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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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MR編
  百四十六話 恐れど

 
前書き
はいどうもです。

美幸の過去編、第二話になります。

今回は「彼ら」のエピソードも登場します。

では、どうぞ! 

 
言い訳をするわけではないが、千陽美の死は、美幸を受験勉強どころではない精神状態にするのに十分すぎる衝撃を与えた。第一志望だった都内でも上位の高校は落ち、滑り止めのつもりだった第二志望の私立高にも受かることが出来ず、結局何とか滑り込んだのは第三志望にしていた工業化と併設された高校の普通科だった。正直なところ、当時の記憶は少し薄い。高校に初めて登校した日の事や、入学式の記憶も殆ど無いわけで、おそらくはクラスに馴染む馴染まないとか以前に、そもそもクラスの事にも自分の事にも興味を失っていたのだと思う。
勿論、美幸とてそれでよいと思っていたわけではない。千陽美が生きられなかった今日を、明日を生きねばならないという想いはあったし、そのためには自分から動かねばならないことも分かっていた。
しかし同時に、彼女が居ない今日を、明日を生きる事になんの意味があるのか分からない、そんな思いもあった。隣にあの笑い声が無い、あの笑顔がもう見られない、そう思うだけで、彼女の事を連想させるすべてが悔悟と悲哀を生む要因になる。そして美幸にとって千陽美を連想させるものとはつまり「学校生活」というもの全てであり、必然的に学校に通う事自体がその頃の彼女にとっては辛いものだった。

2022年4月 麻野美幸 15歳

「(もう、学校行くのやめようかな……)」
部活探しに合唱部を覗きに行って、しかしその光景を見ただけで泣きだしそうになってしまった帰り、次に行く場所を決めることも出来ず、美幸はただ目的地もなくふらふらと歩いていた。もう、学校という場所に居る意味を見いだせなくなっていた、そんな時だ。

「んじゃあちょっとま、っと!!」
「ぁっ」
「うわ、ゴメン!大丈夫か!?」
脇にあった教室から出てきた青年にぶつかったのは、完全に美幸が不注意だったせいだ。しりもちをついた彼女が見上げると、そこには長身の二人の青年の姿があった。上履きの色から、二年生だと分かる。

「は、はい……すみません……」
「いや、俺もよく見て無かったからさ、ごめんな、君、新入生?」
「はい……」
頷く青年の隣から、もう一人の糸目の青年が手を合わせる。

「ごめんね、こいついつもちゃんとまわりを見てなくて」
「おいこら哲、ったく……」
糸目の青年を小突いて、美幸にぶつかった青年がこちらを見る。不思議そうに自分達を見ている下級生の女子に、彼はどこか居心地が悪そうに頬を掻いた。

「えーっと、あ、もしかして見学だったりする?」
「見学……?」
「違うみたいだねぇ」
「うるさいって。あーその、俺達、パソコン研究会なんだ。今は俺と哲、あと、新入生が二人三人くらいなんだけど……」
見上げると、その教室の少し埃の積もった札には、「第二コンピューター室」と書かれていた。よく見ると教室の奥に、少し型の古いデスクトップ式のコンピューターが何台もおかれているのが見える。

「…………」
「けどまぁ、勘違いみたいだし……ホント、ごめんね」
「……あの」
何故、そんな事を言ったのか、今でもよく分からない。昔、自分が好意を抱いていたある少年との繋がりを感じたかったのか、それとも、中学時代には全く縁の無かったものに触れることで、少しでもあの日々から離れようとしたのか……ただいずれにしても、彼女は頭に浮かんだ言葉を口に出していた。

「……私でも、入れますか……?」

────

「よし、じゃあ美幸、初めて見てくれ」
「うー、でもこれホラーゲームなんでしょ……?」
「おう!美幸が苦手なびっくり系要素たっぷりだぜ!」
「だから、なんでそれを私にやらせるの……」
諦めたようにキーボードに向かう美幸を、後ろから期待した目線で朝倉雄介(あさくらゆうすけ)が見ている。自分と同じ年で、緩い校則を良いことに髪を金に染めて先生に叱られたこの小柄な青年は、なぜかやたら美幸が苦手とするホラーゲームを作り、それを彼女にプレイさせたがる。怖がる時の反応が良いとか言っていたが、嫌がらせか何かか。

「うやぁぁっ!?」
「お、やっぱり驚いた!そこタイミング苦労したんだぜ~」
「もう、もうもうもうもう!!」
悲鳴を上げた美幸に楽し気に笑う雄介に、美幸はぽかぽかと殴りかかる。美幸よりも雄介の方が背が低いので、必然的に頭を殴ることになる。

「いてっ、いてぇいてぇ!!」
「美幸をからかいすぎるからだぞ~」
「悪かった、わるかったって!!」
逃げ回る雄介を、もじゃっとしたロン毛をした青年がペットボトルの紅茶を飲みながら笑って眺めている。彼……笹川勝(ささがわまさる)も、美幸と同じ一年生だ。このPC研究会のメンバーの一年生は今のところ、美幸、雄介、勝の三人だけだった。
PC研究会は、中学時代の合唱部と比べると、大分緩い部活だったと思う。部活自体がそもそも週に2、3回程度の物だったし、研究会とは言っても、実際の所は文化祭に向けて自作ゲームを作ったり、たまに外部からMMORPGなんかを持ってきてみんなで遊ぶというような、そんな遊び仲間程度のものだ。
とはいえ、メンバーの仲はとてもよかったと今も美幸は記憶している。部長である二年生の大杉慶介、副部長の遠山哲、そして美幸達一年生のたった5人だけの小さな部活だったが、それゆえにメンバー同士のつながりが濃く、まるで兄弟のような気安さがあった。
ただ、慶介と哲がしっかりしているためもあって、女子である美幸に対する配慮だけはしっかりしていたので、美幸からすると、男子が多かった校内の中でここ以上に居心地の良い場所はなかった。
勿論、千陽美の件で受けた傷が癒えたかと言えば、そうではない、高校一年の一学期が終わろうかという頃になっても、全く心は癒えた気配が無く、今でも思い出すだけで胸が苦しかったが……ただそれでも、少なくとも彼らのおかげか、あるいは別の理由なのか、「辛かった事だけ」を思い出すことは無くなった。つらかったのと同じくらい、いやそれ以上に、楽しい思い出が千陽美との思い出の中にはあったと思えるようになった事こそが、この部活に入ってから最大の収穫だったと美幸は思っていた。

「それよか部長たちおせーな?」
「あぁ、なんか今日は重大発表があるかも、とか言ってたぞ」
「重大発表?」
勝の言葉に首を傾げる美幸にうなづいて、彼はパソコンの画面を見ながら答える。

「聞いた話だけど、東工大付属の研究会と一緒になんかしようとしてるらしい」
「東工大付属って……」
東工大付属、正式名称、私立東都工業大学付属高等学校。都内に或る、先進技術の宝庫ともされる東都工業大学の付属高校だ。何度かネットを通じて共に活動しているとはいえ、工業系高校としては無類の人気校であるそんな学校と一緒にやる事となると……

「もしかして、ナ―ヴギア関連だったりしてな!!あ、ひょっとするとSAO関連!?」
「えー、それは流石にまさかだろ」
「そのまさかだぞ」
「うわっ!?」
突然入ってきた慶介に、雄介が驚きの声を上げる。その様子に満足したように笑って、慶介は部屋の中に入ってくると、ふいに全員から見える位置に立った。

「よし、全員注目だ!」
「え、部長、そのまさかって……!?」
「部長、重大発表ですか?」
「あぁ!」
興奮した様子で壇上に立つ彼を見ながら、美幸はいつの間にか入ってきていた哲に椅子を寄せて問う。

「あの、一体何が……」
「ん?まぁ、聞いててごらんよ」
「はぁ……?」
首を傾げた彼女に楽し気に笑いかけて慶介を見る哲にますますよく分からなそうな顔をしながら、美幸のそちらに注目する。興奮した様子のまま、慶介は一息に言った。

「なんと、我らPC研究会は、東工大付属のMMO同好会のメンバーと共にSAOログインを目指すことになり、それに伴って、部費で!!ナ―ヴギアを人数分購入できることになりました!!」
「「「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!!?!?!!?」」」
予想外の発表に度肝を抜かれたのは、どうやら美幸だけではなかったらしかった。勝と雄介の二人も完全に驚かされている。

「いやほんと、よく通ったよなぁ、俺は絶対無理だと思ってたんだけど」
「無理だと思ったらその時点で無理になる、っていうじゃないか」
「す……すっげぇ部長!!!」
「マジか、ヒーロー部長!!」
「はは、まぁな!はははは!!!」
雄介と勝にせっつかれ、慶介は気分よさそうに高笑いしている。そんな中、美幸は一つ、思っていたことがあった。

「あの、副部長……SAOって……」
「あぁ、今度の秋にアーガスから発売されるナ―ヴギア用のVRMMORPGゲーム。ナ―ヴギアの開発者の茅場晶彦が直接作ったゲームらしくて、βテストの応募も凄かったんだって」
「VRMMO、RPG……」
RPG、つまり、ロールプレイングゲーム。その言葉に、毎日のようにゲームに没頭していたある背中が、彼女の脳裏に木霊のように浮かぶ。それだけ注目度の高いタイトルなら、もしかしたら、彼もこのゲームに参加するのだろうか……?
勿論、ゲームには初期だけで1万人が参加するという話だし、その後も確実に参加人数は増えるだろう、その中から特定の、しかも、そもそも参加しているかすら分からないようなたった一人に会える確立など、ほとんどない。だが……その可能性を考えたとたん、がぜん興味がわいた。

「よぉし、これでハードは確保した、ソフトを人数分確保するのはきっと凄く難しい、けど、きっとみんなでSAOに参加するぞ!!」
「「「「おぉーーっ!!」」」」

────

PC研究会のSAO入手は、中々に困難だったが、結果として、何とか彼らは人数分、五本のソフトを手に入れることに成功した。そして運命の日……2022年11月6日、SAO正式サービス開始のその日。

[……以上で《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の──健闘を祈る]

「……え……?」
彼女の世界はその有りようを、
永久に変えた。

─────

2022年12月後半 麻野美幸 16歳

サチたちPC研究会のメンバーは初め、ひとまず共にログインした東工大付属の面子や、他の二、三の高校のメンバーと共に、始まりの街にこもっていた。しかし毎日の食料や生活用品の為にコルが尽き始め、どうしようもなく困窮し始めると、グループの中で当然意見が割れた。
すなわち、攻略組と呼ばれる物達を追うように自らを強化し始めるか、それともこのあたりだけでのギリギリの狩りをして生きて行くべきか、あるいは、この先も外には出ず、街の中だけで過ごすか、だ。
最も多いのは、二つ目、最低限の狩りを絶対に安全だと判断できる領域内でのみ行い、ある程度の生活だけをするというものだった。多くのメンバーが主張したそのメンバーの中には、美幸の中学時代の同級生で、別の高校のMMO同好会に入った少女の姿もあった。

しかし美幸達PC同好会のリーダー、慶介/ケイタの意見は違った。彼はより高い水準の生活と、この世界からの脱出の為に、積極的なレベル上げと狩りをするべきだと主張したのだ。当然、PC同好会の他のメンバーもまた、それに同調した。他の集まりのメンバーからの参加者はなかったが、それでもPC同好会のメンバーは、全員が彼に賛同した……いや、正確には違う。美幸/サチは、賛同など全くしていなかった。サチは、死ぬことが恐ろしかった。その意味を知っていたからだ。もう永久に、言葉を交わすことも笑い合うことも共に泣くことも出来なくなる、その意味を、彼女ははっきりと理解していたからだ。だが……

「私は、無理だよ」
喉まで出かかったその言葉は、自分を信頼しきっているPC同好会のメンバーの瞳を見た瞬間、言葉に出来なくなった。どうしようもなく弱弱しい彼女の意志は、その信頼を裏切らなければならない、彼らと対立しなければならないと思った瞬間に、その主張をやめた。あまりにも、サチの意志は弱すぎたのだ。

「わかっ、た」
気が付くと、彼女はそう言っていた。それが、彼女をフィールドへと導くと分かっていながら、自らを殺すかもしれないと分かっていながら、彼女はそう、うなづいたのだ。

────

次の歳の1月、サチたちPC同好会は、ギルドへとその様相を変えていた。
名は、「月夜の黒猫団」。
実を言うとこの名前を考えたのはサチだ。名前を決める時、じゃんけんで決めることにして、サチが一回で独り勝ちしたのが端的な理由で、自分としては可愛いと思って付けた名前だったのだが、どうにもメンバー(というか雄介/ダッカ―)には不評だった。
ただそれは最初の内だけで、少しすると、皆その名前に慣れて行った。
ギルドのリーダーは、現実でも部長を務めていたケイタが昆を使いながら、副リーダー兼戦闘隊長には、こちらも副部長だった哲/テツオが付いた。サチと勝/ササマルは、主に槍を使用し、彼の後ろから援護を、カッコいいという理由で短剣使いのシーフ役になったダッカ―は、遊撃手に付いた。
モンスターと戦うことで間近に感じる死の恐怖は、柄の長い武器を使い、少しでもモンスターと離れて戦うことで、何とか軽減することが出来た。

しかし攻略開始から3カ月が過ぎた、3月の序盤……

「サチ、ちょっと話があるんだ」
「え?う、うん……」
「実は折り入って頼みがあってさ……」
「何……?」
「うん、サチ……前衛に転向する気は無いか?」
「ッ……」
その申し出は、ある意味サチにとっては予想通りであり、同時に一番恐れていた提案でもあった。

「今のままじゃテツオの負担が大きすぎるんだ……それに、サチはササマルに比べると槍のスキルの熟練度もまだそんなに上がってないだろ?だから、少しずつでもいいから、練習しないか?」
そう、前線に近づくにつれ、モンスターが強くなるにつれ、当初サチたちが予想していたよりも、前衛として敵の攻撃を受け止めるタンク役の重要性は大きくなっていた。少なくともスイッチして回復のローテーションを組むために、テツオと合わせて二人以上の前衛が必要なことも、そしてその為に転向する役として自分が最も効率がいい事も、サチには分かっていたのだ。だが……

「その……」
「……あー、やっぱり怖いか?盾の後ろに隠れてるだけでいいんだけど……」
「…………」
「……わかった、とりあえず、急がないからさ、ゆっくりやろう。だんだん慣れて行けばいいから」
「う、うん……」
無理だ、慣れられるわけがない、すぐ目の前にあの死が、モンスターが迫る等、そんな恐怖に耐えられるわけがない。そう思ったが、言葉にならなかった。自分の唯一のよりどころである居場所に居るために必要なことである。その事実と、ケイタの気遣うような瞳が、サチの弱い意志に言葉を発することを許さなかった。

────

その日以来、徐々にサチは、眠れなくなっていった。
夜ごと布団の中に入るたびに、「明日死ぬのではないか」という恐怖が心を襲った。死ぬ、どうなる?苦しいのか?死んだあとは?自分は消えてなくなるのか?そう考えるだけで、まるで足元に底の無い暗いくらい穴が開いたかのように恐ろしくなり、眠れず、灯りを付けてウロウロしてはまた寝床に入るの繰り返し。疲れ切っていれば眠れるものの、明らかに眠れる時間は短くなって行った。
そんな、ある日……とある奇跡が、彼女の元に訪れた。

2023年 4月8日 麻野美幸 16歳

その日の狩りの終盤、黒猫団は、少し大きめのモンスター群をひっかけてしまった。エンカウントした武装ゴブリンの集団の数は、テツオが支え切るには少し数が多く、potによる回復が間に合わないために、徐々に戦線は後退していた。全速力で出口まで逃げれば逃げ切れるかも知れなかったが、途中で他のモンスターをひっかけてしまったら、あるいは脱落者が出るかもしれない。そんな状況。

「……ッ」
じりじりと後退しつつ、何とか脇に回ろうとするゴブリンたちを迎撃しながら、サチはふと、このまま逃げ切れず、テツオが崩れたらどうなってしまうのだろうと考えてしまった。
テツオが崩れるということは、前衛が居なくなるということだ。乱戦になれば、長物を装備している自分の被弾率は格段に上がる。連続で攻撃を受け、転倒(タンブル)したりしたら……

「…………ッ!!!」
悲鳴を上げそうになる口を、慌てて抑える、駄目だ、考えてはダメだ。そう思っても、身体がすくみそうになるのを止められない。目を閉じそうになるのを必死にこらえる。けれど後退する戦線が、不安を益々増大させた。しかし……

「ちょっと前、支えてましょうか?」
聞きなれない声が、その意識を切るように後方から響いた。見ると、少し年下だろう剣士(ソードマン)の少年とケイタが、何事かを話している。彼らは二三言葉を交わし、少年がうなづくと彼は急に前に出た。

「え……」
「スイッチ!」
聞きなれた掛け声とともに、剣士の少年が前に出る。

『助け、て……くれ、る……?』
偶然が編み出したその出会いは、サチに更なる偶然という記席へと導くことになる。

────

「ありがとう……ホントに、ありがとう……凄い、怖かったから……助けに来てくれたとき、ホントにうれしかった……ほんとにありがとう……」
或いは、涙すら浮かべていたかもしれない、自分のそんな言葉に対して彼の浮かべた表情をなんと言い表したものか……ただ後になって思うと、あの時の自分は少々恥ずかしかったかもしれない。そう思うと、帰り道でキリトと名乗ったその少年の顔がまともに見られなかったのは、仕方のない事だと思う。
街を歩きながらそんなことを考えて少し顔を紅くしていたいた時、ふいに、前を行くケイタたちが立ち止まった。

「あれ?兄貴?」
「おあ?」
危うく前を歩いていたササマルにぶつかりそうになって慌てて顔を上げる。

「あぁ?キリト?お前なんで此処に?」
「いや、俺が聞きたいんだけど……」
「キリト、知り合い?」
どうやらキリトの知り合いに会ったらしいその会話の声を聞いたその瞬間、意識が真っ白になった。その最も新しい、知らない筈の声が、よく知るある人の声に、よく似ていたからだ。そんな、まさか、そんなはずは……そんな言葉が、次々に頭に浮かんでは消える。
顔を上げ、その話かけてきた男の顔を見た瞬間……彼女の思考の全てが、一瞬だけ停止した。
間違いなく、その顔を知っていた。
本当に会えた。そんな想いと、どうしてこんな所で、そんな悲哀が同時に胸に去来する。たっぷり10秒近く停止した思考から、彼女は無意識に、その名を読んでいた。

「……りょう?」
「……ふぬ?」
少し間の抜けた、泣きたくなるほど懐かしい声が、サチの、美幸の耳朶を打つ。桐ケ谷涼人、彼女が心の奥底でずっと想い続けていた人が、そこにいた。

────

「んじゃまぁ、帰るわ」
「うん……またね」
その日、キリトの歓迎会と称した宴会がどんちゃん騒ぎへと変わる中、遅くなる前にと外へ出たリョウコウ/涼人の事を見送る為に、二人で外へ出て話す時、美幸はずっと、自分の右手を抑えていた。

「まぁ、ちょくちょく様子見に来るからよ。一応俺のかわいい義弟なもんで、よろしく頼むわ」
「わかってる。私にとっても新しい仲間だもの、皆ともきっとすぐ仲良くなるよ」
「はは、もう既にって感じだけどな」
「ふふ……そうだね」
抑えていなければ、きっとこの手は彼の服をつかんでしまう。行かないで欲しいと言ってしまう。傍に居て、守ってほしいと言ってしまう。そんな確信があった、だからそれを抑えるために、必死に左手で右手を強く握る。絶対に、その手を前に出してはいけないと、そう自分に言い聞かせながら。

「そう言えば……よぉ」
「え?」
だというのに……そうだというのに……

「……大丈夫か?」
「…………」
どうして、すぐにそんな言葉を掛けてしまうのか……縋りなりたくなってしまう、抑えているものを全て吐き出したくなってしまうそんな言葉を、どうして自分に掛けてしまうのか……自分の全てを理解して、全てを察しているのかもしれない幼馴染が、この時だけは、どうしようもなく恨めしく、同時に本当の本当にうれしかった。

「大丈夫だよ……」
その言葉だけで十分だ。
だって……自分を、本当の自分を理解してくれている人が、目の前にいるのだから。

「(貴方が居て、私の事、心配してくれてる)」
それだけで、自分は明日も立って、戦場(フィールド)に出ることが出来る。

「もう、リョウの後ろに隠れてた時の私じゃないよ?」
こんな嘘をついてでも、美幸(わたし)美幸(わたし)の臆病を、恐れを、覆い隠さなくては……彼の歩みの、みんなの歩みの、邪魔になるわけにだけは、行かないのだ。

「そりゃ失礼。……けどな」
だから、お願いだから……

「無理はするなよ?ま、危なくなったらいつでも駆けつけて助けてやるから」
……今だけは、意地を張らせて下さい。

「うん。知ってる」

────

「っぅ……ぁ……っぃく……ぁあ……!」
リョウコウが去り、下の宴会を通り過ぎて自室へと戻る。一刻も早く、そうしなければならなかった。誰にも聞かれない、その場所に行かなければならなかった。
星空の見えないアインクラッドで、星の代わりに降り注ぐ天井からの灯りが、窓から洩れて彼女の頬を照らす。
膝をついた彼女の頬から、小さな滴が、二つ、三つと墜ちた。

「ぁぁ……っぁぅ……ぅぁぁあああ……!!」
怖い、怖い、怖い、怖い。
フィールドが怖い、モンスターが怖い、黒猫団のみんなが怖い、死ぬのが怖い、世界の全てが……怖い……。

「たす、けて……!!!!」
本当に言いたいその人に絶対に言えない言葉を、美幸は小さな灯りの中、かすれた声で呟いた。
 
 

 
後書き
今回も、コメントの方は控えさせていただきます。

まだ、続きます。

ではっ! 
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