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エターナルトラベラー

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外伝 ダンまち編 その3

 
前書き
新年あけましておめでとうございます。 

 
並ぶ街並みは石を積み上げた石造りの建物。街には荷馬車が当然のように走り、商店街だろうか。市場のような通りに様々な商品をならべ、客を呼ぶ声がひっきりなしに飛んでいる。

歪なのはそのような街の中心に摩天楼の如く聳え立つ巨塔が異彩を放ち、さらにはそこへ向かって歩いていく人々の格好は中世でもお目にかかれないほどに多種多様な武器防具を身につけた荒くれ者たち。

冒険者と言うらしい。

さらに街を見渡せば数多くの亜人(デミヒューマン)が普通に闊歩しているのが確認できる。

「まぁ、そんな情報を元に考えると、完璧に…異世界…」

「ええええっ!?」

「デェスっ!?」

「きりちゃん、うるさい」

少女のため息と共に呟いた言葉にその隣に居た少女達が絶叫を上げる。

異国情緒というよりも中世から進歩していない街並みの壊れかけた石造りの隘路(あいろ)にたたずむのは三人の少女と一人の青年。

「バビロニアの宝物庫の内部を整理していた時に見つけた怪しげな装置、まぁアレが原因だろうね」

と青年。アオが言う。

「きりちゃん…」

調が隣に居た切歌に冷たい視線を送る。

「あはははは…面目ないデェス…」

どうやら静止の声も聞かずにその何かの装置を起動した下手人であるらしい。

「どどど、どうすれば…か、帰れるんだよねっ!?」

声を上げたのは響だ。響は見上げるようにアオを向く。

「まぁ、こう言うのには慣れてる。悲しいけどね。だから、時間をかければ帰れるよ。…ただ」

ただ、とアオは声を一旦切る。

「ただ?」

と響が問い返し、それに催促されるようにアオは答えを返した。

「未来やクリス、翼やマリアも多分この世界に飛ばされている。彼女達を見つけなければ…」

「でも、それこそどうやって?」

と調

「まぁ、それも何とかするよ」

とアオが言う。

「ただ、今はまだこの世界には居ないみたいだけどね」

アオ達から距離が遠かったから恐らく時間を置いてこの世界に飛ばされてくるだろう、と言うのがアオの見解だ。

まず彼女達を見つけ出し、その後帰還。

『お……と…………さ……』

「ん…?」

アオは何かを感じ取ったように視線を彷徨わせる。

その視線の向かった先には白亜の巨塔が見てとれた。

(いや、そっちじゃない…もっと…下?)

視線を地面に向かわせる。しかし…

「気のせい…か?」

「それで、どうするのっ!?どどど、これから、どうしたらっ!?」

と響が慌てている。

「それに、アオさんやミライちゃんはいつの間にか言葉を覚えちゃってるけど、わたし達は何を言っているかさっぱりだし…」

「わたし達、この世界のお金を持ってませんし…」

「このままじゃ飢え死にデェス…」

そう調と切歌も追従する。

くーと可愛い腹の音も聞こえてくる。

「手っ取り早いのはダンジョンに潜る事」

ダンジョンのモンスターを打ち倒しそのモンスターの中から摘出される魔石と言われる鉱石。それをギルドに持っていくと買い取ってもらえるらしい。純度や大きさで買い取り価格は変わるようだが、それでも自分の命をベットする分実入りは良いらしい。

「でででで…でもっ!あ、危ないんじゃないかなっ!?」

「まぁ、その分稼ぎは良いらしいし?それに」

「それに…?」

「ダンジョンに潜ってみたい自分が居るよ」

「どうしてですか?」

と調。

「そうだな…理由と言うほどのものもないんだけど…そうだな…こんな時俺の知っている彼女なら多分…」

そう言って一度言葉を切ると、偶然傍を通りかかった猫人族(キャットピープル)の女性の声と重なった。

「「だって、ダンジョンだから(ですよっ!)。潜らないなんて選択肢は無いっ!(ですよねっ!)」とか言いそうかな?」

「「…え?」」

重なった言葉に驚き視線を交差させる、その一瞬前。

アオは引っ込んで彼の内側で眠っていた彼女と入れ替わる。

「ミライ…ちゃん?」

響が怪訝な声を上げる。

ミライとぶつかった視線の先には二人の猫人族(キャットピープル)

その二人の視線がミライへと向かい…

「ん?」

「…あれ?」

スッと、比べて長身の少女の目が細められる。

ミライは内心で滝の様に汗をかいていた。

ススーとその少女の腕がミライに伸ばされたところで、響達がインターセプト。

「な、何ですかっ!」

「ミライさんに…」

「何か用があるデスか?」

「ミライ…ねぇ…」

「勘違い…ですかねぇ…」

長身の少女が言い、その隣の小柄の少女も追従するように呟く。

「いいえ、シリカ。私が見間違えるわけないじゃない」

「ソラちゃんがそう言うのなら間違いないはずですけど…はて」

「あなた…」

とソラと呼ばれた少女が何かを言いかけた瞬間、そのやり取りの後ろから強烈な勢いで迫る何者か。

「ふぇえええええん…アオくーーんっ」

「ぐもっ!」

ぎゅっとミライの細いウエストに飛び掛りつつ、ぎゅーっと抱きしめるか細い誰か。

首を回して確認するとそこには桃色の髪をツインテールにまとめた少女がしがみついている。

しかし、その美しいはずの顔は涙でべしゃべしゃ、目の下にはくっきりと隈が浮かび、来ている衣服はぼろぼろで、四肢には少なくない怪我が見えた。

「「「だれ?」」」

「「「…ママ?」」」

最初の言葉が響、調、切歌で、後ろの言葉がソラ、シリカそしてミライだった。

「ふぇーーん…よかった、よかったよぉ…ふえーん」

第三者の登場で場がさらに混沌と化し、逆に前の二組は冷静さを取り戻す。

とりあえずさらに路地の奥の少し開けた広場へと移動。鳴く少女をなだめすかしたのだが、どうしてミライから離れようとしない。

「さて、この期の及んで言い逃れは無しよ。アオ」

そうソラが言う。

「知り合い…なんですか?」

少し心配気味に響が問う。

「…久しぶりだね。ソラ」

観念したようにミライの口が開いた。それと同時に雰囲気が男っぽさを増す。

「何があったのよ?」

「掻い摘んで説明すると…」

と言ってここ数年の出来事をソラに話すアオ。

「へぇ」

う…ソラの視線が怖い。

「あなたは、私達と言うものがありながら、まぁた女の子を引っ掛けていたのね」

つんつんつんと人差し指で句読点の度に突かれ、たじろぐアオ。

「う…」

「さらにはエクリプスウィルスまで与えてっ!さらには権能の匂いがするのはどう言う事?」

「うぅ…」

「まぁまぁ、ソラちゃん…そこまでにしましょうよ」

「シリカ…」

シリカにたしなめられてソラも気持ちを切り替える。

「まぁ、不測の事態で私達がアオの傍に居れなかったみたいだし?多少は大目に見るとして、七人は多すぎじゃない?」

「ご、ごめんなさい…」

まぁいいわ、とソラ。

「まぁ、女の子の話は女の子同士で後でするとして…」

「うっ…アオさーん」

ジロリとソラに睨まれてたじろぐ響。

「問題は、アオの腰に抱きついて離れない彼女ね」

ソラのその言葉でみなの視線がそのピンクの神の少女に向けられた。

「彼女、人ではありませんね」

「人じゃない…?」

「どう言う事デス?」

シリカの言葉に調と切歌が問い返した。

「彼女は神様、ですよ?多分」

「アオくんアオくんアオくん」

「いい加減に正気に戻りなさい」

「あだっ!?」

ビシッと垂直にチョップを入れられ、少女はようやく正気を取り戻したようだ。

「アオくん…だよね?」

アオの顔を見て不安そうな表情で問いかける女神。

「確かに俺はアオであっているが…君は?」

「そんな、アオくんじゃ無いの…?でも自分の恩恵(ファルナ)を与えた相手は間違わない…でも…」

「そう言えばママって?」

響が三人とも彼女を見てママと呼んでいた事を思い出したようだ。

「そうだよ、アオくん私の事ママって呼んだっ」

「それは…昔、それこそ気が遠くなるほど昔。出会った女神が呼べとせがむから、ね」

「女神パンドラ…」

「…懐かしいですね」

アオの言葉にソラとシリカも言葉を発した。

「うん、私がパンドラだよっ!やっぱりアオくんだよねっ」

抱きっ!

「「「は?」」」

その後幾つか質問する。

この世界は神様が人間の傍まで降りてきて生活していると言う。

そして神様は気に入った人間に恩恵(ファルナ)を与え、その見返りに養ってもらっていると言う。

で、彼女の話では、彼女の眷属にアオと言う人物が居て、少し前からその存在が消えうせてしまったそうだ。

それで必死に探していた所にこのアオに出会ったと言う事らしい。

「どう言う事?」

代表して質問したソラの言葉に皆の視線がアオへと集まる。

「さあ?…ただ、自分の中に何か変なしこり?が有るのは確かだよ」

ほんの些細な事で、注意しなければ分らないけれど、とアオ。

「ねえ、パンドラ。本当にあなたの恩恵はこのアオから感じられるの?」

「う、うん…間違いないよ。私の恩恵は確かにこの子から感じるから」

私が恩恵を与えたのは過去にはアオくん一人だけだからね、とパンドラが言う。

「それを証明できるのは」

「あるデスか?」

そう調と切歌が問いかけた。

「う、うん…背中を見せて。私の(イコル)に反応してステイタスが浮かび上がるはずだよ」

言われてパンドラは答えた。

「ステイタス…ねぇ」




誰の人の目の入らない裏路じにて、アオは上半身の服を脱ぎパンドラに背中を向けた。

じーっ

「何?」

「あ、ああのっ!!な、なんでもっ!み…見てないからっ」

響は両手でその顔を隠すが、開かれた手のひらからはしっかりその視線が注がれていた。

「あら、新鮮ね」

「そうですね…」

ソラとシリカがなんか複雑そうな表情で呟く。調と切歌も響と似たような反応だった。

「はいっと」

すぅっとアオの背中にステイタスが浮かび上がるが…

「何…これ…文字化け…?それに…この神力(アルカナム)は…?」

浮かび上がったステイタス。しかし半分以上が文字が乱れて読み取れなかった。

「どう言う事?」

とソラが呟く。

「さあ?ただ、混ざった…と言った所かな」

そうアオが答えた。

「まざった?」

シリカが独り言の様にもらすが、その表情は心配そうだ。

「大丈夫なの?」

ソラが聞く。

「まぁ、特に変調を感じない。むしろスキルが増えているくらいだ。これはソラも経験が有るだろう?」

「それは、まぁ…」

いつの間にか知らないスキルが増えている事が過去に数度あった。今回の事もそれの一旦。つまり、この女神の知り合いのアオと言う人物はたぶん…



落ち着ける場所をと、パンドラのクランホームの天道宮へと案内されたアオ達。

「く、空中庭園っ!!」

「すごい…」

「…デェス」

「シンプルだけど」

「綺麗なところですね」

「ああ、綺麗だ」

島が浮いている事実に驚く響、調、切歌とは対照的にその浮いているという事象よりその優美さに感情を動かす後者の三人は、やはり生きてきた時間の差だろうか。

ガチャリと優美なドアが開かれてパンドラが中に入っていくと、中から数人の声が聞こえてきた。

「あれ、君達…?」

話しかけるパンドラの声は気安い。

「女神パンドラ、俺達はもう一度ダンジョンへと探しに行って来るよ」

「ああ、彼を見つけるまで、何度でもな」

と四人いた男達からは並々ならぬ決意を感じさせる声色が反響する。

「あっ、ちょっと待って…紹介したい人達がいるの」

「紹介…?」

まるでそんな事にかかずらっている暇は無いとばかりに声色が強張る。

「アオくーん、入ってきて」

パンドラに呼ばれ、ソラ達と視線を合わせると仕方なく先頭で入室する。

「はじめまし……ん?」

ぐるりと見渡してアオが首をかしげる。

何か見覚えがあるような…?

「アオ…だと?」

その彼らがわなわな震えていた。まるで古傷が痛むかのように。

「行こう、団長。今はこんな事をしている場合じゃない」

「そうだな、ミィタ」

そう言って彼らは入室する彼らを無視しようとして…

「え、何で深板達がここにいるの?」

「「「「へ?」」」」

厳しい顔は一変間抜けな顔に。

「あ、本当です。この感じは確かに団長達ですね」

と言って遅れて入室したシリカも言った。

「シリカもそう感じたか」

ならば間違いは無いだろう、とアオ。

「アオ?…シリカ…?もしかして…」

「もしかしてアオさんなのかっ!!」

ドッと部屋が沸いた。

「え、なに?何なの?」

さらに遅れて入ってきた響達には何の事かついていけず困惑するばかりだった。



紹介された団長、ミィタ、フィアット、月光は、久しぶりに会ったアオの現状を聞き顔をしかめる。

「じゃあ何か?アオさんの中に俺達が知っているアオが居るって事なのか?」

と団長が聞く。

「恐らくね。根本は同体なのだから、影分身を解いたと言う感覚、と言えば一番分りやすいだろうか」

「全く分らん」

と月光がいう。

「俺もそうじゃないかと言うだけで、確信が有るわけじゃないから確かな事は言えないよ」

起こった現象以上の事は分らないと告げるアオ。

「と言う事は、言い方は悪いがもう探すだけ無駄…か…」

とフィアットが呟く。

「あいつが消えて二ヶ月。…そろそろ引きずるのもやめる時期なのかもしれないな」

「ああ、しかもこの現実は…悲しいけれど…何も分らないままになっていたよりずっといい」

ミィタと月光も言う。

「それで、アオさん…後ろの方々は?」

団長が代表して質問し、話題を変えた。

「ん、ああ。シリカとソラは知っているか」

コクリと頷く団長ら面々。

「それじゃあ後は…」

そう言ってアオは響、調、切歌と紹介する。

「こんのぉっ!」

「節操なしがっ!」

「天っ!」

「誅っ!!」

「はやっ!?」

ガタンとイスを立ち上がったかと思えば目にも留まらないスピードで団長達がアオを殴り飛ばす。

真後ろのドアをぶち抜いて中庭へ飛ばされたアオへさらに追撃をする四人。

「全く、いつもいつもっ!」

「今度はシンフォギアかっ!」

「絶唱するのかこんちくしょうっ!と言うかもしかして絶唱しちゃうのかっ!!お前がっ!」

「うわー、聞きたいような聞きたくないような?」

「あたた、ちょ、まっ…ねえ、本当に痛いんだけど…ミィタ達すごく強くなってない?と言うか念能力?みたいなの使えてるしっ!」

「その、俺達のっ!」

「本気の攻撃がちょっと痛い程度ってどう言う事っ!!?」

「俺達、これでもこの世界じゃ最強クラスなんだけどっ!!?」

ワイのワイのと繰り出される攻撃をアオは難なくいなして好きなだけ殴られていた。

「そりゃあ、神様も殺したことが有るからねぇ」

「カンピオーネだとぉっ!?」

「何たる理不尽っ!」

ガシッと攻撃が効かないとなると四人はアオの肩を掴んで押さえつけた。

「ちょっとお話、聞かせてもらえるかな?」

ミィタの顔が凄みを増して、アオは首を縦に振らざるを得ない迫力だった。



……

………

「はぁ…そんな壮絶な経験をしていたとはね」

団長が呆れ顔で言う。

「神を殺してカンピオーネになって…インフィニットストラトス?」

「生まれ変わるつなぎに英霊として召喚?」

「しかも五次から四次を経験して、カレイドだと…」

「ドッグデイズの世界でのんびりしていたかと思ったらまさか忍界大戦に呼び出されて十尾を封印?輪廻写輪眼は?」

「あー…あはは…」

あれかな…ぐるぐるした同心円に巴が浮かぶあの魔眼。

「で、言わなかったvivid、force、にしっかり巻き込まれて?」

「今度は一人でシンフォギアの世界?」

「「「「なにやってるの…」」」」

団長ら四人は呆れ顔で疲れた表情を浮かばせた。

「しかしシンフォギアを知っているんだ?」

「知っている。けど俺達はアオさんに何も語らない」

「どうして?」

「そこでしっかりと生きているじゃん」

とミィタが言った。

「なるほど…そうだね」

そこに居る。ならそこで取捨選択した自分の行動には責任を持たなくてはならない、と言いたいのだろう。

「で、アオさんはどうしてこの世界に?」

「あー…ちょっとバビロニアの宝物庫を整理していた時にトラブルが…」

「え?バビロニアの宝物庫、健在なの?一兆の爆発で吹っ飛んだんじゃ?」

「いや?」

「ま、アオさんだものね」

「ああ」

「そうだな…」

「アオさんだからだな」

「おいっ!」

それで納得されるのはどうなんだ?

「まぁ、いいや。アオさん達は帰れるの?」

とフィアットが言う。

「まぁ何とかね。その前に多分飛ばされてくるだろう翼たちを回収してからになるんだけど…」

「なんだ、歯切れが悪いな」

ミィタが問う。

「ちょっと、そのダンジョン?の下の方から呼ばれている気がするんだ」

と言ったアオの言葉に四人は神妙な顔つきを浮かばせる。

「あの時のアイツは様子がおかしかった。アオさんの中に眠るアイツがそうさせてるのか、もしくはアオと言う人物に因縁が有るのか…分らないが」

きっとあの時のアオには何かの因縁があったのだろう。

「そう言えば、ミィタ達のその強さは?」

「ああ、これな」

そうして聞くと、神から恩恵を与えられ、レベルを上げていくと人間離れした力を得られると言う事だ。

しかし、それを聞いてアオが考察すれば、それはカンピオーネ誕生の儀式に似ている、と言う事だ。

後者が神を倒して一気に存在の階位を引き上げるのに対して、前者は少しずつ神の力になじませて成長させている。

そして恐らく行き着く所はどちらも同じ。

話し合いから戻ったアオはソファにうつぶせで倒れる響、調、切歌の三人と、その背中に跨るパンドラだった。

「何やってるの?」

と、それらを見守っていたソラとシリカに尋ねる。

「あなたが向こうに行ってから、こっちはこっちで話し合いしたのよ」

「へぇ」

そうなの?とシリカに視線を飛ばせば「はい」と返って来た。

女同士の話し合い…あまり想像したくない。まぁ、響はわりとさっぱりとした性格だし、調と切歌を含めてもそこまでこじれないとは思うのだが…

「シンフォギア、なんて面白い力が使えるって言うじゃない?だったらどの程度なのかと手合わせをね」

ああ、意識の端で封時結界が張られたのは知っていたけど、なるほど。

「それで?」

「ソラちゃん…強かったよぉ…」

「全く相手にもならなかったデス…」

「アオさんが目の前に居るみたいだった…」

ああ、負けたのね…

「それは仕方ない。俺とソラは習得技術が似通っていてね。そりゃ勝てないだろう…」

「ううぅ…」

「それで?パンドラは何やってるの?」

「聞けば恩恵(ファルナ)を与えて人間の強化が出来るらしいじゃない?そしてアオもそう感じたと思うけどこれは…」

シリカが言葉を繋ぐ。

「カンピオーネを生み出す儀式と一緒なんじゃないかって思って」

「ああ、多分ね。しかし、それと今の状況は?」

と言ったアオにソラとシリカから突き刺さる視線。

「カンピオーネくらいの魂の位階にならないとあなたについていけないでしょ。あの娘たち、中々に強情よ?諦めろ、と言う私の言葉に最後まで頷かなかったわ」

「うっ…」

「だったら、丁度いい機会なので、ここで魂の位階を上げたほうが良いと思って。それに、アオさん教えていない事いっぱいありますよね?」

「ま、まぁ…シンフォギアに慣れてもらう事で精一杯だったし?」

「それも丁度いいから今の内に教えておこうと思って…まぁ、出来なければそれまでって事よね」

そんな事情でパンドラから恩恵を刻み込んでもらっているらしい。

「で、ソラ達は?」

「カンストしてるってさ」

「と言うか、刻めないらしいです」

なるほど。

「で、これからアオはどうするの?」

とソラが問いかけてきた。

「ちょっと…ダンジョンの奥で呼ばれている気がして」

「アオも?」

「ソラもなのか?…じゃぁやっぱり潜ってみるしかない、かな」

翼達を見つけ出してからだが。

「どうせ戻るときは出発した時間に戻るように術式を作ってあるのだし、ゆっくり行きましょう」

「それに。あの娘達の事もありますから」

「ああ、…そうだね」

そうソラとシリカに言われてアオも同意することにした。



……

………

「ダンジョンが目の前に有るというのに、なぜ俺はこうしてトラットリアなんてやっているんだ?」

そう店の厨房で独り言の様にぼやくのはアオだ。

そこは店の隣を買い取りミィタ達が改装したこじんまりとした…にしてはそこそこ広い飲食店舗。

「それはしょうがないですよ。響ちゃん達のレベルアップには時間がかかりますし、わたし達がついていっても安心感が生まれて成長は見込めないですし」

そうシリカも厨房で下ごしらえをしながら返答。

「まぁ、監視(ソルやルナ)はつけているんだし、大丈夫でしょう」

「まぁね…仕方ない。いっちょ頑張りますかね」

「こう言うのもひさびさで楽しいですしね」

「そうね」

アオの言葉にシリカとソラが続いた。



ダンジョン内部。第一層。

ダンジョンの中に足を踏み入れた響達。

現われたコボルトを順調に撃破し、そして…

「うっ…げほっ…ごほっ…」

盛大に吐いていた。

恩恵を貰った響達は、難なくモンスターを撃破出来るだけの力を得た。だが、彼女達は現代日本人だ。

戦う力を持っていたとして、今まで戦ってきたのは生きている感じのしないノイズだったりした訳だが、そこにきてこの生々しい惨状に早くも精神が参っていた。

空中を飛ぶルナからソラの声が響く。

『もうギブアップ?別にやめてもいいわ。でも、それなら彼を追う事を止めなさい』

「うぅ…どうして…そんな事を…言うの?」

『彼も…ううん、彼についていく私達も。進んで人を殺しはしないわ。でもね』

と一拍置いて言葉が続けられた。

『──殺した事が無いわけじゃないのよ?』

「…っ」

「くっ…」

「そんな…」

響達の息を呑む声が聞こえた。

「はは…なるほど…これがミライちゃん…ううんアオさんが背負ってきた世界のルールなんだ」

「響さん?」

「だって、アオさんって時々ものすごく現実的になる事があったじゃない」

「そうデスね。何かを得る為に何かを諦める選択が出来る人デス」

「うん…そうかも」

切歌と調も同意する。

「命を奪うのは恐ろしいよ。自分が今までどれだけ優しい戦いの中にいたのか突きつけられる」

「うん。こんなノイズなんかよりも全然脅威になりえない存在を殺しただけでわたし達はまいっている」

「でも、それが戦うと言う事の根底なら…私は…私達は受け入れて、乗り越えなきゃいけない」

そう言って響きは立ち上がる。

「膝が笑ってるデス」

「しょうがないよ。だってやっぱり怖いもの」

「うん、怖い。でもわたし達は進む」

「そうデスね」

そう言って調と切歌も立ち上がった。

『別に命を奪う事を慣れろとか、罪悪感を無くせとか言っている訳じゃないの』

「うん、分ってる。受け入れる。それだけ」

『…そう』

「行こうっ!」

「はい」

「はいなのデスっ!」

さて、再出発と意気込んだ所、前方からズタズタと地面を踏み鳴らし土煙を上げる勢いで走ってくる真っ赤な何か。

「もう次のモンスターデスかっ!!」

「ひぃっ!」

切歌が声を上げ、響は悲鳴を上げた。

「く…今度はアンデットだとでも言うのっ?」

それは全身を赤く染めた…

『ちょっと待ちなさい。それは人間よ』

とソラが今にも襲い掛かりそうになっていた調を止める。

ダダダダダっ!

その真っ赤な誰かは何かの衝動に突き動かされるようにダンジョンを上層へと駆け上がっていった。

「な、なに?」

「さあ?」

「でも。ダンジョンデスから…」

『ほら、奥からモンスターが来るかもしれないから警戒しなさい。逃げてきたと言う意味をすぐさま考える』

「は、はいっ!」

「うう、ソラちゃぁん。きびしぃよぉ」




……

………

「と言うか、まさか響達が念能力すらまだ使えないとは思わなかったわ…」

上層の探索を終えて帰ってくると夜は念の練習のようだ。

教えているのはソラとシリカで、なぜかアオはソラに怒られている。

「いや、だって…シンフォギアは強力で…そっちをまず慣らさなければ、と…」

「口答えしないっ!」

「はいぃ…」

「うわぁ、あのアオさんが言い負けている…」

「さすが正妻…」

「デェス」

「無駄口を叩いている暇が有るならきっちりと纏をしてください。まぁ、確かにシンフォギアは強力な能力ですけど。まだまだ自身の器に伸びしろがあります。まずは念能力、そして輝力。最後は食義と覚える事は山ほどありますよ。と言うかまず影分身を覚えていただかないと。その為にはまず纏くらいきちんと…」

シリカの話がループし始めた。

「何の事か分らないけど…」

「覚える事が山ほど有るって事だけは分った」

「先は遠いのデェス…」

とほほ、と響達がうなだれる視線の先。

「アオも相当なまっているわね。後で一緒に模擬戦するわよ」

「うぇぇ…」

ソラにこってりと絞られていた。





「ああうぅ…今日も疲れたよぉ…」

「響さん、もっとしゃんとしてください。そんな感じで帰るとソラさんの特訓がさらに…」

「過激さが増すデス…」

ダンジョンから戻った三人は店の置くの階段を上り天道宮へと渡る。

これから夜間の念修行になるのだが、今日は出迎えてくれる人物が…

「響」

「未来っ!?」

抱き寄る未来をしっかりと抱きとめた響。

「調、切歌」

「マリア」

「マリアっ」

マリアも調と切歌に走りよった。

「元気そうじゃねえか」

「アオもそう言っていただろう」

と翼とクリスも現われる。

「みんな…」

「全く知らない街並みを彷徨っていた所をアオに保護されてな」

説明を受けていたところだったと翼が言う。

「しっかし、訳わかんねー所だな」

クリスがこぼす。

「そう言えば、修行を見てもらっていると聞いているが」

「はい…ソラちゃんに見てもらっているんですが…それはもう、スパルタで…あぁ…翼さんも受けます?当然受けますよねっ!ね?」

「なんでそう必死なのだ」

「だぁって…一人より三人、三人より全員で…地獄を見ましょうっ!」

「へぇ」

「ひぃっ!!」

呟きを洩らしたのはソラで、悲鳴を上げたのは響だ。

「でも。その地獄の成果は出ているはずよ。新しく来た娘達と戦ってみたら?」

「はぁ?四対三だぜ?ほんの少しくらい修行した位じゃそうそう負けねーってんだ」

クリスが吼えて模擬戦を開始する流れに。



……

………

結果、ソファにうつぶせに倒れこむのは四人だ。

その背中にパンドラがイコルを垂らし恩恵を刻んでいく。

「ちょ、ちょっと見ねー間にこんなに差がつくものなのか?」

「それは…地獄の日々でしたから…」

クリスの言葉に調が返した。

「くっ…まさかこんな体たらくとは…この身は剣と鍛えてきたはずなのにっ」

「翼…彼女達はあのアオが持っている技術を習っていたのよ?そりゃこうなるのは当然」

マリアが言う。

「だがっ!」

「だから、私達もがんばりましょう」

「未来…そうか、そうだな…」

「そしてみんなであの悪魔(ソラ)を倒すのですっ」

「「…未来…?」」

「でも、女子力でも完全に負けてますよね、わたし達」

「し、調…」

「な、なんて事言いやがる…」

「そんな訳…無いはず…」

「みんな、現実を見ようよ…」

調の呟きにマリア、クリス、翼とおののき、響が突っ込んだ。

言われたソラとシリカはトラットリアの方で料理に励んでいた。

給仕はリルやリューなどクランに雇われていた店員さんだ。新しく出来た店だが、リピーターも多い。

少し高めでは有るが、アオ達が儲ける気が無い値段で新しいメニューを提供しているのだ。お金に余裕の有る冒険者は情報にも敏感で、なにより食にお金をかける冒険者も多く居る。

その為夜の営業は冒険者たちでごった返し…しかしそれでも美味しくなければ人は寄り付かない。

この繁盛具合が彼女らの料理の腕を保障していた。

「誰か一人でも女子力で彼女達に勝てる人は…」

そう言う響の言葉に、スっと皆の視線が反らされた。

「まだまだ道は遠いって事ね…」

マリアの呟きでその場は締められた。



カウンター席の端っこにシルの客引きにあった可愛そうな駆け出し冒険者に注文された料理を出し終えた頃、予約で入っていた団体客の集団が声を張り上げ始めた。

別に愉快な話ならば問題は無かったのだが…

その狼の耳を生やした青年は、先日見かけた駆け出しの少年をなじり始める。

それとなく耳に入る言葉を聴けば、自分達が下層で逃がしたモンスター…ミノタウロスがまさか上層の階段を駆け上がり、駆け出し冒険者が居る層まで逃走。そこで鉢合わせした駆け出しの冒険者は腰を抜かし、震え上がっていたとバカにしていた。

上級の冒険者には確かに笑い話だろう。

アオはすっとその一団に近寄ると言葉を発する。

「お客様。申し訳ありませんが、他のお客様もいらっしゃいますので」

「ああっ!?それが客に対する態度かってんだ、ええっ!」

「ベートっ!やめっ」

完全に悪酔いしている狼人(ウェアウルフ)の青年をそのファミリアの主神だろうか、神さまがたしなめる。

「だいたい、おめぇ、弱えやつを弱えと何が悪いっ!俺は弱えヤツが大嫌えなんだよっ」

「ああ、なるほど…君、典型的な『弱い犬ほど良く吠える』と言うアレなんですね。なるほど」

理解しました、とアオ。

「なんだとっ!たかが酒場の店員がっ、弱者の癖に吠えやがる」

「ベートっ!」

「ベート、もうやめよう?」

「流石に一般人を冒険者が手をあげるのはマズイし」

「ああん?ちっ」

掴み上げていたアオの胸倉を、舌打ちをして降ろそうとしたその時、アオはその彼の腕を掴む。

「ええっと、この彼。冒険者で言う所のどのくらいのレベルなの?」

「ああ、テメー俺の事を知らねぇってのかっ!てか手ぇ放せよっ!」

振り解こうとした彼の腕は、しかししっかり掴んだアオの腕を振り払う事は叶わず。

「俺の店で粋がる彼は何レベル?」

他のメンバーに問いかける。アオの雰囲気に呑まれてか返答が無い。

「レベル5…」

と、金髪金目の少女が答えた。

「へぇ、弱者をあざ笑うからどれほどかと思えば、ミィタ達よりも下か。これじゃ他人を笑えないと思うのだけど」

「ああ、俺様が弱ぇってのかよっ!」

「弱いよ。ミィタ達にすら敵わないだろうし、うーん…でもまあ条件をつければ響達よりは強いか?」

戦闘経験は響達よりも多そうだし、絶唱無しなら良い勝負となりそうだ。

「オメーただの店員じゃねぇなっ」

自分の腕が解かれない事にようやくアオが一般人では無いと悟ったようだ。しかしそれは彼の仲間も同様なようで、動揺が走っている。

レベル5のベートを押し留められるなら最低でもレベル5…もしかしたらそれ以上の…

しかし、それはおかしい。このオラリオに置いてレベルだけは公表されるべきものだから、高レベルの冒険者となればおのずと耳に入ってくるはずなのだ。

とは言え、ミィタ達も申告しない方向で隠していたしペナルティも…今はうるさく言えるほどミィタ達にギルドは頭が上がらない。

「アオー、忙しいからそんなのはさっさとつまみ出しちゃってよ」

「ああ、ごめんごめん。ソラ、今行くよ」

ブォンと店の外に投げ放つと、トビラは直前で風にでも吹かれたように開き、綺麗に店の外へと投げられるベート。

「くれぐれも他のお客様の迷惑にならないように。このような場です。会話を遮るものがございませんので、他者を貶めるような会話はお控えくださいね」

と言って他のメンバーに釘を刺し厨房へと戻ろうと踵を返したところに高速で振るわれる回し蹴り。

「上等だコラァっ!」

店の外から戻って来たベートが入りざまに勢いをつけて放ったのだ。

しかも店のドアをぶち壊し、客の居るテーブルを足蹴にして踏み壊しての登場である。

自分の(しろ)を壊されて流石のアオもイラついた。だが、自分で自分の店を壊すような事は控えたい。

『ストラグルバインド』

ビィンと虚空から光るチェーンが出現し空中でベートを捕縛、固定する。

「なっ!」

驚くベート。しかし驚きは彼だけでない。

「短文詠唱?」

「いや…無詠唱だと…?」

「あー、もう、忙しいって言うのにっ!しかもお店まで壊してっ!!」

ソラが若干キレ気味に現われると、その左手にはいつの間にか本が現われ、右手には短剣が握られていた。

「ソラ、それはちょっと…短慮…」

「あー、もううるさーいっ!」

と目にしたアオの静止を振り切るソラ。

その短剣は所々折れ曲がり実戦には耐えられないようなつくりをしている。

それはルールブレイカー。カレイドの用事を終えた時にはソラがアンリミテッドディクショナリーに食わせたカードからコピーした宝具だ。その効果は…

「ま、まさかっ!?」

ベートはその短剣を知っているのか必死にアオの拘束から逃げようともがくが、あらゆる強化を無効化しているストラグルバインドに捕まっていては抜け出せない。

「まってくれっ!」

ゆっくりとだが、流れる動きでベートに近づき今まさにその刃を突きつけようとしたソラに小人族の青年が横から声が掛ける。が、しかし…

「あ…」

「なっ!」

「うっそ…」

「わお…」

刃は止まらず、ベートの体を突き刺した。

「なっ!ぐああぁああああああっ!!」

体から、今まで溜めた経験値が抜けていく。体は急激に重たさを覚え、四肢からは力が抜けたよう。

「大げさな。死にはしないわよ。血も殆ど出てないじゃないの」

恩恵(ファルナ)ブレイク…なんであんたがその剣をもってるんや?」

赤いショートの髪の女神が問う。

「え?何、もしかしてこの剣を知っているの?」

「いまはうちが質問してるんやで?」

「あー、どうせミィタ達ね。彼らの情熱と…あと何か騒動があったわね…」

後で聞いておかないととソラはその女神と会話になっていない。

「それじゃぁ効果は分るわね。その状態でまだ吠えられるなら、あなたの心意気は買うわ。恩恵を貰いなおして頑張ってちょうだい?」

それと、とソラ。

「躾のなってない犬の飼い主も当店は入店をお断りしていますので」

ニッコリと笑って出て行けと告げるソラ。

ソラは笑いながら、しかし彼らに向けてだけ殺気を放つ。

ゾクゾクゾク…

ここに居るこのファミリア…ロキファミリアのメンバーは、少し前のフレイヤファミリアの解体に伴い名実共に最強のファミリアとなり、現状オラリオに集まる冒険者の頂点に立っている。…まぁファイリアとしては。

その幹部。レベル6が三人も集まり、ほかも大半がレベル5で、最低でもレベル4である団員の一団が、ソラの一括にすごまれてその身を震え上がらせている。

効果を知るルールブレイカーを警戒したのではない。

ただ分ってしまったのだ。目の前の猫人族の少女に自分達が束になっても敵わない、と。

先日の戦争遊戯の時のあの相手達(ミィタたち)は確かに強力だが、ちゃんと対抗策を考え、武器を用意すれば対等に戦えるだろう。だが、目の前の少女は違う。

敵わない。

神威をありのままに振るう神が目の前に居る様な感覚。

彼女のプレッシャーが止むのなら今にも頭を垂れて膝を屈したい。

しかし、レベル6であり、オラリオ最強のファミリアであるはずの自分達が主神の前で他者に膝を屈するなどと言う事が出来よう事も無い、と言う最後の自尊心が彼らの心を守っていた。

「あー、やめやめ。そんなに神力(アルカナム)をばら撒くなや。ルール違反やで、うちらならな」

赤神の女神が手を振って制した。

「ロキ、彼らは神なのかい?」

と小人族の青年、フィンが自身の主神であるロキに尋ねる。

「うちらの世界の神では無いな。うちらは下界に降りてくるにあたって神力(アルカナム)を使わないと言うルールを背負う。これはどんな悪神でもおんなじや。せやから、目の前のように神力を使えば強制送還されるはず、けどそれが起きていないと言うことはルール違反を起こしたか…」

一拍置いてロキが続ける。

「レベルを上げて神力を自分のものにしたか」

「バカなっ!」

「そんな事がっ!」

小人族の青年とエルフの女性が声を荒げる。

一応この二人は恩恵の最終到達地点が何処に有るか検討は着いているのだろう。

「質問には何も答えないわ。ここはみんなで楽しく料理を楽しむ場なの。そこに声を張り上げて他者をあざ笑うお客は要らないの。いい、今回は見逃してあげるけど、次やったら出入り禁止よ」

そこの狼はもう出入り禁止だけどね、と付け加えるソラ。

ベートはアオの拘束も解かれ床で呆然としている。

獣人であり、強さに敏感である分ソラの殺気をダイレクトに感じ入ったのだろう。腰が抜けている。恩恵もリセットされた分、抵抗するものが無かったのも理由かもしれない。

「さきほど、君が笑い話にしていた話なら、この状況でも君はその拳を振り上げるだろう」

アオの言葉に、しかしベートはソラの殺気に飲まれてしまっている。

「くそ、くっそーーーーーっ!ああああああっ」

拳を振り上げるはずのその体は、しかし全速力で店の外へと走り去っていった。

「ちょ、ベードっ!まちっ」

「あのバカ…」

「あ、ちょっと、置いてかないでください…っ!…あ、あの…お、…お金はここに置いておきます」

一番歳若いエルフの少女が料金をテーブルに置くと最後尾で店を出て行った。

「あー、おなかへったよぉ」

そんな喧騒が過ぎた頃、階段の上から現われる響達一行。

「え、何か有った?」

「なにか、空気が重いような?」

響と未来が呟き、他のメンバーもソラから漂う空気の違いに戸惑っている。

「いいえ、なんでもないわ。あなた達もさっさとご飯にしなさい」

雰囲気をガラリと変えるとソラは踵を返し、アオを引きずって厨房へと戻っていった。







星黎殿で星空を見上げながらアオは寝転んでいる。

「心ここにあらず、って感じだけど?」

いつの間にか隣で寝そべっていたソラが問いかけた。

「…バレたか。ソラにはなかなか隠し事できないな」

「そりゃね。私が一番アオとの付き合い、長いもの」

すぅっと星黎殿に風が通り過ぎた。

「ダンジョン?」

「ああ。何かに呼ばれてる感覚がずっと続いている」

「そう…」

と言って一度言葉を切ると続けた。

「私もだよ」

「ソラ…?」

ソラはおもむろにアンリミテッド・ディクショナリーを顕現させページをめくりアオへと見せる。

「それは…」

「今のアオなら分るでしょ?」

「ああ。俺達が経験した前世には無かった魔法だな」

「そう。そしてあなたではないあなたが団長達に教えた魔法…つまり…」

「俺とソラの…俺達じゃない俺らが関係している、か」

「それで、アオはどうするの?」

「いつもソラはそれだね…重要な事柄は俺に聞いて来る」

「うん、それが私だもの。月は太陽を反射させるのよ」

「……やっぱり、行ってみるよ」

「そう…それじゃあこっちも頑張らないとね」

「……お手柔らかにしてやってね」

「どうしようかしら?私が居ない事を良い事に好き勝手する娘達よ?」

そう言ってソラはクスクス笑った。


変わって響達は今日はシリカに訓練をつけて貰っているようだ。

「たはぁ…お、終わった…のか?」

「立花達はこんな修行を毎日の様に…?」

「これは確かに…」

「鬼のシゴキ…」

「あー、そんな事言わないほうが良いよ。シリカちゃんはまだ優しい方だからっ!」

「そうデスっ!ソラちゃんなんて、もう悪魔も尻尾巻いて逃げ出すレベルですっ」

「ほっほう…そんな風に思ってたんだ、切歌…ふふふっ」

「ぎゃーーーーーーっ!」

アオの所から戻ったソラがタイミングよく切歌の話を聞いていた。

「明日からはもっとあなたに合う様にメニューを考えるわね」

「ニッコリ笑って…あああ、もうわたしはダメかも知れないデス…調…骨はきちんと拾って欲しいのデス」

「きりちゃん…」

「大丈夫よ。殺すような事、潰れるような事はしないから。ふふふ」

「「きゃーーーーーっ!!」」



「毎日毎日毎日…ダンジョン行って修行、ダンジョン行って修行…もう、ダンジョンあーきーたー」

「ええっ!響ちゃんダンジョン、良いじゃないですかっ!」

「と言うか、シリカちゃんはどうしてそんなにダンジョン好きなの?」

「そりゃあ…ダンジョンがあたしの心象風景の一部になっているくらいですからね」

「はぁ?なんだそりゃ、心象風景?」

「心象風景。心に深く刻まれる風景の事だな」

「センパイ、そんな説明が聞きてー訳じゃねーんだよっ!なんでダンジョンなのかってー事っ」

クリスの言葉に律儀に説明した翼だが、そうじゃないとクリスは言う。

「それは…子供の頃…ううん、一番初めの覚えている人生で一番強烈な、そして精一杯生きた日々。それがあたしの原風景だから」

「おー、シリカちゃんもまだあの出来事は忘れられないか」

「げっ!てめーらっ!」

団長達四人の登場に苦手意識の有るクリスが引いた。別にクリスは彼らの事を嫌っているわけじゃない。ただちょっと彼らの情熱が苦手なだけだった。

…模擬戦でまだ彼らに勝った事がない事も尾を引いているかもしれない。

「話の流れからするにあなた方も同じ体験をしているのですか?」

翼が問う。

「まぁね。うん、確かに俺達の戦い方の基本はあそこにあるな。剣技(ソードスキル)が良い例か」

「アオに言わせればソードスキルはもはや俺達四人の念能力、と言う事になるらしいしな」

ミィタとフィアットが答えた。

「で、あたしの場合、それが占めるウェイトが大きかったんですね。念を覚えても、権能を奪っても。出来る事は増えましたが、結局一つの能力しか使えません。アオさんやソラちゃんみたいに多くの権能は使えないんです」

「また権能か…確かにアオに分けてもらって使ってみて強力なのは分るが…一つしか使えないとは?」

「シリカの場合、俺達が此個々に使える分を一つに集約していると言う事。決して弱いと言う訳じゃない。寧ろ…」

「ええ。出来ればシリカとは戦いたく無いわね」

話を聞きつけたアオとソラが答えた。

「アオさん達でも勝てないって事ですか?」

と響。

「俺やソラは反し方を知っているから、抵抗できるけど…初見じゃ…ううん、初見じゃなくても普通は対抗のしようも無い理不尽な世界」

「アオを持ってしてそうまで言わせる能力」

「ちょっと見てみたいかもデス」

「ちょっときりちゃんっ」

マリア、切歌、調が言う。

「あら、丁度いいわ。シリカ、ちょっと彼女達に灸を据えてやって。この頃たるみ気味だから」

「ソラちゃん…」

「ちょ、まっ!たるんでない、たるんでないよぅっ!!日々一生懸命修行に打ち込んで…」

「まぁ、いいかな?」

「ちょおっと!シリカちゃぁああんっ!」

響が慌てて止めに入るが既に遅い。

シリカの足元から突風が舞ったかと思うと、風景は一変した。

「なっ」

「なっ…」

「なんぞーっ!」

「何処よ、ここは」

「転移してきた?と言うわけでもなさそうね」

遠くには巨大な木が聳え立ち、四方は海に囲まれた島。

そして空中に浮かぶのは巨大な鉄と岩の塊。

「浮遊城…」

「アイン…」

「…クラッド…」

ミィタ達の瞳には懐かしさからか涙が浮かんでいた。

「もしかしてシリカちゃんの能力って心象風景の具現化…固有結界って事?」

と団長が問うた。

「そうですね。分類的には固有結界になるでしょうか」

「それもアインクラッドどころか、アルヴヘイムすら作り上げるほどの…」

「え?ちょっとまって…ここが固有結界内と言う事は…もしかして、Mobなんかは…?」

「当然…存在しますよ?」

ボコリと地面を突き破るように現われる巨大なドクロの怪物。

「おいおいおい、何の冗談だ、これはっ!!」

「く、クリス、落ち着いてっ」

「そう言う未来も慌てているではないか」

「そうだよね、あのアオさんに着いて行く人が普通な訳が無い…」

「ちょっと調、なに悟ってるデスかっ!」

「このモンスターは…あたしの死の恐怖の体現。だから…」

ついに現われた上半身は人間の骨だが下半身はムカデのような骨の集合体。ザ・スカルリーパー。

「ハンパ無い、ですよ?」

倒して見せろ、と言うシリカ。しかしその巨体とその容貌のおどろおどろしさに響達の足はすくんでいた。

振り上げられた大鎌。

「おおおおおっ!」

一番最初に動き出したのは盾役の月光だ。彼は臆さずに盾を構えてその大鎌を受け止めた。

「ナイス、月光。それじゃあ俺らも行くかっ!」

「おおっ」

「アイツばかりに良い格好はさせないぜっ!」

口々に言うと掛けて行くミィタ達。

「出遅れてしまったわね」

「ああ。これ以上遅れは取れない」

と言うとマリア、翼とギアをまとってかけて行った。

「ちょっと、二人とも」

「待つデスよ」

「あああ、調ちゃん、切歌ちゃん…あーもうっ!」

「後輩に先を越されちまったが…あたしも行くかっ!」

「響、クリス。あー、もうどうにでもなれっ」

ミィタ達の宝具、響達のシンフォギアの力はすさまじく、猛威を振るったスカルーパーは討滅され光の粒子と消えていった。

「やいテメー。テメーはそこで見ているだけなのかよっ」

クリスがシリカに噛み付く。

「まぁ、そうですね。あたしの場合、武技の強弱はなくて能力特化型なので、基本的に技を放つと言う事はありません。だから、基本的に技の打ち合い、火力のぶつけ合いではあたしはアオさん達には敵いません。だけど…」

「だけど、なんだよ」

「ここはあたしの世界です。ここはあたしがルールそのもの。だから…」

すっとシリカの左手が宙を上下したかと思うとクリス達に変化が現われた。

「え?」

「なに…」

「なんで…?」

慌てふためくクリス達シンフォギア装者。

「シンフォギアを禁止しました。もうこの世界でシンフォギアを纏う事は出来ません」

「なっ!?」

「そんな事が可能なのかっ!?」

「なんて…理不尽…」

響も翼さえも驚いていた。

「それが彼女の…理不尽な世界(ゲームマスター)の能力。彼女も言ったろう?ここでは自分がルールだと。この世界に入った時点でこちらに勝機は殆ど無い。彼女の能力に気がつくのが遅ければ遅いほど、気がついた時にはもはや手遅れ。そう言う能力なんだよ」

そうアオが説明する。

「無敵じゃねぇかっ!」

「まぁね」

「倒す事は叶わないのか?」

「だから戦いたくないと言ったんだ…」

アオが嘆息。自身の能力に因らない攻撃力…それも簡易な物があればもしかしたら倒せるかもしれないが…そう、ボタン一つで爆発する仕掛けの原爆とかそう言う物だ。

「能力型の術者は厄介だ。気がついた時にはもう手遅れになっている場合が殆どだからね」

「じゃあどう戦えってんだっ」

「アオならどうする?」

「そうだなぁ…シリカの場合極めつけだ。この期に及んでは流石に俺でも覆すのは不可能。もう諦めるしかないかなぁ…ただ、シリカじゃ無ければとりあえず逃げるかな」

初見の技や能力なら通じるかもしれないが、シリカもアオの事は知っているし、アオもシリカの事を知っている。この状態ではアオに勝ち目はほぼ無い。

「なるほど…ここまで差が有るものなのか、我らが目指す頂には…」


「シリカちゃん、あのアインクラッドって中はどうなってるの?」

「団長さん。そうですね…中は当時のままですよ」

「え?NPCとかは?」

「ミィタさん。…えっと、最初はほんの少しのスペース…自分の円が届くほどの世界で具現化する能力だったのですが…慣れや権能を得た事で拡張。今はこの通りの広さで、あの懐かしい世界そのものと言った感じです」

「え、じゃあもしかしてこの中に引き篭れば無敵?」

「バカか、フィアット。これほどの能力だ。維持にバカにならない量の力を消費するはずだ。だから、この手の能力は持久戦に持ち込み相手のスタミナ切れを待つのが上等策だ」

と月光。

「あー…」

「なに?シリカちゃん」

「あのですね…言い難いのですが…この世界は前払い形式で、作った後の維持には代償を必要としません。まぁ?あたしが居なくなったり、閉じようと思えばなくなるのですが…」

「それ以外は何のペナルティも無く存在し続ける?」

「え?何、そのチート能力…」

「アオさんも大概だけど、その彼に能力系最強と言われるのは納得だ…まさにチート」

「いやニートだろ」

「ちょぉっと!?」

まぁ人間相手には最強能力だから、言われても仕方無いだろう。


今日は怪物際(モンスターフィリア)開催日。街は一種のお祭りムード一色に染まっている。

この日はお店もダンジョン探索もお休みしてみんなでそのお祭りを見に行く事になっている。

総勢10人を超すと流石に多いが、ソラとシリカはアオの取り合いには参加せず。年長者二人を連れて観戦に行ったようだ。

クリスと未来は、胸の割りに背の低いクリスが人ごみに埋もれていくのを助けに行ってはぐれてしまい、結局アオの元には響、切歌、調の三人だけしか残らなかった。

仕方が無いのでその三人と怪物際見学としゃれこんだ。

古代の闘技場、ローマのコロッセオのようなそこに調教師(テイマー)を生業とした冒険者と、ダンジョンから捕獲して来たモンスターが一対一で合間見える。

この見世物は、調教師の冒険者がモンスターをテイムする過程を見せて楽しむ、と言う催しのようだった。

「うわあ、凄いね。調ちゃん、切歌ちゃん」

響が目の前でテイムしていく冒険者を見て感嘆の声を上げた。

「本当」

「面白いのデス」

「しかし、なんでテイムなんだろうな?」

「アオさん…何かおかしいですか?」

響が問い返す。

「普通こう言う催しはコロシアムだ。冒険者がモンスターを倒し、その非日常をエンターテイメントにするものだ。地球でもコロッセオなどが古い時代にはあっただろう?」

「え、はい…?」

「人間とは残酷な物に娯楽を感じる生き物なんだよ。だから、これはちょっとおかしい」

「変、ですかね?平和でいいと思いますけど」

殺さない見世物。これではモンスターが危険ではないと喧伝しているようだ。

「まぁ、俺が考える事でもないか」

その日はテイムや露店を楽しんで日々の修行の疲れをリフレッシュ。これでしばらく響達はソラのしごきに耐えられるだろう。


さて、響達はソラのスパルタ指導の成果もあって順調にステイタスを高めて行った。

そうするとレベルアップ毎に一種取得できるチャンスが有る発展アビリティを考えなくてはならない。

「レベルアップまでにやってきた行動によって現われるアビリティは様々と」

「そう。それで、何が現われるかは神様である私にも分らない。もしかしたら現われないかもしれないし」

そうパンドラが返答する。

「耐異常は便利そうだぜ」

とフィアット。

「あら、でもあの娘達エクリプスウィルスの感染者よね?それもアオをキャリアーとした」

「ああ」

「だったら耐異常はそれほど重要では無いわ」

そうソラが言う。

宿主が回復不能になるほどのダメージを受けると率先して宿主を生かそうとする。それは欠損部位すら回復してみせるレベルだ。

「感知系か隠蔽系のスキルがあると良いかと言う位、か?」

「運よく出れば良いけれど…」

「そもそもそんなあやふやな事しないで、確実に出る手段を考えてみては?」

「む?」

シリカの言葉に意表を付かれしばし考える。

「出来そう?」

とソラ。

修行メニューを変更する、と言う事ではなく…確実に、と。

「あたし達は気配遮断Aのスキルを持ってますよね。それを何とか転写できませんか?」

「ふむ…うーむ…出来る…かも?」

「と言うか、気配遮断スキルもってるのかよっ!しかもAランクだとっ!」

「そんな、怒らなくても…ミィタ…」

「あなた達。暇ならちょっと、お店の掃除手伝ってきなさいよ」

「へいへい」

「了解しましたよ」

不承不承としかしソラの言葉に逆らわずミィタ達を追い出した。

「そう言えば、あの店内を不快にした犬っコロ。あのファミリアからは出て行ったみたいよ」

と仕込みの時間にちょっとした話題をとソラが呟く。

「出て言ったって…元凶を作ったのは君だろう」

「かっとなってやってしまったの。今は反省はしているわ」

とソラが言う。

「どうやら他のファミリアに入ったみたいね」

「と言うか、何でそんな情報を知っている…」

と問えば答えを返したのはシリカだ。

「えっと、響ちゃん達にくっ付けている監視モニターに映ってました」

「ああ、なるほど…」

白い髪にウサギの様に赤い瞳を持った少年と一緒に上層をうろついていたとの事。

「なんか突っ走る犬っコロにくっついて行くウサギの少年とあれよあれよと地下にもぐってっちゃってね。なんか強そうなモンスターに襲われていたけれど、どうにか二人で乗り切ったみたいね。その後なんか友情が生まれたっぽいわよ?」

喧嘩して、罵り合って、それでも手を取る相手と言う事だろうか。

「覗き見もほどほどにね…」

何て会話をしていると、真剣な表情で厨房に入ってくるリューさん。

「数日、お暇を頂きたい」

と言う言葉にアオ、ソラ、シリカがその顔を見合わせる。

生真面目そうなリューがこのように突然休みを欲しがる事など無いといって良い。そこを曲げて頼み込んでくるなどただ事じゃ無いだろう。

「理由を聞いても良いだろうか?」

彼女はアオの問いかけにどう答えるだろうか?別にアオは答えてもらわなくても構わない。ただ、そうほんの少しの出来心で問いかけただけだ。

しかし根が真面目な彼女はその理由を教えてくれた。

どうやら知り合いがダンジョンで遭難したみたいだから助けに行きたい、と。

どうやらもう少し込み入った理由が有るようだが、要するにダンジョンに潜りたいと言う事だった。

ダンジョンに潜りたいと言うのだから、彼女は冒険者なのだろう。しかし、ミィタ達の話も総合するに、彼女はここ一年ほどステイタスを更新していないようだ。

探索階層がどの程度になるか分らないが、無用心ではないだろうか。

まぁ、その辺りが彼女の込み入った理由なのだろうが…

「ふむ、それじゃあ一つお願いが」

「何でしょうか」

「そこに座って背中を向けてくれる?」

とイスを指差すアオ。

いぶかしみながらもリューは言われたイスに座ると、アオが自然な動きでリューメイド服の背中のホックを外し、ブラウスをたくし上げる。

「なっ…何をっ」

真っ赤になって振り返ろうとするリューを左右からソラとシリカが留める。

「あ、アオくん何やってるのっ!それにあなた達も」

とパンドラ。

「あなたにも悪い事じゃないと思います」

「ちょっとこっちの実験にもなってしまうのだけどね」

そうシリカとソラ。

「本当はあたし達でやれればいいんでしょうけど。今回はアオさんじゃないとダメそうですし」

シリカが言うとほんの少しリューの抵抗が和らぐ。

「ええい、放せ…はな…して…」

長い耳が真っ赤に染まるリューさん。

そんな事お構いなしとアオは人差し指に針を通し血を滴らせるとリューの背中に押し当てた。

普通、ステイタスへの干渉はその主神がロックを掛けているために見ることも、干渉することも適わない。

だが、アオは別だ。

偸盗(ちゅうとう)の能力でロックに干渉。その後クロックマスターでトライ&エラー。開示される未来(けっか)を引き寄せる。

そうして浮かび上がるリューのステイタス。

「へぇ、レベル4。アストレアファミリア、ね」

「な、ばかなっ!!」

「えええっ!ちょっとアオくんっ!」

戸惑いの声を上げるリューとパンドラ。

確かにステイタスシーフの薬は存在するが…彼女の驚きは続くようだ。

アオはリューの背中に手を押し当て経験値(エクセリア)を発掘していく。

「まぁ、何度もパンドラが響達のステイタスを弄っているのを見ていればね」

もろもろの条件が重なりアオが他者の恩恵を与えられた冒険者のステイタスを更新しているその光景は、他者が見ればどれほど非常識かが伺えるが、その判断が出来るのは今この場にはリュしかいなかった。

「大分経験値を溜め込んでいたみたいだね。それもレベルアップするほどだ」

「なっ…」

「さて、発展アビリティだけど…ふむ…」

一考するアオ。

「気配遮断(・・・・)しか出て無いからそれで良いかな?」

「えっと…はい…?」

もう驚きで返事も虚ろなリュー。

「はい、完了。ステイタスはレベルアップ直後でオールI判定だから。うん、行っておいで」

「分りました、ありがとうございます?」

レベルアップを済ませると時間も無いだろうリューを開放すると厨房をフラフラと出て行った。

リューが出て行くとソラとリシカが寄ってくる。

「うまくいったみたいね」

「ソラ…まぁ、何とかね。ただ、経験値(エクセリア)による下地は十分にあったようだから、確実とは言えないかも知れないけどね」

「でも、成功したという事実だけ見れば十分な結果です」

とシリカも言う。

「ちょっとあなたたち、何をしたのよっ!おしえなさーいっ」

「えーっと…まぁ、ちょっとね」

パンドラは誤魔化せないだろうから適当にあしらっておこう。

「それより、その遭難者の捜索。響達にも伝えておくわね」

「よろしく」

別に見ず知らずの誰かが死のうが関係ないが、店のリューさんもダンジョンに潜りに行ったのだし、そう言うことがあったとだけ伝えておこう。



「分りました。気に掛けてみます」

『よろしくね』

と未来はソラの通信に答えた。

彼女達は今、18階層。通称アンダーリゾートと呼ばれる一種のセーフゾーンで休息を取っている所だった。

「でも、まだレベルが低いと言う事は、ここより上と言う事ですよね?」

と響。

『そのようね。予定では今響達がいる階層までは潜る予定は無かったそうよ』

「そうですか。分りました…」

「響?」

未来が不思議そうな顔をする。

「どうしたの、響。いつもの響なら人助けに走り出すと思ったのに」

「未来…うん、助けたいとは思っているよ」

「なら…」

「でも、わたし達も中層の探索で消耗している。ここで無理をすればきっと良い結果にならない。守るべきもの、助けるべきものに順番をつける…すごく嫌だな」

と顔をしかめる響。

「でも、この…命が簡単に奪われる世界に来て少しだけ分った気がする。全てを救う、なんて…神様の力を持っていても無理なんだなって」

「響…」

「あ、でも、だからって人助けをやめるつもりは無いよ?誰かが泣いているなら力になってあげたい。でもそれもきっと自分に余裕が有る時で、自分にその力が有る時なんだよね…アオさんはその辺すごくシビアで…でもきっとその過程でわたし達が今感じている苦悩を経験したんだろうなって思って」

「響さん…」

「立花…」

皆が響に視線を向け、しかし彼女の言葉を否定しない。

「だから、今は十分に休もう。コンディションを完璧に戻してから戻りしなに探索しよう」

「そうだな」

「ええ、そうね」

翼、マリアの年長者二人の賛同で響達は休養を取る事に決定。

しかし、話は気になったので上層への出入り口付近に陣取っていると、その階段を転がり落ちるように滑ってくる四人の冒険者。

「ちっ…クソったれが…」

「誰か、助けて…助けてください…」

意識の有ったのは狼人族の青年と白髪赤目の少年。長身の少年とサポーターだろうか、小人族の少女はすでに意識は無い。

「大丈夫ですかっ!」

響がいの一番に駆け寄りその血で汚れることも厭わずに人間の少年を抱き起こすと蚊細い声で最後の懇願。

「お願いです…仲間を…助けてください…」

「大丈夫だよ、皆が今クスリを使っているからっ」

「よか…った…」

そうして少年の意識は闇に呑まれた。

「大丈夫…大丈夫だよ」

響は懐からエリクサーを取り出すと目立つ傷に振りかける。

エリクサーと言っても薬の調合に加え、ミィタ達の高レベルの神秘にて作成されたそれは、まさに万能の薬と言って良いほどの効果を発揮し、意識を失う四人の体を癒していった。


気がついた少年。ベル・クラネルと名乗った少年は響達に謝り通しだ。

「すみません、食料まで分けてもらって…」

「ああ、良いの良いの。遠慮しないで。食料は山ほど有るから」

「はぁ…?…はぁっ!?」

響はミィタ謹製のどうぐぶくろに手を突っ込むと水や携帯食料を何の事も無しに取り出し、並べる。

「ま、魔法の袋っ!?そんなものがあるのですかっ!?」

その光景に驚きの声を上げたベルだが、それよりも大きな声を上げたのはベルのパーティメンバーの小人族のサポーターであるリリだ。

「え?ファンタジー世界だから普通に有るんだと思ってたけど…」

「ミィタさん達も普通に渡しましたしね…」

と響と調。

「どうやらこの様子じゃ高価な物か、存在していなかったもののようね」

「そ、そうなんだ…アオさんも普通にもってたから分らなかったデス」

マリアと切歌も言う。

「おい、ちょっとまて今あんたらの口から出た冒険者でピンと来た。あんたらもしかしてパンドラクランの関係者か?」

と、着流しのような服を着た青年、ヴェルフが得心したとばかりに発言。

「パンドラ…クラン…?」

未来の呟き。

「違うのか?」

「いえ、確かにパンドラさんとは知り合いですが…もしかして団長やミィタさん達って有名人なんですか?」

「はぁ?むしろ、そっちを知らんで冒険者やってる方が珍しいぞ。あんたら冒険者始めてどれ位なんだ?」

「えーっと…」

と言って答えた響の答えにヴェルフは絶叫。

「はぁ!?そんな期間でよくこの階層まで足を伸ばせたなっ!」

「ええ、まぁ…師匠がスパルタなもので…あはは…」

と響は死んだ魚のような目をして答えたそれに、周りの表情も似通っていた。

「そう言えば、あの狼のおにーさんはどこに行ったデス?」

「あー、ベートは…まぁ貸し借りと言う今の状況にどう対応すれば良いのかわからねぇんだ。すまん、俺から謝っておくから勘弁してくれや」

とヴェルフ。

「まぁ、構いませんが…ご飯は…」

「それは僕が持って行きます」

そう言って立ち上がったベルが受け取る。

「まぁあいつは今の所ベル(飼い主)にしか懐いてなくてな…まぁ、それも仕方ないのかも知れねーな」

「いいんですよ、あんな駄犬放っておいても」

「リリ、そう言う訳にも行かないよ。僕達がここにいるにはベートさんの力や知識があったと言うのも確かなんだし」

「むぅ。リリは不服です。でもベルさまの意見なら従います」

しょうがないですね、とリリ。

「そう言えば…」

と響はソラに念話を飛ばす。

『ソラちゃんソラちゃん』

『何?今私仕込みで忙しいのだけど?』

すぐさま応信

『あううぅ…ごめんなさぁい…じゃなくてっ!えっと捜索願が出されているパーティってどんな人たちなの?』

『ああ、なるほど。聞いてなかったわ』

『はぁあああああっ!?』

『だって、重要な事でもないと思って。ダンジョンで冒険者が死ぬのは日常茶飯事よ』

『それはそうかもだけど…』

尻すぼみに会話は終了。

だが、状況的に目の前の彼らであろう。確認はそれこそダンジョンに向かったリューに会わなければ不可能だろう。

そして響は天秤に掛ける。

この消耗した彼らを置いて上層に、それもいるかも分らない遭難者を探しに行くか否か。

彼らの話では彼らがその遭難者であろうと想像は出来るが、確証は無い。

と苦悩を浮かべている響の耳にズザザーと滑り落ちてくる誰かの気配。

そう言えばベルを保護してから一晩ほど経っていた計算だったか。

「うぉぁ…つぁ…いったぁ…」

現われたのは黒い髪を両サイドでアップにしている軽装の少女。

「べ、ベルくんっ!おーい、そこの君。ベルくんを知らないかい?」

「は、はぁ…ベル・クラネルくんならあっちに…」

「べ、ベルくーんっ!」

「何…何なの…?」

少女は響が指差した方向へと全力疾走。

その後になってようやく見覚えの有る女性が現われた。緑のケープを纏った女性。リューだ。

「響さん達ですか」

「リューさん」

「遠くからでしたが、神ヘスティアとの会話は聞こえていました」

「じゃあリューさんの探し人って」

「おや、どうしてその話を?」

「あ、いやー…あはは」

後ろ手に頭をかいて愛想笑い。

う、誤魔化されてくれないかなー。

「おや、そちらの方々は?」

声を発したのは飄々とした男性。

リューさんの後ろから現われたのは冒険者風の男女が四人と飄々とした男性。

その感覚から言って神であろうか。

「彼らがベル・クラネル氏を保護していてくれたようです」

「へぇ、そうなのかい。どうやら彼は相当に運も良いらしい」

軽く挨拶を済ませると、彼らもベルを探しに行くようだ。




さて、悩んでいた事は上手い具合に解決した所で、今後の予定を決めないといけない。

「ゴライアスかぁ」

そう、17階層の主。ゴライアス。

この18階層から上層の連絡通路を抜けた先にはリポップされたモンスター・レックスであるゴライアスを打ち倒さなければ安全な帰還は望めない。

「じゃあ、誰が倒す?来るときはわたし、切歌ちゃん、調ちゃんでやっちゃったから」

「じゃあ帰りはあたしらだな」

「ああ」

「遅れは取れないわね」

「そうですね」

「おいまて、そんなに簡単な話では…」

と言ってリューが口を挟むが他の誰もがきょとんとしていた。

「え?」

「えーっと?」

「え、倒せるのか?そんな少人数で?」

これはリューの言葉の方が正しい。

レベル2、もしくは3の冒険者が数で囲って打ち倒すものなのだ。それほどまでに階層主とは隔絶した強さを持っている。

「ソラちゃん達に比べたら、そりゃただデカイだけのモンスターなんて脅威でもないよね…」

「そうデスね…」

調と切歌が自分の中の常識が偏っていたと再認識したようだ。

「私達としては大パーティが討伐してくれるのを期待しているのだが…一番の有力であるロキ・ファミリアの遠征が中止となった今、ここに居るメンバーで打倒するしかないと思っている。幸いにも私も先日レベルアップしたばかりだ」

ロキ・ファミリアの遠征の延期が決定されたのはソラがベートのレベルをリセットした所為だが、それは誰も知らない事情だ。

「いくつになったんです?」

と響。

「レベル5だが…なぁ、聞いて良いだろうか…あのアオさん達は何ものなのだろう?」

「ああ、アオさんに何かやられたんですね。…気にしないで下さい。ちょっと…ちょぉっと人よりも常識の斜め上を行く存在ってだけです…」

あはは、と響はお茶を濁した。

「では保護対象者の護衛はリューさん達に任せていいのだろうか」

「ええ、はい。大丈夫です」

と翼の問いにリューが答える。

「ならば、私たちが先行してゴライアスを撃破。その後に上がってきてください」

「出来るのですか?」

「へ、響たちがやってのけたんだ。センパイであるあたしらがやれないなんてカッコ悪いことできっかよ」

とクリスが言う。

「じゃぁ、リューさん達の疲れが取れた頃、翼さん達がボスアタックを開始すると言う事で」

と響が言い話し合いは終了。自由時間となる。と言っても響達に自由時間は無く、今もルナに監視されてと訓中なのだが…

「瞑想…ですか?その割には消耗しているみたいですが…」

その訓練を見ていたリューさんの感想。

「つ、疲れたわ…」

「これが瞑想だったらあたしは瞑想と言う字を辞書で調べる所だな…」

「ああ、全くだ。だが、私達もこんな所で躓いてられないからな」

と言って翼が視線を向けた先には響達がスコップで大量の土砂を掻き出していた。その量は今にも下の階層へと届きそうな勢いだ。

「あちらは…何をしているのか分りませんが、徒労ですね」

ダンジョンには自動修復機能が備わっている。どんなに地形を変えようと、それがダンジョンの意図したもので無い限り修復されていくと言う現象だ。

しかし、それが今の響達の修行には逆にありがたい。

「し、しぬ…もうしばらくスコップを持ちたくない…」

「切り刻むほうが簡単なのデス…」

「響さん、きりちゃん、もう少しだから頑張ろう?」

ソラに指定された面積まであと少しだった。

「うう…はぁい…」

皆ひとしきり修行を終えると辺りを警戒しながら休む訓練だ。

この18階層はモンスターのポップは無いが、モンスターが入ってこないわけではない。当然迷う込んだモンスターは居るので絶対安全とは言い切れない。

焚き火を囲んで休養。疲れが取れた頃合で出発する予定であった。

「昼間の修行はいったいなんなのですか?」

とリュー。

「ええっと…」

問われた響は上手く返答できない。もとより深く考えていないからソラ達から説明された部分をすっぱりと忘れたらしい。

「冒険者の人たちが何となくでやっている事を順序だてて修行しているんです」

と調。

「そう、それだよっ!ありがとう調ちゃん」

「は?」

「冒険者の人が熟練度やレベルが上がると強くなるのはどうしてですか?」

「それは…」

考えた事もなかったのだろう。

「それは、器が広がり使えるオーラの量が増えるかららしいです」

「オーラ?」

調はそれには答えずに続ける。

「では、レベルが上がると同じ武器でも攻撃力が違うのはどうしてですか?武器は強度の高低はあっても威力に上下は無いはずです」

「と言うか、武器に攻撃力(いりょくのじょうげ)があるのなら、強い武器を装備した駆け出しの冒険者でもミノタウロスの皮膚を切り裂けるはずデス」

でも出来ない。

「それは…」

リューはやはり分らない。そう言うものだと思っていたからだ。

「それは纏えるオーラの量が増えれば自然と武器に纏わせるオーラの量も増えるからだとアオさん達は言っています」

でも、と。

「だったら、制御されていないそれらをもし制御できたとしたら?」

「出来るのですか?」

「その為の修行なのデス…そうデスねぇ…レベル5になったというリューさんの纏はこれ位の感じデスか?」

そう言って練をして纏うオーラを上昇させる切歌。

「な、これは…」

「練」

調がボソリと呟く。

切歌からかかるプレッシャーが変わり、彼女との実力差を感じ取り驚愕する。

彼女はほんの少し前に恩恵を貰ったはずの人間である。であるなら、早々簡単に自分の領域には達せ無いのがある種の常識であった。

「試してみるデスっ!」

切歌は近くに有ったサイズを持ち上げると周で武器を覆い戦いとはいえない緩慢な動きでリューへと斬りつける。当然それをリューは自身の武器で受け止めた。

ビリビリビリ

レベル差がありすぎて拮抗すらしないはずのその打ち合いはしかし、若干リューの方がたじろぐほど。

…重い。

「あなた達、レベルは?」

「えっと、まだレベル1です」

と響が答える。

「そうですか、なら…」

それでも今の自分はレベル5。レベルは1レベル上がる毎にその潜在能力は隔絶する。

だからレベル1とレベル5の間には修行なんかでは埋められない差が有るはずなのだ。しかしそれを目の前の切歌は埋める何かを使っている。

「纏しか使えない冒険者のレベルなんて有って無いようなものデス」

「テン…?」

恩恵(オーラ)を自在に操る修行の一名称です。とは言え、これもここに来てからアオさんに教えてもらったのですが」

と調が言う。

「それに奥の手もあります。なので、帰りのゴライアスは任せてください」

と言った響の言葉を最後にもろもろ準備を開始した。



「はっはっはっは、ちょせいっ!」

トリガーハッピーとばかりにクリスが両手のバルカンを乱射する。

響が言っていたシンフォギア(奥の手)だ。

「こら、クリス。日ごろの鬱憤がたまっているのは分るが…だめだ、聞いて無いな」

「しょうがないわよ。今までダンジョン内でこれほど発砲できる場所は無かったもの。とてもフラストレーションも溜まっていたでしょうね」

「ですね。武器もミィタさんが用意した弓矢や短剣でしたし」

と未来。

普段、彼女達の探索は周りから浮かないような防具、武器を身につけて攻略に当たっていた。駆け出しの彼女達でも上手く使えるほどに調整されたその武器はとても使いやすくはあったのだが当然シンフォギアなどは使えず、ストレスも溜まっていたのだろう。それをこの大空洞で発散しようとするクリスは大暴れ。

「ちょせい、ちょせい、ちょせいっ!」

左右に避けても上に跳んでも迫るクリスの攻撃にゴライアスは攻勢に移る事すら適わない。

しかし、両手を捨てる勢いで前面をガードし大きく息を吸い込むゴライアス。

ガアァアアアアアアアアアッ!

咆哮一発。

普通の冒険者なら怯むその音での攻撃に、しかし良く思い出して欲しい。シンフォギア装者はヘッドギアを皆装備しているのだ。

イチイバルはその攻撃が音波であると認識したコンマ一秒でヘッドギアのボリュームを最小までカット。結果、無防備に晒されるだけのゴライアスにクリスは大量の鉛球をぶち込んだ。

「へ、他愛も無い」

どんなもんだとガトリングを振り上げれば、そこには粉みじんになり大き目の魔石のみが転がっていた。

「結局一人でやってしまったな…」

「なんか、体が軽いというか、シンフォギアの威力も以前より格段に上がってんな」

「あら、それはソラの修行が効果があったと言う事ね」

やれやれと翼、マリアと嘆息。

「これで、響達も問題なく通れますね」

と未来が言ったセリフの後、通路の下部が塞がる音が響いた。



「ちょぉっとぉ、何なのっ!?」

いきなり照明を兼ねていた大水晶が割れたかと思えば巨大な何か…モンスターが一体降って来た。

響達はリュー達を先に送り出し、最後尾で地上を目指す予定だったのだが、そこに来てベル達がなにやらひと悶着あったようで出発が遅れていた所にこの異変。

モンスターが生まれないはずのこの18階層にモンスターが。それも遠めに見れば以前響達が討ち倒したゴライアスの亜種のようであった。

「あれはまずそうデス」

確かに見た目は以前倒したゴライアスだが、そのプレッシャーはそれをはるかに凌いでいた。

「どうするの…と言うまでも無い」

調が振り返ると響が右手を胸に当て、聖詠を口ずさんでいた。

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

オレンジ色のギアが響の体を包み込む。

「よしっ」

ぐぐっと両足に力を込めると弾丸の如く駆け出してた。

「まぁ…」

「響さん、らしいかな」

取り残された切歌と調もギアを纏うと響の後を追っていったのだった。


現われた黒いゴライアス。

一度は大規模威力の魔法で打ち倒されたかのように見えたそのモンスターはしかし、有り余る魔力で自己再生を始めてしまう。

「なっ」

その事実はこの18階層を拠点としていた冒険者達に恐怖を与え、今まで対等に戦ってきていたはずの冒険者達が一気に劣勢へと陥るほど。

ゴライアスの巨大な拳は魔術師を守る壁役(ウォール)諸共吹き飛ばし、剣士の攻撃なんかはがその硬皮に傷を付けれない始末。

唯一有効打だったのは魔術師による一斉射だがここに至ってはその攻撃を再度仕掛ける事もママならない。

「形成を立て直せ、もう一度魔術師達の攻撃をっ!」

「もう無理だっ!あんなヤツ勝てっこねぇっ」

冒険者達の怒声が飛びかっている。一度崩れた冒険者達の情勢はどうしようもない位劣勢だ。

「逃げるぞっ!」

「しかし何処に?入り口はふさがれていて、恐らくあのモンスターを倒さなければ開きませんよ」

「くそっ!何か手は無いのか…」

「待て、何か聞こえないか?」

絶望に染まる冒険者達の耳に、その戦場に有るはずの無い何かが聞こえる。

「歌、か…?」

それは、歌われる歌詞は全く意味が分らないが、確かに誰かの歌声。

「オオオオオオオオオオッ!」

怒声と共に振り下ろされるゴライアスの巨拳。振り下ろされる先に居る冒険者達は吹き飛ばされるのを待つばかりといった最中、その歌声の主は地面をしっかりと蹴り上げて宙を翔けた。

「だあああぁぁぁあああああああっ!」

初撃必殺。アオやソラの教えを忠実に守り響はフォニックゲインを圧縮した事により肥大化し強化された右腕のギアでゴライアスを強襲。振り抜かれた腕はその衝撃をいかんなく発揮し攻撃を受け付けないほどの硬度を持つこの強化種のゴライアスの硬皮に衝撃を浸透。内部から破砕させた。

魔石を砕かれれば幾ら再生能力を持つ強力なモンスターと言えひとたまりも無く、サビを歌う響の声をBGMに霞みと消えて行った。

ズザザーーーと地面に着地すると右腕から排気するように余剰エネルギーの排出と冷却。

「よしっ!」

「はい?」

地面に降り立った響の近く、たまたま居合わせたリューが呆気に取られた顔で固まっていた。

それも仕方が無い。レベル5である自身を筆頭にアンダーリゾート中の冒険者が束になっても敵わなかった相手をただの一撃でしとめて何の気負いも無いのだから。

しかし、響のガングニールは拳打の一撃で月の欠片を吹き飛ばし、クリスの補助が有ったとは言えカラコルム山脈測量番号2号を打ち抜いた豪腕である。

そこにソラの指導が加わったのだ。

強化種とは言えゴライアスの硬皮くらい打ち抜けないはずが無い。

「逃げていくデス」

「響さんがあの黒いのを倒したから?」

街にせまるモンスターを切り刻んでいた切歌と調の二人も動きを止めた。

モンスターを鼓舞、支配していたゴライアスが倒された事に慄いたモンスター達も三々五々に散らばって行き落着を見る。







響達も育ってきた所でアオ達三人も含めて二チームに別れダンジョンへ。

「やっぱり映像で見るより自分で来た方が感じられる肌触りからして違いますね。さすがダンジョン」

「あはは…そうだねぇ…なんでシリカちゃんこんなにテンション高いんだろう…」

響が若干引いていた。

「よーしっ!行きましょうっ」

「あ、そんなに慌てては…」

「あぶないデスよっ!」

斬ッ斬ッ斬ッ

現われるコボルトをダガーモードにしているマリンで一瞬の内に切り伏せて進んでいくシリカ。

「シリカは確かに能力系特化だけど、だからと言ってフィジカルが弱いかと言えば…」

「なるほど…」

「わたし達はまだまだ…」

「と言う事なのデスね…」

響、調、切歌とシリカの動きを目の当たりにしてショックを受けたようだ。

「ま、響達の何百倍も生きているからね」

「そっか」

「響…?」

「ううん、なんでもない。行こう、アオさん」

響に急かされてシリカを追う。何かをはぐらかされた気がしたが、気がつかない事にしておいた。

ダンジョンを降るに連れてモンスターは強化され、またダンジョンからの罠も狡猾になっていくと言われている。

「だからってこの数は多すぎだろ~」

場所は17階層。大量のモンスターに追われてアオ達は走っていた。追いかけてくるのは牛の頭を持った二足歩行のモンスター。

しかしその数30。

「わぁ、ミノタウロスですよ、ミノタウロスっ!」

「嬉しそうに言わないで下さいっ!」

シリカに調がつっこみを入れた。

「しかもいつもより凶悪デスっ!」

「普通のミノタウロスはこんな黒毛和牛みたいな色してないよっ!」

切歌と響も叫んでいた。

「どう言う事だ?」

「分りませんが…とりあえず、やっちゃいますっ」

シリカが一人反転しミノタウロスへ向かって走り出す。

「わわわ、ちょっと待って、わたしもっ!」

響も反転。纏ったシンフォギアのバーニアを吹かしミノタウロスの集団に渾身の右拳を炸裂させた。

「きりちゃんわたし達も」

「わかってるデス」

調と切歌も頷き合うとミノタウロスへと突撃。

「しゃぁない、俺も行くかな」

とアオもソルを片手に参戦する為に集団へと掛けて行った。



……

………

「はぁ…はぁ…つ、疲れたぁ」

「これは流石に…」

「ハードなのデス…」

響、調、切歌は少し息が上がっていた。

「アオさんもシリカさんも息が上がってない」

「バケモノデス…」

「こらこらこら」

アオがたしなめる。

「そんな事より、この階層であんなにモンスターに会った事無いよっ」

「うん、やっぱりいつものヤツよりも強い。個体差と言うレベルを超えている」

と響と調が言う。

基本的にダンジョンの階層におけるモンスターの強さに変容は無い。潜るほどにモンスターが強靭になって行くと言うセオリー通りだ。

時たま、他のモンスターの魔石を取り込み自己の強化をはかってしまう変異種も居るが、稀であり、そのようなモンスターは発見されれば速ギルドによって討伐クエストが発注される為ほどだ。

それにしたって100を超えるモンスターが全て魔石を取り込み強化された、などとは考えられない。しかも、アオ達を襲ってきたミノタウロスはダンジョンの壁面から生まれ落とされた所をその眼で見ていた。

「今日はもう帰ろうか…」

「ですね。何かおかしい気配を感じます」

アオの提案にシリカも同意。他の三人は二人が言うならと賛成のようだ。

ソラに念話を飛ばしてみた所、あっちも大変な事になっている。

『み…け……たっ…』

「え…?」

「アオ…さん?」

「今…何か…」

『見つけたっ!』

アオが確かな声を聞いた次の瞬間…

「わわ、何がっ!!」

「ダンジョンが、揺れてるっ!」

「デースっ!!」

響、調、切歌が慌てた声を出すのも仕方ない。ダンジョンそのものが振動し、天井からはパラパラと小石が舞っている。

ダンジョン下部で何か途轍もない力を感じる?

ドドーンッ

轟音がダンジョンを駆け巡り、空気を押し出し、またダンジョンそのものを震わせる。

「何か、嫌な感じだ…みんなこっちに」

「はいっ」

アオは響達を連れると、権能で一瞬でダンジョンを飛び出しオラリオの上空へと滞空。

そして見下ろした先は衝撃を受ける光景が広がっていた。

オラリオの市壁の外から1キロほどの所に粉塵が巻き上っているのが見える。

目を凝らせばまるでクレーターのようだがそうではない。あれは巨大な穴だ。

「まさか、さっきの衝撃でダンジョン内部から地上へと通路が出来たのかっ!?」

「そんな、それじゃあ…もしかして…あの穴を通ってモンスターが出てくるとかは…」

アオの驚きの声にまさかと問う響。

「でもでも、確かダンジョンは自然と元の形に戻るって」

「それがどれほどの時間かかるのか…その間に出てくるやつらは多いんじゃないか?」

否定しようと声を出した調の言葉をアオが否定した。

「来る…」

グララララッ

巨大な咆哮が轟き、大穴から飛び出してきたのは大小様々、数多くの竜。

「アオっ!」

ソラも翼達を連れて転移で現われたようだ。

「あの数のモンスターが街を襲えばひとたまりも無いな」

「そんな、…何とかならないの?そうだ、シリカちゃんの能力ならっ!」

響が叫ぶ。

「はい。今目に見えているモンスターを隔離、殲滅する事はできますよ。ですが…」

「ですが、なんだってーんだよ」

イライラしながらクリスが聞き返した。

「取りこぼしたものは再度取り込めません。まだ穴が塞ぎきっていない現状、今使って良いものか…」

「大規模範囲殲滅攻撃は…私で二回。シリカで二回と言った所ね」

とソラが言う。

「アオはどうなんだ?」

翼だ。

「大規模攻撃は出来るが、範囲攻撃は苦手だ」

撃ち貫くのと燃え広がらせるのは別物、と言う事だ。

「だが、まぁ…まずは穴を塞がないとか」

アオは輝力を合成すると印を組み上げた。

「木遁・樹海降誕」

「もく…」

「……とん?」

開けた大地を包み込むように巨木が乱立し、開かれた大穴を塞いでいく。

「っ…」

「ほぅっ…」

「………っ…」

響達が呆ける中、大穴は着実に塞がって行き…

ドンッ!

爆音と共に一際デカイドラゴンが樹木を突き破り地表へと現われる。

「アイツか…アイツがこの大穴を開けた張本人だろうな」

グララララララララっ!

巨竜の咆哮で、木々の間から無数のドラゴンが舞い上がる。

「まずい、このままじゃ本当に街がっ!」

響がすがるようにアオを見つめる。

「あの大きいのは俺が何とかしよう。なんと言うか…俺の中に居る誰かがあの巨竜に用が有るらしい」

「へ?」

「さあ、修行の成果をためす時ってな」

行っておいでとアオは響達を突き放す。

「シリカ、彼女達を頼んだ」

「もうっ!後でシュークリームでも奢ってくださいねっ!」

そう言うとシリカも駆けて行く。

「アオ」

「ソラも感じるか。あの巨竜との因縁を…」

「うん」

「直接は関係ないはずなんだけどなぁ…」

「うん。でも何かしないといけないと言う衝動に駆られている。まぁそれに飲み込まれる事は無いけれど、ね」

「そうだね…でも…だから」

街の外のこれほどの緊急事態に、勇気有る冒険者はいち早く市壁の外へと駆け出てドラゴン達を相手取るが…

「ダメだっ!俺達の手に負えるモンスターじゃねえっ!」

「撤退だっ!」

「市壁の中へ退避っ!」

深層域から抜け出してきたモンスターにレベル1や2程度では歯が立たず。高レベル冒険者であっても複数人で取り囲めない現状、旗色が悪かった。

と言うか、大半の冒険者はこの日中の時間はダンジョンに潜っている。今街に居るのはドロップアウト寸前か、もしくはたまたま休暇中の冒険者しか居なかったのも災いしているのだろう。

「あああ、もうっ!」

慌てて逃げる冒険者を逃がす為にシリカが理不尽な世界を展開。敵の半数を呑み込み姿を消した。

グララララッ

しかし再度の咆哮でまだ潜んでいたドラゴンが木々の隙間から現われ飛翔。街へと向かう。

「ロード、アルテミスの矢」

ソラがすかさずジョン・プルートー・スミスからコピーした権能をフルバースト。茂る木々で塞がれた宇上蓋ごと現れるドラゴン達を吹き飛ばす。

「これで一回」

ソラが呟く。

「さすが神を殺した者たちはスケールが違うな」

「へ、だからって負けてやる気はないぜっ」

「言うじゃないか、雪音。ではこちらも見せるか」

「たりめーだっ!」

と言うと翼は空中に幾十幾百の剣を現し、クリスは大き目の弓にミサイルの矢を番え撃ち放つ。

放たれたそれらは無数の流星となってドラゴン達に降り注ぎ、撃ち落していく。

「ううっ…広範囲攻撃…覚えようかなぁ…」

「近接武器の活躍どころが無い…」

「翼のアメノハバキリは伝説では近接武器のはずなのだけれど」

響、調、マリアとうなだれる。

「ほら、響。しゃんとしなさい。撃ち洩らした敵が城壁へと向かう前に倒さなきゃ」

「う、うん…そうだね未来」

「ほら、調もマリアも行くデスよっ!」

「切歌…」

「きりちゃん…わかってるよ」

そうして彼女達は手近なドラゴンを屠っていく。

「悪い、遅れた」

「ヒーローは遅れて登場するものだから簡便な」

「まぁ、これでも異変を感じてリレミトで急遽ダンジョンを抜け出てきたんだぜ」

「まったくだ。これで活躍どころが無かったら泣く所だな」

団長、ミィタ、フィアット、月光も到着しドラゴンを狩り始めた。

「まったく、頼りがいの有る奴らだよ」

さて、それじゃぁ…

「俺の相手はあの巨竜…てぇちょっとっ!!」

今までも大小様々なドラゴンのブレス攻撃で市壁を揺らしていたが、目の前のアレは別格。

咽元を震わせ練られたエネルギーの桁は周りのドラゴンの優に数十倍。

ドラゴンは大きく息を吸い込み仰け反っており、もはや放たれる寸前だ。

アオ一人なら避けられるが、後ろのオラリオはどうだろう。市壁で守られるか、それとも市壁などなんの役にもたたずに…

後者の確立のほうが高そうだ。

「くっそっ!」

アオは一気に輝力を膨れ上がらせると自身の周りを包み込むように具現化。

十の尻尾を持つ巨大な獣の姿を作り出し、その四肢で地面を蹴った次の瞬間、その巨体は音もなく巨竜との距離を縮め体当たり。諸共に大地を転がって行く。

大地を転がりながらアオはオラリオとは距離を取り、射線軸から外れた事を確認すると、敵愾心を煽られた巨竜のブレスがアオに向かって放たれた。

そのブレスは火炎などと生易しいものではなく、もはや閃光。プラズマとなって獣の頭部を吹き飛ばす。

「グルルル」

冷却の為だろうか、巨竜の咽が鳴動している。

獣の頭を吹き飛ばした事でカタは着いたと思っているのだろうか、巨竜の警戒が一段階さがったように伺える。

実際、霞の様に光る粒子に分解されていく巨獣を見れば決着はついたと考えるだろう。だが…

トリックスターはアオが得意とする所。煙の隙間からグンと巨大な剣が伸びる。スサノオの十拳剣だ。

巨獣の顔はやられてもアオにダメージがあるわけでもなく、この隙を逃すまいとスサノオを行使。これで封印すれば終わると、直撃を確信したアオの目の前でそのドラゴンはその攻撃をかわしてみせた。

「なっ!?」

だが、逃がさない。返す刀で頭を落として見せると振るうが…

「…っにぃ!!」

斬られるよりも速くその巨体が消失する。

どこにっ!と目を凝らせば大地の上に一人の青年の姿が見えた。

その青年を見たアオは、なぜかスサノオを解除。自身も地面に降り立つとその青年と対峙する。

そうしなければならないとでも言うかのように。

目の前の青年は黒い甲冑に左右の手には二振りの日本刀が()げられていた。

頭部には竜を思わせる角が左右に生えてはいるが、肌の色やそれら除けば人間とそう変わらないだろうか。

「君は…?」

アオが問いを発するほど、アオは自身の内から湧きあがる熱をもてあましていた。

知っているような、懐かしいような、それでいてとても暖かいものの様に感じる。

「あ、ああ…ああああああああっ!」

青年は狂声を上げると充血したように真っ赤なその瞳でまっすぐにアオを見ると、一走で距離を詰め、手に持った刀で斬りかかる。

「なっ!?」

その身の運び、剣筋、呼吸。どれをとって見てもそれは…

「御神流っ!?くっ」

虎乱をいなしつつ迫る薙旋を回避。

敵の熟練度は中々のものだ。

そこの強烈な魔力を乗せて放つものだからか、その一撃一撃は必殺の威力を持っていてとてつもなく重い。

アオにしてみればこの剣戟に付き合う必要な無い。だが…

アオはこの目の前の青年との剣戟に興じていた。まるで互いに何かに突き動かされているように。

気がつけば周りは二人の剣戟の音だけが響いている。

あれだけいたモンスターもどうやらソラ達が対処したようだ。地面に開いた大穴もどうにかソラが再び塞いでいて、これ以上モンスターが出てくる事もないだろう。

剣戟の音だけが響いていた。

「アオっ!」

周りのモンスターを潜り抜けて現われたソラは、しかし二人のその剣戟を見なぜか郷愁に囚われそうになる。

「なんだろう…懐かしいような…悲しいような…そんな感じ…」

ソラはそのまま二人の戦いを見守る事にした。



……

………
「はぁっ!これで、ラストっ!!」

響の拳が巨竜を吹き飛ばすと、周りにモンスターの影は無くなっていた。

「アオさんは…」

スタッスタッスタッ

乾いた着地音が複数
聞こえ、ソラの後ろに並ぶようにアオの戦いを見る。

「終わるわ…」

遂に剣戟の音は途絶え、アオの刀が青年の心臓を穿つ。

「っ…」

響たちの息を呑む音。

「お…と……さ…っ」

「…るー」

青年の体が光と変じ空へと昇る。それを見送るアオやソラの体から光る何かが分離し、添うように昇って行った。

「…アオ」

そっとアオに近づいてくるソラ。

アオの足元には二振りの日本刀が地面に突き刺さっていた。

天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)天之尾羽張(あめのをはばり)、か」

「そうね。私もそうだと思う」

知らないはずなのにね、ソラもと悲しそうな声で同意した。

アオはその二刀を手に取ると片方をソラへと差し出す。

「これは俺達一本ずつ持っていなければいけないと思う…」

「うん…」

と同意した後ソラは首を振った。

「今はアオが持っていて」

そう言ってソラは振り返り響達の元へ。

「もういいかな、なんて思っていたけれど…やっぱり止めたわ」

「ソラ…?」

「あの娘達にもちゃんと会いたいし…だから」

そう言ってソラはアオへと再度振り返る。

「必ず、受け取りに行くから。…だから、覚悟してなさいね」

帰りましょうかと言ってソラはアオの元を離れて行った。



……

………

響達の修練も無事に終了した頃。

「え?帰る…?帰るって何処に…?」

ようやく帰還の目処が経ち、帰還の準備を進めていたアオ達にパンドラの声。

「もともと俺達は異世界人だからね。もちろん、そちらに置いてきぼりをしている奴らも居る。帰らない訳にはいかない」

「そ、そんな…」

パンドラの表情に絶望が浮かぶ。

「ふむ、なるほど。ではこちらも準備を始めよう」

とアオの言葉を聞いていた団長の声。

「みなっ!準備を開始しろ」

「了解」

「いえっさー」

「忙しくなるな」

「パンドラちゃんも準備しないとっ!」

「へ、準備って…?」


「何々?わたし達の送別会でも開いてくれるの?」

と響。

「む、そんな訳無いじゃんか」

「は?」

「もちろん、我々もそちらの世界に同行する」

「「「はぁっ!?」」」

アオ、響、パンドラの戸惑い。

「何を言っている…?」

「だって、この世界にサブカルチャーなんて物ないんだぜ?」

「オタクである俺らにこの世界で一生を過ごせって?」

「目の前に現代日本への切符が有るのに乗っからない訳には行かないだろうがっ!」

とミィタ達がそれぞれ口に反論。

「な、なるほどっ!その手が有ったねっ!」

なぜかノリノリのパンドラもミィタ達と一緒に身辺整理をし始めた。

「おいまて、パンドラはこの世界の神様ではないのか?」

「そうだけど。その責務の全てをほっぽり出して下界に降りて来たんだよ。今更神の責務と言われても困る」

おい…

「シルちゃんやリューちゃん達にはどうせこの世界のお金なんかもう使わないだろうから一生安泰分だけ残しておいて、残りは貴金属類に変えておかないとな」

「そうだな。その辺りはしっかりと面倒見ておかないと後味が悪いものなっ」

「あ、そうだ。この天道宮と星黎殿をどうしようか…アオさん、持っていけるー?」

「む、まあ勇者の道具袋や神々の箱庭に入れれば何とか…?」

「おー、さっすがアオさん。この二つは上げるんで貰っちゃって」

どうせ向こうの世界じゃ使わないし、とミィタ。

まぁ、確かに現代日本では使い道が少ないわな…

「良いんですか、アオさん」

とシリカ。苦労するのはシリカでは無いので聞いてくるだけだが。

「まぁ…何とかなるだろう…たぶん…」

ミライの戸籍も捏造してもらったのだ。何とかなるだろう。

「それじゃ、あなた達もしっかりね」

ソラが響達に簡素な別れの言葉を告げる。

「はい、ソラさんも」

「まぁ、すぐに会えるとは思うんだけどね」

「は?」

「なんでもないわ。また会いましょう」

団長やミィタ達の準備を待ち、アオ達は帰る。彼らがここで成した偉業は後世書き換えられ正確には伝わらない。しかしそこには確かに彼らの冒険があったと言う事実は各々の胸の中にだけ刻まれていれば良いのだ 
 

 
後書き
と、言う事で後編はシンフォギアクロスでした。まぁ、全体を通して主人公はむしろ団長達なのかもしれませんが。こういうのもたまにはいいかな、と。
もうストックもないので今年のエイプリルフールは本当にないかもしれませんねぇ… 
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