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感傷旅行

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第五章

「今度はね」
「前の旅行は楽しくなかったの」
「その時は何も思わなかったわ」
 本当にだ、味気ない旅行だった。けれど今は懐かしさとそしていたたまれなさ、何よりも傷の様なものが感じられて。
 それでだ、同僚の娘に言ったのだった。
「けれど今は思うから」
「また行きたいのね」
「行くわ」
「そうするのね」
「ええ、一人でね」
 あの時のことを思い出しながらだ、私はそう決めた。
 そのうえで今は自分の席にある紅茶、自分で煎れたティーパックのものを飲んでからあらためて彼女に言った。
「紅茶も、ランチも海老も観光も」
「全部なのね」
「楽しんでくるわ」
 あの時は全然だったけれどだ、大仏も極楽寺も。
「そうしてくるわね」
「旅行は楽しむものだからね」
「そうよね」
「行ってきたらね」
「満喫してくるわ」
 同僚の娘に答えてだ、ここで。
 私はふと思った、私がこう思っているということは。
 彼もそうではないかとだ、それでだった。 
 あの旅行での態度、それ以前からのそれがとても申し訳なくも思えた。けれど別れた今ではこう思うこともだ。 
 仕方がない、それでだった。
 この考えを心の中に収めてだ、同僚の娘に言った。
「じゃあ今はね」
「お仕事ね」
「今日も一杯あるから」
 それこそ山の様にだ。
「頑張りましょう」
「ええ、ただ次から次にね」
「お仕事が来るわね」
「この会社は、まあそれは羽振りがいいってことだし」
 そうした忙しさだった、とにかく商品が売れているのだ。
「いいことね」
「お給料もいいし」
「じゃあそのお給料の分」
「働きましょう」
 仕事に目を向けてだ、私達はそちらに励んだ。あの旅行のことはまずは置いておいてそのうえで仕事をしていった。


感傷紀行   完


                         2016・8・12 
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