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トシサダ戦国浪漫奇譚

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第一章 天下統一編
  第十三話 人質

 俺は石田三成から支援を受けることにした。大量の硝石・炭・硫黄・鉄砲を荷駄隊が運び出していた。

「藤四朗、こんなに鉄砲と玉薬の材料をどうするのだ。お前も随分と大量に持っているだろ」

 石田三成は俺に不思議そうに聞いていた。石田三成の言う通りだ。俺の軍は火力に偏った編成だ。だが、韮山城を落とすために火薬が必要になる。
 俺は荷駄隊を見ながら口角を上げた。

「三成様、私は韮山城を落とします。そのために必要なものです」

 石田三成は笑みを浮かべた。彼の俺に対する態度が秀吉との密談以来から柔らかく感じられるようなった。

「思わせぶりだな。吉報を小田原で待っているぞ」

 石田三成は腕組みをして目を瞑り小さく笑った。この空気は何なんだ。石田三成と大谷吉継との言葉の掛け合いのようだ。俺と石田三成との親友フラグが立ってしまったのだろうか。俺の背筋に寒気が走った。俺は咄嗟に首筋に指を当て確認するようになぞる。三条河原に晒される俺の生首を想像してしまった。
 ないない。
 俺は頭を振り縁起もない考えを振り払った。

「三成様は関白殿下とご一緒に向かわれるのですか?」

 石田三成は深く頷いた。
 伊豆国の北条勢が豊臣本軍と正面から戦う訳がない。伊豆国の要衝にある城に兵を送るだけで後顧の憂い無く兵を北条の本拠地である小田原城に兵を進めることが可能なはずだ。

「私は関白殿下に側にいることが仕事だからな」

 石田三成は真面目な雰囲気で俺に答えた。本当に彼は秀吉の忠臣だと思う。権力に固執しているのかも知れないが秀吉への忠誠心は本当だと思う。秀吉が生え抜きの家臣達の中で石田三成を内政で重用した理由はここにあるのかもしれない。少々性格に問題があるが打ち解けた相手にはこんなに友好的になるんだな。京で接した石田三成とは別人のようだ。でも、どちらも石田三成なのだろう。京に帰ればまた石田三成に馬車馬のように扱き使われるに違いない。

「三成様、吉報をお待ちください。関白殿下のご期待に必ず応えてみせます」
「待っているぞ」

 石田三成は期待するような目で俺を見た。彼は俺のことを疑っていない様子だ。

「三成様は私が韮山城を落とせると信じているのですか?」
「私は戦は苦手だが、お前が大口を語るような者でないかくらいは分かるつもりだ。お前が韮山城を落とせるというなら落とせるのだろう」

 石田三成は笑顔で答えた。ここまで俺の言葉を信じているとは思わなかった。俺の容姿から偏見で俺の能力を疑う豊臣軍の武将達もいると思う。
 俺は石田三成の反応に感動してしまった。

「三成様、小田原で再会しましょう」

 俺はついつい手を差し出した。石田三成は不思議そうな表情で差し出した俺の手を見た。そこで俺は「しまった」と心の中で後悔するがここで引き下がることも変だと考えた。

「南蛮では再会を願う時に右手で相手の右手を握るのです」

 石田三成は得心した様子で頷き、腰を落とし俺の差し出した右手を握った。俺も石田三成の手を握り返した。

「なかなか良いものだな。藤四郎、小田原で待っているぞ」
「はい」

 石田三成は握手を気に入った様子で温和な表情で俺を見た。
 俺は石田三成との親友フラグを立ててしまった気がする。





 俺は石田三成と再会を約束すると韮山城に向けて出陣した。
 織田信雄を総大将とする豊臣軍は下田街道を南下していた。目的地は北条氏規が守る韮山城だ。この軍に俺も一武将として同行している。俺の与力である郡宗保、石川頼明、野々村吉保も一緒だ。
 長久保城から韮山城には一日半位で着くことができそうだ。
 豊臣軍は韮山目前まで進軍する頃には日が暮れた。俺達は行軍を止め野営を取ることになった。織田信雄の命令によるものだ。

 兵達に設営させた陣屋の中で俺は家老達と食事をしていた。
 手に持つ飾りっ気のない素朴な椀には飯が山盛り盛られていた。床に置かれた膳の上には固形状の味噌が小皿の上に無雑作に配膳されていた。
 俺は箸で味噌を摘まみ飯の上に乗せると飯をかきこんだ。
 戦場飯とはわびしいものだな。せめて味噌汁が食いたい。
 家老達に視線を向けると彼らは黙々と食べていた。

 わびしい。
 毎日毎日、山盛り飯に味噌、それか干し飯に味噌。
 京を立ち伊豆まで来る間の飯の献立はこの二種類だ。
 俺は態度に出すこと無く飯をもりもりと食べる。
 これでも毎日食えるだけましなのだろう。
 この時代は飯を食べれるだけ幸福だと思う。
 ここまでの道中でよくがりがりに痩せた農民達の姿を見た。豊臣に臣従した大名達の領地はおしなべて同じだった。徳川領も同様だった。物が不足していることもあるが、領主層が民に重税を課しているせいで下々の貧しさに拍車をかけているような気がする。
 この時代に人権意識などあることを期待するだけ無駄だろう。民を慈しむ精神を世に広めたのは徳川綱吉まで待つ必要がある。犬公方と揶揄されるが徳川綱吉は意外なほどに人道家といえると思う。
 大名には善人はいないとつくづく思う。かく言う俺も善人とは言えない。
 俺の軍役に使われる米や金は元々領民から徴収した年貢だ。今回は豊臣家から年貢分を受け取ったが、今年からは領民から年貢を徴収することになる。石田三成の話では七公三民らしい。この税率で領民達は生活できるのか疑問が残る。多分だが領民の中には隠田を持っている者達も居るはずだ。それで食いつないでいるのかもしれない。秀吉はそういう農民の事情を知ってか、金に困ると検地を行っていたと本で読んだことがある。
 俺は飯の盛られた椀に視線を落とし凝視した。

「殿、どうされたのです。飯に何か入っておりましたか?」

 藤林正保が俺に声をかけてきた。

「領民達のことを考えていたのだ」
「領民ですか?」

 藤林正保は俺の考えが要領を得ないのか首を傾げていた。他の二人の家老達は箸を止め俺に視線を向けた。

「私は毎日飯を食べられるが領民達はどうしているだろうなと思ったのだ。ここに来るまでも農民達の姿を見てな」

 俺は尻すぼみ気味に答えた。

「皆腹を空かせていますからな。領主は領民の腹を膨らせることが役目です」
「そのために重い年貢を課すのか?」

 曽根昌世は苦笑いを俺に返した。

「戦をするには金がいります。安い年貢では戦えません。戦えなければ他国に攻められ領民は食い物と家族を奪われます。徳栄軒様も他国を攻め物を奪い、領民を飢えさせないように必死でした」

 曽根昌世は遠い記憶を辿るような表情で俺に答えた。徳栄軒とは武田信玄のことだ。
 食うために奪う。食えなければ死ぬ。
 切実な欲望であり、弱肉強食の論理だ。
 曽根昌世の言葉に俺はこの時代がいかに過酷か実感した。

「甲斐国は山国で貧しいとはいえ金山があり豊かじゃなかったのか?」

 俺はふと頭に浮かんだ疑問を曽根昌世にぶつけた。甲斐国は山国だ。だから、攻めに難き守りに易き土地柄だ。そして、金山もある。この金山から取れる金が武田家の軍事力を支えたと言われている。その一部を領民達に流れるようにすれば餓えを解消できるのではないか。

「金山から取れる(きん)は限りがあります。限りある(きん)を全て民達の生活に使って、その先に何が待ってますでしょうか? 甲斐国は一枚岩ではありません。不安定な甲斐国の勢力の力関係を徳栄軒様の才気でまとめていたにすぎません」

 曽根昌世は何も言わなかった。俺なら理解できると思ったのだろう。
 金山から得られる収入を民政に向けもいずれ金鉱も枯れるだろう。枯れれば元の貧しい山国に戻るだけだ。それに金鉱から算出される金の量も一定では無かったと思う。不安定な財に頼りすぎた国家運営は危険過ぎると思う。でも、江戸時代まで甲斐国の金鉱は採掘されていたことを見るとそこそこの埋蔵量はあると思う。

「周囲を敵国に囲まれている以上、外に出て脅威を排除する必要がある。そして、国をまとめるなら内に籠もるより共通の敵をつくり外に出るべきだ。それを下支えするのが甲斐国から採れる金というわけか」

 俺は思ったことを口にした。

「武田家は国中を治める武田家、河内を治める穴山家、郡内を治める小山田家の寄り合い所帯でした。それを徳栄軒様が苦心して統制していたのです。この三者がいがみ合っていては他国に攻め滅ぼされます。これを統制するためには飴が必要になるのです。(きん)は戦で功績を挙げた者達への褒美として活用されました。勿論武器や兵糧を手に入れるためにも使われました。領民達に回す金などありません」

 俺はそれ以上に何も言わなかった。武田信玄が凄く苦労したことだけは分かった。家臣達に領地を大判振る舞いし過ぎると俺も武田信玄のような状況に陥る兼ねない。そう言えば徳川家康も関東移封後の直轄領は百万石を超えたという。この移封で徳川家康は在地領主を先祖伝来の土地から引きはがし、徳川家康を頂点とする統制のとれた徳川家臣団に繋がったのだろう。ここは俺も見習う必要がある。

「上に立つ者は大変なのだな」
「殿は未だ若いです。これからもっとご苦労をなされることでしょう。我らは殿を一丸となってお支えいたします」

 藤林正保は笑いながら言った。俺は伊豆国を手に入れた後のことを考えた。伊豆国には土着の勢力がいる。その者達の扱いをどうするかが鍵になる。器量の無い山内一豊のように土佐国の既存勢力を徹底的に虐殺して弾圧するような真似だけはするまい。だが、全ての者達を取り込んでは家臣に分ける土地が無くなる。ある程度の国人には泣いて貰うことになるだろう。大人しく従わないなら根切りすることも覚悟する必要がある。

 俺は脳内に巡る悩みを打ち消すように飯をかきこんだ。家老達も俺が悩みが解消したと察したのか思い思いに食事を再会した。俺はさっさと食事を済ませ、城攻めの策を考えようと思った。
 韮山城の攻城計画の骨格は大方出来上がっている。韮山城跡には実際に足を運んだことがあるから大体の地形は理解している。その知識を元に一ヶ月かけて策を調整していけばいい。



「殿、面会を求める若い女が参りました」

 俺が飯を食べていると、柳生宗矩が現れ座敷の入り口で腰を下ろし俺に頭を下げた。

「こんな時間に誰だ?」
風間(かざま)と名乗るっております。藤林長門守様には話を通していると申しておりました」

 座敷内にいる者達の目が藤林正保に集まる。
 風間だと?
 聞いたことがない名前だな。
 待てよ。風間? ふうま。ふうま? ふうま!?
 俺は驚き目を見開く。

「殿、風魔小太郎の娘が参ったのでしょう」

 藤林正保は空の椀を膳に置き俺に声をかけた。

「人質だと。こんな行軍中にやってくるとはどういうことだ。目立つだろうが!」
「行軍中だから良いのでしょう。御陣女郎が陣屋に紛れ込むことはよくあることです」

 俺が藤林正保の話に怒ると曽根昌世が俺に説明してきた。御陣女郎。本で読んだことがある。戦場で兵士達を相手にする売春婦のことだ。

「武将も御陣女郎を買うのか?」
「買う者は幾らでもおりましょう」
「そうなのか」

 俺は曽根昌世の説明を聞きながら頷いた。

「俺のような十二歳でも女郎を買うもなのか?」
「それは人それぞれでございしょう。人によっては早熟な御仁もいますからな」

 曽根昌世は歯切れの悪い言い方で答えた。他人から奇妙なことと思われないなら問題ない。
 風魔も目につくことは避けたいだろう。
 よく考えれば風魔も忍びを生業にする者達だ。その辺に抜かりは無いだろう。

「又右衛門、女は一人か?」
「いいえ。他に男女二人います」
「俺の部屋に通しておけ。直ぐに俺と長門守が向かう」

 俺が柳生宗矩に指示を出すと、柳生宗矩は立ち去ろうとする。

「又右衛門、待ってくれ」

 俺は柳生宗矩を呼び止めた。

「又右衛門、飯を風魔の者達に振る舞ってやれ」
「かしこまりました」

 柳生宗矩は俺に頭を下げ立ち去った。

「長門守、先に行っていてくれ。これを片付けてしまう」

 俺は藤林正保に声をかけ飯を急いで食べ始めた。藤林正保は俺に頷き部屋を出て行った。俺は横目でそれを確認しながら飯をいそいそと食べる。
 俺は食事を終えると風魔が待つ部屋に向かった。



 俺が警護役の柳生宗章を連れて風魔が待つ部屋に入ると、藤林正保と風魔三人が座って俺を待っていた。風魔三人は俺が用意させた食事を既に食べて終わっていた。忍びの者は早食いなのだろうかと思った。俺が飯を食うのが遅いのかもしれない。
 風魔三人は俺が部屋に入るなり床に両手をつき平伏した。

「面を上げよ」

 俺が上座に座ると左側に藤林正保、右側に柳生宗章が据わった。柳生宗章は手の届く場所に刀を置いていた。

「小出相模守様。風魔小太郎が三女、(なつ)と申します。後ろに控えるは(ゆき)玄馬(げんま)

 藤林正保が風魔三人に声をかけると一番前の若い女が面を下げて俺に挨拶してきた。夏と名乗った女は目鼻立ちはくっきりとしていて、肌はよく日焼けして健康的な小麦美人だ。彼女の後ろにいる二人からは危険な空気が漂っていた。柳生宗章は触れるか触れない程度に刀に手を添えていた。何かあれば柳生宗章は二人を斬り殺すつもりだろう。
 俺のような戦場の素人に危険視されるようでは風魔の実力を不安に感じてしまった。

「雪。玄馬」

 夏は後ろを振り向かず雪と玄馬に固い声で呼びかけた。その声で二人から危険な雰囲気を感じなくなった。この遣り取りから夏と二人の間には主従関係があると理解できた。この遣り取りは何を意味するのだろうな。夏に何かあれば二人が俺を殺すと言うことを俺に理解させたいのだろうか。もしそうなら俺に対して無礼過ぎるだろう。俺は風魔への心証を悪くした。

「小出相模守様、共が失礼いたしました」

 俺の気持ちを察したか分からないが夏が俺に平伏して謝罪してきた。

「謝れば済むものでは無いだろう。これでは風魔が私に敵対していると見ても仕方ない」

 俺は不快感を隠さず夏に厳しい口調で声をかけた。徳川家康が風魔衆を取り込まなかった理由は山賊崩れの輩と思ったからかもしれない。徳川時代になると風魔衆は夜盗になり下がったからな。

「返す言葉もございません」

 夏は俺に抗弁もせず平伏したまま謝罪した。雪と玄馬も夏に倣って平伏して謝罪した。この二人は豊臣に恭順することを快く思っていないのかもしれないな。そんな者を人選する風魔小太郎の器量を疑ってしまう。これで家老待遇にして欲しいとは過分な要求に思えてきた。

「風魔小太郎は私に家老待遇を求めてきた。夏、それに相違ないな」

 俺は気分を直して夏に風魔衆の要求を確認を兼ねて聞き返した。

「その通りでございます」
「私の家臣になろうという者の陪臣がこれでは懸念を抱いてしまう。家老の地位を望むなら尚更だ」

 俺は厳しい表情で平伏する夏に言った。藤林正保も俺を諫めることはない。俺の言い分は当たり前のことだ。

「どうすればお気持ちを収めてくださいますでしょうか?」

 夏は顔を上げて俺に言った。その表情は真剣だった。彼女はこのままおめおめと帰る訳にはいかないように見えた。それなら何故俺に会う前に二人を説き伏せて無かったと心の中で突っ込んでしまった。
 風魔衆の協力を得ること前提で作戦を組んでいたが、この様子では風魔衆を頼りにすることは危険に感じた。俺の雰囲気から夏は俺が風魔衆から興味が失せたと感じとったように見えた。これで俺の家臣になるとか無理だろう。不安定要素が多い勢力を組み入れて使うことは危険だ。いつ俺を裏切るか分からないからな。

「小出相模守様、何なりと申しつけてください。何でもいたします」

 夏は必死な表情で俺に訴えてきた。俺の要求は一つだ。不安要素は速やかに排除する。

「その二人に自害を申しつけよ」

 俺はあっさりと夏に命令した。雪と玄馬は俺の軍に置くことは危険だ。本能的に感じた。もし夏が俺の要求を拒否すれば風魔衆は切る。作戦の練り直しが必要になる。

「分かりました」

 夏は俺の顔を見て頷いた。瞳に動揺が感じられたが本気のようだ。
 雪と玄馬が俺の要求に素直に従うか。

「小出相模守様の陣屋から死人を出してはご迷惑をおかけいたします。この者達の処罰は私に一任くださいませんでしょうか?」

 俺は冷めた目で夏を見た。咄嗟の機転の良さは評価するが、この状況で二人を庇うようでは信頼を置くことはできない。

「気にするな。その者達は賊として死体を処理する。ここは北条の勢力圏だ。賊の襲撃があったとしても別段おかしくはない」
「小出相模守様、直答をお許しくださいませんでしょうか?」

 俺の言葉に固まる夏を余所に雪が俺に声をかけた。俺は視線を雪に向けた。雪は平伏したままだった。
 俺にどういう言い訳をするか興味が湧いた。

「下賤の身で私に直答するとは不届き至極だが特別に許してやろう」

 俺は敢えて相手を徴発するような物言いをした。雪は顔を上げると口を開いた。彼女は俺の物言いに感情に流されることは無かった。流石忍者ということか。ここで感情に流されれば柳生宗章に斬り殺されるだけだ。

「小出相模守様、発言をお許しいただき感謝いたします」

 雪は俺に丁寧に感謝の言葉を口にした。

「小出相模守様、御家中の陣容を拝見させていただきました。兵の数も多く、多くの家臣をお召し抱えられており志気旺盛でございました」

 雪は歯に詰まったような物言いをした。この場合は皮肉では無いだろう。公式は五千石の旗本。実質は一万石の大名。一万石の大名の動員兵力と考えても俺の五百の兵数は過剰だ。二万石の動員兵力になる。傍目からは異常な兵数に見えるだろう。これに与力を加算すると五百五十人位になる。実際、豊臣軍の他の武将達が俺の軍を奇異の視線で見ていることは知っている。誰も口にしない理由は俺が初陣ということもあり張り切っていると勝手に解釈していると俺は結論を出していた。もしくは秀吉の親戚なので軽率なことは言えないと思っているのかもしれない。

「確かに五百は多いな。雪と言ったか?」
「はい」
「私は腹の探りあいは嫌いだ。さっさと聞きたいことを話せ」

 俺は雪に命じた。だが、雪は逡巡している様子だった。
 俺に直接言えないということは俺の身代についてだろう。

「私が風魔衆を騙し利用して使い捨てにすると思っているのか?」
「滅相もございません」

 俺は不愉快そうな表情で雪を睨んだ。そう思われても仕方ない。しかし、そう思ってもそれを表に出し相手の心証を悪くするような相手とは交渉できない。そう考えるならば、相手との交渉の中で真贋を確かめればいい。風魔は交渉毎には使えないと感じた。伊賀上忍である藤林正保とは大違いだ。この交渉能力では家老にするのは心許ないと感じた。

「私は北条征伐後に伊豆国を領有することが約束されている」

 雪は俺の言葉に動ずる様子は無かった。言葉では足りないか。
 俺は懐から朱印状を取り出し、風魔三人に見えるようにそれを開いて見せた。三人は驚いた表情で朱印状を食い入るように見ていた。秀吉の朱の印判が押され、朱印状には俺に伊豆国七万石を知行すると書かれていた。俺を伊豆国の国主に約束する文書である。俺は三人が文字が読めるということに驚いた。この三人はそこそこの教養はあるということだ。現代の日本では文字の読み書きは当たり前の能力だが、この時代は当たり前じゃない。戦国武将で有名な藤堂高虎は読み書きができなかったくらいだ。だから、俺の驚きは当然だ。

「小出相模守様、ご無礼の数々お許しください」

 三人とも震えていた。俺の立場がようやく理解できたのだろう。敵国の領地を知行地として安堵するということは通常はない。俺が秀吉縁者と知る彼らならば、本来は敵国の領地でなく治めやすい領地を宛がうはずだ。それを無視して敵国の領地を与えるということは秀吉が俺を高く買っているということになる。秀吉の身内である俺が伊豆国の統治に失敗すれば、秀吉の面目は潰れるからだ。

「雪。玄馬。この場で自害しろ。小出相模守様、ご見聞をお願いいたします」

 夏は平伏して固い声で雪と玄馬に命令した。雪と玄馬も覚悟したのか懐から短刀を抜き出した。

「待て!」

 俺は首に短刀を突き立てようとした雪と玄馬を制止するように甲高い声で叫んだ。二人は寸でのところで短刀を止めた。夏は叫ぶ俺に驚いた顔をした。

「死ぬには及ばない。自害させるなら二人を私にくれ」

 文字の読み書きができ、腕が立つなら殺すのは勿体ない。俺の家臣に組み入れて使う。雪は女だから直臣にできないから侍女にすればいい。玄馬は俺の家臣するとしよう。
 夏は俺の申し出に意味が分からない様子だった。俺が二人に死ねと要求したのだから夏は意味が分からなくて当然だ。雪と玄馬も短刀を持ったまま制止していた。

「お前達が私にした無礼は忘れる。自害したなら風魔衆では無いだろう。だから、お前達は私に仕えるのだ」

 風魔三人は俺の言い分が理解できない様子だった。

「小出相模守様、雪と玄馬は風魔の者です。小出相模守様の家臣にすることだけはお許しください」

 夏は自分で判断できない事案と思ったのか。俺の要求に断ってきた。

「何を言う。先程、お前は二人に言ったではないか。二人に『自害せよ』と。自害すれば死人だ。死人ならば風魔衆ではないだろう。私に二人をくれ」
「二人をどうされるのです」

 藤林正保が困り果てた風魔三人に変わって助け船を出した。

「二人を私の家臣にするのだ。雪、お前は女子(おなご)だから侍女として雇ってやろう。玄馬、お前は私の直臣にしてやろう。死ぬつもりだったのだ。不服はないだろ」

 俺は真剣な表情で二人に言った。藤林正保と風魔三人は俺の考えの変化に追いついてこれずにいた。先程まで自害しろと言った相手に自分の家臣になれと言う俺の考えが理解できないのだろう。

「どうして急に考え変えられたのです?」

 藤林正保は俺の考えを理解しようと俺に質問してきた。

「雪。玄馬。お前達は文字の読み書きができるだろう?」

 俺の指摘に二人は静止した。動揺を露骨に表に出さない二人を見て、俺は二人を更に高く評価した。初対面は減点だが使えそうな人材だ。柳生宗章が警戒するくらいならそれなりに手練れなのだろう。

「図星のようだな。お前達三人は朱印状の中身を読んでいただろう。三人とも動きが揃っていた。示し合わせて私に頭を下げる暇は無かった。あまりの驚きで動揺してしまったか」

 俺の指摘に風魔三人は俺の洞察力に驚きを隠さなかった。

「どうだ。私の家臣にならないか? 二人にそれぞれ二十五貫(二十五石)やろう。士分だ申し分はないな。知行分の俸給を今直ぐにくれというなら米俵で払ってやろう。北条征伐で手柄を上げれば更に加増してやる」

 俺が話を進めると二人は俺を沈黙して見ていた。彼らは捨扶持で北条に買われている者達だ。この二人には俺の申し出は魅力的なはずだ。二人は視線を夏に向けた。

「夏、もう一度言う。この二人を私にくれるなら風魔衆の無礼を忘れてやる。断るなら風魔衆とは手切りだ」
「小出相模守様、かしこまりました。風魔小太郎に伝え改めて返答させていただきます」
「何を悠長なことを言っている。お前の返答如何で風魔衆を手切れにすると言ったはずだ」

 俺は淡々と相手に言った。

「私の家老になろうと言うのだ。風魔の者が私の直臣になることは喜ばしいことだろう」

 俺は笑みを浮かべ言った。俺の言葉に夏は言葉に窮した。彼女は俺に対して軽率なことを言えないと思っているのだろう。ここで俺に「風魔衆の協力を必要とされているはず」と返すこともできるはずだ。だが、この選択肢を取ることができないということは風魔衆が俺との交渉を決裂させることができないということに他ならない。ある程度の無理は通せるはずだ。無理を通した分は待遇で埋め合わせすればいいだろう。

「北条征伐後に風魔小太郎には五千石の知行を与えよう。悪い話ではないだろう。望み通り家老に遇しよう。ただし、私が掲示した条件を果たさなければならない。夏、この条件を蹴るかここで選べ」

 俺は淡々と条件を突きつけた。夏の表情が変わった。

「わかりました。風魔小太郎には私から報告させていだきます」
「お前が風魔小太郎に報告するのか?」
「人質の役目は忘れておりません。風魔小太郎に報告後に戻って参ります」
「いいだろう。三日やろう。三日以内に私の元にお前が戻らなければ風魔衆は私を裏切ったと見做す。北条征伐後は覚悟しておけ」

 俺は脅すように夏に言った。夏は生唾を飲み込み俺に深く頷き平伏した。これで夏も真剣に風魔小太郎に報告するだろう。北条征伐は史実にあるように完遂される。北条が倒れれば風魔衆は路頭に迷うしかなくなる。風魔小太郎が俺を騙す気が無く、俺に近づいたことが保身のためなら俺の要求を飲むに違いない。仮に俺が夏に与えた情報が漏れたとしても俺の作戦の遂行に支障はない。その場合、藤林正保には頑張って貰うことになる。
 雪と玄馬は惜しいが用心のため死んでもらうしかない。 
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