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ソードアート・オンライン 少年と贖罪の剣

作者:星屑
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幕間の物語:スリーピング・ナイツ
  第十七話:取り戻した日常は罅割れて

 
前書き
お久しぶりでございます。
慣れない新生活、積み重なる課題、そして新章–––––諸々が重なり気づけば年が明けておりました。
更新は相変わらず滞り気味になりますが、まだまだ続けていく所存ですので、気が向けば目を通して頂けると幸いです。 

 



–––––目を、醒ました。
 いつも通り身体を起こそうとして、全身に痛みが走る。
 それは耐え難い苦痛に違いなかったが、この体はそれにもう慣れてしまった。

 空気に匂いがある。
 あまり嗅いだことのない匂いだが、この特徴的な匂いは覚えている。消毒液の匂い。清潔感を連想させるそれは、恐らく病院のものだろう。どうもうまく動かない瞼に力を込めて、なんとか目を開く。

 視界の端に目を凝らしても、見慣れたカーソルは表れない。手に力を込めても、冷たい柄の感触はない。代わりに、温かく柔らかい感触がこの手を握り返してくる。

「–––––ん、ぅ……?」

 声が聞こえた。
 やっと耳が機能を思い出したかのように、今更になって外からの喧騒が聞こえてくる。

 視線を下へ。いや、自分は寝ているのだから、下というよりは先へと言った方がいいのかもしれない。
 目が合った。特徴的な紅い瞳が、これでもかと見開かれる。みるみる内に涙が湛えられていく。

 –––––何か言わなければ。

 そうして、声が出ないことに気づく。それもそうか。もう、二年も使っていなかったのだ。動かし方を忘れてしまっていても可笑しくはない。

「っ、に…ぃ」

 ああ、全く。
 そんなに顔をくしゃくしゃにさせて。それではせっかくの可愛らしい顔が台無しになってしまう。

「–––––兄ちゃん…!!」

 痛い。流石に今の身体でその突撃を受け止めるのは難しい。
 けど、まあ、良いか。

 病室の窓から差し込む夕陽が、とても美しく見えた。



† †



 デスゲームと化したソードアート・オンラインは『攻略組』と呼ばれたトッププレイヤー達によってクリアされ、囚われていたプレイヤーの大部分が解放された。そして、数日前に事件の首謀者である茅場が自殺しているのが発見されたことで、今回の事件は収束の方向に向かって行っている。

 ギシリ、と音を立てて車椅子が停止する。顔を上げた先には、無機質な光を湛えた十字架が立っていた。

「……久しぶりだな。父さん、母さん」

 墓標に刻まれた名を、窶れた手でなぞる。そこに温かみなど存在しない。感じるのは只管に冷たい石の感触。冬の風で下がった体温が、更に冷えていくのを感じる。

 義両親は凡そ一年前に逝ったらしい。らしい、というのはその当時オレはSAOに囚われていたからだ。
 多くの死者を出した第五十層攻略作戦。ヒースクリフと二人で時間を稼いでいた正にあの時に、義両親はこの世を去った。
 あの時。限界を迎えそうになった刹那、確かに誰かが背中を押してくれた気がした。それが義両親のものだと考えてしまうのは、罰当たりなことだろうか。

 最期の言葉を聞けたのは、主治医だった倉橋医師と数人の看護師達だけだった。末妹である木綿季はその時学校にいたらしい。木綿季の姉である藍子は–––––

「……藍子は、もう長くないそうだ」

 彼女を蝕む病は止まらない。日々悪化する病状を抑えるのが精一杯で、倉橋医師が言うに、保って一月。

「すまない」

 オレが紺野家に引き取られた意味。オレに課せられた''兄''としての役目。どれも理解していて、どれも果たせない。
 だが、分かっている。貴方達がオレを責めることはない事なんて。何もできなかったオレに遺してくれた言葉がある。貴方達の''息子''として、オレは最期の時まで二人を守る。

「だから、見ていてくれ」

 誓いをここに。オレを本当の息子だと言ってくれた二人の為に、生きていく。



† †



「お帰り」

 義両親への墓参りを済ませ病室に戻ってきたら、そこには先客がいた。

「倉橋さん、と誰だ–––––?」

 最早見慣れた白衣の医師の姿の隣には、眼鏡をかけたスーツ姿の男が一人。
 その男はオレの顔を見ると、ニコリと微笑んだ。
 どうも、胡散臭い笑みに見えて仕方がない。

「初めまして。紺野縺くん、だね?」

「ええ、そうですが…?」

 摩り切れかけている現実世界での記憶を手繰ってみるが、オレの交友関係にこの手の男はいなかったはずだ。
 だとするならば義両親の関係者か、もしくはSAO絡みか。

「僕の名前は菊岡誠二郎。総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課–––––通称『仮想課』の役員だ」

 仮想課–––––。聞いたこともない役職だが、SAO事件を経てその対策として作られたとも考えられる。
 差し出された名刺を受け取り一瞥するも、不審なところは見られない。

「……それで、そんな役員さんがオレに何の用です?
 まさか、サバイバー全員に面会してる訳ではないでしょう」

 死の牢獄と化したSAOから無事生還した人間のことを、最近ではSAOサバイバーと呼ぶらしい。
 最も、自ら申告しない限りサバイバーであることなど他人には分からない為、このワードの使用頻度はそれほど多くはない。精々、当事者たちやニュースキャスター、訳知り顔で喋るコメンテーター辺りが使うくらいのものだ。

「ああ、そんなに警戒しなくても構わないよ。ただ話を聞きたいだけだから–––––」

 男はわざと大きな身振りをして此方の警戒を解こうとしてくる。だが、次に彼の口から出た言葉に、オレはこの男を警戒せざるを得なくなった。

「–––––あの世界で茅場晶彦を除き、最もレベルの高かったプレイヤー。最後の生還者『レン』君に、ね」



† †



「–––––で、何が聞きたいんです?」

「簡単だよ。茅場晶彦があの世界を創生した理由。そして、彼の最期が知りたい」

 茅場晶彦。SAO事件の首謀者にして、白亜の騎士ヒースクリフ。最終層にて君臨するはずだった最後のボスは、夢半ばにして黒の剣士キリトによって斃された。
 ヒースクリフとは色々と因縁がある上、恐らく奴と最期に言葉を交わしたのはオレだ。なにせ他のプレイヤーが退去した後派手にやり合っていたのだから。

「茅場–––––いや、ヒースクリフは最終層の到達する前、第七十五層で倒されました。あるヤツがヒースクリフの正体に気づき、その不死性を暴いたのがヒースクリフの終わりの始まりだった」

 勿論、キリトとアスナの名前は伏せる。プライバシーの問題もあるし、オレが言わずともどうせコイツらはキリトの存在を突き止める。

「ヒースクリフはこの場で自分を斃すことが出来ればゲームはクリアされると言った。結果、ヒースクリフは剣によって斃され、SAOはクリアされた」
 
 あの時のことは未だ鮮明に思い出せる。オレ達の前に立ち塞がった禍ツ神の恐ろしさ–––––。
 あの時はただ我武者羅に戦っていたから実感はなかったが、今になってよく生きていたなと心底思う。ディアベルやユメ、アルゴがいなければ本当に死んでいた。

「……ふむ。では、ヒースクリフがあのデスゲームを作り出した理由は、何か聞いていないかい?」

「『剣の世界』を真の意味で創造すること。そして、英雄を生み出すこと。アイツの目的は、端的に言えばこの二つです」

「剣の世界の創造は分かるけど、英雄を生み出すこととは?」

「アイツはどこか人間の持つ可能性とやらに変態的に拘る男でして、『人は、自身の命が脅かされた際にこそその性がより強く噴出する。私は見たいのだよ、絶望に屈せず、闇に抗い、立ち上がる人間の姿–––––英雄の誕生を』なんて言っていた」

 今でも思い出すことができる。ネロ達を殺し失意の中でヒースクリフに挑んだオレに、アイツはこう語った。

「……ふむ。では、君とヒースクリフのみが不自然にログアウト時間が遅かったのは、何か心当たりがあるかい?」

「––––––––––」

 一瞬、言葉に詰まる。何故かは分からなかった。ただ、あの崩れ行く鉄城での戦いは他言していい気がしなかった。

「ああ、いや。言いたくないなら言わなくても構わないよ! 君のプライバシーの問題もあるしね」

 そう助け舟を出してくれる菊岡さん。ただ、彼にこのような気遣いをされた時点で向こうはオレとヒースクリフの間に何かがあったことを悟っているだろう。詮索してこないのは、内容自体が目的ではないからか、それともまだ聞かなくてもいい時期だからか。どちらにせよ、オレは情報をまんまと奪われた形になった。

「うん、僕からの質問はこれで終わりだ。とは言え、本題はここからなんだけど」

 –––––本題?
 そう疑問に思い、伏せていた顔を上げると、先程よりも真剣味の増した菊岡さんの顔があった。

「君は、未だに生還していないSAOプレイヤーがいることを知っているかい?」

「……ええ、ニュースとかでもちらほらと」

 SAOは確かにクリアされた。事実、生還者もオレを含めて存在している。にも関わらず、未だに目を覚まさないプレイヤーが複数存在する。
 原因は不明。茅場に聞こうにも、彼は既にこの世から去った。ただ、この件の原因は茅場ではないと漠然と思っている。アイツは言った、「私を斃せば全てのプレイヤーは解放される」と。アイツが、嘘をつくとは思えない。人に理解されぬ夢を抱き、大勢の人を葬った男だが、嘘をつくことはなかった。

「それについてだが、最近少し気になる写真がネット上にある。少し見てくれるかい?」

 そう言って、菊岡さんは大きめのタブレットを起動させた。表示された画面には、解像度の荒い全体的に緑色や金色の色彩が多い写真が写った。

「……これは?」

「よく見てみてくれ」

 菊岡さんの言葉に画像をゆっくりと端から眺めていく。
 これは、なにか、金色の大きな柵?そしてその奥にははしばみ色の、少女、が–––––

「ア、スナ–––––?」

 その髪を覚えている。
 その瞳を覚えている。

 それは恐らく巨大な鳥籠。アスナを捕らえ、決して離さないという執念が具現化したかの如く、純金の柵は外界との関わりを断ち切ってしまっている。

 まさか、アスナが未帰還者だというのか。ならばキリトはどうなった、ディアベルはどうなった。
 あの空間にいたプレイヤー–––––ユメは…ユメはどうなった!?

「やはり、君には見覚えがあったか」

「この画像はなんだ」

 不安が押し寄せる。一体何人の人間が帰還できていないのかは分からないが、アスナが捕らわれてる以上、最後に同じ空間にいた人間も捕らわれている可能性は高いはずだ。

「これは今話題のVRMMO内で撮影された写真だ。《アルヴヘイム・オンライン》。剣と魔法と妖精の世界だ」

 そのゲームなら知っていた。そもそもプレイしたことがあるし、なんならこの後もログインするつもりだった。待っているのだ、あの世界で、彼女が。

「情けないことに、なぜ帰還できないのか我々には解明できていなくてね。誰が、何の為に、一体どうやって……どれもこれも謎のままだ」

 歯噛みするオレの目の前で、菊岡さんは目を伏せた。眼鏡を外し、取り出した布でレンズを拭う。

「何も分からない我々にとって、この何の信憑性もない画像ですら重要な手掛かりだ」

 手を止め、目を伏せたまま再び眼鏡をかける。
 真摯な瞳が、オレの視線と交錯した。

「–––––君を、腕の立つプレイヤーと見込んで依頼する」

 なにを言わんとしているかは理解できた。VRゲーム内の謎ならば、SAOサバイバー以上に適任はいないだろう。
 オレとしても未帰還者がいるのは気に喰わない。一刻も早く解決したいと思っている。

 だが。今は、ダメなのだ。

「少し、時間をもらえませんか?」



† †



 SAOから生還して、凡そ2ヶ月。ペインアブゾーバの機能不全により他のプレイヤーよりも損傷の酷かったオレは、未だに入院をしてリハビリの最中だった。
 全盛期に比べ、大分細くなった腕周りを眺める。これでも目覚めた直後よりは幾分かマシになったのだが、武術に打ち込んでいたあの時と比べるとどうしてもひ弱に見えてならない。これでは、師匠のところに顔を出すのは先になりそうだ。

「今日はここまでにしよう、縺君」

 倉橋さんの言葉に、行っていた懸垂を止める。オーバーワークはよくない。担当医師が止めと言うなら止めるべきだろう。
 手渡されたタオルで汗を拭う。時計を確認すると、菊岡さんが帰ってから三時間程が経過していた。

「大分筋肉が戻ってきたね」

「鍛えていた頃と比べるとまだまだですけどね」

 覚醒当初は歩くことすら困難だったが、今では軽い運動やトレーニングは熟せるようになった。墓参りの時に車椅子だったのは長距離の移動だったのと、腕のトレーニングを兼ねて倉橋さんに提案されてのことだ。
 
 トレーニング後の柔軟体操のために、床に座り込み、うつ伏せになるように体を前に倒す。

「おお、本当に柔らかいね」

「体の柔軟さこそ強さ、なんて師匠に叩き込まれまして。ウチの道場の連中は大抵このぐらい柔らかいですよ」

 オレが弟子入りした護神柳剣流道場は、実戦を想定した武術全般を修める場所だった。SAOの最初期でオレがベーダテスター達に置いて行かれなかったのも、ここでの経験が生きたからこそだった。

 剣術は勿論、抜刀術、槍術、弓術、体術、斧術……本当にこの世に存在する武器という武器の扱い方を一通り教え込まれた。
 とは言え、格式ばった型がないのが柳剣流だ。人が型に合わせるのではなく、型を人に合わせる。武術の観点から見れば邪道だろうが、勝てるのならそれで構わないのだ。

 一通りの柔軟体操を終わらせ、クセで行いそうになったシメの体幹トレーニングを倉橋さんに止められる。こればっかりは染み付いた流れだからどうしようもない。だからどうかそんなに睨まないで頂きたい、倉橋さん。

「やっぱりここにいた!」

 そんな時だった。
 トレーニングルームの入り口からそんな声が聞こえてきた。
 聞き慣れたその声に、そういえばもうそんな時間か、と再び思う。

「やっほー、兄ちゃん。お見舞いに来たよ」

「おう、学校はもう終わったのか–––––」

 二年前までは短かった紺色の髪は、今では腰の位置にまで伸びていた。相変わらずカチューシャのようなバンダナはしているようだが。

「–––––木綿季」

「うん!今日からテストなんだよー……兄ちゃんこの後数学教えてくれないかな?」

「成績はいい方なんだろう? むしろオレが覚えているか心配なんだけどな」

 彼女の名前は紺野木綿季。紺野家双子姉妹の妹の方で、オレの義理の妹になる。
 言動を端から見る限り、木綿季は勉強が苦手そうに写るだろうが、そんなことはない。
 どちらかといえば文系寄りのユウキだが、理数系もそこまで苦手ではないはず。少なくとも、二年程全く勉強に触れなかったオレよりはできるはずだ。

「いや、それはないよ。兄ちゃんが勉強で遅れるなんてあり得ないと思う」

「おう、急に深刻そうな声にならないでくれ。どういう意味だそれは」

 先程までの笑顔はどこへやら。
 スンッという擬音がつきそうなほどの真顔だ。

「だって目覚めた当日から勉強しまくってるじゃんか」

「トレーニングはともかく、勉強は体が動かなくてもできるからな」

 二年という月日は予想よりも重い。SAOに囚われる前は高校受験を直前に控えていたのだから、今は年齢だけで言えば高校二年生ということになる。しかし、未だ学校をどうするかなどの具体的なことは決められずにいる。義両親亡き今、ユウキの学費や生活費は親戚が出してくれているが、流石にオレの分を負担してもらう訳にはいかない。
 だからと言って、勉強をしないという選択肢は初めからなかった。幸い、ある時からSAOに囚われる直前まで狂ったように勉強を進めていたお陰か、なんとか高校生の範囲はある程度理解できる。今は、忘れかけている知識を固めている最中だ。

「ほんとに、やるって決めたことはとことんやらないと気が済まないみたいだね」

 呆れた、と言うような声音だがその表情は笑顔だ。そんなユウキの頭を乱暴に撫でる。

「うひゃあ!? ちょ、兄ちゃん?」

「シャワー浴びてくる。そろそろ約束の時間だしな」

 そう言って壁に掛かった時計を指差す。その短針は6の文字を指していた。

「……あ、そうだね。今日は大一番だしね!」

「おう、気合い入れないとな」

 そう言ってリハビリ室を出ると、ポケットに入れていた端末が振動した。
 『夜7時。アルン広場集合。』通信端末に届いたメッセージにはそれだけが記されていた。生真面目な彼女らしからぬ簡潔な内容だったが、恐らくは丁寧な内容を書いて、これではリーダーとしての威厳がない等と考えた結果、この文面になってしまったのだろう。オレ、そんな()()へ『了解』と短く返信することにした。





 2025年1月15日。
 この日が、()()の最後の冒険となる。
 その事実に、オレは歯を食い縛って耐えることしかできなかった。



–––––to be continued––––– 
 

 
後書き
始まりましたフェアリー・ダンス編–––––とは、まだなりません。今話と恐らく次話はフェアリー・ダンス編へと繋げる章となります。 
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