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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
  弱きは言い訳にならず

新しいプレイヤーアバターが登場する際の独特のエフェクトに、ファナハンは珍しい、と思ってしまう自分に気付き、自嘲的に口許を歪めた。

影妖精(スプリガン)の総人口は、ALO九種族の内でダントツに少ない。

別に、造り出されるアバターが総じてブサイクだとか、そういう低俗な理由ではない。

弱い。

それ以上でも、それ以下でもない。

スプリガンが得意とするのは幻惑と宝探し関連。

幻惑は、主に惑乱魔法と支援魔法がふんだんに使える音楽妖精(プーカ)にお株を奪われ、トレジャー魔法も冒険の際の便利グッズ扱いだ。

ゲーマーというのは、おしなべて効率主義なものだ。そりゃ確かに見た目やカラーリングで選ぶバカもたまにはいるが、それにしたって進んで不便な道を選ぶヤツはいない。

いてもいなくても気にされない。気にされない現実も、もはや気にしない。

それが、スプリガンの現状なのである。

「…………」

ミシリ、とスプリガン領主の握りしめた拳が鈍い音を立てた。

スプリガンを選ばなかった数多のプレイヤー達に、怒りを向けるのは筋違いだ。逆の立場ならば、自分だってこんな底辺の種族などなりたくはない。もっと堅実で手堅い――――それこそ、属領者の数ならばALO最大規模の猫妖精(ケットシー)にでもなるだろう。

プレイヤー数が増えなかったら、横の繋がりも広がらない。

普通、種族の首都といえば、プレイヤーから上納された《税金》をもとに、勢力の拡大や他領――――鍛冶妖精(レプラコーン)などと大規模な交易を行うものだ。だが、ただでさえ少ない属領者を手放せないスプリガンでは、無理な税率アップは自殺行為になる。ゆえに、一般が喜ぶような大々的なイベントも興せないという、負の連鎖が発生しているのである。

―――これが状況の打破に繋がれば……。

天空を点々と埋める飛竜。そして、シナルを囲む森の木々の合間からこちらを射抜く巨狼の瞳。

それらを視線を巡り見ながら、ぼんやりと男は思う。

彼らに向けるこの怒りが、理不尽なことは分かっている。

分かっているが、思わず叫びたくなるのだ。

この差だ。

首都に引きこもるスプリガン。それを取り囲むケットシーご自慢の陸空軍。

まるで両者の有様を写した風刺画のようではないか。

皮肉めいた思案を打ち切り、ファナハンは再度空中をゆっくり降下してくる新米プレイヤーを見守った。

こんな修羅場の最中に生まれるなんて、これはまた出ていくかな。

そんな自虐を思う領主の目の前で、首都(シナル)の唯一の名所である《アクシス・ジグラート》の天頂部に降り立つ新人。

夜、環境光(ガンマ)がなくなってくると自動的に灯されるかがり火に照らし出されたそのプレイヤーは、小柄な女性(F型)だった。リスのように人懐っこそうな丸い顎のラインに大きな瞳。ゆるく結われたセミロングの黒髪に、見るからに初心者という装備から、どこか小動物のような守ってあげたくなる系の匂いを醸し出していた。

ここは領主として、俺が声をかけたほうがいいのか、とか考えていたファナハンだったが、しかしその思考は思いもよらぬ方向からブン殴られることになる。

なぜなら、しばし天頂部できょろきょろと周囲を物珍しげに見回していた少女は、飛行するケットシー指揮官を見つけて叫んだのだ。

「お、小生が一番でござるか!!?やったー、いえーい!!ヒスイさーん、入れましたよー!!」

そう、嬉しげに。

勝ち誇ったように。










「…………………………………………………………………………………ぁ?」

一瞬、自分の半分くらいの背丈の少女が言った言葉が分からなかった。

いや、分かろうとしたくなかったというのが正しいかもしれない。なぜなら、その時ファナハンは、薄々彼女らが何をしようとしているのか――――どうやってこのちっぽけな種族を潰そうとしているのか、そのえげつない手段が理解できたような気がしたのだから。

理性ではなく。

理屈ではなく。

本能で、嫌な気配を感じた。

だがありえない。この首都、シナルの領地内にいる限り、スプリガンのHPは減らない。たとえ内部から暴動でも起こしても、それこそその辺の一般プレイヤー一人でも取り押さえられる。そしてそれに外で待機しているフェンリル、ドラグーンが介入しようものなら、この場は収められても結果的にはファナハンの願う通りになる。

すなわち、ケットシーの各種補正値への運営の介入。下方修正がかかろうものなら、ヤツらの根底を支えている二つの軍は瓦解する。

そうすれば、今のスプリガン絶対弱者のパワーバランスも揺らぐはずだ。

―――そうだ……だから、だから大丈夫だ。何も問題はない。

改めて目的を想起し、自らを奮い立たせる。

だが、同時にスプリガン領主は感じていた。その背に流れる液体が、冷や汗に分類されることに。

はたして、その懸念は現実となった。

シュッ、シュワッ。

軽い音。

その音が、死神の振るう大鎌の風切り音に聞こえるのは気のせいだったのだろうか。

やかましい新人、その真上。

追随するように、折り重なるように、幾つもの転移光が沸き起こった。

―――増……い……ん?

思考が途切れたのには訳がある。

その、新米プレイヤーの誕生を祝福するエフェクト。それが、重なりすぎて夜のシナルの街を真昼のように染め上げたからだ。

「………な」

まるでそれは、封を破ったかのようだった。

とんでもない、という言葉でもまだ足りない。凄まじいまでの人数が、宙空から吐き出され、遥か下――――ジッグラトの天頂を目指し、落下していく。

処理が追いついていないのか、ところどころで描画テクスチャが不気味にラグる。

―――なん、だ?

「何を……何をしたいんだ!お前達はッッ!!」

思わず、口をついて出た叫びに、明確な返答はなかった。

返されたのは、笑み。

ギヂリ、と。

口角が裂け、焼け爛れたような愉悦の嗤いが、遠く圏外の空に滞空(ホバリング)する狐耳の女性の顔に浮かぶのが分かった。

女性は言う。決して彼に投げかけることのない言葉を。

だがまさしく、彼の疑問に答える形で。

「おー、サクラ。相変わらずおもろい口調やねぇ。ほなら約束通り、あんさんがやってええで」

「やたっ!ラッキー!」

ぴょんぴょんと元気よく飛び跳ねた少女は、その流れでウインドウを出し、何事か操作をし出す。

その様子を呆然と見ることしかできないファナハンに、そこでやっとヒスイは声をかけた。

「あぁ、別に特別なことはせぇへんで。……そやなぁ――――」

ぞぅ、と。

何度目かの悪寒が、背筋を這った。

言葉にされたら、現実になってしまうと言うかのように。

「今日って――――」

やめろ。

言うな。



「選挙の日やったよな?」



その言葉を皮切りに、幾つかの出来事が同時に起きた。

まず、シナルの街並みを照らし出す街灯やかがり火といった光源が、一斉にその明度を落とした。それとほぼ同時、NPC楽団が奏でる牧歌的なBGMが突如勇ましいものに変わり、どこからともなくファンファーレのような、どことなく王者に挑む挑戦者(チャレンジャー)に送る讃美歌にも聞こえるサウンドエフェクトが鳴り響く。

これを――――この現象を、ファナハンは知っている。

少なくとも、今この場にいる誰よりも。

これは、選挙立候補者が出現した際の、より正確には立候補シークエンスが完了した合図だ。

今この瞬間、次期領主選挙に、ファナハン以外の立候補があったことの宣言なのである。

「き……さま……!まさかッ!」

激昂とも、蒼白とも取れる何とも複雑な表情を浮かべる男を鼻で嗤い飛ばし、遥か彼方をゆるやかに滞空し続けるヒスイは口を開く。

「おんやぁ、どしたんその表情は?まさかずぅっと選挙が自分以外手を上げない独り相撲状態が続くとでも思ってたんけ?だとしたら、ちっとばっかし先見の明ゆうのが足らんと違うか?」

ふぅ、と。

狐耳の女性は、煙管から吸った紫煙をゆるゆると吐き出した。

常とは違う、ペールグリーンの煙は夜気を独特な軌跡を描いて漂って、消える。

その切れ長の瞳の先では、雪崩のように湧いて出た、大量のスプリガンのサブアカウント持ち達が、一様に同じウインドウを開いているところだった。

その様子を見、愉しげに目を細めながら、麗人は言う。

「まぁ、そないケンケン言うなや。残り二〇分弱……、あんさんの《信頼》とあてらの《数》、現実的なのはどちらか勝負ゆうだけの話やで」

それは、投票ウインドウ。

たとえ本アカではなく、たった今取ったばかりのサブアカウントであろうが、スプリガンとして生まれた以上、領主直々に追放されない限りは属領者――――選挙権、つまり清き一票を投じることはできるのである。

彼女らは、ウインドウ内に新たに表れたアバター名をクリックする。

傀儡の王を祭り上げるために。

「――――ッッ!!!?」

「……あんだけご大層なことしでかすくらいや」

首を傾け、ヒスイは宣言するように、宣伝するようにこう言った。

「自分トコの領民の心くらい、掌握してるよなぁ?」

もはや確定だ。

彼女ら――――ケットシーが、今回スプリガンを種族ごと潰すのに用いた手段、そのえげつない様相が。

総選挙。

各領で一斉に領主立候補者の中から、属領者によって次期領主が決定される一大イベントだ。一週間に渡る投票期間の後、システム的な開票によって一瞬で領主が決まる。

そこに、ケットシーは強引と言う他ない手段で立ち入った。

大量の領民に新規(サブ)アカウントを作らせ、新たにスプリガン領民としてダイブさせ、新たな領主を立候補させるという。

まさしく、大種族だけに赦される強力無比な一手。

これに対抗できる手を、ファナハンは咄嗟には思いつかない。

領民として誕生する以上、シナルの街中にいる限り領主自身にも手出しはできない。彼女らのHPは、システム的に保護されているのだから。

そしてケットシー側に、完全な傀儡の領主を入手されるということは、スプリガンにとって、マズいなんてモノじゃない。

それこそ、スプリガンという種族の存亡がかかっている。

領主の特権は多岐に渡るが、その中には税率変動権もある。領に属するプレイヤーが戦闘に勝利した際に得る(ユルド)の一部を自動的に税として巻き上げる納税システムだが、ただでさえ少量でも常から不満の声があるそこに、好き勝手に手入れされたら、誰もスプリガン領に残る道を選ぶはずがない。

それこそ、属領者が一人もいなくなる、なんて最悪なシナリオだってありうる。

立ち尽くすファナハンの頭上。

ジックラドの天頂部に、縦だけで十メートルは超すかもしれないほどの特大ホロウインドウが浮かび上がった。

他に立候補者が上がることなどほとんどない。それゆえにファナハン自身でさえ片手で数えるほどしか見たことない、選挙戦の票の推移を記す特大ウインドウだ。立候補者のアバター、その胸から上(バストアップ)画像が大きく張り出され、その下にごてごてしたフォントで獲得票が表示される仕組みだ。

ファナハンの獲得している総票数は、三千五百二。無論、投票そのものをしていないプレイヤーもいるが、それにしても過去有数の獲得票だ。

そして対する、ヒスイにサクラと呼ばれた少女の顔写真の下の数字は――――

既に、四桁に昇っていた。

「く、そッ!」

「おーおー、結構票獲ってるやんか。口だけやなかったそうやなぁ、領主君?これやったら、あてらが用意した二千五百人じゃ、ちと足りんなぁ」

その言葉に、ファナハンの視線は再度ジックラドの上空へと向かう。

さきほどまでひっきりなしにアバターを吐き出していた湧出エフェクトは、すでにそこまでない。点々とアバターを吐き出しているだけだ。

―――票数が及ばなかったら、後十五分で再び俺が領主に固定されるッ!そうなれば、来期の選挙戦まで領主の座は揺るぎはしない!!

追い詰められた鼠が、僅かな希望に口角を引き上げる。

だが、彼は知らない。

ケットシーが、()()()()()()()()()で勝算をつけているはずもないことを。

「そんじゃ――――第二陣行こか」

「…………………は?」

ヒスイの言葉が耳に届くまで、いったいどれだけかかったろう。

彼女は嗜虐的(サディスティック)な笑みを口元に湛え、くるりと上機嫌に煙管を回す。

「いんやぁ、あんまり一度に入らすとサーバが心配やろう?だから、全部で四分割したんやけど。どうや?優しい配慮やろ?」

言うや否や、彼女は傍らに控える執政部のプレイヤーと思しきアバター達に目配せする。

彼女らはあらかじめ開いておいた大量のウインドウに対し、ホロキーボードを使ってタイピングした。

その数秒後。

再び、溢れんばかりの光が降り注ぎ、人の波とも形容できる大洪水が上からバケツをひっくり返したように出現した。

その数は、先刻の第一波に負けずとも劣っていない。

数字の上での優位性は、あっという間に剥ぎ取られた。

「――――ッ」

ずしゃ、という音が、力の抜けた膝が石畳の地面と接触する音だと理解するのに、ファナハンは五秒ほどかかった。

視界が狭窄する。

ノドが変な風に震えている。

頭は、正常な反応を返してはいなかった。

だが、それでも現実はどうしようもなく厳然と、そして冷然として進行する。

異常な心拍数に、装着しているアミュスフィアが警告音を鳴らすが、それさえもファナハンはどこか遠い音のようにくぐもって聞こえた。

――――だが。

それでも、彼はまだ、あきらめてはいなかった。

「まだ、だッ!まだ、手はあるッッ!!」

血の吐くような叫び。

しかしその瞳は、まだ焔を宿している。

スプリガン領主は剣のように鋭く左手を振り、領主専用の巨大なシステムメニューを出現させた。無数のウインドウが階層を成し、光の六角柱を作りだしている。

ファナハンは血走った眼でその中から一枚のタブを引っ張り出し、古参らしい素早いスピードで指を走らせた。

「舐めるなよ。投票の結果が発表されるその瞬間まで、領主権限は俺にある!領主が持つ権利は、何も税率の上げ下げだけじゃない。領民の追放権だってあるんだ!傀儡の領主を生まれさせるぐらいならば、その前に脱領者(レネゲイド)として追放すればいい!!」

脱領者――――領に属することなく、自由奔放を貫く彼らは当然の如く選挙戦には立候補できない。

それも当然だ。税を払うこともなく、どころか他領の者に手を貸すヤツらが上に立つなど、あってはならない。

激甚の感情に顔を歪める男は、ギヂリと奥歯を噛みしめる。

―――そうだ。あの《矛盾存在(アノマリー)》のように、その腕を種族に捧げないヤツなど……!!

噂では、あの世界樹のグランド・クエスト攻略にも関わっていたと言われている、とある黒尽くめ(ブラッキー)野郎を思い起こしながら、ファナハンは出現した属領者リストをスクロールしていく。

―――どこだ!?あの立候補したクソッタレをさっさと追放すれば、まだ間に合う!!ケットシーの企みは費えるんだ!!

追い詰められた者特有の、ガチガチに強張った顔でアルファベットの羅列を追う領主の耳に、悠々と煙管を吸う狐耳の麗人の声が入ってきた。

魔法によって不自然なまでにクリアに聞こえるその声は、いっそ突き刺すようにこう言った。



「やらせると思うたか?」



「…………なッ!!」

その言葉の内容が正常に脳で処理される直前、ファナハンは血を吐くような呻き声とともに手を止めた。

否、止めざるを得なかった。

なぜなら、領主のみに閲覧可能なシステムメニュー。そこに浮かび上がったスプリガン領に属するプレイヤーリストには、同じ綴り、同じ文字でびっしりと、こう表記されていた。

【Lenhoh】

憎いまでのケットシーの英雄の名前が、そこにはあった。

その数、数千人以上。

表情を歪めることも忘れ、両手を変な位置で浮かしたまま硬直するファナハンの精神を「あっははは!」という悪魔の嗤いが抉り取っていく。

「ウチの隊長の名前を借りたんは、さすがに格好つけすぎたか?割と良い案やと思うんやけどなぁ。なぁ、領主サマ?どーぞ追放してとくれやす、確かにそん中に当たりがおるで。ただし、時間に気ぃつけや。残りは十分もあらへんよ」

「ばッ……ぐ……っ」

「しかもそんリストは、現在進行形で更新され続けてる。あんさんがいくら追放したところで、どこまでしたかを物量で忘れさせるで」

今この瞬間も次々と現れては投票ウインドウを開き、清いとはとても思えない一票を投じていくプレイヤー達を見やり、ファナハンは歯噛みした。

投票が終わり、暇になった者達はお祭り騒ぎだ。

ヒスイにサクラと呼ばれた立候補者の少女を中心に、思い思いふざけたように騒ぎまくっている。

小生が領主になったら、オトコ同士のユージョーを育ませる政策を実行するでござるぅー!と、酒でも飲んでいるんじゃないかと思うぐらいハイテンションでコブシを振り上げる少女に、ギャラリーの女性達が魂の雄たけびを上げていた。

周囲の謀略など気にかけない。ある意味ではのんびり屋で気分屋なケットシーらしいそのバカ騒ぎに、怒りを通り越して怨念めいた殺意のこもった瞳をファナハンは向ける。

だが、その光景に口を挟んだとしても彼女らは止まらない。

きっとその言葉そのものを乱痴騒ぎの一つとして環の中に取り込んでしまう。

―――そもそも、アイツらにはダメージを与えられない以上、暴力に訴えるのは意味がない。……?意味が、ない……?本当にそうか?

ふと、ファナハンは気付く。

確かに今こうして悩んでいる間にも時計の針は正確非情に動き続けている。だが、それでも彼の頭は焦燥を抑えることに成功していた。

なんだかんだ言っても、彼も領主。立派な古参の一人である。

くぐった修羅場ならば、そんじょそこらのプレイヤー達とは一線を画している。焦る時ほど冷静に、スプリガン領主は基本にして真理を実行していた。

数秒間黙考していた男は、弾かれたように顔を上げ、傍らに控える執政部の面子に齧りつくように叫んだ。

「押し出せッ!いくらダメージがないとはいえ、ノックバックまで完全にシャットアウトはしていない!剣やら槍やらで圏外までド突きだして、HP全損させれば――――!!」

だが。

頭の隅っこ。冷静な部分はこの結論に、否を唱えていた。

そもそも、HPを全損させ、死亡させてもどうなるのか。ここはゲームだ。全損させられたプレイヤーは、蘇生魔法待機時間(リメインライト)の状態を経て、再びこのシナルの街の蘇生ポイントで復活するだけだ。どのタイミングで開票され、領主権が移ったとしても、全損させて揺らがすことは不可能だ。

だけど。

しかし。

それを分かっていても、彼らはもう止めることなどできない。

そこにしかもはや活路はない。自らで自らを自縄自縛し、泥沼に突っ込んでいく。

これまで状況に流されるままだったスプリガン幹部の面々も、狂的なまでの領主の指示に後押しされる形で各々の得物を構えだす。

「――――うんうん」

その光景を、文字通り高みの見物をする女性は、ただ頷いていた。

煙管の紫煙をうまそうに吸い、そして吐き出し、彼女は言う。



「そう来ると思ってたわクソ野郎」



その言葉尻が、空気に溶け消える寸前。

ゴッッ!!と。

二つの影が、シナルの街を取り囲む樹林の枝葉の合間から高速で飛び出した。

その《二人》は敷地内部の勢力分布を一瞬で把握すると、運動エネルギーの向きを変えるためだけに瞬間的に翅を出し、大きく旋回して再度領地上空へと侵入する。

すでに標的は定めてあった。

誰を、ではなく、場所を、という範囲で。

ケットシー勢とファナハン達幹部陣の、ちょうど中間地点。一般のスプリガンプレイヤーには被害の及ばない辺りへと、()()()は躊躇なく最高速で突撃していく。

ケットシーとは関係ない、ALOでも有数の《個》

献ぜられた二つ名は、《炎獄(テスタロッサ)》と《暴虐存在(ランペイジ)

全の役割を個で賄える彼女らは、ただ地上に降り立った。

ただし、それが亜音速で行われたらどうなるか。

音が、消えた。

それは隕石の直撃のように、スプリガンとして降り立っていたケットシー達に襲い掛かる幹部たちを、冗談みたいな勢いで紙のように薙ぎ倒した。

ただ、降り立つ。

それだけで敵対戦力をゴッソリと削り取っていく。破壊不能(イモータル)属性が付与されていない、細かい小物が破砕される音を辛うじて鼓膜が捉える。

身体中に不快なショックを叩きつけられ、幹部陣がロクに立ち上がることもできない中、どうにか衝撃を耐えきった領主ファナハンは、琴を爪弾いたような、凛と張った声を聴く。

「おや、もう終わりですか?」

もうもうと立ち込める土埃エフェクト。

それを割るように現れたのは、炎のように真っ赤な緋袴に紙のように真白な白衣。それに似つかわしくないほどの、大振りの大太刀を腰に携えた闇妖精(インプ)だった。

彼女は束ねた艶やかな黒髪を軽く振り、周囲を見回しながら優美な柳眉を寄せる。

「いやいや、冒険から離れて内政ばっかやってる幹部なんて、どこでもこんなモンじゃねぇか?上等なのは鍛え上げたご自慢のスキル値くらいだろ」

それに軽い調子で答えたのは、どこかの民族衣装のような、長い薄い布を体に巻き付けたような、ゆったりとした踊り子の衣装のような装備をチョコレート色の肢体に羽織る土妖精(ノーム)の女性だった。

「お前、らは――――ッ」

「んん?おー、お前が領主か?あっはっは、なんだその恰好!めちゃくちゃキリトに似てんじゃんか!なんだ、あいつのファンか何かか!?」

「人の恰好以前に、あなたの装備も結構だと思いますけどね。何ですか、それ。もう色々と痴女(アウト)じゃないですか」

「あぁ!?痴女とは聞き捨てならねぇな!この格好はアタシ独自のシステム外スキルに都合がいいから着てるだけだ!合理的な理由があるんだよ!!」

「独自……?柔法の開祖はあなたではなかったという記憶があるのですが」

「違う違う、柔法じゃねぇって。人から教えられたスキルだけでなれるほど、六王は甘くないよ。あたしは、あたしだけのシステム外スキルを見つけてんの」

砕けた調子で掛け合いを繰り広げていた二人は、そこでやっと本筋から脱線していると気付いた。

おほんと一つ咳払いし、ノームの大隊を単独で返りうちにした伝説を持つ女性は軽い口調は改めるつもりはないのか、そのままの調子で言った。

「まぁ、そういう訳だ。あたしだって、ガラにもない説教なんてガキんちょにブチかました直後なんだ」

「それを言うなら私もですよ。結構な人数を動員されたにも関わらず、いまだに捕まっていないあの迷子にいい加減、怒りを通り越したモノを感じていたところです」

だからまぁ、と二人は言った。

絶対的な強者は、言った。

なんてことはない、いつもの口調で。

「「ちょっと八つ当たりさせろ」」

弱者がいかに細々とした策を弄したところで意味はない。

あまりにも強固なパーソナリティを持った正真正銘の怪物は、精緻な舞台全てを破壊して君臨する。 
 

 
後書き
この対決の中、ヒスイさんとファナハンくんの表情描写が悪意たっぷりなのは仕様です。というのも、ファナハンくんの表情を見る時はヒスイさん視点、ヒスイさんの表情が描かれる時はファナハンくん視点と、両極端なんですよね。
まぁつまり、ニタリと笑ったり、ギチリと口端を持ち上げたりしているのは、二人の主観的な要素がある、と。ここら辺はひぐらしのL5とかを挙げれば分かりやすいかと思います。 
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