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ソードアートオンライン アスカとキリカの物語

作者:kento
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アインクラッド編
  ボス線への誘い

何を言うか困る状況だ。無理もない。先ほどまで年下の気の弱い男の子と思っていた黒づくめの正体は実は自分とそう年の変わりそうにない少女だったのだから。
アスカは死を受け入れようとしていたのに、余計なことをしてくれた、と文句を言おうとしていた。あくまで目の前にいる黒づくめが男だったら、だが。

「・・・・・・・」

目の前に立つ少女も隠していた正体がばれてしまい、気まずげに斜め下を向いて、視線を合わせようとしてこない。
所在なさげに長い黒髪の先っぽをくるくると弄っている。


可愛らしい容姿をしていた。
男としてはひょろっちいと思っていたが、女性なら普通だろう。
いくらコートを羽織っていたとはいえ、男であるとばれなかったのだ。胸の膨らみなどの女性らしい凹凸は少ない。
しかし、すらりと長い手足からスレンダーという言葉がよく似合うスタイルの持ち主だ。魅力がないわけでは決してなく、むしろ線の細さは多くの女性が羨ましく思うものだろう。
顔も可愛らしく、大きな黒色の目が印象的だ。きれいな長い黒髪は腰近くまで伸びている。

アスカは黒づくめの正体が少女であると分かり、いろいろと納得していた。
声が高いように感じていたのも、所々つっかえながら話していたのも当然だ。
女の子とばれないように一人称を変えたり、口調を変えることにまだ慣れていないのだろう。1ヶ月で慣れるようなことではない。
全身黒装備も女性であることを隠すためだろう。
フードの中に長い髪の毛を隠していても、戦闘で派手に動けば毛先はコートから出てしまうが、全身黒色にしてしまえば、多少黒髪が舞っても、違和感を覚えない。

頭の回転の速いアスカは瞬時にそこまで理解することができたが、1つだけ分からないことがあった。
それは、なぜこんな少女が性別を誤魔化してまで攻略の最前線、ダンジョンの最奥にいるのか、ということだ。

一般的にネットゲームをする者は男性の方が多い。それはこの〈ソードアートオンライン〉でも例外ではない。

全1万人のプレイヤーのうち、女性プレイヤーなんて1000人いるかいないかだろう。
いや、本当はもう少し多かったのだ。ログインしたての時はもう少し女性プレイヤーが多かった。俗に言うネカマだが。
しかし、ネカマのプレイヤーは〈手鏡〉なるアイテムによって性別を強制的に戻された。〈手鏡〉を使った直後の広場には女性用の服を着ている男達が、恐ろしいことに何百人もいた。茅場昭彦がデスゲームとする際に本来の姿に戻すことを決めていたのなら、最初から性別変更をできないようにしてあげていたら良かったのにと、アスカも全く思わない訳ではない。
―――閑話休題。

つまり存在すら希少な女性プレイヤーがさらに危険なダンジョンに単身挑んでいることが不思議だった。
最も長い時間ダンジョンにいるはずのアスカですら、いままでダンジョン内で女性プレイヤーを見たことはほとんどない。目にしたとしても,大人数のパーティーに混じっているだけだった。
それは目の前の少女がソードアートオンラインで唯一の攻略に参加している女性ソロプレイヤーであることを意味している。

アスカにはパーティーメンバーで集まった野郎どもならともかく、こんな可愛らしい少女が1人で命を失う危険が高い攻略に参加する意図が掴めなかった。

お互いに無言の状態が続く。
なぜあんたみたいな女性プレイヤーがこんなところにいるんだ?とアスカは聞きたかったが、いきなり女性にプライベート丸出しの質問をする事が憚られてしまい、口を開くことができなかった。

かつん、かつん
沈黙の降りていた2人の近くを誰かが歩く音が聞こえた。
足音の数から恐らく複数。しかも足音がだんだん大きくなっていることから近づいてきていることが分かる。
途端に焦り出す少女。やはり女性プレイヤーであることを知られたくないようだ。
慌てて足音の聞こえる反対方向に走り出そうとするが、その先は行き止まりの安全地帯しかないので、鉢合わせせずにやり過ごすことは無理だ。
少女も分かっているのだろう、顔を青くしながら挙動不審になる。
アスカはため息をつく。アスカにはそこまで女性プレイヤーであることを隠していたいという少女の考えなど理解できるわけもなかったが、目の前で大慌てしている女性を他人だからと放っておくことはできなかった。
羽織っている茶色のコートを脱いで、少女に放り投げる。アスカの方など見向きもしていなかった少女の頭にコートがばさりと掛かる。

「え・・・?」
「さっさと着ろ。ばれたら困るんだろ?」

なぜこんなことをしているんだろうか、と思わないわけでもなかった。死を受け入れようとしていた自分のことを邪魔されたのだ。コートを貸すことだって、アスカはもしも自分が他人にそんな扱いを受けようものなら「ほっとけ」の一言で一蹴するというのに。

「ありがとう・・」

少女は小さな声で、しかし透き通った声でお礼を言うと、すぐさまコートに袖を通してフードを被る。茶色なので髪の毛が目立つこともない。
少女がフードを被り終った直後、足音の主の一行が姿を現す。
一瞬、安全地帯のすぐ近くのフィールドで立ち止まっている2人に怪しむような視線を向けてくるが、そのまま2人の横を通り過ぎて安全地帯に進む。
ダンジョンに潜っているようなプレイヤー達は基本的に己のステータスアップを目的としている。偶然出会ったプレイヤーと馴れ合おうとする者はそうはいない。

男達の姿が完全に見えなくなったところで少女は大きく息を吐き出す。
アスカにコートを返そうと、脱ぐような素振りを見せるがアスカはそれを止める。

「着とけよ。さっきの様子じゃ予備のコート持ってないんだろ。ここから街まで誰とも遭遇せずに帰る気か?」

ぴたりと少女の動きが止まる。そんなことが不可能だって事ぐらい誰にでも分かる。

「でも、このコートを借りたら君の装備が・・・・」

申し訳なさいっぱいというご様子だ。
確かにコートの下はTシャツと小さな金属の胸当てをしているだけだ。もともと低い防御力がこれでは紙切れ同然だ。

「俺も一旦街に戻るから気にするな。それにそんな青ざめた表情の奴を放っておいたら、気になって戦闘にも集中できない」

アスカは刃こぼれしている細剣を鞘に収めながら言う。
予備を含めて3本購入していた剣も最後の一本の耐久値がなくなりそうなところまできている。どうせ明日には帰ることになっていただろうから、さして問題ない。

「ゴメン・・・。本当に助かったから・・・ありがとう・・・」

アスカの目の前で少女は大仰に謝る。アスカのことを助けたから女性であることがばれてしまったのに、そんなことを欠片も気にしていないような感じだ。
むしろアスカに罪悪感が芽生えてしまう。コートを貸したのも命を助けようとしてくれた事との貸し借りをチャラにしたかっただけなのだから。

「だから、いいって言ってるだろ。それより帰るなら早く帰るぞ。日が暮れないうちに帰りたい」

現在、ちょうど昼の12時ぐらいだ。暗くなる前に帰るには余裕の時間だが、余裕を持って行動するべきだ。
暗くなってくると強力な夜行性のモンスターが出てくるが、それを防御力が紙切れ同然の状態の今は相手にしたくない。
別にアスカは死にたがりではない。全力で戦った末に死ぬことは受け入れているというだけだ。万全ではない状態で無茶な戦闘はしない。

その少女もダンジョンの最奥にやってくるだけの実力と知識はあるので、アスカの言わんとすることは理解できる。
こくんと頷いた少女と共にアスカはダンジョンの出口に向けて歩み始めた。


ちょうど1時間半で2人は何事もなく無事に街に着いた。
単身,迷宮区にいたことからそれなりに強いであろうことは予想していたが,それ以上の強さを見せつけた少女のおかげで,アスカは特に苦戦することもなかった。
しかし、アスカはパーティーを組んだこともなければ2人以上でコンビを組んで戦闘を行ったことすらなかった。
少女の「スイッチ!!」という言葉の意味が分からなかったため、不用意な硬直時間を作ってしまった少女が攻撃をもろにくらってしまうことが一度だけあった。
そのあと、〈スイッチ〉という言葉の意味を聞いたアスカに少女は驚いたような視線をぶつけた。そんなことすら知らないでダンジョンにいることが信じられないらしい。
スイッチ――故意にブレイクポイントを作り、他のプレイヤーと入れ替わる戦法――の説明を聞いてアスカはなるほどと思った。
複数人で一体のモンスターに攻撃を仕掛けたら、アスカがよく使うリニアーのような突き技や縦斬りのソードスキルはともかく、横切りのソードスキルを使うと、味方まで切る可能性がある。パーティー登録をしたプレイヤー間ではダメージは入らないが、ソードスキルがぶつかることによりノックバックは生じる。
つまり大型のモンスターでも相手にしないかぎり、味方が邪魔になることの方が多いのだ。
今までパーティーを組むことのメリットが分からなかったアスカだが、この戦術を聞いて納得する。〈スイッチ〉を使えば、HPが減った仲間の代わりに戦闘に参加することができるし、ソードスキルを防いだことによって硬直している敵に先制して攻撃を行うこともできる。実際、〈スイッチ〉を理解してからは少女との連携でいつもより楽に敵を倒すことができた。
おかげでアスカと少女の2人は最短時間で街に戻ることができた。

第1層迷宮区に最も近い街〈トールバーナ〉に着いた2人はすぐにショップに入り、少女が着るコートを買った。先ほどと同様の黒色のフードケープを羽織った少女は安堵したようにほっと息をつき、アスカにコートを返す。

そこで別れるつもりだった。
もともと、同伴するつもりもなかったのだが、高くはない布装備とは言え、ただでコートを譲るわけにも行かず仕方なく一緒に街に帰ってきただけだ。
さすがに今からもう一度迷宮区に帰る元気も時間も残っていないが、宿屋で少し睡眠を取れば明日の早朝には再出発するつもりだった。
返して貰ったコートを羽織りながら、アスカは別れの挨拶を済ませようとする。
しかし、その少女が先にアスカに声を掛ける。

「君はまた迷宮区に籠もるつもりなの?」
「ああ・・・」
「・・・・君は、モンスターを倒すために迷宮区にいたんだよね?」
「それがどうした?」
「じゃあ・・・わたしと一緒にボス攻略に参加しない?・・・・第1層で最も強いモンスターを倒しに」
「何・・・?」

ボスという言葉に反応するアスカ。
アスカが興味を示したことにより少女がさらに説明する。

「うん。今日の夕方4時からこの〈トールバーナ〉の中央広場でボス攻略会議が行われるんだ。どうする?」

興味が無いわけでない。
この世界に負けないため、強敵を刺し殺し続けてきた。
ボスとはつまり、2千人のプレイヤーの命を奪った第1層の最難関門。
間違いなく迷宮区のモンスターよりも数段強いのだろう。
逃げるわけにはいかない、そう考えたアスカは、

「分かった。俺も参加する」

と答えた。


 
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