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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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美保鎮守府NOW-Side B- PART5

 
前書き
 元帥の更迭から始まった一連の騒動。果たして、あの時何が起こっていたのかーー……? 

 
 あの日、各所では①

~横須賀大本営・元帥の執務室~

「ふぅ……やれやれ、何とか片付いたわい」

 それまで格闘していた書類の山が漸く片付き、元帥は目頭を摘まんで揉む。最近は歳のせいか、書類仕事の後は殊更目が疲れる。

「ふふ、お疲れのようだな。どれ、私が茶でも淹れてやろう」

「すまんな、三笠」

 気にするな、とでも言わんばかりに微笑を浮かべて執務室の隣に備え付けの給湯室に向かう三笠。元艦娘であるが故にその容姿は美しいが、立ち居振舞いには隙がない。数分後、お盆に緑茶とかす巻きを載せて戻って来た。

「む、珍しいのぅかす巻きとは」

「この間佐世保に出張した時にね。好きでしょう?甘い物」

 普段公的な場面だと堅苦しい口調だが、2人きりの時には砕けた口調になる。空気も読めるし気配りも細かい。全く良くできた嫁だと、かつての部下を心の内で賞賛する。口に出して面と向かって言うなど、気恥ずかしくて出来た物ではない。あ奴ならば照れもなく言うかも知れんが……と思い浮かべたのは、強面の大男。礼儀はなってないがその能力は自分より上かも知れんと目を掛けている人物。

「金城の奴の事を考えてたでしょ?」

「む、顔に出とったか?」

「まぁね、さっきまで片付けてた書類も、殆ど美保への視察に関しての書類だったから」

 やれやれ、察しの良すぎる嫁というのも困り者かも知れん。

「まぁ、アレと美保の関係は良いに越した事は無い。互いに互いの短所を補える」

「それに、孫の安全にも繋がるし?」

「一言余計じゃ、全く……」

 ニヤニヤと笑う三笠をよそに、そっぽを向いて茶を啜る元帥。しかしそう考えていたのは事実ではあるので、反論も出来ない。

「儂ももう老いた……そろそろ、後進に席を譲るべき時期が来たのかも知れん」

「ならばその空席、私に譲って頂きましょうか?」

 ノックも無しにどやどやと乗り込んで来た将校が、拳銃を元帥に向けてそう言い放った。





「『大佐』……お前か」

 元帥に対峙した男は横須賀に属し、その明晰な頭脳と求心力で30代にして、大佐の地位まで上り詰めた男。しかし徹底抗戦を謳い続け、和平推進派の元帥とは対抗している人物だった。

「そう、貴方の様に平和ボケした老害はもう海軍に不必要だ。だからこそ貴方を排除して、海軍を生まれ変わらせる……これは革命ですよ」

「何を言うか、国の現況も考えられぬ愚か者が!」

 三笠が挿していた刀に手を掛ける。

「……おっと、大人しくしていて貰いましょうか教官殿。老いたりとはいえ元は艦娘、抵抗されると厄介なのでね」

 『大佐』が指をパチンと鳴らすと、小銃を構えた陸軍の陸戦隊が雪崩れ込んできた。密かに陸軍と通じ、クーデターを企てていたという事か。

「落ち着けぃ、三笠。武力によるクーデターは成功した試しが無かろう?」

 日本の軍人によるクーデターとして有名な物と言えば、二・二六事件と五・一五事件だろう。どちらも軍人による政変を目的としたクーデターだったが、どちらも失敗に終わっている。

「そう、武力のみでは上手くいかない可能性がありました。ですが……」

「私がバックに付けば、その問題も解決という訳だ」

 杖を突きながら現れた壮年の男。それは今現在内閣の官房長官の座に座る老獪な政治家であった。

 現在の総理大臣は若く、リーダーシップが強い。しかし政治の世界はそれだけではやっていけないのが常。その為、与党が長年議員を務めて大物フィクサーとされているこの男を官房長官に据えて、内閣の安定を図っているのだ。

「しかし、私も歳でね。そろそろ一度も座った事の無い総理の椅子というヤツの座り心地を試してみたくなったのだよ」

「成る程、海軍の頭をすげ替えさせて総理にはその責任を取らせて辞任に追い込む……か。良くできたシナリオじゃな」

 元帥は素直にそう敵の筋書きを評した。恐らくは陸軍の方にも何かしらのメリットがあるからこそ協力しているのだろう。敵が用意周到であり、こちらが準備を怠った。完全に慢心した結果の敗北だろう。

「貴方にはちゃんと花道を用意してありますよ。ただ、貴方の逆転の目を潰してからその舞台には上がって頂きますが」

 愉悦に満たされた表情で、元帥に言い放った『大佐』。

「何の事じゃ?」

「解りませんか?貴方の『飛車』と『角行』を潰すと言っているのですよ」

「夜が明ければは私の手引きで金城提督の更迭が発表される。更には在日米軍にも根回し済みだ」

 自信満々に言い放った官房長官。その口調には既に詰みだからどうする事も出来まい?という意思が滲んでいる。

「ふ、ふふ……ふはははははははっ!」

 突然肩を揺らして笑い出す元帥。気でも狂ったかと狼狽える『大佐』達。しかしよく見ると、三笠の肩が小刻みに震えている。まるで笑いを堪えているかのように。

「何が可笑しいっ!?」

「いや、笑わせて貰った。いつからあ奴が儂の手駒じゃと?」

「何だと!?金城提督と言えば、貴様の懐刀も当然だろうに!」

「ふん、熊や狼のような獣(けもの)ならば飼い慣らせもしよう。しかし、奴は獣(けだもの)……あるいは化け物の類いかも知れん、のぅ?三笠よ」

「あぁ、そうだな……お前達は踏んではいけない虎の尾を踏んだ。たっぷりと後悔するがいいさ」

 まるでこれで万事解決した、とでも言うように言い放つ2人。しかしそれは、他の人間には別の意味に伝わったようだ。

「えぇい、負け惜しみを!」

「こいつらを拘束しろ!どこかの部屋へ閉じ込めておけ!」

 陸戦隊が2人を取り囲み、執務室の外へと連れ出す。

「さて、在日米軍からの返事が来ている筈だな?」

「はい、ですが……」

「なんだ?はっきりと言え」

「米国大使館から『内政干渉に類する行為の為、静観させていただく』と……」

「何だと?」

 官房長官に若干の狼狽が見えた。何せこの時の為に数年前から密約を結び、協力関係を構築してきたのだ。それが土壇場になっての掌返し。何が起こっているというのか……





~同時刻・アメリカ大使館~
※ここから『』は英語だと思って下さい

『しかし、これで良かったのですか』

『あぁ、上々だ』

 アメリカ大使館の大使の執務室。その室内には数名の人物がいた。一人は当然アメリカ大使、そしてその向かいに座っていたのは元在日米軍の指揮官であり、金城提督の同期でもあるクルツ=波田少将だった。彼は偶然昔からの知人に会いに来たその時に、たまたまこの騒動に巻き込まれたのだ。そこでクーデター派の計画を聞き、アドバイザーとしてその場に留まっていた。その傍らには駆逐艦の文月と如月を侍らせている。

『今クーデターの一派に協力すると、零二の奴と敵対しないといけないからな。昔の部下を喪うのは、私としても忍びない』

『かつてファイティングブルと呼ばれたハーダー司令官の言葉とは思えませんね?』

『おいおい、今はもう私は日本人だよ?それに……彼女達の父であり、夫でもある』

 そう言ってクルツは如月の頬に頬擦りをする。

「やっ、ちょっと、司令官ったら!お髭が痛いし、恥ずかしいわ……////」

「ン~♪今日も如月ちゃんのほっぺはスベスベでしゅね~♪」

 アメリカ大使も呆れてしまって物も言えない状態である。これさえなければ勇猛果敢な指揮官で部下の信頼も厚い人物なのだが……果てしなく気持ち悪い。

『しかし、レイジ・カネシロとはそれほどの人物ですか?』

『勿論だとも、想像してみ給え。格闘技も銃の扱いも我が軍の海兵隊と見劣りしない艦娘が300名以上……それが一気に牙を剥くのだ』

 ゴクリ、と生唾を飲み込む大使。

『彼女達は1つの生き物であるかのように突撃を繰り返し、死ぬ事を厭わず、最後の一人になるまで戦い続けるだろう。零二の奴が鍛えた艦娘は、そういう存在だ』

 一人通常の人間の十人以上の力を持つ艦娘が300名以上、死を恐れずに突撃してくる。それだけでも多大な恐怖だというのに、戦闘技術は海兵隊並み。悪夢以外の何物でも無いだろう。

『ハーダー司令官、我が軍の窮地を救っていただき感謝します』

『なに、私も知人同士が争うのが忍びなかっただけだよ』

 頭を深々と下げる大使に対して苦笑いを浮かべるクルツ。その心の中では、殺しても死ななそうに見える年下の悪友の顔がちらついていた。

『零二……死ぬなよ』

 そんな事を考えながら。

 
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