒは、ヴァレンシュタインは何処に居ます? まさか……」
キスリングの顔が強張った。身体を起こそうとして痛みが走ったのだろう、眉を顰め苦痛を浮かべた。

「安心しろ、少佐。奴は反乱軍の元に戻った」
「……エーリッヒ」
オフレッサーの声に安心したのだろう、キスリングは身体から緊張を解いてベッドに横たわっている。

「奴が俺に頼んだ、卿は秘密を持っている。その秘密故に命を狙われた。卿を守ってくれとな」
「……」
キスリングが目を閉じた。

「無事に帰れるとは思っていなかったかもしれん。だがそれでも奴は卿を救うために命を懸けた」
「……馬鹿が……、何故そんな事をする……。俺の事など捨ておけば良いのだ……」
呟くような声だった。

「俺は卿を守らねばならん、約束だからな。だがそのためには卿の知っている秘密が何なのか、俺も知っておく必要が有る」
「……」
キスリングが表情に苦悩の色を見せた。彼は迷っている……、もうひと押しだろう。リューネブルクが俺を見た、俺が頷く。

「少佐、話してくれないか。閣下だけではない、俺もミューゼル准将も力になろう」
リューネブルクの言葉にキスリングがこちらを見た。その表情には未だ迷いが有る。一体この男の抱える秘密とは何なのか……。

「……最初に断っておきます。この秘密を知れば必ず後悔します。何故知ったのかと……。それでも知りたいと?」
意味深な言葉だ。思わずオフレッサーを、リューネブルクを見た。二人とも厳しい表情をしている。どうやら想像以上にキスリングの抱える秘密は大きいらしい。

「そうだ、それでも知りたい。俺はあの男と約束した。あの男はその約束のために命を懸けたのだ」
太く響く声だった。キスリングがオフレッサーを見る。少しの間二人は見つめあった。

「話してくれ、少佐」
オフレッサーが低い声で勧めた、そしてキスリングが一つ溜息を吐いた。キスリングは視線を天井に向けゆっくりと話し始めた。

「……帝国歴四百八十三年、第五次イゼルローン要塞攻防戦が有りました。その戦いの中でエーリッヒ・ヴァレンシュタインはカール・フォン・フロトー中佐を殺害し同盟に亡命しました。その殺害理由は未だに判明していません……」

その通りだ、ヴァレンシュタインが何故フロトーを殺したのかははっきりしていない。二人の間に接点は無い、怨恨、金銭トラブル等は無かった……。フロトーはカストロプ公に仕えているがカストロプ公とヴァレンシュタインの間にも何の関係もない。

大体片方は財務尚書を務める大貴族、もう片方は兵站統括部の一中尉、どう見ても関係は無い、結局戦闘中に両者の間に何らかのトラブルが生じ殺人事件になったのだろうと言われている。

「フロトー中佐がエーリッヒを殺そうとしました。カストロプ公の命令です。そして今から八年前に起きたエーリッヒの両親が殺された事件もその首謀者はカストロプ公、実行者はフロトー中佐でした。フロトー中佐がエーリッヒにそう言いました」
「!」

信じられない話だった。オフレッサーもリューネブルクも信じられないと言った表情をしている。無理もない、八年前の事件、そして二年前に事件、その二つが繋がっていた。そして首謀者はカストロプ公……。評判の良くない男だ、地位を利用した職権乱用によって私腹を肥やしていると聞く。しかし……。

「卿、何故それを知っている? ヴァレンシュタインはその場から亡命した。卿に伝える余裕など有るまい」
俺の質問にキスリングは微かに笑みを浮かべた。

「その場にはもう一人居たのです。そしてフロトー中佐を殺したのはエーリッヒではありません、その男です、ナイトハルト・ミュラー。私同様エーリッヒの親友です」

「……それは、フェザーン駐在武官を務めたミュラーの事か?」
「そうです」
俺とキスリングの会話にリューネブルクが加わった。
「卿、知っているのか?」
「以前、ある任務で世話になった。信頼できる人物だ」

意外な繋がりだ、ヴァレンシュタインとミュラーが親友、そしてあの事件にミュラーが絡んでいた……。

「ナイトハルトは憲兵隊に全てを話そうと提案しました。しかしエーリッヒはそれを拒否した。相手は大貴族です、告発はかえって危険だと考えた。そして帝国に居る事はもっと危険だと考えたのです」

「だから反乱軍に亡命した。その際フロトーを殺したのはヴァレンシュタインだという事にしたのか……」
「そうです、エーリッヒがそれを理由として亡命すると言ったのです」
オフレッサーの問いにキスリングが答えた。

リューネブルクが首を捻りながら問いかけた。
「よく分からんな、何故カストロプ公はヴァレンシュタインを殺そうとするのだ? まるで根絶やしにするのを望んでいるように見えるが……」
同感だ、何故大貴族のカストロプ公が平民のヴァレンシュタインを殺そうとするのだ。しかも親子二代にわたって……。

「我々もそれを調べました。エーリッヒを帝国に戻すにはカストロプ公を失脚させることが必要でした。そして失脚させるためにはカストロプ公が何故エーリッヒの両親を殺しエーリッヒまでも殺そうとしているのか、それが鍵になると思ったのです」

「我々とは? 卿とミュラーの他にもいるのか?」
「アントン・フェルナー、士官学校の同期生です。今はブラウンシュバイク公に仕えています」

また予想外の答えだった。ブラウンシュバイク公の下にもヴァレンシュタインの友人が居た。もし、ヴァレンシュタインが亡命などしなかったらどうなっただろう。

キスリングは憲兵隊で順調に昇進しただろう、フェルナーはブラウンシュバイク公の腹心に、ミュラーも極めて有能な人物だった。そしてヴァレンシュタイン……。彼らが一つにまとまり、ブラウンシュバイク公の下に結集したら……。微かに背中が粟立つのが分かった……。

「それで?」
オフレッサーが太い声で先を促した。
「最初は何も分かりませんでした。八年前の事件はあくまで民間の事件とされていました、憲兵隊には情報が無かった……」
キスリングが首を振った。

「しかし何かを掴んだのだな、少佐?」
リューネブルクの問いかけにキスリングが頷いた。
「エーリッヒの両親が殺された直後ですが、当時の司法尚書ルーゲ伯爵が辞任しています」

八年前だ、司法尚書の辞任と言われてもピンとこない。リューネブルクも同様だ、大体彼はそのころは反乱軍に居た。知るわけがない。
「ルーゲ伯爵か、確かカストロプ公に強い敵意を持っていた人物ではなかったかな?」

オフレッサーが記憶を確かめる様な口調でキスリングに問いかけた。意外だった、宮中の内情に等興味が無いように見えたのだが、そうでもないのか……。それとも装甲擲弾兵総監ともなれば、否応なく知らざるを得ないという事か……。リューネブルクも少し意外そうな表情でオフレッサーを見ている。

「そうです、あの事件にカストロプ公が関与しているのであれば、伯の辞任もあの事件に関係あるのではないかと思って接触しました。接触したのはアントンですが、ルーゲ伯は何も言わなかった……。しかし、アントンの見たところでは伯は明らかに何かを知っていました……」
「……」

「何度か我々は伯に接触しましたが伯は教えてくれませんでした。諦めかけていた時、伯から連絡が有ったのです。今年の六月、ヴァンフリート星域の会戦後の事です。私達は期待に胸を弾ませて彼のところに行きました。それが何を意味するのかも知らずに、我々はパンドラの箱を開けたのです……」
そう言うとキスリングは微かに笑みを浮かべた、見る者をぞっとさせるような暗い笑みだった……。




 
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