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苦渋

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第二章

「動物園の殆どだな」
「そうなりますね」
「これではだ」
 中佐はここで言った。
「動物園から動物はいなくなる」
「はい、主な動物達は」
「ライオンも象もな」
 子供達に人気の動物からだ。中佐は言った。
「キリンもいなくなるな」
「ゴリラもですね」
「どの動物達も飼育員が愛情を以て育てている」
 中佐をそのリストを手に取ってそれから述べた。
「今もな」
「少ない食べ物を何とかやりくりして」
「そうしている。だがな」
「今は仕方がないですね」
「人間が食べなければならない」
 この現実、どうしようもない現実をだ。中佐は言った。
「その為だ。それならだ」
「はい、動物園側には受けてもらいましょう」
「受けてもらわないとどうしようもない」 
 中佐はあくまで現実を言う。この時の日本の現実はこれだった。
 その現実の中でだ。中佐は言うのだった。
「ではだ」
「はい、それではですね」
「毒は既に手配している」
 中佐は淡々と述べていく。
「後で動物園に渡そう」
「では私から送ります」
「頼む。辛い仕事だろうがな」
「いえ、任務ですから」 
 軍人らしくだ。工藤はここでは感情を押し殺してそのうえで答えた。その顔から表情は一切消したうえでだ。
 その表情で答えた。そうしてだった。
「行かせてもらいます」
「わかった。それではな」
 中佐もここでは表情を消して頷いた。そのうえでだ。
 動物園に毒が送られた。工藤が自ら運び入れた。
 それと共に殺処分するべき動物のリストを彼等に手渡した。それを見てだった。
 園長も飼育員達も他の者達もだ。涙を流して言った。
「ライオンや虎も」
「豹もか」
「キリンの親子も象も」
「ゴリラやチンパンジーも」
「皆死んでしまうんだな」
「ワニやボアも」
「毒は悼みなく死ねるものです」 
 工藤はここでも表情を消してそのうえで彼等に告げる。背筋を伸ばし顔も上げている。そのうえで告げた言葉だ。
「ですから」
「しかし死ぬのですよね」
「どうしても」
「すぐにお願いします」
 工藤はまた告げる。
「時間が経てばそれだけ食料が消費されますので」
「・・・・・・わかりました」 
 園長が動物園を代表して応えた。既にどうしようもなかった。
 こうして九度うん手渡された毒で動物達は殺処分になった。園長も誰もが心から泣いた。
 中には毒があると見抜いて食べようとせず止むを得ず餓死させた動物達もいた。その全ての報告を工藤から聞いてだ。
 中佐は己の席でだ。静かにこう言った。
「わかった」
「・・・・・・はい」
「君に罪はない」
 こう言ったのである。
「私に全ての責任があるからな」
「毒を送ったのは私ですが」
「責任者は私だ」
 だからだというのだ。
「君が気に病むことはない」
「そう言って頂けますか」
「本当のことだ」
 こう言ってだ。中佐は責任は全て自分にあると言うのだった。
 動物園から動物達はいなくなった。こうまでして食料は確保された。
 しかしそれでも食べるものはなく戦局は悪化の一途を辿り遂に。
 八月十五日になった。中佐は玉音放送を聞いてから工藤に言った。 
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