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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第八十五話 ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥が出征します。

 
前書き
話数としては八十五話ですが、累計で100話目となりました。ここまで来れるとは思ってもみませんでした。読んでくださっている方々、ありがとうございます。 

 
 意識を取り戻したとき、シェーンコップは自分が病室のベッドに横たわっているのを確認した。アーレ・ハイネセンの病棟とそっくりだ。という事は自分は撤退できたのだろうか。
 首を動かしたシェーンコップは、その考えが間違っていたことをすぐに理解した。周りには帝国兵が佇立していたからだ。だが、彼らは遠巻きに立っているだけでこちらが意識を取り戻しても視線を向けようともしない。
「大丈夫ですか?」
不意に近くで女性の声がした。看護師の事務的な声ではないことに違和感を覚えていたが、それでいて妙に聞き覚えのある声だった。ライトブラウンの髪をシニョン風にした女性上級将官が一人、その傍らにはオレンジ色の髪をポニーテールにした女性、そして赤い長い髪をした女性が立っている。
「ここはイゼルローン要塞の病棟です。・・・・ワルター・フォン・シェーンコップ大佐、ですね?」
上級将官は赤い髪の女性にうなずいて見せると、赤い髪の女性は合図をして、周りにいた帝国兵たちを下がらせた。言わずと知れた、フィオーナ、ティアナ、そしてレイン・フェリルが彼の下を訪れていたのである。
「美女に囲まれてベッドに横たわる。うわべだけ見れば王侯貴族も羨ましい光景とはこのことですかな。もっとも、その相手の麗しき美女が帝国軍となればいささか話は変わってくるかもしれませんが。」
こんな状況であったけれども、ワルター・フォン・シェーンコップは彼らしい皮肉交じりの言動を辞めようとはしなかった。
「フィオ。別にあなたがシェーンコップと話をしたいんなら止めはしないけれど、案外無駄かもしれないわよ。この人が自分から胸襟を割って話そうとする人なんて、ヤン・ウェンリーくらいだもの。後はローゼンリッター連隊くらいでしょ。」
「それはそうかもしれないけれど、でも、一度話をしてみたかったの。」
「そちらのお嬢さんのいう事は正しい。」
シェーンコップがにやりとする。
「私は話したいときに話をする性分でしてね。いささか喉に支障をきたしておるので。」
そう言うと、ワザとらしい咳払いをする。
「それでも、私は聞きたいのです。あなたが話してくれる限りで結構です。たとえ、それがわずかな物であっても・・・・。」
相手の真摯な表情にわずかながらシェーンコップの表情が変わった。
「冗談はさておき、小官がそもそも話をするなどとあなたはおもっているのですかな。」
「軍機を聞きたいわけではありません。話していただきたいんです。・・・・自由惑星同盟で・・・いいえ、正確には周りのコミュニティから、あなたたち帝国からの亡命者がどんな扱いを受けているのか。」
「それを宣伝するわけですかな?帝国からの亡命者が反徒共に虐待されていると。そうすれば亡命者が減る。そんな風に考えていらっしゃるわけだ。」
「違います!・・・そんなことは・・・考えたこともありません。」
うろたえたフィオーナが頬を染めて否定する。
「あなたたちのことは可能な限り調べていました。どんなにひどい扱いを受けていたのかを・・・・。」
そう言ってフィオーナは話し出した。それはアレーナの構築した情報網からの情報であり、彼女の前世からの記憶に基づくものであり、帝国軍情報部からの情報であった。
「・・・・良く調べたものですな。」
長い話は終わった。それに対して否定も肯定もせず、シェーンコップはそれだけを言った。
「世界を変えたいなんて大それたことを考えているんじゃないんです。私たちはラインハルト・フォン・ローエングラム元帥の指揮下にあります。そのローエングラム元帥がきっとこの状況を変えてくれる、そう信じています。」
「・・・・・・・・。」
「でも、変えるにしてもどのようにすれば良いのか私にはわからない。ローエングラム元帥はよくおっしゃっていました。『最大多数の最大幸福とは何か?』と。私にもわかりません。でも、わからないなりにもそれを模索することを辞めたくはないんです。それにはあなた自身の話が聞きたい。必要なんです。」
「・・・・・・・・。」
「帝国がすべてだとは言いません。ですが、自由惑星同盟もすべてではないと思います。仮にあなたが本当にそう思い込んでいるとしたら、あの廊下で私にああいうことをおっしゃらなかったはずです。あれはあなたの本心ではないのですか?」
「・・・・・・・・。」
「私の名誉に誓って、あなたのおっしゃったことは硬く秘密にすると誓います。ここにいるティアナ、そしてレインも同様です。」
「詭弁、ですな。」
不意にシェーンコップが口を開いた。気圧された様にフィオーナは口をつぐんだ。
「いや、あなたの思いには嘘はない。あなたがとても純粋な人だということはわかりました。ですが、それだけでは人は動きませんよ。」
フィオーナの眼が一瞬大きく見開かれ、元の大きさに戻った。
「人間が動くのには大きく分けて二つの動機があります。少し学者風に難しく表現すれば、一つは自分の大義、心情が共鳴できる事象が起こった場合、そして、もう一つは自分の生命にかかる事象が起こった場合、と言えばいいでしょう。」
「・・・・・・・。」
「あなたの場合には、そのどちらも満たしてはいない。私が話したくなる動機としてはまだ不十分ですな。」
「では、あなたたちはこのままでいいのですか?ローゼンリッターと世間ではもてはやされた政治的宣伝、でも、裏を返せば妬み、恨みを買い、政治的に徹底的に利用される存在、誰も本当の意味であなたたちのことを理解してくれる人はいない。それでいいんですか?」
シェーンコップの顔に苦々しい表情が走った。一瞬だったが、それがいまの彼の素顔で有り、本心であることは明白だった。
「わかりきったことを聞く人だ。むろん良くはありませんよ。ただ、一つ言えることは私は独りではない。まだ仲間内で強固な防壁を作るだけの力はある。嵐が去るのをじっと待つしかない。今の我々にできることはそれだけですよ。」
「そうですか・・・・。」
フィオーナは顔を俯けたが、やがてシェーンコップを見つめた。
「・・・あなたたちはご存じないでしょうけれど、帝国に逆亡命した人間がどんな扱いを受けているか、想像がつきますか?」
「おおよその想像はつきますよ、おそらくは私たちが受けているものと同等それ以上の扱いをね。」
シェーンコップが言ったことは事実でもあり、誤りでもあった。帝国への逆亡命者の受ける扱いについては、大貴族の縁者であれば、元のように厚遇されることもあり得なくはない。だが、大多数の逆亡命者に待ち受けているのは過酷な環境と衆目にさらされ続ける疎外感だった。
 以前フィオーナはヴァリエを通じて今の帝国の逆亡命者の現状を調べてもらったことがある。リューネブルクのような軍における士官が叶うのはまだましな方であり、大多数の亡命者は流刑地に飛ばされるか、良くても監視のもとに戦々恐々として暮らすかである。もっとも、逆亡命を考えるなどというのは、まず一般民衆では考えられない話であり(相互監視体制、密告が蔓延した帝国に帰還すればどんな末路が待っているかは明白で有ろう。)ほとんどの場合は貴族連中が中心だった。
「怪我が完治すれば、あなたを解放します。あなただけでなく捕虜となったローゼンリッター及びあなた方将兵すべてを。いずれは私の方から向こう側に捕虜交換を申し出ることにしますから、それまでの辛抱です。」
この申し出に対してシェーンコップは否とも応とも言わなかった。ただ、
「お手数をおかけしますな。」
と言ったのみである。彼の言葉が消え去ると、病室はにわかに息苦しさに満ち溢れた。それを振り払うように、フィオーナは、
「あの、時々ここに来てもよろしいですか?」
「あなたは私を捕虜にした。しかも銀河帝国の上級将官だ。私に断る権限は表向きはありませんな。」
最後までシェーンコップは皮肉交じりの言動を辞めなかった。ただ・・・フィオーナたちが去った後、その視線はしばらくは病室の入り口に向けられたままだったのである。ほどなくしてそれはもう一人の予期しない来客の姿を目にすることとなった。その顔は見忘れようにも忘れられない顔だった。
「久しぶりだな、シェーンコップ。」
リューネブルク少将が例の不敵な笑みを浮かべて近づいてきたのだった。
「リューネブルク大佐。」
シェーンコップはかつて帝国に逆亡命した自分たちの連隊長がこうしてぬけぬけと居座っていることに内心衝撃を覚えなかったはずはないが、強靭な意志の力でそれを抑え込んでいた。
「今は少将だ。階級章の読み取りくらいは青二才のお前だって知っているだろう。」
リューネブルクはどっかと椅子に腰かけながらそう言った。
「何の用だ。」
「随分とフロイレイン・フィオーナ・・・いや、エリーセル大将閣下をもてあそんでくれたようだな。あいにくと俺はあの方の部下でな。上官が侮辱されるのを黙ってみているわけにはいかないというわけだ。」
「俺は侮辱をしたつもりはないがね。」
シェーンコップは病室の天井に視線を移した。
「受け取り方によるさ。お前はいつもそうだった。もう少し言動を慎んでおったならば今頃はローゼンリッターを脱して自由惑星同盟の正式な将官になっていただろうに。」
「そんな制服は俺には小さすぎるんでね。多少見栄えがよくても窮屈な服は着ないことにしている。あんたには似合いかもしれんな。矜持を捨てて―。」
「矜持だと?お前の口からそのようなまっとうな言葉が出てくるとは思わなかったな。」
リューネブルクは笑いながら言った。
「矜持というものはな、自分では何一つできない無力な奴共がかろうじて突っ立つために必要な幻覚剤だ。力をもって道を切り開ける人間にはそのようなものは不要なのだよ。」
「・・・・本気でそう思っているのか、リューネブルク少将。」
シェーンコップが不意にリューネブルクを見、静かに言った。リューネブルクはかつての部下をにらみつけ、互いの視線は数秒にわたってトマホーク同士がぶつかり合うときのあの火花を散らしていた。
「・・・思わんさ。」
リューネブルクが視線をそらして、静かに言う。だが、すぐまた視線をシェーンコップに戻した。
「俺の力などたかが知れている。お前も思い知っただろう。あの女共には到底かなわないという事を。あれは次元の違う存在だ。突拍子もない事だがそう言ってもいい。だが、おかげで俺は目が覚めた。自らの力一つ等というのは、たかが知れている。ならばできうることは二つ、一つはもっと強力な庇護者にすり寄ってその陰の下で生きていくことだ。」
「犬になり下がったか。」
苦々しい言葉が吐き出されたがリューネブルクは顔色一つ変えなかった。
「違うな。俺はもう一つの生き方を選んだ。俺の力を存分に生かしてくれる人の下につくことをな。外見は似ているとおまえはいうかもしれんが、そうだとしたらお前もその程度の人間だったという事だ。」

* * * * *
ローゼンリッターが乗り込んできたとき、リューネブルクはもう一方の別働部隊の指揮を執っていた。その際にフィオーナから指令が下されたのだが、
「できうる限りは捕虜にしたいのです。ええ、詭弁であり、無用な優しさであるという事は充分に承知の上です。それでも、できる限りは助けたい。」
というものだった。当然彼はあきれ返ったし、その愚かさを口に出していったのだが、
「戦闘が不可抗力であることは承知しています。でも、その不可抗力という現象にかこつけて、ただ殺戮を目的に戦うのは、人として、武人として、どうなのでしょうか?」
と、言われてしまったのだ。リューネブルクが答えずにいると、
「その矜持を持つそれこそが、私たちが『私たち』でいられる最後の一線であるのだと私は思います。それを越えてしまったら・・・・私たちは人でいる資格などないと思います。ただの殺人機械、殺人兵器ではないですか。」
という言葉も言われたのだった。リューネブルクは自分の上官の顔を見た。その時には彼女は別の麾下の緊急報告に対してテキパキと指令を下していたのだったが、先ほどの会話の余韻は充分に顔に残っていた。自分よりもはるかに高い次元の違う戦闘能力を持ちながら、そのことを誇りに思わず、むしろ苦痛として受け止めている横顔だった。
彼はしまいには承知した旨を伝えざるを得なかった。むろんまだ反発もあったし、考え方が甘いのだとも思ったが、彼女の言葉の一片がずっと心に残っていたのは事実である。それからの彼はともすれば「自分がどうあるべきか。」を考えるようになっていったと言っていい。

* * * * *
「義だの理想だのたいそうなものは俺にはない。ただ、俺が俺でいられる術を探しているにすぎん。」
かつての部下に対して上官の立場を刺激されたわけではなかった。ましてやおせっかいでいう事はリューネブルクのポリシーにそぐわない。ただ、これだけは言っておきたかった。自分の立場などを理解してもらいたいというものではなく、しいて言えば、この男に対しての運命の選択肢を与える役目を果たす、と言ったところだろうか。
「・・・・・・・。」
「お前がこちらに戻ってくるとは思わんが、それならそれで拠り所とする人間を見つけ出すことだな。」
黙然とするシェーンコップをしり目に、リューネブルクは立ち上がると、病室を出ていった。ベッドに横たわるかつての部下を振り向きもせず。


他方――。

帝都オーディンでは帝国軍三長官会議が招集されていた。題目はイゼルローン要塞における攻防戦である。三長官がラインハルトを呼びよせ、戦況を直接聞くこととしたのだった。


帝国軍三長官会議において、出席していたラインハルトがイゼルローン要塞後退の許可を出した途端、軍議は一気に沸騰した。誰もかれもが内心「金髪の孺子め、とうとう泣きついてきおったわ!」と快哉を叫び、同時に断固としてこの孺子の訴えを受理しない旨、内心で互いに無言の決意を交わしあったのである。
「後退など許可できると思うか?それによってイゼルローン要塞に居座るのは敵であり、攻守所を変えることとなる。そうなれば今度はわが軍が多量の血を流すことになるではないか。」
と、ミュッケンベルガー元帥。
「戦略的にも撤退などできぬのは自明の理だ。それに卿の麾下の艦隊はまだ決定的な敗北を喫したわけではないし、此度の戦いにおいて敵の戦力がわが方を凌駕しているわけでもない。そのような場合に背を向けることは帝国軍人のなすべきところではない。」
と、シュタインホフ元帥。
「イゼルローン回廊が失陥すれば、反乱軍が帝国本土になだれ込んでくる可能性が大きくなる。そうなった場合、迎撃作戦においてわが方は多大な物量と人員をつぎ込まなくてはならなくなる。卿はそれを知悉した上で話をしているのか?」
と、エーレンベルク元帥。
まったく、帝国軍三長官の言うところは正しいのである。正しいのであるが、現場の判断を最優先にすべきだと考えているラインハルトからすれば噴飯ものの机上の話なのである。ラインハルトはつぶさにフィオーナらから報告を受け取り、かつ逐一戦況の映像を分析したうえで、後退もやむなしと結論付けたのだった。
今のところは、また引力を応用して双方の主砲が使用不能になっているのであるが、いつまでもコバンザメのようにくっついているわけにもいかない。第一、敵の要塞の主砲の射程はイゼルローン要塞を凌ぐのである。座して殴打を受け続ければいずれは死に至るということを三長官は認識しているのだろうか。
後退と言っても帝国の回廊出口付近に後退するだけの話であって、回廊そのものを放棄するわけではない。相手をけん制しつつ要塞の主砲の射程を伸ばし、対抗する手段を模索することとなるのだ。
「では、一つ別の許可をいただけますでしょうか?」
「許可とは何か?」
孺子め、何を言い訳することやら、という3長官の視線をラインハルトは無造作に跳ね返しながら、
「後退すら許可いただけないとなれば、イゼルローン要塞は反乱軍の攻勢を受けるだけの無用の長物と化すだけです。そこで、イゼルローン要塞を敵要塞に特攻させ、差し違えさせることをお許しいただきたい。」
とたんに帝国軍三長官の顔色が変わった。
「馬鹿な!?」
「何を考えているのだ!?」
「そのようなことを許可できると思っておるのか?」
無理もない。イゼルローン要塞は多額の国費と多大な年月をかけて建造された帝国の防衛の要石であるからである。そのような要塞を無造作にドブに捨てるがごとく「特攻させる」と言い放った孺子に帝国軍三長官は驚き、軽蔑、嫌悪、そして畏怖の表情をもって彼を見た。
「このまま対峙していてもイゼルローン要塞が一方的な砲撃を受け続けるという事実はおわかりでしょう?」
「それはわかっておる。わかっておるが――。」
と、言いかけるシュタインホフ元帥に最後まで言わさず、
「敵の備えも精強です。既に現場には敵の3個艦隊のみならず、さらに2個艦隊が増援に駆けつけつつあるとの報告もあります。さらに2度にわたる突入作戦も封じられ、千日手の様相になってきています。このような事態になったのはまったく私の至らざるところにありますが、このまま事態が推移すればイゼルローン要塞失陥、敵要塞がイゼルローン要塞にとって代わるという最悪の事態になることを懸念するばかりです。」
実を言えば、ラインハルトの脳裏には今度の要塞の後退案こそが彼の次なる大いなる一手を構築する手としてすでに織り込み済みだったのである。このことはローエングラム元帥府の中においてイルーナ、アレーナ、キルヒアイス、フィオーナらごくわずかな人間にしか明かされていない極秘事項であった。
「であるならば、卿が前線に赴いて対処すればよい。」
ミュッケンベルガー主席元帥が苦い顔で言った。
「部下からの報告では今一つ判断しかねるところがあるだろうからな。卿自身がつぶさに戦況を確認し、それでもなおイゼルローン要塞を破壊せしむる他手段がないとなれば、卿の責任においてそれを行えばよい。」
「私は十分に部下を信頼しております。報告についてもお手元の報告書において何度も詳細に検討されているところですが。」
「卿は臆したか?」
エーレンベルク元帥がかすかに意地の悪い視線を向ける。他の帝国軍2長官は一瞬彼に視線を向けたが、すぐにラインハルトを見た。
「・・・・・・・・・。」
この間ラインハルトの脳裏には目まぐるしい速度で回転する様々な色彩がうかんでいた。滅亡、攻勢、敗北、勝利、和解、決裂、死・・・・。そして、生・・・!!それらが万華鏡のように彼の脳裏に複雑怪奇な文様を描いていたが、ほどなくしてその文様はある一点に収縮し、綺麗な絵となったのである。
「臆してなどおりません。」
ラインハルトは静かにそう言った。
「わかりました。それほどおっしゃられるのならば私自身が前線に赴いて判断いたします。それでよろしいでしょうか?」
帝国軍三長官の無言のうなずきをもって会議は終了した。


 ノイエ・サンスーシの華麗な回廊をラインハルトは静かに歩く。別室に待機していたキルヒアイスが現れて、彼のやや後ろを歩き始める。いつもの光景であるが、いつもの歩き方ではないことをキルヒアイスはいち早く見抜いた。
「キルヒアイス!」
誰もいない回廊の隅に出てくると、ラインハルトはさっと振り返った。
「始まったぞ。」
たったのその一言だったが、キルヒアイスはそれで充分に察することができた。
「俺たちは引き返すことができなくなった。覚悟はいいな?」
無言でキルヒアイスはうなずく。ここから先の戦いは、文字通りの死闘となるであろう。今度こそ生き残れるかどうかはわからない。それは他ならぬ転生者であるイルーナ、アレーナの両名ですらそう言っていたのである。
「負ければすべてを失う。だが、勝てば俺たちはすべてを手に入れることができる。いや、俺達だけではない。」
ラインハルトは広大な庭園に面した回廊の欄干に手をかけた。彼が見上げている空には恒星ソールのまばゆいばかりの光が満ち溢れている。
「お前は覚えているか?以前俺に尋ねたことがあったな?最大多数の最大幸福とは何なのか、と。」
キルヒアイスは無言でラインハルトの隣に立った。ラインハルトは欄干から手を離し、キルヒアイスに向き直った。
「俺は確信をもってこう言う。最大幸福の最大幸福とは皆が手を取り合って暮らせる世の中だ。誰一人村八分にされずに、誰一人迫害を受けずに、誰一人貧困や病気に苦しむことのない世の中だ。理想論だという奴がいれば笑えばよい。そ奴にはこれからの世の中について論じる資格などありはしない。行動もせず、インターネットなどという自分を覆い隠しているカーテンの陰に隠れてする批判だけでは何も生まれない。そうではないか?」
一言、一言、ラインハルトは区切るようにして力強く言い放っている。
「俺は戦う。姉上を取り戻すだけではなく、その先の、今言った最大多数の最大幸福を形作るために。幾百万の流血をもってしてもなしうるべきことを成すために。俺は戦う。」
「私もです。ラインハルト様の今のお気持ちをうかがって、いっそうその決心が固まりました。私も戦います。ラインハルト様の御傍で。ともに道を作り、その先の未来に向けて、共に歩むために。」
「一緒に歩いてくれるか!?キルヒアイス!!」
ラインハルトはガッシと彼の両手を合わせ、それを両の手で包み込むようにして握った。
「はい、ラインハルト様。」
握りしめられた手に、一層力が込められた。この決意を粉砕することは誰にもできないというように。そして、二人の固い絆を壊すことは誰にもできないというように。


* * * * *
「そう・・・。」
イルーナは自室において静かにそう言っただけだった。イゼルローン要塞へラインハルト自らの出陣が決定したと聞かされた瞬間から、新たな戦いが始まったことを意識したのである。
既に彼女の手元には動員案が出来上がっている。既にイゼルローン要塞方面には帝国の双璧と彼女自身の教え子が赴いているため、将官を選抜するのには多少の思案を要した。
先鋒はビッテンフェルト中将。それに付随する形でワーレン中将が次鋒を務める。
先鋒と本隊を結ぶ重要位置につくのは、転生者の一人であり、つい最近まで女性士官学校にて校長をしていたジェニファー・フォン・ティルレイル中将。彼女は前世における騎士士官学校におけるイルーナの同期でありフィオーナらの諸先輩にあたる。それにラインハルトの本隊が続き、その左右をメックリンガー、ルッツ両中将が固める。後方を守るのはミュラー中将であり、アイゼナッハ中将は予備兵力として待機することとなる。ラインハルトの前衛を守るのはルグニカ・ウェーゼル少将。そしてイルーナ自身がローエングラム陣営の参謀総長として総旗艦ブリュンヒルトに搭乗して全艦隊の作戦指揮を行い、実際に艦隊運用に当たるのはジークフリード・キルヒアイス少将であった。

総兵力は10万余隻。兵員1200万人。イゼルローン要塞に向かわせているフィオーナ以下の5万隻を除けば、ラインハルト麾下の動員力としてはほぼ限度いっぱいであった。この動員は過去最大級と言えるものであり、当然莫大な経費がかかるのであるが、ラインハルトは帝国軍三長官との交渉において、自身が前線に赴く代わりにこれを了承させたのであった。

バーバラ、レンネンカンプ、ケスラーは帝都の留守を指令され、それをひそかにアレーナ、エレイン・アストレイアの二人の転生者が支援する。ラインハルトが帝都を離れてから起こりうることを想定し、それに対する対策の網も張り巡らしていた。万が一の事態になった場合に「誰を優先して救うべきか。」までをも話し合いに盛り込んでいたのである。後は開始の時期を待つだけだった。
彼女の想いは十余年前、はるか昔にラインハルトとキルヒアイスとに出会った頃にさかのぼっていた。それがそもそもの始まりであり目的の第一歩だったのだ。彼女の意識は銀河の中にある瑠璃光が流れる川に乗って下るように、ずっと記憶をたどるように浮き沈みしていた。
「オーベルシュタインを呼んでちょうだい。」
副官を呼び出してそう伝えてから、イルーナはじっと両手を額に押し付けていた。彼女がそれをほどいたのは、義眼の半白の参謀長が目の前に音もなく現れてからだった。


 他方、元帥府に戻ったラインハルトはすぐさま麾下の諸艦隊に動員令を下すと同時にイルーナ、アレーナ、キルヒアイスと極内密な話し合いを行って今後の方針を決定した。それが終わったラインハルトの下に訪問客が数名訪れているとの知らせがあり、彼はそのまま客間に足を向けた。部屋に入ったラインハルトを立ち上がって迎えたのは、カッシーナ家、バーンスタイン家、シトロニエ家、シャティヨン家などの辺境の貴族連中である。彼らはラインハルトから内々に辺境開発の支援を受けており、その見返りとしてひそかに彼と結んでいたのだった。具体的にはラインハルトの諸艦隊の補給基地としての場所の提供である。
「いよいよ立たれますか。」
と言ってきたのはフランツ・ル・モンテール・フォン・シャティヨンである。32歳の若い貴族であったが、貴族階級には珍しく身分を越えた内政統治に熱心で有り、カール・ブラッケなどと交流が深い。シャティヨンのみならずラインハルトのよしみを通じてきている貴族連中は、辺境出身者の集まりだけにかえって経済や政局の流れに敏感になっていた。そもそも、そうでなくては乏しい資源の惑星は生き残れないのである。
「立つ。イゼルローンに向けて進発をすることとなった。かねてからの約定通り卿等の助力を期待することとなる。」
「お任せください。既に準備を整えつつあります。閣下の覇業成就にいささかなりともお役に立てれば幸いです。」
と、43歳の壮年のユーリル・フォン・バーンスタインが言い、その隣でカッシーナ家、バーンスタイン家の当主らもうなずきを示した。
 彼らが帰った後もラインハルトはイルーナとキルヒアイスとなおも協議を重ね、艦隊の配備や展開について入念に検討を行った。今回の遠征の場合、主力艦隊ではなくむしろ後方における守備隊が重要なのである。万が一帝都においてラインハルト排斥の動きがあった場合、最悪のシナリオとして、彼と彼の麾下はイゼルローン回廊において帝国同盟双方から挟撃される可能性もある。イゼルローン要塞に拠ろうにも自由惑星同盟の巨大要塞に圧迫されている現在その策は下策と言えた。
そのため、ラインハルトは前面のイゼルローン要塞に対してだけではなく後方における手当ても怠りなくしている。イゼルローン要塞に向けての進発において、後方から不意打ちをされないだけでなく、回廊周辺の宙域において安全圏を確保するため、転生者の一人であるロワール・フォン・ルークレティア少将の艦隊7000隻を予備兵力として宙域中央に待機させて万が一に備えさせ、同時にフォルカー・アクセル・ビューロー少将の機動部隊6500隻をもって惑星シャティヨンに駐留させて補給基地の警備に当たらせることとした。アレーナの私設艦隊を彼女の領地にひそかに集結させて万が一に備えさせていたし、帝都においては非常事態に備えていつでも陸戦隊などを動員できるようにして、アンネローゼなどの身辺を警護するように手配もしている。

こうしてラインハルトの遠征準備は着々と進んでいた。だが、思わぬ者がこの遠征に反対の声を上げていた。

フロイライン・マリーンドルフである。
 
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