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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第53話『合縁奇縁』

 
「大丈夫か、嬢ちゃん?」


颯爽と現れたその影は言った。
その右手には、粉々になった氷柱の欠片が掴まれている。
目の前に立っているのが男性というのはわかったが、うつ伏せの体勢上、顔までは視認できない。


「だ…誰だよ、キミは…?」

「お前か、この街を荒らしたのは。随分お疲れの様子だけどよ、ちょいと面貸しちゃくれねぇか?」


男性の声には、多分の怒りが含まれていた。きっとこの人も、ミライさんの様にこの街が好きなのだろう。
何にせよ、一応は助かったようだ。


「…人の質問に、答えてくれないかな?」

「おっと、そりゃ悪いな、順序間違えちまった。…俺の名はアランヒルデ、最強で最恐の男だ。でもって、王都騎士団団長さんだ」

「え…!?」


ユヅキはうつ伏せのまま息を飲む。
今、目の前に立っているのは、かの有名なアランヒルデなのだ。驚かない方がおかしい。


「…で、その団長さんが…何の用な訳?」

「言ったろ、街をこんなにした大罪で、ちっとばかしお前を連行したい。拒否権はねぇぞ?」

「そのくらいで、ボクを脅せるとでも…?」

「だったら少ーしくらい、乱暴に扱っちまうがいいか? 今、虫の居所が悪いんでな」

「ボクに敵うとでも・・・うっ!?」


アランヒルデがそう言うや否や、ヒョウが膝から崩れ落ちる。どうやら、アランヒルデがヒョウの腹に高速で拳をぶち込んだようだ。・・・全く、アランヒルデの動きが見えなかったけども。
そしてようやく、アランヒルデの姿を見た。特徴を挙げろと言われれば、迷わず"炎の様に赤い髪"と答えるぐらい、彼の赤髪は際立っている。


「この…!」


さすがに1発ではヒョウも倒れない。腹を殴られた反撃とばかりに吹雪を放つ。しかし、


「悪いが、そんな弱々しい吹雪じゃ、俺はもちろん、木の葉だって飛ばないぜ?」

「がっ!?」


アランヒルデに吹雪は通じず、またもヒョウは殴られてしまう。
それにしても、疲れてるとはいえ、ヒョウがここまで圧倒されるのは驚きである。戦ったから、拳を交えたからわかるのだ。彼は本当に強かった。なのに、


「おらよ!」

「うっ…!」


なす術なくやられる様子を見ると、苦戦していた自分が情けなく思えてしまう。


「観念するか?」

「ボクは王になるんだ…。こんな所で諦める訳には、いかない…!」


ヒョウが言い切ると、アランヒルデが感心したように頷く。そして言った。


「志があるってのは立派なことだ。でもよ、お前みたいな帝国主義者に誰がついていくと思う? 民の率いる器がない奴は、王とは呼べねぇな」

「…!!」


辛辣な一言だった。
ヒョウは唖然とした表情の後、静かに膝をついた。


「ボクのやってきたことは、無意味だったのか…?」

「さぁな。けど、少なくとも周囲に影響を与えていただろうな。お前のしたことは罪だ、しっかりと償って貰うぜ。だからよ・・・」


アランヒルデは一旦言葉を切った。そして、ユヅキの前から姿を消す。
急な事態に困惑していると、後方から声が聞こえてきた。


「だからよ、このウォルエナども、早く片付けてくんねぇかな?」


声音と共に、耳を塞ぎたくなるような肉音が響く。
振り返ることはできないが、複数の唸り声からも状況は何となく察せた。


・・・ウォルエナに、囲まれている。


「ったく、全く減らねぇなこいつら。早く撤退命令出せよ、ガキ」

「…ウォルエナは、ボクのことを見限ったようだ。わかるんだよ、ウォルエナは賢い。キミの言う通りさ。器が無いと判明し、剰え大陸の王になる夢を諦めた。そんな奴の命令なんか、彼らは聞かないだろうね」

「はっ、つくづく面倒いな、クソッタレ」


ガックリと項垂れて、戦意喪失しているヒョウ。
それに比べ、アランヒルデは臨戦態勢だろう、剣を抜く音が聞こえた。

無防備で、しかも周囲の様子が見れずに地面に突っ伏すのは、恐怖でしかない。
彼が全て倒してくれればいいのだが、もし逃げられでもしたらユヅキと、今はヒョウの命さえ危ぶまれる。
王都騎士団団長とはいえ、信じて任せ切ることは正直無理だ。


「けど、ボクは何もできないんだ…」


想うだけなら誰でもできる。
けど、身体が動かないんじゃ仕方ないというものだ。

きっと、何とかしてくれる。

目覚めた所かウォルエナの胃袋じゃないことを祈り、ユヅキは力尽きて目を閉じた。







「ヤバい、この状況はさすがにヤバい…!」


頭を抱えたいが、そんな気力もなし。
ミライの隣で壁にもたれ掛かりながら、晴登はただ自分の運命を呪った。

場所は大通りから少し離れた裏通り。
店もいくつか点在し、普段なら大通りまでとは言わないが賑わってることだろう。

しかし今回、そこで賑わうのは人ではない。


──今、晴登たちは、前方180°が多数のウォルエナによって埋め尽くされている。要は、囲まれているのだ。


「何でいきなり…!?」


先程までは、ウォルエナの足音1つ聞こえなかったというのに、どうして彼らは今になって集ったというのか?
ウォルエナは賢いらしいから、きっと考えがあるのだろう。理解したくはないが。


「ハルト…」

「…! ミライさん!」


途方に暮れていると、ミライから声をかけられた。
その声は弱々しいものだが、喋られるようになっただけマシだ。見ると、傷がかなり癒えてきている。


「厄介な状況だね…」

「俺はまだ、魔力が少ししか回復してないですし、これだけ多いとさすがに無理です」

「僕も動くのはちょっと無理だな。はは…」

「笑えないです!」


いや、満身創痍な自分たちに多数のウォルエナが群がるという絶望的な状況なのだ。むしろ笑うしかない。


「ユヅキは大丈夫なのか…?」

「他人の心配できるくらい余裕なの?」

「それは余裕じゃないですけど・・・てか、そのニヤけ顔止めてください!」


ウォルエナの前でコントを晒す晴登たち。無論、故意ではない。心配する気持ちは本物だ。
この場所からユヅキが戦っている場所まではそう遠くない。ウォルエナの別の群れが行かないとも限らないのだ。
尤も、そこにはヒョウがいるわけだが・・・。


「全く…晴登はユヅキのことしか考えていないのか?」

「違いますよ! ユヅキのことが心配なだけで・・・大体、ミライさんは何でそんな余裕なんですか?!」

「何でって・・・そりゃ、策があるからね」

「策…? それって一体・・・」


聞くよりも早く、ミライの指が鳴る。そして快音と共に、前方が眩い光に包まれて──爆ぜた。


「な!?」

妖精の罠(フェアリートラップ)。こんなこともあろうかと、予め仕掛けておいたのさ」

「おぉ…」


手際が良いというか何というか、どちらにせよ助かった。ミライの心配性に感謝しないと・・・


「ガルル…」


「やっぱ残ってた! 展開的にあると思ったけど! どういうことです、ミライさん?!」

「あれ、おかしいな。もしかして新しく来たのかな…?」

「だったら、さっきのもう1発!」

「言ったろ? あれは罠だ。もちろん使い切りの」


おい嘘だろ?
こちとら何回絶望味わったと思ってるんだ。神様不条理過ぎない? 理不尽過ぎない? 世知辛いのにも程があるよ?


「数は減ってますけど、勝てる気がしない…」

「うん。さっきの罠で、僕はせっかく回復した魔力を使い切っちゃったからね」

「あぁダメだ、俺はそれを責められる立場じゃねぇ…」


今のを含めれば、ミライには2度命を救って貰ったことになる。そんな恩人を相手に、これ以上何を押し付けられるだろうか。


「って言っても、俺がどうかできる訳じゃないしな…。せめて、もう少し魔力が回復すれば・・・」


悠長に構えていれば、ウォルエナたちはすぐにでも襲ってくるだろう。
だかさっきの罠もあってか、今は警戒しているようだ。この間に突破口を見つけないと。


「となると、弱ったところ見せたら襲ってくるって訳か。気を抜く暇もないな…。と言っても、策は尽きてるからジリ貧状態…」


猶予が有ろうと危機的状況に変わりはない。
ミライももう策はなさそうだし、これは本格的にマズいだろう。


「ここで誰かが助けに来るお約束展開ないのか!?」


助けに来る候補の1人、アランヒルデがユヅキの助けに入ったなど知る由もなし。
ありもしない話で、何とか現実を遠ざけたい晴登だった。


「ハルト、現実逃避は良くないよ。まだ諦めてはいけない」

「ですけども・・・」


今感じているのは、もちろん絶望。だからとても怖いし、泣きそうなくらいだ。それなのに涙が出ることはない。しないのではなく、できないのである。

積み重なった絶望で、もう涙は枯れ切っていた。


「諦めては、いけない・・・」

「そうだ、ハルト。君はヒョウとも戦った。今更あんな獣に怯むのかい?」

「…それ言われたらおしまいですね」


思わずふふっと、笑みをこぼしてしまう。
そうだ。自分は強大な鬼族と戦ったのだ。ウォルエナなんて、言ってしまえば雑魚同然である。


「でも、今の力じゃ敵わないと思いますけど?」

「だったら、数を増やせばいい。1人で立ち向かえないなら2人で、それでもダメなら3人で。協力することは弱さじゃない」

「俺たちは2人止まりですよ?」

「本当にそうかな?」


ミライが不敵に笑う。
その様子に疑問を抱く晴登だが、それはすぐに氷解した。


──目の前に、黒い影が降り立つ。


「……!!」


晴登は唖然とする。それは、目の前の人物があまりにも意外過ぎたからだ。


「何で気づいた?」

「僕には魔力が視えますからね。にしても、どうしてわざわざ助けに来たんですか?」

「はっ、当たり前なことを聞くんじゃねぇよ」


未だに後ろ姿を見せる影・・・もとい、男。
彼はぶっきらぼうな言い草で、ミライの問いに答えている。

そして、彼は言った。



「──俺は、うちの部下と客に手ぇ出して欲しくねぇだけだよ」



無精髭がよく似合う、時計屋主人ラグナ・アルソムが、そこには居た。







~数時間前~


「…頑張れよ、2人とも」

「ガルル…」

「おっと、お前のことは忘れちゃいねぇって。そう急かしなさんな」


あくまで楽観的な態度で、ラグナはウォルエナと対峙した。しかし、本心は決して穏やかではない。

ウォルエナが人喰いであるというのは周知の事実。つまり、ヒトとウォルエナを比べた時に、食物連鎖の関係でどちらが上かなど決めることができないのだ。故に、大人であろうとウォルエナにはビビるのは条理である。
では立場が対等な時に、一方が恐怖の感情に囚われてしまえばどうなるだろうか? 答えはシンプル、もう一方の勝利は確実であり、弱肉強食の強者に君臨できる。


「つまり、ビビってたらお前の胃袋行きなんだよ。そんなとこ、死んでも行きたくねぇな」

「ガル…」

「うちの部下には手を出させねぇ。大人の甲斐性見せてやるよ」


その言葉をキッカケに、彼我は1歩を踏み出した。
ウォルエナは相手を噛み殺さんと、ラグナは部下を守ろうと、互いに走る。


「ガウッ!」


ウォルエナは跳躍し、上方からラグナに飛びかかる。
勢いがあり、牙に刺さりでもしたら大怪我は免れない。


「けど、空中は無防備だって知ってるか?!」

「ガッ…!?」


ラグナの拳が牙のギリギリ上、ウォルエナの鼻にクリティカルヒットする。固いものが砕けるような音がし、吹っ飛ばされたウォルエナはそのまま動かなくなった。


「昔はやんちゃしてたからな、喧嘩にゃ自信があんだよ」


自嘲気味に笑い、ラグナは呟く。

結局、ものの数分でウォルエナを討伐してしまった。2人を逃がした意味も、あまりなかったと思われる。


「あーあ、面倒くせぇ。さっさと追いかけねぇと」


ラグナは2人が向かったであろう方向へ走り出した。







「・・・てな訳で、今までずっと捜してたんだよ。見つかって良かったぜ、ハルト」

「え、でも、途中でウォルエナには…?」

「遭ったぜ、何度も。全部ぶん殴って撃退したがな」


驚いた。ラグナにそこまでの戦闘力があったとは。確かに拳が血塗れである。
どんな魔法を使うのかは聞いてないが、そこまで素の力があるということは、ひょっとするとラグナはかなり強いのかもしれない。


「それにしても、やっぱり逃げてなかったんだな」

「え?」

「お人好しのお前らのことだ、すぐ逃げずに困っている人を助けていたと思ってたぜ」


図星とまでは言わないが、外れてもいない。

晴登の脳裏に妹に似た金髪の少女が浮かぶ。
元はと言えば、彼女を助けようとして、ユヅキとはぐれたことが始まりだった。そう思うと、人生って何が起こるかわからないと、改めて思わされる。


「ところで、ユヅキはどこだ? 無事なのか?」

「…確証はありません。けど、無事だとは思います」

「……色々あったんだな。わかった。急いでこいつら片付けて、ユヅキを捜そう」


苦い顔をして、ラグナは応える。
ほとんど娘のように感じているユヅキの安否が不明なのだ。仕方ないことだろう。

だが、ラグナの言葉には些か無茶が含まれていた。


「ちょっと待ってください、この量を1人で倒すんですか?!」

「あ? お前は今動けるのか?」

「いや、動けませんけど・・・」

「だったらそういうことだ。お前は休んでろ、ユヅキを捜すために」


晴登は何も言えなかった。ラグナの言う通りである。
自分には何もできない。ラグナを信じて任せるしか、手段がないのだ。


「…お願いします、ラグナさん。俺を、ユヅキを助けてください!」

「言われなくても!」


それからの事の顛末は早かった。

何十匹もいたウォルエナが、1人の男に続々と倒されていく。素手であるにも拘らず、ラグナは容易くウォルエナの脚を、頭を、胴体を破壊していった。
さすがに晴登も、その様子には唖然とするしかなかった。


「強い……」


その呟きは、自然と洩れていた。ラグナの強さを尊重し、或いはラグナへの尊敬の念を抱いて。


数分後には、血に塗れた拳を掲げるラグナの周りに立つウォルエナは、1頭もいなかった。







頭が痛い。身体が怠い。力が出ない。

だけど、思考だけは無駄に働く。

自分が意識を失ってから、どれだけの時間が経ったのだろうか。

思考ができるということは、死んではないみたいだ。

耳だって正常に働いていた。
誰かの声が、絶えず耳元で聴こえてくる。


その声に誘われるように、ユヅキはゆっくりと目を開いた。


「起きたか、ユヅキ?」

「ハルト……」


目を開けると、そこには晴登がいた。

同時に、薄暗い空も同時に見える。

自分は外で寝ていたのか。



「・・・で、何でボクはハルトに膝枕されてるの?」

「いや、ミライさんに言われたの! その方がいいって! 別に俺がしたいとかじゃない!」

「嫌々やってるの…?」

「あ、いや、そんな泣きそうな顔しないでくれ! 全然嫌じゃないから!」


晴登は焦るように弁明しているが、もちろん少しからかっただけである。
にしても、自分もだが晴登が無事で良かった。アランヒルデがしっかりと戦ってくれたからだろう。お礼を言わないと。


「ハルト、アランヒルデさんは?」

「アランヒルデさんなら、ヒョウを連れて城に戻ったよ」

「そっか…」


いないと言われても仕方のないことだ。何せ彼は王都騎士団団長。忙しいのは知っている。
きっと、ヒョウは逮捕という扱いだろう。もう会うことはないと思う。


「……全部、終わったの?」

「…うん。犠牲が多く出すぎたけど、ウォルエナは全て討伐されたよ。もう、終わったんだ」


それを聞いて、ユヅキは緊張の糸が切れた。大きく安堵の息をつく。


「ユヅキ! 起きたのか!」

「えっ!? ラグナさん、生きてたんですか!」

「バーカ、そう簡単に死んでたまるか。お前も無事そうだな。良かった良かった」


ホッとしたのも束の間、また驚かされてしまう。
いつの間にかラグナが合流しているのだ。でもって、安心したのか、いつもの調子で笑っている。


「ラグナさんはいつ合流したんですか?」

「そりゃあカクカクシカジカでな・・・」



「……ん!? ウォルエナを1人で!? そんな強かったんですか、ラグナさん!?」

「俺は目の前で見たけど、開いた口が塞がらなかったよ」


ラグナの武勇伝とも言える話を聞き、またも驚く。そろそろ驚きすぎでどうにかなりそうだ。


「ユヅキ、調子はどうだい?」

「ミライさん! はい、大丈夫ですけど・・・ミライさんこそ大丈夫だったんですか、あの怪我?」

「見られていたのか、面目ない。治療は済んでいるから大丈夫だ」

「そうですか…!」


晴登もラグナもミライも、そして自分も無事。
その事実だけで、ユヅキは泣きそうなくらい嬉しかった。


──ふと、その顔に眩しい光が降り注ぐ。


違和感だったのは、ヒョウと戦っていた時の日の方角と、今の日の方角が正反対だということだ。


「あれ、もしかして、これは朝日なのかな…?」


ユヅキは自分の仮説に冷や汗をかく。
もしこれが正解なら、自分は一晩中寝ていたことになる。
少なくとも、ヒョウと会った時刻頃には、日が真上に昇っていたから。


「そうだね。ユヅキはハルトの膝枕で一晩中寝てた訳だ」

「やっぱり・・・って、え? 今何て言いました?」

「街の復興にも、兵士が取り掛かっている。ユヅキが起きたのなら、とっとと避難場所に行かねぇと」

「無視しないで下さい・・・というか、何で先に行かないんですか!」


ミライもラグナも本調子。ユヅキを翻弄している。
おかげで安堵の息の次に、嘆息してしまうユヅキ。


「んじゃ、行くぞ」

「それじゃハルト、ユヅキを運んできてね」

「えっ、俺ですか!? ラグナさんの方が適任でしょ・・・ってあぁ、行っちゃったよ…。仕方ない、行くよユヅキ。背負って行くから」

「え?」


まだ身動きの取れない身体が、晴登によって、動かされる。そして気づいた時には、晴登の背中に乗っていた。

そのまま晴登は、ゆっくりと歩き出す。







「……ねぇ、ハルト」

「ん?」


歩き始めて数分、ユヅキから声がかかった。
背負っているため顔は見えないが、どことなく寂しさを醸し出している。


「ハルトとは……そろそろお別れなんだよね」

「…っ!!」


そしてユヅキの言葉を聞き、重大な事を思い出す。

そういえば、この世界に居られるのは3日間。即ち、時間にして72時間だ。でもって、今日は4日目。1日目の昼ぐらいにこの世界に来たのだから、帰りもきっとその辺りの時間帯。

つまり、あと数時間で皆と別れなければならない。


「ハルトの話を聞いて、どうしようもできないのはわかってる。でも、ボクはハルトと一緒にいたい!」


その言葉で、胸が締め付けられる。
そして、半端な気持ちでこの世界に足を踏み入れたのを後悔した。

友達が引っ越す、だなんてレベルではない。ユヅキとは親友と呼べるくらいの仲になってしまったのだ。
別れたくない気持ちは晴登にも存在する。


「……避難所に行ったら、俺は帰るよ」


それでも、悲しみを噛み殺しながらそう言うしかなかった。







「ハルト、調子はどうだ?」

「だいぶ動けるようにもなりましたし、心配しなくて大丈夫ですよ」

「そう言われても、ハルトは何度も死にかけてるし、心配だよ」

「ははっ、本当にミライさんには感謝してます。ありがとうございました」


避難所は学校の体育館の様な所だった。
床が一面に広がり、各々が好きなように座ったり、寝てたりしている。

晴登もその1人。今はラグナとミライと話している。
ユヅキもその場に居るのだが、一向に口を開こうとしない。仕方ないか…。


「そうだハルト、お前に渡したいもんがある」

「…? 何ですか?」

「ほらコレ」


そう言われ、ラグナから手渡されたのは1枚の封筒。
何かが入っているようだが、検討もつかない。


「ラグナさん、これは…?」

「給料だよ。お前は昨日の時点で雇用期間を過ぎてるし」

「あ、ありがとうございます…」


給料、ということはこの世界のお金が入っているのだろう。
申し訳ないが、貰ったところで元の世界に帰るから使い道はない。ただ、返すのはそれはそれで気が引けたから、素直に受け取っておく。


「……それじゃあ、これで帰ります」

「寂しくなっちまうな。でも、会いたくなったらいつでも来いよ」

「僕も、また君と会えるのを楽しみにしてるよ」

「はい、本当にお世話になりました」


思いの外、2人はすんなりと送り出してくれる。引き留められると困るから、逆に良かった。

立ち上がる瞬間にふとユヅキを一瞥すると、彼女は黙って俯いている。


「じゃあね、ユヅキ」

「……」


返事はない。

だが時間が迫っているため、待つことはできない。
どんな風に帰るのかはわからないが、急に消えたりしたら周りの人々が驚いてしまう。だから晴登は、タイムリミットまでに人目のつかない場所に行こうと考えたのだ。


「あと、1時間も無いだろうな」


そう呟きながら、晴登は避難所を出て、歩いた。

とりあえず、王都を出よう。そしたら辺りは森だし、人目にはつかないはずだ。


・・・いや、最後にあそこに寄っていこう。







「着いた…」


晴登の目の前にあるのは1つの一軒家。
それは見慣れたものであり、今までユヅキと過ごした家でもある。
晴登は1人で異世界の余韻に浸りながら、現実世界への回帰を待ち望んだ。

しかしその時、土を踏む音が耳に入る。


「──ハルト!!」

「っ…!? 何で、ここに…?」


晴登を呼んだのは、紛れもないユヅキだった。走って追いかけてきたのだろう、息が上がっている。彼女は膝に手をつきながら、呼吸が整うのを待たずに言った。


「まだ…お別れを、言ってないから」

「そ、そうか…」


どうせなら、このままさっさと帰りたかった。ユヅキの顔を見てしまうと、帰ろうという気が削がれてしまう。


「あのね・・・ボクと友達になってくれて、ありがとう」

「……っ!」


なぜこのタイミングでそんなことを。ダメだ、それ以上言うな。


「ボクと一緒に居てくれて、ありがとう」


そんなの卑怯だ。今、それ以上言われたら・・・


「ボクを守ってくれて、ありがとう」


守ったことなんて、果たしてあっただろうか。間違いなく、俺の方が守られてばっかだった・・・


「ボクと出逢ってくれて、ありがとう」


その時、晴登の頬を涙が伝った。

今まで、これほど正面から感謝の気持ちを伝えられたことはなかった。
胸が苦しい。何か、身体の奥から何かが昇ってくる感じがした。でも、言葉で言い表せない。


「だからね、ハルト・・・」

「……?」

「ボクに構わず、行って。待ってる人たちが…いるんでしょ?」


ユヅキの声も震えていた。見ると、涙を流しながら、必死に笑顔を作ろうとしている。

そうだ。決めたじゃないか。別れる時は笑顔でいようって。自分も、目一杯の笑顔を返さないと。


「…それじゃ改めて。じゃあね、ユヅキ」

「うん。さよなら…ハルト」


その瞬間、晴登の身体がだんだんと光に包まれていった。

なるほど。そういう帰り方なのか。

1人納得して、晴登は光に身を預けた。



「……っ!」

「…ユヅキ?!」


意識が飛んでいくかと思った刹那、ユヅキに抱擁される。
すると彼女は涙目のまま上目遣いに、


「……最後に、これだけは言わせて」

「え?……っ!?」


その時、ユヅキの唇と晴登の唇が重なる。柔らかい感触が印象的だった。

互いの涙が交わり、互いに笑みで心が満たされる。



「大好きだよ、ハルト」



ユヅキの最後の言葉が、強く胸に刻まれる。

そしてそのまま、晴登の意識は遠い彼方に消えた。





* * * * * * * * * *

「ん……」


目を擦りながら、晴登は身体を起こした。
その身体は懐かしの我がベッドの上にあり、視界に映るのも自室の風景である。


「帰ってきたのか…」


長い長い3日間が、ようやく幕を閉じた。
ベッドの上で朝日を浴びながら、晴登は大きくため息をつく。


「さすがに、キツすぎるだろ…」


身体の奥底に渦巻くやるせなさ。例え夏休みだろうと、遊ばずにずっと寝ていたいぐらいだ。


「……起きるか」


ウダウダ言っていても、戻ってきたのだ。今日は平日だったと思うし、学校もあるはず。
さすがに体感時間で3日間も異世界で過ごしたから、人との会話に齟齬が生まれそうだが・・・


「……ん? 何かやけにベッドが狭いな」


ベッドで伸びをしてると、ふとそう思った。
3日間違う寝具で寝ていたから、勝手が変わるのは当たり前だが──違う。


「一体、何が…?」


晴登は自分の隣の、やけに布団が膨れている所を見る。恐らく、狭いと感じた原因はこれだろう。


「……ごくり」


息を呑む晴登。異世界から帰ってきて早々、嫌な予感しかしない。しかし、事態は目の前で起こっているのだ。確かめずして……どうする。


「ええい、ままよ!」


晴登は恐る恐る且つ大胆に、布団を捲りあげる。そして、謎の物体の正体に目を疑った。



「ユヅキ…!?」



静かに吐息を立てて眠る、銀髪美少女ユヅキの姿がそこにはあった。
 
 

 
後書き
人と人とはあらゆる『縁』で繋がっている。それが今回のタイトルの意味です。

体育祭編を超える話数は無理だと言っていたいつか。まさか、本当に超えるというのは予想外でした。
今回をもって、異世界転移編は終わり(仮)となります。ようやく次回から、日常に戻れそうですね。
……え? 最後に不思議な描写があるって? ははっ、知りませんね(よそ見)。

異世界編終わって残念ですが、元々この作品はそういうものではないんでね。学校系だからね。どうして異世界行ったのかな…?(謎)
まぁ、余裕ができれば、別に異世界中心小説も書きたいところです。

さてさて、50話も超え、長く苦しい戦いだった異世界転移編。このくらいの大ストーリーは今後現れるのか!
ぜひ、お楽しみに。では! 
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