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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~紺色と藍色の追復曲~
  此の時彼の場所で

私の好きな花?

うーん、そうね。蓮の花かな。

だって、どんな濁った水の上でも、変わらず美しい花を咲かすんだもの。

――――紺野藍子










とある教会。それに付属するように広がっている墓地の一角で。

時が、止まっていた。

一人の少女と一人の男、両者の間を微妙な空気が流れていく。

「ソ、……ウ君……」

木綿季の唇から零れ落ちたその呼び名に、いまだ驚きで固まっていた相馬はふっと口許を緩めた。

「懐かしいな、その呼び方」

「あ……」

ニヤリと笑う少年にも青年にも見える男は、呆然と立ちすくむ少女の脇を通り抜ける形で石のプレートの前に立つ。

黙祷も、神への祈りもない。

男はただ、空気に乗らないほど極小の声で何かを呟いた。それが何だったかは、木綿季にはまったく聞こえなかったが、その表情は真剣そのものだった。少なくとも、茶化す類のものではない。

十字も切らずに墓前に佇む男に、一瞬何を言おうか迷った木綿季だったが、結局見切り発車で口火を切る。

「花束……置かないの?」

「ん?あぁ、置くよ」

カサリ、と軽い音とともに、姉の墓に彩りが加えられた。

だが木綿季の顔色は優れない。少女はムッと眉丘を寄せて口を尖らせる。飾り気の欠片もない包装紙の中で揺れる赤を見咎めたのだ。

「ねぇ、ソウ君。お墓に彼岸花はないでしょ。ボク、神道や仏教方面はあんまり知らないけど、それでも分かるよ?」

そう、男が持って来た花束にくるまれていたのは、目にも鮮やかな彼岸花だ。

一つの花に見えて、その実六、七つの花がワンセットに絡まりあっている秋辺りに一斉に顔を出す彼岸花だが、その名の通り色々と不吉な意味合いがあり、家に飾られるのも忌避されると聞いたことがある。少なくとも、墓前に供えるような種類ではないだろう。

そう言うと、相馬は快活に笑った。

「ははっ、いンだよ。これは一種のケジメっつーか……そーだな、覚悟、みたいなモンなんだからよ」

「覚悟?」

首をこてんと傾ける木綿季に相馬は頷き返す。しかし、詳細は話さない。

どこかもの寂しげな曖昧な表情を顔に張り付けながら話す相馬は、ふと幾らか硬い言葉を放った。

「何にも、訊かねぇんだな」

「……訊いてほしいの?」

ズルい言い方だと思った。

彼の訊き方も、自分の言葉も。

そう分かっているからこそ、相馬も小さく吹きだし、苦笑した。ひとしきり肩を揺すった後、男はふっと真剣な顔になって口を開いた。

「……妙な希望を持たせたくないからな、事実だけを言っていくぞ」

「…………うん」

「俺はもう、お前達の下には帰らない。そんな次元には、もう踏みとどまれない」

「………………うん」

「理解しろとは言わねぇよ。けど、知っておいてほしい。俺に《日常(そこ)》は、眩しすぎる」

一言一言、噛み潰すような言葉。

だがその口調とは裏腹に、相馬の顔は穏やかなものだった。爽やか、とまでは行かないが、それでも苦悩に満ちている風ではない。

―――あぁ、そっか。

その横顔を盗み見ながら、ふと木綿季は思った。思ってしまった。

自分と眼前の男。二人の間に刻まれた、絶望的なまでの断崖を。

誰も渡ることのできない、隔絶を。

―――ソウ君はもう、ボク達の日常そのものを信じたくないんだ。

もはやここは、誰にも埋めることはできない。唯一、埋める可能性を持つ人間は、今は眼前の墓の下だ。

仮にここを無理に渡ろうとしても、相馬はそれを拒絶するだろう。

それほどまでに、小日向相馬という人間の意思は硬い。

一瞬瞑目し、木綿季は万の葛藤をせき止め、代わりにボロボロの言葉を吐き出す。

「そのこと、蓮には……?」

「あー」

がしがしと後頭部を掻きながら、相馬は気まずげに目を逸らした。

「ソウ君?」

「あーうー、……言ってねぇ」

「………もー、そんなことだと思った。昔からそうだよね、ソウ君は。いつだって自分ひとりで分かったような顔しててさ」

腰に手を当て、兄のような従兄を怒る様は、本来ならば自分の役割ではない、と木綿季は脳裏の端で思う。

本来ならば、この位置には姉である紺野藍子がいたはずだ。

あの姉は、年の差など考慮しない。いつだって常識というものを知っていて、厳しく、そして優しく教えてくれた。

それは相馬だって例外ではない。

さすがに、悪ガキもどきだった幼い木綿季や蓮ほどではないが、彼だとて藍子に叱られたこともあるはずだ。少なくともそういう記憶がある。

「えーと、何だっけ?タイムマシン作ろうとして姉ちゃんのCDプレイヤー分解しようとしたんだっけ?」

確かあの時は、藍子のお気に入りのCDプレイヤーだったことも相まって烈火の如く怒られていたような気がする。というか、日曜大工にでも使いそうな大道具を持って突撃しようとしていた相馬も相馬なのだが。

そう思い、木綿季は笑いながら相馬のほうを見ると――――

ぎょっとした。

相馬は墓前に佇んだまま、刃の切っ先のような鋭い視線を木綿季に向けていた。

「な、なに?」

単に、憤怒や憎悪といったものではない。あの城でそういった人間の昏い部分に、少なからず触れた経験のある木綿季には分かる。

その眼は、そういったモノは含まれていなかった。

少年にも青年にも見える男は、ただ純粋に――――驚いていた。

具体的なリアクションを取るより先に、逆に驚いてしまった木綿季の顔を数秒呆けたように見ていた相馬はハッと気が付くと、誤魔化すように口許を笑みの形に歪める。

「い、や……何でもねぇよ」

「ねーソウ君。姉ちゃんから聞いたことあるんだけど、ソウ君って嘘つく時すぐわかるって言うのホントだったんだね」

「ッチ、ンなこと言ってたんかアイツ」

どこかイタズラがバレた子供のように、バツが悪そうに唇を突き出す相馬に、べ、と木綿季は舌を出す。

「ぷふふ、嘘だよーだ。そんな顔してたら誰だって分かるって」

「……だー、クソ。お前もお前で、ちょっと見ないうちに変な腹芸覚えやがって」

ふぅー、と長い吐息を吐き出した相馬は、躊躇うような一拍を置いてこう切り出した。

「……なぁ、木綿季。お前、ウチの親、覚えてっか?」

「??」

変な訊き方だなぁ、と少女は首を傾げる。

相馬の親――――イコールで蓮の両親は、家族ぐるみでよく交流していたこともありよく覚えている。

いい意味で、平凡な家庭だった。

線が細い父親と、穏やかな母親。時には厳しく、時には優しく、従姉である自分も実の子供のように構ってくれた。

幼い頃に亡くなった二人の葬儀ではわんわん泣きじゃくったのは辛い思い出だ。

木綿季の母親とは違い、カトリック信徒ではなかったために、この墓地には埋葬されていない彼らの墓のことを脳裏に思い描きつつ、木綿季は怪訝げに眉を顰めた。

「そりゃもちろんだけど……、何?ソウ君、頭でも打ったの?」

「……いや、……そうか。俺はな、覚えてねぇんだ」

「は?」

今度こそ本気で木綿季は眉丘を寄せる。

木綿季が覚えている小日向家の今は亡き両親の顔を、実の子供である相馬が覚えていないというのはどういうことだ。

同じ子供でも、蓮は違う。まだあの時は幼稚園低学年とかそれくらいだった気がするから、もしかしたら忘れているという理由も成立するかもしれないが、相馬の場合はそれすらも通じない。

「写真を見りゃ、ああこういうツラだったなって思い出せる。けどな、そんな人達と住んでいたっつー記憶が、希薄というか……んー、薄いんだよなー」

「ちょっと、大丈夫なの?」

首を捻る相馬に、堪らず心配そうな声をかける。

だが相馬は軽い調子で手を振り、笑った。

「大丈夫だよ。現に、こうして五体満足でピンシャンしてんじゃねぇか」

そう言って彼は笑う。

だが、その言葉にどこか引っかかりを覚えた木綿季は、SAOでの二年間を生き残って萌芽した《天才》の勘に導かれるように言葉を紡ぐ。

「本当に?」

「あ?……オイオイ、木綿季――――」

違う、と少女は言った。

なんだかおかしかった。

木綿季は最初、その《違和感》が随分と会ってない事によって生じる差異だと思っていた。

だが違った。

おかしかったのは、最初から小日向相馬のほうだったのだ。

それを確信した少女は、意を決したように口を開く。

「ねぇ、ソウ君。……君、本当にソウ君?」










不気味な、沈黙があった。

相馬の表情は変わらない。危険な感情の渦に呑まれたような表情を浮かべていた訳でも、能面のような無いからこその怖さという訳でもない。

なのに。

にも拘らず。

まるで血塗れの獣が目の前であぎとを開いているような、どうしようもなくゾワゾワした感覚が十本指をくまなく苛んでいく。

―――な、に……?

紺野木綿季は、答えを出せなかった。

どころか、動けなかった。

そうこうしている間にも、相馬は他愛なく笑っていた。

あくまで、笑っているだけだった。

「俺は相馬だよ、小日向相馬。お前()の従兄で、どこにでもいる平凡なバカ野郎だ」

ゆっくりと紡がれる言葉。

そこにも、明確な何かがある訳ではない。にも拘わらず、違和感という名の風船はどんどん膨らんでいく。

「……なぁ、木綿季。俺はさ、本当に何もない人間なんだよ。ベタベタと周りから張られたシールに振り回されるくらいの、そんな吐いて捨てるほど転がっていそうな凡人なんだよ」

それは、世界を席巻する《鬼才》の口から出たものとは信じられない言葉。

だが、木綿季にはそれが昔の彼そのものを表すものだと思った。

嘘偽りない、《小日向相馬》の本音であり、本質であり、本性。

「たぶん天才という点ならお前にも負ける。けど、けどな――――」

ゆっくりと。

しかし、確実に。

相馬は紺野家の墓に向けてかがみ、石碑に刻まれている一つの名前を愛撫するように指の先端を這わせる。

「俺は、その平凡のためなら世界を犠牲にできるぞ」

「ソ、ウ……君……?」

小日向相馬は立ち上がっていた。

しかし、いつ足を伸ばしたのかが分からない。まるでコマ落ちしたように、気が付いたら直立していたのだ。

彼が、相馬が、本当の意味で手の届かないところに行く、行ってしまう。

それが痛いほど分かっていても、木綿季のノドは張り付いたように収縮していて、何の音も漏らせずにいた。

そんな少女に笑いかけ、相馬は黒衣の裾を翻して歩き出す。

決定的な一歩を、踏み出す。

「最後にお前に合えたのも、クソみてぇな《運命》ってヤツなのかね。でもまぁ…………会えてよかった」

ぽん、と。

頭の頂点に優しく置かれた手のひらが、ともすれば名残惜しげに離された直後、勢いよく振り返った先に男の姿はもうなかった。










車に戻った相馬は、ドアをしっかりと閉じながら、まずは身に着けている全ての衣服を脱いだ。

手早く乱雑にひとまとめにしたそれを、後部座席の下に突っ込んでおいた、研究所などで使うような電気抵抗式の携行炉を引っ張り出し、その中で跡形もなく滅却する。

追跡用の《匂い》などの可能性も排除した男は、その様子を横目で見つつ、錠剤のような《解体剤》を水なしで口に含む。

効果は迅速だった。

身体中の体細胞が分解、溶解しはじめ、体温や血液を起因とする湯気に囲まれる中、小日向相馬は構わずに自嘲的に嗤った。

ノドどころか、そこから繋がるアゴすら不気味にぐらついている中で、それでも掠れた声で相馬は言う。

「ったく、さっすが姉妹だ。勘の鋭さが半端じゃねぇな。これがモノホンじゃない《代替身体(クローンドール)》だって見抜いてきやがる。遺伝子レベルで同一なはずなんだがな?」

遠隔から操作できる手前、純百パーセントではないが、それでも外見上の差異はないはずだ。それでも違和感を感じるとなると。

「チッ、ヤだヤだ。身内ってのはよ」

眼球も溶け初め、人間としての輪郭も曖昧になりつつある中で、少年にも青年にも見える男は満足げに口許を緩めた。

「……じゃあな、従妹(いもうと)










一番嫌いな花?

そりゃ、蓮の花だな。

なぜかって?腐った汚泥を覆い隠した上で、平気な顔でお綺麗な花を咲かせてるところだよ。

――――小日向相馬 
 

 
後書き
はい、これで一応GGO時系列は終了となりますw
いやー長かったwつーか詰めすぎだよこれwたった二日間くらいの話なのに合計何話やってんだ?
ともあれ何かと楽しかったですし、ストーリー的にも大きく発展できたのではないかと。
そういう意味では、今話はちょうど全体から見たターニングポイントのようなものかもしれません。今までその所業が口伝上でしか語られなかったお兄様ことソウ君(この呼び名がしっくり来てびっくり)ですが、この人意外と普通なんですねwというか、ある意味作品中一番の《ヒーロー》なのはお兄様なのでは……?(真顔←
徐々に明らかになってきたその目的、その目標――――くぅ~、いいですねぇ!やっぱり日常系以外の物語はこういったミステリー要素が一つは必要ですよね!まぁ無邪気では謎が多すぎるんですけど!!←
それがどう物語を揺り動かしていくのか、こうご期待!

――――さてさてテンションも落ち着けて、次回からの話に移りましょう。
さっそくこのノリでアリシ編……と行きたいトコなのですが、まぁ待ちやしょうwまだ大舞台はちと早いでやんすw
てな訳で毎回大長編の切れ目恒例、お茶濁s……ゲフンゲフン、コラボ編へと移行します!
クロスストーリー、クロスワールド編と続き、次編はどうなるのか!こうご期待! 
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