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Fate/PhantasmClrown

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MySword,MyMaster
Act-1
  #1

1:聖杯戦争、及びサーヴァント、及びマスターについての大まかな概要

 聖杯戦争。
 
 非業の死を遂げた英雄たちが、生前果たせなかった願いの譲受をかけて、万能の願望器たる『聖杯』を巡り争い合う、伝説の再編たる現代の叙事詩(バトルロワイヤル)
 英霊たちは己の分霊を『サーヴァント』として、同じく願いを叶えるべく集った七人の魔術師……『マスター』の下に、七つのクラスにわかれ、一基ずつ召喚される。
 聖杯が叶える願いは一つであるが故に、基本的には聖杯戦争は血で血を洗うゼロサム・ゲームとなる。過去には一人のマスターの下で複数のサーヴァントが共闘したこともあったと聞くが、基本的にはそのような事は起こりづらい。

 セイバー、バーサーカー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシンの七つのクラスに分けられたサーヴァントは、それぞれその英霊が得意とする技や伝説によって各クラスに一基ずつ割り振られ、クラスごとに【クラス別スキル】と呼ばれる能力、そして各々の伝説によって形作られた【固有スキル】という特殊能力、さらには必殺の一撃、あるいは最高の武器にして、その英雄の伝説の結晶である【宝具】を取得する。その内容は、召喚された地域による『知名度』によってある程度は増減すると言われている。
 例えば、かつて英国を震撼させた連続殺人鬼(シリアルキラー)が、サーヴァントとして召喚されたとしよう。そのサーヴァントは恐らくサーヴァント位階第七位、暗殺者の階梯たるアサシンのクラスに割り振られるだろう。アサシンのクラス別スキルは【気配遮断】。それに加えて、その殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)に付随するいくつかの伝説を題材とした固有スキル、さらには人々の思う切り裂きジャックを象徴する、『女性殺しの宝具』を引っ提げて召喚されるに違いない。
 さらにその召喚された場所が仮にイングランドであったならば、土地の人間しか知らないような、事件の細かい詳細に依拠した新たなスキルや宝具を手に入れたとしてもおかしくは無いだろう。

 このように、サーヴァントというのは非常に強力だ。
 聖杯がその願望器としての圧倒的な力の一端を以てして顕現させる彼らは、物理的な存在でありながら真エーテルで構成された霊的存在だ。近代兵器の一切は効果をもたないと推測される。

 そのような強大な力をもつ英霊を、果たしてマスターは制御し切ることができるのか?


 ――解答(こたえ)は、『基本的には可』だ。

 サーヴァントが常にマスターにとって従順、というワケではない。サーヴァントは英雄の分身、行ってしまえば『マスターよりもはるかに強力な、自律行動する使い魔』だ。使い魔ではあるが、決して縛られているわけではない。気に入らなければマスターさえも殺すだろう。
 では、なぜそのようなサーヴァントたちを御することが可能なのか。

 理由は、マスターに選出された人間の体に浮かび合がるであろう三画の紋様――『令呪』にある。

 これはやはり聖杯が、その力の一端で以て顕現させた、サーヴァントへの絶対命令権である。これを使用することで、原則としてどんな命令でもサーヴァントにきかせることが可能となる。サーヴァントは基本的に是に逆らうことは出来ない。
 加えて、いかな聖杯がサーヴァントを形成しているといえど、サーヴァントはこの世ならざる英雄の現身。現世にとどまるためには楔が必要だ。マスターと令呪はその役割を兼ねる。マスターの死は、サーヴァントの消滅につながる場合が多い。

 故に、いかに強暴なサーヴァントであれど、原則としてマスターに逆らうことは無い。
 もちろん例外はある。令呪で縛られるくらいならば、己の願いを捨てるというプライドの高いサーヴァントもいるだろうし、その場合はマスターが令呪を使用する前に殺されてしまえばそれまでである。令呪の効力が現れないほどに強力なサーヴァントもまた、恐らくは存在するだろう。

 さらに最初はサーヴァントとの関係が良好でも、その令呪による命令によって袂を分かつ、ということもあり得なくはないのだ。

 心せよ。
 この聖杯戦争において最も重要となるのは、敵味方どちらにおいても、マスターとサーヴァントである、と。


2:過去に二度行われた聖杯戦争について――――


 ***



「……ふぅ」

 小さく息をつく。これでこのページを読んだ回数は四百二十三――この後の記録についても、ほぼ同数回目を通している。
 氷室雪華=グレーシャ・スノードロップは、『聖杯戦争についての解説』と題されたノートを畳むと、傍らに置いた黒い鞄にそれを入れる。いかめしいその外観は、少し、気に入らない。
 黒い女物のスーツは、18歳の自分には似合わない、とグレーシャは思っていた。実際の所、黒髪に氷のような青い瞳の、極めて整った容姿の彼女には、そのスーツは若いOLの様な姿として、非常によく似合っていたのだが、自己の外見評価が低い彼女にとって、その発想は無かった。

 それに。

 この先、そんなことを気にしてもいられない。

 彼女は、自らの胸元に視線を落とす。つつましやかでも、さりとて発育過剰でもない、何ともいえない胸部装甲に関しては今はどうでもいい。問題は、その谷間に出現した、黒い刺青のような紋様だ。
 天使の翼をかたどったそれは、今しがた読んでいたノートにも書かれていた、サーヴァントへの絶対命令権。マスターの証にして、聖杯戦争に参加するための切符――令呪だ。

 彼女にとって、それが自分に顕現することは、意外にして想定外のことだった。

 確かに彼女は魔術師だ。過去二回起きた聖杯戦争を解析し、研究し、魔術探求に生かそうとする組織――『聖杯研究機関』の一員でもある。
 しかし一流ではない。むしろ三流である。幹部でもない。たしかに局長とは個人的に親しいし……というか相当親しいし、かなり特別な関係にあるが、その役職は別に偉いわけではない。

 そんな自分に、何故、マスターの証が。
 彼女は、それが不思議で不思議で仕方が無かった。

 聞くところによれば、マスターとは、聖杯が自らに託すにふさわしい願望を持っている、と判別した魔術師から選出される者だという。

 グレーシャに願望や欲望が無い、と言われれば嘘になる。だが、聖杯に託すような望みか、と言われたらそれもまた違う。

 けれども。

 彼女は選ばれた。選ばれてしまった。
 この『架空の聖杯戦争』を戦い抜く、『架空のマスター』として。


 彼女は機関の本拠地たる建造物、その一角へと向かう。意外に質素なその場所にいる人物に、用があった。
 魔術師の住まう場所とは思えない、最先端のスライド式のドアの前に立つと、インターフォンを押す。

「グレーシャです。入室します」
「……ああ、グレーシャ……もうそんな時間かぁ……うん……どうぞ」

 かしゅり、という音と共に開くドア。部屋の中に入ると、内部でPCの前にうつぶせに倒れた青年、一人。

「……何やってるんですか、局長」
「いやぁ、『鏡面界』の様子を少しでも観察して、先に召喚されたらしいサーヴァントの情報を掴もうと思ったんだけど……存外に難しいなぁ。僕程度の腕前じゃぁどうにもならないよ」

 たははは、と笑う彼。金色の髪を揺らし、青色の瞳を瞬かせる彼は、しかし英国人などではなく日本人だ。『魔力焼け』と言われる現象によって、彼の身体は色素が薄い。
 それほどまでに、圧倒的。
 彼は決して、『僕程度』と名乗っていい人間ではない。

「いい加減に謙遜をやめてください、裕一。貴方はこの『騎士団』で最強・最優の魔術師……この聖杯戦争においても、マスターになりうる人間だったのに」
「いや確かに魔術回路は良いらしいけど戦闘力は……それに、マスターとしての役割は君に背負わせるはめになってしまったけどね……ごめん」

 頭を下げる青年。

 グレーシャは気にしてなどいない。マスターであることに、聖杯戦争の参加者であることに、疑問はいくらでも抱く。

 だが、不満を抱きは、しない。

「安心してください。私は10年前から全てあなたのモノ。私を代理人だとでも思って使うことです」
「いやだからそのなんとなく重い口ぶりやめてよ……そもそも戦争孤児の君を助けたのは僕じゃなくて前局長……僕の父さんだって何度も言ってるじゃぁないか……」
「いいえ。私にとって仕えるべきは貴方です、裕一」

 グレーシャは、その人生を既に彼――(たばね)裕一(ゆういち)に捧げて久しい。

 もともとグレーシャは戦争孤児だった。どことも知れない国で何が理由なのかも分からない戦争に巻き込まれ家族を失い、蹂躙されるかあるいは殺されるか、はたまたもっと陰惨な未来をたどるかのどれかだった。
 その未来を変えたのが当時十歳にして既に天才魔術師であった裕一と、その父にして先代最強の『魔術使い』、(たばね)千斬(せんざん)だ。
 以後、グレーシャは彼らの運営する聖杯研究機関のメンバーであり、そして早逝した千斬の後を継いだ裕一の傍使えとして生きてきた。傍使えの役職は事実上の名誉職、というかメイドのようなものであり、大した権力は無いのだが。

 裕一はうぅん、と唸ると頭を抱えた。

「弱ったなぁ……なんか罪悪感を感じて仕方がない……これから僕は君に、『伝承保菌者(ゴッズホルダー)』たる我が家に代々伝わる聖遺物を預け、そして架空座標に存在するこの聖杯戦争の舞台――鏡面界に放り込むわけだ。いやだなぁ、こんなに僕に尽くしてくれる娘を権力に物を言わせて従わせるとかただのパワーハラスメント……父さんとまるで同じだぁ……」
「つべこべ言ってないで、さぁ、モニタールームに急ぎましょう。私も行かなければいけません。裕一が様々なことを調べてくれて、色々なことを案じてくれるのはとても嬉しいです。けれど……私にとって一番嬉しいのは、あなたが何の迷いもなく、私を『剣』として使うこと」

 それは、本心からの言葉。

 グレーシャは剣。
 束の家に伝わる『聖剣』の様に、裕一の未来を切り開くための、剣。

 自分の人生が一度確実に終り、しかし再び始まったあの日に、『最初に』手を差し伸べてくれた、唯一無二の、大好きで大切な男の人。

 彼に救われた命。彼の為にそれを使うのは、当然のことで。そして、グレーシャにとっては、至上の願い。

 ――ああ。
 ――もしかしたらこれを、聖杯は選んだのだろうか。

 彼女は、内心でそう思案する。漸く、納得が自分の中で行って、覚悟も、決まったように思えた。

「……分かった」

 そして同時に、裕一の中でも何かが吹っ切れたようだった。

 顔を上げた彼は、いつものようなおどおどした、およそ『騎士王の末裔』には相応しくない表情ではなく。

「いこう、グレーシャ……いいや『雪華(せっか)』。僕の剣。僕の刃。僕の従者(サーヴァント)。マスターとして君は鏡面界へと向かい、間接的に僕の刃を操作しろ。全ての敵を切り伏せ、そして――」

 まさしく、王。

 この聖杯研究機関……正式名称、『現代円卓騎士団(ラウンズ・オブ・ノスタルギア)』のリーダー。

 現代の、『アーサー王』。

「僕に、聖杯を捧げろ」
「御意」


 小さな玉座で行われた一つの会話。

 架空の世界で引き起こされる聖杯戦争に向かう、一人のマスターの前日譚。


 そして。

 その鏡面の世界で。

 黄金の聖剣は、眼ざめの時を待つ。
  
 

 
後書き
 裕一が主人公、グレーシャがヒロインの筈ですが、裕一君に出番はほぼないモノとお考えください(
 大体各Actの最初の話は裕一の視点から、後の数話はグレーシャの視点から描こうと考えています。

 次回はいよいよ、サーヴァントの召喚……のはずです……(オイ 
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