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風魔の小次郎 風魔血風録

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120部分:第十一話 武蔵の力その五


第十一話 武蔵の力その五

「お兄ちゃん、待ってたよ」
「そうか。それならな」
「ただ。この時計がね」
「時計?」
 話す間に絵里奈の枕元にある席に来て座ってきていた。そしてここで絵里奈の枕元にある時計を見て言うのだった。
「お兄ちゃんが私にプレゼントしてくれたこの時計。動かなくなったの」
「そうか」
「御免ね、絵里奈が壊したみたい」
「いや、絵里奈は悪くないよ」
 優しい声で妹に語るのだった。
「時計も気にすることはないからな」
「そうなの」
「そうさ。それより絵里奈」
 武蔵はここで話を変えてきた。
「元気そうだな。お兄ちゃん嬉しいよ」
「うん。絵里奈元気だよ」
 にこりと笑って兄に答えるのだった。
「とてもね。もうすぐ退院できそうだから」
「退院。そうだな」
 少し戸惑ったがそれでも妹に対して言葉を返すのだった。
「もう少しだな。そして絵里奈は」
「私は?」
「ずっとずっと楽しく生きるんだ」
 そのことを語るのだった。
「何時までもな」
「うん、絶対にね」
 ここまで話してから武蔵は席を立ったのだった。その彼に絵里奈は声をかけた。
「もう行っちゃうの?」
「学校でやることがあってな」
 微笑んで妹に答える。
「またすぐ来るからな」
「すぐなのね」
「お兄ちゃんが約束を破ったことがあるかい?」
 兄の顔での言葉だった。このうえなく優しい兄の。
「絵里奈に対して」
「ない」
 首を横に振ってそれは否定する絵里奈だった。
「お兄ちゃん絵里奈にはずっと優しいし何でもくれるし」
「二人きりの兄妹じゃないか」
 立ち上がっていた。そのうえで妹の顔を見下ろして語りかけている。
「この世で二人きりのな」
「この世で二人きり」
「もうお父さんもお母さんもいないんだ」
 二人には両親はいない。既に絵里奈を産んですぐに事故で世を去っているのだ。それから二人はこの世界に二人だけで生きてきたのである。武蔵は孤独ではなかったが限りなくそれに近い人生を送ってきた男なのである。絵里奈だけを支えとしている男なのだ。
「だから。何があってもな」
「側にいてくれるのね。絵里奈の」
「ずっとな」
 こうまで言うのだった。
「側にいるよ。だから安心しておいてくれ」
「わかった。じゃあお兄ちゃん」
 兄に対して微笑んでからの言葉だった。
「またね」
「ああ、またな」
 別れを告げて部屋を後にする。武蔵がいなくなった後で看護婦がふとあることに気付いたのだった。
「あらっ!?」
「どうしたの?」
「時計が」
 さっきまで壊れていると言われていた時計を見ての言葉であった。
「動いているわ。どうして」
「不思議なこともあるのね」
 絵里奈もまたその時計を見ていた。見れば本当に動いていた。
「壊れていたのが。急によくなるなんて」
「そうね。本当に不思議だわ」
 何故時計がそうなったのかは二人にはわからなかった。それはこの世で一人だけがわかっていることであった。そう、一人だけがであった。
 既に料理勝負ははじまっていた。試合場には兜丸と麗羅がいて勝負の行方を見守っている。キッチンでは小柄な女の子がせっせとお菓子を作っていた。
「洋菓子みたいですね」
「タルトだな」
 兜丸は料理を見守りながら麗羅に答えている。姫子と蘭子もいて試合を見守っている。だが夜叉の面々の姿は見えてはいなかった。
「それも抹茶タルトか。いいな」
「兜丸さんってお抹茶好きなんですね」
「甘いものは何でもだな」
 自分でもそれは否定しない兜丸だった。
「だから薩摩芋だってな」
「小次郎君の切ったあれもですね」
「ああ。まああいつは料理は駄目だがな」
 それはすぐにわかることだった。実は小次郎はそういったことはからっきし駄目な男なのだ。
 
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