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艦隊これくしょん【幻の特務艦】

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第三十五話 扇の要



レーダー搭載深海棲艦をすべて破壊すべく、横須賀から沖ノ島を経て、尾張、近江、川内、吹雪、浜風、浦風、村雨の挺身隊が出撃したのは、秋の払暁の日だった。既に主力艦隊は鎮守府近海に潜むレーダー搭載深海棲艦の撃破及び、尾張たちの支援目的の陽動のため太平洋上に出撃し、北方に潜むレーダー搭載艦の撃破に、大湊鎮守府の艦娘たちと共同で撃破に向かうべく、飛龍、蒼龍をはじめとする第二航空戦隊とその護衛艦隊が向かっている。

 最も危険なのは、敵の勢力圏内の真っただ中にあるレーダー搭載深海棲艦を撃破に向かう尾張たちだろう。今回は航空支援も期待できない。文字通り自分たちの力だけで血路を開かなくてはならない。
 何よりも、一番の問題はレーダー搭載深海棲艦の正確な場所がまだ判別できていない事である。これについては、軍令部は零式水上偵察機を広範囲に散開させて対処することにした。
なるほど、半径最大1500キロを巡航速度で偵察可能な彼らなら、レーダー搭載深海棲艦を探索できなくはない。だが、それもレーダーではなく目視によるものであったから、どこまで見つけられるかは未知数だった。
 横須賀鎮守府を出立した尾張は冷静にこれらの問題点を分析していたが、怯みはしなかった。姉の開いた道は妹である自分が開くという言葉を言い放った時、一様に皆が驚いていた。尾張自身自分では意外なことを言ったつもりは全くない。あの洋上で紀伊、そして阿賀野たちに助けられてから、自分をより冷静に見つめなおすことができ、それが周りに対する冷静な評価につながっていった、それだけだという思いでいる。
 もっとも、尾張の心を深く掘り下げていけば、紀伊にたいして少しだが認めつつある思いを見つけることができたかもしれない。それは本人もまだ自覚していない事ではあったが。
 

沖ノ島泊地を出立して1日が過ぎ、翌日の昼前の事だった。一同が航行をつづけながら携行してきたお握りやアンパンをほおばっていた時、尾張の電探に反応があった。
「前方、正面に深海棲艦の大部隊を確認!!」
同時に吹雪が叫んだ。彼女は単縦陣形の一番前を走っていたから、真っ先に深海棲艦を見つけられたのだ。
「数は?」
と、川内。
「待ってよ、今確認中だから・・・・。」
尾張は咥えかけたアンパンを鞄にしまうと、電探をなおも動かし続けた。
「戦艦3・・・重巡3・・・空母1・・・軽巡5・・・駆逐艦10・・・お出迎えね。完全に半円陣形を敷いてこっちを待ち構えているわ。バレたわね。」
「冷静になっている場合じゃないよ。どうするの?」
「フン。準備もしないで突撃するようなどこかの戦艦とは違うわ、私は。・・・近江。」
と、尾張は妹を顧みて、
「例の兵器を使うわよ。」
「ここでいきなりですか?尾張姉様。」
「敵の布陣に穴をあけるわ。大方ここに配置している戦力以外にも北方や南方に別働艦隊がいるわよ。ここで手間取っていたら無駄な犠牲が出るわ。」
近江は何気ない尾張の言葉の中にある変化を見て取った。今までは、沖ノ島攻略作戦などの時は、こちらの艦娘の犠牲を無視するどころか、蔑視さえしていたというのに。尾張姉様は明らかに変わってきていると近江は思う。それも今回の作戦が非常に困難だという理由なだけなのかもしれないが。
「わかりました。」
近江はうなずく。紀伊型空母戦艦の二人は、主砲の仰角を最大に展開させた。
「零式弾装填!!1番、2番主砲両方によ。」
主砲の砲身が細かく上下に動き、目標を捕捉する。
「距離、3万!!目標、正面!!姉様、いつでも行けます。」
「よし。」
うなずいた尾張は同航艦娘たちに、
「皆目をつぶっていて。」
「どうしてですか?」
と、吹雪。
「結構強烈だからよ。下手すれば目が失明するかもしれないわよ。それでもよければ、そこで見ていなさい。」
 無造作に投げつけられた尾張の言葉に艦娘たちは顔を見合わせたが、各々二人から下がっていった。
それを見届けた二人は横一列に展開し、行足を止めた。波が静かに二人の足を洗い、二人の身体をゆっくりと上下させる。尾張も近江もそれに乱されず、背を伸ばした体は微動だにしていない。川内たちはかたずをのんでそれを見守るだけだった。
「主砲・・・・斉射・・・・・・。」
二人の右腕がゆっくりと後方に動く。
「テェ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
二人の腕が振りぬかれるのと轟音と共に主砲が発射されたのが同時だった。放たれた主砲弾は横一列に空気を引き裂いて飛んでいき、瞬く間に敵に迫った。敵が迎撃しようと砲を構えたその瞬間、砲弾が光り輝いた。敵はそれを避けようと回避、あるいは衝撃から守ろうと腕を掲げようとした。

轟ッ!!!

という、海鳴りの様な地鳴りのような何とも言えない音がし、ついで光の大奔流があたり一帯にそそがれ、凄まじい熱波が駆け抜けていった。川内たちは必死に目を硬くつぶり、腕で目を庇っていたが、それでも降り注いでくる光の奔流は耐え難いものだったし、遠く離れていても肌を焼き尽くされそうな熱さを感じていた。
「もういいわよ。」
尾張のこともなげな声で、川内たちは腕を目から離し、恐る恐る目を開けた。目がちかちかする。太陽がまぶしすぎるのか、あるいは先ほどの閃光がまだあたりを漂っているのか。

 前方に展開する深海棲艦の姿は影も形もなくなっていた。

「い、今のは・・・・!」
呆然とする川内に近江が説明する。
「ヤマトが誇る最新閃光超高熱主砲弾、零式弾です。第一段階として砲弾の外側を覆っている特殊金属と空気の摩擦による発熱作用から発する光の奔流で敵の目をくらまします。この時砲弾自体の温度は数百度に達し、自己融解を始めます。砲弾の融解熱が第二層にある液体超火薬に達した瞬間に引火、数千度に達する温度で、数百平方メートルあたり一帯を火の海にします。」
ぶるっという音がした。川内が自分の腕を見ると、鳥肌が立っている。もしそんな兵器を向けられたらこちらはひとたまりもないだろう。だが、逆にそれを敵に向けることができれば、数個艦隊分の火力を発揮することができる。まさに怖いものなしではないか。川内だけでなく、吹雪たちも同じ表情をしている。
「フン。これがもっとあったらと言いたそうな顔ね。でもおあいにく様。こんなチート砲弾、早々簡単に量産できないの。」
尾張が冷めた口ぶりで言う。その横から近江が、
「一発の値段が魚雷5本分に相当するので、ヤマト軍令部も積極的に導入しようとは思わないのだそうです。」
「魚雷5本分・・・!!」
川内たちは目を丸くした。そんな高価な主砲弾など聞いたことがない。
「そんなものをこの作戦の最初の局面で投じたのは、もう手段を選んでいられないからよ。私たちの目的は速やかにレーダー搭載深海棲艦を探し出し、それを破壊することなのだから。」
「それは・・・。うん、そうだよね、しゃべっている時間はないよ。先を進まなくちゃ。」
ふと、川内は胸の内に違和感のようなものを覚えていたが、あえてそれを打ち消した。新型兵器を使用することは、敵に対して絶大な打撃を与えられる。だが、その反面、敵にその存在をしらしめそれに対する対抗策を講じさせることにもつながる。前世に置いて、圧倒的な性能を示した零戦に当初は手も足も出なかった米国が、やがてそれを凌ぐ戦闘機を作り上げた様に。
 だが、それを恐れていては前に進めないのだ。将来はともかく、今はレーダー搭載深海棲艦を破壊することだけを考えよう。川内はそう思うことにした。


 2日後――。
 晴天が続いていた。朝日が洋上から徐々に顔を上げたかと思うと、青い空にキラキラと陽光が反射してきらめく。とても過酷な任務の最中だとは思えない。
 不意に、ド~~ン!!という音がした。音のした方を向くと、巨大な鯨が海面から躍り上がるようにしてその巨体を突き出し、そして背面から海にダイブしていくのが見えた。
躍動感とその美しい巨体が太陽の光を反射しつつ海に消え去る光景に、川内たちは航行をつづけながらしばらく目を楽しませた。
と、尾張たちに、左後方、8時の方向から一機の零式水上偵察機が近づいてきた。機は旋回しながらしきりに何か発行信号を送っていたが、やがてそれにうなずいた尾張が手を上げると、満足したように飛び去っていった。
「何かあったの?」
「いい知らせよ。」
そう言いながら尾張の顔はそっけない。
「あまりいい知らせのようなお顔には見えませんわ。お姉様。」
尾張は、ほうっと息を吐き出して、
「ヤマトにとってはいい知らせよ。鎮守府近海にいるレーダー搭載深海棲艦と北方のレーダー搭載型深海棲艦が撃沈されたわ。」
「本当!?」
「やったのぉ!!」
「やりましたね!」
「これでずっと楽になったね。」
「さぁ、どうかしら?」
尾張は喜ぶ艦娘たちに白けた横顔を見せた。
「どうしてですか?」
と、吹雪。
「敵が私たちの狙いを完全に読み取っただろうからよ。今私たちが破壊しなくてはならないレーダー搭載深海棲艦はただ一隻。その一隻を敵は守ればいい。それに対して私たちはコンクリートで固められたような防御陣形を突破していかなくちゃならない。できると思う?」
一瞬、空白が開く。そして艦娘たちはしゅんと黙り込んでしまった。今までは敵はこちらの狙いを看破できていなかったかもしれない。だが、今は違う。残る一隻のレーダー搭載深海棲艦を守るべく、全力を挙げて挺身隊を撃滅しにかかってくるだろう。
「さぁ、どうする?捜索を続ける?それとも帰る?」
「ちょっと待ってよ。」
投げやりな尾張の口ぶりに川内がカチンと来たようにキッとにらんだ。
「どうしてそういうことを言うわけ?ここまで来たのに。」
尾張は冷たい青い目で川内を見返したが、何も言わなかった。
「私はあきらめないよ。石にかじりついてでも絶対に探して見つけ出す。」
「深海棲艦の大部隊が押し寄せてきても、同じセリフを言える?」
尾張は唇をゆがめた。
「今に見てなさい。きっと数時間後には例のレーダー搭載深海棲艦から連絡を受けた敵部隊と艦載機隊が私たちをすりつぶしにやってくるわ。それを見ても同じセリフが言えるかしらね。」
「あんたねぇ!!」
川内がぐっと尾張のスカーフをつかんだ。
「『姉の開いた道は私が完全に仕上げて見せる。』って言った言葉は嘘だったの?」
「・・・・・・。」
「あんた、会議室でそう言わなかった?あれは嘘だったのかって聞いてるのよ!!」
「・・・・・・・。」
「バカ艦娘!!!あんたは最低よ!!!最低!!!!聞こえなかった?!最低って言ってるのよ!!!!」
「最低だろうが何だろうが。」
尾張は冷ややかに川内を見返した。
「私は艦隊指揮官よ。どんな最低で使えない艦娘であろうと、私は命を賭けて連れ帰る責務がある。」
川内が締め上げていた手を思わず緩めた。
「最低と言われようが結構。私個人はチャンスは一度きりじゃないと思うから。私はね、無茶苦茶な賭けのような攻め方をして命を散らすことこそバカだと思ってるわ。あなたもそのバカの仲間入りをしたいわけ?だったら私の指揮下から離れて一人で行きなさいよ。」
「く・・・・・。」
「尾張姉様。」
近江が背後からそっとたしなめた。
「もっとも、私はそんなことは許さないけれど。それに、まだあきらめたわけじゃないわ。」
「どういうことですか?」
と、吹雪。
「私たちは東方に向かっているわ。傍から見れば前回の比叡たち同様、ミッドウェー本島攻略作戦のための偵察だとおもわれるでしょう。だから敵も私たちを攻撃していないのよ。どういう意図か知らないけれど。だからその隙に付け入ることは可能だと思ってるわ。川内。」
尾張は川内を見た。
「私の本心はそういうことよ。」
「・・・・ったく。」
川内は気まり悪そうにそっぽを向いたまま小さく、
「とんだ誤解を招く言い方、やめてくれない?」
その時、また別の零式水上偵察機が10時の方向から飛んでくるのが見えた。機はまたくるくると旋回しながらしきりに翼を左右に揺らしている。
「見つけたの!?」
尾張が鋭いまなざしで機を見上げた。機はそうだというように大きく翼を上下させると、もと来た方角に飛び去っていった。
「見つけたって!!やったじゃない!!」
村雨が喜んだ。
「とうとう見つけた・・・・。」
川内が息を吐き出した。最初の戦闘以外、敵は現れていない。だが、ここまでの旅は緊張の連続だった。戦闘行動よりも隠密行動の方が疲労するのは、その神経を絶えず張り詰めなくてはならないし、戦闘行動の時とは段違いの長い時間をその張り詰めたまま行動しなくてはならないところにある。
「ま、見つけたのは零式水上偵察機だけれど。」
と、尾張。
「とにかく道が開けたわ。さっさといってさっさと片を付けてさっさと帰りましょう。」
「あれ?また来たけぇ。」
浦風が空を指さした。
「忘れ物かのぅ。」
「まさか、方角が違うわ。そんなわけないでしょ。」
と、川内。一同が空を眩しそうに見上げる中を、今度は2時方向から飛んできた零式水上偵察機が不意に赤い煙を吐き出して宙に一文字を描いた。


滅多にないそのシグナルの意味を理解できない艦娘は一人もいない。そしてそのシグナルをできれば見たくはないと思っている艦娘は全員に違いなかった。


「全速航行!!」


尾張が不意に怒鳴った。一同はすさまじい水煙を巻き上げ、全速力で走りだした。
「ここにいたらすぐに敵の大艦隊と艦載機の大部隊がやってきて私たちはハチの巣にされる!!すぐに退却しなくちゃ!!一体何を考えているの!?」
川内が並走しながら尾張に怒鳴る。最大戦速で走っているので、怒鳴るように話さなければ、風圧で聞こえないのだ。
「ここにきて退却?冗談言わないで。せっかく目標が見つかったのに。」
「でもさっきチャンスは複数あるって言わなかった?」
「これが絶好のチャンスとなれば話は別よ。戦況は刻々変化するの。零式水上偵察機のおかげで、私たちは既に目標を発見できているのよ?逃しはしないわ。みんないい!?チャンスはこの一回だと思って!!たとえ敵がやってきても絶対に足を止めずに突っ走るわよ!!」
「本気ですか?」
と、浜風。
「本気よ。冗談でこんなことができるわけないでしょ。」
「う~~~!!流石に鳥肌立ってきちゃった。」
村雨が両腕で体を抱くようにした。
「大丈夫!きっと私たちは勝てるよ!!絶対勝って帰ってくるんだから!!」
吹雪が励ました。
「そうじゃけぇ!!うちらは絶対にこんなところでは沈まんからのぉ。」
「尾張姉様は冗談は言わないです。そして敵を過大評価もしていませんし、味方を過小評価もしません。すべてをありのままに冷静に分析して、たどり着いた結論は――。」
「前に、進むしかない・・・・ね。」
川内がつぶやく。そのつぶやきを尾張は耳にできたのか、ちらっと川内を見た。
「前に進むしかない。私たちには後ろに戻る道はない。こういうことわざを知っている?前門の虎後門の狼って。前門の虎を防いでいるときに後門から狼が侵入してくること。挟み撃ちよ。今の私たちとは少し意味は違うけれど、前後をふさがれているのであれば、私は戦って血路を開く道を取る。」
尾張は速力を増した。水煙がたばしり、白い長い航跡が尾を引いて流れ去っていく。
「近江、艦載機を発艦させるわよ。全力航行の中での艦載機発艦、できる?」
艦首を風上に向けている状態ではない、しかも全速航行のため、複雑な風圧が前後左右から吹き寄せ、体は平衡を保つことが難しい。
「尾張姉様、この状況ではやるしかないでしょう。もちろん、できますわ。」
フッと尾張の顔に一瞬笑みのようなものが走った。
「よし、構えて・・・・艦載機隊、発艦!!」
二人は乱気流ともいえる状況の中をバランスを保ちながら次々と十数機の艦載機隊をそれぞれ発艦させ、配置につかせた。
「見えました!!あの高い鉄塔のようなもの、間違いありません!!前方の距離4万!!」
吹雪が双眼鏡を構えながら叫んだ。
「主砲、発射、用意!!」
尾張が叫んだ。尾張と近江の3連装主砲が仰角を上げ、青空をにらむ。
「待って。敵がいる。レーダー搭載深海棲艦を囲むようにして前面に押し出してきた!」
川内が双眼鏡を構えながら注意を促す。
「陣容は・・・・戦艦ル級フラッグシップ3、空母ヲ級エリート1、重巡ネ級2、駆逐艦ハ級フラッグシップ3!!」
「たいしたことはないわね!!このまま突っ走る!!」
「ですが、その後方から続々と大部隊が!!左右からも戦艦、重巡部隊が接近してきています!!包囲されてる!?」
「前面の敵はともかく、左右の敵はまだ距離があるでしょ。奴らのお得意の戦法よ。囮として引き付けておいて、左右からそれを不意打ちするのは。ただし今回は裏目に出たわ。私たちの目的はたった一隻なのだから!!」
でも、と川内が声を上げる。
「敵の真っただ中に飛び込むつもり!?だったら、あの零式弾を放った方が――。」
「後ろです!!!」
最後尾の浜風のものすごい叫び声が全艦隊を貫いた。振り向いた一同の眼に艦載機隊が全速力を上げて追ってくるのが見える。その真下に無数の黒い点が見える。高速で動いているのは、おそらく軽巡以下の水雷戦隊だろう。どこかの空母機動部隊が急を聞きつけて後方から駆けつけてきたらしかった。
「川内。」
尾張が川内を向く。
「今の状況下では零式弾は使用できない。あれは、一つ扱い方を間違えれば自爆してしまう諸刃の剣よ。冷静に諸元を入力して使用しなくてはならないの。そんなものここでぶっ放して、砲塔内爆発で一緒に吹き飛んで死にたくはないでしょ?」
「役立たずの砲弾ね。」
「フン。」
尾張は鼻を鳴らした。
「砲弾が役立たずかどうかが問題じゃない。優秀な砲弾でも、使う人間が屑であれば役に立たない。逆に通常弾頭でも優れた人間なら局面を切り開く力に変えることができる。要はそれを使う側の器量が戦いを左右するの。あなたもそれくらいわかっているはず。違う?」
川内の顔に笑みが浮かんだ。
「あなたは変わったね。私が嬉しいと思う方向に。」
「あなたに望まれて変わったんじゃない。それに私は私。変わったつもりはないわ。」
「それでいいんじゃない。」
川内が主砲を構えた。
「私が道を切り開く。いえ、あなたの道を切り開く手伝いをすると言った方が正しいかな。紀伊型空母戦艦尾張。」
川内は尾張をじっと見た。
「これがあなたの本当の戦いの第一歩よ。しがらみに縛られないあなた自身の本当の力を発揮する戦い。それが、今!!」
応える代わりに尾張は速力を上げた。川内は後ろを振り向いて叫んだ。
「吹雪、浜風!!後ろは任せたよ!!吹雪、防空駆逐艦として、改二の力を見せてやって!!」
「はいっ!!」
吹雪はくるっと後ろを振り向く。後方全速航行からすさまじい弾幕射撃を追尾してくる敵艦載機隊に浴びせかける。その横で浜風も懸命に応射を開始した。吹雪の撃ち漏らした艦載機をピンポイント射撃で的確に撃破していく。
「村雨、浦風!!私と一緒に右翼から全速で突撃!!敵の防御陣形に穴をあける!!穴の開いた隙間から尾張、近江の主砲が敵を撃ち抜く!!」
「戦艦の主砲で、ですか?それなら私たちの方が――。」
「遠目で見ただけだけれど、アイツの装甲は厚い!!重巡クラスに匹敵するんだよ。近接戦闘の魚雷攻撃の手段は残っているけれど、それは最後の最後。私はあの二人を信じる。そのために道を切り開く!!」
村雨と浦風は顔を見合わせて・・・強く、うなずいた。
「了解じゃけぇ。でも、もしあかんかったときは、うちがしとめるけぇね!!」
「好きにしな。行くよ!!」
敵駆逐艦、重巡、そして戦艦が主砲を構え、そして、撃ち始めた。海面すれすれに飛んでくる主砲弾の雨を交わしながら3人は側面から砲撃を叩き付け、魚雷をぶっ放した。

その光景を尾張の青い美しい目は見落とさなかった。しっかりと見つめていた。
「尾張姉様・・・あの3人は私たちの道を切り開こうとしていますわ。」
「違うわよ。」
スノーボードに乗っているときのように、左半身を前にして、敵との距離を正確に測りながら、尾張は言った。尾張、そして近江の3連装主砲が仰角を徐々に低くしていく。それだけ距離が縮まっているということだ。
「あの3人は3人。私たちは私たち。みんなそれぞれの道を切り開こうともがいているだけ。それだけよ。」
「尾張姉様・・・・。ええ、そうですわね!!」
「前方に敵艦載機隊!!対空戦用意!!」
無数の黒い点が白い雲をバックにした青い空一杯に展開し、こちらに突撃してきた。
「来ます!!」
前方の無数の点から一斉に火花が散ったように見えた。無数の機銃弾が二人の前後左右に降り注いでくる。
「エリート級の艦載機隊などたいしたことはないわ。全対空火器を全力射撃のままつっきるわよ!!」
二人は白波を蹴立てて艦載機の群れの真っただ中に突入していった。全速力で突っ込みながら応射する二人の対空砲火によって艦載機隊の動きがひるむ。さらに護衛の烈風隊が突撃し、敵を散らしていく。その中を二人は突撃、突破していった。
「近江、主砲、構え!!」
その瞬間、近江の全身に何とも言い難い高揚感があふれかえった。紀伊と会った時とはまた違うものだ。紀伊姉様はとても素晴らしい人だ。だが、今自分の隣にいる尾張姉様もまた敵に後ろを見せることなく、凛とした姿を敵にさらしている。味方をさげすんでばかりいた沖ノ島海戦の直前直後とは全く違う。
「はい!!」
二人は狙いを付けた。
「テェ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
尾張が叫んだ。立て続けにとんだ主砲弾が前面を遮る戦艦ル級フラッグシップに命中して大爆発を起こし、破片をあたりにまきちらした。ついで接近してきた艦載機隊が敵のネ級をハチの巣にし、轟沈させた。それを埋めようと、戦艦ル級フラッグシップが封鎖線を構築しようとしている。その主砲が指向してこちらを向いてきた。
「防衛網に穴が開いた!!近江、次発装填!!」
「はい!!」
その時、戦艦ル級フラッグシップ群が一斉に砲撃を開始した。
「尾張姉様!!」
庇うように全面に進出した近江を巨弾の嵐が襲う。
「近江!!」
集中砲撃を受けた近江がよろめく。体は無事だったようだが、艤装が大破して使える主砲が2門だけになってしまっていた。
「近江!!くそっ!!これじゃ前回の海戦の讃岐や比叡と同じじゃない!!何やってるの!?」
「まだ、飛行甲板は大丈夫・・・です。それよりも、早く!!・・・・ッ!!」
近江が突き飛ばされてよろめく。尾張は近江を突き放すようにして前面に進出していた。もし、一瞬でも遅ければ、近江は敵砲弾に貫かれていただろう。
「今度こそは、同じ轍を踏まないわ。」
風圧で髪が後ろになびく。尾張の右手が右に大きく振られ、そして正面に振りぬかれた。
「テェ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
3連装主砲が同時に火を噴く。その時、右翼からの川内たちの攻撃で、ひるんだハ級とエリートヲ級がバランスを崩し、戦艦ル級にぶつかった。ル級は驚いたように甲高い金属音を発し、体勢が乱れた。そのル級に尾張の放った主砲弾が命中し、大爆発を起こす。ル級は黒煙を上げ、傾きながら深海にズブズブと沈んでいく。再びレーダー搭載深海棲艦が尾張の軸線上にとらえられた。
「テェ~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
尾張が再び叫んだ。まっしぐらに飛び込んだ主砲弾がレーダー搭載深海棲艦を襲う。
「やった?!」
だが、疾風のように白波蹴立てて横合いから飛び込んだハ級に命中して破片をまき散らしただけだった。
「チッ!!」
舌打ちした尾張が主砲を再度構えようとして、横合いに突っ走った。そのすれすれを敵の主砲が襲う。それを駆け抜けながらかわし、瞬時に戦況を判断しながら、尾張は思った。なるほど、姉の、紀伊の言うことは本当だ。自らの力のみで進むことには、限界がある。そう、紀伊型空母戦艦は万能ではないのだ。未だそのことに関してはプライドを傷つけられることもあるが、同時にある種の誇らしさもある。それは――。
「同じ轍は踏まない。・・・・けれど、川内!!」


敵の駆逐艦隊と渡り合っていた川内ははっと尾張を向いた。


「あなたが、切り開きなさい!!」


電撃のように飛び込んできた言葉。その瞬間、川内は気がついていた。レーダー搭載深海棲艦を後方に置いて、それを守るように敵は尾張の真正面に一文字に展開している。一見すると尾張にはT字不利になっている形だ。だが、今川内は尾張から見て正面2時方向に位置、つまり、深海棲艦の艦列を左斜前方に睨んでいる形だ。


そして――。自分と目標との間には、今、何一つ障害がない。まっすぐ正面にレーダー搭載深海棲艦が漂っている。


「浦風、村雨!!」
一声叫んだ川内が全速力で飛び出していった。二人は一瞬で意図を読み取ったらしい。全力を挙げて、川内の左側面に立ちふさがるようにして敵をけん制し始めた。その脇をすり抜けながら川内は一気に主砲を構えた。
「勝負は一瞬――!!お願い、お願い、お願い!!!!」
左側面から敵が狼狽したように飛び出そうとしている。だが、次々と巨弾で狙い撃ちされて、炎上。戦列を離れていく。
「川内さん!!」
近江が叫んでいる。うなずいた川内は一気に目標との距離を詰めた。

ドキッ、ドキッ、ドキッ、という鼓動が響く。

それが自分の心音だとわかるほど、不思議にあたりの音がやんでいた。文字通りの静寂。集中力が極限にまで高まり、聴力を考慮することもできなくなっていたのだ。今、川内のすべての機能は、目に、そして主砲を掲げる腕にそれを支える足に集中している。
「・・・・・・・ッ!!!」
歯を食いしばった。唾を飲み込むように喉が鳴った瞬間――。

爆音とともに主砲弾が放たれ、次いで魚雷が発射された。一瞬ですべての感覚が戻ってきた。
「お願い!!!当たって!!!!」
川内が叫ぶ。
「いっけぇ!!!!」
「あたれぇぇ!!!!」
誰もが同じような言葉を一様に叫んでいた。もし、この光景を葵がみれば、きっと満足そうにうなずいていたに違いない。なぜならこの瞬間、まさに全艦隊が一つになったと言えるのだから。


3日後――。

病室で紀伊は折り鶴を折る手を止めた。何か声にならないこだまのような物がかすかに聞こえたような気がしたのだ。清霜がすっかり元気になり、自分の腕の傷も徐々に良くなってきているが、紀伊は折り鶴を折る手を休めなかった。
気が付けば昼近い。秋にしてはまるで春のような陽気である。降り注ぐ暖かな陽光は疲れた紀伊の指先を温めなおしてくれた。
 ふっと息を吐いて手を動かし始めた時、ガチャリと静かにノブが回った。声もかけずに入ってくるのは誰だろう。
 ふと、顔を上げた紀伊の眼が一杯に見開かれ、ついで手から完成したばかりの折り鶴が落ちた。それは生きているかのように一瞬空を舞い、ゆっくりと床に降りた。
「お帰りなさい。」
穏やかな声で紀伊は尾張たちに話しかけた。
 
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