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相模英二幻想事件簿

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File.2 「見えない古文書」
  Ⅷ 同日.PM.5:46


 夕も遅くなり、紅く染まった空に藍が差し込め、そこに幾つかの星々が瞬き始めていた。
 私達は社を出た後、あの月光菩薩の示す場所を求めて先へと進んだ。無論、社の遺体は警察へと通報済みだ。携帯が通じて良かったよ。櫪氏のだが…。
「この道、どこまで続いてるんですかね…。」
 そこは例によって、やはり舗装が施されていた。まぁ、草木は伸び放題ではあったが…。
「さぁね。わざわざ道を造ってる位だから、何らかの手掛かりは残してあるだろう。」
 私達はそう言いながら、先へ先へと歩みを進めたのだった。辺りはもう薄暗くなってきていたが、歩くにはまだ充分な明るさだ。
 どのくらい歩いただろうか。私達は突然開かれた場所へと出た。とは言っても、道と変わらずあちこちに草木が繁り、林と言っても何らか差し支えない場所だった。
 その中に、私達は一体の石像を見付けた。社の前にあった日光・月光菩薩像と同じ材質のようだ。
 しかし、それは痩せ細った行脚僧の様な像で、左手には不可思議な杖を持っていた。その上部に…頭蓋骨がついていたのだ。
「これは…何の像なんですかねぇ…。それもこんな山奥に…。」
 私が櫪氏に問ってみると、彼は直ぐに答えてくれた。
「一休宗純像だ。彼が新春にドクロを持って町を練り歩いた話は有名だからな。」
「一休って…あの臨済宗のですか?何で禅僧の一休がこんなところへ…?如月家は、確か仏教徒ではなかった筈ですが…。」
「そうだねぇ…。きっと彼の考えが、この像を造った者に合ってたんだろう。ん?この杖…。」
 櫪氏は不意にそう言うや、像の手にしていた杖を手から外してしまった。
「あ…良いんですか?」
「確か…数え唄の歌詞にこうあったね。“どこへ行こうか真っ暗山を とんと叩いて杖の先"って。」
「ええ…。ですが、その杖が歌詞のそれとは…。」
 だがその杖は、長年風雨に晒されていた筈なのだが、大して傷んでいる様子はなかった。恐らく、腐食しずらい金属で作ってあるのだろう。
「でも櫪さん。もしそうであれば、これをどう使うんですか?」
「こうじゃないかな?」
 櫪氏はそう言うと、その杖で地面を叩き始めた。すると、ある一点で音が違うことに気が付いたため、私達はそこを掘った。そこかは鉄製とおぼしき蓋のようなものがあった。私達はその下に何かあると考え、手をかけて力いっぱい引いたが、それはさして重くはなかったため、櫪氏も私も引っくり返りそうになってしまった。
「こりゃ…外蓋か?」
 見ると、その下にはもう一つの扉らしきものがあり、それには不思議な穴が一つ空いてるだけだった。それを見て櫪氏は、徐にあの杖の先を調べ始めた。すると、先端が取り外せる様になっており、それを取り外すと…扉と思しきそれにある穴と同じ大きさになったのだった。
「まさか…鍵?」
 私がそう言うが早いか、櫪氏はそれを穴へと嵌め込んだ。
 暫くすると、その下から歯車の回る様な音が響き、その扉が徐々に開き始めたのだった。
「随分と用心深いな…。ここに一体、何を隠したんだ?」
 私がそう呟くように言うと、櫪氏は「行ってみれば分かるだろう。」と言い、開き切った扉の奥へと入って行った。
 中には階段が作られいて、それが地下へと続いていた。無論、さして広い作りではない。その上光も無いため、私の懐中電灯の細々とした明かりだけが頼りだった。
 当然ながら…そこも社同様、長年の埃が蓄積されている上に、強い湿気であちこち滑っている。その上、この階段は真っ直ぐに作られている訳ではなく、微妙に曲がりくねっていたのだった。
 暫くすると、私達はやっと大きな空間へと出ることが出来た。そこは、どうやら自然に出来た洞窟の様だった。如月家の地下にあった空洞よりは小さいが、それでもかなりの広さがある。
 私が辺りを照していると、ふと人工的に作られたであろう横穴を見付けた。
「櫪さん。あれ…何処へ続いてるんですかねぇ…。」
「ま、行ってみれば分かるだろう。と、その前に…。」
 櫪氏はそう言うや、懐から再び護符らしきものを取り出した。彼はそれを縦に四つ折りにするや、それに向かって何かを呟いた。すると、その先端に火が灯り、私の懐中電灯よりも辺りを明るく照し出したのだった。
「…それが出来るなら先に言って下さいよ…。もう何があっても驚きませんから…。」
「あのな…こいつも結構力がいるんだよ。疲れるんだ。何でもタダじゃないってことだよ。さ、先に進もう。」
 その返答に苦笑しつつも、私は櫪に続いて見付けた横穴へと入って行ったのだった。
 横穴の中へ入ると、何処からか風が吹いてきていた。私達はその風を頼りに先へと進んだが、これが意外と長かった。幾つか分岐している場所もあったが、私達は風が強く吹く方向へと歩き続けた。少なくとも、風が吹いていれば行き止まりではないと考えたのだ。ま、ただの吹き抜けになっている可能性もあったが…。
 二十分程歩いただろうか。本来ならそう時間もかからないだろう距離だったが、かなり道が悪かったのだ。その道を抜けた先には…あの如月家の地下と同様の大空洞が広がっていた。
「これは…。」
 私は辺りを照しながら少し歩くと、そこには見覚えのあるものがあったのだった。それは、如月家の地下に落ちた時に見た、あの奇妙な井戸だ。
「あれは…。」
 それが同じ井戸であれば、ここは如月家の真下ということになる。懐中電灯を照して見る分には、やはり同じ井戸であることは間違いないと考え、それを確かなものとするために近付こうとした時だった。
「相模君、それに近付いちゃいけない!」
 余りの大きな声に、私は驚いて櫪氏へと振り返った。
「あれが、どうかしたんですか?」
 私が不思議そうに問うと、櫪氏は背負っていた木乃伊をゆっくりと降ろして言った。
「その古井戸…二人埋まってるんだ。信太郎氏がそう伝えてくれたよ…。」
「えっ?その木乃伊…がですか?だけど…埋まってるって誰が?」
「信太郎氏の…妻と息子だそうだ…。」
 それを聞いて、私は目を見開いた。それじゃ…あの声…。あの地の奥から湧き出す様な…あの声は…。

- 返してもらう…奪ったものを…今こそ…! -

 私があの声を思い出した時、再び不気味な声がこだました。男性とも女性ともつかない声…。苦しみに喘ぐ様な…あの声が…。
「どうやら…全ての元凶は、屋敷の直ぐ下にあった様だね。この信太郎氏は、この怪現象には全く関係なかったんだ。分かってはいたんだが…これは酷いよ…。」
 櫪氏がそう言うと、その言葉に反応するかの様に古井戸が端から崩れた。そして、中に詰められていた土も外へと崩れ出たが、それは上部だけだ。地面の下になっている部分はそのままになっている。が…そこから得体の知れない何かが溢れている様な気がした…。
「相模君、ここは一旦引くよ。今の我々では荷が重い。ここで信太郎氏が抑えてくれるそうだから、体制を立て直してから来よう。二人の遺骨を掘り出す必要もあるからね。」
「…ここ、掘るんですか…?」
「無論だ。親子三人、共に葬って全てを明らかにすることが、この怪現象を止める唯一の方法だからね。」
 そう言うと、櫪氏は私を促して歩き出した。だが、今度は他方から呻き声が響いてきたのだった…。
「何か…聞こえませんか?」
「そうだねぇ…。これが二番目の歌詞なんだろう。」
 櫪氏はそう言って辺りを見回しながら、続けて口を開いた。
「四つ四角曲がったら、五つ五つの佛様、六つ虚しい血の涙…。少なくとも、五人は殺されて闇に葬られた筈だ。昔から四角はあまり縁起の良いものじゃないからね。狂わすなら四辻、殺すなら宮の下ってね。呪詛にまで使われる程だし。」
「それじゃ…四角って?」
「相模君。この歌詞、四角のどの方向へ曲がったか分かるかい?」
「いや…全く分かりません…。」
「四角を仮に迷っている者そのものだとすれば、その者自体が曲がってしまう…。要するに、悪い方へ動いてしまった結果、とんでもない事態になってしまったってことになるんじゃないかなぁ。」
「…!」
 それじゃ…ここは地獄を喩えた場所…なのか?いや、現実に起きたことを歌詞にしたのだったら、それは…地獄の様なことが起きた場所なのでは…?
 私が嫌な汗をかきながらそんなことを考えている最中、呻き声は徐々に大きくなり、その言葉がはっきりと聞き取れる様になった。

- 腕…わしの腕は…何処へいった…。 -

- 痛い…助けてくれ!腸が…あぁ、溢れ落ちちまう!痛い!痛い! -

- 熱い!水をくれぇ!焼ける…熱い!ここから出してくれぇ! -

「どうやら…斬られた上に焼かれた様だな…。相模君、あれ。」
 櫪氏に促されるままに視線を向けると…そこには、人の形をして人でないものがいた。それを見た時、不意にツンとくる異臭が鼻をついた。きな臭い中に死臭が混じっているようだ…。そしてその中に…頭一つ小さな影があった。
「あれは…!?」
 その影は…私が館の中で見た少年だった。少年…とは言っても、それは目が空洞の骸骨にしか見えないものだ。だが、その少年だけは他とは違い、焼けている風ではなかった。何と言うか…餓死した人間の様な感じがしたのだ。

- 嘘つき…好きって言ったのに…ずっと一緒だって…言ったのに…。僕だけを…愛してるって…言っていたくせに…! -

 その霊は、自らの怒りを言葉にしていた。それは他の霊よりも強く、周囲にある霊達の言葉さえ打ち消してしまう程大きかった。「こりゃまずい…。」
 櫪氏はそう呟くや懐から札だして言った。
「清らかなる者よ、このひととき、汝の力持て我等を守りたまえ!」
 そう言い切ると札を空へ投げ、「相模君、走るよ!」と言って走り出した。
 私達は一気に如月家の陥没した穴の真下へと来た。そして、そこにあった縄梯子から上へと出たのだった。その縄梯子は、恐らくレスキューが来た時に付けたものだ。
 櫪氏は初めから分かっていたのだろう。ここが如月家の地下空洞へ続いていることも、こうして私達が霊に遭遇することも…。全て計算されていたんだな…。
「さて…相模君。この屋敷にいる全ての人に、この屋敷から出るよう伝えてくれ。」
「出るって…それじゃ、どこに行けば?」
「刑部の家だ。ここは私が結界を張るから、直ぐに出るように。取り殺されるよりマシだろうからな…。」
 私はそれ以上聞かなかった。地下であんなものを見た上に「取り殺されるよりマシだ」と言われれば、彼の言葉を否定することなんて出来ない…。
 かくして、私は館にいた使用人達を外へと出した。外は既に闇に包まれ、ささやかな月明かりが大地を照らし出していた。だが…追い立てる様に表へと出した私に、意見するものや文句を言うものはいなかった。皆が知っているのだ…ここには何かあるのだと。
 暫くすると櫪氏も館から出てきたため、私達は刑部家へと向かった。
 ふと、何気無く振り返って見た如月家は、全ての灯りが消えた…まるで廃墟に見えた…。私はそこへ、目には見えない、得体の知れない何かが蠢くのを感じ、直ぐ様目をそむけ、足早に歩き始めたのだった…。



 
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