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提督はBarにいる。

作者:ごません
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明けちゃったけど正月の騒ぎ・その9

1月5日-d    送別会・その3


「小僧、煙草ふかしてもええかのぅ?」

 料理と酒を楽しみつつ、カウンターにまったりとした雰囲気が流れ始めた頃、ジジィが唐突にそう言ってきた。

「別にウチは禁煙でもねぇし、構わねぇよ」

 全面禁煙にしたら、間違いなくウチの連中から不平不満が出る。煙草と酒に塗れた鎮守府、と聞くと外聞は悪いかも知れないが艦娘のストレス発散に一役買ってもらっているのだから、とやかく言うのはアレだ。

「すまんのぅ。最近はどこも禁煙・分煙だと騒いでおって、住みにくくなってしもうた」

 苦笑いを浮かべながら、ジジィが懐から取り出したのはパイプ。それも、骨董の高級品だろう象牙らしき素材のパイプだ。手馴れた様子で刻み煙草を詰め込み、マッチを擦って火を点ける。ぷかぷかとふかして香りを楽しんだら、フーッと紫煙を吐き出す。何ともその姿が堂に入っていて、昔の船乗りだとか船長のイメージが完璧に合致する……そんな感じだ。

「……私としては身体を気遣って、酒も煙草も止めてもらいたいんだがな」

 そんな旦那の姿を見ながら、呆れたようにも聞こえる声色でぼやく三笠。

「何を言うか。人間、欲があるから生きとるしそこに魅力が生まれるモンじゃ。欲を断った男に魅力は無いぞ?儂はそうなりたく無いわい」

 そう言って反抗するかのように、ウィスキーグラスに手を伸ばす元帥。

「そういう物かしら?」

 加賀の不思議がっている様子に、元帥が意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「ならば想像してみぃ。お前さんの旦那である小僧から、欲を取ったらどうなるか?」

 人間の3大欲求といえば食欲・睡眠欲・性欲だ。俺は美味い物が食べたいから料理が上手くなったと自負してるし、これからも新しい味の発見はしていきたいと思っている。疲れた時の睡眠の心地よさは捨てられる気がしない。となると残るは性欲だが……これは語るまでも無いだろう。俺から性欲が無くなって一番の被害を被るのは、金剛を始めとする嫁艦達なのだから。

「そんなdarling最悪デース!」

「そうね、凄く納得できたわ」

 確かに人の魅力に欲は不可欠らしい、と納得した様子の2人。そんなやり取りを眺めていた俺には、苦笑いしか出てこなかったのだが。




「……ところでどうするんじゃ?お前はこれから」

「あん?何だよ藪から棒に」

 ジジィのその一言には、いつものおどけた様子がない。視線も真面目そのもの、といった具合である。実際の所、ジジィの心配の種は解りきっている。今後のウチを憂いているのだ。

 今更自分で言うのもナンだが、割と好き勝手にやって来た自覚はある。他の鎮守府に比べても大規模と言って差し支えない保有戦力に、鎮守府がある地域への太いコネクション。表には出せない後ろ暗い取引も1つや2つじゃ済まされない。それでも尚、俺が辞めさせられなかったのは、積み重ねてきた実績と目の前のジジィ呼ばわりしている元帥の庇護下にあったからと言えるだろう。しかし、その内の1つが今無くなろうとしている……上からの抑圧と下からの突き上げはキツくなるだろう事は予想出来ている。

「心配し過ぎなんだよ、老婆心出しやがって」

「なんじゃと?」

「その程度の事、俺が想定してないとでも?嘗めてもらっちゃ困るぜジジィ。これから隠居する老いぼれと違ってこちとら現役バリバリの大ベテランだぞ?」

 心配するな、とでも言うようにニヤリと笑ってみせる。実際問題、その為の備えはしてあるのだ。艦娘に近接戦闘のノウハウを叩き込んでいるのもその一環ではあるし、鎮守府内に仕込んである様々な仕掛けも万が一攻められた時の為の備えだ。そして何より、ブルネイという国との太いパイプ作り。今回の騒動でも助けられたが、最悪の場合には鎮守府ごとブルネイの国費で買い上げ・海軍として編入という最終手段も密約ではあるが交わしてある。

『まぁ、ウチが存続の危機に陥った時の最終手段だから、使わないで済むのが一番なんだがな』

 俺のそんな意地の悪そうな笑みを見たからか、ジジィは溜め息を吐いて

「はぁ……何をする気か知らんが、程々にしておけよ?悪戯坊主め」

「おめぇが言うんじゃねぇよこのジジィ!」

「なんじゃと?」

「やるか?」

 睨み合う提督と元帥を眺めながら、苦笑を浮かべる艦娘3人。

「はぁ。大人げないというか、なんというか……」

「でも、そこがcuteなんだよネーw」

「それは何となく同意します」

 Bar Admiralの夜はそうしてふけていった。翌日、風のように去っていった元帥夫妻を見送った提督夫妻だったが、これより数ヶ月後からブラック鎮守府を潰して回る妙な二人組の噂を聞いて、苦笑いを浮かべるやら頭痛に頭を抱えるやらする事になるのを、まだ彼らは知らない。 
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