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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第百二十三話

 
前書き
外伝キャラマシマシでお贈りします 

 
 新生浮遊城アインクラッド。先日、スリーピング・ナイツが1パーティーのみのフロアボス攻略、という偉業を成し遂げたのはまだ記憶に新しく。解放された新フロアは、こぞってその偉業の真似をしようとプレイヤーたちがひしめき合っていた。

「むー……」

 ただし俺とセブンがいたのは、その新たなフロアではなく、既に攻略されたフロアだった。人通りは少なくはないものの、やはり新フロアという宣伝効果は凄まじいものらしく、多少の変装をしたセブンに気づく者はいない。

「……まあ、新フロアに行くのは後にして。まずはありがとうね、ショウキくん」

 そんな状況で人気アイドルが新フロアに赴けば、どうなるかは火を見るより明らかなため、こうして俺たちは目立たぬ層でお茶をしていた。当然ながら用件は、先日に調査にかこつけて攻略した《幽霊囃子》クエストの件だった。

「おかげ様で報告書もまとめ終わったし、わたしに回って来た仕事は終わり。……再配信、されるといいんだけど」

「難しいだろうな……」

 そもそもあの《幽霊囃子》クエストは、アスカ・エンパイアのプレイヤー参加クエストの一部であり、生前のクロービスが投稿したものだった。しかしてあのクエストに仕込まれていた、プレイヤーの記憶を読み取り死に別れした人物の姿を映しだす――《幽霊》が出現するシステムにより、配信が中止されたのだ。俺たちの調査によって《幽霊》の出現理由は分かったが、同時に、《幽霊》の出現はクエストに深く関わっていることも分かった。

「…………」

 勝手に記憶を読み取る、というプライバシーを無視したシステムももちろんのこと、死に別れした人物というのが問題だった。事実、《幽霊》に会った俺は、その衝撃とトラウマで倒れ込んでしまうほどだったのだから。我ながら思い返しても情けないが、こうなる可能性を誰しもが秘めている。

 しかしユウキは違った。彼女は姉に自分の近況を伝えて、さらに何かの決意を固めたように見えた。恐らくはそれが、あの《幽霊》の正しい活用法なのかもしれないが、クロービスのいない今、理由が真に解明されることはないだろう。

 ……クロービス自らも、彼が思う《幽霊》と会いたかったのかもしれない。

「それじゃ、この話は終わり! 付き合わせちゃって悪かったわね」

「こちらこそ、わざわざ。……そういえば、スメラギはどうしたんだ?」

 これ以上のことは、部外者である自分たちが関わる話ではない。そう判断したようにセブンは手を叩いて話を打ち切ると、ふと、いつも彼女の傍らに寄り添っていた彼の姿が今日はないことに気づく。

「スメラギ? ああ、次の仕事の下準備に、ちょっとだけアメリカに戻ってもらってるわ……つまり、わたしは今、自由というわけよ!」

 助手兼マネージャー兼保護者のスメラギがいないことを、セブンは楽しそうに熱弁する。確かにスメラギは多少ながら過保護なところがあり、このALOに必要以上の混乱とセブンへの危機を未然に防いではいたが、セブンからすれば不満は多くよく脱走していた。まるで家族が出かけた中学生のようなはしゃぎように苦笑しながら、俺たちは支払いを終えながらレストランから出て行く。

「どこ行こうかしら~……って言いたいところだけど、目的地は決まってるの。第十二層の草原フィールドでね、お姉ちゃんに戦闘を教えてもらうの!」

「ああ、せっかくのVRMMORPGだからな。戦闘も楽しむポイントだ」

 そして街中を転移門目掛けて歩きながら、嬉しそうに姉のことを語るセブンと、知ったような口を聞きながら話す。すっかり姉妹揃って仲良くなったようで何よりだが、少しだけ、その楽しげな表情に陰りが差した。

「でも……ちょっとしたら、わたしはアメリカ行っちゃうのよね……」

 ……スメラギがアメリカで仕事の下準備をしているということは、つまり、そういうことなのだろう。世界的な人気アイドルとVR空間の研究者、という二足のわらじを履いているセブンは、本来ならこうして一緒に街角を歩く暇すらないのだ。

「……ごめんごめん! その分、いっぱい遊んでやるんだから! そうだ、ショウキくんも教えてくれる? ソードスキルのこととか?」

 いつかに水泳を教えてくれたみたいに――と、雰囲気を暗くしてしまったことを謝りながら、やけにテンション高くセブンは続ける。

「悪いけど、それは無理な注文なんだ」

「え? あっ……例のその、茅場晶彦の」

 茅場晶彦の、というのは俺にのみ聞こえるほどの音量で、セブンはVR空間の科学者としての表情を見せながら語る。スリーピング・ナイツとシャムロックの戦いが終わった後、大体のこちらの事情は話しており、俺のデータに仕込まれた『ソードスキルが使えない』というバグもその一つだ。

 茅場晶彦が直々に仕込んだプログラムは、リソースを同じとしたこのALOでも継続している――というのを、セブンはこちらを興味深げに眺めていた。アイドルらしく整った顔にまじまじと見つめられ、自然と照れてこちらの視線を逸らしてしまう。

「な、なんだ」

「いや……だって『あの男』が直々に組んだプログラムなんて、あのカーディナルに匹敵する代物よ? ねぇ、ちょっとショウキくんのデータさ」

「断る」

「……まだ最後まで言ってないじゃない」

 最後まで言われずとも、セブンの言いたいことは伝わってきた。要するに、茅場の仕込んだプログラムを解析させて欲しいとのことだろうが、そのプログラムとやらは素人目にもデータと一体化している。さらに茅場のことだ、何か仕込んである可能性も否めず、プログラムと一緒にこのアバターが吹き飛ぶこともあり得る。

「……悪いな」

「ううん、こっちこそ。ちょっとデリカシーが足りなかったわね」

 茅場と並び称されるセブンならあるいは、何か見つけられるかもしれないが、このデータはデスゲームから今まで共に生き残ってきた、いわば戦友のようなものだ。何かあれば困るとセブンの申し出を丁重に断ると、街中に設置された転移門が見えてきた。

「あ、それじゃ――」

「――見つけたぁ!」

 唐突に、そして突然に。転移門を利用しようとした俺たちの前に、女性プレイヤーが突如として降り立った。その露出度が高いくの一のような恰好と、ゆらゆらと揺れる金髪ツインテールを持つシルフには、多少ながらも見覚えがあった。

「そんな変装じゃこのあたしの目は……げ」

「えっと……」

「ルクスとユウキの友達……よね?」

 かつて浮遊城でオレンジプレイヤーであり、ルクスの親友であり、このALOで騒動を起こした女性プレイヤー。一騒動あってこちらに協力してくれた故に、ルクスとともに和解した――名前は失念してしまった彼女は、俺の顔を見るなり嫌そうに顔を歪ませた。

「グウェンよ! グ、ウ、ェ、ン! ルクスはともかく、あの化け物インプとは友達でもなんでもないっつーの! そんなことより、あんたの身柄、いただいていくわ!」

 オーバーアクションで彼女は――グウェンは、こちらからの質問を丁重に答えながら、セブンに向かってビシリと指を突きつけた。そのまま何やら宣言する様子に、刀の柄に手をかけながらセブンの前に立った。

「おっと、ここは《圏内》よ?」

「衝撃ぐらいは与えられることは知ってるだろ? また何か考えてるのか?」

「…………え、あんた知らないの?」

 人気アイドルとVR空間の研究者だけではなく、このALOにおいてセブンは、最強ギルドの一角《シャムロック》のギルドリーダーだ。その身柄を狙うと宣言するとなれば、今度は何を考えている――と計画するこちらに、グウェンは拍子抜けしたように画面を可視可させ見せてきた。

「セブンを捕まえるクエスト……?」

 そこに表示されていたのは、シャムロックが主催者として名を連ねている、プレイヤーが企画したイベント。イベントの内容は簡単なもので、浮遊城の中を歩き回るセブンをシャムロック本部に連れてきたプレイヤーに、豪華景品というものだった。

「他の連中は新フロアを捜してるみたいだけど、ま、あたしにかかればこれぐらい――」

「…………」

「……」

 グウェンが自らの髪を掻きあげながら何かを語っている隙に、セブンと顔を見合わせて二人で逃げ出した。突如として判明したこのイベントに、セブンの手を引くことで高速で離れていく。

「あ――ちょっと待ちなさい! 豪華景品はあたしのものなんだか」

「アメリカから帰ってきたら覚えときなさいよ!」

 流石にグウェンが気づいて追ってくるものの、その声はセブンの怒りの声によってかき消されてしまう。セブン本人にイベントのことを気づかれない偽装工作、セブンがシャムロック本部から脱走するタイミング、そして自分がいない代わりに投入される人手。どれを取ってもスメラギの仕業であり、逃げている途中だというのにセブンの届くはずもない声が止まない。

「ちょ、ちょっと待ちな」

「VR空間とはいえ! 不特定多数の人に狙われるって! あんたはわたしが大事なのそうじゃないの!」

「セブン、そろそろ」

「あ……ごめんなさい……」

 ようやく俺たちが置かれている状況を思い出したらしく、俺に手を引かれながらセブンは赤面して大地を駆ける。幸いにも街中だったということで、路地裏など追跡者を撒けるポイントは多数ある。ただし不幸なのは、グウェンが見た目通りの敏捷一極化ビルドかつ、追跡に慣れているということか。

「……ん?」

「ふぅ……ショウキくん、どうしたの?」

 今は上手く逃げられてはいるものの、やはり徐々に追い詰められてしまっている。少しだけ休憩がてら路地裏の見えづらい場所に隠れると、見知った人物が大通りを歩いていたことに気づいた。

「キリト……?」

 黒いコートに身を包んだスプリガンの少年。この状況なら助けになると話しかけようとしたものの、どこか違和感を感じて尻すぼみになってしまう。とはいえキリトには聞こえたらしく、路地裏に隠れているこちらを見つけると――顔を赤くして逃げだしていった。

「ちょ、ちょっと?」

「……おい待て!」

 グウェンから隠れながらも、俺たちはその挙動不審なキリトを追っていく。逃げる側になると同時に、追う側にもなるという不思議な体験を味わいながら、曲がりくねった路地裏の中を走っていく。

「……こんなところまでよく作り込んであるのね……」

「待てって……うわっ!?」

 興味の対象が路地裏まで作り込まれた街角に移ったセブンの呟きを聞きながら、追いついた俺はキリトの肩を掴む……掴んだ、瞬間。俺は手から電撃を感じた後に吹き飛ばされ、手を掴んでいたセブンを庇いながら家の壁に勢いよくぶつかった。

「ててて……ハラスメント警告ってこんな感じなのね……」

「ショウキさん、セブン……すまない! 大丈夫かい?」

 そして俺の画面に表示されるのは、ハラスメント警告。異性のプレイヤーに必要以上の接触をした際に発動する機能で、混乱する頭で目の前のキリトのような人物の謝罪を受ける。こちらの名前を知っている、どうやら知り合いのようではあるが――とまで考えたところで、そのキリトに似た人物のことを思い出す。

「ルクス……?」

「え? ルクス? どこ?」

「……ここ、だよ」

 こちらからの問いかけに観念したように、キリトに似た人物は自らを指差した。リズたちとルクスが最初に会った時には、ルクスは今のアバターとは違うアバターを使っており、それはキリトに似たアバターだったと聞いていた。その時には俺は、死銃事件に関わっていたために居合わせなかったが、確かに追われる状況では間違えるほどに似ていた。

「あ、サブ垢ね。でもなんで逃げたのよ?」

「それは……その……たまにこうして、キリト様の恰好で歩いてるなんて……その……」

 セブンに問い詰められたキリトのようなルクスが、涙目になった視線でこちらに助けを求めてきた。憧れの人と同じ恰好で街を練り歩く隠れた趣味、なんてそれは友人には言い難いだろうが……それがセブンには伝わらない、というか理解できていないというか。

「そんなことより、ちょっと助けてくれないか?」

「助ける?」

 どうしてここにいるかはともかく、ルクスがここにいてくれたことはありがたい。話を流したことにルクスは小さいお礼をしてくれた後、俺たちが今置かれている状況のことを話す。

「なるほど……グウェンが、ね。分かった。ちょっと待っていてくれないか」

 そう言って、キリトの恰好をしたルクスは消えていく――顔を赤くしてあたふたしているキリトなど、どうしても目に毒なのでログアウトしてくれてよかったが、ログアウトしたのはそういう訳じゃなく、グウェン相手には普段の恰好でなくてはならないからだ。

「見つけたぁ!」

 そしてキリトの格好をしたルクスがこの世界から消えた瞬間、屋根の上からグウェンが顔を出した。どうやら屋根と屋根を飛び移って俺たちを捜していたらしく、すぐさま俺たちの少し目の前に着地した。

「さあ、観念してお縄に――むぎゅ!?」

「うわっ!」

 そして捕縛用の網を手に持ちながら、グウェンがこちらに向かって駆け寄ってきた――瞬間、ログインしてきたルクスに直撃した。グウェンが抱きつくような形になって転がっていき、いつものアバターになったルクスが目を白黒させていた。

「……逃げるぞ」

「あ、あっ……そうね!」

 ルクスには悪いが、グウェンの相手は任せておこう。二人が混乱している間にその横をすり抜け、セブンの手を引いて走り抜ける。そのままグウェンに追いつかれる前に、なんとか転移門へとたどり着いた。

「何層だ?」

「えーっと……22層!」

 まるでエレベーターのように転移門を利用すると、草原が有名な層に転移する。相変わらずの好きになれない転移の感覚に眉をひそめていると、目の前にどこまでも草原フィールドが広がる。この層の主街区はこの地下にあり、地上は全てこの草原となっている。

「七色!」

 そして主街区に繋がっている地下への階段の近くに、赤髪の少女――レインがこちらを見て安心そうな笑みを浮かべていた……隣に、もう一人。

「あら、ユウキ?」

「やっほー。偶然レインに会ったから、着いてきちゃった」

「大丈夫だった!?」

 多分、ショウキもそうでしょ? ――と言いながら、こちらに対して手を振ってくるユウキと、一心不乱にセブンの手を握るレイン。姉からのいきなりなスキンシップに、セブンも目を白黒させていた。

「もう、さっきからレインがこうでさー。ちょっと遅れてるだけだって言ってるのに、七色が誘拐されたーって」

「そ、そんなこと……ないもん」

「あはは……遅れてごめんね、お姉ちゃん」

 恐らくそんなことあるんだろうな、と言いたくなるレインの様子だったが、そこには触れないでやると。ごまかしているのを止めて、レインは少し寂しげな表情を見せていた。

「だって……セブンとゆっくり遊べるのも、もう少しだと思うとさ」

「…………」

 言い辛そうに手をもじもじと動かしながら、レインはそうして心配していた理由を語る。それはセブンが近々アメリカに帰ることなのは明らかで、それまでにめいいっぱい遊ぶと頭で分かっていても、寂しい気持ちを持ってしまうのは当然で。

「……遠くにいても、二人で出来ることってないか?」

「え?」

 ふと、口からそんな言葉が呟かれた。かつての交換日記のような、国外だろうと共に出来るようなことを。そんな思いつきを提案してみると、どうやら中々に好感触なようだった。

「ならさ、歌に関することはどう? 前に聞いた二人のライブ、凄かったし!」

「歌……歌……作詞?」

「作詞! いいわね!」

 それからは言い出しっぺはまるで関わることはなく、少女三人の話し合いがとんとん拍子に進んでいく。というか口を挟む暇がないというべきだったが、そんな光景は掛け値なしに微笑ましい。

「よーし! そうと決まれば、さっさとソードスキル教えてもらって、作詞の方も考えましょ!

 そうして二人で作詞をする、という方向性で決まったらしく。その話もそこそこにして、今回のそもそもの目的である、セブンへのソードスキルの講習会が始まっていく。

「ふふん。ソードスキルのことなら任せてよ!」

 随分とやる気満々なユウキが、講師役としてセブンの前に立っていた。武器は片手剣と槍だが、ユウキが自分で講師役に立候補したのだから、きっと何か考えがあるのだろうと任せることにする。

「こういうの憧れてたんだ……誰かに教えるって……!」

「ええと、お手柔らかに?」

「七色、大丈夫かな……」

「不安なのは分かるが心配しすぎ、だ」

 ショウキ、聞こえてるよ! ――と、片手剣をブンブンと振り回してやる気を示すユウキに、確かに不安感を感じなくはないが。最初から戦力外なことが決まっているこちらは、妹のことを心配しすぎているレインとともに、見学がてら草原に座り込んでいた。

「まずは最初の単発ソードスキル。これが出来れば、どんなのだって出来るようになるからさ!」

「おお……」

「まともなこと言ってる……」

「ちょっと、そこ! ……それじゃ、やってみせるから!」

 観客からの野次にも負けることはなく、ユウキは片手剣の単発ソードスキル《スラント》の構えを取った。初級ソードスキルはたいていは突きということもあり、槍と片手剣という違いがあろうとも構えはそう変わらず、セブンも見様見真似で槍を構えてみせる。

「それでこう、ズバババン! と!」

「ズババ……バン?」

「化けの皮が剥がれたな……」

 ユウキの方は閃光の如くソードスキルを発動したが、セブンはその擬音に対応することは出来なかった。幸いにもこちらの独り言は、ソードスキルの衝撃でユウキには届かなかったようだが、しっかりと隣で苦笑いをしているレインには届いたらしい。

「え? だからこう……ズバババンって」

「ユウキ、チェンジ」

「ええ!?」

 残念がっていたユウキを「まあまあ、後は任せて、ね?」と全力でなだめすかして、レインとユウキが講師役を交代する。すると片手剣を鞘にしまったユウキが、フラフラと俺の隣まで歩いてくると、その場で拗ねた様子で座り込んだ。

「なんでよー……」

「まあ、見た方が早いだろ」

 そうして不満げにこちらをジト目で見て来るユウキに、とにかく指をさしてセブンたちの方を見せてみる。頬を膨らませながらもそちらを見るユウキだったが、みるみるうちにその表情は変わっていく。

「まずはこの態勢で力を込めて。その力を解き放つ感じで、一点を見ながら突いてみて」

「力を込めて……一点を見ながら……解き放つ!」

 レインが手取り足取り態勢を教えてセブンのフォームを作り上げていき、近くにあった木を仮想敵にして注目する。そして言われた通りに力を込めて、槍を突くと同時にその力を解き放つと、槍の初級ソードスキルがその木に向かって放たれた。

「わわ、わ! ……出た! やったよ、お姉ちゃん!」

「うん。上出来」

 とはいえ使い手であるセブンが、ソードスキルの発動した衝撃に耐えることが出来ず、槍は目の前の木にすら当たらなかったものの。とにかく発動出来たことに喜ぶセブンと、それを上出来だと褒めるレインの姿を見て、ユウキが負けを認めたとばかりに草原に倒れ込む。

「あー……お姉ちゃんみたいに上手くはいかないなぁ……」

「……姉さんは上手かったのか? 教えるの」

 少し聞いていいかは迷ったものの、腫れ物扱いする方がユウキは嫌がると思い、思い切って聞いてみることにした。するとそれが正解だと言わんばかりに、ユウキは草原に横たわりながらこちらに笑みを見せてきた。

「うん! ボクにも上手く教えてくれてさ。同じようにやったんだけど、何がいけなかったのかな……」

「……そういえば、ユウキ。明日、学校来る日だったか?」

 それは教え方が上手かったんじゃなく、上手く感覚派の波長があっただけだ――という言葉を、ユウキの美しい思い出を汚したくはないと飲み込み、代わりにそんな質問を投げかけた。

「そうだよ? どうしたの?」

「明日の放課後、開いてるか?」

「……え?」

 その時のユウキの様子は、鳩が豆鉄砲をくらった、という形容が相応しいものであった。


『言われた時はビックリしたよー。明日の放課後、開いてるか? なんて』

「それだけ聞くと、まるでデートのお誘いみたいねぇ? ショーウーキ?」

「気のせいだろ」

 そして件の放課後に。SAO生還者学校から帰るいつものメンバーに加え、明日奈の肩にはユウキが入ったシステムが乗っている。里香からの追求をそっぽを向いて避けると、珪子から追撃が飛んできた。

「でも翔希さん。女の子は、たまにデートに連れて行かないとダメですよ。ね、明日奈さん」

「そうだねー」

「うっ」

 珪子がよりにもよって明日奈に会話を振ったことで、流れ弾が俺以外の男子――というか和人に着弾する。それから何か指折り数え始めており、どうやら最後にデートに行った日付を確認しているらしい。

『でもリズ……里香、どうしたの? リアルで連れて行きたいところがあるなんて』

「ああ、それはね……あ、見えてきたわよ!」

 そんな会話が俺の前回のリズとのデートを探っていた思考を打ち切り、目の前に移る店舗を確認させた。そこは何の変哲もない喫茶店であり、強いて言えば店内が若干広い……程度の、特に珍しくない場所だったが。

「見てなさいって。たのもー!」

 そう言いながら店内に繋がる扉を開く里香の前に、何故かメイド服を来た女性店員が出迎えてくれた。純白のカチューシャを一際目立たせる亜麻色のロングヘアをたなびかせて、俺たちに向かって問いかける。

「いらっしゃいませ、ご主人……様……?」

 その顔は、どこか見覚えがある顔をしていて。羞恥のために赤く染まるその表情と、俺がよく知る表情が脳内で一致した瞬間、明日奈の肩から声がした。

『あ、レイン?』

「へ……え? えぇ!?」

「あ! 里香さーん! こっちでーす!」

 突如として発せられたユウキの声や、仮想世界での知り合い一挙に現れたことに脳が追いつかない店員をスルーし、先に店に着いていたらしい直葉に、レコン――慎一が待つ席に揃って座り込む。

「ごめんなさいねぇ、直葉。せっかくレコンと二人きりだったのに」

「いえ! 全っ然! ……ユウキさんは、そこに?」

『うん、いるよー。リーファにレコンも、現実はこんな感じなんだねー』

 ……結局、里香が俺たちをここに連れてきたのは、盛大な顔合わせらしい。直葉や慎一と、VR越しとはいえユウキとの。そしてもう1人、こちらの世界のレインが混乱を収めたらしく、メニュー表を持って近づいてきていた。

「ご注文は……って聞く前に。はじめましての人が多いかな。あたしの名前は、枳殻虹架。ここでバイトしながら、アイドル目指してます!」

「アイドル!?」

 ちょっと、それは聞いてないわよ――なんて言葉が里香から漏れたのもあって、どうやら先にレイン……虹架と知り合っていたメンバーも、アイドルの件は初めて聞いたらしい。

「だって初めて言ったもの」

「ぐぬぬ……」

「目指せ、七色ってところかな~。こう見えて、街角ステージぐらいはしてるんだから!」

 初めて里香を手玉に取った虹架が上機嫌に腕を組み、俺たちにメニュー表を渡していく。それと同時に他のお客から注文が入り、虹架は忙しそうにそちらに向かっていく。

「あ、はーい! それじゃ、楽しんで行ってね!」

「アイドルか……すごいな……」

「ですね……」

「……里香、どうした?」

 まさかのカミングアウトに語彙が崩壊するメンバーをよそに、当然だが虹架は他のお客の注文を受けに走っていく。その中で唯一、なにやら店の入口が気になっているらしい里香に問いかけると、ごまかしの意味がこもった苦笑いが返ってきた。

「いやー……実は、ルクスにも声をかけたの。グウェンもリアルの方で会えないか、って……やっぱ、来ないわよね。流石に」

「いや、そうでもないみたいだな」

「え?」

 そうして店の入口が開かれる音とともに、虹架のかけ声が店内に響き渡る。新たな客である二人組の少女をこちらの席に呼び込み、特に憮然としているグウェンを無理やり座らせて。後はただ話した、思うさま会話して、喋り通して。

 ――こんな日常がずっと続くのだと、そう錯覚してしまうように。

 
 

 
後書き
マザロザ終了まで、あと二話(予定)
 
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