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あえて身を引き

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第一章

                 あえて身を引き
 政界の重鎮、元老と言ってもいいまでの権勢を誇り陸軍大将でもあり財界にも顔が利く森谷二郎は東京の大きな屋敷を持っていてだった。
 屋敷で常に政治や経済の話をしていた、それは今もでだ。彼は葉巻を吸い四角い顔にある口髭を触りながら言うのだった。
「勝つには勝ったがね」
「はい、露西亜との戦争に」
「何とか」
 財界の者達が森谷に応えていた。
「しかしですね」
「財政的にはです」
「かなりの額を使いました」
「数年分の国家予算をです」
「使いましたので」
「何かと」
「これはこれで厄介だ」
 戦争には勝ったがとだ、森谷はまた言った。
「この問題を何とかしないと」
「しかも日韓併合です」
「これでもかなり予算を使うことになります」
「あちらへの投資もです」
「必要なので」
「公爵についてあちらに行ったことがあったが」 
 半島、この度併合したそちらにとだ、森谷は財界の重鎮達に話した。
「あそこは山に木々もない」
「全くの禿山ですか」
「禿山だけですか」
「そうした山ばかりですか」
「そうだ、寺内さんはまず木を植えることからだというが」
 植林、それからだというのだ。
「そこからはじめるとなると」
「相当ですね」
「相当な予算を使いますね」
「そうなりますね」
「そうだ、そうなるからな」 
 だからだというのだ。
「予算が心配で仕方ない」
「陸軍さんの方でも何か」
 財界の者の一人が森谷に問うた。
「あちらで」
「半島防衛に二個師団増設の話だな」
「それは出ますか」
「そろそろ出る」
 表にというのだ。
「そしてそれがどうなるか」
「またそこでも、ですね」
「金が必要になるな」
「そうですか」
「諸君等であちらに進出する者もいるだろうが」
 しかしとだ、森谷はさらに言った。
「あの国で儲けることは難しいと言っておく」
「木さえない国なので」
「それで」
「そう言っておく、とにかく今は金が必要だ」
 日本にはというのだ、森谷は国の財政の状況を深く強く憂いていた。戦争に勝ったがその後も難しいことだった。
 そうした話をしてだ、森谷は夜にはだった。
 ある家に行った、そこに行くと一人の艶やかな女がいた。黒く長い髪に艶があり切れ長の目には色気がある。輝きは星の様で唇は紅だ。
 その美女が森谷を迎えてだ、笑顔で言ってきた。
「今日もですね」
「来た」 
 森谷は微笑み女に答えた。
「ここにな」
「そうですか」
「ああ、今日はここで休む」
 女にこうも言った。
「そいうしていいな」
「どうぞ」
 これが女の返事だった、この女の名をみやという。森谷の行きつけの赤坂の料亭の芸者の一人で今は妾になっているのだ。
 そのみやがだ、森谷に微笑んで答えた。 
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