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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百四十三話 今日は……

帝国暦 489年 2月 27日  オーディン    宇宙艦隊司令部  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「どうですか、シュトックハウゼン提督。新しい旗艦の乗り心地は」
「はっ、何とも言えません」
シュトックハウゼンの顔は綻んでいる。喜んでいるのは間違いない。

シュトックハウゼンはラインハルトの艦隊を指揮する事になった。これまであの艦隊はシュタインメッツが司令官代理として率いていたのだがさすがにもう限界だ。シュタインメッツからも何とかしてくれと言われていた。ようやく司令官が決まったから彼もほっとしているだろう。

彼の旗艦はスレイプニール、スレイプニール級のネームシップだ。こいつはロキ級をベースに造られた旗艦用の高速戦艦で改ロキ級とも呼ばれている。俺のロキ級が造られたのが帝国歴四百八十七年の初頭だからちょうど二年だ、もう改造艦が出た、早いものだ。

ロキ級を旗艦として使っている指揮官は少なくない。俺の他にもクレメンツ、シュムーデ、ルックナー、リンテレン、ルーディッゲが使っていて使いやすい艦だという点では皆意見が一致している。そのせいだろう、ロキ級を使いたがっている指揮官は多い。これからはスレイプニール級を旗艦として使う事になるだろう。シュトックハウゼンはその最初の指揮官と言う訳だ。

名前も良い、ロキ級は魔神ロキから名前を取っているがスレイプニール級は神獣スレイプニール、大神オーディンが騎乗する八本足の軍馬から取っている。“馬の中で最高のもの”だからな。旗艦用の高速戦艦には相応しい名前だろう。

ブリュンヒルトは実験艦として利用される事が決まった。シュトックハウゼンがそのまま旗艦として使うかと思ったが、やはり避けたようだ。まあラインハルトがあんな事になった以上、避けられるのは仕方が無いんだろう。

元々いろんな機能を詰め込んだ実験艦的な要素の強かった艦だ、本来の役割に戻ったという事かな。だが一度は宇宙艦隊の総旗艦になった事を思うと不運な艦だと思う。原作での活躍を思えばラインハルトと運命を共にする事になったという事か……。だがそれもブリュンヒルトらしいというべきか……。

そんな事を考えているとシュトックハウゼンの隣にいたレンネンカンプが生真面目な声を出した。
「では司令長官閣下、我々はこれから訓練に赴きます」
髭が立派なんだよな。もう少し男前なら見栄えが良いんだけど今のままだとちょっと髭と容貌が不似合だ。だからと言って髭を剃れとは言えんな。

「分かりました。十分な成果が上がる事を期待しています。シュトックハウゼン提督、レンネンカンプ提督」
「はっ」
二人が敬礼する、俺が答礼して互いに礼が終わると二人は司令長官室から出て行った。

席について書類の決裁を始める。眼の前の未決の箱から書類を取った。有給休暇の取得願か……、ケンプだな。多分家族サービスかなんかだろう、結構子煩悩だからな。まあ今の時期なら問題ない。皆ずっと働き詰めだったんだ、リフレッシュは必要だ。サインをして既決の箱に入れる。

これからシュトックハウゼンは艦隊訓練に出かける。元々シュトックハウゼンの艦隊はラインハルトが鍛え上げた艦隊だ、練度は問題ない。あとはシュトックハウゼンが艦隊に慣れるだけだ。そこでレンネンカンプがそれに同行し、訓練に協力することになっている。

妙なんだよな、レンネンカンプが妙に良い奴なんだ。今回のシュトックハウゼンの訓練にも自分から手を挙げて協力を言い出したし他の艦隊司令官達とも仲良くやっている。原作だと妙に堅苦しくて、ギスギスした感じの中年男なんだが、とてもそんな風には見えない。

シャンタウ星域の会戦では俺の指揮下に居たんだが武勲を挙げる事に拘る事もなかったし周囲と張り合うようなこともなかった。ケンプとは特に仲が良いみたいだ、二人とも年長者だし実戦派だからな、気が合うのだろう。この世界のレンネンカンプは実直で頼りになる指揮官だ。

未決の箱からまた書類を取った。今度は何だ、ロイエンタールから出ているな、来年度の研修か。ベルゲングリューンに艦隊司令官研修を受けさせたいか……。良いんじゃないかな、今奴は中将か、問題無い、サインしてこいつも既決箱行きだ。

艦隊司令官研修って必須だよな、分艦隊司令官はともかく艦隊司令官は必ず受ける必要が有るはずだ。俺、ずっと兵站統括部にいたから受けてないな。こういう場合、どうするんだろう。今から受けるのか? 何かそれも変だな。

……待てよ、ビューローはどうした? あいつら殆どキャリアは一緒だよな。片方が研修を受けてもう片方は無しか? それは不味いだろう、ミッターマイヤー。念のため未決箱を漁ったがミッターマイヤーから申請書は出ていない。いかんな、TV電話でミッターマイヤーを呼び出した。

「ミッターマイヤー提督、ビューロー中将に艦隊司令官研修を受けさせる予定を入れていますか」
俺の問いかけにミッターマイヤーは目をパチクリさせた。こいつ考えてないな。
『いえ、入れておりませんが』

「ロイエンタール提督より来年度、ベルゲングリューン中将に艦隊司令官研修を受けさせたいと申請書が出ています。どうしますか」
『ロイエンタールからですか……。分かりました、こちらも至急申請書を出します。御配慮、有難うございます』

通信を切った、こういうのは上位者から切るのが礼儀だからな。俺が切らないとミッターマイヤーは何時までもTV電話の前に居なければならん。さてと、ミッターマイヤーだけの問題じゃないな。

「フィッツシモンズ大佐」
「はい」
「各艦隊司令官に来年度の研修の受講申請を早急に出すように伝えてください」
「承知しました」

「それとわたしの艦隊はワルトハイム参謀長にお願いします。参謀長自身の研修の申請もするようにと」
「はい」

「レンネンカンプ提督とシュトックハウゼン提督にはオーディンに戻ってからでよいと伝えてください」
「はい」

とりあえずこれで良い。また書類が増えるな、何時になったら書類が無くなる日が来るのか……。眼の前の未決箱には書類が十センチ以上積み上げられている……。今頃ミッターマイヤーがロイエンタールに文句を言っているだろうな、酷いじゃないかと。

司令長官室の女性下士官達もレンネンカンプの事を親しみを込めて“髭のおじさん”と呼んでいる。注意すべきかとも思ったが悪意を込めて呼んでいるのではないからな、それに度が過ぎればヴァレリーが注意するだろう。という事で俺は放置している。

原作のレンネンカンプは不運な男としか言いようがない。レンネンカンプがラインハルトと出会ったのは比較的早い。ラインハルトが少佐でレンネンカンプが大佐の時だ。レンネンカンプがラインハルトを不当に扱ったことは無い。しかしラインハルトが元帥府を開いた時、その傘下にレンネンカンプが呼ばれることは無かった……。

屈辱だっただろう、レンネンカンプが自分に自信が無かったとは思えない。何故、自分が選ばれないのか、そう思ったはずだ。リップシュタット戦役後、レンネンカンプはラインハルトに服属するが、その心境は単純なものではなかっただろうと俺は思っている。

次の書類は何だ? 前回の内乱で鹵獲した艦の売却金の報告書か。軍艦としても使えないし輸送艦としても使えない奴だな。多分解体屋がバラして部品単位で売るか、再利用するんだろう。……大丈夫かな、不正とか無いだろうな。

以前は貴族達がこの手の不正に絡んでいた。つまり平民は関与出来なかったんだが、貴族が没落したからな。今は平民がこの仕事に絡んでいるはずだ。危ないな、一度キスリングに調査を頼むか……。とりあえず、この書類はサインしておこう。既決だ。

レンネンカンプはラインハルトの配下になってからは不本意な日々が続いたと思う。周囲の同僚に比べて明らかに武勲が足りない。生真面目な彼にとっては気が引けただろうし苦痛だっただろう、レンネンカンプが戦術的な勝利に拘る様になったのもそれが有るのかもしれない。

そして戦場に出てからも不運は続いた。ヤンを相手にしたため敗戦続きなのだ。相手が悪かったとしか言いようがない。せめて本隊に配属されていればランテマリオ星域の会戦で武勲を挙げられたはずだ。そうであれば多少は精神的にも楽になっただろう。

そして最後は高等弁務官だ。自分がその職に向いていないという事はレンネンカンプも分かっていただろう。ラインハルトがどういう考えで自分を選んだか、疑問に思ったはずだ。まさかいざとなれば切り捨てるつもりだったとは彼の性格では思えなかったに違いない。悩みはしただろうが精一杯努めようと思っただろう……。

今度は何の書類だ。女性下士官の産休届けと交代要員の報告か。何でこんな書類が俺のところに来るんだ。俺じゃないだろう、大体何処の女性下士官だ……、此処か、宇宙艦隊司令部の司令長官室か。そういえば、お腹の大きな女性がいたな、彼女か……。

責任者は俺だな……、御丁寧に機密保持誓約書まで付けられてる。後任者は誰だ、コルネリア・ブリューマー曹長? 聞いた事が無いけど大丈夫か、元の所属は兵站統括部第三局第一課……、職員名簿を調べてみるか。

なるほど、コルネリア・アダー伍長、いや曹長か。結婚して姓が変わったんだな。OK、問題ない。サインして既決箱……、ちょっと待て、彼女結婚してるんだよな。妊娠したらまた交代要員か……、独身者の方が安全かな。考えすぎか、結婚していなくても子供は出来る、サインして既決箱だ。

不運だったな、レンネンカンプ。最後まで不運だった。ラインハルトと出あう事で多くの人間の運命が変わった。良い方向に変わった人間も居れば、悪い方向に変わった人間も居る。

レンネンカンプは後者だ。せめてこの世界では満足のいく一生を送って欲しいものだ。今のままなら難しくは無い、道を誤るなよ、レンネンカンプ。今のまま、誠実で信頼できる生真面目な軍人で良いんだ……。

ケンプもルッツもファーレンハイトもシュタインメッツも皆死んでほしくない。俺に出来るのは皆が安心して戦える環境を整える事、一人でも多く帰って来られるように努力する事だけだ。簡単だな、口にするのは……。

次は何だ、俺に士官学校で話をしろって書いてある。却下だな、大体こういう話ってのは若い奴より年寄りの方が上手いんだ。人生の重みが有るから若い奴も喜んで聞く。俺じゃなくメルカッツに頼もう。備考欄に講話者はメルカッツ副司令長官を推薦と書いて既決箱だ。

同盟でクーデター未遂事件が起きた。トリューニヒトからフェザーンのレムシャイド伯に対して通知が有った。“一部の不心得者がクーデターを起こそうとしたが未然に防いだ、オリベイラ弁務官、アル・サレム中将はクーデターに関与した疑いが有るため拘束した……”。

レムシャイド伯からの連絡ではクーデターはかなり規模が大きい。ブロンズ中将、ルグランジュ中将、エベンス大佐、クリスチアン大佐、ベイ大佐、マーロン大佐、ハーベイ大佐、フォーク予備役准将……、この辺りは原作通りだ。そしてグリーンヒルが参加せず元宇宙艦隊司令長官ロボス退役大将が入っている。

実戦部隊はもっと凄い。ルグランジュだけじゃない、アル・サレム、ルフェーブルも関与している。三個艦隊と言えば現状の同盟では約半数がクーデターに関与したという事になる。そしてネグロポンティとオリベイラ……。

ネグロポンティがトリューニヒトを裏切ったというのが良く分からん。主戦派と共にクーデターを起こそうとした以上ネグロポンティはこちこちの主戦派、反帝国感情の持ち主と言う事か。

それが原因でトリューニヒトを裏切ったとすれば今のトリューニヒトはやはり和平推進派と言う事になる。ヤンがトリューニヒトに協力的な事を考えてもそういう結論が出るが、どうも信じられんな。狐に化かされた様な気分だ。

クーデター派の狙いはネグロポンティを首班とした軍事政権の樹立と言う事だろうな。オリベイラ、ルフェーブル、アル・サレムが関与していた事を考えると狙いはフェザーンの永久占領か。イゼルローンとフェザーンを押さえる、フェザーンの経済力を利用して経済の再建、軍の再建を図る、そんなところだろう。

おそらく経済界も関与しているだろうな。むしろ焚きつけたのは経済界と言う可能性もある。未発には終わったがクーデターの規模としては原作よりもこっちの方が大きい。同盟政府も後始末が大変だろう。

気になるのは地球教だな、連中が無関係とは思えない。レムシャイド伯を通して同盟には地球教の関与を調べてくれと頼んだがどんな結果が出てくるか……。

俺はトリューニヒトの警護室長を勤めたベイは地球教の手先だろうと考えている。最初から地球教の手先であり軍内部では主戦派として活動した。そしてグリーンヒルがクーデターを考えたときにはそのメンバーになっていた。

地球教はクーデター計画を知ったとき、どう利用するか考えた。そしてトリューニヒトを助け地球教の駒とすることを考えた。クーデターが起きた後、トリューニヒトを匿った地球教徒は日々トリューニヒトにベイが信用できる人物だと吹き込んだだろう。そうでもなければ裏切り者を警護室長などにするわけが無い。一度裏切ったものが二度裏切らないという保証は無いのだ。

ベイを調べてみろと言ってみようか……。駄目だな、根拠が無い。不審がられるだけだろう……。それにしても上手くいかないな。クーデターが成功してくれた方が良かった。そうなればいずれはフェザーンからの救援要請を受けて出兵する、そういう形が取れたんだ。それにフェザーンのゲリラ活動も期待できた。ついでに同盟軍同士で潰しあってくれれば言う事は無かった。全く上手くいかない。

落ち込むだけだな、別な事を考えよう。クーデターと言えば今回のクーデターにリンチ少将は参加していない、と言うより参加できない。彼は同盟に戻らず帝国に残る事を選択した。戻りづらいんだろう、ヤンが軍の幹部になっているからな、戻れば何かと比較されるに違いない。原作同様、酷いアルコール依存症になっていたようだ。

今は亡命者扱いで軍の病院で入院治療を受けている。治ったらこれからどうするのか、決めなければならないんだが……、俺が直接会って決めるべきだろうな。妙な奴にやらせるとリンチはまたアルコール依存症に戻りかねん。扱いには注意しないと……。

「司令長官閣下」
声がしたので顔を上げると目の前にビューローがしゃちほこばって立っていた。手には書類を持っている。その書類を俺の方に差し出した。何か動きがぎこちないんだよな。

「この書類をお願いします、ミッターマイヤー閣下より司令長官閣下にお渡しするようにと言われました」
書類を受け取る。他でもない、ビューローの研修の申請書だ。問題ない、サインして既決箱に入れた。

「閣下、お気に留めて頂いて有難うございます」
四十五度で礼をしやがった。何か言って雰囲気を変えないといかんな。先ずは天気の話で行くか。

「気にしないで下さい、今日は……」
「はっ、今日は?」
「……何でもありません」
今日は雨だった、次の書類を見よう。俺が書類を手に取るとビューローは敬礼して部屋を出て行った。どうも上手くいかない……。



帝国暦 489年 2月 27日  オーディン    宇宙艦隊司令部  フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー



司令長官室を出るとどっと疲れた。思わず壁に寄りかかって深呼吸したほどだ。そんな俺を何人かの女性下士官が不思議そうな顔をして見ている。分からないだろうな、この気持ちは。帝国最大の実力者に疎まれているかもしれないなんて……。

ウチの司令官は気楽でいいよな、俺の研修なんて全く考えてないんだから。ロイエンタール提督はちゃんとベルゲングリューンの事を考えてくれてるのに……。お前が羨ましいよ、ベルゲングリューン。

おまけにそれを司令長官に指摘されるなんて……。ミッターマイヤー提督は“やっぱり司令長官は卿の事を気にしているのだな、羨ましい事だ”なんて笑顔で言っているが全然羨ましくない。お前は司令官にも忘れられている哀れな奴だ、と司令長官に笑われている気分だ。

おまけに司令長官は難しい顔で書類を見ているし最悪だ。最後に何を言おうとしたのだろう。“今日は……”、今日は何だったのだろう? 気分が良くない? 笑わせてもらった? 不機嫌そうな顔だったからな、まさか俺の顔を見て今日は厄日だと思ったんじゃ……。溜息が出た、厄日だ、本当に今日は厄日だ……。



 
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