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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二十二話 戦場を支配するもの

宇宙暦 794年 7月26日  ハイネセン 宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



だるい、はっきり言ってやる気が出ない。スランプって言うものが有るのなら今の俺は間違いなく大スランプだろう。理由は分かっている。自分のやっている事に自信が無いから、確信が持てないからだ。

ヴァンフリートに送られたときには歴史を変えても生き残ると意気込んだが、実際に変えてみても全然嬉しくない。分かっているんだ、俺は歴史を変えたんじゃない、歴史を壊したんだ。

ラインハルトが皇帝になり宇宙を統一する歴史を壊した。多少の流血はあるが宇宙が平和になる未来を壊したんだ。そして俺はそれに変わる未来を示せない。落ち込むよ、このままズルズルと百年、二百年と戦争が続く事になるんじゃないかという恐怖がある。

おまけにキルヒアイスを殺した。どうにも気が重い。ラインハルトも殺していれば気が晴れたかと何度も考えたが、どうもそうじゃないな。要するに俺はあいつらと戦いたくなかったんだろう。それなのに戦った、キルヒアイスを殺した……。

ラインハルトと戦いたくないな、勝てるわけないし、向こうは俺を殺す気満々で来るだろうし……。滅入るよ……。司法試験の勉強も全然進まない、参考書を開いているだけだ。勉強する振りをして落ち込んでいる……。

ワイドボーンが作戦計画書を持ってきた。上手く行かないだろうから退却戦の準備をしとけと言ったけど、何の意味が有るんだよ、馬鹿馬鹿しい。これから先何十年も戦争が続くかもしれないのに此処で犠牲を少なくする事に何の意味があるんだ?

ラインハルトが皇帝になれるか、宇宙を統一できるかだが、難しいんだよな。此処での足踏みは大きい。それに次の戦いでミュッケンベルガーがコケるとさらに帝国は混乱するだろう。頭が痛いよ……。俺、何やってるんだろう……。

おまけにヤンもサアヤも何かにつけて俺を胡散臭そうな眼で見る。何でそんな事を知っている? お前は何者だ? 口には出さないけどな、分かるんだよ……。しょうがないだろう、転生者なんだから……。

せっかく教えてやっても感謝される事なんて無い。縁起の悪い事を言うやつは歓迎されない。そのうちカサンドラのようになるかもしれない。疎まれて殺されるか……。ヴァンフリートで死んでれば良かったか……。そうなればラインハルトが皇帝になって宇宙を統一した。その方がましだったな……。人類にとっても俺にとっても。

いっそ転生者だと言ってみるか……。そんな事言ったって誰も信じないよな。八方塞だ……。俺、何やってんだろう……。段々馬鹿らしくなって来た。具合悪いって言って早退するか?

仕事もないし、撤退戦の準備なんて気が滅入るだけだ。俺は忠告した、後はこいつらに任せよう。そうしよう、そう決めた……。後は家で不貞寝だ。残り少ない人生だ、有意義に使おう。


宇宙暦 794年 7月26日  ハイネセン 宇宙艦隊司令部 ミハマ・サアヤ


「ヴァレンシュタイン大佐、貴官ならイゼルローン要塞を落とせるかな?」
「……どうでしょう、そんな事考えた事が無かったですからね」
「考えてみてくれないかな」
「……気が向いたらですね。それにイゼルローンを落とさないほうが同盟のためかもしれないし……」

ヴァレンシュタイン大佐とワイドボーン大佐が会話しています。ワイドボーン大佐は熱心にヴァレンシュタイン大佐に話しかけていますが、ヴァレンシュタイン大佐はまるでやる気無しです。何を考えたのか机の上を片付け始めました。

少し酷いです、ワイドボーン大佐に失礼だと思います。空気が読めないなんて言ってますが、大佐だって人のことは言えません。

「申し訳ありませんが、私は体調が優れないのでこれで早退させていただきます」
そう言うとヴァレンシュタイン大佐はカバンを持って席を立ちました。私もヤン大佐もワイドボーン大佐もちょっと眼が点です。

「ああ、気をつけてな。ゆっくり休めよ」
ワイドボーン大佐が声をかけるとヴァレンシュタイン大佐が軽く頭を下げて部屋を出て行きました。本当に具合が悪いのでしょうか、とてもそんな風には見えません。皆黙って部屋を出て行く大佐を見送りました。

「あの、済みません、ワイドボーン大佐。ヴァレンシュタイン大佐が失礼な事を……」
どうして私が謝るんだろ、納得が行きませんが、仕方ありません。私が一番付き合いが長いし、一番階級が下です。

「別に失礼じゃないさ、彼はちゃんと答えたじゃないか」
ワイドボーン大佐が屈託無く答えました。思わず間抜けな声が出ました。
「はあ? あれがですか?」
この人、よく分かりません。やっぱり空気が読めないんでしょうか?

「気が向けば考えると言っていただろう?」
「はあ」
「それに、落とさないほうが同盟のためかもしれないと言っていた」
「……」

それがちゃんと答えた事になるのでしょうか? 思わずヤン大佐の方を見ました。ヤン大佐は困ったような顔をしています。

「落とさないほうが同盟のためかもしれない、つまり要塞を落として帝国領へ踏み込んで戦うよりも、同盟領で戦うほうが良い、そういうことだろう」
「そうなんでしょうか」
「少なくとも地の利は有る、それに戦力も集中し易い、そういうことだろうな」
「はあ」

そういう考えも有るんだ、素直にそう思いました。でも本当にヴァレンシュタイン大佐がそう思ったのか、どうか……。私には半分以上は投げやりな口調に聞こえたんですが……。ワイドボーン大佐は無理に好意的に取ろうとしている?

「それより貴官達、ヴァレンシュタインを胡散臭そうに見るのを止めろ」
一転して表情を厳しくしてワイドボーン大佐が言いました。
「別にそんな事は……」
「しているぞ、ヤン」

ワイドボーン大佐にヤン大佐が注意されています。私も思い当たる節はありますからちょっとバツが悪いです。

「奴が作戦案を提示したとき、帝国軍の内情を説明したとき、胡散臭そうな表情をした。奴は味方だろう、それとも敵なのか?」
「いや、味方だよ。そう思っている」

ワイドボーン大佐がこちらを見ました。眼が厳しいです、思わず身体が強張りました。
「ミハマ大尉はどうだ?」
「私も味方だと思っています」
「思っているだけでは駄目だ、奴を受け入れろ!」
「……」

「奴は帝国人だ、帝国の内情に詳しいのは当たり前だろう」
「しかしね、ワイドボーン。彼は少し詳しすぎると思うんだけどね」
ヤン大佐の言うとおりです。何処かヴァレンシュタイン大佐はおかしいです、違和感を感じます。

「それは奴が有能だからだ。それが有るからヴァレンシュタインなんだ。それを認められなければ、何時まで経っても奴を受け入れられんぞ」
「……」

「今日は未だこちらの問いに答えてくれた。作戦案を提示してきた。だがな、このまま疑い続ければ奴はそのうち何も喋らなくなる」
「……」
耳が痛いです、大佐が私達に心を閉ざしたのは何故だったのか……。

「ここ数日、奴は参考書の同じページを繰り返し見ている」
「?」
「あれは勉強などしていない、勉強している振りをしているだけだ。かなり精神的に参っている。早退したのも嫌気がさしたのだろう」

思わずヤン大佐と顔を見合わせました。私は気付かなかった、ヤン大佐も同様でしょう。それなのにワイドボーン大佐は気付いた。私は何処かでヴァレンシュタイン大佐が少しずつ心を開いてくれていると思っていました。勘違いだったのでしょうか……。

「ワイドボーン、君が作戦計画書を持ってきたのは」
「そうだ、奴の気分転換になればと思ったんだ。だがそれも無駄になった、お前らが胡散臭そうに奴を見るからな!」

ワイドボーン大佐が声を荒げました。情けなくてワイドボーン大佐を見る事が出来ません。ヴァレンシュタイン大佐を気付かないうちに追い詰めていました。一体何をしていたのか……。

「ヤン、ヴァンフリートで奴が何故お前を怒ったか、分かっているのか?」
「ミハマ大尉の報告書を読んだのか……」
「ああ、読んだ。バグダッシュ中佐からも色々と聞いている」
ヤン大佐が溜息を吐きました。

「彼が私を怒ったのは第五艦隊が一時間遅れたからだ。私の説得が不調に終わった……」
「違うな、そんな事じゃない。奴が怒ったのはお前が奴の信頼を裏切ったからだ」
ヤン大佐の顔が強張りました。

「奴はお前が自分を疑っている事を知っていた。だが勝つためになら協力してくれると信じた、お前を信頼したんだ。だがお前はその信頼に応えなかった。だから怒ったんだ、そうだろう」
「……」

「信頼というのはどちらか一方が寄せるものじゃない、相互に寄せ合って初めて成立するものだ。奴は何度もお前と信頼関係を結ぼうとしたはずだ。だがいつもお前はそれを拒否した!」

「そうじゃない! そういうつもりじゃなかった!」
「だが結果としてそうなった! それを認めないのか!」
「……」
怒鳴りあいに近い言い合いでした。二人とも席を立って睨み合っています。先に視線を逸らしたのはヤン大佐でした。

「奴は亡命者だ。この国に友人などいない。このままで行けば奴はローゼンリッターと同じになるぞ。信頼関係など無く、利用だけする。磨り潰されればそれまでだ。だから逆亡命者が出る……」
「……」

ヤン大佐が無言で席を立ちました。そして部屋を出て行きます。ワイドボーン大佐は止めませんでした。
「あの、良いんですか?」

私の問いかけにワイドボーン大佐が手のひらを振りました。
「気にしなくて良い、奴も分かっているのさ。だが認められなかった。だから俺がそいつを奴に見せた。それだけだ」
「……」

「頭が良すぎるんだな、だから色々と考えてしまう。参謀としては得がたい才能なのかもしれないが生きていくには面倒かもしれん。動くよりも考えてしまう……。ヴァレンシュタインも同じだろう、似たもの同士だ」

あの二人が似たもの同士? 似ているような気もしますがそうじゃないような気もします。
「ヤン大佐はヴァレンシュタイン大佐ほど人が悪いようには見えませんけど……」

私の言葉にワイドボーン大佐が笑い出しました。
「戦争の上手な奴に人の良い奴なんていないよ。そんな奴は長生きできないからな」
「はあ」
分かるよう気もしますし、分からないような気もします、妙な気分です。

「あの、済みませんでした。私も何処かでヴァレンシュタイン大佐を信じていなかったと思います」
「まあ簡単な事じゃないからな、でも気をつけてくれよ。バグダッシュ中佐がヴァレンシュタインは臆病だと言っていたからな」

臆病? あの大佐が?
「臆病で人が悪い。だから追い詰められればとんでもない反撃に出る。厄介な相手だ、味方にしないとこっちが危ない」

「ワイドボーン大佐も人が悪いんですか? 士官学校を首席で卒業ですけど」
「残念だが士官学校を首席で卒業しても戦争が上手とは限らない」
「はあ」
私の間の抜けた声に大佐が笑い出しました。

「士官学校時代、ヤンにシミュレーションで負けた事がある。納得いかなかった。お世辞にも優秀とは言えない奴に十年来の秀才と言われた俺が何故負けるのだと。逃げていただけだと奴を非難した。負け惜しみだな」
「……」
ワイドボーン大佐がまた笑いました。

「だが、エル・ファシルの奇跡で分かった。俺にはあれは出来ない。士官学校で首席でも戦場で生き残れるとは限らないとね」
「……」

「ごくまれにだが、戦場をコントロール出来る人間がいる。ヤンがそうだな。周囲が不可能と思うことを可能にしてしまう。戦争を自分の思うように動かしてしまうんだ。反則だよな」
「……」
またワイドボーン大佐が笑いました。でも悔しそうには見えません。心底おかしそうです。

「ヴァレンシュタインもそうだ。ヴァンフリートは前半はロボス元帥が指揮を執ったが酷いものだった、ぐだぐださ。後半、ヴァレンシュタインはあの戦いを勝利に持っていった。俺には出来ない、他の奴にも出来ないだろう。ヤン同様、戦場をコントロールできるのさ」

大佐の言っていることは分かります。確かにヴァレンシュタイン大佐は戦場を支配していました。でも、そうなると士官学校の卒業順位って何の意味があるんでしょう。あの順位で配属先も決まるのに……。

「大佐、士官学校を首席で卒業って意味が無いんでしょうか? なんかそんな風に仰っているように聞こえるんですが……」
私の言葉に大佐は今度はクスクス笑いました。

「そうでもない。士官学校を首席で卒業ってのは便利でな。これでも俺は未来の宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長候補と言われている。ヤンやヴァレンシュタインでは無理だな。片方は怠け者だし、もう一人は亡命者だ。あの二人では無理だ」
「はあ」

「だからだ、俺が偉くなってあの二人を引き立ててやる。ピッピとこき使ってやるさ。俺は良い宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長になるぞ。多分同盟軍史上最高の宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長だ。有能な人材を引き立て同盟軍の黄金時代を作り出したとな。どうだ、凄いだろう」

そう言うとワイドボーン大佐は笑い出しました。私もつられて笑いました。やっぱりこの人は変です。でも、この人ならヤン大佐やヴァレンシュタイン大佐を使えるかもしれません。それともいつも頭を抱えて悩んでいるか……。どちらも有りそうです、そう思うとおかしくて笑いが止まりませんでした。


 
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