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ソードアートオンライン アスカとキリカの物語

作者:kento
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アインクラッド編
  食事と回想

「まいどありー!」
元気の良い声が歩き去ろうとする背中に掛けられる。
NPCプレイヤーにしてはテンション高めのおっちゃんである。
プレイヤーに言う言葉はシステムによって決められているはずなので、プレイヤーが何を買ったとしてもワンパターンな台詞しか言わない。
そういう仕組みだと分かっているが、たった1コルのパンをひとつだけ購入しただけであれほど元気よくお礼を言われると申し訳なくなってしまう。2人合わせてたったの2コルしか払っていない。
ちらちと横を見ると、自分と同じく激安1コルパンを1つだけ購入した細剣使いの男、アスカは何も感じてなさそうな無表情だ。
1歩後ろを付いて歩きながら、キリト――桐ヶ谷和葉――は、なんで正体がばれた男と一緒に飯食べようとしているんだろうなー・・・と思いながら、思わずため息をついた。


2人でパーティーを結成したあと、攻略本を配布しているキリトと同じベータテスターの〈鼠のアルゴ〉が新たに出版したボス版攻略本をもとにディアベルはボス戦の配置を決めていった。
このボス戦のリーダーを務めるディアベルという男の能力は恐ろしく高い。なんでネットゲームしてるんだ?と会議中に10回ほど不思議に思ったほどだ。
その不思議1回分はボス戦の配置決めの時に思ったものだ。
詳細に書かれているとはいえ、アルゴの攻略本を読むだけで今回のボス戦に参加するレイドの人数、各人の武器の特性を考慮された非の打ち所のない陣形ができあがる。
とても即興で考えたものとは思えない。
ディアベルはベータテスターではないか?
という疑問が頭に浮かぶが、それを確かめる方法はなにひとつない。
自分のステータスや客の名前も売るアルゴですら、誰がベータテスターか、という情報はどれだけコルを積んでも売らないのだから。
ディアベルに対しての疑惑が顔に出ないように注意しながら(フードケープを被っていて口元しか見えていないはずなので無駄なことではあるのだが)、キリトはディアベルと自分のパーティーの担当を決める。
たった2人だけのパーティーを見て、ディアベルはしばし考えるような仕草をするが、すぐに先ほどまでの人のよさそうな笑顔を浮かべる。

「君たちG隊はE隊のフォロー・・・取り巻きの打ち漏らしを仕留めることを頼んで良いかな?ボスに対して本隊が集中できるようにするための重要な役割だ」
「・・・分かった。確かに重要な役割だ」

何か言いたげな様子のアスカを後ろに隠すようにしながら、できるだけ声を低くして答える。
キリトがフードを被りっぱなしで会話をしていることに、不快感を覚えることもなさそうなディアベル。
そのまま、ほかのパーティーの連携の打ち合わせに入るディアベルに背を向けて、キリトとアスカはもといた後方に座る。
不愉快オーラがにじみ出ているアスカがディアベルには聞こえない音量で洩らす。

「何が重要な役割だよ。最後までボスと戦えないまま終るじゃないか」

アスカの言うとおり、重要な役割なんてのは建前の言葉だ。
2人だけのパーティーを邪魔にならないところに配置しただけに過ぎない。
しかし、文句が言える立場ではない。
上限人数の3分の1、2人しかいないパーティーができることと言えばそれくらいだ。

ほかの6パーティーは
ボスへのアタッカー隊が2つ、
ボスの攻撃を防ぐディフェンス隊が1つ、
槍などの長物による行動遅延系ソードスキルで援護する隊が2つ。
そしてキリトとアスカのパーティーと共に取り巻きの相手をするパーティーが1つ。
キリトの武器が片手剣、アスカの武器は細剣なのでどちらも盾を持っていない。
ボスの相手をしたいのならアタッカー隊の代わりに入るしかないが、

「しかたないよ・・・。2人じゃスイッチのローテーションとか、ローテでポーション回復することもできないんだから・・・」

キリトの言葉の意味が分からないようなアスカ。かすかに首を傾げている。
その様子にため息をつきたくなるが、我慢して飲み下す。

「まあ、分からないことは後で色々と教えてあげるから取り敢えず今は、2人だけじゃボスの相手は不可能ってことだけ理解してくれたらいいよ。・・・それに取り巻きと言っても雑魚じゃない」
「分かった・・・今は納得しとく。その代わり、あとで全部説明してくれ」

渋々といった様子で頷くアスカ。
戦う事への執着はもの凄いが、アスカという男は猪突猛進する愚者ではなく、理論的に説明すれば、納得してくれる。
納得してくれたことに安堵したキリトは大人しくなったパーティーメンバーの隣に座って、会議の打ち合わせの様子を眺めていた。

その後、ボスや取り巻きの攻撃パターンについての説明が行われて、初のボス攻略会議は終了した。
時刻は会議が開始した午後4時から2時間経過して、午後6時。
〈ソードアートオンライン〉はリアルの天候を再現しているので、初冬である今は6時でも日は落ちて辺りは暗くなり、すでに電灯の明りがあちらこちらに灯っている。
会議が終るやいなや、立ち上がり広場から去るアスカ。
説明をすると言った以上、どこかで話をする必要があるのでキリトもアスカについて行く。
ディアベルやキバオウなどのプレイヤーは、そのまま中央広場で食事をしたり盃を交わしたりしており,楽しげな笑い声が響いている。
そんな中、アスカが向かった先が元気なおっちゃんショップであった、というわけだ。
多くのプレイヤーがボス戦前日の夜を楽しんでいる中、キリトとアスカは1コルのパン片手に歩く。
中央広場からある程度離れた路地の植え込みのレンガに腰を下ろすアスカ。
その隣にキリトも座る。周りには人がおらず、中央広場の喧噪がわずかに聞こえるだけだ。こんな時間帯に外にいる人の方が少ない。普通は食事のために店に入っているか宿屋にいるだろう。
キリトとアスカも攻略の最前線で迷宮区の最奥に乗り込むようなプレイヤーであるので、武器やポーション類のアイテム消費によってそれなりのコルは使っているとはいえ、アスカは言わずもがな、キリトもかなり激しいレベリングを行っていて、かなりのコルを貯めている。
簡単に言えば,お店で高い料理を食べるくらいの余裕はあるということだ。
なにもこんなへんぴな場所で1コルパンを食べながら説明しなくてもいいのでは?と思っていたキリトにアスカが話しかける。

「フード、脱いだらどうだ?」
「え・・?」
「こんなところにまで来るプレイヤーはいないよ。あんたもずっと周りの目に気ぃ使いっぱなしだと疲れるだろ」

パンを囓りながらしゃべるアスカ。
つまり、こんなへんぴなところに来たのは自分のため、という事だろう。
冷たい態度とは裏腹に人への配慮を取るのは上手な男だなー・・。
キリトは内心、そう思いながらフードに手を掛けて取り払う。
広がる視界。電灯の明かりが辺りを控えめに照らしている。
コートに隠していた髪の毛を外に出す。
仮想世界だから服の中に髪の毛を入れていても、多少ごわっとするだけでそれ以外に不便な点はないし,髪の毛が痛む心配もない。
それでもやはり、これだけ長いと服の外に出した方が気持ちいいし,気が楽だ。
広がっている髪の毛を整える。
その作業をしている間、隣で無言のままパンを食べ続けるアスカ。
激安の1コルパンなだけあって、この黒パンは本物のフランスパンの数倍ぱさぱさしていて固い。アスカもさして美味しくなさそうに、しかめっ面をしながら食べている。
しかし、キリトは次のような言葉を口にした。

「美味しいよね、これ」

2人しかいないのだから、自分に話しかけられていることはすぐに分かるだろうに、アスカはこのしかめっ面のどこに美味しさを感じていると思う、という風な険呑な顔になる。

「本当に上手いと思ってるのか・・・?」

低くいが、透き通った声で聞き返してくる。やはりアスカは美味しいと思っていないようだ。

「もちろんね。・・・少し工夫はするけど」

話しながらキリトはアイテム欄からビンを1つ取り出し,そのまま2人の間に置く。

「パンに使ってみたら?」

最初、パンに使うという言葉の意味が分からないといった顔をしていたが、得心がいったようで、アスカは慣れていない手つきでビンをタップしてパンの上へと指先を持って行く。
変化はすぐに起こり、アスカのパンの上にどっさりとクリームが乗る。

「クリームか・・・・?」
「そう」

キリトもアスカ同様にクリーム載せパンを作り,盛大にかぶりつく。大口を開けて食べるのは女の子としてどうだろう、と思わなくもないが、1ヶ月も男の振りをしてきたのだ、多少男混じりな行動をすることは致し方ないと割り切る。
それにリアルでも女の子として身だしなみや態度に気を遣ったことはあまりない。
ネットゲーマーなんてそんなものだと思う。
口いっぱいにクリームの甘みとほのかな酸味が広がる。
パンのパサパサ感もクリームのなめらかな舌触りで気にならない。味は田舎風ケーキといった感じだ。
キリトが美味しそうに食べているのを見て、アスカも恐る恐るクリーム載せパンを口にする。
お口には合ってくれたみたいで、先ほどのしかめっ面はどこへやら、ハイペースで食べ進めている。
キリトが食べ終わるとほぼ同時にアスカも食べ終わっていた。しかし、アスカは食べ終わった直後なぜか不機嫌そうな顔をする。
「ごちそうさま」と軽く手を合わせるキリト。それを見てアスカも手を合わせる。

「ご馳走様」
「どういたしまして」

そのままキリトは続ける。

「このクリームは、この町の手前の街で受けられる〈逆襲の雌牛〉ってクエストの報酬。時間掛かって面倒だから、やる人は少ないけどね・・・。気に入ったのならクエストのコツ教えようか?慣れてたら2時間も掛からないし」

一瞬、考えるような素振りを見せたアスカだったが、すぐにかぶりを振る

「いや、いい・・・・。別に美味しいものが食べたくてここまでやってきたわけじゃない・・・・」
「じゃあ・・・・なんのために?」

思わず少し身を乗り出すような勢いで訪ねてしまう。
それはキリトがずっとアスカに聞きたかったことであり,初めて迷宮区の奥で見かけたときから気になっていたのだ。
迷宮区で通りすがりに出会ったときは,キリトはアスカのことを自分と同じベータテスターだと思った。しかし、煌めくような速度で打ち出される正確無比な〈リニアー〉とは打って変わり、そのプレイヤーの戦術は危なげな物であった。危険を顧みない、といった方が良いだろう。
とてもデスゲームとなったこの世界で行えるような戦法ではなかった。
完成された剣技と危険きわまりない戦術のアンバランス。
その訳を知りたくて、ダンジョンの最奥にてキリトはアスカに声を掛けたのだ。

そして声を掛けてみたらやはりアスカは、キリトの予想していた通り、ベータテスターではないどころか、ネットゲーム初心者だった。
ダンジョン内の強敵をノーダメージで瞬殺すると思ったら、パーティー戦術の基本中の基本の〈スイッチ〉どころか、パーティーメンバーの名前がどこに書いてあるかすら分からない無知っぷり。
この世界における情報の重要度は時にプレイヤーのレベルやステータスを上回る。
いくら強くても、死ぬ可能性が高すぎる。さらにアスカ本人もその危険性を理解しているような口ぶりだった。
まるで生き残ることよりも大切なことがあるような、そんな雰囲気だ。
そこまでして戦い続ける理由をキリトは自分でも不思議なくらい強く知りたいと思っていた。

アスカは黙考することしばし、ぽつりぽつりと言葉を零す。

「俺が、俺でいるため・・・。この世界に怯えて腐っていくくらいなら、憎みながら全力で戦い続ける・・・。死ぬことよりも俺はこの世界に負けることの方が怖い」

初めて心の内を晒してくれたアスカ。
しかし、まだ出会って一日すら経っていないような関係だ。キリトにはその言葉に込められたアスカの内面までは理解することができず、

「そうなんだ・・・」

曖昧な返事を返すだけだった。
自分で聞いておいて、その返事はなんだとキリトは思う。
自分の不用意な発言に後悔していたキリトに今度は逆にアスカが訊ねてくる。

「そっちこそ、どうなんだ?なんで女性プレイヤーなのに性別を偽ってまで攻略の最前線に単身やって来たんだ?」

またしても後悔がキリトを襲う。
同じ質問を返される可能性くらい考えて然るべきだというのに・・・。
キリトは思わず俯いてしまう。答える内容がまとまらない。



キリトのリアルでの本名は桐ヶ谷和葉。正真正銘の女だ。
本当の両親は小さい頃の事故で他界。その後、現在住んでいる桐ヶ谷家に引き取られた。
桐ヶ谷家は娘――桐ヶ谷直葉――が1人の3人家族に和葉が増えた四人家族だ。
今は父親が単身赴任しているので女性3人で生活している。
不自由なことなど何一つ無かった。母親も優しいし、妹の直葉とも仲良くやれていたが、

上手くやれていたのは10歳までだった。
始め、娘2人には和葉が引き取られた子供であることを両親は教えていなかった。
そこに両親のどのような配慮があったかは分からないが、和葉もまだ幼かったのでそのことに気がつくことはなかった。
和葉は義母親の血が精神的に移ったのか、祖父に教えられた剣道を続けるアウトドアな直葉とは真逆のインドアな趣味、ネットゲームの世界へとのめり込んでいった。
6歳の時には自作のマシンを立ち上げて義母親をも呆れさせた。
その趣味が災いしてか、和葉は10歳の時に自分の手で住基ネットにハッキング。本当の両親は既に死んでいることを知ってしまった。
だが、幸か不幸か、和葉は本当の両親が既に死んでしまったことにも、そのことを隠されていたことにも絶望や怒りを表に出すことはなかった。

しかし、和葉の中では生きていく上での価値観に大きな変化が起きてしまった。
今まで本当の両親や妹だと思っていた人たちは、本当は赤の他人だった。
じゃあ、他の人はどうなる?学校の友達は?先生は?
その疑問は和葉の中で少しずつ、だが確実に大きな物なっていった。
しだいに学校の友達や直葉との距離感を掴むことが難しくなっていた。
この人の本当はどこにあるんだろう?
誰と接するときもそう考えずにはいられなかった。

そんな和葉にとってネットゲームの世界はとても安心できるものだった。
なぜならネットゲームの中なら自分を偽ることが前提であるからだ。
アバターの見た目や口調、態度。人によっては性別すら変えている。
その人の本当があるかどうかを気にしなくて良いことは和葉にとって気が楽だった。

和葉にとって〈ソードアートオンライン〉との出会いは感動的だった。
仮想世界の中を剣一本でどこまでも進んでいける。和葉がずっと望んでやまなかったような世界だ。
〈ソードアートオンライン〉を作り上げた茅場昭彦の評論や論文が載っている情報誌は全て購入し、暗記するほど読み込んだ。
1000人限定のベータテストプレイヤー募集にも見事当選し、学校の授業中も先生の話そっちのけでスキル構成を考えて、帰ってからも夕飯を食べたりお風呂に入る時間以外寝るまでずっとプレイし続けた。
2ヶ月間のベータテスト期間後に自身のアバターのデータが失われたときは、目が潤みそうになったほどだ。

そしてベータテスト期間終了後、正式版が開始された2022年11月6日、日曜日の正午。
デスゲームとなるなどと微塵も予想しないまま、和葉はソードアートオンラインの世界へと男性プレイヤー〈キリト〉として再度降り立った。

他人との関わり方が分からなくなっていた和葉だが、それは男性に対してより色濃く影響を及ぼした。
ぶっちゃけ何を考えているか,まったくもって分からない。
家でも女性3人で過ごしているせいか、和葉は男性と交流する機会が皆無だった。
加えて、和葉が住基ネットにハッキングした10歳といえば、男女がお互いの性別の差を意識し始める時期である。一般的に言えば思春期に入ろうとする時期。
和葉は(本人はまったく自覚していなかったが)整った容姿に加え、大人しい雰囲気で、男子からの人気はかなり高かった。
和葉は学校のクラスの男子が自分へと向ける目に,感情に,恐怖を感じてしまった。
それ以来中学校2年生となる今までの3年間、ろくに男子と会話をした覚えはない。
何度か知りもしない男子から告白をされることがあったが、二の句も告げず「ごめんなさい!!」+全力ダッシュ逃避である。
会話もろくにできないのに付き合うなど論外であるのだ。

それはネットゲームの世界でも当てはまることであった。
ネットゲームーなんて大半は男であるし,画面越しの対話なので流石に話せないほどではないが,自分へと向けられる好意に嬉しいという感情が芽生えることはなかった。
しかし,ゲームの中,と割り切ることができていた。
だが,〈ソードアートオンライン〉にログインするときに問題が生じた。
〈フルダイブ〉システムが使われているので,本当に生身の自分が男と話しているように感じてしまうのだ。
とてもではないが,上手くやっていける自身がなかった。
そんなキリトに名案が浮かぶ。
ネカマといって,男性が性別を偽って女性プレイヤーをすることがある。
それなら女性が男性プレイヤーをしても問題ないではないか。
和葉は今までの女性プレイヤー名〈キリカ〉から〈キリト〉へと変更し、男性プレイヤーとしてソードアートオンラインの世界へと足を踏み入れた。

和葉はログインしてすぐに始まりの街で1人の男性プレイヤー、クラインと出会った。
男性プレイヤーなのに不思議とうち解けやすい雰囲気を醸し出す男だった。
和葉はニュービーのクラインと共にフィールドに出て、軽くレクチャーをしてやり,
軽口をたたき合いながら、雑魚モンスターに苦戦するクラインを見て、笑い,フレンド登録をし、再開を誓って拳を打ち合わせた。
そこまでの数時間が和葉にとって〈ソードアートオンライン〉が楽しい時間だった。

和葉にとってデスゲームとなったことも十分に恐ろしいことだが、〈手鏡〉の存在はそれと同等の絶望を与えた。
あの時のクラインの顎が外れたようなびっくり仰天顔は忘れることがないだろう。
あの場で女性用装備を着た男子は百人以上いたが、男装備の女性はおそらく和葉1人だっただろう。

和葉は戦うことを選んだ。
和葉も女の子だ。いくらネットゲーム歴が長く、ベータテスターとしての経験と知識があるといっても、死ぬことは怖く、街の片隅でうずくまっていたい、と何度も思った。
だが、和葉にとって女性である自分が弱い立場になることのほうが怖かった。
ネットゲーマのなかには、女性プレイヤーを執拗に殺そうとしたり、嫌がらせを行うプレイヤーが少なからずいた。
ハラスメント行為をされれば、黒鉄宮に投獄することができるといっても、システムの抜け道を使ったり、命を奪うと脅せばなんでもできる。
自分の身は自分で守れるくらいのステータスとレベルは手に入れたい。
その一心で和葉は今日まで過酷なレベリングに身を投じてきた。

限られたリソースの奪い合いを勝ち抜くために直ぐに次の街へと向かおうとした。
その時にクラインを見捨てて1人で飛び出してきたことは、和葉にいまだ罪悪感を覚えさせる。
いくら人当たりの良く信用のできると思われるクラインでも、アバターの容姿がリアルの容姿と完全に同一の物に変えられた以上、和葉には一緒に旅に出ることは難しかった。
更にクラインは他のゲームで知り合った仲間が数人いると言い,その全員を安全に次の街まで連れて行ける余裕は和葉にはなかった。
別れ際に、

「キリト!!可愛い顔してる女の子なんだから無茶するなよ!!」

と背中に掛けられた声は一字一句忘れていない。

そんなこんなで和葉――キリトは〈始まりの街〉を飛び出して、今日まで生きてきた。


記憶を遡りながら、少しずつ話すキリト。

「わたしは・・・女の子だからこそ弱いまま、〈始まりの街〉に留まることを恐れたから・・・かな?」
「そうか・・・・・・」

キリトの曖昧な返答にも気を悪くした素振りを見せず、必要以上に深く入り込んでくることもないアスカ。

男性プレイヤーが怖いから、性別を偽ってソロプレイヤーをしてきたのに、よくよく考えたらこの状況も不思議だなとキリトは思う。
なぜなら今隣で自分がしゃべっているアスカも正真正銘の男なのだから。

不思議なことだが,キリトはアスカに対して恐怖や怯えを感じたことはなかった。
クラインですら2人きりでいることには抵抗を覚えてしまったと言うのに。
年齢が近い、というのも1つの要因だと思う。
基本的には最前線で攻略に参加しているプレイヤーはキリトだけでなくアスカよりも年上の人たちだけだ。年の近い(あくまでキリトの判断だが)人の方が話しやすい。
それにアスカの態度は淡泊で、素っ気ない。女子として、異性として扱われることが苦手なキリトにとってはそれが嬉しかったのだ。
だが、キリトがクラスの男子と会話もできなかったことを考慮すると、要因はそれだけではないはずだ。
なんでだろうなーと考えているとアスカに話しかけられる。

「まあ、お互いの質問はこれくらいにしておいて、本題に入ろうぜ」

そうだったと思い出す。
そもそもこの食事会(?)は明日のボス戦についてアスカに色々と説明をするためのものだ。
キリトはチラッと現時刻を確認する。すでに7時を回っていてギョッとする。
まさか1時間近く話していたとは・・・・

「そ、そうだね。じゃあまずはボスのアタッカー隊に2人じゃ参加できない理由だけど―――」

一旦、気になっていることを頭の片隅に追いやり、キリトは説明を始めた。

――どうせ、明日のボス戦までの付き合いだし、気にすることでもないのに・・・・

結局、キリトは説明にあまり身が入らなかったので、その後1時間ほどアスカとキリトは座りっぱなしだった。



 
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