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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第八十四話 この、こう着状態を打破します!

アーレ・ハイネセンでは、全ての準備が整っていた。要塞は全速航行をすべくフルエンジンで稼働し始めていたし、各艦隊はそれぞれ臨戦態勢に入っている。要塞、艦隊ともに戦闘準備に突入していた。
 今作戦のほぼすべてはヤン・ウェンリーの策である。これが実現すれば、イゼルローン回廊における主役は自由惑星同盟の巨大要塞にとってかわられることとなる。それだけに皆必死だった。
「加速ベクトル、相対マイナス180方向に、指向!!」
「アーレ・ハイネセン、所定の軌道に入ります。敵要塞との距離、+400、500、600・・・!!」
要塞中央指令室では、司令部要員たちがそれぞれの持ち場にかじりついて懸命に機器を操作し続けている。その中央にあって作戦指揮を執るクレベール中将の顔もこわばって見える。
「要塞の距離が一定になり、主砲の機能が回復次第、インドラ・アロー発射用意。」
クレベール中将は指令した。
「敵要塞、動き出しました!相対速度、10・・・20・・・30・・・!!」
「いったん開いた距離、再度詰められていきます!!」
「要塞主砲は充填体制のまま、待機!!要塞は最大戦速で距離の引き離しにかかれ!!」
クレベール中将以下にとってはこれは予定されている行動であったが、要塞同士が至近で全速力で動くことの危険と恐怖を彼らほど知悉し肌で感じ取っている人間はいなかった。一歩間違えれば大衝突して両者ともども宇宙塵の仲間入りである。
「そのまま全速航行でイゼルローン回廊出入り口に向かうぞ・・・!!」
「野郎、しっかりついてきやがれ!!」
オペレーターたちは拳を振り回して、目の前の怪物に叫んだが、おそらく帝国側でも似たような光景が繰り広げられていることだろうと彼らは思った。この光景を外から見れば、さぞかし珍妙な絵に見えたに違いない。

アーレ・ハイネセンがイゼルローン要塞を引きずり回しているのであるから。

「見ろ!!」
オペレーターの一人が不意に声を上げた。
「敵機・・・いや、艦隊が!!要塞右上方85度から急速接近!!」
「下方左40度からも!!」
「馬鹿な!!後方にも艦隊反応が!!」
「包囲されている!?」
驚愕の事実を司令部要員は知ることとなった。
「味方艦隊は何をしているのだ!?」
クレベール中将は血迷った声で叫んだが、すぐに顔をゆがませた。
「よし、むしろ艦隊がついてきたのは好都合だ。奴らもろともイゼルローン要塞をあのアルテナに叩き沈めてやれ!!・・・・対空砲、撃ち方始め!!」
アーレ・ハイネセン要塞に相対していたのはロイエンタール艦隊、ミッターマイヤー艦隊である。彼らは総勢を数十手に分け、多方面から一斉に仕掛けたのである。ここまでは先日行われた要塞攻防戦とかわるところがないが、彼らの神髄はここからだった。
「突入!!」
ベイオウルフ艦橋上でミッターマイヤーが叫んだ。艦隊は対空砲火をものともせず凄まじい勢いで要塞に肉薄していく。群がる蜂のように落としても落としても突っ込んでくる艦隊に自由惑星同盟側は恐怖すら覚え始めていた。単に爆発四散するだけなら良いが、艦がきりもみ上になりつつも流体金属に突っ込んで爆発四散すると、少なからぬ損傷が与えられるのだ。反対方向から攻撃を仕掛けるロイエンタール艦隊も同様の攻勢を取っている。
そのミッターマイヤー艦隊の上方と下方から包み込むようにして殺到してきたのは、第十三艦隊だった。彼らは展開するミッターマイヤー艦隊を次々と襲ったが、敵はいっこうに引く気配すら見せず、ますます特攻の度合いを強めていく。
「そんな、ばかな・・・どうして、こんなことが・・・!?」
艦橋でアルフレートは唖然としていた。こんな人命無視の特攻を仕掛けて来ることを彼は想像だにしていなかったのである。

が、事実は特攻ではなかった。ミッターマイヤー艦隊、そしてロイエンタール艦隊の前衛は悉く旧式艦で構成された無人艦隊であった。その多くが先日の内乱でリッテンハイム侯爵側として戦った艦たちであった。フィオーナとティアナが事前に手配してようやく回航が完了した艦隊である。実際にはリッテンハイム侯爵側の艦隊はまだまだ存在し、ここにきているのはほんの一部だった。ラインハルトは「老朽艦隊でも辺境防備などで使い道はあろう。」と言い、新造艦隊にかける費用の一部を回して整備費用に充てていたのである。むろんそれだけでは足りないため、リヒテンラーデ侯爵らに図って没収した貴族財産のいくばくかを当てていたが。
 それはともかくとして、水素エネルギーを腹いっぱいに詰め込んだ無人艦たちは次々とアーレ・ハイネセンの横っ腹に突撃し、盛大な花火を上げ続けていたのである。むろんそれを阻止しようとする第十六艦隊、第十三艦隊にも多少の犠牲は出た。
「ここで防がなくては、作戦の意味がないわ。全艦隊隊列を乱さず、砲火を敵中枢に集中させなさい!」
ウィトゲンシュティン中将が指示を飛ばした。ファーレンハイト、シュタインメッツ両分艦隊が左右から攻撃を仕掛けるが、ミッターマイヤー艦隊は鮮やかにさっと後退をする。それは第十六艦隊に対峙していたロイエンタール艦隊においても同じだった。
「敵要塞より、高エネルギー反応!!主砲の発射準備をしているものと思われます!」
という、要塞、そして自艦隊前衛からの報告が両提督にもたらされたからである。
この時、アーレ・ハイネセンとイゼルローン要塞の間に僅かながら距離ができ、双方の主砲が使えるようになっていたのだった。イゼルローン要塞の足がわずかながら緩んだのである。この瞬間、当初のプランが修正される旨、同盟軍全軍が認識した。既にその想定もヤン・ウェンリーによって織り込み済みだったのである。
「インドラ・アロー発射準備完了!!」
オペレーターの一人が振り返って叫ぶ。うなずいたクレベール中将は机を叩き上げて叫んだ。
「発射ダァ!!発射ァァァァッ!!帝国に目に物見せてやれェ!!!」
眼は血走り、狂ったように叫んでいたのだが彼の思いは同盟のほぼ全軍全将兵における共通事項だったかもしれない。イゼルローン要塞は5度にわたって味方の血を吸い続けてきた恨み重なる存在である。イゼルローン要塞に足を向けて寝続けて臥薪嘗胆、必ずや復讐を誓うと胸に秘めて出てきた将兵はいくばかりか。
 その恨みを今晴らすときがやってきていたのだった。
「撃てェ!!!!」
流体金属に発射リングが形成され、赤い血の光がきらめいたかと思うと、巨大な柱がイゼルローン要塞に向けて立ち上った。付近の艦艇を吸い込み、粉みじんに原子に還元していく。ミッターマイヤー艦隊とロイエンタール艦隊の無人艦隊が被害を被った。
イゼルローン要塞では轟音と衝撃が全ての部署に走ったが、フィオーナは屈しなかった。
「撃ち返します!!発射!!!」
彼女の右手が華麗に空を舞い、前方に振り下ろされた。イゼルローン要塞から青い柱が、らせん状の渦を纏いながらアーレ・ハイネセンに向けて伸びてきた。同盟軍全艦隊は急速に離脱したが、離脱しきれなかった艦を次々とまきこみ、投擲された青い雷の槍がアーレ・ハイネセンの流体金属層に突き刺さった。
「怯むな!!続けろ!!続けるんだ!!」
この時、クレベール中将は不思議に思ってもよかったかもしれない。


何故双方の要塞の主砲が使用可能になっている状況が出現したのか、と。


だが、彼にできることは可能な限り要塞主砲を敵に撃ちまくることだけだった。
「チィ!!本当に際限・加減・限度ってやつを知らないのね!!」
後方にあっていつ途切れるとも知れない相手方からの主砲攻勢を見ていたティアナが舌打ちした。
「イゼルローン要塞からはまだ連絡はない?」
「ありません!」
ティアナは内心首をかしげていた。機を見るに敏の親友が戦況を見ていないわけではないのだから、何らかの指令があってしかるべきではないか、と思っていたのである。それはロイエンタール、ミッターマイヤーも同じだったらしく、ティアナに向けて、どうしたのかと問いただす連絡があったが、彼女としても答えようがなかった。
と、そのティアナがあらかじめ敷いていた索敵網に反応があった。
「艦隊の反応です!数、およそ7000隻!!回廊の天頂限界宙域ギリギリからまっすぐに要塞目指して進撃しています!!」
「ヤン・ウェンリーだわ。」
ティアナはその名前を戦慄を覚えながらつぶやいた。そして彼女は不敗の魔術師の狙いを正確に読み取っていたのである。これも事前の打ち合わせで想定されていた通りだった。
「艦隊、反転して迎撃に転じるわよ。相手の狙いはイゼルローン要塞を奪取すること。全力を挙げてこれを阻止するわ!!」
艦隊の反応と思しき地点にティアナは急行した。無数の光点がきらめき、まっすぐにこちらを目指して突っ込んでくる。
「主砲、斉射!!」
ティアナの号令一下、艦隊はこの小癪な侵入者めがけて整然と主砲を斉射しながら押し寄せていった。当然相手も撃ち返し、早くも正面からの決闘という形になりつつあった。
「――?!」
だが、ティアナはいち早く異変に気が付いた。
「全艦隊停止!!違う、これは!!囮だわ!!!」
目の前の無数の光点は確かに艦隊反応があったのだが、間近で見るとどこからどう調達してきたのか、無数の隕石群だったのである。
「フィオが危ない!!」
ティアナはぞっとして後方のイゼルローン要塞を振り向き、全てを悟った。今まさにもう一つの天底方面から無数の光点がイゼルローン要塞に向けて押し寄せるのをはっきりと見ることができたのである。
「全艦隊反転!!敵は別方向からやってくるわよ!!」

だが――。

無数の隕石群から突然おびただしいビーム砲が艦隊に撃ち込まれ、少なからず混乱に陥った。
「囮と見せかけて、囮じゃない・・・!?違う、足止めの為に少なからず艦艇を潜ませていた!?」
地団駄踏んだティアナだったが、彼女はすばやく応対した。麾下の半数を割いて小癪な隕石群に対して砲撃を浴びせかけるとともに、残りの半数を自身が率い、全速力でイゼルローン要塞に急行したのである。だが宇宙は広い。100m走のように数秒で到達できるというモノでもない。だが、ティアナ艦隊は驚くべき速度をもってたちまちヤン艦隊に襲い掛かった。

だが――。
迎撃してきたのはまたしても隕石群だった。アルテナ星域周辺に展開する無数の小惑星帯から調達してきたものと見える。
「これも囮!?」
応射されるビーム砲を粉砕しながら、ティアナは必死に艦隊の反応を追ったが、不意に腹立たしくなった。
「情けない!!」
彼女は思わず手にしていた指揮刀を床にたたきつけそうになったが、かろうじて自制した。自制をしたことによって彼女は冷静に立ち返ることができたのである。
「ヤン・ウェンリーの戦法は囮などでこちらを壊乱させるものが多いじゃないの。駄目駄目、こんなに兵力を分散させてしまったら、敵の思うつぼよ。艦隊を集結させて四方に警戒態勢を取り、今度こそ敵を見分けるようにすればいいわ。」
ところが、ヤン艦隊は既にイゼルローン要塞に突入していたのである。彼らは宙域ギリギリをモグラのように這って進み、帝国軍の哨戒網を潜り抜けてひそかに潜伏していたのであった。そして突如出現し、ありったけのミサイルを叩き付けて要塞砲台を沈黙させたのち、悠々と要塞に降り立ったのである。

彼らは侵入すると同時に強力な妨害電波を展開していた。だからこそ、イゼルローン要塞から出先三個艦隊に向けては何の連絡もなかったのである。要塞にはフィオーナの直属艦隊が駐留しているが、いかに艦隊と言えども軍港に係留されていては陸に上がったカッパ同然だった。
要塞の激烈な対空砲火をかいくぐって突っ込んだ強襲揚陸艦と自由惑星同盟の戦艦たちが、要塞の施設を押しつぶして強行着陸した。上空はヤン艦隊と、どうにか飛び立つことができたフィオーナ艦隊の一部とが激しく戦っている。
軍港を強襲揚陸艦が制圧し、血で血を洗う戦いが行われたのち、一隊は反乱軍に制圧され、上陸地点の橋頭保が確保された。
「よし、リンツ!お前は一隊を率いて要塞の主砲管制室に向かえ。ブルームハルト!俺に続け!!要塞司令官のご尊顔を拝見しに行くとしようじゃないか。」
ワルター・フォン・シェーンコップ大佐が血に染まり、不気味な赤い光をぎらつかせるトマホークをかざして不敵な笑みを浮かべた。第十三艦隊のローゼンリッター連隊はウィトゲンシュティン中将の承諾で、臨時にヤン艦隊に加わっていたのである。
「行くぞ!」
高らかな声とともにローゼンリッター連隊と自由惑星同盟の陸戦部隊は続いた。迎え撃つのは帝国軍の装甲擲弾兵である。斬る、殴る、押しつぶす、突く等の原始人もかくやと思われる野蛮な戦いが展開され、廊下は血で滑り、臓物がまき散らされ、主を失った手足が宙を飛び、トマホークの一撃で体を失った頭が血を引いて虚空を飛び、壁に激突して床に転がり、光を失った虚ろな目を侵入者たちに向ける。
「ギャアッ!!」
絶叫を上げて血をまき散らして倒れる兵士を蹴倒し、シェーンコップらは猛然と突き進んだ。既に、捕虜とした敵から司令室の場所を尋問によって聞き出している。
「後2ブロックというところですかね。」
ブルームハルトが息を切らさずにシェーンコップに話しかけた。
「だろうな、この角を曲がってまっすぐに突き進めば、いよいよ敵の本丸が待っている、というわけだ。」
と、そこに通信があった。部下が持ってきたディスプレイを受け取ったシェーンコップが画面を起動させる。
『シェーンコップ大佐、状況はどうか?』
ヤンの声である。
「見ての通りですよ。まぁ、今すぐに司令官殿をご招待できる場所、とは言い難いですな。」
半ば芝居がかったしぐさで凄惨な光景を映し出した後、
「おおよそめどはつきました。後30分もあれば制圧できるでしょう。」
『わかった。だが、無理はしないでくれよ。無理と判断したら戻ってきてほしい。』
「戻る?おやおや、御大層なご心配をおかけしておりますな。」
シェーンコップは肩をすくめ、半ば憐憫さをたたえた微笑を浮かべた。
「この戦いの意義をあなたもわかっていらっしゃるでしょう。」
『わかっているつもりさ。頭ではね。だが、私にはそんなものよりも貴官らの命の方がずっと大事なんだ。』
「ここで引けば戦って散った人間の命が無駄になる、とは思わないのですかな?」
『思うさ。けれど、引き際を間違えて失わなくともいい命を犠牲にするのも私は好きじゃない。どうも、こいつはエゴイズムというやつかな。』
ディスプレイ越しに頭を掻く司令官殿をシェーンコップとブルームハルトは一瞬顔を見合わせて互いの表情の裏にあるものを読み取ろうとした。
「わかりました、司令官殿。せいぜいそのような展開にならぬよう気を付けると致しましょう。では。」
敬礼をささげたシェーンコップがディスプレイを部下に返し、トマホークを構えなおした。
「大佐殿、あれでよいのでしょうか?」
捨て駒のように扱われてきたローゼンリッターの一員としては、今の司令官の発言には少なからず驚きを抱いているらしかった。
「何も考えるな。今の俺たちは原始人と同じだ。ただ目の前の敵に対してトマホークを叩きつける、それだけだ。後の進退はお偉方に考えてもらうことにすればいい。」
「しかし――。」
「俺だって命は惜しいさ。だが、それ以上に部下たちに無駄な労力を割かせるのは俺のポリシーに合わないんでね。」
そう言い捨てると、シェーンコップは先頭に立って突進していった。待ち構えていた装甲擲弾兵たちが絶叫と共に倒れ伏す。ブルームハルトもトマホークを握って後に続く。後1ブロックの距離だ。あの角を曲がって突き進めば、司令室である。後20分もすれば――。

と、その時、シェーンコップの足が止まった。彼の足を止まらせるものは何なのか、ブルームハルトはいぶかりながら横に歩を進めたが、彼の足も止まった。

鮮やかな色彩がそこに出現したかのようだった。帝国軍の上級将官の服装を身に着け、ライトブラウンの髪をシニョンにした灰色の瞳の美貌の女性がこちらを見ていたのである。司令部から出てきたところらしかった。
「戦場に咲く一輪の花、とは少々表現が普遍すぎるかな。」
シェーンコップはブルームハルトを顧みてそう言ったが、すぐに目の前の相手に向き直り、ここが道端ででもあるかのように、穏やかな声で話しかけた。
「なにをしていらっしゃるのですかな?ここは戦闘のさ中ですが。」
「見ればわかるかと思いますが、私は帝国軍の上級将官です。」
女性はやや硬い声を出した。そうして何とも言えない深い悲しみの色合いを浮かべた瞳でシェーンコップらの後方に転がっている帝国軍兵士たちの死体を見た。
「こんなことになっているのなら、ローゼンリッターが来ていると前々からわかっていたのなら・・・もっと早く出てくるべきだった・・・。あなたたちはアーレ・ハイネセンの中にいるものだと思っていたのに・・・・。」
「あなたが降伏すれば、というわけですかな。時機を逸したとは思えませんがね、まだ間に合うというものだ。どうか速やかにこちらに下っていただきたい。」
「断ります。」
言下に放たれた声にシェーンコップもブルームハルトも一瞬動きをとめた。女性はそれにはお構いなしに硬い声で尋ねてきた。
「あなたたちはローゼンリッターでしょう?ローゼンリッターは精鋭中の精鋭だと聞いています。正面きっての戦闘はいざ知らず、潜入作戦、要人警護など特殊部隊としても精鋭の名前にふさわしいと。」
「それはそれは、光栄なことですな。」
「だからこそ、あえて聞きます。あなたたちならば、ここまで犠牲を少なくして来れたはずです。なのにどうして正面からやってきたのですか?大量の血をまき散らしながら・・・・。私にはあなたたちが『楽しんでいる』ように見えて仕方ないのです。」
シェーンコップもブルームハルトも、こんなことを言う帝国軍の上級将官にははじめてお目にかかったに違いない。彼らは一様に目をしばたたかせたが、シェーンコップがと息を吐きながら静かに言った。
「随分ときれいごとをおっしゃるのですな。良いでしょう。」
彼は肩に担いだトマホークを床に突き立てた。数滴の血がこぼれ、イゼルローン要塞の血に染まった廊下に新たな模様を刻んだ。
「敢えて答えるとするならば、そうしなければとてもやっていられんのですよ。こんな凄惨な殺し合いはね。これは狭い道での車の譲り合いとはわけが違うんだ。一瞬の差が生死をわける。勝ちを譲った方があの世に送られる。それだけのことですよ。逆にあなたに問いますがね、そうした美徳が何の足しになるというんですか?生き残った方が死者の美しい美談を宣伝してくれるとでも思っているのですかな?」
帝国軍の上級将官は視線を床に落として何とも言えないと息を吐いた。
「確かに・・・・。」
一人静かにうなずいて、また視線を向けてきた。そして一同が驚いたことに軽く頭を下げてきたのである。
「あなたのおっしゃる通りです。・・・ごめんなさい。私はまだあなたたちの境遇を理解したつもりでいただけに過ぎないという事を・・・・今わかりました。」
「別に謝ることじゃありませんよ。」
シェーンコップはそう言いながらも相手の率直さに意外な面持ちをもって見つめていた。ブルームハルトも同様だったらしい。どうしたらよいかわからないという面持ちでトマホークの柄をもてあそんでいる。
「さて、どうしますかな?ここでこうして立ち話をしているわけにもいかんでしょう。」
「ええ・・・。ですが、先ほども言いましたが、ここから一歩も引くわけにはいきません。」
すらっとした女性が抜き放ったものを見て一同は驚いた。トマホークと並ぶ原始時代の武器である剣だったのである。
シェーンコップはやれやれというように肩をすくめると、傍らのローゼンリッターの隊員に目配せした。うなずいた隊員はトマホークを持ち帰ると、疾走して襲い掛かってきた。おそらく羽交い締めにして峰うちにでもするつもりだったのだろうが――。

何とも言えない音がして、ローゼンリッターの隊員はトマホークもろとも壁にめり込んでいた。
「――――!!」
一同が目を見張る。相手の女性は剣を下げて佇んでいる。
「申し訳ないですけれど・・・・あなたたちには勝ち目はないと思います。すでにリンツ中佐は私たちが捕虜にしました。」
「中佐が!?」
ブルームハルトが愕然となった様子で叫ぶ。うなずいた女性が壁にあったディスプレイを起動させると、そこには高後手に縛られたローゼンリッターの隊員たちの姿があった。紛れもないリンツの姿があったのである。取り囲んでいるのは帝国軍だったが、そこに女性指揮官の姿が混じっていたのが見えた。
「よくも、中佐を!!!」
ブルームハルトが我を忘れた様に逆上して襲い掛かる。
「よせ、ブルームハルト!!!」
シェーンコップが止める暇も有らばこそ、強烈な一撃を食らったブルームハルトは壁に叩き付けられて意識を失っていた。シェーンコップらは戦慄を覚えていた。こんな感覚は初めてだった。彼女はブルームハルトが襲い掛かる前とまったく同じ姿勢で立っていた。彼女が動く姿も、何をどうしてどうなったのかも、隊員たちには見えなかったのである。
「まだ、やりますか?」
その問いかけが引き金になったかのように、シェーンコップの背後にいる隊員たちがどっと襲い掛かった。きっかり2秒後にすべての襲撃者が地面に伏せて動かなくなったのを残ったシェーンコップは身動きもできずに見つめるほかなかった。
「隊長・・・!!」
残りの隊員がかすれた声で指示を乞うのをシェーンコップは制した。
「お前らは動くな。ここは俺がやる。」
トマホークを振りかざし、前に進み出たシェーンコップは、猛然と疾走した。こうなれば勢いに任せて仕留めるしかない。トマホークにありったけの殺気を含ませ、うなりを上げた戦斧が血風を巻いて襲い掛かった。

直後――。

強烈な打撃を首筋に受け、一気に視界が闇に閉ざされるのが分かった。

他方――。
ヤン艦隊は要塞においてフィオーナ艦隊の猛反撃を受け、苦戦に陥っていた。元々数において半個艦隊程度である。それでも要塞に突入したのは、中央指令室さえ奪取できればことは成就したも同然だという見立てがあったからだった。ところが、敵の秩序は回復し、統制を持った艦隊が次々と襲い掛かってくる。それどころか、ローゼンリッターと通信が突如途切れ、逃げ帰ってきた一部の生き残りから、主要なメンバーが捕虜になったという情報がもたらされた。
「なんということだ!?」
「ローゼンリッターが捕虜に?」
「帝国軍にはどれほどの精強な部隊がいるのか・・・。」
幕僚たちの悲惨なつぶやきを聞くヤンとしては苦渋以外の何物の感情を持つことができただろう。だが、彼は感情の波に転覆して進退の時期を逸することはしなかった。速やかに艦隊をまとめると、一点突破を図ってイゼルローン要塞からの離脱を図ったのだった。
 フィオーナは追撃をしたが、あえて猛追撃は避けた。自軍の再編成に取り掛からなくてはならなかったからである。
イゼルローン要塞から離脱するヤン艦隊に次なる試練が襲い掛かってきた。手ぐすね引いて待っていたティアナ艦隊である。当初立ちふさがった戦力はそれほどではなかったため、ヤンは敢えてそこを突破しようとした。奇計である――すなわち敵の狙いは回避したヤン艦隊を別地点で挟撃すること――と推察したのである。が、それが間違いであることをすぐに悟った。
「全艦隊、車掛よ!あえて包囲せず、各部隊指定されたポイントから攻撃をかけ続けるの。あの小癪な艦隊を敵要塞に返さないで!!」
これはティアナの得意とする戦法の一つであり、全方位、前、後ろ、横、上、下、あらゆる方向から執拗に攻撃をかけ続けるのである。対処しようと反応してもすぐに新手が来る。その新手に対処しようとしてもすぐ別の新手が――。
如何にフィッシャーの迅速な艦隊運用があったとしても相手が早すぎるのである。ヤンにできることはできうる限り陣形を防御に固め、被害を出さないように最大速力で要塞に走り続けることだけだった。
ヤン艦隊は帰路、接触してきたティアナの執拗な追撃を振り切り、ロイエンタール、ミッターマイヤーの両艦隊と戦っていた第十六、第十三艦隊の支援を得て、アーレ・ハイネセンに帰投することができたのだった。だが、この帰投コースは定められていた。ロイエンタール、ミッターマイヤー、そしてティアナの追い落としにより、自由惑星同盟側の艦隊は要塞の主砲射線上からの帰投を余儀なくされたのである。
「何をしているのだ!?これでは主砲が撃てないではないか!!」
クレベール中将が地団太踏んで悔しがった。彼の眼にはその隙をついて再び接近するイゼルローン要塞の姿があった。
「味方が射線上にいます!これでは撃てません!!」
オペレーターが無念の叫びをあげたが、中将自身も同じような思いでいっぱいだった。
 帝国側も艦艇を要塞に引き上げさせ、自由惑星同盟側も、損傷した艦艇を伴って、いったんはアーレ・ハイネセンに後退させることになった。この隙にイゼルローン要塞が前進してきたため、当然ながら帝国との距離は縮まって主砲は再び封じられたのである。


この戦いが終わったのち、フィオーナたちは帝国側に連絡し、指示を仰ぐこととなる。これは事前に想定され、イルーナやラインハルトたちと何度も話し合いの末に用意していた通りの通信だった。


敵の勢力は侮りがたし、主砲射程に関しては敵に一日の長あり。我、イゼルローン要塞を帝国本土出口に後退せしめんとす。指示を乞う、と――。

 
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