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消えるもの

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第一章

                 消えるもの
 プラモが趣味の井川享恭は今商店街のプラモ屋にいた、そしてはじめて見るプラモを見て店の親父に対して言っていた。
 何処か朴訥さのある口元の唇は薄めの赤で少し黒子が見える、鼻はほんの少し低めで目は二重で光が強い。眉は左右共濃い感じで見事な折れ曲がり方だ。黒髪を短い七三分にしている。引き締まった身体で背は高く一八二はある。おもちゃ屋の中でも随分目立つ外見だ。
 その彼がだ、小柄な店の親父、もう七十過ぎている彼に言った。
「爺ちゃん、店の端っこにあったこれは」
「わしは爺ちゃんではない」
 オヤジは享恭にむっとした顔で返した。
「言っておくがな」
「いや、もう爺ちゃんだろ」
「れっきとした名前があるわ」
 もう髪の毛がすっかり減り残った毛も真っ白で皺だらけの顔で言うのだった。背中は少し曲がっていて小柄で痩せた身体だ。
「興津達夫というな」
「それが爺ちゃんの名前か」
「そうだ、失礼な高校生じゃな」
「ああ、俺が高校生ってわかるんだな」
「その校章でわかるわ」 
 享恭の赤い詰襟の首のところを見て言う。
「八条学園高等部じゃな」
「そうそう、一年だよ」
「それに赤い学ランなぞな」 
 彼が着ている学生服についても言う。
「他にあるか」
「うちの学校だけだな」
「他にも色々な制服があるじゃろ」
「ブレザーなり何なりな」
「ないのはナチスの軍服か北朝鮮の位じゃな」
「そういえばそうだな」
「それでもわかったわ」
 その赤い詰襟でもというのだ。
「御前さんが高校生で何処の高校かな」
「そういうことか」
「全く、あの学校の生徒さんは礼儀正しい子ばかりと思ったが」
「俺はか」
「失礼な奴じゃな」
「そうか?俺失礼か?」
「全く以てな、しかしな」
 あらためてだ、興津は享恭に言った。
「また面白いものを見付けたな」
「これ何だよ」 
 享恭はプラモの箱を持っている、それは潜水艦のプラモだが日本の伊級でもドイツのUボートでもない。ましてや今の海上自衛隊のものでもない。
 艦首部分は丸く艦の左右に大きなスクリューが二つずつある、そして艦には目の模様が大きく描かれている。 
 その潜水艦のプラモを見つつだ、享恭は興津に問うた。
「何のアニメの潜水艦だよ」
「それはムスカの潜水艦じゃ」
「ムスカ?」 
 そう聞いてだ、享恭は首を傾げさせて言った。
「あれか、ゴミの様だっていう」
「それは眼鏡かけた小悪党じゃろ」
「ああ、最後無様に死んだな」
 その死に様は最早伝説になっている、人間性と共に。
「あいつか?」
「違う、青の六号という漫画があっての」
「青の六号?」
「潜水艦の漫画でな、昔あったのじゃ」
「昔って何時位だよ」
「うむ、わしがまだ十代の頃じゃ」
 その頃のとだ、興津は話した。 
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