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第二章

 そしてそのうえで。戸惑いながら長老に尋ねました。
「あの、本当にそれだけ」
「左様、蛟は五百年生きれば龍になるのじゃからな」
「そんなに待たないと駄目なんですか」
「そうじゃ。しかしじゃ」
「しかし?」
「絶対に龍になれるのじゃ」
 蛟が願ってもやまないです。それになれるというのです。
「そうなるのじゃ」
「もっと短くならないんですか?」
 切実な顔になって。蛟はまた長老に尋ねました。
「あの、それは」
「もっとか」
「修業して。五百年が四百年に」
「残念だがそれは無理じゃ」
 長老の言葉は変わりません。甲羅から出しているその首を横に振っての言葉でした。
「蛟はのう。五百年経たねばじゃ」
「何をしてもなんですか」
「龍にはなれぬ」
 それはです。絶対のものだというのです。
「残念じゃがな」
「そうなんですか」
「しかし絶対になることができる」
 項垂れた蛟にです。長老はこのことは間違いないとお話しました。
「蛟ならばのう」
「けれどあと四百二十年もですか」
「待つのじゃ」
 くれぐれもとです。長老は蛟に言いました。そこまで聞いてです。
 蛟はがっくりとなって滝から湖に帰ってです。その底でしょんぼりとしました。その蛟にです。湖の皆は口々にこう尋ねたのでした。
「どうしたの?長老に何か言われたの?」
「滝から帰って来て凄く落ち込んでるけれど」
「一体全体どうしたの?」
「何があったの?」
「蛟はね。五百年経たないと龍になれないんだってさ」
 長老に言われたことをです。蛟はそのまま湖の皆に答えました。
「それだけ生きないとね」
「えっ、五百年も?」
「それだけ生きてやっとなの」
「やっと龍になれるの」
「物凄く長い時間じゃない」
「そうだよ。僕は今八十歳だから」
 項垂れたままです。蛟は皆に自分の歳もお話します。
「後ね。四百二十年だよ」
「そんなに長いなんて」
「気の遠くなる位長いじゃない」
「それだけ生きないと駄目なの?」
「物凄い話だよね」
「そうだよ。絶対に龍になれるって言われても」
 どうかというのです。それだけの歳月がかかるとなると。
「気が遠くなるよ。僕四百二十年も先のことなんてわからないから」
「けれどそれだけ生きたら龍になれる」
「それは確かなんだね」
「そうだよ。だから龍になれたいんならそれだけ生きろってさ」
 蛟は要点をまとめて言いました。
「どうしたものだろうね」
「まあ生きるしかないんじゃない?それだったら」
「どうしても龍になりたいんならね」
「それならね」
 湖の皆はその蛟にこう言いました。
「生きよう。それだけね」
「そうしたらね」
「わかったよ。じゃあ生きるよ」
 仕方ないといった顔で、です。蛟は皆に言いました。
「頑張ってね」
「そうして龍になろう」
「五百年生きてね」
 こうしてです。蛟は仕方なくです。四百二十年待つことにしました。
 湖の中でも季節はわかります。夏になって秋になり冬になり春になり。その中を過ごしてです。
 蛟は水面を見上げながらです。こうぼやくのでした。
「まだまだだよね」
「五百年だからね」
「本当に気が長いよね」
「遠い話だよ」
「一年一年過ぎていくけれど」
 蛟は百歳になりました。けれどです。
 まだまだ時間はあります。そのことを思ってです。
 蛟は湖の底ではあ、と溜息をつきます。そしてまた言うのでした。 
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