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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百三十六話  不安

帝国暦 489年 1月 10日  オーディン 帝国広域捜査局 アンスバッハ


キスリング少将は顔を俯けて考え込んでいる、その表情は厳しい。おそらく地球教がサイオキシン麻薬を扱っている可能性を考えているのだろうが、昔から宗教と麻薬は強い関係があったと言われているのだ、地球教もその一つの例だとしてもおかしくは無い。

「アンスバッハ准将の言われる事は分かります。まさかとは思いますが……」
「地球教そのものがサイオキシン麻薬の製造者であり、売人である。そして購入者は信徒のみ……」
「だとすればあの時の捜査に引っかからなかった可能性はある、しかし……」

お互いに言葉が重い。頭のどこかにそんな事が可能なのかという思いが歯切れを悪くしている。もし地球教とサイオキシン麻薬が関係しているとしても、地球教が全ての信徒に対してサイオキシン麻薬を投与しているわけではあるまい。おそらくその一部に投与しているのだろう、そしてサイオキシン麻薬と洗脳により狂信者を生み出している……。

「キスリング少将は、……地球巡礼をご存知か?」
「地球に人間を運んでいるのでしょう。地球教の信者もいますが、観光目的の人間もいると聞いています、……まさかとは思いますが……」

キスリング少将はこちらを見ている。問いかけるような表情だ。私と同じことを考えたのだろうか?
「サイオキシン麻薬は地球で作っている。信者を常習者にするのは地球で行なっている、アンスバッハ准将はそうお考えですか?」

「地球とサイオキシン麻薬が関係しているとすればそう思わざるを得ません。地球巡礼はフェザーンが中継点となって行っていますが巡礼者の中には同盟の人間も居るようです」
「まさか……、フェザーンの入国管理はどうなっている……」

キスリング少将が呆然として呟いた。有ってはならないことだ、同盟の人間がフェザーンを経由して帝国に入ってくる。だが地球がフェザーンの裏の顔なら有り得ない話ではない。そして同盟にもサイオキシン麻薬と洗脳を受けた信者が送り込まれる……。

「我々は今フェザーンに人を派遣しています。その人間から警告が有りました。フェザーンを中継点として地球教の信徒が増えつつあると」
キスリング少将が信じられないというように首を振っている。自分も信じられない思いが有る。しかし、地球とサイオキシン麻薬が繋がっている可能性は確かに有る。

「アンスバッハ准将、地球とは、地球教とは何なのです? キュンメル事件だけではない、内乱にも連中は関与していた。いずれもエーリッヒ、いやヴァレンシュタイン司令長官の命を狙っている。准将は一体何を知っているのです?」

地球とは、地球教とは何なのか、キスリング少将が顔を強張らせて問いかけて来た。やはりそこに行きつくか。
「地球とは、フェザーンの裏の顔です。彼らは帝国と同盟を共倒れさせ、地球による銀河支配を望んでいる。フェザーンも地球教もそのために用意された……」
私の言葉を聞くキスリング少将の眼が驚愕に見開かれた。



帝国暦 489年 1月31日  帝国軍総旗艦 ロキ  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


『いや、御苦労だったの。よくやってくれた』
スクリーンには御機嫌な笑みを浮かべるリヒテンラーデ侯が居た。辺境星域の視察が終わった事を報告してからはずっと笑顔のままだ。

「よくありませんよ。私は宇宙艦隊司令長官なのですよ、軍人なんです。それなのに辺境星域の要望書は全て私のところに来る事になりました。辺境星域の開発の責任者は私になってしまったんです」

『まあ、良いではないか、彼らがそうしたいというのだからの』
何を言ってやがる、このクソ爺。さっきから顔が笑みで崩れっぱなしじゃないか。最初からこれが狙いだろうが!

クラインゲルト子爵領で思った俺の悪い予感は見事に的中した。何処に行っても辺境の貴族達の政府への不信感は酷かった。要望書は全て俺に渡すと言う、リヒテンラーデ侯でもゲルラッハ子爵でも改革派の政治家でも、誰でもいいから文官に送れと言ったが納得しない。“閣下の力で実現してください”その一点張りだ。

「正直な話、あれは一体どういうことなのです? 政府に対してかなり強い不信感を持っていますが?」
俺の言葉にリヒテンラーデ侯はちょっと困ったような表情をした。爺、カワイコぶっても無駄だ。正直に吐け、俺は怒っているんだ。

『まあ、無理も無い話しなのじゃが……、辺境星域の開発については彼らから何度も要望が出ておるのじゃ。卿は知るまいが十年ほど前までは毎年のように何処かの貴族が要望書を出しておった』
「それで」
『全て却下された……』

リヒテンラーデ侯は決まり悪げな表情をしている。
「却下の理由は何でしょう」
『決まっておる、金が無いからじゃ』
胸を張るな、爺様。金が無いのは自慢にならん。金を作ってから胸を張れ。

『彼らの要望を受容れ何処か一箇所の開発をすれば、必ず他もと言って来るのは眼に見えておる。辺境星域全土を開発するとなれば膨大な資金が必要じゃ。戦費を調達するだけで手一杯での、そんな余裕は無かった』

「貴族専用の金融機関は使わなかったのですか?」
今はもう無くなってしまったが、と言うより俺が潰してしまったが貴族には無利子、無期限、無担保で金を貸す金融機関があった。あれを使えば開発資金を用意するのは難しくは無かったはずだ。

俺の問いにリヒテンラーデ侯は手を振って否定した。
『あれは駄目じゃの、門閥貴族には貸していたが辺境の貧乏貴族になど金は貸さぬ』
遊興費は出してもまともな開発資金は出さないか……。潰して正解だな、潰すのが遅かったくらいだ。

ルドルフは信頼できる部下に領地を与えその開発を委任した。元々あの金融機関はそんな貴族達が開発資金に困らないようにという理由で作られたものだ。あいつらがちゃんと仕事をしていれば貴族も遊び癖が付かなかっただろうし、辺境星域ももっと開発されていただろう。

『一度内務省と財務省で限られた予算で彼らの要望を実現するとなればどの程度の年月が必要か試算した事がある』
「それで」
『報告書にはざっと百年はかかると書いてあったの。しかも一旦手をつければ辺境星域からの要望はさらに増えるだろうとも書いてあった。報告書の結論は開発は控えるべしじゃ』

思わず溜息が出た。リヒテンラーデ侯は困ったような表情をしている。まあ気持は分からないでもない、戦争中に膨大な予算と時間を喰う辺境開発など、誰が見ても尻込みするだろう。しかもこの戦争には終わりが見えなかった……。

『悪い事にはの、その報告書が彼ら辺境星域の貴族の間に流れた。内務省か財務省かは分からぬが、官僚の中に辺境星域から毎年のように要望書が出てくる事にうんざりしていた人間がいたらしい……』
「それで彼らは政府には辺境星域を開発する意志なし、そう判断したという事ですか」

『まあそういうことじゃの』
「それが十年前……」
『そうじゃ、それ以後は要望書が政府に送られる事は無くなった」

また溜息が出た。爺さん、首を振ってる場合じゃないだろう。言ってみれば帝国は辺境を見捨てたと言って良い。そしてそのことを辺境も理解した。良くまあ、辺境星域で反乱が起きなかったもんだ。起すだけの金が無かったか……。

原作で同盟軍が攻めてきた時に辺境星域が歓迎したのも良く分かる。家族を戦争で同盟に殺された人間もいただろう、あそこまで同盟軍を歓迎するのは何でだろうと思っていたがそういう事か。辺境星域にしてみれば同盟よりも帝国政府のほうが憎かったという事か。

クラインゲルト子爵が残ったのも領民がどうこうよりも政府なんか信じていなかったからだろう。今更政府なんか頼れるかと思ったに違いない。その上焦土作戦だ、リップシュタット戦役で辺境星域が荒れるはずだよ。まったく辺境星域は踏んだり蹴ったりだ。

まあ辺境星域が政府に対して不信感を持つのは分かった。しかし何で俺に来る?
「辺境星域が政府に対して不信感を持つのは理解しました。ですがリヒターやブラッケは改革派として知られています。辺境星域は何故彼らまで拒否するのでしょう。私に要望書を出すより彼らに出したほうが良いでしょうに」

『まあそういうな、改革を言い出したのは卿じゃ。連中にしてみれば他の誰よりも卿の方が信じられるという事じゃろう』
褒め言葉になっていない。逆に言えば、今度は彼らの期待を裏切れないという事じゃないか。全く碌でもない。

「協力はしてくれるのでしょうね。今度は失敗は出来ませんよ」
『もちろんじゃ、ブラッケやリヒター達も皆協力は惜しまん。安心するが良い……』
嬉しそうに言うな、厄介な問題は直ぐに俺に押し付ける事ばかり考える。まったく碌でもない爺さんだ。

『何時頃オーディンに戻る?』
「そうですね、後二週間ほどかかると思います」
艦隊は今ヴィーレンシュタイン星系を抜けシャンタウ星系に向かっている。そこからフレイアに出てヴァルハラ星系だ。そのくらいはかかるだろう。

『戻ったら結婚式か。準備は順調かの』
「準備なんて何もしていませんよ。毎日問い合わせがうんざりするほど来るんです。宇宙艦隊はメルカッツ提督が有る程度抑えてくれていますが、ブラッケ、リヒター、ブルックドルフ、グルック……。それに憲兵隊に帝国広域捜査局……。オーディンに戻ったら彼らに捕まって身動きが出来なくなるのは眼に見えています、そんな暇は有りません」

リヒテンラーデ侯が笑いだした。
『大変じゃの、憲兵隊と帝国広域捜査局は仕方あるまいがブラッケ達は突き放してはどうじゃ』
「そうも行きません。辺境から要望書が届きますからね、彼らの機嫌を取っておかないと」

リヒテンラーデ侯の笑い声がさらに大きくなった。
「笑い事じゃありません。誰のせいだと思っているんです。みんなこれまでの政府のつけを払っているんですよ。捕虜も戻ってきますから艦隊の再編もしなければなりません。この上結婚式の準備なんて出来るわけが無い」

このまま式は無し、そういう具合には行かないだろうか。難しいよな、ユスティーナも式は挙げたいだろうし、ミュッケンベルガーもそれは同じ思いだろう。
『なるほどの、では少し手伝うとするか』

スクリーンに映るリヒテンラーデ侯が嬉しそうな顔をした。いかん、この爺様に任せたら何を始めるか分からん。
「それには及びません。自分でやります」

『派手にやるなというのじゃろう。案ずるな、ミュッケンベルガーと相談して決めるからの、それなら良かろう』
式は無しというのは出来ない、となれば誰かに任せれば楽なのは事実だ。しかしこの爺様とミュッケンベルガー?

まともな結婚式の準備なんて出来るのだろうか? 大体この二人が結婚式を挙げたのなんて半世紀近く前の事だ。参考にはならんだろう、しかし……。

「……出席者は身近な人だけにしてください。それと最終的な決定権はユスティーナが持つという事なら」
『もちろんじゃ。こういうのは新婦の意見を優先するものじゃからの』

ちょっと心配だが、ユスティーナは控えめな性格だし、彼女の言う事ならミュッケンベルガーも無視は出来ないだろう。それに俺はこういうのは苦手だ。結局はユスティーナに任せる事になる、それならこれでも同じだ。

「……では御願いします」
『おお、そうか。では早速取り掛かるとするかの、ミュッケンベルガーに相談するか』
一瞬だがこの爺様に頼んだ事を後悔した。……大丈夫だ、ユスティーナが抑えてくれる。多分、大丈夫のはずだ……。



帝国暦 489年 1月31日  オーディン 新無憂宮 クラウス・フォン・リヒテンラーデ



結婚式は盛大にやらねばの、陛下のご希望でもある。ユスティーナに最終決定権を持たせるなど、考えたつもりかもしれんが小娘一人言いくるめんで国務尚書が務まると思ったか……。

ミュッケンベルガーとて娘の晴れ姿を豪勢にしてやりたいと思うのは親の情というものじゃろう。ましてあれは養女じゃからの、親は余計に豪勢にしてやりたいと思うじゃろうし、娘は父親の言う事には逆らえまい。

フフフ、甘いのヴァレンシュタイン。卿は肝心なところで甘いのじゃ。これを機にその甘さを叩きなおしてやる。一生に一度の晴れ舞台でそのことをしっかりと学ぶと良い。

先ずは会場じゃの、これはもう決まっておる。黒真珠の間じゃ。地球教などという善からぬ輩がおるからの、民間のホテルなどでは危ない。そう言えばヴァレンシュタインも文句は言えまい。

出席者は軍は大将以上は必須じゃな、政府関係者は各省の長、次官と言ったところか。後はヴァレンシュタインとの親密さで判断するかの。ああ、それと皇族の方々にも出席してもらわなければならんし、辺境星域の貴族達も呼ばねばの。帝国は内乱があったが今は一つに団結しているという事を内外に示さねばならん。

辺境星域の貴族達も呼ばれれば喜ぶであろうし、ヴァレンシュタインが如何に陛下の信任を得ているかという証拠を自らの目で確かめる事になる。改革がおざなりになる事は無いと安心するじゃろう。これはただの結婚式ではない、国家の一大プロジェクトなのじゃ。ヴァレンシュタインには納得してもらわねばの。

式の様子は放送させるとしよう。それも帝国内だけではなくフェザーン、同盟にもじゃ。当然だが放映料は頂く。せいぜい吹っ掛けてやる。なんと言っても主賓は陛下じゃからの。陛下が結婚式で祝辞を述べるなど帝国始まって以来の事じゃ。ヴァレンシュタインは嫌がるじゃろうが、放映料は辺境星域開発の資金に充てると言えば文句は言えまい。そのために参列者を多くしたといえばそれにも文句は言えぬはずじゃ。

楽しいの、どんどん良い案が出てくる。後は衣装と料理、それに式次第じゃが、これは宮内省にやらせよう。連中はこの間の内乱では大失態をしておるからの。此処で挽回せいと言えば必死になるじゃろう。典礼省のように潰されたくはあるまい。

さてと、とりあえずは一度陛下にご報告に行くか。あ奴に仕事を押し付けててんてこ舞いにし、式の準備はこちらで行なうと持ちかける……。真にお見事な策よ、陛下の御深謀の前にはヴァレンシュタインも赤子のようなものじゃの……。



 
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