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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百四十七話 和平か、講和か

宇宙暦 798年 3月 28日    ハイネセン  最高評議会ビル    ウォルター・アイランズ



「いい気なものだな、まあそれだけ余裕が有るのだろうが」
TV映像を見ながら渋い表情でトリューニヒト議長が吐き捨てた。執務机を右手で軽く叩いている。珍しい事だ、此処まで感情を露わにするとは。

「確かにそうでしょう。しかしどちらかと言えば政治的なショーの意味合いが強いと思いますが」
トリューニヒト議長がソファーに座る私を見た。
「確かにそうだな、……開かれた帝国か……。軍事だけでなく政治でもこちらを押してくる。厄介な相手だ」

今度は溜息交じりの言葉だ、トリューニヒト議長は大分参っている……。議長の視線がまたTVに向けられた。TVにはヴァレンシュタイン元帥の結婚式の映像が映っている。例の『キレるほどに恋してる』の映像だ。

開かれた帝国……、ここ最近マスコミで使われ始めた言葉だ。皇帝主催の結婚式、皇帝自ら神父を務め披露宴では平民とも親しく話をしている姿が全銀河に流れた。また披露宴自体、同盟市民から見ても親近感が持てる物だったと言える。

同盟市民からは帝国は変わりつつある、開かれつつあるという声が出始めている。『開かれた帝国』はそんな市民の声をマスコミが表した言葉だ。極めて帝国に好意的な表現と言える。この結婚式を企画したのが誰かは知らないがこの言葉を聞けば大喜びするに違いない。

「まあ、それでも今回はこちらも救われました。その点については礼を言わねばなりませんな」
私の言葉にトリューニヒト議長が渋々と言った表情で頷いた。いかんな、気分転換になればと思って言ったのだが……。

「クーデターの一件で皆が暗くなっていたからな、それを吹き飛ばしてくれた事には感謝しているよ」
面白くも無さそうな声と表情だ。表情と言葉がこれほどまでに違う事も珍しいだろう。やれやれ……。

「ところで、宜しいのですか? お忙しいのでは」
呼び出されて議長室に来てみれば、もう十五分近くTV映像を見ている。議長は多忙のはずだ、話が有るのなら早く済ませた方が良いだろう。このまま居るとどうもこちらまで気が滅入りそうだ。

「いや、三時間程は緊急な要件でない限り誰もここには来ない事になっている。仕事に追われるだけではいかん、時には考える事もしないと……。とはいえ、いつまでもTVを見ていても仕方ないな」
そう言うと議長は視線をこちらに向けた。やはり疲れているようだ。まあ無理もない事ではある、例のクーデター計画だがその規模は予想より大きかった。

「捜査の方は如何ですか」
「まだまだ、これからだろう」
ネグロポンティは参加者を募る事を優先していた。政、軍、官、財……、様々な分野においてクーデターに関与した人間がいる。その全容を掴むのは容易ではない……。

「……例の連中は?」
私の言葉にトリューニヒト議長が顔を顰めた。席を立ち私の方に近づいて来る。そして私の正面に座った。
「直接は絡んでいない様だ、だが連中と親しくしている軍人、財界人がクーデターに関与している事が分かっている」

財界人? フェザーン占領を望む財界人がクーデターに参加したことは分かっている。しかし地球教と親しくしている財界人?
「軍人は分かります、連中は主戦派とは近しい関係に有る。しかし、財界人とは……」
私の問いかけにトリューニヒト議長も困惑した表情を見せた。

「私も不審に思っている」
「……」
「……君は知っているかな、レオポルド・ラープがこの国でフェザーン成立のために資金を調達したという話を」
躊躇いがちに議長が問いかけてきた。声も小さい、こちらの声も自然と小さくなった。

「ネグロポンティから聞いております。ヴァレンシュタイン元帥が知らせてきたという話でしょう」
議長は頷くと言葉を続けた。
「もしかするとその時協力した者達の末裔なのかもしれん……」
「まさか……」

トリューニヒト議長の顔をまじまじと見た。議長もこちらを見ている。困惑した様な表情だ。
「まさか……」
もう一度同じ言葉が出た。

「分からん……、分からんよ、真実は。これまで地球教はフェザーンを隠れ蓑にして行動してきたからな。直接地球教が動くとは思えん、もしかするとだ……」
「……」
考え込んでいると議長の小さい声が耳に入ってきた。

「帝国からも地球教とクーデターの関わりについては念入りに調べてくれと要請が来ている。……要請が来たのは二月の二十日だった」
「!」
思わず議長の顔を見た。トリューニヒト議長は嘘ではないと言うように頷く。

二月の二十日……。ネグロポンティを始めとしてクーデター関与者が逮捕されたのが十九日だった……。
「帝国には事前に知らせたのですか?」
トリューニヒト議長が首を横に振った。

事前には知らせてはいない……。にもかかわらず翌日にはクーデターと判断し地球教の関与の調査を要請してきた……。背中に嫌な汗が流れるのが分かった、未だ三月だというのに……。
「油断出来ませんな、恐ろしいほどに鼻が利く」
「手強い相手だ、君もこれからは連中の恐ろしさを十二分に知る事になる」

お互い顔を見合わせて黙り込んだ。議長室には結婚式の映像が流れている。リヒテンラーデ侯が何か野次を飛ばし皇帝が笑い出した。話題を変えた方が良いだろう。

「和平交渉は上手く行きそうですか」
私の言葉にトリューニヒト議長が首を振って苦笑を漏らした。
「上手くいかんな。まあそう簡単に上手くいくとは思っていない、現時点では和平の可能性は低いだろう……。しかし、だからと言って諦めることは出来ん。今のところは様子見だ」
「……」
「ペイワードもその辺りは分かっている。お互い長期戦は覚悟しているよ」

和平か……、難しい事ではある……。議長は現時点ではと言ったが将来的にも可能性は低いだろう。しかし和平を結べればそれにこしたことは無い。幸い帝国は改革を進めつつある、政治的、イデオロギー的な対立点は徐々に少なくなっているのだ。

「今日君に来てもらったのは君の考えを訊きたいと思ったからだ」
「私の考えですか」
トリューニヒト議長が鋭い視線を向けてきている。普段の人好きのする笑顔は無い。

「君を国防委員長に任命したのはネグロポンティ君の推薦があったからだ。私は彼を信じた、おそらく君達の間ではクーデター発覚後の展望について何度も話し合いが有ったはずだ。だから私は何も訊かずに君を国防委員長に任命した。またそんな悠長な事をしている様な状況でもなかった。彼方此方で逮捕者が出ていたからね」

その通りだ、悠長な事をしている状況ではなかった。何より逮捕者を最も出したのは軍と国防委員会なのだ、蜂の巣を突いた様な騒ぎだった。逮捕者の穴は早急に埋めなければならない。クーデター発覚後もっとも忙しい思いをしたのは国防委員会と軍だろう。

第三艦隊にアップルトン中将、第九艦隊にクブルスリー中将、第十一艦隊にホーウッド中将を配した。各艦隊の司令部要員、分艦隊司令官も逮捕者の穴埋めをしている。三個艦隊が精鋭と呼ばれるまでになるには時間がかかるはずだ……。

「だがもうそろそろ良いだろう。君も一カ月近く国防委員長を務めそれなりに思うところは有ったはずだ。国防委員長として、自由惑星同盟はどのような国防方針を持つべきか、君の意見を私に聞かせてほしい」
「……」

TVでは結婚式の様子が流れている。今度は女性達が歌を歌っている。宇宙艦隊司令部に詰める女性兵らしい。美しい女性達の歌声でさらに歓声が沸き上がっているところをトリューニヒト議長がTVのリモコンを押し映像が消えた。部屋に静寂と緊張が生じる。その圧迫感に負けないようにゆっくりと話し始めた。

「私は帝国との間に和平を結ぶのは難しいと考えています」
「……」
「帝国がそれを望まないという事も有りますが、大多数の同盟市民もそれを望んではいません。主戦派に対して嫌悪感を抱いても、同盟が不利な状況に有ると分かっていても和平は望んでいない……。市民はこのまま国力の回復を待ち、帝国に反撃する事を望んでいるのです。和平を望んでいるのはごく少数の市民だけです。この状況では和平を結ぶのは難しいでしょう……」

トリューニヒト議長は何も言わない、ただ黙って私を見ている。ますます圧迫感が強まった。
「このままいけば同盟と帝国の戦いは避けられません……」
「……それで」
「戦いは避けられない、それを前提とした和平を考えるべきではないかと私は考えています」

トリューニヒト議長は黙って私を見ている。そしてしばらくしてから“戦いを前提とした和平か”と呟いた。
「それは講和という事かね、アイランズ君」
「そうです」

きりきりと痛いような圧迫感が身を包む。何か話すことで忘れようとした時だった、議長が大きく息を吐く、部屋から圧迫感が消えた……。
「戦争が起きれば同盟は六から七個艦隊の動員が精一杯です。帝国は控えめに見ても二十個艦隊は動員するでしょう。三倍の兵力です、勝つのは難しい。そうなれば同盟市民も和平を、講和という和平を考えるはずです」

同盟市民は帝国に勝てると思っているだろうか? 答えは否だ。しかし皆現実を見ないようにしている。そして自分に都合の良い部分だけを見ているのだ。都合の良い部分とはイゼルローン、フェザーンの両回廊を押さえている事。帝国が当面は内政に専念するであろうことだ。だから同盟は安全なのだと思っている。帝国が攻め寄せるまでに体制を立て直せると信じている……。

見たくない現実から目を背け、見たいと思う願望を現実として今日を生きている。それが今の同盟市民だ。我々が彼らの目を現実に向けさせるのは至難と言って良いだろう。帝国が大軍をもって攻め寄せてきた時、その時になって同盟市民は自分達が現実を拒否し願望を現実として認識していたと理解するに違いない、現実が見えれば同盟市民は戦争よりも和平を選択するだろう。

クーデターを考えた連中はそれよりは少しましだった。連中は帝国の攻勢が必至だと見ていたのだ、早期に帝国軍が押し寄せてくると。しかしましなのはそこまでだ。そこから考えたのはフェザーンを占領して富を毟り取るというまるで山賊の様な発想だった。

「講和か……。戦争が始まる前に和平を結ぶのは無理か……」
議長の眉間に皺が寄っている。
「無理、とは言いませんが難しいと思います。より現実的なのは戦った後の講和でしょう。我々は和平と講和、両方を考えるべきです」
トリューニヒト議長が唸り声を上げた。

「しかし、戦いが始まればこちらが圧倒的に不利だ。講和と言っても降伏に等しい様な物になるのではないかね」
「……確かに、その危険性は有ります。同盟軍はイゼルローン、フェザーンの両方面で帝国軍と最悪でも膠着状態に持ちこまなければならない……。そうでなければ城下の盟をさせられてしまう……」

私の言葉にトリューニヒト議長が溜息を洩らした。同盟軍にとって余りにも厳しい条件だ、二つの回廊を最大でも七個艦隊で守らなければならないのだ。どちらか一方が突破されれば、ハイネセンまで帝国軍を妨げるものは無い。溜息を吐くのも仕方がないと言える。

議長が和平にこだわるのもそれが有るからだろう。戦争は始めるよりも終わらせる方が難しい。まして同盟は劣勢な立場にあるのだ。講和条件は当然同盟にとって厳しいものになるだろう……。拒絶すればどうなるか? 戦局を好転させられれば条件は緩和するかもしれない。しかしその可能性は小さい、絶対的に兵力が少ないのだ。おそらく戦局は悪化し講和の条件はより厳しいものになる、いや講和そのものが必要とされなくなるかもしれない……。

「アルテミスの首飾りが役に立たないと同盟市民に伝えるべきではありませんか?」
私の言葉にトリューニヒト議長が“うーむ”と唸り声を上げた。判断がつかない、そんなところだろうか。

アルテミスの首飾りが役に立たない……、亡命者から得た情報だ。帝国内で発生したカストロプの反乱において首謀者マクシミリアンは、アルテミスの首飾りを使って惑星カストロプを防衛しようとした。

しかし反乱鎮圧に向かったヴァレンシュタイン元帥の前にあっけなく破壊されたのだという。ただ、どのようにして破壊されたのかは分からずにいる……。政府がこの事実を知ったのは帝国の内乱が終結し、捕虜交換を控えた時期だった。そしてこの事実は同盟市民には公表されずにいる……。

捕虜交換前に公表すればどのような騒ぎが起こるか分からない、捕虜交換をスムーズに終わらせるためには事実を伏せざるを得なかった……。
「捕虜交換は無事に終了しました。今なら公表しても問題ないでしょう。むしろ和平交渉を進めるには公表した方が良いと思います」

アルテミスの首飾りが無力と分かれば、何かと煩い議員達もハイネセンの同盟市民も多少は考えるだろう。連中の強気も自分達が安全だと思えばこそだ、自分達が安全ではないと分かれば少しは大人しくなる。

「そうだな、次の最高評議会で話してみよう。反対する者もいるだろうが、いつまでも隠し続けるのは危険だ」
自分を納得させるような口調だった。
「他には、何かあるかね」
「フェザーンとの連携を強めるべきだと思います」

トリューニヒト議長が無言でこちらを見ている。私がフェザーンの占領をより強力な物にするべきだと進言していると思ったか……。
「フェザーンを自由惑星同盟に組み込めと言っているのではありません。フェザーンの中立を尊重し対等の立場で堅密な関係を結べと言っているのです」
「対等の立場か……」

議長が眉を寄せて呟く。なかなか難しい事だと思う、しかしこれは必ずやらねばならない。これなしでは対帝国戦において更に不利な状況で戦わざるを得ないのだ。

「同盟政府はフェザーンの中立を尊重し、その関係を堅密なものにする。帝国が攻めてきたときには、帝国はフェザーンの中立を侵そうとしていると非難することでフェザーンを味方につけるのです」
「……」

「そして我々の後方支援をして貰うか、或いは帝国に占領された後はサポタージュ等で攪乱して貰います」
「……ヤン提督の弱者の戦略か……」
議長が私を見ながら呟く。その通りだ、弱い以上少しでも味方を作り帝国を孤立させなければならない。

「今回のクーデター騒動は好機です」
「好機?」
「そうです、改めてフェザーンの中立を尊重する、同盟政府はその中立を侵す事は無いと宣言するのです。クーデターの首謀者達が考えたフェザーンの併合などと言う事は絶対にない、いずれは帝国と協議の上撤兵すると……」

「それによってフェザーンの好意を勝ち取るか……」
「そうです」
俺が頷くとトリューニヒト議長は大きく息を吐いた。そして眼を伏せ気味にして考え込んだ。

和平交渉はこれからも続けてもらう。その事が議長とペイワードの心を近づけるだろう。二人の結びつきが同盟とフェザーンの結びつきになるように持って行く。そして和平交渉……、いずれ行われる講和交渉の瀬踏みになるだろう……。後はどうやって帝国を講和の席に着かせるかだ。最悪でも両回廊で膠着状態を作り出さなければならない……。



 
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