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提督はBarにいる。

作者:ごません
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『肉の日』の特別メニュー

 ウチの鎮守府……というより、ウチの店『Bar Admiral』には月に一度特別な日がある。それが毎月29日の『肉の日』だ。語呂合わせの何とも安直なネーミングだが、そのサービスは艦娘達には大好評である。元々の言い出しっぺは

『毎月何かしらのサービスデーが欲しい』

 という半ば我が儘に近い物だったのだが、他の艦娘達にも支持されて毎月の肉の日は定期開催されるイベントと化してしまった。サービスデーとは言ったものの、何も肉料理の割引き、なんて剛毅な真似はしていない。



 いつもなら店を閉める時間である午前6時、執務室兼店舗であるその部屋はまだ店の姿のままであり、一晩寝ずに過ごした俺も未だキッチンに姿があった。

「さて……と。ボチボチ始めますか」

 眠気を濃い目に淹れたエスプレッソで蹴散らし、誰に言うでもなくそう呟く。いつもならばそろそろ大淀と今日の秘書艦が来る時間なのだが、今日は来ない。何故なら今日は1月29日。今年1発目の『肉の日』だからだ。

『料理屋のサービスとは料金ではなく料理の味であるべし』

 とは俺の信念である。そんな訳で毎月の肉の日には特別に手間をかけた肉料理を提供する事にしている。ただし、仕込める数にも限りがある為に100人前限定。300居る艦娘に対して、100人前。単純に倍率は3倍だ。

「さてさて、今月は『特製ビーフストロガノフ』だ」

 毎月肉の日メニューは違う物が出る。和洋中、肉の種類を問わず作り出される料理の中で俺が今回選んだのは、ロシア料理のビーフストロガノフである。


《じっくり煮込んで!ビーフストロガノフ》※分量4人前

・牛モモ肉塊:300g

・塩、胡椒(下味用):少々

・玉ねぎ:1個

・マッシュルーム:6個

・トマトペースト:大さじ2

・フォンドヴォー:1缶(290g)

・白ワイン:100cc

・生クリーム:100cc

・プレーンヨーグルト:100cc

・塩:小さじ2/3

・胡椒:少々

・ブールマニエ:大さじ2

・ディル:適量

・バター:大さじ2

・サラダ油:小さじ2



 既に鍋がグツグツ言っているが、中身はフォン・ド・ヴォー。フランス語で『仔牛の出汁』を意味する物だ。仔牛の骨やスジをオーブンでこんがりと焼き、ブイヨンに放り込んで弱火で煮込む。そこにセロリや玉ねぎといった香味野菜、香辛料、トマトピューレを加えて更に煮込み、丁寧に灰汁や余分な脂肪を取りながら濁りの無い出汁に仕上げる。こいつを昨夜の店の営業中から仕込んでいた。目敏い連中は、

『それ明日の肉の日のメニューだろ?何作ってるんだ?』

 と聞いてくる。しかし俺は絶対に明かさない。肉の日のメニューは特別だ……完成して店を開けるまで何が出されるか解らない、そういうビックリ感も演出の1つだ。

『まぁ、フォンドヴォーは缶詰も売ってるから、普通に作るならそっち使った方が楽だがな』

 なんて事を考えながら、牛肉の塊を刻んでいく。ステーキ肉位の厚みに切り出し、5~6mm幅の細切りにする。ビーフストロガノフってのは、ロシアのウラル地方にあった貴族であるストロガノフ家の当主が、老いて歯が抜け落ちて大好きなビーフステーキを食べられなくなった為に生み出した料理だと言われている。牛肉を刻んだら玉ねぎをスライスし、マッシュルームもスライス。

 お次は生クリームと水気を軽く切ったプレーンヨーグルトを同量混ぜる。本式のビーフストロガノフだとサワークリームをたっぷりと入れて食べるんだが、ちとくどくなるのでその代わりだ。ヨーグルト+生クリームの方がさっぱりとして食べやすい。



 さぁ、牛肉を焼いていくぞ。フライパンを熱してサラダ油を引き、刻んだ牛肉をほぐしながら炒めていく。色が変わったら塩、胡椒を振ってすぐに取り出す。レシピ説明に載せたのは4人前だが、こっちは100人前。肉の分量も4kg近いので一苦労だ。

 お次はフライパンにバターを溶かして玉ねぎとマッシュルームを炒めて、玉ねぎがしんなりするまで炒めたらトマトペーストと白ワインを加えたら水かさが半分になるまで煮詰める。……つもりだったんだが。

「……こりゃフライパンじゃ無理だな」

 何せ100人前を一気に仕込むから玉ねぎが25個分、軽い山積み状態だ。刻むだけでも一苦労だが、フライパンや中華鍋では入りきらない。仕方なく寸胴鍋で炒めながら煮詰めていく事に。マッシュルームも数十個、トマトペーストは1缶、ワインに至ってはボトル3本以上をぶちこむ。

 ワインを加えて煮詰めたら、フォンドヴォーを加えて2/3位の水かさになるように煮詰めていく。焦がさないように弱めの中火で煮詰めていくが、量が量だけに時間がかかる。

「こりゃ昼過ぎまでかかるか?……今の内に付け合わせも仕込んでおくか」

 ビーフストロガノフの食べ方としては、ご飯やパスタに掛けたり、揚げたジャガイモと一緒に食べるのがポピュラーだ。煮詰めている寸胴を焦がさないようにかき混ぜながら、付け合わせの主菜を作っていく。用意したのは、

・ライス(ジャポニカ米)

・サフランライス(インディカ米)

・平打ちパスタ(フェットチーネ)

・ショートパスタ(ファルファッレ)

・揚げた皮付きジャガイモ

 の5つ。ジャガイモは8つに割って素揚げして軽く塩を振り、パスタも芯が残らないように茹であげてある。




「うっし、いい感じに煮詰まったな」

 鍋の中身が煮詰まったのを見計らって、炒めておいた牛肉を鍋の中に。全体を混ぜて少し煮込み、牛肉を柔らかくしたら生クリームとヨーグルトを合わせておいたサワークリームもどきを加え、塩、胡椒で味を整える。ブールマニエを少しずつ加えて加減を見つつ、とろみを付けて一煮立ちさせたら完成。

 完成したビーフストロガノフを味見皿に取って啜る。強い牛肉の旨味に、玉ねぎの甘味とトマト・サワークリームもどきの酸味がバランスよく纏まっている。

「よしよし、いい仕上がりだ」

 今回の肉の日も満足のいく一品が出来た。後は執務室前に黒板付きのイーゼルを飾れば準備完了だ。黒板書く文字は決まっている。

『肉の日メニュー 始めました』 
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