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ひょうすべ

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第一章

                           ひょうすべ
 山本隆は子供の頃お婆さん、近所の百歳になろうかという人にこんなことを言われた。
「頭は禿げてて身体は毛だらけで」
「それで顔はお爺さんみたいな感じ?」
「それで身体は子供みたいに小さいんや」
「それがひょうすべなんだ」
「河童か何かの仲間でな」
 ひょうすべという妖怪についてだ。お婆さんは隆に話したのである。
「そういう妖怪がおるんや」
「ふうん、そうなんだ」
「川辺におって笑いながら来るんやで」
「何で笑ってるの?」
「さあ。何でかなあ」
 どうしてひょうすべが笑っているのかはお婆さんも知らなかった。しかしだ。
 そのひょうすべの笑いについてはだ。お婆さんはこう言うのだった。
「それでもな。あんたはその時笑ったらあかんで」
「ひょうすべと一緒に?」
「そや。人が笑ってるとつられて笑うやろ」
「うん、そうなるよね」
「けれどひょうすべにつられたらあかんのや」
 こう言うのである。
「絶対にな」
「笑ったらどうなるの?」
「物凄い病気になるで」
 そうなるとだ。お婆さんは隆に話す。
「もう何日も布団から出られへんようなな」
「そんな病気になるんだ」
「そや。そやからな」
「ひょうすべと一緒に笑ったら駄目なんだね」
「それは気をつけや」
 こうした話をだ。彼は子供の頃お婆さんに聞いたのである。これは遠い遠い昔の話だった。隆はそれから大人になったがこの話を忘れてはいなかった。その彼がだ。
 仕事仲間達とドライブに出た。その中でだ。
 その仕事仲間の一人である結城雅道がだ。車を運転する彼にこんなことを言ってきた。
「これから行く山の中にはな」
「うん、何かあるのかな」
「凄く奇麗な川があるんだよ」
「ふうん。川があるんだ」
「それが凄く奇麗でね」
 雅道はこう隆に話す。
「一度見てみたらいいよ」
「そうなんだ。それじゃあね」
「今から行くかい?」
「ついでだからね」
 行くとだ。隆も雅道に答えた。
「そうしよう。山の中の小川っていうのもね」
「いいものだよね」
「うん、風情があるよ」
 隆は車を運転しながら微笑んでいた。そのうえでの言葉だ。
「だからその話を聞くと」
「行きたくなったね」
「かなりね。じゃあその小川に行こうか」
「そうしよう」
 こうした話をしてだ。彼等と共に山の中にあるその小川に向かった。白い小石の中にある清らかなその小川を見てだ。隆は雅道達に言った。
「いや、予想はしていたけれど」
「予想外れだったかい?」
「いや、それ以上だよ」
 目を細めさせてだ。彼は小石を敷き詰めた岸辺の間を流れるその小川を見ていた。
 上から下に少し急に流れる小川を見ながらだ。彼は言うのである。
「こうした山の中に小川があるのを見ると」
「風情があるっていうんだね」
「うん、本当にね」
 こう言うのである。
「あとね」
「あとはって?」
「いや、これで鮎とか沢蟹がいればなってね」
 そうした川につきものの生き物達がいれば完璧だというのだ。
「そう思ったけれどね」
「探せばいるんじゃないか?」
「そうだよな」
 隆のその話を聞いてだ。雅道以外の仕事仲間も言ってきた。
「こうした場所ならやっぱりね」
「いない方が不思議だよ」
「そうだね。自然が豊かな山だし」
 ここに来るまでも今もだ。彼等の周りは緑に覆われている。その涼しげな木々も見てである。隆は目を細めさせたまま言ったのだった。 
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