| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

提督はBarにいる。

作者:ごません
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

明けちゃったけど正月の騒ぎ・その5

 
前書き
正月特別編は今回で終わりの予定です。次回からはまた飯テロ大量投下の予定ですので、お楽しみに。 

 
1月5日     元帥夫婦、来訪

 さて、普段の年末年始シフトならば三が日を過ぎれば俺も元通りの業務に復帰している……筈なのだが。

「……暇だ」

 いつもなら執務室で書類と格闘しているか、敷地内を見回っている時間だというのに、金剛と加賀を両脇に侍らせて執務室のソファに腰掛けて茶を啜っていた。

「駄目ですよ、提督。明石さんも問題なしとの診断を下しましたけど、病み上がりには違いないんですから」

 空いている筈の提督の執務机に腰を下ろして書類を捌いているのは、鎮守府の大番頭でもある大淀。まとめ役としては金剛の方が上だが、実務面では大淀が能力的にも1番であった。

「そうは言ってもなぁ」

「そうデスよー?darlingは働きすぎなんですから、ちょうどいいお休みだと思って下サーイ!」

「刺されてから半月は痺れが取れなかったんですから、まだ不調があるかもしれません。動かないで下さい」

 そんな事を言いながら、両脇からガッチリと抑え込んで来る金剛と加賀。少し身体が動く度に4つの膨らみがポヨポヨと身体に当たって来るのだが、慣れ親しんだその感触に今更心を乱されるような提督ではない。枯れている訳ではないのだが、初心(うぶ)でもないのだ。大淀が病み上がりと苦言を呈しているが、病を患った訳ではない。提督は昨年、本土のとある鎮守府に視察に出掛けている。その際、元帥閣下を失脚させようとする『騒動』に巻き込まれ、元帥に近い立ち位置にいた提督も暗殺されかけたのだ。しかし、刺客の手心によってナイフに塗られた毒物は弱められ、提督は一命をとりとめた。しかしその後遺症は重く、暫く身体に痺れが残っていたのだ。その後、明石と妖精さんによる診断で完治したと太鼓判を押されたのだが、提督を思いやる(というより溺愛に近い)艦娘達にもっと休め、と釘を刺されていた。両脇に座る金剛と加賀はお目付け役、という訳だ。

※因みにだがお目付け役は日替わりなのだが、それを奪い合ってちょっとしたバトルが毎日起きている

「へいへい、解りましたよっと」

 そう言いながら、間宮が持ってきてくれたお茶請けの『椿餅』を口に放り込んだ。冬に咲く椿の葉で餅を挟み、香りを移した旬の和菓子だ。道明寺の粒の残る食感に甘いあんこ、そして仄かに香る椿の香りがそれを引き立てる。

『流石は間宮、丁寧な仕事だな』

 と椿餅を咀嚼しながら提督は心の中でそう評した。




 そんなゆったりとした雰囲気の中で、提督の執務机に据えられた内線電話のベルが鳴る。

「はい、こちら執務室……はい、えぇ、わかりました。確認しますね」

 大淀は電話口でやり取りをし、通話部分を手で押さえて提督の方に向き直った。

「提督、お客様だそうです。会われますか?」

「ん?まぁやる事も無ぇしなぁ。通してくれ」

 大淀はコクリと頷くと、お通しするようにと電話口に応答。電話を切ると間宮の所にかけ直し、お客様の分のお茶とお茶請けを注文した。こういう所が大淀のマメな所だ。さて、来客とは誰だろうかと予想しながら茶を啜っているとコンコン、と執務室のドアがノックされる。

「どーぞー」

 と、気の抜けた返事をすると

「なんじゃ、刺されたというからもう少し大人しくしておるかと思えば……思いの外元気そうじゃのぅ」

 と、聞き覚えのある嗄れ声が。思わずそちらに顔を向けると、口に含んでいた茶を噴き出しそうになった。

「ジ、ジジィ!?何やってやがんだこんな所で!」

 どうにか口の中身を飲み込んで、声を上げた。嗄れ声の主はと言えば、

「なんじゃい、ご挨拶じゃのぅ。これでも儂、海軍のトップでお前さんの上司なんじゃがのぅ」

 とカラカラと笑っている。その3歩程後ろには、いつものトレンチコートに白い軍帽、そして腰には愛刀を佩いた艦娘……いや、元艦娘の三笠の姿があった。彼女も2人のやり取りが可笑しかったのか、クスクスと笑っている。『提督はBarにいる』を長らくご愛読の皆様ならもうお分かりだろうが、提督の上司であり海軍のトップ。そしてこの度の陰謀によって失脚させられかけた元帥夫妻がアポ無しでやって来たのだった。

「立ち話もなんですから、どうぞ」

 座ったままではあったが、加賀が元帥に席を薦めた。提督は唖然としていて忘れてしまっていたのだ。元帥と三笠が着席すると、すかさず間宮がお茶とお茶請けを2人分運んできた。3人のお茶のお代わりもあるのか、急須もお盆に載っている。

「ごゆっくりどうぞ♪」

 そう言って退室していく間宮さんを見送ると、静寂に包まれる執務室。室内には、大淀が走らせるペンのカリカリという音だけが響く。

「……で、何か用か?」

 口火を切ったのは提督。知人であるとはいえ仮にも海軍のトップである元帥が、おいそれと本土を離れて視察に来られる訳がない。何かしら重要な話があるのだろうと当たりを付けたのだ。

「……いやなに、今回の騒動ではお前さんにも随分と迷惑を掛けたからのぅ。怪我の具合を確かめに来たのと、詳しい話を聞きたくてな」

 ハッキリとした物言いが多い印象だった元帥が、珍しく言葉を濁した。提督もそのただならぬ様子におや?とは思うが口には出さずに続ける。

「んだよ、あんまり思い出したくもねぇ話なんだがなぁ。『昔の死んだオンナが化けて出てきて、脇腹刺されて死にかけました』なんてよ」

「おぉ、そうじゃそうじゃ。その辺の話が聞きたかったのよ」

 わざと冗談めかして提督が言うと、言葉を濁して悪くなった場の雰囲気を払拭しようとしているのか、元帥が顔を綻ばせた。




 そこから提督は巻き込まれた騒動のあらましを、かいつまんで元帥に話して聞かせた。本土での視察の話、そこで聞いた元帥の失脚……そして放たれた提督への刺客の話。そして刺客の正体が、過去に提督が沈めた記憶を保持した『加賀』であった事等を……である。

「ふぅむ……要するにお前さん昔の女に刺されたんじゃな。何人も浮き名を流しておると、どこで恨みを買うか解らんもんじゃのぅ!」

 提督が刺されたという件では、楽しそうに、心底楽しそうにケラケラと笑う元帥。そんな元帥の姿に青筋をひくつかせているのは、提督の横に座っている加賀だ。ただでさえ自分の同型艦……それも、過去に同じ人物に仕えた艦娘が刺したというので加賀はやきもきしていたのだ。それを煽るような元帥の言動に加賀は苛立ちを覚えていた。

「確かになぁ。俺も知り合いの何人かには刺されないように気を付けろ、なんて言われて笑い飛ばしてたが……マジで刺されるなんて思って無かったよ」

 そんな加賀の苛立ちを知ってか、苦笑混じりに元帥に返す提督。自分は怒ってないから気にするな、と態度で見せる事により、加賀の矛を納めさせたのだ。

「しかし……なんとも夏目漱石の小説の世界のような話だな」

 とは三笠の談。夏目漱石の小説の中にも、男女関係の縺れから刃傷沙汰になる、という話があるのだ。

「事実は小説より奇なり、って言いますからねぇ。それより、ゴタゴタは決着付いたのかよ?」

 提督も独自の情報網で調べてはいても、騒動の中枢にいた元帥本人に聞くのが一番確実だろうと考えたのだ。

「あぁ、それに関しては抜かりは無いわい。不穏な分子は『片付け』させて貰った」

「お~お~、70過ぎのジジィの口から出る台詞じゃねぇぜ。くわばらくわばら」

 提督が茶化すように言うと、再び黙り込む元帥。

「……そう、それよ。儂も長く元帥の椅子に座りすぎたし歳も老いたし衰えた。今回の謀略に気付けんかったのが何よりの証拠。そろそろ引退しようかと思うてのぅ」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧