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ソードアート・オンライン 〜槍剣使いの能力共有〜《修正版》

作者:カエサル
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SAO編ーアインクラッドー
  04.龍使いと橙

 

 二〇二四年二月二十三日 第三十五層・迷いの森

 願いは届くことはなかった。静かな森の中では叫びはとても遠くまで響き先ほどまでいたパーティーメンバーが助けに来てくれるかもしれなかった。しかし今のシリカにはそんな叫び声も出せなかった。
 いつもそばにいてくれたパートナー、《フェザーリドラ》の小さなドラゴンの身体が発光しだす。いつもならその頭上にあるはずのHPゲージの中身は空っぽとなっている。
 そして光の欠片を振りまきながら砕け砕けた。長い尾羽が一枚ふわりと宙を舞い、地面に落ちた。それはもう会えないことを意味することだ。
 三十五層では最強クラスの《ドランクエイプ》という名のモンスターが三匹同時にゆっくりと向かってくる。
 まるでこちらに顔色を伺って楽しんでいるように見える。

 ───このまま死んじゃうのかな。でも、ピナがいないならあたしは死んでも……

 ドランクエイプが棍棒を振り上げる。それはとてもゆっくりに見えた。もう何も残すことはなにもないとまではいえない。それでも大切な友達を守れない自分ならもう……
 だが、三体のドランクエイプは棍棒を振り上げたままフリーズする。
 腰のあたりに一直線の光のラインが浮かび上がった。そしてそのまま光の欠片となり空気中に四散していく。
 ドラゴンエイプが消えた先に長い槍を片手に持つ、黒衣のコートを身にまとう少年が一人立っていた。

「ピナ……あたしを独りにしないでよ……ピナ!」


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 一足遅かったみたいだった。少女は地面にへたりこんでいる。両手でしっかりと水色に輝く羽を抱きしめながら大粒の涙をこぼし続ける。

「……その羽は?」

「……ピナです……あたしの大事な……」

 嗚咽を堪えるようにその言葉だけを口にする。
 その言葉で彼女がなにを失ったのかを理解することができた。遠慮がちな声でシュウは跪きながら発した。

「《ビーストテイマー》だったんだね」

 《ビーストテイマー》───ごく稀にモンスターがプレイヤーに懐き、使い魔を手に入れたプレイヤーの通称だ。
 少女は目の前で自分の使い魔を失った。それは大切な人を失ったことと差などない。使い魔を道具のように扱うプレイヤーのごく一部にはいる。しかし彼女は使い魔を本当の仲間のようにして過ごしていたようだ。だからここまで涙を流すのだろう。

「すまない。俺がもっと早く来ていれば……」

 あと少しでも早く駆けつけれていれば少女の使い魔を助けることができたかもしれなかった。後悔の念がシュウへと襲いかかった。

「いいえ、あたしがバカだったんです。一人で森を突破できるなんて思い上がってたから」

 少女は流れ出る涙を拭いながら顔を上げる。

「ありがとうございます。助けてくれて」

 無理していることなど誰が見ても明白だった。その言葉は別れの挨拶ということなのだろう。このまま少女と別れてはいけない。そうしたらまたシュウは後悔することになるだろう。

「その羽、アイテム名とか設定されてないかな?」

 少女は水色に輝く長い尾へと触れ、アイテム名を確認する。そこに浮かび上がった名前に再び少女は涙を浮かべる。
【アイテム名:ピナの心】

「泣かないで、ピナの心が残っていれば、まだ蘇生の可能性がある」

「ほ、本当ですか?」

 少女は叫ぶようにわずかに腰を浮かせた。

「うん、四十七層の南に思い出の丘というフィールドダンジョンがある。そこのてっぺんに咲く花が使い魔蘇生用のアイテムらしい」

「……四十七層」

 その言葉を呟き肩を落とした。少女の装備を見る限り、四十七層への安全圏のレベルまで到達はしていないだろう。各層の安全マージンは十積みが必要となる。そのレベルに到達せずに行くこともできるがこのゲームではそんなことをすれば死が待ち受けている。
 この少女を放って置くわけには行かなかった。
 シュウは思案する。そして不意に思い出し、アイテムストレージを確認する。

「確かあのバカに押し付けられた装備があったはず…………あった」

 シュウはトレードウインドウを開き、トレード欄に次々とアイテムを移していく。

「あの……」

 戸惑う少女の声がする。

「多分、この装備なら五、六レベ程度なら上げられるはずだ。それに俺とあと一人の同行者がいると思うからなんとかなると思う」

「えっ…………」

 少女は立ち上がり、こちらをまじまじと見てくる。シュウを少し怪しんでいるのであろう。それもそのはずだ。《美味しい話にはウラがある》というのは現実もこの世界も変わらない。

「なんで……そこまでしてくれるんですか……?」

 警戒するように少女は訊いてくる。
 シュウは回答に少し困ったが視線を逸らし、小声で呟いた。

「……もう嫌なんだよ。…………自分の気持ちに嘘ついて後悔するのは……」

 トレードウインドウの後ろに表示されるアイテムウインドウ。そこにわずかに見える《月音の槍》という文字。それとともに目尻がじんわりとしてくるのを感じ、慌てて後ろを向いた。

「わ、悪い。忘れてくれ」

 こぼれ落ちる前になんとか堪えることができた。

「わ、わかりました。あの……こんなんじゃ、ぜんぜん足らないと思うんですけど……」

 ぺこりと頭を下げていた少女がトレードウインドウにコルを打ち込んでいた。

「いや、金ならいいよ。押し付けられたものをあげただけだし、それにここに来た目的とも、被らないわけでもないしな……」

 トレードウインドウをお金を受け取らずにOKを押す。

「すみません、何からなにまで……。あの、あたし、シリカっていいます」

 聞き覚えのあった名前の気がしたが思い出すことができない。
 軽く頷きながら、右手を差し出す。

「俺はシュウだ。しばらくよろしくな」

 握手を交わし、迷いの森を抜け出すべく歩みを始めるのだった。


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 第三十五層・ミーシェ

 三十五層の主街区へと大通りから転移門広場に入るとあまり来ない層に辺りを見回す。

「おっ! シリカちゃん発見!」

 すると冴えなさそうな顔の二人の男プレイヤーが近づいてきた。

「ずいぶん遅かったんだね。心配したよ」

「……あっ、あの」

「今度、パーティー組もうよ。好きな所連れてってあげるから」

 あからさまに困った顔をしているシリカ。一瞬、こちらを見て目が合う。

「お話はありがたいんですけど……」

 一生懸命頭を下げてパーティーの勧誘を断る。

「……しばらくこの人とパーティーを組むことにしたので……」

 するとシュウをうさんくさそうなものを見るような視線を投げかけてくる。
 そういう視線には慣れてはいる方だが、あまり好ましいものではなかった。

「おい、あんた──」

 冴えない顔の一人がシュウの前に進み出て、口を開いた。

「見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声をかけてるんだぜ」

「んなこと知るかっつうの……それにパーティー組むのに抜けがけとか普通ねぇだろ。ソロの俺にはわかんねぇけどな」

 めんどくさいように頭を掻きながら大きなあくびをする。

「なんならここでどっちが強いか白黒つけてもいいぞ」

 背負われている槍へと右手をかけて、二人のプレイヤーを睨みつける。するとじりじりと後退していき、最後には覚えてろよ、という台詞を残して逃げ出してしまった。
 少しやりすぎたかな、と思いながらも右手を元に戻す。

「あの……すみません」

「ああ、このぐらいは別にいいよ。それに下心丸出しの馬鹿な奴らは適当に追っ払うのが一番だ」

 そう言ってシュウは建物に背を預けてその場に立ち止まった。

「あ……あの……」

「ごめん。説明してなかったね。もう一人同行者がいるって言っただろ。そいつと転移門前で合流する予定なんだ」

 シリカは少し困惑していたが、説明を聞いてほっと息をつく。どうやら先ほどのプレイヤーたちのこととシュウが説明しないことが不安だったようだ。

「人気者なんだな、シリカさん」

「シリカでいいですよ。───いいえ、マスコット代りに誘われてるだけですよ、きっと……それなのに《龍使いシリカ》なんて呼ばれていい気になって……」

 今にも泣き出しそうなシリカを慰めるために頭に手を置いて撫でる。柔らかな髪の感触が手に伝わってくる。

「心配ないよ。必ず間に合うから」

 シリカは頬を赤らめながら涙を拭う。

「シュウさんのホームって……」

「俺はホーム特にないんだよ。転々と適当な層で寝泊まりしてる」

「そうですか。ここチーズケーキが結構いけるんですよ」

 シリカが無邪気な笑顔で笑う。すると向こうのほうからぞろぞろと四、五人の集団が現れる。その集団を見てシリカの顔色が曇る。

「あら、シリカじゃない」

 向こうから声を掛けられ、振り向く。

「ヘぇーえ、森から脱出できたんだ。よかったわね」

 真っ赤な髪を派手にカールさせた、女性プレイヤーが口の端を歪めるように笑う。

「どうかしたのか?」

「いえ、別に」

 顔色はさらに曇っていく。

「あれ、あのトカゲどうしちゃったの? もしかして……」

 赤髪の女性はわかりきっていることをわざとらしく口にだす。

「……ピナは死にました。でも絶対に生き返らせます」

「ヘェ〜、ってことは思い出の丘に行く気なんだ。でも、あんたのレベルで攻略出来るの?」

「できるさ。そんなにあそこは難しくないからな」

 シリカが答える前に、シュウは前に出た。彼女をかばうようにコートの陰に隠す。

「あんたもその子に垂らしこまれた口。見たとこそんなに強そうじゃないけど」

 コートの陰に隠れるシリカの体が震えるのを感じた。この場にこれ以上長居はできないだろう。歩みを始めようとしたその時だった。見慣れた姿を確認してわずかに笑みを浮かべ、手を挙げる。

「悪いな、遅くなった」

 黒髪に黒革のロングコートに背負うのは漆黒の片手剣。全身真っ黒な装備をしている少年、《黒の剣士》だ。

「いや、ベストタイミングだ」

 少し前に出て、キリトと拳をぶつける。

「それじゃあ、行こうぜ」

 そのままキリトとともにその場を後にするのだった。


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 シリカがオススメと言っていたレストランへと足を踏み入れた。三人は奥まった席に腰をかける。
 軽くお互いに自己紹介だけを済ませてからシリカが慣れた口調で注文をする。

「……なんで……あんな意地悪言うのかな……」

 席についてわずかに経ってからシリカがぽつりと呟いた。
 するとキリトがカップを置いて口を開いた。

「君はMMOはソードアートオンラインが始めて?」

「はい」

「どんなゲームでも人格が変わるプレイヤーは多い。中には進んで悪人を演じるプレイヤーもいる。俺たちのカーソルは緑色だろ。だが、犯罪を行うとカーソルはオレンジに変化する。その中でもPK(プレイヤーキル)、いわゆる殺人を犯したものは、レッドプレイヤーと呼ばれる」

「……人殺しなんて」

 シリカが驚愕の声を漏らす。
 キリトの言葉につなげるように口を開いた。

「この世界でそれを行うことの意味がわかってるはずなのにな」

 カップを持つ手に力が入っていく。

「……そんな奴らを許しちゃおけねぇんだよ。あいつらのためにもな」

「シュウさん……」

 心配そうな声を漏らすシリカに我に戻り、軽く笑った。

「……すまない」

「いえ、シュウさんはいい人です。あたしを、助けてくれたもん」

「……なんか俺が慰められちゃったな。ありがとう、シリカ」

 そこから食事を済ませて俺たちはレストランの二階にある宿舎へと足を運んだ。
 二階に上がるや否や明日の四十七層攻略に備えてシリカとは別れた。
 シュウとキリトは部屋に入ることなく宿舎から出ると建物同士の間の人が並んで通れるか通れないかくらいの路地裏へと移動する。
 時刻は夜の八時を回った程度。なのでまだ街には多くの人がいたが路地裏ということもあって全く人がいない。

「それでどうだった?」

「ぼちぼちってところだな。まだ確実っていう証拠はない」

 そうか、と俺は建物に深く重心を預けた。

「なぁ、キリト……」

 キリトは無言でこちらに顔を向ける。

「絶対に奴らをとらえるぞ」

 ああ、とキリトはこちらに右の拳を向けてくる。それに応えて俺も拳をぶつける。

「シリカ、まだ起きてる」

 シリカが泊まる部屋をノックする。

「しゅ、シュウさん!」

「四十七層の説明を忘れてたんだけど、明日にしようか?」

「あたしも聞きたいと思ってたところで……」

 部屋のドアを開けるとベットの上に部屋着の白ベースのワンピースで座るシリカが。なぜかその顔は少し赤い。
 丸いテーブルを部屋の中央に移動させ、その机の上にミラー・ジュスフィアを置く。

「シリカ、どうかした?」

「いえ、なんでも。シュウさん、そのアイテムは」

「ミラージュ・スフィアっていうんだ」

 ボタンを押すと、光が現れ、それは球体を描く。

「うわぁ、綺麗」

 ミラージュスフィアは四十七層の地図を描く。

「ここが四十七層の市街区、こっちが思い出の丘、でこの道を通るんだけど……」

 言葉を切る。

「シュウさ……」

「誰だ!!」

 シリカの言葉を遮り、扉を開けると階段の方に消える人影の姿が確認できた。

「なんですか?」

「聞かれていたな」

「でも、ノックなしだとドア越しの声は」

「ノックなしでも聞き耳スキルが高ければ別だ。そんなのあげてるやつなかなかいないけどな」

「なんで立ち聞きなんか」

 ───もしかしたら奴らの狙いは……


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 二〇二四年二月二十四日 第四十七層・フローリア

「うわぁ、夢の国見たい」

 第四十七層は、花で囲まれたとても雰囲気のいい層でプレイヤーたちからの人気も高いらしい。

「この層はフラワーガーデンと呼ばれていてフロア全体に花が咲いてるんだ」

 はしゃぐ子供のようにシリカは花を見る。

「……シリカ」

「お待たせしました」

「どうした、顔赤いぞ?」

 シリカは照れ隠しのように髪を直す。

「いえ、なんでもありません」

「それじゃあ、行くよ」

「はい」


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「これは」

 シリカへと青色の立方体の結晶、転移結晶を渡す。

「もし、予想外のことが起きて俺が離脱しろって言ったら、必ずどの街でもいいから飛ぶんだ」

「でも……」

「約束してくれ」

 真剣な表情に押されたのかシリカも了承する。

「わかりました」

 シリカは少し、不安そうな顔で転移結晶を受け取る。

「じゃあ、行こう。この道をまっすぐ行けば思い出の丘だ」

 少しの沈黙の中、シリカが口を開く。

「シュウさん」

「きゃあぁぁ!!」

 急にシリカ叫び声がしたと思うとシリカが花のモンスターの二本のツルに足を取られている。

「落ちつけ、シリカ。そいつすごく弱いよ」

 シリカは宙逆さずりにされており、スカートの裾を左手で押さえながら右手の短剣(ダガー)を振り回す。

「シュウさん、助けて!! 見ないで!! 助けて!! 見ないで!!」

「それは無理だ」

「この、いい加減にしろ!」

 シリカは裾を押さえていた左手で一本のツルを掴み、右のダガーで切り裂く、続けてもう一本、そして本体にソードスキルを放ち、倒す。

「見ました」

 すごく恥ずかしがっているシリカ。

「見てない」


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「ここが思い出の丘だ」

 シリカは、思い出の丘の石碑まで走る。
 石碑から白い小さな花が出現する。

「手にとってご覧」

 その花を手に取る。

【アイテム名:プネウマの花】

「これでピナが生き返るんですね」

「あぁ」

「よかった」

 シリカは花を持ちながら安堵の表情を浮かべる。

「でも、この辺は強いモンスターが多いから街に戻ってから生き返らせよう。ピナだってきっとその方がいいだろ」

「はい!」

 シリカが笑顔でこちらを向く。街に戻るため、来た道を引き返していく。
 するともうすぐ街へつくのを見計らったかのように気配を感じる。シリカの肩を掴み、静止させる。

「シュウさん?」

「そこで待ち伏せてる奴、出て来いよ」

 木の陰から現れたのは、街であった赤髪の女性プレイヤーだった。

「ロザリアさん!?」

「あたしのハイリングを見破るなんて、中々高い索敵スキルね、剣士さん。その様子だと、首尾よく《プネウマの花》をGETできたみたいね。おめでとう」

 その時、ロザリアの顔色が一気に変わる。

「じゃあ、早速、花を渡して頂戴」

「な、何を言ってるんですか!?」

「そうは行かないな、ロザリアさん。いや、オレンジギルド《タイタンズハンド》のリーダーと言ったほうがいいかな」

 ロザリアが感心したように、声を洩らす。

「でも、ロザリアさんはグリーン」

「簡単な手口だ。グリーンのメンバーを獲物に繕い、オレンジが待ち伏せてるポイントまで誘い込むのさ。昨夜、俺たちの話を盗み聞きしてたのはあんたの仲間だろ」

「じゃあ、この二週間一緒のパーティーにいたのは」

 シリカも気づいたみたいだな。

「そうよ、戦力を確認して、冒険でお金が溜まるのを待ってたの。一番楽しみな獲物のあんたが抜けて残念だったけど、レアアイテムを取りに行くっていうじゃない。でも、そこまでわかっててその子に付き合うなんてバカァ〜、それとも本当に垂らしこまれちゃった」

 ロザリアはバカにするような笑みを浮かべる。

「いや、どっちでもないね。俺はあんたを探してたんだ。ロザリアさん」

「どういうことかしら?」

「あんた十日前に《シルバーフラグス》っていうギルドを襲ったな。リーダー以外の四人が殺された」

「あぁ、あの貧乏な連中ね」

「リーダーは朝から晩まで最前線の転移門広場で泣きながら仇討ちをしてくれる人を探してた。彼はあんたらを殺すんじゃなく、牢獄に入れてくれと言ったんだ。あんたに奴の気持ちがわかるか?」

 ロザリアに問う。
 しかし、そんな思いなど微塵も届いていない。

「わかんないわよ、マジになっちゃってバカみたい。ここで人を殺したって本当に死ぬなんて証拠なんてないし、それより、自分たちの心配した方がいいんじゃない?」

 ロザリアが指を鳴らすと木の陰に隠れていたオレンジギルド《タイタンズハンド》のメンバーが七人現れる。

「シュウさん! 人数が多すぎます。脱出しないと!」

「大丈夫、俺が逃げろっていうまではクリスタルを準備してここで待ってて」

 シュウは背負っていた片手槍をストレージへと戻して新たな武器をオブジェクト化させる。
 すらっと伸びた持ち手。装飾も一切ないシンプルな形状の槍。ただ一つ違うのは、先端が湾曲しているということだ。槍というよりは鎌に近い形をしている。
 刃は、赤黒く染まった死神の鎌を思わせる不気味な片手槍。

「でも、シュウさん!!」

 シリカの声にオレンジギルドの一人が反応する。

「シュウだと……黒衣の服装、楯無し装備。まさか 《槍剣使い》!? ロザリアさん、コイツ、ソロで前線に挑んでる攻略組の!?」

「攻略組がこんなところにいるわけがないじゃない!!」

 まぁ、普通はそう思うよな。

「ホラとっとと始末して身ぐるみはいちゃいな!!」

 ロザリアの声にオレンジプレイヤーの七人が同時に襲いかかる。

「……遅ぇんだよ」

 白銀の閃光を纏った槍を構え、地を力強く蹴る。システムアシストという不可視の力が身体を押す。目にも留まらぬ速さで鎌は襲い来るレッドプレイヤーたちの武器をとらえた。
 ───槍三連突撃技《トリシューラ》

「う、嘘だろ」

「あ、ありえねぇ」

 タイタンズハンドのメンバーが驚愕の声を上げる。
 武器破壊(アームブラスト)。その名の通り、武器を破壊するシステム外スキル。武器の一点のみを集中して攻撃することで耐久値を削り取ることができる。

「……もう終わりか?」

 不敵な笑みを浮かべなシュウは鎌をレッドプレイヤーたちへと向ける。
 すると性懲りも無くタイタンズハンドの七人は壊された武器から新たな武器へと変更する。
 一応、サブアームも持ってるようだが、その武器たちは俺の目には先ほどの武器よりも貧弱に見える。

 同時に三人が武器を振り上げる。その瞬間、槍の中心部を両手で持ち上へとあげ、その場で高速回転させる。
 ───槍回転技《ブリューナク》
 それは一瞬で三方向から飛んで来た武器を粉砕する。
 もとより、この槍自体が武器破壊に特化しているとも言える。

「……すまねぇな」

 破壊されていった武器たちに弔いの言葉を呟く。
 残るは四人。再び目の前で武器を壊され動揺している者たちの武器を貫くなど簡単なことだ。
 再び、槍三連突撃技《トリシューラ》で四人の武器破壊する。
 タイタンズハンドの七人は戦う武器がなくなったようだ。それもそのはずだ。アイテムストレージは極力減らしておかなければアイテムを奪うことができない。そもそも、武器破壊などそんなもの考えていなかっただろう。

「これは俺の依頼人が全財産を果たして買った回廊結晶だ。監獄エリアの出口に設定したある。全員これで牢屋に飛んでもらう」

「グリーンのあたしを傷つければあんたがオレンジに……」

 刹那。ロザリアの首へと鎌を振り下ろす。寸前で止められたがわずかでも力が入れば首は切り落とされる。それが意味する事は一瞬で理解できるはずだ。

「……それがどうした?」

 ロザリアは諦めたようにこちらに向けていた槍を地面に落とした。

「俺の出番はないみたいだな」

 木の陰にいた黒いコートを身に纏った少年が現れる。

「そうみてぇだな。キリト」


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ゴメンな、シリカ。君を囮にするようなことになっちゃて。俺のことを言ったら怖がられると思ったんだ」

「シュウさんはいい人だから、怖がったりしません」

 シリカはまた少し暗い顔をする。

「やっぱり、行っちゃうんですか」

「あぁ、五日も前線から離れちゃったからな。すぐに戻らないと」

「攻略組なんてすごいですね。あたしなんて、何年経っても無理ですよ。……あの、あたし……」

「レベルなんてただの数字にすぎない。この世界での強さは単なる幻想にすぎない。そんなものよりもっと大事なものがある。次は現実世界で会おう。そしたらまた、友達になろう」

「はい、きっと必ず」

 シリカが笑顔でこちらを見る。

「さぁ、ピナを呼び戻したあげよう」

「はい!!」

 シリカが《ピナの心》と《プネウマの花》を取り出す。
 《プネウマの花》の蜜が《ピナの心》に触れると光る。
 その光は優しく、暖かい光だった。
 
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