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相模英二幻想事件簿

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File.2 「見えない古文書」
  Ⅶ 同日 PM2:13


「相模君、とうとう始まったようだね。」
 私がレスキューの手を借りて館内へと戻ると、そこには櫪氏が来ていた。
「キヌ伯母様が如月夫人に付き添って病院へ行ったから、夫人については心配ない。」
「キヌさんも来てくれてたんですか!?」
「ああ。ま、ここで話しもなんだから、執事殿が用意してくれている部屋へ移ろう。」
 櫪氏に促され、私は二階の客室へと向かった。
「さて、七海嬢のことだが…ここには居ないとみた方がいいね。」
 客室へ入るなり、櫪氏がいきなりそう言ったため、私はギョッとして言い返した。
「しかし、七海さんは夫人と一緒に落ちたんですよ?僕はこの目でそれを見たんですから。」
 櫪氏は静かに椅子に腰掛けると、問った私へとこう返してきた。
「そうじゃないんだ。地下へ落としたのは、いわばフェイクだ。空間をねじ曲げたことで床が陥没したとすると、七海嬢は別の場所へ連れ去られたと考えられる。」
「空間をねじ曲げたって…そんな力どこから…」
「君も見聞きしたんだろ?そいつだよ。」
 櫪氏は真顔でそう答えた。私はそれを聞いて背筋が寒くなるのを覚えた。あのゾンビのようなヤツ…化け物と言って差し支えないものに…七海さんは連れ去られたと言うのか?

- 奪ったものを…返してもらう…。 -

 不意に姿無き者の声を思い出した。そして…あの数え唄も…。
 私はそれを出来うる限り簡潔に櫪氏へと話した。すると、櫪氏は徐に腕を組んで言った。
「恐らくは…数え唄の歌詞は場所を表しているのだろうな。まぁ、比喩表現もあるだろうが。そして、それはここで起きた“何か"に由来しているんだろう。だから“奪ったものを返してもらう"と言っているとすれば…辻褄は合うな。」
 私にはどうも意味不明だったが、櫪氏はそんな私を見透かしてこう言った。
「それじゃ、相模君。この歌詞を手掛かりに、七海嬢を見付けに行くか。」
「え…?意味、解ったんですか?」
「いいや。どうも出発点を見付けないと、この歌詞は解けないようになっている。ま、大方の見当はついてるけどね。」
 そう言ったかと思うと、櫪氏は私に用意するものを指示し、自らも支度を整えるために刑部家へと戻っていったのだった。
 些か強引な印象はあるものの、彼の力は藤崎のお墨付きだ。私は彼に言われたとうりのものを集め、玄関先へ出て待っていた。
 すると…櫪氏は平安装束のような衣服を纏って現れたため、私はギョッとしてしまった…。
「あの…それで行くんですか…?」
「これか?本来、これが私の正式な仕事着なんだよ。略式でも良いかとも考えたけど、それは如月の家に失礼かと思ってね。」
「いえ…貴方がそれで良ければ…。」
 見ようによっては陰陽師にみえるな…。まぁ、櫪家は代々、高位の人物からの仕事を請け負ってきたのだ。それも霊的なものばかりを。故に、これが正装だと言っても全く不思議ではない。
 だが…目立つんだ。坊主が袈裟着けて新宿を練り歩く位には目立つのだ。この小さな町では特に…。
「それじゃ…行きますか…。」
 私はそう言うや、櫪氏を促してそそくさとその場を後にしたのだった。いいや…さっさとその場を離れたかったと言うのが本音だがな…。
 さて、私と櫪氏はそのまま如月家の裏手へと回った。そこで木下さんと会うためだ。
 木下さんは食事と就寝以外は館に戻らない。この広大な林を常に管理するのが、彼の庭師としての仕事なのだ。
「木下さん。」
 私達はあちこち探し回り、やっと木下さんを見付けることが出来た。佐原さんは不在の様だが…ま、どこかにいるだろう。
「おぅ、相模さんかい。何だか屋敷が騒がしいようじゃが、何かあったんか?」
 私が呼び掛けると、木下さんは不思議そうに問い掛けてきた。どうやら事故のことは知らないようだが…逆にこちらが事故にでもあったらどうするんだ?携帯くらい持ってても良さそうなものだが…。いやいや、そんなこと考えている場合じゃなかったな。
「いや…ちょっとした事故があって…」
 私が館のことを話そうとした時、木下さんは私の後ろへ下がっていた櫪氏を見て目を丸くし、被っていた帽子を取って挨拶をした。
「お初にお目にかかります。櫪本家現当主にお会い出来ようとは・・・長生きはするもんですなぁ。」
「木下…まさか柊家縁の…。」
「はい。力を喪って久しい家ですが、こうして本家御当主と顔を合わせられようとは…。キヌさんから話は伺っとります。未だお若いというに、随分とご活躍とのことで…。」
 私は驚いた。私もかなり櫪家のことは知り得てるつもりだが、木下さんが櫪家と繋がってたなんて…。キヌさんともかなり親しい間柄のようだし…。
「相模君。木下家はね、柊家先々代当主の弟が婿入りした家なんだよ。以前は八分家以外の家では最も力を持つ家だったんだけど、途中から力が遺伝しなくなったんだ。現在は櫪家から離れてるんだけどね。」
 櫪氏は目をぱちくりさせて立ち尽くす私に、そう苦笑混じりに言った。隣の木下さんも「黙っとって済まんかったのぅ。」と苦笑している。
「それで、なんで貴方がこんなところで庭師を?」
 櫪氏が木下さんにそう問うと、木下さんは表情を固くし、如月家へ入る経緯を話した。
 要約するとこうだ。先ず、木下さん自身は三男で、家に束縛される立場ではなかった。そのため、父である家長から一つの仕事を頼まれたのだ。それが、この如月家へ使用人として入り、何か異変があれば報告するというもの。力を喪って久しい木下家が、なんでそれをする必要があったか?それは、如月家先々代が花岡家へと助力を求めたからだ。
 当時の花岡家は櫪の分家の中では最も力があった。しかし、その花岡家が表立って如月家を助ければ、それはあまり都合の良いものではなかった。政治や金が絡むため、考えた花岡家は木下家へと監視の役目を依頼したのだ。
 だが…木下さんが入って早々に先々代の異変に気付いて報告したにもかかわらず、花岡家が動く前に先々代は亡くなってしまったのだ。
「その後、刑部のキヌさんが来てくれてのぅ、今後は自分に伝えるようにと言ってくれたんじゃよ。」
 そうか…だからキヌさんは如月家の深くまでを知り得ていたのか…。私はそう一人で納得したものの、今は余計なことを考えている場合じゃなかったな。
「木下さん。前に話してた社へ向かう道なんですが、入り口はどこでしたっけ。」
「行くんじゃな…。まぁ、ここで止めても仕方なかろう。だが、そう易々とは進めんぞ?」
「承知してます。」
 私がそう答えると、木下さんはやれやれと言った風に私達を案内してくれた。
 そこは煉瓦で舗装された道だった。いや…道だったもの…だな。隙間から雑草が伸び、場所によっては煉瓦を砕いて木が伸びている…。まぁ、無理をすれば歩ける…程度ではあるが。
「前にも言ったが、この道は途中で切れとる。充分に気を付けてのぅ。」
「分かりました。では、木下さんは館に戻って下さい。あちらは人手が必要な様ですので。」
「分かっとるよ。」
 木下さんと別れると、私達は目の前にある道に足を踏み出したのだった。
 三十分程はこれと言って不具合はなかったが、突然、目の前に山が現れた。恐らく、両端から崩れ落ちた土だろうが…もはや山同然になっていた。多くの木々が生え、かなりの傾斜がある…登るにはそれなりの装備がいるなぁ…。
「どうしますか?」
「前に進むよ。」
 私は櫪氏に問い掛けると、櫪氏はあっさりとそう言った。しかし…この壁とも言える山を、一体どう登るつもりなんだろうか…?
 私がそう訝しく思った時、櫪氏は懐から一枚の紙片を取り出した。どうやら何かの札のようで、そこには何か書いてあるようだが…私にはさっぱり分からなかった。
「大地よ、尊き生命の源よ。我が血脈に於いてその場を開き、道を直くせよ!」
 櫪氏はそう言うや、その札を目の前の山に向かって投げた。すると、その札は青く燃え上がり、その後に幻想的な光景を目の当たりにしたのだった。
「…これは…!?」
 どういう理屈なのか…急に木々が折れ曲がり、土は端々へと移動し始めた。まるで意思を持って櫪氏の言葉に従っているかの様だ…。随分色んなものを見てきたが、こんなものは今まで見たこともなかった。
「さ、先に進もう。」
 驚いて言葉も無い私を尻目に、櫪氏は何事もないようにスタスタと歩き出した。私は慌てて彼の後に着いていったが、何とも不思議な感覚だった。足は地面についているはずなのだが、どことなく浮かんでいるような感じなのだ。
 そんな中を十五分程歩いただろうか、やっと正常な道へと降り立つことが出来た。私が安堵して振り返ってみると…歩いてきた道は、もう跡形もなくきえさり、再び山が視界を覆っていたのだった。
「く…櫪さん…あれって…。」
「ん?あぁ、一種の手品とでも思って。それより、そろそろ社へ着きそうだよ。」
 櫪氏はそう言うと、またスタスタと歩き出したのだった…。私もそれ以上聞くのもどうかと思い、詮索することをやめた。まぁ、聞いても理解出来ないことは分かっているからな…。
 さて、そこからはものの数分もせずに社へと着くことが出来た。が、それは想像していたものよりもかなり大きく、そして…変わっていた。果たして、これを社と言っても良いものかと、私はそれを見て首を傾げたのだった。
 通常、社とは神を奉じる建造物だ。無論、私はそれを想像していたのだが…入り口からしておかしいのだ。ここには鳥居が無く、代わりに二体の仏像が両端に据えられていたのだ。
 長い月日を風雨に晒されていた石造りの仏像は、かなり傷んではいたが、それがどんなものであるかは見てとれた。
「これ…日光・月光菩薩像ですよねぇ…。」
「そのようだね。しかしなぁ…何故こんなものが入り口にあるのか…。」
 櫪氏すら、これには首を傾げた。
「これは元来、薬師如来の脇侍として造られるのが通例だ。だが…あっちはどう見たって寺とは言い難い。ここには一体、何が奉られてるんだ?」
 櫪氏はそう言いながら、左側の仏像に歩み寄って観察し始めた。
「これ…日光菩薩像ですか?」
「いや、こっちは月光菩薩だ。左手を上、右手を下にしてるだろ?その逆が日光菩薩だよ。っと…あれ?これ…目を入れてないなぁ…。」
「完成してないってことですか?」
「いや…ここまでして完成させない筈はない。恐らく、何らかの理由で目を入れ無かったんだ。それじゃ、あっちはどうだ?」
 櫪氏はそう言うや、今度は日光菩薩像へと歩み寄り、同じように観察し始めたのだった。
「こちらは入ってるな…。」
 そう言うや、櫪氏は何やら考え込んでしまった。私は櫪氏の邪魔にならないよう辺りを見ていたが、ふと、先程の月光菩薩像に違和感を感じた。違和感とは、その顔がとある方向へと向けられているということだ。何か意図的なものを感じ、それを櫪氏へと話してみた。
「櫪さん…月光菩薩なんですが、顔の向き…おかしくないですか?」
「…そうか!」
 私の問いに、櫪氏は直ぐに反応を示した。何か分かったようだが…私にはさっぱりだ…。
「何か分かったんですか?」
「ああ。相模君、あの数え唄覚えてるかい?」
「覚えてますが…何か関係が?」
「大有りだよ。ここが、あの歌詞の出発点なんだ。」
「えっ!?」
 私は直ぐに歌詞を思い返したが…やはりさっぱり分からない…。
「どういうことなんですか?」
「いいかい?第一節は“一つ一夜のお月様"だっただろ?それは“人の世"、つまり此方の月って意味だ。菩薩は生きている人間を救ってくれると言われてるから。」
「あ…月光菩薩ですか…。」
「そう。それで、この月光菩薩の目は入れてなかったんだ。その見えない目で見ている先には…。」
「残る謎の答えがあると?」
「そうだ。この社にも答えの一部があるはずだから、中に入るとしようか。」
「え!?あの中に入るんですか!?」
 櫪氏は私の問いに答える間も無く、目の前に建つ不可思議な社へと足早に向かった。私もその後に続いたが、改めて傍で見ると、それはやはり寺に近い建物だと感じた。
 私達は正面の扉を開いたが、これが不思議なほど重い。観音開きの扉の片方を、二人がかりでやっと開けられたほどだ。が…開らくにつれ、中から鼻をつくような異臭が漂ってきたのだった。
「腐臭だな。」
 櫪氏は一言そう言うと、扉へ一枚の護符を貼り付けて中に入った。
「あれは…?」
 私がそう問い掛けると、櫪氏は「まじないの様なもんだよ。」と言った。私もそれ以上聞きはしなかったが…櫪氏は、この件で力を出し惜しみする気はないようだと感じた。ただ…私ではそれを理解出来ないだけなのだ。
 中へ入ると、そこはただ広いだけの場所だった。何があるわけでもなく、御神体やら御本尊やらといったものも皆無だ。
 しかし、櫪氏は何か分かったようで、その中をスタスタと壁際まで歩いて行き、壁の一部を押したのだった。すると、その壁は音もなく開き、そこから強い異臭が放たれた。
「相模君。確か…この辺りで行方不明者がいたよね?」
「はい…まさか…!?」
「そうらしい。服装からしても間違いないだろう。これは、どうやら侵入者を排除する仕掛けらしい。落ちたところに竹槍なんて…時代を窺わせるよな…。」
 それを聞き、私は背筋に悪寒を感じた。もしかすると、この建物内にはそうしたトラップが幾つも存在するのかも知れない。だが、そんな私の不安をもろともせず、櫪氏は端から罠を見破っていった。そして…その度に新たな犠牲者が見付かっていったのだった。一番古い遺体は、恐らくこの社の建てられた直後のものと思われた。
「やっと見付けた。相模君、ここから下へ降りられるよ。」
 櫪氏は、どうやらそれを探していたらしい。最初から地下があることに気付いてたんだろう。発見した犠牲者の中には、これを探していた者もいたのだろう…。
 櫪氏と私は、早速そこから地下へと降りた。中は暗く、私が持ってきた懐中電灯の細々とした明かりが頼りだった。
 長年開かれなかったそれは、厚い埃と湿気で増えた黴などが重なり、あまり気持ちの良い場所ではなかった。あちこちには蜘蛛の巣まである有り様だ。
 階段を二十段ほど降りただろうか。そこには上と同じほどの空間があった。だが上とは違い、そこには大きな祭壇らしきものがあり、中央には何かが安置されていた。しかし、懐中電灯の明かりでは、それが何であるかは分からなかった。
「相模君。どうやら蝋燭があるようだから、点けてくれるかい?」
「櫪さん…私は煙草を吸いませんよ…。」
「…そうだったね…。仕方ない。」
 櫪氏はそう言うと、蝋燭に触れて何かを囁いた。すると…蝋燭に火が灯り、周囲の闇を裂いた。櫪氏はその蝋燭を持って次々に他の蝋燭へ火を移し、地下の闇を払拭させたのだった。
 全体が明かるくなると、祭壇らしきものが何であるかも見てとれるようになったが…それは正しく異様と言えた。
「何だ…これ…!?」
 私はそれを見て、思わずそう呟いてしまった。さっきは気付かなかったが…この中央に安置されたものは…。
「木乃伊…ですか…?」
「まぁ…そのようだね。一部白骨化してるけど。これが元凶の一つに間違いはないよ。これを隠すために、わざわざ社擬きまで作るなんてねぇ。」
 櫪氏はそう言うや、祭壇中央にまで上がって木乃伊を観察し始めた。
「かなり経ってるなぁ。おや?ここに何か…。」
 櫪氏は何かを見付けたらしく、木乃伊の衣服に手をやった。私も勇気を出してそこへ行くと、櫪氏は木乃伊の着ていた上着を見ていた。まぁ、その裏側なんだが。
 その上着は現在あるものとは少し違っていた。とても上等なものだとは分かったが、デザインなどがかなり古めかしいのだ。その上着には刺繍で名前が縫い付けてあり、櫪氏はそれを私へと見せた。

“如月信太郎"

「如月…信太郎?」
「如月初代当主の名だ。」
 私は唖然とした。この木乃伊の衣服は、如月家初代当主のもの…と言うことは、まさか…この木乃伊…。
「うん…頭を強打してるなぁ。手足も骨折してるようだし、事故死だったのかなぁ。」
 櫪氏は、尚も木乃伊のあちこちを見たり触ったりしている。この人の図太さは、私も見習うべきなんだろうか…。
「事故死だったら、なぜこんな場所に?普通だったらちゃんと埋葬されてる筈では?」
「故意の事故じゃなかったらね。この木乃伊、少なくとも亡くなったのは二十代半ばから三十代前半ってとこだ。如月家の正式な記録では、初代は八十三で亡くなってる。」
「それじゃ…これは誰なんですか…?」
 私が恐る恐る櫪氏へと問うと、彼はとんでもないことを口にしたのだった。
「こちらが本物の初代当主殿だ。いや…家を興す前に亡くなっていただろうけど…。」
「えっ!?」
 私は目を丸くした。もし櫪氏の言葉が正しければ…現在の如月家を興した人物は偽者と言うことになる。そうだとしたら過去だけでなく、現在の如月家にも大きな影響があるはずだ。
「まぁ、こういうことだろう…。」
 櫪氏は徐にそう言うと、推論を私に話してくれた。

 櫪氏の言うには、如月家初代は十九歳で渡米し、そこで成功したそうだ。当初は日々の暮らしも儘らなぬ状態だったらしいが、二束三文で買った鉱山に凄い埋蔵量の銀が出たそうで、そこからは一変した。その銀を元手に始めた株も大当りし、僅かニ十七歳で大金持ちになったのだ。
 この時、彼は既に結婚しており、娘もいたという。相手は日本から来ていた同業者の娘だった。そのためか、彼は家族を連れ、ニ十九歳で帰国したのだ。充分な資産を得た彼は、今度は祖国で腰を据えて商売したいと考えたようだ。
 帰国した際、彼は何らかの理由で如月家を興すことになる人物と出会い、その後に事故死してしまったのだ。それを見ていた人物が彼に成り済まし、彼の資産を奪ったのだと…。

「この仮説が正しければ、如月家代々渡って続いた怪現象も納得がいく。」
「にしても…なんでこんなところで信太郎氏が木乃伊に?山奥にでも埋めるなりすれば、もっと容易く証拠隠滅できたはずじゃ…。」
「出来なかったんだろうな。友人…いや、それも違うか。きっと彼は、信太郎氏を愛していたんだろう。」
「愛…?それって…」
「今風に言うならば“同性愛者"だな。現在じゃかなり寛容になったが、この時代ではそれを理解することは難しかっただろう。ま、現代でも意味嫌う者は多いがな。そうか…だから独り占めにされのか…。」
 櫪氏の最後の言葉に、私は心底ゾッとしてしまった。別に同性愛に偏見はない。好き勝手にすればいいさ。性犯罪だって昔からあるし、阿部定事件の様な奇っ怪な事件も多い。
 だが…死して尚愛され続け、こうして残されてしまうなんて…。私は嫌だ。目の前の木乃伊の様にはされたくない…。私がそう思った時、何処からともなく声が聞こえた。

- 妻を…見付けて…。 -

「妻…?」
 私がその声に反応して呟くと、櫪氏は「その後は分からなくなってるからなぁ。」と言った。そして、もうここには用がないと言わんばかりに立ち上がると、あろうことか木乃伊を持ち上げたのだった。
「案外軽いなぁ。」
「櫪さんっ!?まさか…持ってくんですか!?」
「当たり前じゃないか。彼を置いてったら、奥方が見付かったときに困るじゃないか。」
 この人はなんと言うか…まぁ、いい。そんな私を尻目に、櫪氏はどこからか取り出した大きな布の袋に木乃伊を丁寧に入れた。それを背に背負い、「じゃ、行こうか。」とにこやかに言ったのだった…。



 
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