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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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第五四話 在るべき場所

「貴方も大変ね篁中尉。正直、同情さえ覚えるわ。」
「……今井少尉。」

 デブリーフィングが終わり、各自が解散した部屋に残る唯依と智絵。彼女は忠亮が唯依の傍に残しておいてくれた護衛だ。
 先の演習、顔に泥を塗られたと感じた人間が逆襲に来る可能性を危惧しての事だった。

 大陸帰りの人間は事、外国人を信用しないとは聞いていたが此処まで徹底しているのかと驚いたほどだった。
 忠亮からすれば、唯依の様な年端もいかぬ娘を単身海外へ赴任させる方が常軌を逸した行動ではあるのだから当然の事でもあるが。

 そもそも、この世界に真実に安全な場所などある訳もない。
 この世にある絶対は一つだけだ。人が作ったものは必ず不具合を起こす―――という事だけだ。


「折角の主力機の更新計画、なのに開発衛士は日本人衛士が一人もおらずしかも今回の開発計画には不知火のブラックボックス部はアメリカ側から不要と断られたそうね。
 正直に言って、まともな物が仕上がるとは到底思えないわ。」


 智絵の言葉は正しい。長年のBETA支配によりその地形改造によりほぼ真っ平らな荒野と化した欧州・中東の国家とは戦術機の運用が異なる。
 ましてや、日本の兵装にも不理解が多分にあるだろうことは想像に容易い。

 これに関してはハイネマンも同様だ――いや、本当に日本衛士のための戦術機を作ろうと思えばジョン・ボイドのような戦術家が必要だ。

 どんな革新的先進技術があろうと、確かな戦術理念に基づかずに作られた兵器など高価な的以上の価値は無い。


「確かに、貴女の言う通りかもしれない。だが、だからこその共同開発であると私は考えている。
 恐らく日本衛士が真実、必要としている機体に不知火弐型がなる事は無い。だが、不知火を強化改修することでその機体を駆る衛士がその時まで生き延びる事が出来るのなら―――其処に意味はあるはずだ。」

 不知火ベースならば、外国機をただ導入するよりも日本の戦術に適合するはずだ。それはより多くの衛士が生き延びて、より多くの人々を守ることに繋がる。

 そして、生き延びて、守られた命が次の戦術機に―――武御雷の更に次の戦術機を駆り、日本を守るだろう。

「ふっ、ずいぶんと暢気なものね。」
「……それは、どういう意味だろうか。」

 智絵の意味深な笑みに怪訝な表情になる唯依。まるで自分だけは何も知らされておらず蚊帳の外に於かれ、それを憐れんでいるような感覚に見舞われる。


「既に次世代機の開発計画は動き出しているわ―――何故、彼に今回の話が来たのか分からないの?脊髄にインプラントを埋め込んで機体と衛士を一つにする機構(システム)……。
 それはF-35に将来的に導入予定の機構(システム)だからよ。」
「なんだと………!!!」


 F-35ライトニングⅡ、F-22よりも更に進んだアメリカ主導で開発中の多目的次世代戦術機だ。
 F-22がF-15の置き換えに対し、F-16の更新となる機体であり、開発コストを下げるために英国などの全9か国による共同開発中の戦術機であり、一機種でありながら陸軍用のA型を基本形に、海軍用・海兵隊用の派生機を同時開発しているという。

 そのF-35に将来的に搭載されるシステムの被験体に忠亮が使われていたという事実を知る。


「そう、F-35を導入するにあたって障害となる人体改造技術……日本では忌避感が強く、あまり進んでいない技術ね。
 だから、斯衛と帝国軍はこの遅れを取り戻す気なのよ。あの人を実験台に使ってね―――何故、英国と米国が今回の仕儀に係わっていたか、其方を透かして見れば容易に見抜けたと思うのだけど。」
「……確かに。」

 日本はF-35の共同開発に参加していない。其れはF-35が完成した際に導入を決定した場合に供給順位の引き下げ、調達数の制限、整備の制限と様々な制約となって表れる。

 その中で、F-35が完成した際にそれを導入するというのなら現段階で何らかの技術協力を行っておかなければ不利な契約を結ばされかねない。


「無論、斯衛も帝国軍も外国機導入を易々と決定したりはしないわ。これはただの保険―――あの方が本土に戻り次第次期主力機開発が本格化するわ。」
「……もう、そんなところまで!?」

「ええ、基礎技術研究自体は進んでいたのよ。あとはどういうコンセプトで設計するのか……貴方も聞いたことが無い?戦術機マフィアという名を。」


 知らぬはずが無い。
 ボイド、クリスティ、スプレイ。アメリカ製第二世代戦術機……F-15、F-16、F-18、A-10とアメリカ軍……いや、世界の西側諸国主力機の開発に携わった者たちだ。

 ハイネマンが設計開発に携わったF-14を始めとした各種機体が選定落ちし、諸外国にも殆ど採用例がない事を考えればその違いに気づくだろう。

 戦術家と技術者の違い、この差は余りに大きすぎる。
 確かな戦術理論が無ければどれ程優れた技術者であろうと良い機体は作れないのだ。


「彼らと同じく、あの人は剣術家という一種の戦術家よ。それゆえ、今の停滞した開発状況を打破できる。
 これから一気に帝国の戦術機開発は加速するわ。それと同時にそれに反する派閥の動きも活性化していく―――彼は必然と多くの戦いへと赴くことになるわ。」

 一歩、唯依に踏み出す知絵。やや高い身長に見下ろされる形になる。そして告げられる。

「―――あなたは此処で何をしているの。」
「それは……!」
「あの方の傍に居て支えるべき立場ではないの?彼の妻として、篁の頭領として―――その後ろ盾として彼の背を支えることが貴方になら出来るはず。
 むしろ、其方が武家の妻としての責務ではないのかしら。内助を得られない彼の戦いが苦しいことぐらい分かるでしょ?」

 確かに、彼女の―――今井智絵の言うとおりだ。
 その選択が頭に浮かばなかった訳ではない。そうすることも出来た、だけどしなかった。

「極論を言えば、この計画の現場責任者なんて貴女である必要なんてない。だけど、彼を支えるのは貴女にしかできないことだと思うのだけど。」
「確かに貴方の言う通りだ‥‥本来、私の成すべきことは其方、なのだろうな。」

 だけども、今よりももっと先。
 未来を見据えて自分たちは一度、別れたのだ――――彼を被験体としてF-35に搭載されるというブレイン・マンマシン・インターフェースの研究が始まるというのなら、それを最大限生かすための機体を作り出すための方法を模索しよう。

 ―――自分はあの人の妻となり、最強の剣を彼のために作ると決めたのだから。


「そうだ、この軍服を纏っていることもそうだ。此処は本来、私のいる場所ではない。」


 国連軍の軍服を纏っていても、己の心は日本にある。そして、あの人を想っている。
 それだけは決して、誰にも何物にも否定させはしない。


「だけど、私があの人の隣に立つためには必要な事だ―――少なくともそう、信じている。」
「隣?彼の一歩後ろじゃダメなの?誰かが背中に居て、それを見ていてくれるから意地を張って前に進める―――それが男という生き物よ。
 少なくとも彼はそう、わかりやすい位に愚直で一途で意地っ張り―――貴方が背中を支えることをしないのなら、その場所は他の誰かに奪われることになるわよ。」

 皮肉った口調での警告ともとれる言葉。

「そうかもしれない、だけど私はあの人が成し遂げたいことの手助けをしたい。
 あの人が自分の夢を叶えれるのなら――――それでも構わない。」

 たとえ、それで彼からの愛を失ったとしても―――きっと、そうなるのが自然な関係だったのだろう。
 大切なのは自分が彼を愛していて、それで彼が生きたいように生るための一助と成れたのならうれしい……それが篁唯依という女の愛し方なのだ。


「――ふふっ、敵わないわね。」

 先ほどまでの威圧的な雰囲気を霧散させて智絵がほほ笑む。女の自分をして魅力的で静かな微笑だ。

「あなた達は相手のことを想いながら見返りを求めず……ただただ真っすぐに己の愛を貫く―――眩しいわね。」
「今井少尉‥‥?」

 彼女の言葉が心に引っかかる。そこには諦めにも似た憂いの表情を見たからだ。

「それでこそ譜代武家の姫とその伴侶、ということかしら。―――彼を支えるのも私の役目。貴女がいない間は私が彼を支えるわ。
 だから急ぎなさい、次期主力機開発のための実験機はもうロールアウト間近よ。各種データ収集が終わればすぐに其方のほうへ移行するわ。」

 そこまで来ていたのか。直接設計したのは光菱などの重工メーカーの技術者で彼ではないだろうが、要求仕様の作成などの基本コンセプトの決定は彼が行ったはずだ。

 その仕様の有用性が証明されれば即座にそれを反映した新型機の開発が開始されるだろう―――ギリギリだ。
 自分がXFJ計画を終えて本土に帰国するのに間に合うかどうか、というところだろう。



「―――――それらを私に教えて……貴女は何を望んでいるのですか。」

 疑念が過った。なぜ彼女はこう自分に警告のような形で助言を繰り返してくるのだろう。
 彼の臣下としての在り方がそうなのだと言われてしまえばそれまでだろうが、彼に忠誠を誓うほどの関係性があったとは到底思えない。

 そのちぐはぐさが気になった。

 そんな唯依に彼女は決意を秘めた表情を見せる。


「今井家の復興―――それが最後に残った私の使命であり、望みよ。」








 
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