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エターナルトラベラー

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外伝 ダンまち編

 
前書き
年末ですので外伝です。これはクロスアンジュ辺を書くよりも前に書き上げてはいたのですが…まぁいろいろとチートとかアンチ成分過多の為に放置していたのですが、年末と言う事で楽しんでいただければ幸いです。 

 
この世界には神様が身近に居て、そして世界に唯一つ、本物のダンジョンが有る。

ここは世界の中心とも歌われる巨大都市、オラリオ。

この世界で一攫千金を狙いたいならダンジョンに潜れ、とまで言われる夢と悲劇、そして冒険が紡がれる。今日もまた、この世界の中心で。

神様は本来万能だ。何でも出来て、下界のものなど足元にも及ばないような力を持っている。

しかし、そんな神様達が下界に下りて来る時、彼らは彼らなりにルールを設けた。

神様はその体に宿る神の力、アルカナムのほぼ全てを封じ込めまたそのアルカナムを行使すれば強制的に神の世界に帰される。

神でありながら、下界の人間達と同じ舞台に立ち生活したいと言う超越者の娯楽的欲求の為にあえてそう言ったルールを設けたのだ。

しかし、何の力も持たない神様が下界で生活で来るか、娯楽を謳歌できるかと言う問題が浮上する。

生きる為にはお金が必要。それは神であっても変わらない世の摂理だったのだ。

そこで神様は自身の恩恵、ファルナを人間達に与える事でその恩恵(ファルナ)を与えた人間達に養ってもらうと言う構図を思いついた。

神の【ファミリア】の形成だ。

事実、恩恵(ファルナ)は人間達を劇的に強化させ、モンスターの蔓延る原野からあらかた駆逐させてしまうほどだった。

そして現在。

人間達はこのモンスターの発生場所に蓋をするように巨大な(バベル)と街を作り、モンスターの地上への進出を防ぎつつ、冒険者達がダンジョン内からいろいろな物を持ち帰ることで発展していくと言う構図が続いている。

つまり冒険者とは神の力で強化され、神を養いつつダンジョンに冒険と富、名声を求める者たちと言っても過言ではない。

そんな華やかな都市の裏側には(うち)捨てられた建造物が見える様に、貧民層も存在する。

これは大都市には付き物の癒える事の無いガンだ。

そこにはいろいろなものが吹き溜まる。

ならず者、お尋ね者、そして親に捨てられた子供。

「ああ、いつもの転生か…」

年は5か6か。自分の手のひらを握り身長を確認して男の子はそう言葉を発した。

纏っている服はぼろく汚い。髪の毛も手入れされているとは言い難くボサボサだ。

いかにも乞食の子供と言う様相。

しかし特徴を挙げれば恐らく綺麗にすれば日の光で輝く光沢を照り返すだろう銀の髪と、それに隠れて目立たないが普通のヒューマンとは異なるとんがった耳を覗かせる。

そしてそんな彼に見合わない一つの宝石が彼の胸元で揺れていた。

「ソル、悪いんだけど。浄化かけてくれるかな?」

『了解しました。ようやく思い出されたのですね』

「まぁね。いままで守ってくれたんだろう?ありがとう」

『お気になさらず』

心地よい風がアオの体を吹き抜けるとボロはそのままだが汚物のような体臭は綺麗さっぱり無くなった。

見た目の割りに体に傷が無いのはソルがアオに危険が及ぶと魔法を自動発動していたのだろう。

まぁ、その為に鬼子として疎まれていたわけでは有るが…

「さて、どうするか…特に目的も無いけど…まぁまずソラを探さないとかな」

自分がここに居る以上ソラもどこかに居るはずなのだ。

「もしくは、居ない方が良いのかもしれないな…」

そんな独白。

覚醒後、アオはソルからこの世界の情勢を聞くと今後の活動を思案する。

「ダンジョン、ねぇ…お金を稼ぐには手っ取り早そうだが…」

しかし、ギルドに加盟するには最低【ファミリア】に加盟する事が条件。さて、どうするか…

「こんな貧相な子供を【ファミリア】に入れてくれる所があるかどうか…それならいっそ」

新しい【ファミリア】なら可能かもしれない。そう考え、そして否定する。

フリーの神なんてそれこそ探す方が難しいだろう。

「あーあ、どこかに神様落ちてないかな…」

テクテクと取り合えず街の明かりに釣られるように貧民外を出ようと歩いていたとき、アオの足が何かを踏みつけた。

ブミッ

ブヨンと弾力に弾み返され視線を向けると横たわる人影。

「わわわわわっ!?」

バランスを崩した体を何とか制御して踏み越えると後ろを振り返り確認。

「…うん、見なかった事にしよう」

何も無かったとアオは歩を進めるが…その足首を何ものかが掴み再びバランスを崩し…

「うわわわっ!?」

そして転倒。

「あたたたた…」

足首をあらん限りの力で拘束する何か。視線を向ければ薄汚れているが纏う雰囲気が精錬だ。

神──

地上の者たちは降りてきた神を一目で分るらしい。

まぁこの普通の人では無い気配を誰もが感じるならそれは一目瞭然だろう。

頭の両端でピンクの髪をリボンでアップに纏めている。見た感じ少女のような体つき。

この貧民外はあらゆるものが吹き溜まる。それはどうやら神様も同様らしい。

「おなか…空いた…」

と言って力なく倒れこむ女神。次いで拘束していた右手の力も抜けたようで拘束を脱する。

「とは言っても…俺も何も持ってないんだけどね…」

自身の体を見るに食料関係を持っているようには見えない。

きょろきょろと辺りを見渡して見つける事が出来たのは強要の井戸くらいだ。

「しかたない、か…」

アオはその女神を道の脇の壁に横たえると井戸へと走る。

当然コップなんてものを持っている訳も無く…

手酌で水を救うと女神の元へと掛け、口元へと傾ける。

つーっと女神の口に水が入るとゴクリと嚥下する音が聞こえた。

「美味しい…生き返る」

「ただの水だけどね」

「うっ…そうね…全然おなかは満たされて無いわね…」

と女神が言う。

グギュルゥとお腹の音がなった。

「じゃ、そう言うことで」

「ちょっとまってっ!?」

アオが踵を返して去ろうとすると、後ろから抱き付かれるようにして拘束された。

「お願い、もうあなただけが頼りなのっ!私の【ファミリア】に入ってくれないかなっ!」



……

基本神様は恩恵(ファルナ)を与えファミリアを形成する事でその団員…家族に養ってもらうものらしい。

しかし、いくら神と言えど、下界に来てすぐにファミリアを見つけられる神だけとは行かないようだ。

冒険者志望の有望株は名前の通ったファミリアに自分を売り込みに行くし、最近降りてきたばかりで無名の女神の勧誘を受ける人間は皆無だったそうだ。

結果目の前の彼女は行き詰まり、この吹き溜まりへと流れ着いたらしい。

「神様…ちゃんと現実を見てる?目の前の人間が何歳に見える?」

「5・6歳?」

「大の大人(かみさま)が子供に養ってもらおうとするなよ…!」

ソルから聞いた話ではもう三つほど実際は年齢が高いらしいが、長年の栄養失調で成長できないでいる様だ。

「で、でも…恩恵(ファルナ)を与えればダンジョンの上層位なら余裕で立ち回れるって聞くし…恩恵(ファルナ)の効果に大人も子供も無いから…」

どうやら神様に人間界の常識?は通用しないようだ。

人間(こども)人間(こども)と言う事なのだろう。

「ね?お願いだよ、神様を助けると思ってさっ」

「ええいっ!放せっ!」

「いやっ!うんって言ってくれるまで放さないっ!おねがいだよ、もう君だけが頼りなんだ」

わーわーやる体力は双方に無く、すぐに沈黙。

それでも放さない神様にアオの方が折れた。

「まぁ…冒険者にはなりたかった所だ。恩恵(キップ)がもらえるなら別に構わないか」

「本当っ!?」

気色を浮かべる女神様。

「ただしっ!」

拘束を振りほどいて振り返るアオ。

「俺に共通語(コイネー)を教えてください」

今記憶が戻ったアオには喧騒で耳にしたこの世界の言葉が分らなかった。

目の前のこのいかにもダメそうな女神の言葉が分るのは、腐っても相手は女神だと言う事なのだろう。

「そんなのお安い御用だよっ!さあ、ちゃっちゃと恩恵を与えるから背中を向けてっ!」

アオの申し出を何の事は無いと深く考えもしないで了承する女神。

アオは言われるままに背中を向けると、女神はアオのそのボロをめくり上げ、その背中を現した。

「…小さい背中…それにやせっぽちね」

「なにか?」

「んーん、なんでもないわ」

言うと女神は人差し指を持っていた陶器の破片で傷つけ(イコル)を滴らせるとその指をアオの背中に押し当て何かを書き綴っていく。

神聖文字(ヒエログリフ)と言うミミズののたくったような文字をアオに刻み込むと、アオは何かがアオに流れ込んでくる感覚を感じ取る。

恩恵(ファルナ)…か」

なるほど、とアオは思う。

絶大な神様の力のほんの一部を恩恵と言う形で送り込んで人間を強化しているのだろう。

自分のオーラとは違う力が外部から混ざる違和感を何とかいなすと体に確かな活力を得た。

「あれ…むむむ?」

「何か?」

「あ、いや、なんでもない」

と女神は誤魔化す。

「それよりも、これで私達は家族…【ファミリア】になったんだから、私の事はママっ!て呼んでくれても構わないんだよ?」

「………さて」

その言葉を聞いてアオは視線を上から下へと向けてその体つきを確認するとさっくりと無視をする。

「俺は…たぶんアオって言います。ファミリーネームはまだありません」

「これはご丁寧に。私はパンドラ。女神パンドラって言うの」

ここまで結構な展開があったが、ここで初めて二人は互いの名前を知ったのだった。



……

………

時刻は真夜中だが、このオラリオのギルドは眠らない。

アオはパンドラを伴ってギルドへと赴くとそこで冒険者登録を済ませた。

言葉も文字も通じないアオはパンドラに代筆させ、ギルド職員の言葉はパンドラが通訳する。

「神パンドラ。もしかして、その子、共通語(コイネー)が使えないんですか?」

ギルド職員の受付嬢がそう質問してきた。

「そうみたい。まぁ、それはおいおい。言葉を私が教える約束になっているんだ。大丈夫、放り出すなんて事はしないよ。なんて言ったってこの子は私の【ファミリア】の第一号だからねっ」

そんな神にあるまじき事はしないとパンドラは胸を張る。

それから簡単に幾つかギルド施設を紹介してもらい、アオはパンドラをこのギルド施設に留まらせるとその体をこの街の中心、白亜の塔目指して歩を進める。

「ちょっと、アオくん、武器、武器はっ!?」

パンドラは慌ててギルド職員に借金をして譲ってもらったと思わしき短剣(ナイフ)をもって追いついた。

「はい、頑張って来るんだよっアオくんっ!私の為にっ!」

「最後のが余計…」

嘆息する激励を貰いアオはダンジョンを目指した。

街の中央広場(セントラルパーク)は今は時間も深夜と言う事で他の冒険者などの姿もなく閑散としているが、その白亜の塔の入り口から地下へ向かうとこの世界唯一のダンジョンがそびえる。

冒険者とはそのダンジョンで生れ落ちるモンスターを駆逐しその体内にある魔石を持ち帰り売りさばく者たちの事。

この世界でモンスターから無限に採取できる魔石は所謂文化的生活のためのエネルギー源として利用され、街の明かりや保冷庫のようなアイテムの使用に欠かせない。

そしてその魔石が唯一産出するこのオラリオが発展するのは当然の事で、世界の中心と言われるのもしょうがないのかも知れない。

『はじまりの道』と言われる地下への大通路。

ここから多くの冒険者がダンジョンに足を踏み入れ、また冒険(ドラマ)が繰り返されてきた。その始まりの街道。

そこを齢にして6歳ほどの少年が歩いていく。

小人族(パルゥム)よりもまだ小さいその体。装備はパンドラに渡されたナイフ一本。

この上層にある一階層に現われるモンスターは恩恵(ファルナ)を貰ったばかりの冒険者でも遅れを取る事はまず無いらしい。

それほどまでに神の恩恵とはこの世界の人間に対しては強大なものなのだろう。

「まぁ、関係ないか…」

レベル1のアオに分け与えられる恩恵(ファルナ)など大した量ではない。言ってしまえば…

「最低限のそれも歪な纏が出来る程度、ってね」

それでも普通の人間からは超人になるだろう。

地下なのになぜか薄暗い照明に照らされて視界が確保される地下迷宮。

グルッ

目の前に現われるのは犬のような二足のモンスター。

コボルト。

一匹で現われたその化け物は弱々しく見えるアオに襲い掛かった。



……

………

その頃、ギルドの待合室に残った女神パンドラはギルドの受付──殆どの場合ギルドの受付嬢は美麗揃いだが──に声を掛けた。

「ねえ君」

ハイと応えるギルド職員にパンドラは質問を投げかけた。

恩恵を与えたばかりのレベル1の冒険者の【ステイタス】はどのようであるのか、と。

「えっと…それは魔法、スキルも何も無く全てのアビリティはI評価のはずです」

「それじゃぁもちろん発展アビリティなんてもは…」

「ある訳無いじゃないですか」

「そっか」

それきり女神パンドラは黙る。

発展アビリティとは恩恵(ファルナ)を得たものがレベルアップの際にそれまでの経験値(エクセリア)によって発現するかもしれないアビリテイの総称だ。

有名なものでは『狩人』『耐異常』『鍛冶』等で、そのランクもGまで上げれば高いほうと言えよう。

(だったら…)

その情報の確認を元にパンドラはアオの【ステイタス】を思い出す。

アオ

Lv.1

力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

この基本アビリティにはどこにもおかしいところは無かった。

数値がゼロなのはまだ与えたばかりで経験値(エクセリア)を還元していないのだから当たり前の事だ。

神は子供(にんげん)恩恵(ファルナ)を授かって以降の埋もれた歴史を引っ張り出し経験値として還元しパラメーターを上げていく。

そして上記のアビリティは…パンドラは初めての事では有ったが知識として…一般的なものでありそれ以上でもそれ以下でもない。

ここに潜在的な魔法スロット枠(最大三枠)が刻まれるだけである。

しかし…

(彼は異常だ…)

アオのアビリティ欄はこれで終わりではない。

商人:G 遊び人:G 賢者:E 盗賊:S

(何?本来ありえない筈の発展アビリティの…しかもこの数…彼は本当にレベル1なの?しかも盗賊がS評価ってっ!?)

いや、それは自分で確かめた事。彼は確かにレベル1であり初心者だ。

(しかもこの発展アビリティ…一つも聞いた事が無いんだけど…きっとレアアビリティだよね…)

レアアビリティ。今までに前例が無いそれらは娯楽に飢える神様達には格好の餌だ。

(うう…周りに相談も出来ない…さらに…)

彼女が頭を悩ますものはまだあった。

(アオの魔法スロット…三つなんて生易しいものじゃないんですけど…)

恩恵を受けた人間が覚える事ができる魔法は三つ。威力の強弱を使い分けられる一級の魔導師で九つと聞く。だが…

(もう、数えるのが面倒くさくなるほどだった…しかも一部文字化けして私にも読めないし…)

ホイミ、メラ、ギラ、イオ、ヒャド、バギと思い出しては頭を悩ませた。

(さらにスキルも…)

【技能継続】

習った技術を劣化無く使う事が出来る。

【技能習得】

技能習得速度上昇。

技術を習得する機会が与えられる。


(問いただしてみようかな…)

神は相手の嘘を見抜ける。だから嘘を言われればすぐに分るのだが…

(やめた。アオくんはアオくん。それでいい)

きっと彼は何か得体の知れない部分を多く隠し持っている。だが彼女は自分の眷属(ファミリア)を信用する事に決めた。

(アオくん…はやく無事で帰っておいで…)

そしてクゥとパンドラのお腹がなった。

(私のお腹と背中がくっついちゃう前に…)

普遍である神がそんな事態にはならないのだが、まぁ比喩表現だ。彼女はそこまでに空腹だった。

思い悩んでいた事は空腹の前に思考停止し、闇の中へと消えていった。



……

………

モンスターは倒して息の根を止めたあと、核である魔石を抜き取ると灰に返る性質を持つ。

しかし、灰に帰った際、生前の巨力名身体的部位などが残される場合があるらしい。それを神様達はドロップアイテムと言い、下界の者たちもその名前で呼んでいる。

「変な感じ…」

そう言うものだと思ってもやっぱり生物としておかしく感じるのはアオだからであろうか。

「まぁ、そう言うものと割り切るしかないか…」

アオは魔石とコボルトの牙などのドロップアイテムを数個拾い集めるとまずは換金しようと深入りはせずにダンジョンを上っていった。

「はい、1000ヴァリスです」

とパンドラを伴って換金する。今日のところは借金であるナイフの代金は引かないでいてくれたらしい。

「「お、おぉ…」」

パンドラと二人歓声を上げる。

この街では一人50ヴァリスもあれば一食腹を満たす事が出来るらしい。

しかし、冒険者用のアイテムは軒並み高く、1000ヴァリスなど端金(はしたがね)も良い所。

しかし、今のアオ達にはお腹を満たすには十分だった。

時間はもう夜が白み始めた早朝。

「アオくん…私はもうお腹のすき具合が限界でフラフラしているよ…」

「奇遇ですね、俺もです」

「なるほどなるほど…」

「では…」

「うむ…早速買い物にっ!」

「あ、まだお店は開いてませんよ?」

とパンドラがテンションを上げた時、そのテンションを地に落とす言葉を発するギルド職員。

「ぐっはぁ…アオくん…私はもうだめだ…君だけでも…生きて…がく…」

「神さま…神さまーっ!?」



……

その後、速く開いたお店に食料を譲ってもらうとアオ達は裡捨てられた教会にその身を落ち着けると買った食糧に口をつけた。

「おいしぃ…こんなに美味しいものがこの世界にあったなんて…」

「まぁ、ただの黒パンですけどね」

「バカ言えっ!これはどんな天壌の美酒にも勝る…」

「御託は良いんで。いらないんだったら貰いますよ?」

「あ、ごめんなさい…すみません、食べますから奪わないで下さい…」

涙眼になってパンドラは自分のパンを背に隠した。

下界で神の力…アルカナムを封印している彼ら彼女らは一般人と同程度の肉体的キャパシティしか持ち合わせていない。

恩恵(ファルナ)を得た人間の方がよっぽど強力なのだ。

「さて、お腹も膨れたところで、私達の(ホーム)を見つけなきゃね」

「あぁ…あんな路地裏に吹き溜まっていた駄女神にまともな(ホーム)がある訳ない…か」

「なんだとーっ!アオくん、喧嘩売ってる?」

「別に?まぁ、ホームと言われても稼ぎも殆ど無い俺達じゃ立派なホームなんて構えられるはずも無いし…ここで良いんじゃない?」

きょろきょろと、風化しているが雨風は凌げる教会を見てまわすアオ。

「えー、ここ…?」

「お、こんな所に地下室発見。まぁここなら最低限のものをそろえればそれなりに生活できるかな」

「ちょ、ちょっと、アオくんっ!」

数年後、黒髪ロリ巨乳の女神の最初の拠点になる地下の隠し部屋は、しかし今はアオ達のホームとなったのだった。



彼らと出合ったのはいつだっただろうか?

女神(パンドラ)と出会って一年ほどした頃であろうか。

レベルも2に上がり、発展アビリティ【採取】を覚えた頃…アオはまだソロでダンジョンに潜っていた。

場所はダンジョン22層。

この階層になると、ここまで来れる冒険者は全体の半分以下になる。

探索していても広いダンジョン、中々冒険者には出会わないのだが…

ドドドドと道の先から煙を上げながら走ってくる冒険者パーティ。しかもその後ろには巨大な蜂のようなモンスター、デーッドリー・ホーネットが群れを成して追いかけてきている。

ヒューマンが二人、小人族(パルゥム)が一人、エルフが一人の四人PT。

「おおおおおおっ!おいっ!前、前っ!」

小人族の青年が叫ぶ。

「ああ、なんだっ!?今はそれどころじゃねぇっ!気合入れて走れーーーーーっ!」

脇目もふらずに必死に駆けているエルフの青年の怒声が飛ぶ。

「ちげぇっ!このままトレインしていくと、後ろのモンスをアイツに擦り付けちまうっ!」

「「「なんとっ!」」」

他三人の声が重なる。

怪物進呈(パス・パレード)とこの世界で呼ばれる処理しきれないモンスターを他のPTに擦り付ける行為は、生き死にが掛かる現状意外と頻繁に行われていた。

だから、目の前の彼らがモンスターを目の前に居るアオに擦り付けたとしても、しょうがない事だ。しかし…

「総員反転っ!」

PTリーダーだろうか、エルフの青年の掛け声で皆反転する。

「おおおおおおおっ!」

エルフの青年が大盾を構え、地面にしっかりと足を踏みしめ構える。

それに習い他の三人もそれぞれ武器を取った。

「速く逃げてくれっ!時間は稼ぐっ!」

小人族(パルゥム)の少年が言う。

「くるぞぉおおおおおおおっ!」

言っている間にドンッ!と巨大蜂の先鋒を受け止め、力を振り絞って跳ね返す。

そしてその盾を頼りに両端から挟撃し始める。

「何をしているっ!はやくっ!」

とリーダー風のエルフの男が吼える。彼らは必死だった。必死でデッドリー・ホネットを押さえ込んでいる。

しかし、かなり劣勢だ。彼らではこの数を捌ききれないのは明白。

「援護します」

アオは右手にソルを抜き構えると四肢を強化、疾風の如く駆けてデッドリー・ホーネットへの攻撃に加勢した。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

「死ぬかと思った…団長…解毒ポーションお願い…」

「はぁ…はぁ…ほれ、呑んでおけ」

と解毒薬をPTメンバーに渡すエルフの男性。

ようやく一息つけたのか、小人族(パルゥム)の青年がアオに近づいて来た。

「すまなかった、助かったよ。本当にありがとう」

「ああ、俺らだけじゃあの数は手に負えなかった…」

「マジで死ぬかと思ったね」

と口々に言う。

「トレインしてきたモンスターを擦り付けようとは思わなかったのか?」

ダンジョンでは日ごろから普通に行われている事だろ?とアオ。

「ん、ああ。それは俺らの矜持が許さなかっただけさ」

とリーダーの青年が言う。

「俺はルイージ、こっちはミィタでフィアットと月光」

と自己紹介をするルイージ。

「アオです」

「む…?うーむ…」

「ちょっと団長」

こっちこっちとミィタが呼ぶ。

すると団長と呼ばれたルイージを含み顔を近づけまるで円陣の様に互いの肩を抱いてヒソヒソと話し合っていた。

「彼ってもしかして…」

「名前も一致しているし…」

「あんまり良く覚えてないが、あの人の杖ってあんな形じゃなかったか?」

「「「うーん…」」」

「まぁ聞いてみるか」

「だが、何て聞く?」

「直球でいいのでは無いか?」

「いや、だが…ここは遠回りに…」

と話し込むこと数分、どうやら纏まったようでルイージが問いかけてきた。

「アオ、君はSAOを知っているか?」

「エス、エー、オー…?何かの頭文字ですか?」

と言うアオの答えに再び円陣を組む。

「おい、知らないらしいぞ」

「別人かっ!?」

「だが、この世界ではパスパレードとは言っても間違ってもトレインとは言わないよな?」

「電車なんてねーもんな」

「「「「うーむ…」」」」

再び話し込むともう一度ルイージからアオへ質問が。

「君は転生者、だろうか?」

「「「直球っ!?」」」

転生者と言う言葉にアオの眼がスッと狭められる。

アオは警戒を強めた。

過去の経験から転生者と関わってもいい事が無かった事の方が多かったからだ。

すっとぼけても良かったが、強化したアオの聴力では彼らの会話は筒抜けで、アオ自身も彼らの素性をおぼろげながら中りをつけていた所に先ほどの質問。

確定だった。

「君達も、だろうか?」

と冷たい声で返したアオの言葉に、しかしルイージ達は破顔する。

「おおっ、やっぱりかっ!」

「久しぶりの同士かっ」

一気に砕けた雰囲気を纏った彼らにアオはあっけに取られ、バシバシと叩かれる肩を痛ませながら脱力する。

「あ、あれ…?何か俺の思っていたのと違う…?」

「お、もしかしてお前さんも複数回目かい?もしかして過去にそれでイヤな目にあった口だな」

とミィタ。

「あ、ああ…」

「まぁ、利己的なヤツだって居るだろうが…まぁ人間それぞれって事だな」

今日はもうあがろうと正規ルートを指差され、階層を登り18階層へと戻る。

18階層は珍しくモンスターが生まれない安全地帯でありアンダーリゾートとも呼ばれる景観の美しい場所だ。

ここはそのモンスターが生まれないと言う条件に、冒険者達が勝手に町まで作っているような場所で、ダンジョンの中で比較的安全にレストが取れる場所でもあった。

「町の方は物価は高いし、内緒話には向かないから、この辺でキャンプしよう」

とルイージ…団長は声を掛けた。

彼らの話を聞いていると、彼らはどうやら二回目の転生らしかった。

前の転生先には魔法などの技術は有ったらしいのだが、素質が無かったのか学ぶ気が無かったのか習得せずに終わったらしい。

「だったら、どうして…こんなダンジョンなんかに潜っているんですか?」

「前世でも俺達が命をベットした経験が無いなんて言ってくれないでくれよ」

とミィタが言う。

「デスゲームと言うジャンルがある。良く小説でゲームの中に取り込まれたりして、ゲーム内の死が現実の死になると言うアレだ」

月光の言葉にコクリとアオが頷く。

「俺達はそう言う事件に巻き込まれて、そしてそこで出会ったんだ」

とフィアットが懐かしそうに言う。

死が隣り合わせのVRMMOの世界で必死に生きもがいてきた、と。

「実際、何度か死を覚悟した事もあったな」

カカッと団長が笑いながら言った。

「で、精一杯生きて…まぁみんな天寿を全うしたんだが…気が付いたらこの世界に生を受けてな。で、この世界にはこんなダンジョンがあるだろ?懐かしさと、未知への探求に火が付いてな?」

「それで、このオラリオに来たんだが…」

そこで劇的な再開、となったそうだ。

「皆さんは皆同じファミリアなんですか?」

基本的に、冒険者は同じファミリアでチームを組む。神様同士の関係も有り他派閥の冒険者は倦厭されるものなのだ。

だが、その答えは意外なものだった。

「いやぁ?」

「皆がそれぞれこのオラリオに来たからな。当然ファミリアはバラバラだ」

とフィアットと団長が答えた。

「大丈夫なんですか?」

「神の神威(いし)なんて知った事かよ。親の喧嘩に子供は関係ないだろ」

まぁ、それは…そうなのだろうが…この世界に人間はそう言う考え方はしないんだろうな…

これは彼らが転生者だからでもあるのだろう。

「ぶっちゃければ主神なんてものはお金を払って恩恵(ファルナ)の更新をしてくれる存在と割り切ったほうが楽だ。彼らの神格(じんかく)なんてほんとまともなヤツの方が少ないぞ?」

ネットの書き込みをみてゲラゲラ笑っている現代人のような存在が大半だ、とミィタが言う。

それでも主神を盛り立てるファミリアにどうしてもなじめないらしい彼らは殆どホームで生活していないらしい。

まぁ、ステイタスの更新は受け持ってもらっているらしいのでダンジョンに潜るのには支障は無いらしいが。

その後は盛大にグチ合戦だ。ダンジョン内であり聞き耳を立てている主神も居ないと出るわ出るわ。

次第に話題は主神(かれら)から現状へと移り、そして自己への不満となっていった。

「せっかく魔法スロットも三つと多い俺達なのによっ!どうして魔導書(グリモワ)ってのはあんなに高けーんだよっ」

とフィアット。

「まぁな、魔法を覚えるのに手っ取り早いのはやはり魔導書(グリモワ)を読む事だろうな。だが、やはり高いが…」

と団長も続ける。

「そうだぜ。せめてホイミみたいな魔法が使えれば、もっと探索も楽になるのになぁ…」

とミィタ。

彼らの人柄が今までの利己的すぎる同輩とは違ったからだろうか、ぽろっとアオは口を滑らした。

「ホイミ?俺使えますよ?」

「「「「なにぃーーーーーーーーっ!!」」」」

異口同音に絶叫。

「ちょ、どう言うことだよっ!」

がたがたと、その小人族の小さい体の何処にそんなパワーがあったのか、両肩をつかまれて揺すられる。

「ちょ、ちょ、ま…分ったから、いう、言うから…!」

「ミィタ」

「あ、わりぃ」

団長にたしなめられようやくアオは開放された。

ゲホゲホと咳をついてのどの調子を整えてから答える。

「一つ前の世界で覚えました」

と。

それから掻い摘んで説明する。

「なるほど、Ⅲか」

「Ⅲだな」

「Ⅲ」

「ああ、Ⅲだ」

とミィタ達。

「Ⅲ?」

「ドラゴンクエストのナンバリングタイトルの三つ目。といっても俺達もそろそろ記憶が怪しいが、まぁ間違いないだろうね」

とミィタが言う。

それからどんな魔法があったかと言うミィタ達の雑談をアオは黙って聞いていた。

メイルシュトロームやメラガイアーなどの超極大魔法の存在を知らなかったアオにも新鮮な話ではあった。

「しかしアオは良いなぁ。ドラクエⅢの魔法が全部使えるのか」

「流石に勇者魔法は覚えてないみたいだがな」

とフィアットと団長。

「俺らもドラクエの魔法が使えたら…」

と言うミィタの呟きにそう言えば、と考えて言葉を洩らす。

「多分、俺が習得している魔法なら魔導書を作れますよ?」

「「「「なにぃーーーーーーーっ!」」」」

本日何度目かの絶叫を戴きました。

そこそこ高評価の賢者のアビリティ、これをもってすれば恐らく他者へ魔法を誘発させる事ができる魔道書の作成も出来るだろう。

「けど、たぶん皆はこの世界の恩恵(ファルナ)の制限…魔法スロットの上限は超えられないと思うけれど…」

「ふむ、つまり三つまでは覚えられる可能性があるのだな」

「まぁ、魔法スロットが三つあるのはエルフを除けば殆ど居ないのだがね」

「あ、俺の魔法スロットは5つ有る」

「「「なんだとっ!!」」」

まさかの団長の裏切り。まぁ彼はこのメンバーの中で唯一のエルフである。元々の魔法的素質のある種族の恩恵に、転生ボーナスと言う事なのだろう。

しばらく団長はボコられていたが、次第にどの魔法を使いたいかの話にシフトしていった。

「まぁ、ベホマは外せないか…」

「そうなると残り二枠だな…」

ミィタとフィアットが言う。

「ザオリクもいざと言う時には必要なのでは無いか?」

と月光。

「俺は一も二もなくイオナズンで」

「この爆裂魔法中毒患者(くぎゅう)がっ!!」

「ぐはっ!!」

どこにそんな力が有るのかミィタのラリアットに団長が沈んだ。

「スクルト、ピオリム、バイキルトなんて言う補助呪文も重要だぞ…後はフバーハやボミオスなんかも」

「くっそ、魔法スロット足りなすぎるだろっ!」

フィアットの発言にミィタが吼えた。

「まぁ、PTを組んでいるのなら分散させるほうが良いかもね」

とアオが言う。

「まて、一番いるのはレムオルではないか?」

「「「「それだっ!!!」」」」

ナニに使うんだ…透明魔法(レムオル)

と言うか一番必要なのは脱出魔法(リレミト)ではなかろうか…

「と言うか、アオよ。しばらく俺達とダンジョンに潜らないか?」

と団長が言う。

「え?」

「まぁ、当然打算もある。君と一緒ならよほどの事がなければダンジョンでの全滅は無いだろうからな。報酬もアオが半分持っていっていい」

PTの稼ぎの半分をアオに差し出してでもダンジョンでの安全を買う。確かに理に適っているが…

「まぁ、俺達の目的はお金を稼いで豪遊するよりも一層でも多く下へ、未知への冒険へ、とね。その目的の為には君の力が要る」

そう団長が言う。

「まぁ、それも理由の全てじゃないぞ。俺達全員の旧友に君と似た人物が居たんだ、だから、な?」

ミィタがニッと笑って見せた。

「君と一緒に居るとまた昔のようにバカが出来そうな気がするし」

とはフィアット。

「こんなヤツらだが、付き合っているとそこそこ楽しいぞ」

そう言ったのは月光だ。

彼らと付き合うのは確かに楽しそうだ。だから…

「俺も探し人が居るからずっとと言う訳にもいかないけど…」

と言って少し間をおいて続ける。

「こんな俺で良かったら、よろしくお願いします」

ペコリと頭を下げた。

それにみんなはヨロシクーと返す。

「そうだ、アオはハーレムってどう思う?」

「どうって言われても…良く分かりません。と言いますか、複数の女の子と同時に付き合うのは…」

自分にはソラだけで精一杯だったのだ。たしかに男ならハーレムには憧れるが…

「だよなぁ、だが、昔の知り合いでそのハーレムを築いた憎らしいやつがいてだな」

「ど、どうして俺をつねるんです?」

ミィタにつねられてちょっと痛い。

「何、気にするな。その男がちょっと君に似ているだけだ」

フィアットも便乗してきた。

「お、そうだな…アイツは俺達の友であり…そして最大の敵だったな」

「しかり」

と団長と月光も悪乗りする。

「うがーーー、俺は関係ないでしょうっ!」

完全に彼らのおもちゃになりながらも、それでも居心地の悪さは感じなかった。


団長達のレベルを聞けば、どうやら全員先日レベル2に昇格したらしい。その勢いで18層を超えて探索していた所にあのデットリー・ホーネットに襲われて右往左往している内に仲間を呼ばれたらしい。

上級者殺しとも呼ばれるデットリー・ホーネットの厄介な所は、援軍を呼ぶ所だ。

一匹と油断しているといつの間にか大軍に囲まれ全滅しかねない強敵なのだ。

「そう言えば、アオの武器はそれ一本なのか?」

とミィタが聞いたのは腰に佩いた日本刀。ソルだ。

「はい」

防具は今の自分に合うようにソルが局部のみ顕現させている竜鎧。そして日本刀が一振りだ。

「ダンジョンではいつ何が起こるかもわからん。持っている武器が破損したり取り落とす事も有るだろう。サブウェポンは用意したほうがいいな…後で一振り打ってやろうか?」

「ミィタは鍛冶師なの?」

「まぁな。これでも鍛冶系のファミリアに入っているんだぜ?」

工房も一人一施設、【ファミリア】が用意してくれてんだ、とミィタが笑う。

団長達の武器や防具は全部ミィタの作品らしい。

「材料があれば今度頼もうかな」

「おう。とは言っても『鍛冶』の発展アビリティはまだ取れてないんだけどな」

上級鍛冶師(ハイスミス)を名乗る冒険者の殆どが『鍛冶』アビリティを持っているらしい。別に『鍛冶』のアビリティが無くても武器は作れるらしいが、有るのと無いのでは出来上がりに大幅な違いが出てくるそうだ。

「え、じゃあレベルアップで何を取ったの?」

「自分のスキルやアビリティは他人には教えないのが暗黙のルールなんだが…」

「あ、ゴメン…」

そう言ってアオは神妙な顔つきになる。

言えないのか言いたくないのか。

発展アビリティはレベルアップの時に一つ追加するチャンスがあるらしいが、それも絶対ではなく、経験値(エクセリア)の質によっては複数表れる場合と逆に何も現われない事も有り得るらしい。

アオの場合は色々あったが、取り合えず便利そうな『採取』を覚えたのだ。

これは魔石を抜き取る前のモンスターの死骸から剥ぎ取った物に対して灰にならずに手元に残るスキルで、ランクが高いほど高品質で剥ぎ取れるというものらしい。

レアスキルじゃんっ!?とパンドラが唸っていたが、何か彼女にしか分らない苦労が有るらしかった。

アオにしてみればレアスキルならラッキー、程度でしかないが。

「そっか、発展アビリティ…取れなかったんだね…」

「ちげーーーーーっ!?」

魂の奥からの叫びに思わずアオですら耳を塞いだ。

「ちゃんと取ったよっ!レアアビリティ『神秘』。いいかっ、このアビリティがどれほど重要かっ!これは魔法の道具を生み出すのに欠かせないアビリティなんだぞっ!わかる?」

鼻息荒く力説されてしまった。

なるほど、神秘のアビリティで作られる各種マジックアイテムはその効果が高いと聞く。使いこなしランクを上げればものすごいものが作れるのだろう。

「わ、わかったから…そろそろ揺さぶるのを止めてくれないか…」

がくがくと揺らされてそろそろ気持ち悪くなってきた。

「はぁ…はぁ…まぁ分ればいいんだ。鍛冶も当然取れたんだけど、鍛冶よりも優先するべきアビリティだったと言う事なんだ」

「あ、ついでに俺も発展アビリティは『神秘』にした」

と軽く言ってのけたのはフィアットだ。

「え?神秘って結構簡単に取れるの?」

「そんな訳ないよっ、俺達以外じゃオラリオにも五人と居ないレアアビリティだよっ」

ミィタが激昂した。

自然とアオの視線が他の二人に向かった。

「俺は『鼓舞』って言うアビリティが出たな」

「俺は『頑丈』だ」

団長と月光が答え自然と視線がアオに集まる。

「えっと…『採取』だったよ」

まぁ、発展アビリティも偶に効果がはっきりしない物も有る。

団長の鼓舞などは効果も分ってないらしい。

後日、アオの採取の効果を目の当たりにして皆がこのチートヤロウがっ!と吼えたのは違う話。


次の日。

まだ装備、物資とも余裕があるアオ達クランは再度18階層より下へと探索する。

「いやぁ、やっぱり魔法があると楽だわ」

と先頭で敵を受け止めるパーティの壁役(ウォール)である月光が言う。

アオがスカラで防御力を倍加させると昨日は逃げるしかなかった敵の攻撃を一人で受け止め、さらに傷一つすら付かない。

「だなぁ。敏捷に補正が入ると敵が遅い遅い」

ピオリムで敏捷を上げ月光が受け止めた敵を左右からミィタとフィアットが剣技(ソードスキル)が炸裂し、殲滅する。

しかし、とアオは思う。

彼らの技は独特だ。

武器を構え、一瞬の溜め(チャージ)の後、幾つかのバリエーションは有るが、まるで技の型を正確になぞっているような動きをする。

(チャージすると言う行為(せいやく)による威力上昇。また繰り出した技の途中キャンセルも不可能で、またモーションの最後は一瞬必ず硬直する。もろもろのデメリットをあえて盛り込む事で技の威力を跳ね上げているのか)

それはまさしく必殺の攻撃。

彼らは気が付いているのか分らないが、攻撃がヒットし、敵が怯んだ瞬間、彼らの武器は一瞬この世界から質量を消失している。つまり、敵をすり抜けている。

アオが同じ事をやろうとすれば、同じ動きは出来るだろう。しかし、敵に武器を撃ちつけた瞬間、その刃で敵を両断できなければそこで刃は止まってしまうだろう。

(パリング無効攻撃…)

これはモンスターにしてみればたまったものじゃないだろう。どんなに弾こうとしても次の手を阻めないのだから。

(しかも、技の出し方が上手い)

自分の剣技のモーションを熟知しているのか、決して無理はせず、絶妙なタイミングでモンスターに剣技(ソードスキル)を当てていた。

「よし、それではここで俺のイオナズンをお披露目…」

「「「や・め・ろっ!」」」

「ぐっはぁ!?」

団長が奪取で戻って来た三人に突っ込み倒される。

まぁ、こんな狭い通路で爆発魔法を…しかも極大魔法を撃てば通路が塞がる。止められるのも無理は無いか。

あらかた敵を殲滅し終えたかと思ったとき、通路の奥から大きな獅子ノモンスターの姿が見えた。

「げぇ、フレイム・ライガーファングっ!?」

ミィタの絶叫。

フレイムと名前が付くように、あのモンスターはその口から炎を撒き散らし、冒険者達を焼き殺す。

距離が詰まっていれば剣技の方が速く倒す事も出来たのだろうが…現状は距離も15M(メドル)と開き、さらに悪い事に口元から炎が漏れ始めていた。

もういつ炎を撃ち出してもおかしくない状況。

戦慄するクランメンバーの中で、アオを除けばいち早く状況に対処しようと動いたのは月光だ。

ガンッ

彼は騎士盾を地面に付きたてるように構えると静かに詠唱しだす。

昨日覚えた三つの魔法の内の一つだ。

敵を目の前にした彼の胆力は目を見張るもので、(ウォール)としてミィタ達からの信頼が厚いのも頷ける。

「…フバーハっ!」

ゴウッとフレイム・ライガーファングが炎を撃ち出すのと月光が魔法を行使したのはほぼ同時。

しかし、その魔法の効果が月光を、そしてその後ろにいるアオ達を炎のブレスから守り抜く。

フバーハ。

ブレス攻撃を軽減する魔法の護り。さらに持ち前の『頑丈』とスカラの効果で耐久も上がっている。

「おおおおおおおおっ!」

月光の盾がフレイム・ライガーファングの炎を割った。

「くそ、増えてるっ!」

続々と前方からフレイム・ライガーファングが集まり始めていて、有ろう事か一斉に炎を吐き出し始めた。

「心配ないっ、絶対に護りきるっ」

月光が通すものかと吼え、その姿を見て冷静さを取り戻したのか、団長も月光の後ろから詠唱を始める。

「ベギラゴンッ」

極大の電流を伴った火炎魔法が月光の横を掠めるように発射されると、フレイム・ライガーファングの炎とぶつかり、しかし抵抗も許さずに押し切って通路を疾走する。

炎が止み、敵の攻撃が沈黙すると、通路の先には崩れるダンジョン壁以外何ものの存在も無くなっていた。

「大丈夫かっ!」

月光に皆が近づき彼の無事を確認する。

「あーっ…死ぬかと思った…」

アオが回復魔法を掛けようかとするとその手を月光が遮った。

「いい、自分でさせてくれ」

と言った後、彼は自身でベホマを掛ける。

「ふぅ、しかし凄いな。ベホマは」

彼の体表に出来ていた火傷が傷一つ無く完治した。

「ああ、だがやはり魔法は凄い。逆境を跳ね除ける」

とフィアットが言う。

「本当はイオナズンが使いたかったんだがな」

「「「それは止めてください…」」」

三人にとがめられて、ちぇっといじけてみせる団長。

どっと笑いが漏れる。

通路の先は少し広いルームだった。しかしその先は行き止まりの袋小路。

中を確認してもモンスターの気配も冒険者の気配も感じ取れなかった為にここで少し休憩(レスト)を取り今日は帰ろうかと言う事になった。

今更だが、このダンジョンは自己修復機能を備え、モンスターはダンジョンの壁を割るようにして生まれてくる。

「よし、団長。この大きさなら爆発魔法(イオナズン)を使っても埋まる事は無いだろう」

「ここが一番の見せ場だぜっ団長」

ミィタとフィアットが団長を急かす。

「くっ…せっかく覚えたイオナズンがルームの壁を削る位しか役に立たないとか…」

「どう考えても狭い通路はベギラゴンのほうが有用だぜ?」

「ぐっはぁっ!」

ミィタが止めを刺したようだ。

ドドーン。

爆音が響き渡り、爆発魔法が炸裂しルームの壁面を削り取った。

モンスターはダンジョンの壁面から生れ落ちるが、壁面が壊されるとダンジョンはその修復を優先する。

その間はモンスターが生まれてくる事は無く、入り口を注意すれば完全な安全地帯となるのだ。

削り取られた壁面。

足元に散らばる瓦礫の山だが、所々にダンジョンの照明代わりのクリスタルが散らばり、大小さまざまな鉱物が散らばる。

「お、これもしかしてアダマンタイトか?」

と、興奮気味に拾い上げた鉱物を見つめるミィタ。

「マジかっ!?」

「そのようだなっ!」

アダマンタイト。


ダンジョンで採取できるレアメタルで、上層でも採取が確認されているが、やはり深い階層の方が採取確立は高いらしい。なのでこの中層域でも出る事は出るのだろうが…

「まだ有るかも知れん、さがせっ!」

団長の号令で皆で地面をあさり始める。

削り取った量が大量だった為か、そこそこの量を、それもアダマンタイト以外の鉱物も確保できた。

「いやぁ、大量だなぁ」

あまりのうれしさにさらに採掘をと団長がイオナズンをぶちかます事数回。

ミシッ…

ボロリと音を立てて崩れる壁。

「ん?」

覗き込めるほどに開いた穴の先から光が漏れ始めた。

「なんだ、アオ。何か見つけたのか?」

とフィアットが聞いてくる。

ミシミシッ

亀裂が広がると壁面が崩れ落ちた。

「うぉっ!?」

アオは思い切り飛びのいて崩落を免れる。

「大丈夫かっ、アオ」

「ああ、大丈夫ではあるのだけれど…」

ピシリと空気が変わる感覚。

グルルッグラァッ

壁面は崩れ去り、貫通したルームの先にそれはいた。

ルームの壁を貫通させた先に有ったのは水晶の乱立するルーム。

その中央にまるでその部屋の主とばかりに鎮座する一匹の…竜…

「にげ…」

団長がそう宣言した時にはもう遅かった。

グラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

ダンジョン内をつんざく咆哮。

耳を押さえ込まないと鼓膜どころか脳みそさえやられてしまいそうな怒声にみな足を止めて耳を覆った。

その衝撃のすさまじさの所為か、一箇所しかないルームの出口が完全に崩落。閉じ込められてしまった。

その竜の全高は7M、全長は15Mほどだろうか。

スゥ…

全身を剣のような水晶に覆われているそのドラゴンが息を吸い込む音が聞こえた。

「やばいっ!」

アオは直感でブレス攻撃だと予測して回避に努めようとするが、団長達へと狙いを定めたその水晶竜は、慈悲も無くその吐息を投げかけた。

「させるかっ!」

すかさず月光が盾を前に出し団長達を守る。

「ソルっ!」

アオはここからでは間に合わないとインターセプトを諦め魔法を二つ行使した。

「スカラ、フバーハッ!」

月光の防御力を底上げし、ブレス攻撃の耐性をつける。

グラアアアアアアッ

「いいっ!?ブレスじゃないっ!?」

攻撃自体はブレスと言って良いだろう。しかし、吐き出されたものは炎などではなく…大量の礫…

「ふんぬぅぅぅぅううううううううっ!」

血管が切れてしまうのではないかと思えるほどに自身の体に力を込めると月光はその大量の礫から団長達を守らんと盾を突き出した。

カンッカンッカンッと、金属が擦れる音が響き渡る。

弾かれる礫の攻撃に焦れたのか、巨竜は一際大きな岩とも呼べるほどの飛礫を吐き出した。

「月光っ、みんなっ!」

アオの目の前でドドンと巨石が撃ち放たれ粉塵が舞う。

「くっ…」

アオは瞳に力を込めるとその目を赤く染め上げた。写輪眼だ。

その巨体には似合わない俊敏さで水晶竜は立ち上がると、その跳躍力も遺憾なく発揮しアオを踏みつけんと迫る。

その攻撃を見切りかわしつつアオは着弾した月光たちへと気に掛けた。

「…バイキルト」

魔法名がアオの耳に届いたかと思われた瞬間、粉塵を掻き分け二つの影が躍り出た。

ミィタとフィアットだ。

それぞれ戦槌とロングソードを走りながら振り上げると水晶竜の足元めがけて振り下ろす。

ガィン、キィン

ミィタの攻撃に水晶竜は足元をグラつかせたが、フィアットの攻撃は全く通じず。

「げぇ、折れたッ!?ちょ、まっ!?」

折れたところに水晶竜の鉤爪が振り下ろされフィアットの情けない声を響かせながらあらん限り回避。

「ベギラゴンッ」

ドンッと振る降ろされた鉤爪に団長の閃光魔法が直撃する。

「助かったっ団長っ!」

武器をロストしたフィアットが命からがら抜け出して距離を取った。

「ぬぅんっ!」

その小さな体の何処にそれだけの力があるのか、小人族(パルゥム)のその矮小な体からは重いもよらない強烈な攻撃を繰り出し、手に持った槌を乱舞。

キュアアアッ

団長のベギラゴンの威力も有り、水晶竜が倒れ伏せる。

ドスンッ

「あんまりベギラゴンは使うなよっ!」

とアオの声がルーム内に響く。

「な、なんでっ!?」

「密室だろうがっ!」

「ああっ!」

ダンジョンの内部はどう言う構造なのか、人間が侵入可能な範囲に環境が整えられている。深く潜ったからと言って重力が増すわけでもなければ空気の密度が変わるわけでもないが、入り口が封鎖されたこの密閉空間内で燃焼させれば当然酸素が失われていくのは自明だ。

その為アオにしても『火遁』や『天照』の使用は選択肢から排除していたのだ。

さらに似たような理由で『風遁』も使えないでいる。密閉空間内で生成した風を解き放てばその膨張がこのルームを崩壊させかねない。

そして、その体表は驚くほど硬く、斬戟武器での相性は悪い。幾度の攻撃にも耐えられず、フィアットのように武器破壊されるだろう。

グララアアアアアッ

水晶竜が小さき人間たちに言いように転ばされた事に怒ったのか、唸り声を上げると再び攻勢にでる。

「どわわわああああっ!」

むちゃくちゃに振るわれる鉤爪にミィタも攻撃を中断し逃げ出した。

纏、練、凝

「おおおおおっ!」

アオは右手にオーラを集めると振り下ろされた鉤爪をかわし、その腹部を殴りつけた。

ドンッ

衝撃が水晶竜の腹部を突き抜けると、もがくようにまるで胃の中を吐しゃするように撒き散らす。

「ばかばかばかっ!!」

「なんて事しやがるっ」

「アオのバカー」

「ご、ごめーん」

撒き散らされるのは大量の礫。

いったいあの竜の何処に入っていたのかと言う位にルームを埋め尽くす礫の量に他の皆が逃げ惑う。

「誰か、あいつの口を閉じさせろっ!」

とミィタが叫ぶ。

「だが、どうやってっ」

月光が大盾でミィタ達を庇いながらぼやく。

「そうだ、少し時間を稼いでくれよっ」

「フィアット、何か思いついたのか?」

「ああ、ちょっと時間がかかるが…」

団長がフィアットの声を聞き思案する。

「よし、皆フィアットに敵のヘイトを向けさせるなよっ!」

と団長の指示が飛ぶ。

アオを特に警戒してか、アオの接近にいち早く対応する水晶竜。

さらに団長と月光も敵の周りをうろつき挑発。

しかしアオが懐にもぐりこむ前にその巨体には似合わない敏捷さで尻尾を振りぬき攻撃してくる。

「効くかわからないが…ルカニ」

耐久を下げる魔法を使い敵の硬質を下げる事に成功。

「よい、しょぉっ!」

そこにすかさずミィタの槌が振り下ろされる。

ギュゥアアアアアッ!!!

クリティカルとでも言うのだろうか。

しかしダメージに怒り、水晶竜の中で力が爆発的に高まった。

キュオオオオオオッ!

気合の咆哮とでも言おうか。その鳴き声と共に振り下ろされた巨腕はしかし、アオの姿を捉えられず、空を切る。

しかし、それはアオへの攻撃ではなかったらしい。

地面に深々と突き刺さった右腕。

そして右手から力が解放される。

ゴゴゴゴゴッと揺れ動く地面。そして…

「なっ!!」

アオの驚愕のその先で、地面から幾つもの(パイル)が乱立した。

「ミィタ、団長、みんなーっ!!」

しかし、アオの視界は乱立する杭に塞がれて彼らの安否を確認できない。

乱立する杭がひと段落した頃に土煙を裂く人影。

竜化魔法(ドラゴラム)ッ!」

砂塵に映るその影が歪んだかと思うと大きさを増し、さらに見上げるほどに変化。

すると砂塵の中からもう一匹の巨竜が現われた。

昨日の内にいくつか覚えさせた魔法の中でフィアットが選んだ魔法。それがドラゴラム。


グラアアアアアアアアアアッ!

巨竜は水晶竜へと肉薄するとその牙を突き立てる。

ルカニで耐久を下げた水晶竜にその牙は深々と刺さり水晶竜はもがきあがいていたが、巨竜は離すものかと食い下がる。

そしてついに噛み千切り、ルームに鮮血が舞った。

しかし、水晶竜は再び右手を地面に突き刺すと、今度は今までに無いくらい巨大な(パイル)が突き出して巨竜を打ち上げ、ルームの天井で押しつぶした。

グルァ…

巨竜はひと声鳴くとポワンとその身を人の身へと変じ、吹き飛ばされた勢いで杭に挟まる事無くルームの地面へと落下していくその姿はフィアットのものだった。

キレた水晶竜が眼前の落下するフィアットへとその鉤爪を振るう。

「させないっ!」

今、この時、完全に水晶竜の意識はフィアットへと向いていて、アオへの注視を忘れていた。

だからこそ、アオは慌てずに必殺の手段を講じる。

アオの隠しておきたかったとっておき。

しかし、その顕現は最小。

グルグルと写輪眼が回転し、万華鏡の様に変化。

その身を肋骨が包み込み、右腕のみが現われる。その右手の先にひょうたんが現われ、それを振ると中から長大な剣が現われた。

十拳剣。

周りは(パイル)が乱立し彼らの視界を塞いでいる。

「おおおおおっ!」

キュルウウ…

気合と共に振りぬいた刀身は振り上げたソルに同調するように動くと、フィアットがつけた傷をなぞりその巨大な首を両断する。

ドドーン…

首が落とされ、時間を置いてその巨体も地面に倒れた。

先立って、水晶竜が屹立させた杭が灰と共に消え去り、ルームにはミィタ達とアオ、そして動かない水晶竜だけが残った。

ヒュッとソルを振り鞘に戻すと皆の方へと振り返るアオ。

「みんな、無事?」

アオが地面に横たわっている彼らに問いかけた。

「おー、なんとかな…」

月光が返す。

「無事な訳あるかっ!きっちり死んどいて、どの口が言うカッ!」

団長が呆れたような、それでいてほっとしたような口で言う。

「えっと…?」

「いやぁ、最後の(パイル)の攻撃な、中々鋭くて…団長を護るので精一杯だったんだ」

たははと笑うミィタ。

どうやらあの混乱の中、致命打になる一撃をその身を呈して二人が防いだらしい。

で、団長が蘇生魔法(ザオリク)で生き返らせた、と。

「ザオリクが効いてよかったな…実際人間に使った事なかったから…」

とアオ。

「あれは蘇生と言うより復元に近い。それも多分時間制限があるだろう…魂が完全に天に昇ってしまっては戻せるかも分らん」

と使ってみた感想を述べる団長。

「まぁ、生きてるから良いじゃん」

とフィアットがあっけらかんと言ってのけた。

「だから、死んでたんだっつーのっ!」

「そう言えば脱出呪文(リレミト)は使えたんじゃね」

「「「あ…」」」

締まらない。


さて、油断と失念と反省を多く残した水晶竜戦。

「まぁ、せっかくだし解体しますか。魔石取り出さないと」

「ドロップアイテム出ると良いんだけどなぁ」

と言って魔石を繰り抜こうとするミィタを大声で止めるアオ。

「ちょっとまったっ!」

「何?」

「何もったいない事しているかっ!」

「は?」

ミィタから解体用のナイフを借り受けたアオは水晶竜を解体し始める。

『採取』の効果で剥ぎ取ったモンスターの肉体は灰にならずに解体されていく。

「これまで何回も思ったが…」

「ああ…」

「これだけは言わせて貰わないとな」

「うむ」

「「「「チート自重しろっ」」」」

クランの絶叫がルーム内に響き渡った。

あらかた解体し終えると、今度は運び出すのも面倒くさいと今度こそ脱出呪文(リレミト)でダンジョンを脱出し、短くも濃い迷宮探索を終えたのだった。


ミィタ達と共に地上に戻ると、いつの間にか裡捨てられた教会、つまりパンドラファミリアのホームであるはずのその場所が団長達のクランのたまり場になってしまっていた。

「ちょっと、ここは曲がりなりにも他派閥のファミリアのホームなんだぞっ!」

とピンクのツインテールを揺らして怒る女神様(パンドラ)

「まあまあ、いいじゃないですか。この通り貢物(おさけ)もほら、この通り」

団長がそう言うと、彼の隣に芳醇なワインの香りを匂わせる樽が運び込まれていた。

先立って換金した水晶竜の魔石が中々の金額になったので、にわか金持ちになっていたのだ。

ついでに解体した水晶竜のアイテムなんかは保存場所が見つからないとこの教会に運び込んでいる。

「む、そんなもので買収しようなんて…む、無駄なんだからね?」

「まぁまず一献」

とミィタが駄女神(パンドラ)にワインを勧める。

芳醇な香りにパンドラは逆らえず…一口、もう一口と開けていくうちに相当出来上がってしまったらしい。

ケラケラと笑う駄女神。

その上で精神はむしろ神様達に近い転生者である彼らと意気投合。いつの間にかこの寂れた教会がクランのたまり場所となりましたとさ。

さて、あの討伐した水晶竜。

希少モンスターである事は間違いなく、現段階で目撃例は皆無の新種のモンスターであったようだ。

長い間あんな出入り口も無い空間に存在していた為か、長い時間をかけて回りの鉱物や水晶なんかを取り込み消化と言う名前の精製を繰り返していたらしく、彼の巣とも言えるあのルームで糞と思わしき鉱物でさえ未知の鉱石であるのに、さらにアオの『採取』により体内から取り出された鉱石は、今のミィタでは叩けど熱せど形すら変えれないほどの純度と硬度を持っていた。

さらに剥ぎ取った鱗のような水晶や爪や牙なんかを売り払えば一生遊んで暮らせるほどだろう。

まぁ、せっかく貴重なアイテムをみすみす売りさばくなんて事はなく、未来への投資となったわけだが…それらも今のミィタでは手に余るらしくほぼ死蔵されている。

急務はまずはレベルを上げること。ミィタに『鍛冶』のアビリティを取ってもらわなければ宝の持ちくだされも良い所だった。

彼らとの一歩間違えば死ぬような冒険を繰り返しつつ…いや、何度か実際ミィタ達は死んでしまっているのだが、ザオリクで生き返らせつつ経験値(エクセリア)を溜める事一年。

ようやくミィタがLv.3に上がり『鍛冶』の発展アビリティを覚えた事で冒険が加速する事になる。

ミィタの発展アビリティの『神秘』と『鍛冶』それと発現したスキル『閃き』によって何となく素材があれば望むものが作られるようになったのだ。

『閃き』の効果は作りたい物に必要なもの、必要な手順が何となく分ると言うもの。

散々アオの事をチートだと言っていたが、アオはこの時ばかりはお返しをしてやったくらいだ。

団長達にしても呆れるものを作り出すくらいだ。

彼らは今オラリオの郊外へと来ていた。

「いつかはヤルと思っていたが…」

「ああ、ここまでとはな…」

「ミィタの執念…恐るべし…」

アオの手にあるのは青地に金の装飾を施された鞘、抜き放たれているのは一目に荘厳と人の目を奪うほどに美しい騎士剣。

約束された勝利の剣弐式…エクスカリバーⅡ…

魔力を込め振り下ろされた一撃は丘を切り崩した。

水晶竜の体内から出てきた未知の鉱石を、水晶竜の硬い堅殻で鍛造した渾身の武器だ。

魔剣と言う物がある。

振れば魔法と同じような効果が撃ちだせる、回(・)数(・)制(・)限(・)つきの強力な剣の総称。

誰が使っても…例え魔力の無い人物が使ったとしても同じ効果が得られるそれは、しかしその使用は永遠ではなく、込められた魔力が尽きれば崩れ去る。

だが、このエクスカリバーは違う。

込める魔力は自分のものである為に使用に制限などなく、言うなれば…

「まさか宝具を作ってしまうとはね…」

と団長が呆れていた。

「そのセリフは何度目だ?」

そう月光が言う。

「ミィタ、自重し…いや、俺らに自重は似合わないなっ」

はっはっはと笑うフィアット。

偶にアオが一人で深層に赴いてかき集めてきた素材も使い、今までも魔剣を越える効果を発揮するものをミィタは幾つか発明している。

「しかし、なんでⅡ?」

彼らの銘銘基準に疑問を持ったアオた問う。

「レプリカ、だからな。これは」

と、ミィタが言う。

「なるほど」

チャリ、とアオ自身の腰に吊るされた大太刀、贄殿遮那弐式を掴んでしみじみと撫でる。

この武器はアオにとっての初期の魔法杖のようなものなのだろう。

創作物に憧れ、そして作り出した。そういった武器なのだ。

「で、誰が使うんだ」

とアオが言う。

「そりゃあ…」

「なぁ…」

「うん」「そうだな」

「?」

クランメンバーの要を得ない答えに疑問を浮かべるアオ。

「これは鎧とセットだ。あの鎧に相応しい女性(・・)剣士じゃなければ譲れない」

と言うミィタの言葉に然りと頷くメンバー。

「…あー、そう言うこと」

彼らの拘りだろう。分らんでもない、とアオ。

「しばらくはお蔵入りだな。俺としては獅子の聖闘衣をアオに来てもらいたいのだが…」

「きないっ!」

なぜか彼らはアオに金に輝く獅子の鎧を着せたがるのだが…なぜだろうか。アオにはさっぱり分らなかった。

「まぁ、もう少し育ってからだな」

10にも満たないアオの体をみてミィタが嘆息した。

「さすがに宝具はどれも強力だな」

そう月光が言う。

「穿ては必ず心臓(ませき)を捉えるゲイ・ボルグⅡ、不治の呪いをつけるゲイ・ボウⅡ、魔法効果を打ち消すゲイ・ジャルグⅡの3槍はもとより、エクスカリバーⅡなんかはもうチートもいい所だ」

「黒天洞とか趣味に走ったのもあるがな」

「いや、それはあれだ…使えない宝具ナンバー1だからと言ってもちゃんと水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)と言ってやろうな?」

「だが、それを作る為にパクって来た殺生石…うぅ…しばらくアノ界隈には近づかないでおこう…」

何処から調達してきたんだよ…何気に物騒な物らしいし…

「だが一番やばいのは…」

と団長が神妙な顔つきになる。

「ああ、これだ」

とミィタの手に現われたのはおかしく折れ曲がり実用性が見出せない儀式用の短剣。

「それは?」

「ルールブレイカー。効果は魔術契約の破棄」

「うっわ…」

アオも押し黙る。

効果がその通りならばそれは冒険者殺しとなりえる。

「…ふむ、これはアオが持っていてくれ」

「そんな物騒な物いるかっ!」

「だが、それが一番安全じゃないか?下手に隠すよりもね」

とフィアットも言う。

「うーむ…っておい、押し付けるなよ」

アオのその手に手渡されまわりの団員は皆自分の手を後ろ手に隠してしまった。

「子供かっ!」

と言ってもまるで無視。

仕方が無いのでアオは腰に下げた道具袋にしまい込む。

どう見ても短剣をそのまま入れれば袋が切れてしまいそうだが、むしろ袋が膨れたような形跡すらない。

「やはり便利だな、この『どうぐぶくろ』は」

アオの言うこの道具袋はあの水晶竜の胃袋をアビリティ『神秘』とフィアットが習得した『裁縫』のスキルで仕立て上げたもので、所謂本物の魔法の袋だ。

あの水晶竜の口から吐き出されていた大量の礫はこうして異空間に収納されていたらしい。

最大内包重量は確かにあるがサポーターのような荷物持ちが必要無くなるのは探索には凄い優位である。

探索や資金は潤沢になったオアであるが、その一方でとある問題をさっぱり忘れていた。

そう、パンドラである。

「あー、ひまー…なんで女神の私が一人でこんなぼろっちぃホームなのか雑貨屋なのか分らない所でお留守番(みせばん)なんて…」

裏通りの奥深く。冒険者も寄り付かないような寂れた所にクランの店が構えてあった。

「と言うか、私のファミリアが未だにアオ一人なのがいけないのよね。しかも自分のファミリアじゃない子達が大勢で押し寄せるし…」

お金はたまってきたので廃教会からは脱出していたのだが、お世辞にも豪勢とは言いがたい。アオも忘れているのか余りホームにお金をかけていなかった。

表向きは雑貨屋だが、商品は殆ど置いてない。裏手の倉庫に無造作に武器や消耗品が置いてあるが、全く売る気が無いのが現状だ。

チリンチリンと店のドアが開く。

「アオくん、おかえりー…ん?」

視線を向けるが期待した視線の先は虚空に素通り。

視線を下げれば年若く見える小人族の青年が見えた。

「えっと、いらっしゃいませ?」

「おじゃまするよ。神自ら店番とは恐れ入る。ここはいったい何屋なのですか?」

小人族(パルゥム)の青年が問いかけた。

「何屋…難しい問題だね…」

「見たところ雑貨屋のようですが」

「雑貨…なのかな…?」

コトリと青年が近く似合った小瓶に手を掛けた。

「六千万ヴァリス…?魔法薬のようですが…効果は…?」

ラベルにはレムオルとだけ書いてあった。

「えっと確か…透明になれる薬、だったかな?」

「透明に…確かに透明になれるのならばこの値段も…」

「あ、値段に突っ込みを入れても無駄だよ。ここに有る商品なんて売る気の無い値段で置いて有るものばかりだからね」

そう言われて見渡せば、確かに全ての武器、薬ともゼロが一級品よりもさらに二、三個多くつけられていて、魔法薬に関しては効果すら書いていない。ただ商品名が書いて有るだけだった。

「これは何ですか?」

「え?えっと、歯ブラシかしらね。そしてその隣が歯磨き粉」

「ふむ、歯を磨く道具とその薬ですか。面白い」

青年の視線が再び辺りをさぐる。

「これは…?羊皮紙…じゃ…ない?でも…」

「それは紙と言うそうよ。うちじゃもっぱら羊皮紙の代わりに使ってるわね」

「紙…ですか…」

「原料はなんと木らしいわよ?同じ原料から作られるものの中での至高はこのトイレットペーパーとティッシュペーパーかしら」

「トイレ?ようを足すときに使うのですか?いい香りもしますね」

「そうよ。全く、これを一度使うともう元の生活には戻れないわよ?」

それから幾つ物生活用具が陳列されているのを眺める青年。

「これらが大量生産出来るなら、大金持ちになれるのではないですか?ファミリア的に」

「そうなのよ…でも誰も面倒がってやらないわ。自分の生活を豊かに便利にする労力には惜しまないのにね?今日も皆でダンジョンに潜っているわ」

はぁとため息をつくパンドラ。

タオルや鉛筆などの小物類。大きいものでは魔導式洗濯機や乾燥機なども売っていた。

「でね?ここに陳列されているのは売ると言うよりもこの商品を見た誰かに作ってもらいたいからなのよ」

作るのも面倒と言う事ね。本当ひねくれているわ、と。

さらに見渡せば『女性以外売買不可、面接有り』と下げられている鎧と武器の一式なども目に入る。

「…本当にユニークなお店ですね…」

そして青年の目に留まったのは長短一式の赤と黄色の二振りの槍。

「この槍は…?」

「それ…えーっと確か…」

そう言ってパンドラは酒の席で聞いていた話を思い出す。

「これは魔剣…なのですか?」

どうやら青年はその槍に内包される神秘を感じ取ったらしい。

「それは宝具と言うそうよ」

「宝具?」

「魔力を吸って神秘を起こす。英雄を英雄たらしめる、伝承のままの武器…なのだそうよ」

「伝承とは?」

「彼らの言っている事は訳分らないんだよね。この世界の英雄にはそんな英雄譚などありはしない、と言っているのに」

「では空想の産物、と言う事ですか?」

「彼らは(ロマン)だ、と言っていたかしら。なんと言うか…彼ら、私達神様の生まれ変わりじゃないのかと思うくらい、精神性が(こっち)に似てるから…」

理解のしようが無いわよ、と。

「その槍も勝手に妄想(せってい)を付けていたわね。確か…えっと…」

と思い出そうと眉間を押さえると、思い出したようだ。

「確か、フィオナ騎士団のディルムット・オディナが持っていた魔槍だとかなんだとか…」

「おおぉ…なんて事…」

なにやら感動している青年をよそにパンドラは続けた。

「えっと、あそこのモラルタとベカルタも彼の武器だそうよ」

と言って二本の剣を指差した。

「えぇっと確か、それと関わりが深いのがあの槍」

つぃっとパンドラが指差した先にある一振りの魔槍。

「それは?」

「無敗の紫靫草・マク・ア・ルイン」

「どんな謂れが有るのでしょうか」

「えっとちょっと待って、思い出すから…」

青年は催促するでもなくうーんうーんと唸る女神を静かに待った。

「フィオナ騎士団長、ディムナ・マックールの槍…らしいわ」

「ディムナ?」

「あれ?違ったかしら…フィン・マックールだったかもしれないわ」

「フィン…性能はいかなものだろうか」

「えっと…不壊属性(デュランダル)、自動修復、自動攻撃機能、精神干渉無効…後は…真名開放による必殺攻撃」

「真名開放…?」

「英雄を英雄足らしめる攻撃らしいわよ?魔剣みたいなものね。えっと確かこの武器は対軍宝具だと言っていたわ」

対軍…と青年は口の中で呟く。

聡明な青年の頭の中で、製作者の意図を読み取った。

対人、対軍、あとは…対城なんてものも有るのだろうか…

値段を見る。

本当に売る気が無いのだろう。ヘファイストスやゴブニュの店でも見た事の無い値段が付けられていた。

かの店の一級品よりもさらにゼロが二つほど多いだろうか。

「そちら二槍は?」

青年の心は決まっていたが、赤と黄色の槍の効果も聞いてみた。

「不壊属性、自動修復機能は共通。ゲイ・ジャルグが魔術的防御の無効化、ゲイ・ボウが決して癒えない傷を負わせる。神様的に言えばスリップダメージね。そして両方ともパッシブ…あー…常時展開型の能力らしいわ」

と言うか、スリップダメージとかパッシブとかが普通に通じるうちの子達ってどうなの?とパンドラはブツブツ言っていた。

「では、無敗の紫靫草マク・ア・ルインを戴けるだろうか」

「え、買うの?とても買える金額じゃないと思うけど?うちはローン…借金払いは受け付けてないよ?」

いつもニコニコ現金払いで、とパンドラが言う。

「いえ、一括で。後でお金を運び込ませますね」

「あ、本当…」

買える財力が有る青年にも驚きだが、こんな胡散臭い武器を買う彼にも驚かされた。

「あなた、名前は?」

値段は付いていたので。売れないとは言えず、パンドラは最後に彼に質問した。

「これは申し遅れました。【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナと申します。以後お見知りおきを。神パンドラ」

「…え?」

「これにはこちらもびっくりしている。この武器はまさしく僕の為に作られた武器だ」

そう言って金髪の小人族の青年は言ってのけた。


「え、売れた?」

ダンジョンから帰ってきたアオ達がパンドラから受けた報告。そして間抜けな回答。

「マジで?」

「マジです…」

店の奥には大量のヴァリスが袋に入って置かれている。

「いったい、どんなヤツが買っていったんだ?」

と団長が皆を代表してパンドラに問いかけた。

「【ロキ・ファミリア】団長。フィン・ディムナって言っていたわ」

神の前で嘘は吐けない。パンドラが言っているのなら本当なのだろう。

「なるほど…」

「フィンがあの槍を…」

「運命と言うものは有るのかもしれないな…」

「フィンなら仕方ない…か」

とミィタが、月光が、フィアットが口々に言った。

【ロキ・ファミリア】はここ十年ほどで頭角を出してきたファミリアで、事実上このオラリオのトップツーに入るファミリアでその団長ともなれば冒険者なら誰でも知っている。

「ま、まぁいいじゃないっ!それにせっかく大金が手に入ったんだし…ぐっふっふ、ようやく私も下界を満喫できるってものよねっ!」

「残念、ボッシュートです」

「えええええっ!?」

パンドラが盛大に大声を出して驚愕。

「な、なんでっ!?どうしてっ!?いいじゃん、こんなにお金が有るんだからさっ」

「クランのホームの建造資金に当てる」

と言ったのはミィタだ。

「ホーム…作るの?ま、まあ?こんなぼろっちぃ裏路地からもそろそろ脱却したかったし?それは良いけど…」

それで、とパンドラ。

「何処に作るの?確かにこのオラリオってファミリアのホームを作れる位の規模の土地ってあまり余ってないものね」

その分値段が張るのはしょうがない。とパンドラは納得する。しかし…

「で、何処に立てるの?」

と言うパンドラの言葉にミィタがジェスチャーで返す。

「は?」

驚くパンドラの視線の先。ミィタは右手を真上に指していた。


流石にホームの建築となるとミィタ達だけでは回らない。

資金が潤沢になった事もあり、クランメンバーがそれぞれ気の合う職人達を冒険者、無所属と垣根を越えて声を掛け、ボロいクランホームの裏口から中に入ると二回へ続く階段を上って行く。

その薄暗い階段。幾段有るのだろうか。しかし何かの魔法陣を踏んだ瞬間、彼らの体は一瞬で転移。明るい日差しと水の流れる音が木霊する広い草原を思わせる地面へと降り立つ。

しかし稜線は蒼に染まり、眼下には白い雲がしかれていた。

「も、もしかして…浮いているの…?ここ」

とパンドラが言う。

「深層枠のギルド未踏破階層で大きな浮遊石を見つけてね。その時にこの構想をミィタ達は思いついたんだって」

そうアオが言う。

「で、でもでも。大きなもなんでしょ?どうやって運んだのよっ!と言うか未踏破領域っ!?もしかしてギルドのダンジョンレコード更新しているっ!?」

「『どうぐぶくろ』って便利だわ。多少大きなものも持ち出せるし、小分けにしてみんなで持ち帰り、それを何回か繰り返してくっつけた。あとこのクランの目的は未知への挑戦なんだから、誰よりも下へ行くのは当たり前でしょ?」

「でもでも。それでも強豪のファミリアが何年、何十年と掛けて一層ずつ増やしていってまだ60階層に届いてないんだよ?」

何層まで行ったの?とパンドラは言う。

しかしアオはそれには答えずに遠い目をして答えた。

「団長達ってかなりのゲーマーだったらしいね。初見であっても既知の事象と照らし合わせて…後は乗りと勢いで?」

なんかワーっと攻略して行っているらしい。

「ゲームの基本は死に覚えだけど…」

蘇生呪文(ザオリク)脱出呪文(リレミト)が有るのが強いと彼らは笑って言っていたと。

「と言うか、人間の想像力は現実を上回ると言う事だろうね…」

団長達は、『ああ、あったあったこう言うの』とか言って攻略を重ねて行っていた。

さらにそこに宝具が加わるのだ。マジで強敵にぶち当たったらゲイ・ボルグ頼みの一撃必殺と言う。まさに必殺を携えての攻略はよほどの事がない限り全滅は無い。

ダンジョンの厭らしい罠などにはまってもリレミトで窮地を脱したりもしていた。

そうやって攻略し、ダンジョンを巡り、ホームの建造に使えそうな物を持ち帰り少しずつ溜め込んでいたのだ。

そしてついにミィタの『閃き』のスキルで建造できると確信が取れた頃、丁度良く大金が転がり込んできたと言う事なのだ。

トンテンカン、トンテンカン

槌を振る音、木を石を削る音、様々な音が混沌と奏でられている。

この浮島は夜だというのにダンジョンで見つけてきた蓄光水晶のお陰でいつも明るい。

そこで団長達が連れてきた職人達がファミリアや職人の垣根を越えて笑いあい、また怒声をぶつけ合わせながら作業をしていた。

そんな光景をここ数日パンドラは眩しそうに眺めていた。

「なんじゃ、こいつは」

「なるほど、こう言う事だったのね」

その声で振り返るとパンドラの後ろに眼帯に紅い髪の女神と、ドワーフでは無いかと思ってしまう体格の男神が通路を抜け出てきた所だった。

「ゴブニュ、ヘファイストス?どうしてここに?」

とパンドラが問いかける。

「どうしたもこうしたも無いわい」

「ここ数日、自分の子供の幾人かの様子がおかしかったから。どうしても気になって」

後を着けさせてもらったわ、とヘファイストス。

「まさかうちに子供らとヘファイストスの子供らが一緒になんてなぁ…」

そうゴブニュも言う。

「あなたの所のファミリアのホームを作っているのかしら?でも、あなたの所ってまだ一人じゃなかったかしら?」

「うん。私の子供はまだ一人。でもね?ここは私達のクランのホームなのよ」

「あ、こらっ!ミィタっ!」

「げぇっ!主神(ゴブニュ)っ!!」

ミィタが自分の主神に見つかってバツが悪くなり逃げ惑う。

どっと周りに笑い声が広がった。

逃げ惑った先でとっ捕まり、しかして一緒に作業をし始めるゴブニュ。

「楽しそうだね。人も、神も」

「そうね。私も…きっと、こう言う瞬間を感じたくて下界におりてきていたんだわ」

そう言うとヘファイストスもその輪の中へと入っていった。

「鍛冶神二人がまるで子供の様にはしゃいじゃってもう…」

やれやれとため息をついたパンドラはお茶の用意を始めるのだった。

きっとみんな時間も忘れて作業をしているはずだから。

日に日に皆のテンションが上り続け、さらに気がつけばヘファイストスやゴブニュを始めとした鍛冶ファミリアの団員が大勢で押し寄せた事で工事がはかどり、また施設や調度品を任せられた事によりミィタやフィアットは『神秘』が必要な所へと周れたお陰で工期は大幅に短縮され、初期の見通しよりもかなり…いや、断然と早く二つの宝具が完成された。

「まさか俺達の手でこれを作り出せる日が来るとはな…」

「ああ…」

「バカもここまで極めればってな」

団長達が口々に呟いて完成された二つの宝具を眺める。

「で、名前は決まっているの?」

と言うパンドラにダッと振り返る四人の視線。

「もう、これしかないと開発段階から決めていたが…」

「うん、もうそれでいいと思う」

「間違ってもラピュタとか言うなよ?」

「言わんよ」

するとタイミングを合わせるように四人一斉に声を発した。

天道宮(てんどうきゅう)Ⅱ、星黎殿(せいれいでん)

と。

日の光差す天道宮。星空を映し出す星黎殿。

二つで1セットの彼らの渾身の宝具だ。

だが、多くの人や神をも巻き込んで完成されたこの宝具(ホーム)を巡ってひと悶着が起きる事になる。

まずギルド。

税金などの徴収を、オラリオの地を踏んでいないと突っぱねる。

次にクランの存在。

【ファミリア】の枠に囚われない彼らのような集団の扱いが問題になった。

(おや)の喧嘩に子供(ファミリア)を巻き込むなよ。この世界に来るに当たってアルカナム(神の力)を封印したあなた達の事は尊敬するが、俺達は神が自由に出来る存在(もの)じゃない。それぞれに意思が有る。押さえつけられれば反発もするさ」

と、誰かが言った。

そして話し合いは平行線。

さらにそこにこのオラリオの頂点を自他に認められる神フレイアの思惑まで絡んできた。

曰く、天道宮と星黎殿をくれないか、と。

美神(アレ)はヤバイ…赤原礼装(これ)が無ければ堕ちてたは…」

そうアオですら恐れをなす存在に目を付けられてしまった。

フレイヤは強力な魅了(チャーム)の力を持つという。その力はアルカナムとは関係の無いものらしく、下界での使用に制限されない。

フレイヤに会うにいたってミィタに押し付けられたのだが…

赤原礼装は外界からの干渉を防ぐ。これによりギリギリ理性を保てたほどだ。

しかし、体が成長しきっていないのを良い事に明らかにヘソが出てたりしているのだが…

まぁいい。

そうやってつっぱね続けた結果、そちらがそうならこちらもと、フレイヤの号令でファミリアの垣根を越えての戦争遊戯(ウォーゲーム)へと話が巨大化していった。

史上初。

同嗜好集団(クラン)VS混合冒険者(クラン)

試合形式は対軍戦。戦場はオラリオ近くの草原。

フレイヤ達には拠点である城まで与えられた。

誰が見てもワンサイドゲーム。

形式を考え、戦闘による死を許容する、と言うルールも追加された。

勝利条件は大将の戦闘不能。


【ロキ・ファミリア】内で一人の青年、フィンが主神であるロキに提言する。

「ロキ、今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の参加はひかえよう」

「どうしたん?確かに寄って(たか)って少人数をボコるのは趣味に反するけどな。けどしゃーないやん?こっちにもメンツってもんがある」

「そうではない」

とフィンが鎮痛な面持ちでロキに言う。

「この戦争遊戯(ウォーゲーム)、負けるよ」

「は?なに言うてんの?」

彼我の戦力差は比を見るより明らかである。

万に一つも対戦相手に勝ち目は無い。誰もがそう思っている。

「となれば、彼らが言っている条件を我々は呑まなければならない。負けた方はオラリオからの永久追放。これでは僕の目的は叶わない」

「フィンにしてはえらい弱気な発言やな。こちらは二千、相手はたったの五人やで?」

負けるはず無いとロキは言う。

「分ったよ、ロキ。それでもあなたが考えを変えないと言うのなら。僕はこのファミリアを抜ける」

まだオラリオを去るわけには行かない、とフィンが言う。

「なっ!?正気か、フィン。ウチの事を裏切るんか?」

「裏切るんじゃないよ、ロキ。今回の勝負は分が悪いと言っているんだ」

フィンの断言にロキが唸る。

「…わかった。今回ウチのファミリアはこの戦争遊戯(ウォーゲーム)を辞退する」

「英断、感謝するよ。ロキ」

「せやけど、もしフィンの言う事が外れたら、これからはフィンがウチにお酒を毎晩一本ずつおごるんやで?」

「くすくす、了解したよ」

そう、ロキ・ファミリア内での密談は終わる。

こうしてフィンは破滅の道を回避する事に成功したのだった。
 
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