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外伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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彼はNO.1

■帝国暦481年   帝都オーディン 兵站統括部第三局第一課 アデーレ・ビエラー

 今日も一日また書類が待っている。私は机の上におかれた書類をみて溜息をついた。兵站統括部第三局第一課はイゼルローン方面の補給を管轄する部署。言葉では格好良いが、やってる仕事は書類を見て数字があっているか、何時までに送るのか、どの輸送船に積み込むのかの調整でしかない。

出来るだけ無駄なく輸送しなければならない。幾つかの物資要求と合わせて送るのだけどその調整が難しい。希望納品日と船舶の輸送計画がなかなか一致しない。輸送を担当する兵站統括部第二局は予定を変更されるのを極端に嫌がる。

必要なときに船がなくなるというのだ。“計画は守ってください”それが彼らの口癖だ。計画よりも納期を守ってよ、あんた達。

私の名はアデーレ・ビエラー伍長。年は二十歳、帝国女性下士官養成学校を二年前に卒業した。卒業以来、この二年間失望の日々を送ってきたといっていい……。理由は簡単、私の周りには良い男が全くといっていい程いない。なんて悲しい事だろう。

帝国は今、反乱軍との間に慢性的な戦争状態にある。男性は皆軍に取られ、街中には若い男性は極端に少ない。若い男性が多く居るのは軍隊なのだ。私が帝国女性下士官養成学校に入ったのも男性との出会いを求めてよ。

不純と言われても構わない。一会戦あたり最低でも二十万、多いときは百万単位で若い男が死んでいく。結婚できない女性が増え続けている。私のように平民出身で特に家が裕福でもない人間は軍に入って積極的に男性との出会いを求めていかなくてはならない。

それなのに、私が配属されたのは、よりによって兵站統括部だった。此処は決してエリートが集まる部署ではない。将来性など皆無の男たちか、貴族の次男、三男坊で戦場になど出たくないというロクデナシどもばかり……。なんてかわいそうなんだろう。

「どうしたの、アデーレ。溜息なんて吐いちゃって」
「コルネリア先輩……、毎日が虚しくて」
声をかけてきたのはコルネリア・アダー伍長、帝国女性下士官養成学校の一年先輩だ。

ブルネットの髪と蒼い瞳が綺麗な先輩には恋人が居る。何と軍務省の人事部にいるのだ。軍官僚として将来を保障されていると言っていい。うらやましい限りだ。たまたま軍務省に資料を届けに行った時、知り合ったらしい。私にもそんな出会いが欲しい……。

「何言ってるの。今年の新人たちの希望配属先が出たでしょう。もう見た?」
「いえ、見ていません」
「どうして?」
「見ても仕方有りませんから」

希望配属先、卒業一ヶ月前のこの時期になると卒業予定の士官候補生が希望配属先を出す。軍のホームページに掲載され、私たちはそれを見ることが出来るのだ。しかし、見ても仕方ない。どうせ碌でもないのばかりで、軍務省配属希望者や統帥本部配属希望者と見比べるだけで嫌になる。

「そんな事言っていいの? 今年のNO.1はダントツでウチよ」
「はあ?」
何を言っているんだろう。

NO.1…… その年配属される新人の中から将来性、ルックス、成績、性格等で各配属先(軍務省、統帥本部、宇宙艦隊、憲兵隊等)が競い合う。自分のところに配属された少尉がNO.1だ、と自慢しあうのだ。新人配属から3ヵ月後、密かに各配属先から女たちが集まりNO.1を決める。言ってみれば彼氏自慢、息子自慢のようなものかもしれない……。

「冗談は止めて下さい。ウチがNO.1なんてありえません」
そう、絶対ありえない、出るだけ無駄。去年私も集会に出たけど泣きたくなるくらい辛かった。あまりにレベルが違いすぎる。今年は絶対に行かない。

「あらあら、騙されたと思って見てみるのね、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン候補生。ポケットに入れたくなるような男の子よ」
「?」
コルネリア先輩は艶やかに微笑むと立ち去っていった。

ポケットに入れたくなる? 男の子? 私は軍のホームページを開き希望配属先リストのデータベースを開いた。兵站統括部を選択し、配属希望者を確認する。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、これね。確かに兵站統括を希望しているわ。騙されたと思って詳細を確認してみよう。

彼の詳細データが出た。黒髪、黒目、優しげな顔立ちの写真が出た。カワイイ、本当に男の子? 女の子じゃないの? それにちょっと幼い感じがするけど……、嘘、この子十六歳なの? 本当ならこれから士官学校入学じゃない。

成績は……評価はSA! 嘘、この子SAなの、信じられない。
成績欄を見ればおおまかな成績はわかる。これまでの中間、期末試験の順位の平均を基に評価してあるのだ。

SAは平均で十番以内だ。Aは百番以内、Bは千番以内、Cは二千番以内、それ以外はDランク。ヴァレンシュタイン候補生は十番以内に入っている。凄い、なにこれ、なんでウチに来るの。どう見ても軍務省か、統帥本部か、宇宙艦隊よ。間違ってもウチに来る子じゃない。

「嘘!」
思わず叫んでしまい、周囲から睨まれる。拙い、つい興奮しちゃった。でも信じられない。この子の資格取得欄が凄い。“帝国文官試験”、通称“帝文”に合格してる。

そういえばそんな話を聞いた気がする。確か士官学校始まって以来だとか。どうせウチには来ないと興味なかったけど……。それに物流技術管理士、船舶運行管理者、星間物流管理士……兵站のプロじゃない。何者なの。

昼休み、私はコルネリア先輩と食事を取った。兵站統括部の食堂でAランチを取りながら話す。
「先輩、なんなんです、あの子」

「ヴァレンシュタイン候補生?」
おっとりとコルネリア先輩は話す。この辺が私とは違うんだな。ちょっと羨ましい。いけない今はヴァレンシュタインよ。

「ええ、あんなのおかしいです。ウチに来る子じゃありませんよ」
「でも、うちに来るのよね」
困ったように先輩が答える。そう、ウチに来る……。

「なんかの間違いじゃないんですか」
「うーん、でもハインツに聞いたんだけど、四年間兵站を専攻したらしいわ」
「はあ」

ハインツというのは人事部に居る恋人の名前だ、ハインツ・ブリューマー。私もそんな風に名前で呼べる彼が欲しい……。ハインツの言う事が本当なら、彼は筋金入りの兵站希望者という事になるけど……。

結局食事が終わるまで私たちはヴァレンシュタイン候補生の事を話し続けた。
ランチの味はよくわからなかった。私の頭を占めていたのはあの坊やの事だった。

食事を終えて部屋に戻ると、兵站統括部第三局はヴァレンシュタイン候補生のことで持ち切りだった。

“凄い” 同感。
“カワイイ” それも判る、あの子はカワイイ。
“食べちゃいたい” それも判るけど、食べちゃ駄目!
兵站統括部の女性下士官たちは彼に夢中だった。

二週間経った。彼の人気は全然衰えなかった。むしろヒートアップする一方だった。
理由は一つ。彼を誘惑する雌狐どもが現れたのだ。軍務省の官房局、法務局の女性下士官たちが彼に希望配属先を変えさせようとしたのだ。薄汚い奴め!

「帝文」に合格しながら兵站統括部と言うのは何かの間違いではないかと何度も上司を通して彼を説得したらしい。でも、正邪を見分ける清い心を持ったエーリッヒ・ヴァレンシュタインは微塵も揺るがなかった。

“兵站統括部が駄目なら任官しない”とまで言って雌狐どもを拒絶してくれた。その話が兵站統括部に届いたとき、私たちは思わず泣いて喜んだ。なんてカワイイんだろう。見掛けだけじゃない、心までカワイイ。

そして、待ちに待った新任少尉配属の日、ヴァレンシュタイン少尉が配属されたのは兵站統括部第三局第一課、私達のところだった。ディーケン少将に連れられて来たヴァレンシュタイン少尉は柔らかく温かみを帯びた声で少し恥ずかしそうに挨拶をした。

「エーリッヒ・ヴァレンシュタイン少尉です。本日付で兵站統括部第三局第一課への配属を命じられました。よろしくお願いします」
そう、待っていたのよ。少尉。私たちはみんな貴方を待っていた。彼を拍手で迎えながら私はそう思った。

三ヵ月後、帝都内の小さなカフェで恒例のNO.1を決める集会が有った。私も参加した。当然だけどNO.1はヴァレンシュタイン少尉だった。仕事も出来るし、性格もいい、弁護士資格も持っているし、官僚にもなれる。それに何と言っても笑顔が素敵。

はにかんだ顔も優しく微笑む顔も私たちを癒してくれる。甘党でココアが大好きなのも全部素敵。

軍務省と統帥本部の女性下士官たちが悔しそうにしている。どう見ても本来なら軍務省か統帥本部に行く人材なのにと思っているのに違いない。可哀想な彼女たちにヴァレンシュタイン少尉の写真を進呈した。私たちと一緒に美味しそうにケーキを食べている写真だ。見ているだけで幸せになれる、そんな一枚。そして彼女たちに一言告げる。

「そのケーキは少尉の手作りなの。宇宙で一つしかないケーキなのよ。とっても美味しいの。食べられなくて残念ね。写真で我慢してね」
とうとう彼女たちが泣き出した。ちょっと可哀想かと思ったけど、彼女たちの周りには良い男が一杯居るんだから。このくらいはいいじゃない。





 
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