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リリなのinボクらの太陽サーガ

作者:海底
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インターバル

 
前書き
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新年最初の投稿です。 

 
同時刻。世紀末世界、サン・ミゲル。

―――ガシャン!!

「わぁっと!? なにいきなり資材落としてんねん、危ないなぁ」

「…………あ……ああ……!」

「へ? ど、どないしたんやシャロン!? なんで急に泣いとるん!? もしや今のでどっか怪我したんか!?」

「ち、違う……。そうじゃないけど……痛いんだ……! 急に胸が痛くなって……熱くなって……! なんでなのかわからないのに……涙が止まらないんだ……!」

「そうなんか……今日の仕事はもうええからシャロンは宿屋で休んどき。コレ運び終わったらうちも終わりやし。それにめっちゃ泣いとんのに無理して働かれたら、こっちも気まずくなるわ」

「グスッ……! ありがと……そうする……」

ザジの気遣いを受け入れて宿屋へ戻るシャロン。その震える背中を見ながら、頬をかいてザジは急に彼女が泣いた理由を推測する。

「もしかしたら月下美人の能力が何か関係しとるんかな? あっちの世界にいる親しい人や大事な人に何かあったことが感覚的に伝わって、哀しみが溢れ出したとか……。魔女も魔女やけど、月下美人も月下美人で大概苦労する宿命やね」

マーニやサバタの件を思うと、月下美人になったらその力を求める第三者に狙われてばかりの人生を歩むことになっている、と気づいたザジは脱力混じりにため息をつき、何とも言えない表情を浮かべる。

「ほんま、異端の力を持っとると普通の生活がやけに遠くなるわ。しっかし……次元世界、無数の異なる世界が存在する時空かぁ。サバタもエレンもうちの知らない戦いをそこで繰り広げ、そして今度はジャンゴもあっちの世界に行って、それなりに経ってもうた。流石にここまで関わっとる以上、いつまでも対岸の火事じゃ済まへんし、少しは星読みで様子でも探っといた方がええな。それに……」

フッと影を見せる表情を浮かべたザジは、その心境を吐露する。

「ジャンゴがおらんせいで最近リタの機嫌が悪くて、買った太陽の果実が少し潰れていることも多いんよなぁ。せやからはよ帰ってきてもらわんと、近い内にキッド辺りが余計なことを言って…………。……あかん、ゾッとする想像してもうた。身近でスプラッターな事件は起こってほしゅうないな」

という訳で自分達の安全を守るためにも、ザジはそろそろアクションを起こそうと決断するのであった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

新暦67年9月24日、18時32分

「う……うん? ここは……」

気絶から目を覚ましたフェイトは見覚えのある天井が視界に入り、眼をこすりながらどこの天井だったかと記憶を思い返していた。

「……そうだ、フェンサリル支部にあてがわれた私の部屋の天井だよ。でもなんで私がここに?」

「あ、フェイトちゃん。やっと目が覚めたんだね」

「なのは……?」

近くの椅子に座っていたなのはが目覚めたフェイトに気付き、優しく呼びかけた。その時、先程までモニター越しに彼女と話していたガラの悪そうな見た目の人達が、なぜか軍隊風にビシッと敬礼してから通信を切った。

「彼らは……そういえば初めて私がツインバタフライを訪れた時に、急いで出て行った人達だったような……」

「フェイトちゃんは知らないだろうし、今だから教えるけど、彼らは元々ミーミルの軍人なんだって。それで解放軍としてレジスタンス活動をする際、わざとあんな風にアウトローを装って管理局の監視を掻い潜って諜報活動をしていたんだそうだよ」

「解放軍……じゃあ私が見たのは、レジスタンスの定期報告の場だったのかな。それなら私達が来た時に去った理由もわかるけど……なんでそんな大事な会議をあの酒場でやってたんだろう?」

「え? そんなの普通に考えたらわかると思うけど……」

「?」

なのはでもわかってるのに自分だけわからないという状況に、フェイトは何か見落としでもしているのかと悩んだ。が、考えを巡らせたことでそれよりもっと大事なことを思い出した。

「……あ! そ、そうだ! 私が気絶してから、戦いはどうなったの!? 核兵器は!? サヘラントロプスは!? 世界はどうなったの!?」

「落ち着いてフェイトちゃん。……えっと、まず過程は追々話すとして、結論から言えば核兵器の発射は阻止された。サヘラントロプスの残骸は解放軍が回収したし、教会地下の缶詰工場も念には念を入れて彼らが爆破工作を行ったことで跡形もなく消えた。それで今、ミーミルの技術者が核弾頭の解体処理をしてくれてる。フェンサリルは核の炎に焼かれずに済んだんだ」

「そ、そうなんだ……。でも……それって生命維持装置を破壊したってことでもあるから、つまりオリジナル・なのはの命はもう……」

「ううん……私のオリジナルは生きてるよ。今はここの医務室で精密検査を受けてるんだ」

「え!? じゃ、じゃあ核発射の阻止も、サヘラントロプスの破壊も、オリジナル・なのはの救出も全部上手くいったってこと!? SOPのせいで私達は魔法が使えなくなったのに、それでも為し遂げるなんてすごいよ!」

「うん……そうだね。結果だけ見ればホントに……すごいよね……」

「あ、あれ? なんか私、変なこと言った? そういえばなのは、どうして目元が赤いの? 何か辛いことでもあった?」

世界を守る目的を果たせて喜ばしいはずなのに、悲しげな雰囲気のなのはに疑問を抱くフェイト。するとなのはは深呼吸して気持ちを整えてから、真実を言う。

「―――マキナちゃんがね……死んじゃったの」

「……………………え? マキナが……死んだ? そ、それって冗談でしょ?」

「ううん、冗談なんかじゃない。むしろ冗談で済めばどれだけ良いと思ったか……」

「そんな……そんなのいきなり言われても信じられないよ!? だってマキナは強いし、治癒魔法も使えるし、CQCだって凄い腕前なんだよ!? どれだけ死にそうな目に遭っても、絶望的な状況に追い込まれても、必死に抗って生き残るタイプだと思ってたのに……一体どうして!?」

「それをこれから話すよ……。フェイトちゃんが気絶してから、何があったのか……」

一旦目を伏せて、なのははあの戦いを語り始める。固唾を飲んで、フェイトは一言一句聞き漏らさぬように意識を集中する。

核の発射が目前になり、一度オリジナル・なのはの救出を諦めかけたこと。解放軍が応援に来て、サヘラントロプスに一斉攻撃を行ったこと。何とか頼みこんで10秒の救出時間をもらい、オリジナル・なのはの救出に成功したこと。オリジナル・なのはがヴァンパイア化してマキナの心臓を奪い、倒し損ねていたスカルズがはやての右眼を狙撃したこと。肉体の崩壊を防ぐために、オリジナル・なのはがマキナの心臓を食べたこと。アギトが心臓の代わりをしている瀕死の状態でありながらマキナがオリジナル・なのはを拘束したおかげで、浄化に成功して彼女の暴走を止められたこと。残った生命力を全てオリジナル・なのはの治癒に使ったこと。右眼をはやてに移植し、マキナは結晶化して消滅したこと……その全てを伝えた。

「これがマキナちゃんの最期……命尽きる瞬間まで絶望に抗い通した生き様だよ」

「私が撃墜されてから、そんな事があったなんて……。……マキナ……いつも合理的な判断をするはずの彼女が、どうして自分が助かることを優先しなかったんだろう……」

「多分、一瞬でも救出を諦めたことに対する謝罪なのかもしれない。意地って言ってたらしいから、私はそう考えたけど、本人に訊けなくなった今となっては想像するしかないね……。それにあの状況では、心臓を奪われた時点で助かる見込みが既に潰えていた」

「潰えていたって……アギトが心臓の代わりをしていたんなら、安静にしていれば助かる可能性が少しは残ってたんじゃ?」

「それは戦闘に巻き込まれず、一切の衝撃を与えないで安全に病院まで搬送できるならの話で、あの場では絶対に無理だったの。戦闘そのものは早く終わったけど、もしヴァンパイア化した私のオリジナルが本格的に暴走してたら、とんでもない大惨事になっていたはず。つまりマキナちゃんが命懸けであの時に止めていなければ、今頃は私達もただじゃ済まなかったんだ」

「つまり結果的にだけど、マキナは犠牲が最も少なくなる選択をしたんだね。途中でユニゾン解除したのも、アギトにダメージが及ぶのを避けたから?」

「うん……そもそもあの時のマキナちゃんはシャマルさん曰く、『即死しなかっただけで奇跡』みたい。あとね、もしカートリッジやローズソルが使えたとしても、私のオリジナルに使った治癒魔法は特殊なものだったから、どちらにせよ結果は変わらなかったと思う」

「特殊なもの?」

「マキナちゃんがエナジーを使えるのは知ってるよね。あの時使った治癒魔法は、最初だけは魔力で発動したものだけど、残りがごくわずかだったからすぐに枯渇した。だからマキナちゃんは治癒魔法をエナジーで維持し、そのまま生命力全てをエナジーに変換してでも私のオリジナルを治療し続けたんだ」

「エナジーで治癒魔法を……」

「それに当時の私のオリジナルは暗黒物質の濃度が高すぎて、魔力だと効果がほとんど無いから、崩壊より早く治癒するにはエナジーを使わないといけなかった。そしてその甲斐もあってか、私のオリジナルは辛うじて命を繋ぎ止めた。とはいえ……今後も生きていくには色々問題が山積みなんだけどね」

「問題?」

「詳しい部分は検査の結果次第だけど、大体の予想はできるでしょ? 例えば生体ユニットにされる際に頭の中をいじくられた可能性とか。もしかしたら心を歪められて、前と違う人格になってることだってあり得るし……」

「非人道的行為に定評があるスカルフェイスのことだから、確かに過剰な洗脳や精神操作をされた可能性は十分あるね……」

「他にも、寿命がどれだけ残っているかって問題もある。暗黒物質に侵された身体という意味ではサバタさんと同じ……ううん、それ以上に悪化しているかもしれない。なにせ一度ヴァンパイア化してしまったし、月光仔の血も流れてなくて元々耐性が弱い以上、残りの生命力は察するに余りあるって感じだもん」

「お兄ちゃんのように、寿命の短い身体になってしまったってことか……。オリジナル・なのはのアフターケアは慎重にする必要があるみたい」

「それに……本人の意思が無かったとはいえ、背後からマキナちゃんに殺傷行為を行い、あまつさえ奪った心臓を喰った。こんな猟奇的なことをしたと公に知られれば……いや、シャロンちゃんに知られればどうなるか、正直嫌な想像しか出てこないよ……」

「シャロンにとっては同じアクーナ出身で、生き残った最後の友達が殺されたと知れば、家族を失ったも同然の苦しみを抱くに違いない。その辛さは私もよく理解できるよ」

「でも……隠すなんて真似だけはしたらいけない。卑怯者みたいな逃避なんて絶対駄目、ちゃんとありのままに伝えなきゃならないんだ……」

「うん……」

いざ伝える時の事を思うと気が重くなるが、それが生き残った者の責務であることを、なのはもフェイトも重々把握していた。

「私のオリジナルについては一旦ここで区切るよ。今度は現在の状況……要するに戦いの後について話すね」

マキナが死んだ後、解放軍がその場を預かり、諸々の処理を担当した。親しい仲間の死亡にジャンゴやはやて達のショックは計り知れなかったが、まだこの事態が全て解決したわけではなく、更にSOPのリンカーコア封印でフェンサリルにいるクロノ達を含む管理局員は全員無力化されたままであった。
とりあえず停戦協定によって武力衝突は禁じているため、解放軍が管理局員に報復するような事態にはなっていないが、祖国を勝手に奪われた怒りや恨みは残っているので、一時は一触即発に近い状態になった。そこでこの緊張状態を解決するためにも管理局を代表してクロノと、解放軍のリーダー、そしてウルズ首脳陣とミーミル首脳陣を交えた会談が現在も行われている。

「ただね、この世界にいる管理局員はちょっとヤバい立場になってるんだ。フェンサリルの人間から見れば、侵略者が武器を失った姿で放り出されてるようなものだし、管理局から見れば、最高評議会の決定に表立って逆らったわけだから管理局に対する離反行為、もしくは敵対行為などの疑惑が向けられてる」

「ここまで来ると今更って感じで、もう何の言葉も出ないや。それで……?」

「魔法が使えない以上、フェイトちゃん達がお腹を空かせたライオンの前にぶら下がるお肉に近い状態ってことはわかると思う。だから一応、余計な火種を生まない様に管理局員は全員デバイスを没収されて、このフェンサリル支部にいるよう厳命されてる。今、局員が街に出たら市民に刺激を与えちゃうからね」

「要するに局員を軟禁状態にして、極力摩擦が起こらないようにしてるわけか……」

「だけど会談の内容次第では、先日の停戦協定や捕虜の返還を破棄して、そのまま皆を捕虜にしてしまうことだってあり得る。なにせアースラもSOPのせいで必要最小限の機能だけしか使えなくなったから、操縦も出来なくてノアトゥンの近くに半ば墜落同然に不時着しちゃったし、どうやっても逃げようがないんだよね」

「え、アースラ墜落してたの!? まぁ、確かに操縦系統を封じられたらそうなっちゃうか……次元世界の法を司る管理局が犯罪者扱いって、なんか皮肉だね。それにしても解放軍はどこにこれだけの戦力を隠し持っていたんだろう?」

「首都をだまし討ちで占領された訳だから、各地に分散こそしたもののミーミルの戦力はほとんど残ってたみたい。追撃を逃れて四方八方に拡散してた部隊を数日前まで時間をかけて密かに再集結させ、首都奪還作戦に打って出る所だった矢先に管理局から停戦協定の話が出て、どう動くべきか様子を見ていた所にサヘラントロプスが現れたってわけ。後は言わなくてもわかるよね」

「どちらにせよ管理局は風前の灯火だったんだ……。こんな形だけど衝突せずに済んで良かったというべきか……。私達の現状は大体把握したけど、なのは達には何か行動の制限とかがあったりするの?」

「私達……というよりもアウターヘブン社には特に何も無いよ。ずっとフェンサリル側で行動してきた訳だし、私の場合は義手のおかげでもあるけど、リンカーコアの封印もデバイスの没収もされていない。つまりこの世界で魔法が使えるのはアウターヘブン社に所属している者だけなんだ」

「魔法の力を管理局は使えないのにPMCだけが使えるのって……色んな意味で立場が逆だなぁ」

「地球で起きてる正規軍とPMCの逆転現象とは少し違うけど、なかなか興味深い状況だと思うよ。魔法が無くなったら管理局ないし魔導師の戦力は一気に瓦解するってことが、まさに今証明されてるわけだし」

そう言っておっぴろげに苦笑するなのはの姿を見て、フェイトはどこか違和感を抱き、素直に尋ねる。

「あのさ……なんか他人事のように言ってる気がするから、単刀直入に訊くよ。オリジナルのなのはが救出された以上、ここにいるなのははどうするつもりなの?」

「どうって……あぁ。要するにオリジナルがいるとわかっていて、管理局に戻るかどうかって話でしょ? 正直に答えると、私は戻らないことに決めたよ」

「戻らない? どうして……?」

「そんなの、オリジナルの存在価値を奪ってまで戻るつもりは無いからだよ。私は“高町なのは”の記憶を持ってるから、オリジナルが自分の存在価値の喪失にとてつもない恐怖を抱いてることがわかる。記憶が外付けだったおかげでトラウマまでは継承されていないけど……一応あっちも“私”だからこそ嫌なことはしたくないんだ」

「オリジナルの存在価値を守るために……自ら身を引くというの? なのははそれで、いいの?」

「いいも何も、正直に言って今回の件で戻る気が失せたんだよね。例え勲章をくれると言われても断るぐらいに。だって、もし戻ったらクローンの私なんて、何されるかわかったもんじゃないから」

「あぁ~……」

管理局だろうとクローンに偏見を持つ者から心無い言葉を投げられたことのあるフェイトは、なのはが想定している事態に大まかな想像がつき、深く同意した。
オリジナル・なのはが使い物にならなかった場合、管理局はクローン・なのはをオリジナルの代用品として使おうとする可能性がある。しかしクローン・なのはは既にオリジナルとは異なる精神を宿している。つまりクローンだからと言ってオリジナルの真似はできないのだ。結局のところ、クローンが真に受け入れられるには、まだ時間がかかるということであった。

「それにマキナちゃんやジャンゴさんと一緒に生活して、色んな旅をしてきた二人の話を聞いてるうちに、私も自由に生きてみたい気持ちが強くなったんだ。これまでの過程でクローンの在り方とか色々考える機会も多かったし、この際オリジナルと違う道を進むのに丁度いい機会かと思って」

「自由に……違う道を選ぶ。……なるほど、そういう生き方も面白いかも」

「だからありのままの姿を示す“ネイキッドエース”として、私は“高町なのは”を止める。この身体は“高町なのは”のクローンだけど、“高町なのは”として生きる義務はない。そもそも私自身の物語はとっくの昔に始まっていた……オリジナルには無い、かけがえのない絆を私はもう持っていたんだ」

「絆か……そういえばマキナはこっちの親しい方は“なのは”と名前で呼んでたけど、あっちの親しくない方は“高町”と苗字で呼んでたっけ。マキナはこっちのなのはがこうする事も予知していたのかもしれない。それにしても……呼ぶ方からすれば、オリジナルとクローンが同じ名前ってのは地味に面倒くさいのかな?」

「私もその考えに行き付いたからこそ、新しい名前を考えなきゃと思ったんだ。クローンだと知った今は“高町なのは”という名前にこだわるつもりもない。とはいえ、名前なんてそう簡単に決まるものじゃないし、もうしばらくは“高町なのは”の名前を借りとくよ」

「なんか……自分がクローンというのは私でもかなりのショックを受けたのに、なのはは結構あっさり割り切ってるなぁ。あのビーティーとも近くにいたから、てっきり『オリジナルを越えてみせる!』と言い出すのかと思ってたけど……」

「いやいや、病院で目覚めたばかりの頃ならともかく、今となってはオリジナル越えはそこまで必要じゃないから。大体それはビーティーがとっくに証明してるし、私のするべき事じゃないというか……」

「あ……うん、そういえばそうだったね……」

「むしろ今はオリジナルの方にこそフォローが必要なんじゃないかな? 私にはジャンゴさんがいるし、アウターヘブン社やウルズという受け入れてくれた居場所もあるから平気だけどさ……今回の件を知ったらオリジナルは色んな不安や罪悪感に苦しむと思う。だから皆にはオリジナルが馬鹿な真似しないように見守っててほしいんだ」

「それは任せて、今度こそ目を離さないようにする。彼女を救ってくれたマキナの犠牲を無駄にしないためにも、ここでしっかり約束するよ。……それにしても……この話をしてて思うんだけど、トラウマが無いなのはって精神的にすごく安定してるというか、成熟してるよね。簡単に言えば……慈愛に満ちてる?」

「あはは、血統が無いから月下美人にはなれないけど、そんなに褒められたら嬉しいや。ま、今はスカルフェイスの計画を打破することに集中するよ。その後は、ジャンゴさんが世紀末世界に帰る方法を探すのを手伝おうかと思ってる。これまでたくさん助けられてきたし、今度は私が手伝う番だもん。あ、もしかしたら一緒に世紀末世界に行くってのもアリかもしれないね?」

どこかマキナと似た自由な生き方に想像を巡らせて笑顔を浮かべるなのはに、フェイトはどんな状況でも自分のペースを崩さなかったマキナの影響を強く受けたからこそ、彼女が前向きに生きようとしているのだと感じた。それは同じクローンとしても、眩しく見える心の輝きであった。

「……ねぇ、気分転換も兼ねて少し歩かない? 皆の様子とか見ておきたいし」

「そうだね、身体はもう何ともないから私も一緒に行くよ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

管理局フェンサリル支部、会議室。

『―――今回のサヘラントロプスの件で、管理局では我々の世界を守れないことが立証された。管理局法では管理世界はその世界の治安を管理局が守る代わりに、その世界の軍隊を解体するなどのことが決まっているそうだが、それは元々管理外だった世界の者達が、管理局なら治安が守れると理解した上での話だったな』

『しかしお前達はフェンサリルを管理世界にするなどと抜かしておきながら、侵略行為ばかりで国土を守ろうとしなかった。この時点でお前達の大義名分は完全に消滅しているのに、サヘラントロプスの核発射を阻止しようとした者達の妨害まで行うとは、もはやお前達管理世界の人間がフェンサリルの空気を吸っていることすら腹立たしい』

『もはや停戦などと抜かしている場合ではない! 我々の味わった屈辱を貴様らも受けるべきだ! 賠償金の増額だけでなく、フェンサリルで侵略行為を行った全管理局員に対し、死罪を含む厳罰を要求する! 言っておくが、これは断じて横暴な意見ではない! 正当な権利だ!!』

『ミーミル皇国に栄光あれ! 悪しき管理世界に災いあれ!! 魔導文化なぞ滅ぼすべきだ!!!』

『ウルズ共和国も今回の件で管理局が裏切ったことに対して、国民達の怒りが爆発している。今は殉職したアウターヘブン社の協力者への黙祷をしているが、いつまでも暴動を留めていられるものではないぞ』

「我がミーミルの大臣達、そしてウルズの議長及び議員達、少し落ち着いてくれ。しかし彼らの怒りも尤もだ。戦争の再開までは流石に抑えるが、相応の返答が無ければ彼らも納得すまい。その点についてはどうお考えだ、執務官殿?」

「上層部の腐敗のせいで、結果的に停戦協定を裏切ってしまったことは謝罪する。しかし戦争の再開や厳罰だけは待ってほしい。フェンサリルに訪れた局員の多くは、偽装された情報と命令によって踊らされてしまったんだ。故に罰を与えるべきなのは、その命令を行った上層部の者達であって……」

会談で槍玉にあげられているクロノは必死に頭を巡らせて、フェンサリルの議員相手に局員達の弁護を続ける。議員達はウルズにいるのでテレビ通信でこの会談に参加しているが、唯一この場にいるロックは武装した護衛をつけて席についている。時々彼が白熱する会談を鎮めているおかげで、管理局や管理世界への戦争再開を望む声が何度か抑えられているのだが、それでも会談が長引くほどにその声が復活するのが早くなっていた。

「(これは想像以上にキツイ……! 喧嘩腰の相手の機嫌を伺いながら、何とか和平に持ち込まなければ、最悪戦争が再開されてしまう! でも……かつてラジエルはこんなアウェーな状況から和平締結にまで持ち込んだんだ。上層部の尻拭いのようで少し癪だが、皆の命を預かる僕が尽力しないと! それに……!)」

「次におまえは……『あなた達は忘れていないか! 今は局員達を責めるよりも、やらなくてはならないことがあるはずだ!』……という!」

「あなた達は忘れていないか! 今は局員達を責めるよりも、やらなくてはならないことがあるはずだ! ……ハッ!」

起死回生を狙って怒りの矛先を変えようとした台詞を、ロックが先読みしたことでクロノはつい絶句してしまう。冷たい汗がクロノの頬を伝い、議員達も執務官の上を行ったロックの言動に沸く中、彼は肩をすくめて苦笑した。

「やれやれ……執務官殿もやはり一人の管理局員、根本的な部分は管理世界の人間らしいものに凝り固まっているな。それでは管理局員の価値観などのすべてを把握した、この僕に容易く読まれるぞ。……言っておくが僕はこれから先、誰を寄こしても管理局員なら思考はほぼすべて読める。管理局の言うようなレアスキルとは関係ない、これは解放軍のリーダーとして、次代皇帝として人を見る目を徹底的に鍛え上げた結果だ」

そうして不敵に笑みを浮かべるロックの顔を目の当たりにしたクロノは、テレビ通信の向こうにいる議員ではなく、この若き皇帝こそが会談の主導権を握る最も厄介な人間であると、心の底から強く実感した。時々味方のように振舞いながら、その実こちらの全てを掌握し、誰にも気づかれないまま物事を思い通りに運ぶという、交渉する相手の中では凄まじくやりにくい相手……。

息苦しさを感じながらもクロノが口を開こうとしたその時、いきなりCALL音が響き渡る。

「誰だ? 会談の最中に連絡を入れてくるなんて……」

「あぁ、すまない。アウターヘブン社にあるものを見つけ次第、連絡を送ってもらうように伝えていたんだ。事前に言っておくべきだったな」

軽い謝罪を行い、ロックが通信を繋げる。するとテレビ通信の画面の片隅に通信を送ったアウターヘブン社の者、ディアーチェの顔が映し出された。

『重要な会談に水を差してすまない。しかしこればかりは何より優先して伝えねばならぬことなのだ。……ロック皇子、スカルフェイスの居場所が判明した』

その一言に先ほどまで白熱していた者達も口をつぐみ、クロノは固唾を飲んでディアーチェの報告に集中し、ロックは仲間達へある指示を送っていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

管理局フェンサリル支部、執務室。

「やれやれ……俺達、見事にあの子達に一杯食わされたなぁ。普通の酒場の子供だと思ってたら、まさかのトンデモない大物だった訳だからな」

「普通、皇子が身分を隠して酒場で働いてるとか気づけるわけがない。皇子の顔写真とかを見たことがない以上、アーネスト隊長も俺達もわからなくて当然だ」

「自分達はまんまと情報収集に利用されてたってことですか。フェンサリルの人間は魔法が無くても根気強く逆境に耐え、想像をはるかに超えて成長する人類のようですね」

「リスべスが食べた者に感動を与えるほどに料理の腕を上げたように、ロックは身分だけの皇子から相手を的確に見抜く油断のならない皇帝に成長しています。上で行われている会談では今頃、管理局がフェンサリルの掌の上で踊らされているんじゃないでしょうか?」

「クロノ提督はそこまで交渉術が下手ではないとは思いたいが……とにかく俺達は座して待つしかできない。心苦しいが、俺達にできるのはコーヒーを沸かすぐらいのことか」

インスタントコーヒーを淹れるアーネストの冗談に、カイや118部隊の面々は苦笑する。このようにやる事が無い118部隊は、コーヒーを飲みながら愚痴交じりの雑談に興じていた。

「子供の成長は早いというが、親にその姿を見せてやれないのはやはり無念だろう。しかもその原因が管理局にあるのだからなおさらだ」

「今まで局員が店に行くたびに、彼らは心中複雑だったろうな。苛立つ心を抑えて接客しなければならなかったのだから」

「俺もカイも、子供の気持ちに気付くのが本当に遅すぎるなぁ……」

「昔と同じ過ちをしてしまうとは、俺ももう特務捜査官に偉そうなことは言えないか……」

「過ちとはどういうことなんですか、カイ副隊長?」

「アーネスト隊長もってことは、お二人は昔何かあったんですか?」

「そうだな……この状況だし、いっそ話してもいいか。ただね……」

「聞きたいなら聞きたいで、そんな所に隠れてないで素直に出てこい。フェイト特務捜査官、高町なのは嬢」

カイに指摘されて、フェイトとなのはは部屋の影から気まずそうに頬をかきながら姿を現す。アーネストはそんな二人に「ステルスをするつもりなら、あの蜂蜜色の髪の少女ぐらい気配を消せるようにするんだね」と隊長らしく忠告した。

「すみません、皆さん」

「私からも謝ります。ごめんなさい、アーネスト隊長」

「いやいや、別に怒ってはいないよ。部屋に入るタイミングを見計らってたとか、理由はそんな所だろうからね」

「むしろ今はオフ同然だ、気楽にするといい」

肩肘の張っていない返事のおかげで、なのはとフェイトの緊張が解ける。少し緩んだ空気の中、フェイトは自室から持ってきた紙束をアーネストに渡した。

「えっと……アーネスト隊長。こんな緊急時に何ですが、課題の市政調査レポートを提出します」

「受け取った、後で見ておく」

「それで、その……さっき話そうとした内容は一体……?」

「わかってるさ。それじゃあ……まず、俺とカイは訓練学校からの同期でね。いわゆる腐れ縁って奴で、互いに気心の知れた間柄なんだ」

「アーネストが突っ走り、俺がフォローする。昔からそんな事をしている内に、いつしか周りや教師、仕事場の上司連中も部隊編成などの際は俺達を一緒に扱うようになっていた」

「だからプライベートでも長く付き合ってきたわけで、俺とカイは一緒に馬鹿やったり合コン行ったりとまぁ、公私ともに良い相棒だったのさ。そんで、大人になった俺達もそれぞれ家庭を持った。そして俺の所は息子を一人、カイの所は娘を一人授かったんだ」

「家族ぐるみで親しくしていたから、妻も娘達も自然と親密な関係になっていった。仕事も地元の管理局支部に異動してやらせてもらってたから、家族の時間はしっかり作れていた」

地味に既婚者であった二人に、話を聞いていたフェイト達はかなり驚いていた。だが質問は後にとのことで、アーネスト達は話を続ける。

「それで地元や人を守る俺達の仕事に憧れて、息子達も管理局員を目指したんだ。二人とも君達に負けないぐらいの素質があったからね。俺もカイも休日の時は、子供達の練習相手によく引っ張り出されたものだよ」

「ミッドの訓練学校に入ってからもグングン成績を伸ばし、優秀な魔導師として管理局からの覚えもめでたかった。俺達も子供の成長は嬉しかったし、夢に向かって努力する姿を見ていて、俺達大人も負けない様に頑張らなくてはと力をもらった。当然、苦労もした、妨害もあった、挫折もあった。だけど二人はお互いを支え合うことで、それに屈せず立ち向かっては乗り越えていった」

「ある日、学校が長期休暇で実家に帰省した時を見計らって、俺とカイは進路相談ということで二人に所属したい部署の話を持ち出した。当時、二人には成績優秀者への待遇で学校が本局へ推薦する話が来ていたんだが、俺達は本局にだけは行かないように言った。地上本部や管理世界支部のと比べたら、本局の任務ははるかに死亡率が高くて、親としては子供にそんな危険な仕事をして欲しくなかったんだ」

「だが二人はそれを拒否した。どんな危険があろうと自分達で救える命があるなら助けたい、そう宣言した。若者らしい希望に満ちた言葉だが、俺達はできれば安全な人生を娘達に送ってもらいたかった。危険を冒して前に進むより、安心できる生活を……いや、正直に言おう。俺達の方が安心したかったんだ……子供が安全な人生を送っていれば、危険な任務で命を落とすことは無いから安心できると……」

「大人として子供を導くのは当然のことだが、大人だからこそ子供を縛り付けてしまいたくなる。俺もカイも、息子達の気持ちより自分の気持ちを優先してしまったんだ。だから盛大にケンカしてそのまま別れて……訓練学校を卒業した二人は推薦を受けて管理局の本局に所属した。……君達の正式入局と同じ時期にね」

つまりフェイトやはやて達の同期に、アーネストとカイの子供達がいる。それを知ったフェイトは、もしかしたらどこかで会った事があるかもと思い、記憶を洗ってみた。そして……次の言葉を聞くと同時に全てを察した。

「二人が配属された先はL級次元航行艦アースラ。そう、クロノ・ハラオウン提督が有する次元航行艦だ。あのハラオウンが預かる部隊なら、かのエターナルエースがいる場所なら、本局でもまだ大丈夫な方だと……そう信じて見守ることにした。そして4ヶ月前……二人は死んだ」

「ッ!!」

「まさか……!」

「ヘリのパイロットだった俺の息子も、治癒術師として同伴していたカイの娘も、たった一発のミサイルで死んでしまった。俺もカイも、それを聞いた時は目の前が真っ白になったよ。管理局の仕事は命懸けだ、いつ何時でも殉職してしまう可能性がある。それはわかっていたつもりなんだが……親より先に子供が死ぬなんて、どうしても信じたくなかったからね。しかも喧嘩別れして……そのまま和解できずに逝ってしまうなんてなぁ……」

話している内にその時の哀しみが蘇ったアーネストは目元に手を当て、声を震わせる。隣ではカイも渋面を作って表情を隠そうとしているが、その辛さは身を割くほどに伝わっていた。子供を失った親の辛さは、かつてのプレシアの変貌ぶりを思えば十分に察せるから。

4ヶ月前のニブルヘイムの襲撃……オリジナル・なのはが撃墜し、この事態の引き金を引いた事件の禍根は、こんな所にも根強く残っていたのだ。

「俺達が本局に異動したのはその後だ。二人が目指した景色を知るため、俺達親子のような悲劇を防ぐためと……まぁ理由は他にも色々ある。子供の夢を親が叶えた所で意味なんて無いにも等しいが、そうでもしなければ娘達の死に納得がいかなかったんだ」

「優秀な魔導師ならば、管理局は子供だろうと前線へ送る。その結果、俺達みたいな“残された親”が生まれる……魔法至上主義の大きな欠点の一つさ」

「俺達はフェイト特務捜査官達のように夢を目指す若者を止めるつもりはない。そんな資格はとうの昔に失っている。だがな……俺達のことを知って、次の世代を担う若者たちが自分の命の価値に気づいてくれたのなら、無茶の一つでも減らしてくれるのなら、ここにいる意味はあったと言える」

そう言って珍しく優し気にカイは微笑む。フェイトは彼らとの縁が実はかなり前から存在していて、自分が118部隊に配属されたのはその縁が関係していたのだろうと思った。そして同時に、以前連続殺人事件を調べたいと言ったら一人では駄目だと指摘されたりしたのも、規律に厳しくも子供の自分を大事に扱っているが故の言葉だったことを、今になって全て理解した。

「まぁ、昔話は大体こんな所かな。子供が死んだら、親は悲しむ。どこにでもある、ごく当たり前の話さ……」

「今回、犠牲になった少女とは少しだけしか会ってないが、娘と同じくらいの年齢で治癒術師という共通点もあって、見てると在りし日の娘の姿が目に浮かんでな……。局員ではなくとも、彼女なら俺より先に娘と同じ景色を見れるんじゃないかと思っていた。だから彼女の訃報を聞いて、俺も非常に残念に思っている」

「そうだな……彼女はまだ未成年だった。若者が大人より先に死んでいく世の中なんて、間違ってるとしか思えない。この仕組みを早めにどうにかしなくては、管理世界は少子高齢化社会まっしぐらだな」

一瞬、管理世界が全員ヨボヨボの爺さん婆さんだらけの光景を想像したなのはとフェイトは、介護するだけで一日が終わりそうだと思った。それはともかく、マキナの死を彼らも悼んでいることに、二人は感謝した。

話も終わったことで二人は立ち去ろうとするが、部屋を出る間際にアーネストとカイの方に一度振り返る。

「アーネスト隊長、カイ副隊長。クローンの私が言うのも変かもしれませんが、オリジナルの代わりに言わせてください。……助けてくれてありがとう。“高町なのは”がそうお礼を言っていたと……今度帰った時にでも二人に伝えてくれれば幸いです」

「私には父親というものがわかりません、親は母さんだけでしたから。でも……隊長達の気持ちは、とても暖かく感じられました。その……色々ありがとうございました」

そう言ってお辞儀した二人は、部屋を出て行った。今の言葉を聞いたアーネストとカイは軽く嘆息した次の瞬間、微笑んだ。

「まったく……最近の子供ときたら、成長が早くて大人の立つ瀬が無いったらありゃしない」

「そうだな……そしてそういう子供をだまして利用しようとする連中こそ、俺達大人が戦わなければならない相手だ」

「息子達の仇との決戦には残念ながら参加できそうにないが、後始末は俺達にもやれるはずだ」

「彼女達が安心して翼を休められるように、腐った土台を洗いなおしてやろう。それが娘達への手向けにもなる」

若い頃を思い出して拳同士を合わせるアーネストとカイ。それを見ていた部下二人は、「自分達もお手伝いします!」と決意を新たに意気込むのだった。

「ところで……さっき提出された市政調査レポートなんだが、ざっと読んでみたらコレ……ただの食レポだぞ? 『ブーストリミットはほっぺたが落ちるぐらい絶品だった、フェンサリルに来たのなら絶対味わうべき』なんてことしか書かれていない……」

「彼女は執務官ではなくて、グルメリポーターにでもなるつもりなのか……? いや、それはそれで構わないんだが……このレポートを見るに、リスべスに胃袋をガッチリ握られているのは察せるな」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

管理局フェンサリル支部、医務室。

ガラスを隔てた向こうの、精密検査を行う機械がある隔離された空間にオリジナル・なのはが横たわっており、騎士達が見守る中、シャマルが傍らでその検査結果を確認しながら、はやての右眼を小型ライトを当てて調べていた。

「はやてちゃんの右眼はしっかり治療されてるから、傷跡は残らないわ。視覚の神経も馴染んできただろうから、もう見えるようにはなってると思うけど、どんな感じかしら?」

「なんちゅうか……さっきまではぼやけとったけど、今では前の眼よりくっきり綺麗に見えとる。まるで一昔前のガラケーから最新スマホのに変えたぐらい、レンズの精度に違いがあるで」

「なるほど……狙撃手も担えたほどの眼だから、はやてちゃんにも高い視力を与えてくれてるのね」

「せやな。これから先、広域殲滅魔導師として戦況を把握しやすくなるし、近接戦でも敵の一挙一動を見抜きやすくなる。……ってアカン、これじゃあバトル脳な言い方やん。どうせなら日常的で平和的な表現をせえへんとな。例えば……めっちゃ遠くから道具無しでムフフな覗き見ができるとか」

「はやてちゃん……」

「冗談や冗談! この眼はマキナちゃんの遺産やからな、正しく使わんとバチが当たるわ。……フェイトちゃん達のように、私達もデカい借りが出来てもうた。大きすぎて到底返せないほどの……なぁ」

「見えるもの全てを救えるのは神だけ。人間は神には絶対になれない。全てを救いたいのなら、自分の命を差し出す覚悟を示してから……。サバタさんが昔話で言ったことが、こんな形で訪れるなんて……」

「オリジナルのなのはちゃんを救ったら、マキナちゃんが犠牲になるとか、まるで命を等価交換で支払わされたようなもんや。……サバタ兄ちゃんを目指して、憧れて、崇めて、あまつさえあの世まで追いかけてしまった。なんやろ、私に近い人から死んでいくとか、不条理過ぎひんか? まったく、どうしてこんな結果になってしまったんやろ……」

顔を伏せて、シャマルはやりきれない哀しみを吐露する。はやても右眼に掌を当て、そこに宿った琥珀色の眼の本来の持ち主に思いを馳せる。そんな彼女達を少し離れた場所から見守るアインスは、マキナのデバイス・レックスを手に落ち込んでいるアギトに話しかける。

「アギト……君にとってマキナはロードだけでなく、大切な……とても大切な家族だったんだね。そんな人を失った悲しみは、そう簡単に拭えるものではない……」

「………」

「私だってそうだ。2年前の痛みは実のところ、まだ癒えていない。闇の書に運命を狂わされた者同士、兄様に救われた者同士、そういった様々な事情があるから、主も騎士達も皆マキナには特別な思い入れがあった。なのに……ずっと旅していた彼女としばらくぶりに話せるかと思えば、いきなりこんな別れになってしまった……。最近どうしてるとか、どんな世界でどんな人と出会い、どんなことをしてきたのかとか……いっぱい……いっぱい話したいことがあったのにな……」

「…………。……姉御ってさ、あれで意外とお人好しなんだよ。誰かに助けを求められたら、ぶつくさ文句言ったりはするけど、何だかんだで助けてくれる。理想ばかり口走って何もしない奴なんかと違って、ちゃんとその状況を想定して、その上で助ける方法を模索してる。怪我で泣く人を治し、病気に苦しむ人に薬を与えて……そうやってあんた達の知らない場所で苦しんでた人達の力になってきていたんだ……」

「ああ……管理外世界での彼女の噂は私もいくつか聞いている。中には姿を見つけた者に幸福を運ぶゴールド・フォックス、なんて都市伝説じみた噂もあったな」

「姉御の性質は狐より狼寄りなんだけどな。とにかくだ、姉御はいつも現実的に物事を判断して、リスク計算もしっかりして、行動を起こしてきた。サバタから受け継いだ文化的遺伝子(ミーム)を絶やさないために、彼に助けられた身として長生きできるように、ずっと頑張ってきたんだ。なのに……なのにさ、なんで知り合いに裏切られて死ぬ羽目になってんだよ? どうして助けた相手に殺されなくちゃならねぇんだよ?」

「それは……」

「そんなのアインスに訊くな……責めるならアタシにしてくれ」

酷く暗い表情でオリジナル・なのはが検査されている部屋を見つめていたヴィータが、困惑するアインスに代わってアギトに言う。近くにいたシグナムとザフィーラも眉をひそめながらもあえて口を挟まず、事の成り行きを見守る。

「昨日さ……マキナに言ったんだ。アタシの代わりに絶対なのはを守れって。あいつ……クローンの方だけじゃなくて、オリジナルの方にもその約束を適用させちまったんだ。だから……」

「は? 自惚れんじゃねぇよ鉄槌の騎士。お前、まさか自分のせいだ~なんて定番のセリフでも言うつもりか? マジでそんなこと思ってんなら、本気でぶっ飛ばすぞ。それは姉御の決意を侮辱することになるからな!」

「う……! だ、だけど! もしアタシとの契約がマキナに少しでもあの行動をさせる要因になったのなら、責任はアタシにもある! そもそも4ヶ月前、あいつを守り切れていれば……アタシがもっと強かったのなら……!」

「細かいとこまで生真面目な奴だな……。だったら言わせてもらうが、過労とか撃墜とか、そういうの以前にあんた達がちゃんとオリジナル・なのはを見張ってれば、こんな事にはならなかったんじゃないか?」

「それは確かにそうかもしれねぇ。ただ、あいつが戦わなきゃ救えなかった命だってあるんだ。アンデッドはエナジーが使えなければ、どれだけ強力な魔導師でも倒せないんだからよ……!」

「エナジーなら姉御だって使えるし、マテリアルズだって持ってる。むしろ暗黒物質から強引に引き出してたオリジナル・なのはと比べたらはるかに安全で、負担があまりない。なんつーか……あんた達さ、オリジナル・なのはやフェイトに頼り過ぎっつぅか、アンデッドの相手を押し付け過ぎじゃねぇか?」

「わかってる……任務の裏に管理局のプライドや面子なんてのがあったのかもしれねぇが、もう少しPMCとかに頼って分担はできたはずだって、今ならわかってる。……だが、あいつがそれでも戦いたいと望んだんだ。だから―――」

「ハッ! 本人が望むなら何でもやらせるとか、お前らアホか!」

「あ、アホってどういうことだよ!?」

「こんなのもわからないのか? オリジナル・なのははまだ10代の子供、判断基準が未熟なんだよ。だから年長者として判断ミスを、意思の暴走を指摘しなきゃいけないのに、あんた達はそれをしなかった。共に寄り添うばかりで、正しく導こうとしなかった。わかったか? その結果がこれだ」

「………」

「あぁ~……クソッ! アタシも同じ穴の狢だってわかってるけど、ムシャクシャする! これが姉御の背負ってきた“報復心”……理屈ではわかってても、感情が制御できるかは別か……! なんで姉御が死んで、姉御を殺した奴が生きているのかって思うと、無性に苛立って仕方がない! 頭ン中ぐちゃぐちゃして何もわからねぇ!! こんな怒りをずっと耐えてたのかよ、姉御は……!!」

今の発言に、ヴィータは苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべる。アギトの言った報復心という言葉に、はやては一瞬だけ違和感を感じ、その中に管理局に対する恨み以外の別の何かも含まれている気がした。しかしその疑問に考えを巡らす余裕はなく、アインスを含む八神家一同も今のアギトの取り乱しようは2年前の自分達を彷彿とさせるが、状況そのものは異なるため、どうしたらいいのかわからずにいた。

「いっそのこと、リインにアギトと殴り合いでもさせるべきやろか? 一応、あの決闘をしたおかげで私とマキナちゃんは諸々吹っ切れたんやし」

「ふぇ!? わ、私にあんな格闘戦をさせるんですか!? ムリムリムリムリムリ! 絶対ムリですぅ!!」

「融合騎同士の決闘か……見ものだな」

「ザフィーラぁ!?」

「アギトはマキナから時々CQCを教えてもらっていたらしいぞ。だったらリインの八神流喧嘩空手の相手には十分だろう」

「何言ってるんですか、シグナム!? 私そんな武術使えませんよ!? 八神家は三島財閥じゃないんですから! 大体私、近接格闘術なんて何一つ学んでないんですけど!?」

はやての変な思い付きのせいでなぜか追い詰められたリインは、必死にその意見を却下してもらおうと涙目で弁明する。アインスもこればかりは無茶振りだと思い、リインを守るように抱きかかえる。

「あ、アインスお姉ちゃん……!」

「その……なんだ。主とマキナの間にはそれなりの因縁があったが、私達とアギトにはそこまで大きな関係は無いと思う。だからリインに彼女と決闘させても、あまり意味は……」

「わかっとる、わかっとるって。そんな子犬みたいに不安そうな眼で見んといて、ただの冗談なんやから」

はやての言葉でリインとアインスはホッとする。はやては「毎度のことながら、私の騎士達は冗談を真に受けてばっかりや……」とぼやき、少し前まで行えたはずのマキナとのやり取りを思い出しては、もう二度とできないことを悲しんでため息をつく。

「う~ん、八神家もお通夜モードだろうと思ってたから、案の定って感じかな」

「私達だって別にあっさり流してるつもりは無いんだけど……全部受け入れるのに時間が必要なのは皆同じだと思う」

「お? あっちのなのはちゃんと……やっと目を覚ましたんか、フェイトちゃん。まぁ、私達はご覧の通りや。情けない姿見せてもうて、ごめんな」

「情けないのは私だってそうだよ。あの場で最初に撃墜して、皆に迷惑かけちゃったんだもん……」

「皆SOPで無力化されたんだから、あれはしょうがない。フェイトちゃんはただ居た場所が悪かっただけ。むしろそこで寝てるオリジナルのように後遺症が残らなかったんだから、あんまり気にしないでいいよ」

「せや、フェイトちゃんも治してくれたマキナちゃんに感謝せんとな。いつまでもうじうじして後ろ向いてばっかやと、いい加減鬱陶しいわ! な~んてあの世から殴りかかってくるかもしれへんで?」

「それならそれでまた会えて嬉しい……のかな? マキナが幽霊になって漂う姿は想像できないけど」

いつかのアリシアとポルターガイストを思い出し、フェイトとはやては何とも言えない表情になる。しかし一拍置き、二人はため息をつきながら苦笑いした。

「ところでシャマルさん、私のオリジナルの容態について今のうちに教えてくれるかな? 私はこの先、オリジナルとあまり関わる気は無いけど、一応把握しておきたいの」

「……そうね、あなたには知る権利がある。一言でいえば、こっちのなのはちゃんは……もう戦えない。二度と戦場に出てはならないわ」

「というと?」

「スカルズに撃墜されて損傷を負い、サヘラントロプスに無理やり魔力を引き出され、さらに一時はリトルクイーンにまで変異した影響で、リンカーコアがズタズタに壊れている。魔力を少しでも引き出そうとしたら、それだけで心臓を握り潰されるような激痛が走ってしまう。どう考えても魔導師としてやっていける身体じゃないわ」

「なるほど……そういえばサヘラントロプスがフェイトちゃんを撃墜した攻撃をした際に、オリジナルが叫んでた。あれはあまりの激痛で出た本能的な悲鳴だったんだ……」

「そしてリトルクイーンが魔法を使えたのは、暗黒物質がリンカーコアを侵食して機能を再構成していたから。だけどその補填をしてたのも浄化されたことで、リンカーコアは穴だらけのままに……つまりは虫食いリンゴ状態ってことよ」

「虫食いリンゴって、想像してみたらゾッとする酷さだよ。それで……治せるの?」

「ここまで酷いと、もう管理局の医術や私の知る治癒魔法では絶対治せないわ。別のリンカーコアを移植するという手段もあるにはあるけど、身体が拒絶反応を起こす可能性もあるから、医者としてはあまりおすすめできない。だけど……たった一つだけ、このリンカーコアを治せる方法がある。皆も知っている、その方法は……」

―――月詠幻歌。

満を持してシャマルが言ったそれは、2年前のファーヴニル事変でシャロンが月下美人に昇華し、発揮した歌の力。以前、カートリッジの連続使用でリンカーコアに傷がついたフェイトも、ラタトスクにリンカーコアを握りつぶされたクロノも、オメガ・SLBを撃って力尽きたオリジナル・なのはも、その歌でリンカーコアが修復されていた。クローン・なのはも隣で静かに話を聞いていたフェイト達も、それは思いついていた。だが……。

「あのさぁ、シャマルさん。正直に言うけど、それは望み薄なんじゃないかな? だって家族同然の友達(マキナちゃん)を殺した(オリジナル・なのは)を治療するために歌ってもらうというのは流石に……ねぇ?」

「私だってそう思うけど……移植無しだとそれ以外に治す方法は無いわ。それに、こっちは元からだけど、細胞も遺伝子も今まで見た事がないぐらい傷ついてる。あれでは間違いなく長くは生きられない。保ってせいぜい2年、太陽の果実やゼータソルを定期的に摂取すれば何とか3年まで伸ばせるかしら……」

「2年か3年……ずいぶん寿命が削られてるんだね、オリジナルは。まさかサバタさんよりも寿命が短くなってるなんて……」

「しかも問題はまだあるの。あの“赤黒い左腕”……形こそなのはちゃんの左腕そのものだけど、その正体は闇の力を宿すヴァンパイアの腕よ。今はもう暗黒物質のエネルギー体ではない実体だから触っても平気だけど、吸血変異によって生まれたものだから内側に暗黒物質がある。というより、なのはちゃんの体に残ってた暗黒物質が全て収縮してそこに宿ってるの」

「つまり左腕は太陽の光に触れれば浄化されて黒煙が出るし、突然暴走して悪影響を及ぼす可能性が無くもないから潜在的な危険もある。なんか悪い話ばっかりで、同じ“私”としては気が滅入るなぁ……。冗談でもいいから、何か良い話とかは無いの?」

「……ないわ。今生きてるだけで奇跡的、そんな命が繋げられてるだけマキナちゃんの治癒が凄まじいレベルだったことが伝わってくるぐらいよ」

「シャマルさんが断言するなんて……それほどまでに酷い状態なんだ。だからこそマキナちゃんがいてくれれば、って思うのは私の願望なのかな……?」

「マキナちゃんなら薬学の知識や旅の最中で知った情報で何とかしてくれそうな気がするのは、私も同感よ。多くの世界を旅して見聞を広めてきた彼女には、私達が把握していない色んな知識や発想があった。今となっては後の祭りだけど……」

結局、シャマルの話を聞けば聞くほどオリジナル・なのはの状態が過酷であることを実感させられた。隣で話を聞いていたフェイト達も、彼女の今後に大きな不安を抱かざるを得なかった。

「彼女の意識が回復するのもまだ時間がかかるだろうし、目覚めたら目覚めたで問題が山積みよ。もう何が最善なのか、私にすらわからないわ……」

「でも、ここから先はオリジナルの問題だ。私だって四六時中、命を狙われた状況をジャンゴさんやマキナちゃん達のおかげで乗り越えられたんだもん。とはいえ、まだ全部終わってないし、あっちはあっちで前途多難って奴だけど、こればかりは頑張るしかないね」

「うん……」

「まぁ、確かにしゃあないわ。リンカーコア破損、細胞と遺伝子崩壊、ヴァンパイアの左腕と、問題はそれぞれデカいから治るまでかなりの時間がかかるけど、そこは―――」

「――――治せるぞ」

「私らが支えるしかあらへ……ん? アギト、今なんかとんでもないこと言わんかったか?」

今も“報復心”を必死に抑え込んでいるアギトの聞き逃せない発言を受け、はやてやこの場にいる者達は一斉に、まさかと言わんばかりの視線を向ける。「あ~!」と頭をかきむしった後、アギトは吐き捨てるようにぶっちゃける。

「今言った奴の中の一つだけなら治せるんだよ。細胞と遺伝子崩壊は、オメガソルで治療できるんだよ!」

『えぇぇええええええええ!!!!!』

「あ、アギト! それ、マジなんか!?」

「ああ、マジだ。オメガソルは治療薬の極致、放射線の被爆すら治してしまうほどの効果がある。吸血変異やリンカーコアに効果は無いが、人の身体の内側を元通りにするって点にかけては他の追随を許さない。寿命まで治せるかは知らないが、一応それなりに戻ったりはするんじゃないか?」

「どんだけや! あの子、治療にかけてはとっくに次元世界の常識を超えとらんか!?」

「さっきまでこれでもかと言わんばかりに、こっちのなのはが短命になったことの暗雲を示してたのに、マキナの薬一つでまさかの一蹴だよ……」

「傷ついた遺伝子すら治すオメガソル、吸血変異を抑制するゼータソル……どちらも医学界を震撼させるほどの代物。もしマキナちゃんが生きていれば、リンカーコアの治療薬すら作り上げていたかもしれない……。彼女がもっと生きていれば……こっちのなのはちゃんの身体を一人で完治させられたのかもしれない……」

「姉御を持ち上げるのも良いが、オメガソルの効果を最大限利用するなら、念のために副作用の話はしておかなくちゃならねぇぞ」

「オメガソルにも副作用あるんか!? え、前に私も飲んだけど、大丈夫なんか!?」

「心配いらねぇ。オメガソルの副作用と言っても、身体の成長に必要なエネルギーを一時的に回復に回すだけで、その間身体が成長しにくくなるだけだ。あんたが飲んだコップ一杯分なら、せいぜい爪が伸びるのが一ヶ月の間ちょいと遅くなる程度だよ」

「爪だけかいな、微妙過ぎてコメントに困るわ。じゃあ、こっちのなのはちゃんに飲ませるとしたらどうなるん?」

「コイツの場合だと毎日1リットル飲めば、細胞と遺伝子は何とか治せるだろうけど……間違いなく回復に数年以上かかるから、20代を超えても見た目は今の子供のままか、少なくとも胸が永遠にぺったんこなのは確実だな」

「女としてはある意味恐ろしいなぁ! 周りが大人でボンキュボンな中、自分だけロリィ~でぺた~んなわけやし! …………あ」

「……なんだよ。何かアタシに言いたいことがあるんなら、正直に言えばいいじゃんか」

はやてや皆の生暖かい視線から全てを察し、むすっとふくれっ面を浮かべるヴィータ。そんな彼女に向けて、アギトは一言。

「エターナルロリ、乙!」

「オメーも変わんねぇだろうがぁあああああ!!!!」

「アインスお姉ちゃん、こういう時リインはどう反応すればいいのかわかりません……」

「笑えばいいと思うよ。……いや、これは使いどころが違うな。う~ん、何だろう?」

段々混沌としてきた医務室を見て、フェイトは思った。「なんか身体が成長しない人が周りに多いなぁ」と。アリシア、融合騎、騎士達、ビーティー、そこにオリジナル・なのはが一時的に加わるわけだから、確かにその通りであった。ちなみにマテリアルズはちゃんと成長しているので除外した。

「あ、そうだ……アギト。マキナちゃんのデバイスだけど……私が使ってもいいかな?」

「レックスをか? ……教会で回収したデータは全部マザーベースに送ったし、収納領域にしまってあった物はアタシの収納領域に移した。あっちのなのはは嫌いだが、こっちのなのはなら託しても良いか。大事に使ってくれよ……」

「ありがとう。マキナちゃんの形見だもんね、絶対大切にするよ」

別に卑下するつもりは無いが、クローンの自分がオリジナル・なのはを差し置いてレイジングハートを手にするわけにもいかない。何よりこの銃はマキナと共にあった戦友そのもの、決して倉庫の中などに置いていいものではなかった。

レックス・デザートイーグルの丁寧に手入れされたフレームをなのはは優しく撫でながら、マキナの歩んできた道に思いを馳せる。次元世界……主に管理世界から闇の書の関係者として疎まれながらも、サバタから受け継いだ意思を胸に戦い続け、気づけば多くの者に受け入れられていた。クローンや闇の書の主といった、普通ではない存在として普通の人から疎まれることの多いはぐれ者にとって、周りの認識を覆した彼女の姿は一種の答えでもあったのだ。

「ところで、ジャンゴさんはどこにいるか知らない?」

「あぁ、彼はポー子爵の封印した棺桶を逃がさないように太陽結界に置いてから、屋上に行ったらしいで。なんか夜風に当たりたいんやと」

「そっか……今回の件はジャンゴさんも相当ショックだったから、心を落ち着けたいんだね。一応話し相手にはおてんこさまがいるから、変に思いつめるようなことは無いだろうけど……彼も多くの人の死を間近で見てきたし、何よりマキナちゃんはサバタさんみたいに背中合わせで戦ってきた仲間だったから、その喪失感は一層強いと思う。命の重みを私達以上に理解している、とても優しい人だもの……」

「命の重み……どうして次元世界にはそれがわからない人が多いんだろう? 私達はただ、不幸な目に遭ってる人を助けたいだけなのに……」

フェイトの嘆くような言葉に、ここにいる者達は無言のまま心の中で同意した。そして管理局と聖王教会の歪みを直ちに正さねば、自分達は延々といたちごっこを続けてしまうと、誰もが今回の件で痛感したのだった。

その時、突然レックスからCALL音が鳴る。なのはが通信を繋げると、相手はアウターヘブン社のマウクランにあるマザーベース、ユーリからだった。

『あれ、皆さんお揃いですか?』

「なんだかすごく久しぶりな感じがするね、ユーリと話すの」

『私もそう思いますが、挨拶はほどほどにしておきます。……つい先程、スカルフェイスの居場所を発見しました』

「ほんと!?」

『はい。そこは皆さんもよくご存知の場所ですよ。……第78無人世界ニブルヘイム。4ヶ月前なのはさんが撃墜され、全ての悪夢が始まった悲劇の地……そこにスカルフェイスがいます。真のサヘラントロプスに乗って……』

「真のサヘラントロプス?」

『送られたデータによると、皆さんがフェンサリルで破壊したサヘラントロプスは量産型の実証試験機で、かつて地球に存在していたプロトタイプをモデルにしています。要するに……まだ本命が残っているんです』

「待って。本命ってことは……まさか!!」

なのはがハッとした瞬間、はやて達もその意味を理解した。同時に通信の向こうから、アラート音が聞こえだした。

『ニブルヘイムで高エネルギー反応を確認!』

『別の世界から発射して何の意味が? ……ハッ! も、もしや……次元跳躍弾頭!?』

『アルカンシェル、発射されます! 目標、フェンサリル!!』

『そんな……想定より充填が早すぎます! 皆さん、早くフェンサリルを脱出してください!!』

血の気が引いた表情でユーリが叫ぶが、今更そんなことをしても間に合わない。「ここまでやってきたのに!」と、なのは達は悔しさを噛み締めるが、世界を滅ぼす光は容赦なくニブルヘイムから発射されてしまった。
 
 

 
後書き
ロック:今回の件で一皮むけました。なお、リスべスの姿がなかった理由は、彼女は戦う人間じゃないのでずっと店にいるからです。
アーネストとカイ:子供を失っても狂わなかった大人。実力も出番も色々と地味ですが、報復心の連鎖を止めているという意味では他より一歩先を進んでいます。
オメガソルの副作用:回復のため成長が遅くなるが、若返りとか不老不死になるわけではありません。
レックスの継承:以後、クローン・なのははE.S.アシェルの技などを使います。オリジナル・なのはとの区別化です。

今回の件を知った直後のマテリアルズの反応:

ディアーチェ「王たる我に黙って逝くとは、あの馬鹿者が……!」
ユーリ「黒幕を叩く証拠は全て揃っています。さぁ、蹂躙の時間です……」
レヴィ「今日のボクは阿修羅すら凌駕する存在だ!」
シュテル「私の炎も怒りのあまり、紅蓮に燃えています。マキナの弔い合戦です」

次回からはエピソード2のラスボス戦開始です。 
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