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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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百十四 こめられた想い

ナルトは怒っていた。
何に対してか。

紫苑が何もかもを諦めて【魍魎】に取り込まれた事。勝手に自己解決して己の身を守るすべをナルトに託した事。ナルトに何の断りもなく、おそらく自分の命を懸けて【魍魎】を滅しようとしている事。
それら全てにあてはまるとも言えるし、あてはまらないとも言える。
ナルトが怒っているのは、紫苑が一度だって本心を露わにしていない事に関してだった。

元々は同一の存在である【魍魎】と巫女。
あまりの力に自らその力の使い方を誤らぬよう、二つの心・思想に分かれ、互いに互いを戒め、思い、見つめ合って存在してきた陰と陽。

その二つの力に生まれながらにして振り回されてきた紫苑に、ナルトは無意識に親近感を抱いていた。同時に、自分の事を棚に上げる己自身が滑稽で愚かで、頭の片隅で自嘲する。
己と似た境遇だからこそ、ナルトは憤りを覚えていた。



紫苑が【魍魎】に呑み込まれた場所。彼女の声がした地点はドロドロとした紫紺の闇に閉ざされている。

其処から生えている数多の龍が侵入者を排除せんとばかりに口を開けたが、ナルトの身を守る結界に阻まれた。巫女の守りは絶大で、特に紫苑が与えた結界の威力は目を見張るものがあった。
鈴の結界によりあっさり龍の根元へ辿り着いたナルトは、汚泥に塗れた其処を見下ろした。

得体の知れない闇は混沌に満ちており、中は未知の世界だ。
普通の人間ならば怯むであろう出入り口の無いその闇に、ナルトは躊躇なく手を伸ばした。


紫苑だけでなくナルトをも呑み込まんと絡みつく紫紺の汚泥。【魍魎】の内側に指をかけ、纏わりつく闇をナルトは一睨みではね退けた。
足元に広がる【魍魎】の闇。その中に妙な力と共に、紫苑の気配を感じ取る。

扉の無いソレを、ナルトは無理やり抉じ開けた。




一点の光も無い暗闇かと思われていた【魍魎】の中は、存外明るい。その原因が紫苑によるものだと、ナルトは一目で悟った。
闇がボロボロと瓦解し、塵となって逆に光に呑み込まれてゆく。紫苑を取り込んだ【魍魎】は今や内部から破壊されつつあった。
それも【魍魎】自らが呑み込んだ巫女の力によって。


【魍魎】の苦悶の声が轟く中、ナルトは紫苑から放たれる眩いばかりの光を目にした。
尋常ではない輝き。
それが紫苑の決死の覚悟による光だと、瞬時に察す。
同時に、感情をほとんど露わにしない彼の口から自然と言葉が転がり出た。


「…―――このっ、バカ巫女が!」
その声に乗る感情は確かに、怒り、だった。







滅多にない大音声。

ナルトの怒声で驚愕したのか、紫苑から溢れていた光がはたと消えた。愕然と見上げてくる紫苑の細い手首を、ナルトが有無を言わさぬ強い力で引っ張り上げる。

湧き出ていた光を失い、またもや暗黒に満ちた闇。その闇を一気に突き抜け、紫苑は【魍魎】の体内から外へ放り出される。



「眼を開けろ」
声に導かれ、紫苑は眼を開けた。

自分が放っていた光とは違う、外の明るい光が飛び込んでくる。
数多の龍が生えている根元。その龍の発生源のドロドロとした紫紺の闇が寸前まで自分がいた空間だと解って、彼女はゾッとした。


「息をしろ」
声に促され、紫苑は詰めていた息を吐き出した。

思えば随分長い間、呼吸をしていなかったようだった。【魍魎】に呑み込まれ、本来の自分の力に目覚めても、彼女は満足に息すら出来ていなかった。


「見えるか。聞こえるか」
声に問われ、紫苑はそこでようやく、自分がまだ生きている事実を知った。

【魍魎】の体内に呑み込まれた紫苑は、もはや生きるのを諦めていた。己の中で眠っていた力を解放しても、悟りの境地に陥っていた。
紫苑の力は死ぬ間際に発動する。故に彼女は【魍魎】を圧倒する力を持っていながらも、死の瀬戸際を彷徨っていた。あれだけの尋常ではない光はまさしく、紫苑の命最期の輝きであった。

その光が消えた今、紫苑が【魍魎】を道連れにして世界から消え去る事は出来なくなった。その代わりに、彼女は再び世界へと戻ってきた。
即ち、【魍魎】の中の闇から、生きる希望の光に満ちた現世へと、ナルトによって強引に連れ戻されたのだ。



呆ける紫苑の見上げた先に、懐かしい金がある。間近にあるナルトの顔に驚くよりも先に、彼の問い掛けに紫苑は固まった。

「お前の心は何と言っている?」


その質問は紫苑にとって、思いがけないものだった。考えた事も無かった。
だって巫女とは妖魔を封印する存在で、それは絶対で、だから先ほど自分は己の命を懸けて【魍魎】をこの世から消そうとしたのだ。だから自分の意志や個人の思いなど関係ない。それが運命なのだから、仕方が無い。
どうしようもないのに、解り切った答えを何故聞いてくるのか。紫苑は混乱し、動揺し、そして一抹の期待を抱いた。



「このまま、死にたいのか?」

ナルトの声音は変わらない。淡々とした問いかけは冷たく、紫苑を【魍魎】の中から引っ張り上げた時とは一変して、感情の一切が窺えなかった。


「消えてなくなりたいんだな?」

瞳を大きく開けた紫苑の唇がわななく。「でも、だって」と言い訳染みた言葉ばかりが、か細く唇から零れたが、ナルトはそれを無視した。


聞きたい事は一つだけだ。
生きたいのか、死にたいのか。


「言え」

瞳の青に射竦められ、紫苑の肩がびくりと跳ねる。ナルトの強く真剣な眼差しで心臓を貫かれたような衝撃を彼女は覚えた。
「…やっ…」

深く息を吸い込み、体内に酸素を取り込んで、心臓が脈打ち出す。張り詰めていた緊張も抑え込んでいた感情も耐え切れなくなっている紫苑へ、ナルトが更に追い打ちをかける。

「紫苑、お前の…」


巫女だからとか、世界が滅亡するだとか、そんな言葉を聞きたいわけじゃない。
運命だと諦めて、本心を言えないまま消えてなくなろうとする彼女を、ナルトは見たくなかった。昔の自分を見ているようで、嫌だった。


「お前の言葉で、お前の本心を言え」

その一言で、ずっと堪えてきたモノが堰を切って溢れ出す。
思考するよりもまず口から飛び出したのは、確かに彼女の本心だった。
「…や…いやじゃ…」
同時に我慢していた涙が一気に瞳から流れ出る。子どものように泣きじゃくりながら、紫苑は叫んだ。
自分の本心を。




「いやじゃ―――っ!!」

死にたくない。消えたくない。なくなりたくない。
生きていたい。
生きたい。





紫苑の心からの叫びを耳にして、ナルトがようやく口許を緩ませる。ふっ、と唇に浮かべた微笑は、本心を露わにした紫苑に対し、ほんの少しの憧憬があった。

紫苑を抱きかかえて、ナルトは宙を舞う。【魍魎】によって洞窟内は破壊し尽くされ、溶岩が溢れている。灼熱地獄という名に相応しいその場には、もはや何処にも足の踏み場が無かった。

ここで【魍魎】を完全に仕留める為に、無駄なチャクラは使いたくない。
だからと言って、空中に浮かんだままだと龍にとって攻撃の的でしかない。【魍魎】を完全消滅させるには、やはり先ほど紫苑を引っ張り上げた龍の根元を狙うのが一番だろう。



不意にナルトは【魍魎】の邪気にあてられた存在が大人しい事に気づいた。
【零尾】、否、黎明。
封印の祠、いや鬼の国に赴く以前からずっと体内で抑え込んでいた黎明が、今は静かだ。その理由が、紫苑の鈴の効果によるものだとナルトはようやく勘付く。
鈴の封印の力が黎明の暴走までも抑え込んでいるのだろう。今の黎明なら、ナルトの声が届くはずだ。


重力により自然と落下してゆくナルトと紫苑。
グツグツと沸き上がる溶岩が迫り来るのを目の当たりにして、紫苑がナルトに縋りつく。真っ赤に燃え盛るマグマの爆ぜる音と龍の雄叫びに、ナルトの微かな囁きが溶けて消える。

それは彼に抱きかかえられている紫苑でさえも聞き取れない、小さな声だった。
「力を貸してくれ…―――黎明」




刹那、真下で噴き上がっていた溶岩が陥没する。
マグマの海がナルトを中心に裂け、飛び散った飛沫が洞窟の壁を焼いた。


落下の恐怖でナルトに顔を埋めていた紫苑がおそるおそる眼を開ける。その瞳に、漆黒の羽根が、ふうわり、映り込んだ。
驚愕で紫苑は何度も眼を瞬かせる。彼女の視線を一身に受けるのは、ナルトの背中。




純白の羽織とは対照的な漆黒の両翼。それが、ナルトの背から生えていた。









真っ二つに裂けた赤い海の中心で、漆黒の翼をはためかせ、金の髪を靡かせる。
その光景は異様であり、そしてどこか幻想的でもあった。


妖魔【魍魎】の影響により、黎明の巨躯から生えた黒き翼。それだけをナルトが自分の中から外に出したのだ。
黎明の力を借り、黒い羽根を背中から生やす。両翼に仰がれ、溶岩が波打った。
大きく広げた両翼から放たれる強風が赤く燃え盛る水面を分断してゆく。ナルトの襟元に差し込まれた鈴が、りぃん、と美しく鳴り響いた。


ナルトと紫苑を接近させまいと数多の龍が長い首を伸ばし、巨大な口を開く。先ほどまでは取り込もうとしていた相手から恐怖を覚えたのだろう。数多の龍がナルト目掛けて押し寄せる。

それを軽やかに避け、溶岩ギリギリの位置を高速で飛ぶナルトに、紫苑はしがみつく。
特に内側から破壊されかけた紫苑に対し、【魍魎】は警戒して決して近づけまいとした。
その努力むなしく、龍の猛攻を掻い潜ったナルトは、目的地に辿り着く。

紫苑が呑み込まれていた【魍魎】の体内。混沌の闇であり、【魍魎】の肉体がある龍の根元。

妖魔【魍魎】の真上で、翼を広げ、ナルトは宙に浮かぶ。聊か不本意だ、といった表情で、彼は襟元から鈴を抜いた。
(本当はこの術を使うのは憚られるんだが…)
しかしながら、命中率、威力、周囲への被害を最小限に止めるに相応しい技は、現在思いつく限り、この術だけだろう。

ほんの一瞬の躊躇の後、龍の雄叫びに促され、ナルトは鈴を握った手を掲げた。その手の上で、鈴がナルトのチャクラを収束し、光を帯びてゆく。
紫苑もまた手を差し出し、ナルトの手の上に重ねると、鈴に力が集まってゆく感覚がした。



「紫苑。お前の気持ちを…」
ナルトと紫苑の重ねた手から光が溢れてゆく。

「思いを…」
ナルトに促され、紫苑は手中に意識を集中させた。鈴の放つ光が増す。


「―――心をこめろ」
ナルトのその一言で、紫苑の感情も思いも全てが決壊した。



運命に縛られていた事からの解放を望んで、紫苑の力が一気に溢れ出す。その力は鈴の中に吸収され、一抱えもある光の玉へと成長した。
ナルトと紫苑の手の上で大きく輝く光。その中心で、紫苑の母の形見である鈴が、昔と変わらぬ美妙な音を響かせる。


光輝く力を真上にして、ようやく危機感を覚えた【魍魎】の肉体が地の底からその姿を露わにした。数多の龍は単なる触手であり、それよりも遥かに巨大な龍が頭を出す。

祭壇を突き破って咆哮する【魍魎】は、先ほどまでナルトを喰らおうとしていた龍の百倍ほどの大きさの鎌首をもたげた。その様は、寸前まで紫苑を呑み込んでいた闇が口を開けて苦しげに悶えているようだった。

洞窟全体が揺れ動く。地中の胴体を持ち上げ、その場から逃げ出そうとする【魍魎】を、ナルトは冷たく見下ろした。

「遅い」



直後、急降下する。
黒い羽根を撒き散らし、【魍魎】の口から覗き見える闇へ、ナルトは紫苑を抱えたまま、落ちてゆく。

最期の足掻きとばかりに龍が触手を伸ばしてナルト達を払いのけようとしたが、光に触れた途端、じゅっと音を立てて弾けた。

眩い閃光が迸る。あまりの眩しさに紫苑が思わず眼を瞑ると、ナルトの背から生える漆黒の翼が彼女を守るように包み込んだ。

「―――【螺旋丸】!」



自分を守る黒き羽根の合間から、紫苑は聞いた。
巫女の長年の敵である妖魔【魍魎】の断末魔を。

紫苑を抱える手のぬくもりを感じながら、彼女は静かに涙した。ナルトの胸に顔をうずめる。
運命の呪縛から解き放たれた歓喜の涙と、【魍魎】の中に取り込まれていた母・弥勒との別れの涙を。

「母様…」








【魍魎】の肉体が光の中でチリヂリに崩れてゆく。同時に、衝撃で洞窟を支えていた岩盤が崩壊した。
洞窟全体が揺らぎ、天井や岩壁さえも溶岩の海へ落盤してゆく。

封印の祠のある岩山が砕け、その中から溶岩が噴出した。山のあちこちから勢いよく噴き出した溶岩は、黒煙を吐き散らす。みるみる勢いを増し、やがて山の頂から真っ赤な炎が飛び出した。
天を焦がすほどの大噴火により、封印の祠周辺は崩壊する。



真っ黒な噴煙に雑じり、漆黒の翼がひそやかに空を舞った。



















高く立ち昇る黒煙が朝焼けを灰色に染める。

その光景を呆然と遠くから見つめていた白と君麻呂は、自分達を安全な場所へと運んだ相手をじろりと睨んだ。
「何のつもりだ?」

封印の祠前の荒野にて、幽霊軍団の兵達と戦っていた白と君麻呂は、突如洞窟から感じた物凄い寒気により、気を失ってしまった。
その寒気はナルトの殺気によるものだったが、対峙していた数多の幽霊軍団が盾となったので、二人は気絶だけで済んだのだ。

そして気がつけば、封印の祠がある岩山から離れた場所で倒れていたのである。
自分達を祠の入り口から此処まで運んだ彼らを、白と君麻呂は訝しげに見やった。

何故なら相手は巫女の館を襲撃した、【魍魎】、否、黄泉の部下…つまりは敵である存在だからだ。
黄泉の配下である四人、その内の二人から、白と君麻呂は距離を取る。警戒態勢を取る白と君麻呂は、再び背後から聞こえてきた噴火の音で、ハッと顔を上げた。

「ナルトくん!」
「ナルト様!」


同時に叫ぶと、封印の祠があった岩山へと一目散に駆けてゆく。
自分達の事などすっかり無かったかのようにナルトがいるであろう方向へ走り去る白と君麻呂の背中を、彼らを安全な場所へ運んだ黄泉配下の生き残り――クスナとシズクは呆然と見送っていた。





もはや岩山というより火山と化した其処はもう、祠など見る影も無く、ただ濛々とした水蒸気だけが垂れ込めていた。勿論、白と君麻呂が相手にしていた幽霊軍団は欠片ですら残っていない。そもそも、ナルトの殺気により祠前の青銅の武人達は一つ残らず、崩れ去っていた。

自らの危険も顧みず、噴火する山の中へ突っ込もうとする白と君麻呂は、見知った人物に立ちはだかれて足を止める。その人物を見て顔を明るくさせた白とは対照的に、君麻呂は眉を顰めた。

「…再不斬さん!」
「そこをどけ!!」
自分を押し退けて火山へ行こうとする君麻呂を見て、再不斬は呆れたように苦笑した。


「相変わらず、ナルト以外には不愛想だな、おめぇは」
「いいからさっさと…ッ」
「そんな焦らなくてもアイツの凄さは知ってるだろーが」

それにほら、と再不斬はくいっと顎で水蒸気の向こうを示す。
白煙に映る人影を見るや否や、白と君麻呂が影目掛けて駆けてゆく。それを、やれやれ、と眺めていた再不斬もまた、内心は胸を撫で下ろしていた。


ナルトの無事に対してではない。妖魔【魍魎】を消滅させた事でもない。
そんなもの、ナルトなら完遂させると最初から知っている。

再不斬がほっとしたのは、自分と同じく鬼の国の遺跡で幽霊軍団と対峙していた少年少女達のお守から解放される事に対してだった。





ナルトの殺気による寒波で気絶した香凛・多由也・次郎坊・ドス・キン。

辛うじて気を失わずに済んだ水月と共に彼らを安全な場所へ運んだ再不斬は、真っ先に意識を取り戻した香凛によって、沼の国の祠にまで出向く羽目になった。

感知能力が高い香凛は先ほど感じた寒気がナルトの殺気によるものだと即座に察し、彼がいるであろう封印の祠目指して飛び出していったのである。
当然、恋敵である多由也も負けじと駆け出し、一応ナルトから纏め役を頼まれている再不斬もまた、沼の国へ行かざるを得なくなったのだ。


その結果、白と君麻呂に再会したわけだが、正直言って、この一癖も二癖もある子どもらの保護者になるのは御免だった。
とは思うものの、どうせ俺がこいつら纏めなきゃいけないんだろうな、と諦め半分に溜息をついた再不斬は、比較的大人しい次郎坊・ドスとキンを後ろに引き連れて火山の方へ歩き出す。

言うまでもなく、香凛と多由也はとっくにナルト目指して走り去ったし、水月は変わり果てた地形を楽しそうに見渡している。


改めて溜息をついた再不斬は白煙の向こうから徐々に姿を見せる影を認めて、眼を細めた。
「さて。出迎えてやるとするか…」







風が吹き抜けて一瞬の晴れ間に、噴火が止まった火山が見えた。
紫苑を抱えてゆっくりと地上へ降りる。足の爪先が地に触れ、地面に無事着地するや否や、ナルトは小さく囁いた。

「もういい、黎明…礼を言う」


そう呟くと、ナルトの背中から生えていた黒い両翼がすう…と消えてゆく。
空気に溶け込み、まるで最初から無かったかのようにナルトの背から羽根は無くなった。

何も生えていない彼の背中を紫苑は暫し興味深げに見つめたが、やがてナルトに未だ抱きかかえられている我が身に気づいて、ぼっと顔を赤くさせる。
「お、下ろしてくれ」

紫苑の言葉に応じ、ナルトは彼女をそっと地上に下ろす。足場はゴツゴツとした岩場だったが、紫苑はそれに気を悪くする事もなく、ナルトの隣に寄り添うようにして立った。

かつて封印の祠があった所を見下ろして何やら感慨に耽る紫苑に、ナルトは視線を火山に向けたまま、軽く肩を竦める。

「これで巫女様稼業も終わり、か…」
「…いや」
わざと明るい口調で話すナルトに、紫苑は頭を振って否定を返した。

「これからも巫女は続けねば。【魍魎】の中で気づいた。この世に妖魔を生むのは、人の悪しき心…第二・第三の【魍魎】が現れぬと誰が言えよう」


初めて出会った時とは別人のような晴れやかさで微笑む紫苑の眼を、ナルトはじっと見返す。やがて彼は紫苑の手をそっと取った。
だしぬけに手を握られ、動揺して顔を赤くした紫苑は、自分の手中でコロリ、と転がったソレに眼を瞬かせる。

ゆっくりと手を開ければ、そこには紫苑の宝物であり、母の形見でもある、あの鈴があった。
「ど、どうして…だってこれは、【魍魎】を倒すのに…」


【魍魎】を完全消滅させるに至って、ナルトと紫苑のチャクラが込められた鈴を用いた。故に、鈴は【魍魎】と一緒に消滅したはずだ。
それがどうして自分の手の中にあるのだろう、と戸惑う紫苑に、ナルトは事も無げに答えた。

「大事なもの、なんだろう?」


鈴が紫苑にとって大切なモノである事実にナルトは随分前から気づいていた。あれだけ肌身離さず身に着けているのだから、それはそうだろう。
だからナルトは、術を打ち込む寸前に、力を圧縮させて取り込んでいた鈴を咄嗟に手に戻し、鈴の中のチャクラだけを【魍魎】に食らわせたのだ。


まさかもう二度と眼にすることは叶わぬだろう鈴が手元に戻ってきた。

その事実に、暫し固まっていた紫苑は、やがて鈴をナルトの手へそっと返した。
思いも寄らぬ紫苑の行動に、逆にナルトのほうが僅かに戸惑う。不思議そうに眼を瞬かせるナルトに、くすり、と紫苑は微笑した。


「それはお前が持っていてくれ、ナルト」
「いや、しかし…」
「私は今まで鈴に頼り切っていた。自分の内なる力に目覚めた今も、これからも鈴が手元にあればきっと頼ってしまう。だから、ナルト…」

あえて鈴を手放すと語る紫苑の宣言を、ナルトはじっと聞き入っていた。
紫苑の真剣な眼差しを受け、ややあって頷く。

「それなら、預かっておく。立派な巫女になったら返しに行くよ、紫苑」


今でも十分立派な巫女だと思ってはいたが、それでは紫苑が納得いかないだろうと、ナルトは了承した。ナルトの答えを聞いて満足そうに眼を細めた紫苑は、改めて己の本心を告げる。

「もう運命を呪う言葉は口にせぬ…――巫女は我が使命じゃ」
鬼の国の巫女である事を嘆いていた最初の頃とは違い、紫苑は胸を張ってそう言い切ってみせた。


誇らしげに笑う彼女を眩しげに見やったナルトは、やがて背後から近づいてくる複数の気配を感じ、口許に弧を描く。

鬼の国で幽霊軍団の足止めを頼んでいた全員の気配を振り返りもせずに察し、内心安堵していたナルトは、紫苑の話を正直なところ真剣に聞いてはいなかった。
「そしてこの力は次なる巫女へと伝えていかなければ…どうじゃ、ナルト?」
「うん?」

急に話を振られ、わけがわからないがとりあえず返事したナルトの隣で、紫苑は若干頬を染めながら顔を俯かせた。
ややあって、思い切ったように頭を上げ、「お前、力を貸さぬか!?」と上擦った声を上げる。






期待が込められた紫苑の問いかけに応えたのは、二人の見知らぬ赤髪少女の冷たい眼だった。

「……へぇ~…」
「やけに大胆な発言してくれんじゃねぇ~か…」





危ないところでナルトと紫苑の間に割り込んできた香凛と多由也。
突然邪魔してきた二人に困惑した紫苑がナルトを探すと、彼は白と君麻呂に挟まれていた。しかも何故か耳を押さえられて何も聞こえないようにされている。

自分の耳を手で押さえる白と君麻呂を、ナルトは戸惑って交互に見た。
「白、君麻呂…何故俺の耳を押さえるんだ?」
「ちょっと雑音が…」
「それに今からとてもうるさくなりますので…」

いつの間にか自分の周りに、白と君麻呂を始め、再不斬・多由也・次郎坊・水月・香燐・ドス・キンが勢揃いしている事実を知って、ナルトは驚くよりも先に彼らの安否を再度眼で確認した。その間にさりげなく、白と君麻呂がナルトを女の修羅場から遠ざける。


現状把握が出来ず、ナルトは再不斬に視線を向ける。返ってきたのは、同情の眼。
三竦みになって睨み合う香凛・多由也・紫苑から立ち込める黒雲は、火山の噴火口から立ち昇る黒煙よりも黒く渦巻いていた。





牽制し合う女達の膠着状態は、封印の祠がある山の噴火に慌てた、紫苑の付き人である足穂が飛んでくるまで続いたのだった。
 
 

 
後書き
大変お待たせして、申し訳ありません!!
やっっっっと、ここまできました!あとは後日談的な話で映画編終わりです!お疲れ様です!!
今回、中二病満載な話で、すみません!正直コレやりたいが為に、百話でアイツ暴れさせたってもんです(←おい)。
実際の映画では、結構長い時間宙に浮いてたので、ここでは羽根生やしてもらいました(汗)
映画編、あともう一話、お付き合い願います!!よろしくお願い致します!!
 
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