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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第八十二話 要塞対要塞です。

全く突然にそれは来襲した。時空震による揺らめきが数千、数万、いや数十万キロにわたって起こったのち、その物体は静かにイゼルローン要塞の前面に現れたのである。一切音がしないだけにかえって凄みがあったかもしれない。


帝国軍 イゼルローン要塞 司令部――。
要塞内部は鼎が沸いたような状況だった。予期していたとはいえ実際にこうして大物が目の前に襲来すると、人々はうろたえてしまう。それでも各指揮官の叱咤激励のもと、兵士たちはパニック寸前になりながらも、何とか自分の部署に張り付き始めていた。
「状況はどうなっている!?」
要塞防御指揮官兼空戦部隊統括指揮官であるケンプが部下に怒鳴った。
「ハッ!!回廊内に出現した敵要塞は、直径100キロ、質量110兆トン!移動可能な内部エンジンを搭載し、その周囲には早くも要塞艦隊が展開しつつあります!!また、内部には非常に強力なエネルギー反応!!イゼルローン要塞トールハンマークラス以上の要塞主砲が存在すると思われます!!」
「化け物め・・!!」
ケンプは臍をかんだ。が、彼はすぐに帝都オーディンにこの状況を知らせるべく緊急打電をするように指令していた。
「ケンプ中将。」
澄んだ声がした。ケンプが立ち上がり、近寄ってきたフィオーナに敬礼した。カール・グスタフ・ケンプはイゼルローン要塞の要塞防御指揮官として赴任すると同時に中将に昇進している。彼にとって昇進は嬉しくないはずはないのだが、与えられた責任の重さを双肩にひしひしと感じているところだった。それが敵要塞の登場で一層重みを増して彼の肩にのしかかってきていた。
「ごらんのとおりです。やはり同盟はこの回廊に要塞を派遣してきましたな。幸い・・・。」
ケンプは目の前のスクリーンに向き直った。
「幸い、双方の要塞との間にはまだ距離はありますが、いつ戦端が開かれるかもしれません。」
「そうなればなったで、私たちの方も応戦するだけです。」
「よろしいのですか?」
「敵が攻めてくれば応戦し、そうでなければここでにらみ合う。要するにこちらとしては防戦をしていればいいわけですから。それが今回の戦略方針ですもの。」
フィオーナはにっこりした。緊迫した状況にもかかわらず、その笑顔を見るとケンプはほっとするのを感じていた。やはりフロイレイン・フィオーナは人を引き付ける魅力がある。この人がミュラーと一緒になって良かったとケンプは場違いな感想を持っていた。
「では、当方としては敵の出方を見るにとどめる方針を継続しますが、駐留艦隊はいつでも出撃できる体制を維持されておかれる、という前提で臨戦態勢を進めてよろしいですか?」
「結構です。」
現在要塞艦隊には、フィオーナ艦隊14500隻が駐留し、ロイエンタール艦隊14500隻、ミッターマイヤー艦隊14500隻、ティアナ艦隊14500隻が要塞後方に待機している。下手に撃ちあいになって巻き込まれたらたまらないというわけだ。

他方、同盟軍はいち早く艦隊を展開し、アーレ・ハイネセンを稼働せしめていた。ヤン・ウェンリーとしては、自由惑星同盟の大攻勢そのものにも反対で有れば、この要塞をもってイゼルローン要塞を攻略することも反対であったが、第十七艦隊の司令官となっている以上上層部の意見には従うほかなかった。
「ふぅ~・・・。」
ヤンは頭を掻いた。だが、幕僚たちが彼を見つめているのに気が付くと、椅子を回転させて向き直った。土壇場になって妙な命令が飛び込んできたので、それを咀嚼するのに少々苦しんでいたのである。それはウィトゲンシュティン中将の方でも同じことらしかったが、会議の結果既定路線を継続する方向で話は進んだ。
「労せずしてあの要塞が奪取できるのであれば御偉方がやってみればいいのよ!!」
と、机をたたきまくって叫んでいたウィトゲンシュティン中将の姿を思い返しながら、
「実は先ほどウィトゲンシュティン中将から司令官クラスの会議が緊急招集された。国防委員長から妙な命令が出ているというんだ。要塞を破壊せよ、というのが大本方針だけれど、可能であれば要塞を制圧しこれを占拠せよ、というんだ。」
ヤンは皆を見まわして言ったのである。皆の表情はヤンが予期していた通りだった。唖然と呼ぶべき表情が一様に並んでいた。
「それでは、これまでのイゼルローン攻防戦と同じことをせよ、というのですか?」
きっかり5秒が経過した後に、ムライが尋ねる。
「まぁ、あれだけの要塞だ。破壊せずに制圧できればそれに越したことはないという事だろうね。」
「ですが閣下。これまでの5度の攻防戦で甚大な被害を出しているにもかかわらず、まだ要塞を制圧しようというのですか、それは少々無茶ではないですか?」
パトリチェフ准将が不満そうに尋ねる。
「方法とやり方によっては。」
ヤンは無造作にそう言ったので、居並ぶ幕僚たちはポカンとした顔をした。



* * * * *
「敵の旗艦の識別番号から見て、敵の艦隊の司令官の陣容は以下の通りだそうです。」
データベースから照合を終えた報告をもってシアーナ・フォン・ルクレール少佐が4大将とケンプ司令官にそれを見せに来た。受け取ったティアナがそれを読み上げる。
「第十六艦隊のティファニー、ま、これは予想通りか。で、次が第十三艦隊のクリスティーネ、そして・・・・。」
最後の氏名の項でティアナの声が止まった。
「第十七艦隊のヤン・ウェンリー。」
フィオーナがティアナを見返す。親友の顔は心底嫌そうな顔になっていた。騎士士官学校候補生時代に実戦トーナメントで当たりたくもない嫌いな人間にあたった時の顔を思い出させた。
「ええ!?ヤン・ウェンリーが来るっていうの?おとなしくハイネセンで本の虫にでもなっていればいいのに。あ~あ、来なくていいのに・・・・・。」
「お前らしくもないな。和平交渉や捕虜交換式典で奴に何か言われでもしたか?」
ロイエンタールの金銀妖瞳が冷たさとある種のからかいの光を映し出した。
「別にヤン・ウェンリーが嫌いなわけじゃないのよ。平素付き合う分には全然いいの。けれど、戦場で会うことだけは御免こうむりたいのよね。それが正直な感想なのよ。」
「ほう?ヤン・ウェンリーの名は歴戦の勇者をして恐怖せしめるか。歴戦の勇者として名を馳せたもののうち半数は誇大なものだと聞くが・・・・・。」
ロイエンタールの目から冗談の光は消えた。
「お前が言うからには、あながちそういうわけでもないという事だな。」
ティアナは黙ってこっくりとうなずいて見せた。とても強く。
「反乱軍の目的はどのようなものだろうか。やはりこの要塞を制圧する目的か、若しくは破壊してしまおうというのか・・・・・。」
ミッターマイヤーが考え込む。
「破壊目的であれば回廊に侵入した直後から主砲の撃ちあいは始まることだろう。敵の主砲の威力は未知数だが、どうも解析報告を見たところあの要塞はイゼルローン要塞以上の装甲と火力を備えているというらしいからな。だが、破壊目的で襲来したとしても彼奴等、いや、人間の考えることには共通項がある。なるべくであれば労せずして手に入れられるものはそうしたいというのが心情だろう。」
ロイエンタールの意見に他の四人も至極まっとうなことだとうなずいた。
「となると、専守防衛で臨むのがいいか。どうもそのようだな。」
ミッターマイヤーがそう言った直後、オペレーターが緊急事態を叫んだ。
「正面敵要塞表面に高エネルギー反応!!」
「なに!?」
まっさきにケンプが、ついでミッターマイヤーがオペレーター脇に駆けつける。他の3人も後れを取らない。
「敵の要塞の主砲です!出力は5万・・・・6万・・・・・7万・・・・まだ上昇中!!」
「要塞主砲の推定出力、射程、そして目標を算出せよ!!」
ケンプが叫ぶ。
「要塞の推定出力・・・じゅ、十一億メガワット!!??」
信じられないというように声が完全に裏返っている。それにおっかぶせるように別のオペレーターが、
「さらに射程は当要塞の1,5倍!!要塞の主砲目標、当要塞です!!」
「バカな!?反乱軍にこれほどの要塞を作る技術があったというのか!?」
「砲撃、来ます!!」
対閃光ウィンドウを下ろすのがやっとだった。眼前の要塞の表面にイゼルローン要塞と全く同じ、いや、それ以上の閃光がきらめき、それが光の柱となってまっしぐらにこちらに疾走してきたのである。

凄まじい衝撃がイゼルローン要塞を襲い、コンマ秒単位の間隔をおいて悲鳴が管制塔を覆った。着座していても安全ベルトを締めていなかった者、そしてフィオーナとティアナ、ロイエンタール、ミッターマイヤー以外の起立していた人間は軒並み吹き飛ばされるか、床にたたきつけられてボウリングのピンのように転がり、苦痛と衝撃の表情を並べていた。

「被害状況を報告しろ!!」
ケンプがかろうじて制御装置につかまって転倒を免れながら叫ぶ。
「R-26ブロック、R―28ブロック大破!応答ありません!!・・・・全滅です!!」
「全滅?!」
ケンプが愕然となった。数千人からの兵が詰めていたはずのブロックは一瞬にしてその兵士ごと消滅してしまったのである。一同がそのことに感想を抱く余裕などなかった。
「第二波、来ます!!」
前の砲撃以上の衝撃がイゼルローン要塞全体を襲った。この時ほど指揮官、とくに上級指揮官ほど己の無力さを呪ったことはない。今展開されているのは戦闘ではなく一方的な屠殺だったからだ。行う方はいいが、被害者の方はたまった物ではない。
「ケンプ中将!!」
フィオーナが叫んだ。
「要塞を前進させてください!!」
「なんですと!?」
ケンプは指示を聞き違えたのかと思った。イゼルローン要塞には敵移動要塞建設の報告が入ってから、突貫工事によって移動装置が備え付けられている。数十基に及ぶエンジンとワープエンジンが分厚い装甲をもって備え付けられているのだ。移動は可能であるが、要塞を前進させるということはみすみす砲火の前に姿をさらし、撃ってくださいと言わんばかりではないか。
「そうか、引力というわけだな。」
ロイエンタールの問いかけにフィオーナがうなずいた。
「はい。イゼルローン要塞と敵要塞の質量による潮汐力を利用してこちらの装甲を厚くします。」
オリジナリティのない作戦であるが、この場合これしかとりようがないとフィオーナは判断したのである。
「敵の主砲がこちらの装甲を凌駕したら!?」
ティアナの鋭い眼差しと共に浴びせられた問いかけに、フィオーナは2秒ほど固まったが、すぐに首を振って、言った。
「それしか手はないわ。私たちに後退はできない。後退するにも時間がかかるし、その間敵に狙い撃ちされれば被害は甚大になるもの。」
ティアナは苦い薬膳スープを飲んだときに見せる嫌な表情を浮かべながらうなずいた。フィオーナに対してではなく、回廊に侵入するなり大胆不敵な砲撃を仕掛けてきた敵と、ここにいて何もできない自分に対して憤りを覚えていたのである。
「了解した。ただちに用意にかかります。」
うなずいたケンプは矢継ぎ早に指示を下したが、長くはかからなかった。1分後には要塞は敵要塞に向けて前進を開始していたのである。その3分後には再び敵要塞からの砲撃がイゼルローン要塞に命中。R-109ブロックとR-74ブロックが将兵もろとも消し飛んでしまった。
「射程に入り次第、トールハンマーを発射!!」
衝撃がおさまらぬ中フィオーナが指示を飛ばした。敵の要塞の砲撃にさらされ続けたイゼルローン要塞の誇るトールハンマーは、未だかつてない屈辱を晴らすのは今こそとばかりに充填を開始し、敵要塞に向けてその手から巨大な光の矢をなげうった。まっすぐに飛翔した光の奔流が敵要塞の流体金属層に吸い込まれていく。敵要塞の表面はびくともしていない様子だった。その証拠に新たな砲撃を知らせるリングが敵要塞の表面に浮かんでいる。
「第四波、来ます!!」
オペレーターの絶叫が司令室に響く。
「怯むな!!撃ち返せ!!」
激震に耐えながら、ケンプが部下たちを叱咤した3分後、再びトールハンマーが敵要塞を乱打した。二人の巨人がそれぞれの鉄槌を掲げ、互いを乱打し続ける凄まじい光景が続いた。未だかつてこれほどの光の奔流がイゼルローン回廊を駆け抜け続けたことはないだろう。だが、その光景も長くは続かなかった。
「敵要塞の、砲撃、停止!!」
敵要塞にどれほどの被害があったのかは知れなかったが、敵がそれ以上撃ってくることはなかった。近づく要塞同士の引力が存外早く作用して双方の主砲が使用不可になった模様である。
フィオーナは要塞全部署に対して戦闘態勢を指示した。これを見ていたロイエンタールが、
「よし。主砲の撃ちあいはひとまず片が付いたか。ならばもう一つ提案をしてもよいか?」
と、言ってきた。
「???」
何を言うのだろうと、いぶかしがっている女性司令官二人に、
「あの要塞に強行突入し、逆にあの要塞を制圧する。どうだ?」
と、さらりと提案してのけたのである。
「ええっ!?マジで!!??」
「本気と書いてマジと読む、そうお前には教わったな。」
ロイエンタールの口元は皮肉そうな笑みで歪んだ。
「敵はこちらの逆手を予想していないだろう。いや予想しているかもしれないが、それでもなお付け入る隙はあるはずだ。双方の混乱が完全におさまってからでは仕掛けることは難しい。戦機は今しかないと思うが?」
ロイエンタールの提案は大胆不敵なものだった。フィオーナは少し考えた。向こうにはヤン・ウェンリーがいる。ヤンの事だ。当然こちらの切り返しもすべて予測しているのではないか。だとすればその対策もしてのけているのではないか。そこまで考えてフィオーナは内心首を振った。それではだめだ。まるでヤン・ウェンリーが全知全能でこちらが彼の掌の中で踊っているだけになってしまう。
「ロイエンタールの言う通りだ。」
ミッターマイヤーがいち早く同意を示した。
「フロイレイン方の話では敵にはヤン・ウェンリーとかいう智将・名将がいるようだが、その者を恐れていては結局は何もできないではないか。人間諸事そうだが萎縮してしまっていては本来の力量を出すことは到底かなわぬものだ。確かに敵を軽視するのは忌むべきことだが、敵の幻想を作り出しそれに怯えることもまた忌むべきことだと思うが。」
フィオーナもティアナも内心感嘆のと息を吐いていた。これだからこそ、この二人は帝国軍の双璧と言われるのだ。自分たちも前世では双璧と言われていたが、やはりこの人たちには敵わないと思うばかりだった。
「ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督、感謝いたします。お二人がいてくださらなかったら、私たちは委縮して敵に乗じられていたかもしれません。」
「まだ終わっていないぞ。フロイレイン・フィオーナ。戦いはこれからだ。その言葉は後日いただくとして、今は作戦に集中しようではないか。」
ロイエンタールの言葉にうなずきを返したフィオーナはティアナとうなずき合うと直ちにその場で戦術会議を開催した。いわゆるスタンディング・ミーティングというやつである。何しろこの瞬間にも要塞は動いている。時間は待ってはくれないのだから。


* * * * *
要塞同士の砲撃戦が終了した後、ティファニーから合間を縫っての極低周波通信で戦闘詳報を聞いたシャロンは途端に微笑を消した。
「イゼルローン要塞が移動要塞に変わっていたとは知らなかったわ。こちらの主砲が使えないという事態になろうとは想定外だった。」
『はい。敵に一矢報われた格好です。』
「そんな悠長なことを言っている場合かしら?」
『は!?』
ティファニーが固まる。それに冷淡な視線を向けながら、
「このままの状態で時を過ごすほど敵が甘いとでも思っているの?すぐに要塞の臨戦態勢を整えさせなさい。敵はそちらに強襲揚陸してくるわよ。」
『まさか!?・・・あ、いえ、はい!すぐに指令します!!』
あわただしくティファニーがディスプレイ向こうでそう言ったかと思うと、通信が切られてしまった。
「情けない。敵の切り返す手を一手、二手先まで読めないようではこの先思いやられるわ。」
シャロンはひとり呟いた。イーリス作戦は開幕式から思わぬ苦戦を強いられているようだった。
「アンジェ。」
シャロンはすぐに別回線に極低周波通信を入れた。
「かねてから接触させていた工作員にプランBの発動準備をさせなさい。」
『Bですか?しかし・・・まだ、早すぎるのでは――。』
「イゼルローン方面の足が止まったのよ。こう着状態になりそうなの。ヤン・ウェンリーがいるとはいえ、敵の切り返した手も早い。何よりももっとも腹立たしいことはあのイゼルローン要塞を破壊するのではなく、欲を出して占領しろという指示が出先に飛んでいたということだけれど。」
『まさか!?あれほど徹底させていたはずでは――。』
「発案者は統合作戦本部長でも宇宙艦隊司令長官でもないわ。国防委員長よ。そしてその背後には最高評議会議長もいるでしょうね。余計なことをしてくれたわ。この自由惑星同盟の政治家にはよほど愚か者の遺伝子が濃く伝わっているようね。あの国防委員長も折を見て始末しなくてはならないわ。」
というわけで、とシャロンはアンジェに微笑を浮かべて、
「イーリス作戦を発動させるには今一つ強力な起爆剤が必要なのよ。発動はしないわ。ただ、いつでも着手できるように準備だけはさせておくように。」
そうまで言われては、アンジェとしても従うほかない。彼女は遠く帝都オーディンに向けてある指令を発動させたのである。


* * * * *

時間はやや前後するが、ティファニーがシャロンと通信を交わす前に、アーレ・ハイネセンでは、要塞主砲という手を封じられた要塞司令官以下が今後をどうするか、会議を行っていた。完全に攻撃のタイミングを外し「トチくるわせられた格好」になっている。
というのは、この攻撃開始直前に放たれた「可能であればイゼルローン要塞を制圧せよ。」という指令が国防委員長から直に飛んできたためである。出先司令部ではともかくもウィトゲンシュティン中将が宇宙艦隊司令長官と統合作戦本部長に確認を取ったが、二人ともそれについては知らないとそろって言い、そろってひどく不快そうな顔をした。だが、その数秒後、副官が持ってきた指令を読んだ二人は、ますます苦々しい顔をして、その指令書をディスプレイ越しにウィトゲンシュティン中将に見せたのだった。国防委員長からのもので、最高評議会の決定事項が記されている。「可能であればイゼルローン要塞を制圧せよ。」と。二人はそれを改めて指令したが、内心どう思っているかは顔を見れば一目瞭然だった。
 これを受けて、ウィトゲンシュティン中将が再度国防委員長に尋ねたところ、同じような答えがディスプレイ向こうから帰ってきた。
『諸君は組織上は宇宙艦隊司令長官から指令を受ける立場にあるかもしれないが、その宇宙艦隊司令長官及び統合作戦本部長に方針指示を出すのは国防委員長であるこの私だ。そしてこの意思決定は最高評議会から出されたものである。諸君は司令長官及び本部長に従おうとするあまり、文民統制という大原則をひっくり返そうというのか?』
ひっくり返そうとしているのは、ほかならぬあなたではないか!?という思いを誰しもが抱いていた。

 実は、国防委員長が直に前線部隊に指令を出せる根拠はあることはある。統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官が造反した場合に備えての事だ。これは緊急措置特別条項に明記されているところであるが、それには最高評議会の多数の賛成が必要だという条件がある。
 だが、そんな命令はここ数十年発動されたことすらない。それがどうして今この時に、と誰しもが思っていた。

「わかりました。方針はそれに従いますが、委細は現場に任していただいてよろしいでしょうか?」
『言うまでもない。』
と、国防委員長は通信を切ったが、これによって方針を巡って紛糾することになったのは言うまでもない。

 ともかくもアーレ・ハイネセンはイゼルローン回廊に入り次第先制攻撃を仕掛けたわけであるが、先に述べた「奇妙な指令」が将兵の心理に作用して、それが中途半端な結果になったことは否めない。さらに悪い事には敵要塞の接近によって、頼みの主砲が使えなくなった。この状況下、どう打開するか、敵を前にして会議が行われたのである。

ジャノ―・オーギュステ・クレベール中将は要塞制圧派であった。「国防委員長閣下がおっしゃっている以上、それに従うべきです!要塞制圧には多少の犠牲が伴うことになりましょうが、あの要塞を手に入れることができれば同盟の国防は鉄桶のごとく盤石になるではありませんか!」と、主張するのであった。
他方、シャロンの意を受けているティファニー・アーセルノ中将は「その指令は『可能であれば』という前置詞がつきます。攻略は不可能です。過去五度の戦いがそれを証明しています。すぐさまアーレ・ハイネセンは後退運動を開始するべきです。距離を置いて要塞主砲が稼働出来次第に断固として要塞を破壊しなくてはなりません!」と言い、強行に反対した。ヤン・ウェンリーはどちらともつかない態度を示し、沈黙し続けている。心持顔色を白くして双方の激論を聞いているウィトゲンシュティン中将としては「どうすれば!?」というところであった。彼女にとって重要なのは、第十三艦隊の生命を握っているのはいずれか、というその一点であった。武功をたてるのもひとえに第十三艦隊を守り抜くためである。

仮に要塞を破壊すれば、後々現場の総責任者として如何なる処置を下されるか・・・・。

そう考えたウィトゲンシュティン中将はぞっとなった。艦隊の再編成などという沙汰が下ったら、目も当てられない。せっかくよりどころを見つけた帝国の亡命者たちは離散してどこかの辺境或いは正規艦隊の一部隊として編成され、日陰者として過ごさなくてはならないだろう。それだけは絶対に阻止したかった。
かといって、シトレ大将、ブラッドレー大将の意向を無視することも得策ではない。そんなことをすればウィトゲンシュティン中将自身が司令官を解任されて、どこの馬の骨とも知れぬ第三者が司令官に就任する可能性もある。帝国からの亡命者でウィトゲンシュティン中将以外の中将は今のところ存在しない。
「どうすれば・・・・。」
彼女は華奢な手を額に持っていきたい衝動を抑え込んで考えていた。
「イゼルローン要塞をすぐに制圧できるか否か白黒が付くのであれば、この問題は解決すると思われますが。」
のんびりした、と言ってもいい場違いな声がした。ウィトゲンシュティン中将が顔を上げると、激論をしていたクレベール中将もティファニーもあっけに取られて一人の人間を見ている。
「そのような事ができると思うのですか、ヤン提督は。」
ウィトゲンシュティン中将がせき込んで聞いた。
「要は理由付けが必要なのでしょう?要塞を制圧できるのであれば、閣下からシトレ大将に意見具申すればいいだけの事ですし、要塞が制圧できないのであれば、詳細な報告書を添えて国防委員長に報告するだけの話ですから。」
それを威力偵察という名前の出撃で確かめるのだ、とヤン・ウェンリーはまとめた。
「一度や二度の攻撃で落とせないことははっきりしているではありませんか。それを今更正攻法で攻め寄せるなんて・・・・。」
ティファニーがあきれ顔をしている。転生者であるからヤン・ウェンリーの力量はよく知っているはずなのだが、実際にこうして話をしていると、どうも頼りないどこかの大学助手のように思えてきてしまう。
だが、ヤン・ウェンリーが策を話し始めると、俄然一同の顔色は変わり、身を乗り出して彼の話に聞き入ったのである。


他方――。


帝国側の4大将はすぐに協議をまとめ、ロイエンタール艦隊とミッターマイヤー艦隊が出撃することとなった。「言い出したからには本人が前線に立たなくてはな。」という両人に対してフィオーナもティアナも反駁するすべを持っていなかったのである。だが、ここで戦死でもされたらたまったものではないので、フィオーナはティアナに後詰を頼むこととした。
「どうも嫌よね、私たち、ヤン・ウェンリーを恐れること子羊が狼を恐れるがごとし、じゃない。誰かさんの言葉じゃないけれど。」
「ううん、狼じゃないわよ。北欧神話のヘルなのよ・・・・。」
ブルブルッと身震いしたフィオーナは浮かぬ顔で、
「ティアナの事を笑えないわ。私だってヤン・ウェンリーと戦うのは御免こうむりたいもの。でも、あの人がラインハルトと戦うことになるのはもっと嫌!だからここでどうあってもあの人を制しなくちゃ。」
「わかっているわよ、フィオ。あなたは要塞をお願いね。ロイエンタール、ミッターマイヤーの後詰は私がきっちり果たして帰るから。」
フィオーナは親友の手を握った。それを握り返したティアナはすぐに要塞から飛び出すと、自分の艦隊旗艦フレイヤに戻ってきた。これは高速戦艦をさらに改良し、出力を大幅に増幅させた最新鋭艦で、滑らかな流線形を有する艦の前部はパーツィバルを連想させるが、後方の重力エンジンはガルガ・ファルムル並の出力を備えている戦艦である。北欧神話の女神の一人で「戦い」を冠する彼女の名前をもらった新鋭戦艦はその主同様早くも仕留める獲物を物色しているかのように前方の大要塞をにらんでいた。その大要塞と自分の艦隊の間には既に配置を完了している帝国の双璧の艦隊がいるが、その陣容はいささか奇妙なものであった。

ロイエンタール、ミッターマイヤー艦隊はその総勢を21手に分けて布陣していたのである。当初ティアナはそれを聞いたとき「戦力分散の典型例じゃないの!?」と思ったのだが、なおも二人の作戦を聞いていくと「なるほど!」と思わせられたのである。
ティアナは自軍の艦隊を吶喊陣形に編成していつでも救援に行けるように手配すると、艦橋に立って彼方をじっと見据えた。
「さぁヤン・ウェンリー、お手並み拝見と行くわよ。ううん、あなたを軽んじてはいないわ。私たちは全力をもってあなたに相対する。それをあなたはどう受け止める?」
 
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