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異伝 銀河英雄伝説~新たなる潮流(ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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困ったチャン騒動記(4)

新帝国暦 2年 7月25日   ハイネセン  オスカー・フォン・ロイエンタール



パーティは大成功だった。家に帰り服を着替えながら思った。参加者は皆楽しんでいただろう。俺も十分に楽しんだしそれなりに成果も有った。旧同盟政府の政治家達や財界人との会話ではそれなりに得るところも有った。向こうも俺と話すことが出来て満足なようだ。

何と言っても人間、無視されることほど傷付くことは無い。これからはもっと積極的にパーティに出て彼らの意見を聞くことにしよう。それで彼らが反政府感情を和らげてくれるなら安いものだ。

彼らがおとなしくなれば彼らを担いで騒ごうとする人間も減る。いずれは積極的にこちらに協力してくれるようになるだろう。そうなればさらに総督府の立場は強化されるし、新領土の統治もうまく行くに違いない。

エーリカには感謝している。彼女は連中の事を良く知っている。彼女が上手くフォローしてくれたので会話がスムーズに進んだ。これからも彼女には俺と共にパーティに参加してもらう事になるだろう。気に入らんのは連中のエーリカを見る目だ。それだけが気に入らない。

まあ、連中の気持ちも分からんでもない。間違いなくエーリカはパーティで一番美しかった、誰もがそれを認めるだろう……。腕を組んだ時の胸の感触、ダンスを踊った時に彼女の腰に回した手の感触、そして細く白いうなじ……。彼女を抱きたい、ふとそう思った。

馬鹿な、何を考えている! 相手はお天気女で天敵だろう。大体契約結婚なのだ、そんな事は論外だ! ……しかし、エーリカと結婚してから俺は女としていない。エーリカもいくら契約結婚でも夫が他の女の匂いをさせているなど嫌だろう、そう思ったのだ。

だとすると俺は契約結婚の期間中は女断ちか? それはそれで少し酷いだろう、俺はまだ若いのだ。となるとやはりエーリカとするのが普通なのか……。契約結婚なのだ、契約している期間は夫婦という事のはずだ、ならば夜の営みが有っても不思議ではない。いやそのほうが自然だ、とっても自然だ。うん自然なのだ。

何と言って彼女とするかだな。女など口説いたことが無いからよく分からん。そんな事をしなくても女は寄ってきたからな。“やらせろ”……違うな、“やりたい”……そうじゃない、“愛している”……愛している? 何を考えている、オスカー・フォン・ロイエンタール?

もう一度よく考えろ、何故ほかの女では駄目なのだ? 他の女の匂いをエーリカが嫌がる? 阿呆、匂いなどシャワーで洗い流せば分からんだろう。その後にコロンを付ければ完璧だ。他の女を思い出せ、あの胸のでかい女だ、多少胸が垂れ気味だが遊びなら何の問題もない。

化粧が濃かったな、顔の表情がきつい感じだった。髪型も派手さを強調し過ぎて品が無い……。げんなりした、うんざりだ。目の前に最高級品の女がいるのに何であんな女を相手にしなければならんのだ、馬鹿馬鹿しい。

そうだ、俺はエーリカが良いのだ、他の女では駄目なのだ。つまり俺はエーリカを愛しているのだ。愛している? お前に人を愛する資格が有るのか? 生まれてきた時から呪われたお前が、周囲を全て不幸にしてきたお前が……。人を愛すれば子供もできるがお前に父親になる資格が有ると言うのか?

……そうだ、俺には人を愛する資格も父親になる資格もない。だが俺はエーリカを愛している、どうすれば良い……。諦めるのか……、いや何故諦めるのだ、資格が無ければ作れば良いではないか!

人間なればこそ困難を克服する。その前に屈するなど犬猫と同じ、オスカー・フォン・ロイエンタール、お前は犬猫なのか? 断じて否! 俺は人間だ。そうだ、俺はエーリカを愛するべきなのだ! 子供を作り幸せになるべきなのだ! そして俺を呪い忌み嫌った両親に告げるのだ、お前達がどれほど俺を呪い忌み嫌おうと俺は幸せになった。俺は勝ったのだと!

ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、俺は今こそ卿らに感謝する。ミッターマイヤー、よくぞあの馬鹿なコルプト大尉を撃ち殺してくれた。それが有ったからこそ俺はエーリカと知り合うことが出来た。そしてビッテンフェルト、これまでトサカ頭などと思ったことを心から詫びる。卿が彼女を部下にしていなければ俺はエーリカと知り合うことなどなかっただろう。

大神オーディンも御照覧あれ、オスカー・フォン・ロイエンタールは今こそ覚醒した。昨日までの自分と今の自分は違う、俺は新しく生まれ変わったのだ。宇宙は希望に満ち溢れ薔薇色に輝いている!

さあ、どうやってエーリカを口説くかだ。“愛している” ……陳腐だな、“お前だけだ” ……誰でも言いそうだ、“お前に巡り合うのを待っていた” ……出会ったのは何年前だ? ……言葉など不要! 男子たる者行動あるのみだ!

彼女の部屋に行き驚く彼女に口づけするのだ。そしてベッドに押し倒し服をはぎ取る。多少抵抗するかもしれんがそのまま事を進めるのだ……。待て、それではあの女の時と同じではないか! リヒテンラーデ侯の一族の時と!

俺はエーリカを愛したいのであってレイプしたいのではない。大体“乱暴は止めて”とか“イヤ”とか言われたらどうする。続ければ嫌われるし途中でやめたら間抜けだろう。もしかするとエーリカもミッターマイヤー夫人同様強引にされるのが好きかもしれんが最初からそれではいくらなんでも強引すぎる。

助けてくれ、ミッターマイヤー、俺はどうすれば良い? 宇宙は希望に満ち溢れ薔薇色に輝いていた。そして俺も生まれ変わった。だが新しい俺はどうしようもないヘタレだった……、女一人まともに口説けないヘタレなのだ……。



新帝国暦 2年 7月31日   ハイネセン  オスカー・フォン・ロイエンタール



結局俺は何もできなかった。日々エーリカを想いながら悶々としている。そんな俺に転機をもたらしたのはエーリカのドレスを作った店のオーナーだった。
「エーリカにモデルになって欲しい?」
「はい、如何でしょうか」
オーナーがにこやかに微笑んでいる。

エーリカがオーナーの店でドレスを作って以来、店に来る客が増えているらしい。この店はハイネセンでも有名な店なのだが、それは有名下着の店としてだ。ドレスやアクセサリー等ではこの店より知名度の高い店は幾つかある。

オーナーはそれを残念に思っている。そしてエーリカの力で店の格を上げる事を考えたらしい。総督夫人御用達の店、それを全面的にアピールしたいのだ。

「しかし、総督夫人は公人です。民間の企業や商店のモデルなど出来る事では有りませんぞ、閣下」
「モデルと言いましてもドレスとアクセサリーを身に着けていただきまして何枚か写真を撮らせていただきたいと言うだけです」
「そういう問題ではない」

ベルゲングリューンが表情を厳しくさせている。確かにその通りだ、オーナーの気持ちは分かるし世話にもなったから協力したいが難しいだろう。しかし、ドレスか……。場合によっては買っても良いだろう。これからもパーティは有る。そうすればオーナーも喜ぶに違いない。

「ちなみにどんなドレスなのだ」
脈ありと見たのかも知れない、意気込んでオーナーが話し始めた。
「それは何と言ってもウェディングドレスでございましょう。女性にとっては特別なドレスでございます」

ウェディングドレスか……、それでは残念だが買えんな……。
「奥様なら大変お似合いになります」
「……残念だがそれはやはり無理だな」
「左様でございますか……」

オーナーががっかりしている。
「一度で良いから奥様のウェディングドレス姿を見てみたいと思ったのですが……」
「……」
エーリカのウェディングドレス姿か、確かにそうだな、見てみたいものだ……。なるほど、そうか、その手が有ったか!

「オーナー、卿のところは結婚式も挙げられるのかな?」
「それは出来ますが」
「ならば俺とエーリカの結婚式を挙げたいのだがな」
「なんと!」
「閣下!」

そうだ、結婚式だ。俺とエーリカは結婚式を挙げていない。だからハイネセンで式を挙げても少しも不自然ではない。結婚式を挙げそして彼女に言うのだ。お前を愛している、本当の妻になってくれと。これ以上の言葉は有るまい、神の前で誓うのだ。エーリカもきっと俺の気持ちを分かってくれるに違いない。

「閣下、それは本心で言っておられるのですか」
ベルゲングリューンが問いかけてきた。周囲を見るとオーナーは嬉しそうにしているがゾンネンフェルス、シュラー、レッケンドルフらが困惑したような表情をしている。この時期に結婚式など何を考えている。妻の美しさにとち狂ったか、そう言いたそうな表情だ。

「もちろん本心だ。戦争は終わったのだ、人が人を殺す時代は終わった。これからは人と人が愛し合う時代なのだ。それを端的に表すのが結婚式だろう。俺とエーリカは入籍はしたが式は挙げていない。先ずは俺達がそれを示すべきだろう」

出来るだけ威厳を込めて言葉を出した。いかんな、誰も反応しない。失敗か? しかしな、ようやく見つけたエーリカ攻略方法なのだ。何とか実現しないと俺はずっと女断ちだ。いつかエーリカに無言で襲いかねん。

「……なるほど、結婚式ですか……」
「そうだ、ベルゲングリューン」
ベルゲングリューンは頻りに頷いている。そしてオーナーに対して話しかけた。

「残念だが、卿のところで挙式は駄目だ」
「そのような」
「安心しろ、ドレスは卿のところで作ってよい、場所はこちらで用意する」
そう言うとベルゲングリューンは俺に話しかけてきた。

「閣下の御深慮、小官の及ぶところではありません。そういう事であれば国家的行事として大体的に行うべきかと思います」
国家的行事? ベルゲングリューン、卿、何を言っている?

「査閲総監、大体的と言いますとどのように」
「決まっているではないか、ゾンネンフェルス。陛下を初めとして帝国の文武の重臣方に参列していただく」
「陛下にもですか」
ちょっと待て、陛下にも参列? ベルゲングリューン、ちょっと待て。

「そうだ、そして旧同盟政府の政治家達や財界人にも参列してもらう。先日のパーティで分かったが彼らは帝国上層部と話したがっている。それが彼らのステータスにも繋がるからな」
「なるほど」
頷くなレッケンドルフ、お前ら何を考えている。

「べ、ベルゲングリューン、そうあまり意気込まなくても……」
「閣下、これは中途半端にやったのでは効果が有りません。やるからには最大限の効果を引き出すべきです」
「そ、そうか」
いかん、ベルゲングリューンの目が座っている。こいつこんな奴だったか……。

「そうなりますと参加者の数は何千、いや何万と言う規模になりますが」
レッケンドルフが首を傾げている。そうだ、そんな人数を収容する場所は無い、諦めろベルゲングリューン。俺はエーリカに告白できれば良いんだ。

「問題ない! ハイネセン記念スタジアムを使えばよい」
“おおっ”という嘆声が上がった。
「閣下、あそこは“スタジアムの虐殺”が有った場所ですぞ、あまり縁起の良い場所では有りませんが」

「分からんかレッケンドルフ。だからこそ、そこを使うのだ。かつての忌まわしい惨劇を平和の到来を喜ぶ結婚式で拭い去る。かつての同盟で起きた惨劇を総督閣下の結婚式で拭い去るのだ、これ以上の効果は有るまい」
“おおっ”という嘆声がまた上がった。

分かる、ベルゲングリューン、卿の考えは分かる。しかしな俺はそんな大げさな事は望んでいないのだ。誰かこいつを止めろ、ゾンネンフェルス、シュラー、頼むから止めろ。

「なお、参列者は全員軍服は不可とする」
「駄目なのでありますか?」
「当然だ、陛下にも軍服は止めていただく。旧同盟人にとって我らの軍服は征服者の証にしか見えん。祝いの席なのだ、彼らの心を傷つけるようなことをしてはいかん」

“なるほど”、“達見です”などと声が上がる。
「しかし、宜しいのでしょうか、陛下の御成婚を超える規模になりそうですが?」
「そうだな、ベルゲングリューン。シュラーの言うとおりだ、少々拙かろう」

これで規模を小さくできる。シュラー、よく言った。今度の人事考課を楽しみにしていろ。
「閣下、恐れながら陛下の御成婚はあくまで帝国の喜びでありローエングラム王朝の慶事でした。しかし、閣下の結婚式は宇宙に平和が来たことを告げる式典なのです。どれほど盛大に行っても盛大すぎるという事は有りません」
「……そうか」
いかん、どうにもならん。こいつ目がいってる……。

「聞け! この式典に参加できることこそ帝国軍人の名誉。我らの手で宇宙に平和の到来を告げるのだ! ジーク・ライヒ! ジーク・カイザー・ラインハルト!」
ベルゲングリューンが声を張り上げた。そして皆が唱和する。“ジーク・ライヒ! ジーク・カイザー・ラインハルト!” オーナーも一緒に唱和し始めた。

こいつらがおかしいのか、それとも俺が空気を読めない困ったチャンなのか。俺は呆然としながら叫び狂う一団を見詰めていた……。



新帝国暦 8年 9月25日   ハイネセン  オスカー・フォン・ロイエンタール



「ロイエンタール、総督府の権限を縮小することに異存はないのだな」
「ああ、問題ない。大歓迎だ、家族サービスの時間が取れるからな」
「分かった、では皇太后陛下にはそうお伝えする」
嘘ではない、ミッターマイヤーの姿が消えたスクリーンを見ながら思った。

結婚して六年、カイザー・ラインハルトは既に鬼籍に入っている。思えば陛下にとってはあの結婚式が最後の国家的な行事になった。軍服を脱いだ陛下に旧同盟政府の政治家達も気負うことなく話すことが出来たようだ。

陛下の純粋さ、そして不器用さ、それらを彼らも知り人間ラインハルト・フォン・ローエングラムに好意を抱いたようだ。今でも多くの旧同盟人があの結婚式の陛下を懐かしむことでそれが分かる。

結婚式は成功だった。皆が平和が来たのだと実感した。そしてその思いが帝国と旧同盟のしこりを少しずつ解きほぐした。ベルゲングリューンは正しかったのだろう。ベルゲングリューンは今でも俺の発案だと言うが、あれはベルゲングリューンの発案だ。大した奴だ。

俺は何とかエーリカを口説き落として本当の夫婦になることが出来た。最初エーリカは結婚式はあくまで帝国と旧同盟のしこりをほぐす儀式だと思っていたようだ。俺が“愛している”というと驚いたように俺を見ていた。もう一度言うと小首を傾げた。もう一度言ってから口づけした。

嫌がらなかったから多分異存ないのだろうと思った。まあそれ以来夫婦として過ごしている。もしかすると本人はまだ契約結婚が続いていると思っているのかもしれない。まあそれでもいい、契約を無期限に延長すればいいだけだ。

陛下が亡くなられた時、俺が謀反を起こすのではないかと皆が心配したらしい。ミッターマイヤーがTV通信で軽挙妄動をするなと忠告してきたが俺はそれどころではなかった。

エーリカが臨月だったのだ。思わず
「女房が大変なのに反逆する馬鹿が何処にいる! 俺は毎日オーディンに無事に生まれてくるようにと祈っているんだぞ!」
と怒鳴っていた。俺が謀反をするという噂はそれ以来消えたらしい。代わりに俺が毎日エーリカの腹を撫でて喜んでいるという噂が流れた。

生まれてきた娘、ヘレーネは五歳になるが俺と風呂に入るのを何よりも楽しみにしているという可愛い娘だ。黒髪、黒目、母親に良く似た容貌を持つ自慢の娘でもある。一部ではアレクサンデル陛下の妃にという話が有るらしいが冗談ではない、却下だ。

先帝陛下も皇太后陛下も公人としては立派だが私人としては未熟以外の何物でもなかった。情緒と言うものが何処にあるのか分からんような夫婦で子供もはずみで出来た様なものだ。とてもそんなところにヘレーネはやれん。

ワーレンの息子がなかなか良い少年らしい。ワーレンも良い男だし、似ているなら大丈夫だ。まあ一度は見ておく必要が有るな。一度あいつらをハイネセンに呼ぶか、ワーレンだけではなく皆を呼びたいがそれをやるとまた謀反だと騒ぐ奴がいるだろう。面倒なことだ。

二番目は息子だ、名前はエーリッヒ。まだ三歳だが俺に似ている。金銀妖瞳なのだ。俺の幼少時はこの瞳の所為で悲惨だった。エーリッヒにあんな思いをさせてはならん。俺は良い父親にならねばならん。この子が生まれてきたことに感謝だ、俺の分まで愛してやろう。

三番目は今エーリカのお腹の中にいる、女の子だ。後二か月もすれば生まれるだろう。あの日誓った通り俺は幸せになった。美しい妻と可愛い娘、愛しい息子、そして生まれてくる娘。これからは俺が妻と子供達を幸せにする。俺にはそれが出来るのだ。

宇宙は希望に満ち溢れ薔薇色に輝いている。そしてこれからもその輝きは続くだろう。俺の役目はその輝きを守ることだ。俺はそのことに誇りを持っている……。



 
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