| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

相模英二幻想事件簿

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

File.2 「見えない古文書」
  Ⅳ 6.8.AM10:23


 昨日のあの奇妙な体験の後、如月夫人と飯森氏から以前に起きた事件の話を聞いた。
 二人の話によれば、この館には何かがあるらしい…とのことだ。
 前当主であった夫人の夫は、常に護守の様なものを持ち歩いていたそうで、いつも何かに怯えていた様子だった。夫人は何も感じなかったため、それが何を意味しているかは分からず、夫が亡くなった後に理由を知ったそうだ。どうやら、外部から館へ入った者には何も無いようだ。
 夫人も飯森氏もこの不可解な謎を解き明かそうと調べはしたが、以前にあった二度の火災によってその資料が失われていたため、大した成果は上げられなかったと言う。
 因みに、現在の館は昭和三十年代に再建されたもので、私が見た林の中の噴水も、この時に作られたそうだ。全部で七つ作られたそうで、常に水が出るように整備されているのだとか。万が一のための備えなのだろう。
 二度の火災のことだが、その原因は未だ不明だという。火元はバラバラで、そこには必ず人がいたそうだが…その全てが炭化するまで焼けていたとか…。犠牲者は当主、長男、長女または使用人で、完全に身元を特定できた遺体は一つも無かったそうだ。
 この火災の折り、警察当局は事件と事故の両面から捜査した。遺体の判別が出来ない以上、わざとそうした可能性があるからだ。言ってしまえば、誰かが誰かの身代わりに殺された…そういう推理も成り立つのだ。だが、これは結局憶測に過ぎなかったため、突っ込んだ捜査は行われなかった。夫人も飯森氏もここまでは調べられたが、これ以上は分からなかったと言うわけだ。
「火災…ねぇ…。関係があるのか…?」
 私は歩きながら、昨日聞いた二人の話を思い返していた。
 私は今、先日木下さんが言っていた刑部家へと向かっていたのだ。
 この刑部家もかなり古い家柄で、如月家やあの奇妙な数え唄について何か情報が得られるかも知れないと考えたのだ。ま、聞かないよりは何か掴めるかもしれないからな。
 私はそんな淡い期待を抱きつつ、刑部家の門へと辿り着いた。
 この刑部家も広大な土地を有し、如月家に劣らない名家と言える。私はその門にあったインターホンのボタンを押すと、如月家と同じようにスピーカーから声が聞こえた。
「どちら様で御座いますか?」
 幾分歳の入った女性の声だった。私はその問いに「先ほど連絡した者ですが。」と簡潔に答えると、直ぐに門が開かれたのだった。飯森氏が事前に連絡を入れてくれてたのだ。そうでなければ、こうもすんなり入れる家柄ではないのだ…。
 門を入って暫く進むと、如月家と同じような洋館が姿を現した。
 概観は如月家よりは多少小さなとは思うが、それでも通常家屋の比ではない。金や権力を持つと、どうしてこうも大きな家を建てたがるのかは、貧乏人の私には一生分からないだろう。いや…分かりたくもないがな…。
「お待ち申し上げておりました。お話は飯森様より伺っておりますので、中へお入り下さいませ。」
 私が玄関に着くことを計算していたのか、扉の前に立った直後に目の前の扉が開かれ、直ぐに中へと入れられた。そうして通された部屋は、簡素ながら整えられた洋間で、ここが来客用の部屋なのだろう。
「只今大奥様をお呼びして参りますので、暫くお待ち下さいませ。」
 そう言うや、その女性は部屋から出ていった。
「しかし、あの女性…どう見ても八十くらいだろ?この町…そんなに人材不足なのか…?」
 門でのインターホンの相手も、恐らくはあの女性なのだろう。
 私がそんなことを考えていると、不意に廊下から若い女性の声が聞こえてきたのだった。
「大奥様!また勝手にお客様の対応をなさったんですか!?私が旦那様に叱られてしまうではありませんか!」
「昔はみんな自分でやっとったもんじゃ。わしが何しようと、正義はなんも怒らんて。」
「そういう問題では御座いません!大奥様が全て遣っておしまいになったら、私の仕事が無くなってしまうではないですか!」
「フォッフォッフォッ!それもそうじゃのぅ。」
 …もしやあの婆さん…あれが刑部家の大奥様だったのか…?大奥様なんて呼ばれてるんだから、なんかこう…厳めしい面持ちの老婆を想像してたんだが…。ま、木下さんの口振りだと、こっちが正解のようだけどな…。
 暫く待っているとドアがノックされ、そこから一人の若い女性がカートにお茶を乗せて入ってきた。お茶請けも一緒にあったが…それってミルフィーユか?何故こんな場所でミルフィーユ?何もそんな食べづらいもんを出さなくても…いや、あの婆さんのことだ。きっとわざと出したに決まっている。
「お待たせ致しました。大奥様は只今おみえになりますので、お茶をお召し上がりになりながら、もう暫くお待ち下さいませ。」
 この若い女性…使用人と言うよりも通いの家政婦と言った雰囲気だ。如月家とは違い制服ではなく、どう見ても私服にエプロンを着けてるようにしか見えないからな…。
「いやぁ、お待たせしたのぅ。」
 家政婦さんが部屋を出て少しすると、なんとも間の抜けた声を出して、あの婆さん…いや、大奥様が入ってきた。今度はしっかりとした和風姿だったが…。
「まぁた叱られてしもうたわい。わしも若い時分は、ああして客をもてなしたもんなんじゃがのぅ。」
「はぁ…。」
 何だか返答に窮するなぁ…。取り敢えず、相槌でも打っておこうか…。
 婆さんはそう愚痴を溢しつつ、スタスタと歩いて椅子に歩み寄った。
「よっこらしょっと。」
 そう声を出して椅子に腰を下ろすと、置いてあったカップへと手を伸ばしてお茶を啜った。
「梢さんや!梢さんはおらんかい!」
 今度はいきなり人を呼びだした…。何だか分からん人物だなぁ…。
「はい、大奥様。如何なされましたか?」
「この紅茶、砂糖が入っておらんじゃないかい!」
「大奥様…それはお客様にお出ししたお紅茶で御座います…。」
 …この家は漫才でも流行っているのか?にしても、何だか重い空気が流れているようでもあるが…。
「うむ、失敬したのぅ。梢さん、悪いんじゃが…」
「分かっております。直ぐに入れ直して参りますので、暫くお待ちを…。」
 何だか…自分がここへ何をしに来たか、うっかり忘れてしまいそうだ…。誰が見てもこれは漫才だ…。今の私には、この二人が芸人にしか見えない…。いやいや、そうじゃない。さっさと話を切り出さなくては。
「さて…如月んとこの話かいの?」
 私が口を開く前に、婆さんが核心を突いてきた。この婆さん…一体何者なんだ?ふざけてみたり、こうして人の心を読んでみたり…。私は多少訝しく思いながらも、気を取り直して挨拶から入ることにした。
「はい…。先ず、私は相模と申します。先日より如月家へ御厄介になっております。」
「また不可解なことがあったんじゃろ?」
 私が説明する間も無く、婆さんはもう分かってると言わんばかりに言った。
「ご存知…なんですね?」
「まぁのぅ…。あの如月の家は、昔から曰く付きと言われとるんじゃ。家…と言うよりも、その家系…と言った方が良いかもしれんがの。おっと、名も名乗らんで済まんかったのぅ。わしゃキヌじゃ。」
 そう言って笑っている。なんとも暢気な婆さんにしか見えないが、このキヌと言う婆さん…やはりただ者では無さそうだな…。
「キヌさん。それで、何で如月家の家系に不可解なことが起こると?」
「なぁに、簡単なことじゃて。あの家で何かあるんは、決まって当主か長男、長女のいずれかなんじゃよ。次男二女にはなんもないからの。ま、物音くらいは聞いてたようじゃが、見たとか害があったとかは一度も無かったからのぅ。巻き添え食った使用人もいたが、ありゃ全くの無関係じゃて。」
 そこまで話すと、キヌさんはお茶を啜って一息ついた。だが、ここまでの話で分かったことは、飯森氏から聞いた話とさして変わらない。しかし…何故このキヌさんがそれを知り得たんだ?関係者以外、そこまで深く知ることなんて出来ないと思うんだが…。
「お前さん、代々の如月家当主がどんな亡くなり方したか…知っとるか。」
「二人は火災で亡くなったと聞いてますが…。」
「あとはな…転落死、水死、自殺…中には毒殺されたもんまで居る始末じゃ。天寿を全うしたもんは、如月家初代当主だけだと言われとる。」
 何ていう家系だ…。だが、そうまでして何であの館に住み続ける必要があるんだろうか?私だったら、とっとと他の土地に移り住むが…いや、家系ならどうしようもないか。でもなぁ…やっぱりこの土地を離れようとはするんじゃないかなぁ…。
「お前さんの言いたいことは分かっとるよ。何でここから離れんかったんか不思議なんじゃろ?」
「え…ええ…。」
 このキヌさんの言葉に、私は何だか背筋が寒くなった。さっきから考えを見透かされてるんじゃないか…そんな感じがしてたまらない。
 このキヌという婆さん…見た目通りの人物なんだろうか?否。見た目に騙されてはいけないと、私の勘が言っている…。
「そんな顔をせんどくれ。わしゃ、ただの田舎の婆さんじゃよ。何の力も無い、ただの老体じゃて。」
 目の前でお茶を啜っるキヌさん…そう言って笑ってはいたが、やはり何かある。私は何が何やら分からなくなってきてしまった。いや…最初から解らないことだらけなのだ。私に与えられているヒントですら、大きなパズルの数枚のピースでしかない。それにどんなものが描かれているなど、その小さな断片からではからでは全く想像すらつかないのだ。
「さっきの続きじゃが、あの家は初代の遺言によって縛られとる。手放すことはおろか、打ち壊して建て直すことも儘ならんようになっとるんじゃよ。火災で焼けてしもうた後も、以前と寸分違わぬ様に建て直されとるくらいじゃからのぅ…。」
「全く…同じなんですか?」
「そうじゃ。傷なんかは仕方ないとして、材質も寸法も全て同じじゃ。どうしてかはわしもしらん。恐らく…もう知る者も居らんじゃろう。まるで歌われんようになってしもうた数え唄のようじゃのぅ。」
 その言葉に、私はハッとした。すっかり当初の目的を忘れていたのだ。それを聞くために、わざわざ飯森氏に取り次いでもらったのだからな…。
「キヌさん。今仰られた“数え唄"なんですが…最後の歌詞をご存知でしょうか?」
「知っとるよ。まぁ、もうこの町でもわし位のもんじゃろうが…。そんなもん聞いて、一体どうするんじゃ?」
「いえ…どうも気になって仕方ないんですよ。一番と二番の歌詞は聞いたんですが、その内容がどうも…。」
「おどろおどろしいと言いたいんじゃろ?わしもそう思ぅとるが、この町にゃこの数え唄しか無かったからのぅ。」
 どういう意味だ…?少なくとも、どんな地方にも幾通りかのヴァージョンがあるものだ。それ以上に、子守唄や童歌はどうなんだ?普通は幾つか残っていそうなものだがなぁ…。これじゃまるで…数え唄だけを残そうとしている様に感じる。やはり…あの数え唄には何か特別な意味があるように思う…。
「それじゃ、唄ってみようかのぅ。」
 キヌさんはそう言うと、ポケットからお手玉を出した。まるで…私が数え唄の歌詞を聞くのを分かってように…。

- 七つ泣く泣く下げ渡す
 八つ矢文の示すもの
 九つこの先如何にしよ

 十でとうとう絶え果てた
 先に進まばまた帰ろう

 また帰ろう… -

 最後まで聞き、私はゾッとした。とても子供のための唄には聞こえない…。
 何故…こんな唄が歌い継がれたのか…誰も疑問に思わなかったのが不思議だ。
「まぁ、いろんな理由があるんじゃろう。この唄がいつ頃創られ、一体何を訴えかけているかは、わしにも分からんがのぅ。」
 私には、このキヌさんが普通でないように思える。さっきから当たり前の様に会話しているが、キヌさんのそれは、紛れもなく私の心を読んでいるのだ。それ故に…私はキヌさんへと問いを投げ掛けた。
「キヌさん。貴女…どちらのご出身ですか…?」
 その問いに、キヌさんは最初何も答えなかった。暫く無言の後にお茶を一口啜り、それから徐に口を開いた。
「お前さん、此花の櫪って家を知っとるかい?」
 問いに問い返され、私は少し戸惑った。だが、その家には心当たりがあったため、私はこう答えたのだった。
「私の友人に、その家の者と知り合いがいます。」
 そう容易くある姓じゃない。恐らく…キヌさんが言った家と同じと考えて良いだろう。が、何故この姓を出したのか見当もつかない。だが、次のキヌさんの言葉に、私は今まで以上に驚かされることとなった。
「わしはな、その櫪の家から嫁いできたんじゃよ。」
 櫪家…代々に渡って解呪師を生業としてきた一族。一般的な霊能力者とは違い、その力は桁が違う。私は友人の知人…と言ったが、藤崎の友人に櫪 夏希という人物がいるのだ。私も以前、藤崎の紹介で何度か顔を合わせたことがある。今は当主の座に着き、本家を守っていると聞いている。
「まさか…解呪師の…。」
「そうじゃ。まぁ、わしゃ力が弱かったからのぅ。」
 そう言うと、キヌさんは可笑しげに笑った。私としては笑いようがないんだが…。だが、先程から感じていた違和感には説明がつく。櫪家の下位でも、その力は一般のそれとは比較にならない程高い能力を持つ一族なのだから、力が弱いとはいえ、私なんかとは比ぶべくもないのだ。
「相模殿。どうされるおつもりかの?あの如月家を何とかしたいんじゃろ?」
「ええ…。僕はこの町に伝わるあの数え唄に何か特別な意味があるように思うんです。ただ…それを解読するだけの資料が…。」
「では、本家に助力を乞うてみようかいのぅ。」
「は!?いや、滅相もありませんよっ!」
 キヌさんの提案を私は即座に断った。しかし、キヌさんのこの提案には、二つの意味があるように思う。単に私の力になるというものと、そしてもう一つは…私の力では解決出来ない問題だと言うことだ。
「遠慮は無用じゃよ。別に対価を取るわけでなし、呼んどって損もなかろ?」
 私は苦笑した。キヌさんの言い分は尤もだが、一応はプロの探偵として雇われているというのに、他人に助力を仰ぐなんて…やはり、自分のプライドが邪魔をする。
「見栄を張っても腹はふくれんよ。」
 そんな私を見透かしたかのように、キヌさんは笑いながらそう言った。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧