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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百三十九話 揺れる同盟

宇宙暦 798年 2月 15日  ハイネセン 統合作戦本部 ヤン・ウェンリー


「ネグロポンティが……」
「……トリューニヒト、大丈夫か?」
「……大丈夫だ、レベロ」
心此処に在らずといった様子のトリューニヒト議長をレベロ委員長が気遣った。大丈夫だと答えてはいるが顔面は蒼白だ。

「グリーンヒル総参謀長、クーデターが起きる日時は迫っているのかね?」
ホアン委員長が横目でトリューニヒト議長を見ながら問いかけて来た。
「分かりません、しかしそう考えるのが妥当でしょう。早急に彼らを拘束する必要があります」

“早急に彼らを拘束する”、その言葉が部屋に響いた。
「準備は出来ているのかね?」
「明後日には……」
「拘束は可能か……」
トリューニヒト議長の呟きにグリーンヒル総参謀長が頷いた。

「出来る限り被害は最小限なものにしなければならんでしょう。これ以上兵力が減少するような事態は避けなければ……」
ビュコック司令長官の発言に皆が頷いた。ようやく捕虜交換が実現し兵力の増強が図れたのだ、間違っても同士討ちでそれを無にするようなことをしてはならない。

「それに、内乱が起きるような事になれば帝国がどう動くか……」
「帝国は軍事行動を起すと思うかね、ウランフ副司令長官?」
ウランフ副司令長官の言葉にトリューニヒト議長が問いかけた。ようやく落ち着いたようだ。

「総力を挙げてのものとはならないとは思います。しかし、たとえ三個艦隊でも帝国が動かせば同盟にとっては十分に脅威です。そして帝国にはそうするだけの余力がある……」

皆の表情が歪んだ。内乱が起きた場合、帝国が三個艦隊をイゼルローン方面に動かせば第十三艦隊は身動きが取れなくなる。内乱の制圧は司令長官直卒の第五艦隊のみで行う事になるだろう。ビュコック司令長官だけでルフェーブル、ルグランジュの両名を相手にする事になる。極めて不利な状況だろう。

「しかしそれも彼らの拘束に成功すれば問題はありません、私は問題はハイネセンよりもフェザーンにあると考えています」
「フェザーン? それはどういう意味だね、フェザーンのアル・サレム中将がクーデターに関与しているというのかね、総参謀長?」
グリーンヒル総参謀長の言葉にレベロ委員長が尖った声を出したが、総参謀長は落ち着いた声で答えた。

「アル・サレム中将だけではありません、オリベイラ弁務官も関与している可能性があります。彼はフェザーンの返還に消極的のようですが、それはペイワードを信じていないからではなく、帝国との和平に反対だからではないでしょうか?」
「……」

トリューニヒト議長、レベロ、ホアン委員長の表情が強張る。どうやらグリーンヒル総参謀長もその可能性に気付いたか……。問題はフェザーンだ、こちらをどう押さえるか……。

「同盟が当初フェザーン方面に三個艦隊を動員したとき、彼らはいずれもフェザーンへの侵攻を主張しました。あの時、派遣軍にはオリベイラ弁務官も同乗していました。あの時からフェザーンを占領すべきだと彼らが考えていたとしても不思議ではないでしょう」
「……」

グリーンヒル参謀長の話が終わっても誰も後を続けようとはしなかった。皆黙って考え込んでいる。ややあってボロディン本部長が躊躇いがちに話を始めた。
「アル・サレム、ルフェーブル、ルグランジュ、彼らは帝国領侵攻作戦に加わっていません。本来なら敗北した我々は閑職に追われ、彼らが軍の中枢に座ってもおかしくは無かった」
「……」

「しかし現実には我々が軍の中枢に居ます。そして帝国との間で和平をと考えている。彼らにとって我々は敗北者であり裏切り者なのかもしれません。だとすれば許せる存在ではないでしょう」

本部長が力なく首を振った。ビュコック司令長官は目を閉じ、ウランフ副司令長官は沈痛な表情をしている。自分達が軍の中枢に居る事が間違っているとは思わない、主戦派などが中枢に居るよりよっぽどましだ。しかし周囲から受け入れられない存在だと思われている事を認識させられるのは決して楽しい事ではない。

「それは私も同じだ。主戦論を煽っておきながら今になって帝国との和平、協調路線を歩んでいる。彼らにとっては受け入れられる存在ではない……。クーデターか、確かに有り得ない話ではないな……」
ボロディン本部長の言葉にトリューニヒト議長が自嘲を含んだ声で答えた。

「ハイネセンは手当てが出来ている、問題はフェザーンか……。どうすれば彼らを、オリベイラやアル・サレムを抑える事が出来るかね?」
ホアン委員長の問いかけに沈黙が落ちた。皆が視線を交わす。ややあってグリーンヒル総参謀長がホアン委員長に答えた。

「……一番良いのは第九艦隊の人間に抑えさせる事ですが、果たして誰が味方か分かりません。第九艦隊の人間を使うのは危険でしょう……」
「手が無いと言う事か……」
ホアン委員長が暗い表情で呟くように吐いた。

「ペイワードを使う事は出来ませんか?」
私が提案すると皆が私に視線を向けた。
「彼は帝国と同盟の和平、そしてフェザーンの独立を望んでいます。彼にとってクーデターの成功は悪夢以外の何物でもないはずです。必ず協力してくると思うのですが……」

「確かに協力はしてくれるかもしれん、しかしそれではペイワードに借りを作る事になるな。その分だけ彼の政治的な地位も上がる……」
レベロ委員長が顔を顰めた。確かにそれは有るだろうが他に手は無い、割り切るべきだ。そう言おうとしたときだった、トリューニヒト議長が口を開いた。

「構わんさ、レベロ。ペイワードの政治的な地位が上がればボルテックも和平交渉に前向きになるかもしれん。悪い話じゃない。どの道フェザーンは返還するのだ、こちらのコントロール下におく必要は無い、協力者で十分だ」
「それもそうか……」

トリューニヒト議長は頷くレベロ委員長から我々に視線を向けてきた。
「ペイワードには私から話そう。彼のほうで準備にどの程度時間がかかるか、それに合わせてこちらもクーデターを起そうとしている連中を拘束する」

ボロディン本部長がグリーンヒル総参謀長に視線を向けた。総参謀長が頷くと本部長も頷き返してから議長に答えた。
「あまり長くは待てません。それだけは忘れないでください」
「分かっている。君達を失望させるような事はしない」

「ヤン提督はイゼルローン要塞に戻します。クーデターが起きれば帝国の動向が心配です。彼にはイゼルローンに居てもらわなければなりません。そしてビュコック司令長官、ウランフ副司令長官にも艦隊に戻ってもらいます」
ボロディン本部長の言葉に皆が頷いた。そして本部長が一瞬私に視線を向けてから言葉を続けた。

「それと万一に備えてトリューニヒト議長の命令書を頂きたいと思います。クーデターを鎮圧し、国内の秩序を回復せよと」
「それは君宛かね、それともビュコック司令長官かな?」

「私宛に御願いします。それを元にビュコック司令長官、ウランフ副司令長官、ヤン提督に私が命令を下します」
「分かった、明日朝一番で君に届けよう」

何とか対応策はまとまった。問題は時間だろう……。おそらくはここ数日が勝負になる。どちらが機先を制するか、それ次第だ。



帝国暦 489年 2月 15日  オーディン 宇宙艦隊司令部 ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



昨日、私達はオーディンに戻ってきた。それ以来ヴァレンシュタイン司令長官の機嫌は控えめに言っても良くない。はっきり言えば最悪だ。普段は穏やかな笑みを浮かべて仕事をしている司令長官が今は苦虫を潰したような表情で書類を見ている。おまけに飲んでいるのは水なのだ。

リッチェル中将、グスマン少将も司令長官とは視線を合わせようとはしない、触らぬ神に祟りなしといった風情で仕事をしている、女性職員も同様だ。そのため司令長官室は常日頃の活気ある職場ではなくピリピリしたような緊張感のある職場になっている。ゼッフル粒子でも充満してるんじゃないかと思えるほどだ。

ヴァレンシュタイン司令長官が不機嫌なのは自身の結婚式が理由だ。司令長官はリヒテンラーデ侯に騙されたと思っている。本人は地味に行いたかったようだが、リヒテンラーデ侯の手配で式は新無憂宮の黒真珠の間で行われる事になった。民間のホテルや教会ではテロの危険が有るということでそれなりに筋は通っている。

しかし黒真珠の間で行なわれる以上、陛下の御臨席は避けられない。いわば国家的な行事になってしまったのだ。参列者も当然豪華絢爛と言って良い顔ぶれになった。軍、政府の高官、皇族、貴族……。貴族達の中には辺境星域の貴族も含まれている。

“帝国は内乱があったが今は一つに団結しているという事を内外に示さねばならん。辺境星域の貴族達も呼ばれれば喜ぶであろうし、卿が如何に陛下の信任を得ているかという証拠を自らの目で確かめる事になる。改革がおざなりになる事は無いと安心するじゃろう”

リヒテンラーデ侯の言葉に司令長官は反論できなかった。唯一反論らしい反論といえば経費の事だったけれどそれも無慈悲に粉砕された。“経費は一帝国マルクもかからん、フェザーンの放送会社から放映料を取る事で解決した、余った金は辺境星域の開発資金に回す。問題はあるまい”

結婚式は三月十五日に行なわれる。あと一月も先の事だがこの不機嫌がずっと続くような事が無い事を願うのみだ。オーディン到着後、リューネブルク大将が司令長官を冷やかしたが司令長官はジロリと視線を向けただけで黙殺した。

流石に拙いと思ったのだろう、大将は早々に退散し、それ以後司令長官を冷やかすような愚か者は居ない。艦隊司令官達も神妙な表情で決裁文書を持ってくる。もっとも陰では皆笑っている。結婚式を楽しみにしているのだ。そして司令長官も皆が笑っているのを知っているから余計に不機嫌になる。でもそろそろ……。

「閣下、そろそろ機嫌を直されては如何ですか。そのように不機嫌にされては周りに与える影響も良く有りません」
「……」
駄目だわ……、ジロリと睨んできたし口元はへの字になっている。

「自宅でもそのように不機嫌な顔をされているのですか?」
「……そんな事が出来ると思いますか?」
「いえ……」

あちゃー、怒らしちゃったか。まあ家じゃ出来ないとは私も思う、奥さんとミュッケンベルガー元帥の前でこんな仏頂面なんてできるわけ無い。拙い、何とかしようと思って話しかけたのだけど地雷原の周りで飛び跳ねているような感じがする。誰か助けてくれないかと思うのだけどリッチェル中将、グスマン少将も知らぬ振りだ。

「大佐に分かりますか? 全宇宙に私の結婚式が放送されるのですよ、いい晒し者です。何でこうなったのか……」
溜息混じりの司令長官に対して“それは閣下がリヒテンラーデ侯に式の段取りを任せたからです”、とはとても言えない。そんな事言ったら司令長官の目からトール・ハンマーが飛び出すに違いない。

「お目出度い事なのです、盛大に皆で喜びを分かち合おうと言うのはおかしなことでは有りません。捕虜交換で帰ってきた兵士も司令長官が捕虜交換に尽力したことを知っています。式に列席は出来なくても式を見て祝福したいとは思っているでしょう。平民達もです」

少しは機嫌を直してくれるかと思ったけど無駄だった。司令長官は不機嫌そうに私を見ると空になったグラスを突き出した。
「お水をください」
「はい……」

何時になったらココアを淹れてくれと言ってくれるのだろう……。何処かで戦争でも起きないだろうか、そうなれば司令長官も何時までも不機嫌ではいられないのに。

私達を助けてくれたのは帝国広域捜査局のアンスバッハ准将とフェルナー准将だった。司令長官は二人の姿が見えると直ぐに立ち上がった。そして二人を応接室に誘う。司令長官の姿が応接室に消えると司令長官室に安堵の雰囲気が広がった。

「リッチェル中将、グスマン少将、少しは助けてください」
私が問いかけるとリッチェル中将が首を横に振って返事をした。
「無理だね、フィッツシモンズ大佐。貴官が宥められないものを我々にできるはずが無いだろう」
隣でグスマン少将が頷いている。思わず溜息が出た。私は司令長官の子守?



帝国暦 489年 2月 15日  オーディン 宇宙艦隊司令部 アントン・フェルナー


司令長官室はピリピリしていた。多分エーリッヒの結婚式が原因だろう。エーリッヒは派手な事が嫌いだからな。全宇宙に放送なんて、エーリッヒにしてみれば嫌がらせ、いや虐め以外の何物でもないだろう、不機嫌になったに違いない。

俺としても地雷を踏むつもりは無い。此処はアンスバッハ准将に任せて俺はできるだけ沈黙を守る事にしよう。
「司令長官閣下、御指示の有りました地球教とサイオキシン麻薬の件ですが」
「何か分かりましたか? アンスバッハ准将」

「オーディンには地球教の支部が三箇所有ります。その内の一つの支部で信徒の中に何人かにサイオキシン麻薬を使用しているのではないかとの疑いがあります」
エーリッヒは黙って聞いている。

「但し、地球教が組織としてサイオキシン麻薬を信徒に与えているという証拠は今のところありません。現状ではたまたま信徒にサイオキシン麻薬の使用者が居たというだけでしょう」

エーリッヒが不満そうに鼻を鳴らした。珍しい事だ、こいつは滅多に他人の前で不機嫌な表情、しぐさを見せない。それが鼻を鳴らしている。よっぽど結婚式が面白くないらしい。

「今、我々が取りうる手段は二つ有ると思います」
「……二つ」
「はい、一つは疑いのある支部に対する強制捜査、もう一つは地球への潜入捜査です」
エーリッヒはアンスバッハ准将の言葉に考え込んでいる。

「閣下、我々としては地球に人を派遣したいと思うのですが」
「……」
「周辺を探るより心臓部を探ったほうが証拠を得やすいと思うのです」

アンスバッハ准将が地球への直接捜査を提案している。これまでエーリッヒは地球への直接捜査は認めてこなかった。相手を刺激する事無く油断させておきたい、その考えがあったのだろう。だが現実にそのやり方では行き詰まりつつある。この辺で打開したいと俺もアンスバッハ准将も考えているのだ。

「潜入捜査ですか……」
「はい」
「危険ですよ、ミイラ取りがミイラになる可能性がある。余り勧める事は出来ません」
エーリッヒが首を振っている。なるほどエーリッヒが恐れているのはそっちか。

「確かに危険は有ります。しかし地球教の放置はもっと危険でしょう。躊躇うべきではないと思います」
アンスバッハ准将の言葉にエーリッヒは眉を顰めて考えている。やがて溜息をついた。

「分かりました。くれぐれも慎重に御願いします」
「はっ」
アンスバッハ准将が俺を見て頷いた。俺も准将に頷き返す。これでようやく地球教の実態を掴む事ができるだろう。これからが地球教との本当の戦だ……。



 
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