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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第194話 洛陽哀歌

 正宗は劉協との密約を取り交わすと劉協の元を去った。彼は家臣達を待たせた場所に戻ると家臣達と宦官がその場に控えており、黒ずくめの集団が増えていた。その集団の代表らしき者は真悠だった。彼女は正宗の姿を捉えると笑みを浮かべ拱手した。

「真悠、今回のことは大義であった」
「兄上のために働くことができ嬉しいです」

 真悠は即答し顔を上げた。

「清河王の妹御は真に忠臣にございます。皇帝陛下もお喜びにございましょう」

 宦官達は揃い手放しに真悠のことを褒めそやした。真悠は宦官達の存在を気にすること無く正宗に話しかけた。

「義兄上、皇帝陛下との話はつつがなく終わったのでしょうか?」

 真悠は口元に笑みを浮かべ正宗に聞いてきた。

「皇帝陛下はご了承くださった」
「そうですか。それは重畳にございます。では鼠共はいかがなさいますか?」

 真悠は正宗の返事を聞き終わると口元に笑みを浮かべたまま正宗に聞いた。その表情は正宗の答えを理解している様子だったが、正宗の口から直に聞きたいようだった。

「鼠か。もう用済みだ。皇帝陛下も鼠が側に彷徨いていては心穏やかではあるまい」

 正宗は冷たい目で宦官達を見据えると淡々と答えた。真悠は正宗の言葉を聞き終わると目を細め口角を上げた。
 宦官達は正宗と真悠の雰囲気の変化を感じ取り和やかな空気が一変し彼らは狼狽えていた。

「清河王、何の話をなさっているのですか?」

 宦官の一人が声を咬みながら正宗に聞いた。それに正宗は応えず代わりに真悠が答えた。

「義兄上は腐臭を放つ(ごみ)は不要と仰せだ」

 真悠は小さく笑うと帯剣する剣を鞘から抜いた。その仕草に倣うように彼女の部下達は剣を鞘から抜くと臨戦の構えとなる。正宗も剣を抜くと「宦官達を一人残らず斬れ」と彼の家臣達にも命じた。

「清河王、お話が違うではございませんか!?」

 宦官達は悲鳴染みた声を上げ正宗を非難した。正宗は蔑むような目で宦官達を見据えた。

「風見鶏である貴様等を生かしておくと思ったか? お前達宦官は皇帝陛下に飼われているのだ。その立場は皇帝陛下の庇護があってこそ。お前達は自惚れ賈文和に通じた。功績は認めてやる。苦しんで始末するところを楽にあの世に送ってやる」

 正宗が言い終わると宦官達の断末魔の叫びが宮廷内に木霊した。正宗は倒れていく宦官達をただ見守った。死線を縫うように正宗の元に近づいてきた一人の宦官が跪きながら震える声で正宗に哀願した。

「清河王、命ばかりはお許しください。お助けくだされば私は清河王のためにお尽くしいたします」

 正宗は命乞いする宦官から視線を逸らすことなく剣を振り上げ、それを一気に振り下ろした。彼は視線を宦官から逸らすことは無かった。宦官は目に涙を溜めながら後ろ向きに崩れるように倒れ伏した。

「義兄上、お手を煩わせました」

 血飛沫を浴びた真悠が正宗に頭を下げた。正宗は左右に頭を振った。

「気にするな。古き遺物は新しき時代を築く上で邪魔になる。私は荊州にて決意した。この大陸を導くには時には道理を無視し武断にて解決する以外にないこともある。それを躊躇すれば無駄な命が散る」

 正宗は哀しい目で死んだ宦官達を凝視していた。そして瞑目した。

「大陸から戦乱を一掃する」

 正宗は目を見開き真悠に言った。真悠は正宗の強い意志を感じ取ったのか拱手した。それに合わせるように他の者達も正宗に拱手した。

「我らの力を義兄上の大業にお役立てください」
「よくぞ皇帝陛下と弘農王を救い出した。真悠、期待しているぞ」

 真悠は正宗に誉められ嬉しそうだった。

「義兄上、ここは私にお任せください。揚羽姉上が待っておられます」
「揚羽がか?」

 真悠は頷いた。

「姉上と一緒に凪もいるはずです」

 正宗は凪の名を聞き得心した様子だった。凪は正宗の命令で董卓を保護するため裏で動いていた。彼女と揚羽が一緒に居るということは十中八九董卓の件だろう。
 正宗は真悠達と別れると宮廷を後にした。宮廷の外は正宗軍によって完全に包囲されている状態だった。蟻の踏み場もない程に兵士達が密集しており、反董卓連合軍の者が隙間を縫って入り込める状況に無かった。この他軍を無視した行為が採れる理由は反董卓連合軍の八割以上が正宗軍と正宗派の軍を占めている状況だったからだろう。

「正宗様」

 正宗が宮廷の入り口の門を潜ると揚羽に声をかけられた。揚羽と彼女の後ろを追うように凪が現れた。

「上手くいきましたでしょうか?」

 揚羽は正宗に近寄るなり質問してきた。質問の内容は劉協に禅譲を迫る件のことだろう。正宗も揚羽の質問の意図は理解している様子だった。

「皇帝陛下はご了承された。正式な段取りは改めて執り行うつもりだ」

 正宗は周囲を気にしながら小さな声で揚羽に答えた。

「それはようございました」

 揚羽は正宗の言葉を聞き終わると安堵している様子だった。

「正宗様、ある人物にお会いいただけますでしょうか?」
「ある人物とは例の人物か?」

 正宗が揚羽に聞くと彼女は深く頷いた。

「無事に助け出すことが出来たのだな」
「正宗様、今回の成功は真悠さんのお陰です」

 凪は正宗に董卓保護の役目が成功した理由は真悠のお陰だと答えた。正宗は凪の言葉に笑みを浮かべた。彼は凪の生真面目な気質に好感を抱いていた。だからこそ董卓保護という危険な役目を任せることにした。董卓保護は正宗を身の危険に晒しかねない事案だけに信用できる人物に任せる必要があった。

「真悠はよく頑張ったと思う。凪、お前もな」

 正宗は凪の近づき彼女の左肩に手を置いた。凪は正宗対して恐縮していた。彼女は真悠にお膳立てをしてもらったと思っている様子だった。確かに董卓屋敷への急襲と敵陽動の手筈を整えたのは真悠だった。しかし、正宗は手柄を急くことなく役目を着実にこなした凪のことは十分に評価していた。

「揚羽、真悠の調略は見事だった」
「司馬の家名を使えば容易きことにございます」

 揚羽は謙遜した様子で正宗に返答した。正宗は「そうか」と短く答え歩き出した。その後を揚羽と凪が着いてくる。

「例の人物は今何処にいる?」
「正宗様の陣幕に通しております」

 正宗は揚羽の言葉に驚き、揚羽を見返した。

「私の陣幕だと」
「正宗様、貴方様の陣幕が最も安全にございます。今や天下に最も近い貴方様に無礼を働ける者など地上にはおりません」

 揚羽は謀臣らしい含みある物言いで口元に笑みを浮かべ正宗に言った。

「先勝祝いを私の元に寄越す者がいるだろう」
「人払いをさせております。面会を拒否できない者には麗羽殿に対応していただいております。ご安心ください」

 正宗は揚羽の説明を受けると納得した様子だった。

「張文遠と呂奉先達はどうしている」
「まずは正宗様が会うべきと考え彼らには各々の陣幕にて控えさせております」
「それで納得したのか?」
「納得も何も。必要なことであることは彼らは承知しております」

 揚羽は真剣な表情で正宗に言った。張遼達も直ぐに董卓の安全を自分の目で確認したいことだろう。彼らが多大な物を犠牲してまで守った存在だ。だが、正宗の保護無くして董卓が生きていく術はない。正宗と董卓は直接の面識がない。互いに信頼関係とまではいかなくても信用できる関係を築く上で直接二人だけで対面する機会を設けることは重要なことだと彼らも理解したのだろう。正宗が董卓の存在を危険と見做せば、張遼達との約束を反故にすることも十分にあり得るからだ。

「張遼達をあまり不安にさせるな」

 正宗は揚羽と張遼達との間に何かあったのではと察したのか揚羽に釘を刺すように言った。

「私は不安を煽るようなことは申しておりません。ただ立場を理解しなければ守れるものも守れなくなると忠告しただけにございます」

 正宗は揚羽から視線を動かし前方を見ながらやれやれという表情で正宗の陣幕へ向かって歩き出した。





 正宗の陣幕に正宗達が到着すると、凪は外で警備につくと正宗に告げ、陣幕内には正宗と揚羽の二人が入って言った。陣幕の外にいる兵士達は凪の部下達で固められていた。本来は正宗の近衛兵士達で警備されるはずだが、陣幕の中にいる人物のことを考慮して、この人選が取られたのだろう。
 正宗は陣幕の入り口付近にいる見知らぬ五人の男女に視線を止めた。

「私の部下です」

 怪訝な彼らを見る正宗に揚羽が答えた。

「何だ。あの手に持っている荷物は?」

 正宗は揚羽の部下の一人が手に持つ黒布で包んだ箱に目が止まった。箱の大きさは首桶ほどの大きさだ。

「賈文和の首です、必要になるかもしれないと用意させました」

 正宗は揚羽の説明に言葉を失っていた。揚羽は正宗の表情を見て小さく笑った。

「必要無ければそれで良いと思います。念のために用意させました」
「そうか」

 たじろぐ正宗は揚羽にそれ以上何も言わずに陣幕に入っていく。揚羽も正宗に続いた。正宗が陣幕に入るとそこには一人の女の子が佇んでいた。一目見た正宗の印象は町娘の格好をした董卓だった。彼の知識と全く同じ容姿だったため、正宗は直ぐに董卓と気づくことができた。

「正宗様、董仲穎にございます」

 揚羽は正宗の知識など知らないため、董卓に手を向けて彼女のことを紹介した。董卓は不安そうな表情で胸元に両掌を置き、正宗ことを窺うような目で見ていた。はかなく兎のような庇護欲をくすぐられるような董卓の容姿に正宗は沈黙してしまった。

「正宗様?」

 揚羽が怪訝な表情で正宗を見ていた。これからきつい話をしなければいけないと思うと正宗の気持ちは憂鬱だった。揚羽は正宗の心境など気にすることなく、董卓に正宗のことを紹介した。
 董卓は正宗に対して膝を折り拱手して頭を下げた。

「車騎将軍、この度は保護いただき感謝いたします」

 董卓は頭を下げたまま正宗に礼を言った。

「礼にはおよばん。全ては貴殿への段忠明の献身によるものだ」

 正宗は董卓に礼に対して頭を左右に振り、自分に対して恩に着ることはないと答えた。段煨の名を聞いた董卓は身体を固くしていた。

「段忠明は車騎将軍に何を頼んだのでしょうか? 段忠明は無事なのでしょうか?」

 董卓はいきなり顔を上げると正宗のことを見た。その様子から正宗は董卓が何も知らないことを理解した。視線を揚羽に移すと彼女は頷いた。揚羽の返事に正宗は一瞬逡巡するが、董卓に経緯を説明するのは段煨に彼女を託された自分の役目であると感じ口を開いた。

「段忠明はお前の罪を全て背負い討ち死にした」

 正宗は董卓の目を見て段煨の死に様を伝えた。段煨の悲惨な死に方を説明され董卓は打ちひしがれた様子だった。彼女は口元を右手で押さえ崩れるように膝をついた。

「どうしてですか? 私が助かってどうして静玖さん」

 董卓は瞳に涙を溜め段煨の死を悲しんでいた。彼女の瞳から玉のような涙が頬を伝って落ちる。

「段忠明は今回の戦いで自分達が敗北することを理解していた。彼女は戦いが始まる前にお前の助命を私に嘆願してきた。形式とはいえ首謀者であるお前を助命できない。だから、段忠明は賈文和と自分を生け贄にすることでお前だけは命だけでも救って欲しいと嘆願してきた」

 正宗の告白は董卓には衝撃の事実であり辛すぎる事実だった。董卓は最期は親友である賈詡とともに自害して果てることもやむなしと考えていた。だが、段煨は董卓の命を救うため必死に奔走していた。そして、最期は戦場の露と消え、死しても逆賊として首を晒された。賈詡も無事では無いと董卓は悟った。

「段忠明、張文遠、呂奉先。三名からお前の助命を嘆願された。私はお前を助命し保護する。ただし、董仲穎よ。お前には名前を捨ててもらう」

 嗚咽を漏らす董卓に正宗は声をかけた。

「生きていけるわけがありません」

 董卓は涙を流しながら正宗に訴えた。

「お前に死ぬ資格など無い。お前一人が死んで死んでいった者達の死を償えると思っているのか!」

 正宗は厳しい表情で董卓を責めた。正宗は董卓の返事に怒っていた。段煨は董卓の命を守るために大軍を相手に一歩も引かずに激烈な死を遂げたのだ。

「自害するというなら。何故戦いが始まる前に自害しなかった。段煨は死を選ばずに済んだであろう!」

 正宗は董卓に近づき怒鳴りつけた。董卓は正宗の剣幕に押され、涙を流しながら後ろに下がる。正宗は弱者をいたぶるような真似をしている自分に罪悪感を抱くが責任感から董卓を諭そうと思った。

「お前のために一角の武将達が恥も外聞も捨て私に膝を折りお前の助命と保護を嘆願してきたのだ。その意味がお前に分かるか? 三人達はお前に生きて欲しいと思ったのだ。命を賭してでもお前に生きて欲しい。その思いをお前は踏みにじるのか」
「私を救うために死んで欲しいなんて思ったことはありません」

 董卓は涙を溜めた瞳ながら強い意志の籠もった目で正宗を見た。その態度に正宗は段煨が自分の命をかけてでも彼女を守りたいと思った理由が分かった。
 董卓は流されるように賈詡の行動を追認した。だが、自らの破滅を前にしても自らの保身を図ろうとしない。その潔さは評価に値した。宦官達の浅ましい保身を見せつけられただけに董卓の態度は正宗の目に清々しく映った。賈詡を側に近づけず、段煨のような家臣を側におけば彼女は名君となりえただろう。段煨もそう感じたに違いない。しかし、董卓はそうはしなかった。彼女には名君の器量が無かったということだ。
 段煨は董卓に夢を見た。彼女の死に様から武人として一本芯が通った人物であると思われる。生真面目な彼女は董卓への期待を捨てることができなかった。

「董仲穎、それを段煨の首の前で言えるのか?」

 董卓は正宗に指摘され何も言えずに視線を逸らした。沈黙する董卓に正宗は何も言わずに彼女を見守った。

「賈文和の最期を教えてください」

 董卓は力無い声で正宗に聞いてきた。正宗はしばらく思案するが彼女に答えることにした。

「賈文和にはお前が死んだと伝えた。私は賈文和の助命の機会を与えた。私の元で董仲穎の夢を実現するために尽くせとな」

 董卓は正宗が何故賈詡に助命の機会を与えたか察した。正宗は賈詡を試したのだ。董卓の志に強く惹かれ董卓の家臣になったのなら、投降の恥辱を甘んじても董卓の志を継ぐために正宗の手を取る可能性がある。それ程の人物なら正宗は殺すには惜しいと思ったのだ。正宗は自分の命を狙った賈詡を許す機会を与えたのだ。
 だが、賈詡は正宗の手を取らなかった。あくまで賈詡は董卓という人物への執着しかなかったということだ。賈詡は董卓を天下人に祭り上げることを夢想し、その夢のために動いただけだ。董卓の志などどうでもいい。
 正宗は賈詡が段煨の死を張遼達裏切り者の所為だと張遼を罵ったことは口にしなかった。

「賈文和は何と答えたのですか?」
「『あんたになんか従わない。あんたより董仲穎の方が天下に相応しい。ずっと相応しいのよ!』と私に答え助命の話を蹴った」

 正宗は記憶を辿り一言一句間違えずに董卓に伝えた。彼にとって賈詡との遣り取りは印象深かったのだろう。正宗と元同僚を口汚く罵った姿は鮮烈に正宗の記憶に焼き付いたに違いない。

「賈文和は処刑されたのですね」
「私が死罪を申しつけた」
「車騎将軍からの下命により苦しまずに斬首にて処刑しました。首を検められますか?」

 揚羽は正宗と董卓の会話に割り込んできた。賈詡の処刑を任された者として董卓に対して答えたのだろう。

「お願いいたします」
「分かりました。待っていてください」

 揚羽は陣幕の外へ出て行く。彼女は直ぐに彼女の部下を一人伴い戻ってきた。正宗は揚羽と一緒に入ってきた人物に厳しい視線を向けた。中年の男だった。

「正宗様、この者のことはご安心ください。他言することはありません」
「信頼できるのか?」
「他言する前にこの者は自害して果てるでしょう。ですからご安心ください」

 揚羽は淡々と正宗に答えた。その答えに正宗は沈黙した。揚羽は正宗の沈黙を肯定と見做し、揚羽の部下は正宗に頭を下げ董卓の前に進むと箱を置き、箱を包む黒布を解き素早く下がった。

「董仲穎、賈文和の首です。改められてください」

 揚羽は感情の籠もらない事務的な態度で董卓に接した。
 董卓は恐る恐る箱の蓋を取り中身を見て蓋を落としてしまった。彼女は震える手で箱の中身を再度見た。血で汚れた賈詡の首がそこにあった。賈詡の顔は傷や汚れは無かった。速やかに処刑されたのだろう。
 董卓は瞳に再び涙を溜め込んでいた。必死に泣くのを堪えている様子だったが、堪えきれず涙が彼女の瞳から堰を切ったようにこぼれ落ちた。
 変わり果てた親友の姿。昨日まで会話を交わした人物が物言わない首だけという悲惨な姿となって見えることになった。運命の厳しさを董卓はひしひしと感じていた。

「ごめんね」

 董卓は震える口から言葉を漏らした。彼女は賈詡の顔を真っ直ぐ視線を逸らすことなく見ていた。

「ごめんね。詠ちゃん。私は未だ行けない」

 董卓は泣きながら目を閉じた詠の首に語りかけた。その言葉に詠は返事を返すことはない。

「ごめんね。私は未だ行けないの」

 董卓は何も語らない詠の首に何度もあやまる。正宗は彼女を哀れむように見ていた。対して揚羽は冷めた表情で董卓のことを見ていた。 
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