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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第158話 魔が……騒ぐ

 
前書き
 第158話を更新します。

 次回更新は、
 1月11日。『蒼き夢の果てに』第159話。
 タイトルは、『追儺』です。

 

 
 俺の長広舌が終わった瞬間、それまで少しざわざわした雰囲気を発していた観衆たちから音が消えた。

 (しわぶき)ひとつ聞こえて来ない召喚の場(ヴェルサルティル宮殿鏡の間)。重苦しい雰囲気と奇妙な緊張が周囲に(こご)る。
 その時、大きく取られた七十二のガラス窓から差し込んで来る陽が深く差し込み、三十六ある金、銀の美術品に対して、この季節に相応しい寂しげな色を着けた。

 ……そう、確かに今、音は消えている。しかし、これはおそらく嵐の前の静けさ。確かに今は静に包まれているこのヴェルサルティル宮殿鏡の間なのだが、その内側に強い気を孕んでいる事が俺には強く感じられていたのだ

 大丈夫。少しの切っ掛けさえあれば、この気はひとつの終息へと向かって走り始める。
 現状は暴走と紙一重の感覚。ある意味、危険な兆候と言えるかも知れない。確かに地球世界のフランス人は走り出した後は考えない、などと言われているが、それでもこう言う場合には勢いも重要だと思う。
 まぁ、国民が一時の熱に浮かされたとしても、為政者の側が常に自分の立ち位置に対して自問自答を繰り返す冷静な思考を心がけていれば。――常に自分が間違っていないか。高い視点から物事を見つめている事が出来ているのかを問い続けて居れば、間違った方向に大きく傾いて行く。その可能性は低くなる。……はず。
 最悪の場合は、その大きな勢いに呑み込まれ、生命を失う可能性もゼロではないのだが。

 …………いや、流石にこれは未来を悲観し過ぎか。

 そう考え、少し思考の方向を転じる俺。何故ならば、このままの方向で考え続けると、自らがずっとガリアの国政に関わり続けなければならない責任について考えなければならなくなる……様な気がするから。それは色々とマズイ。
 それに、俺が居ない間に大きな方向転換を行って居ない限り、今のガリアの戦争税の類は低い。確か地球世界の貴族が支配した時代のフランスに存在した貴族や聖職者に対する免税の特権は、ジョゼフが王太子の時代から徐々に失くされて来た。このことが、王太子ジョゼフとシャルルの王位継承問題の一因……大きな貴族ほど。旧教に属する聖職者ほどシャルルの方を支持する一因となったのも事実なのだが……。
 ただ、故にこの聖戦の名を騙った侵略戦争に対処する事に、ガリアの貴族たちが躊躇う理由は低いと思うのだが。
 国としてのガリアが負けて失う物は、庶民よりも貴族たちの方が大きいはずだから。

 この戦争は基本的にエルフ懲罰軍の編制。異世界より始祖ブリミルが顕われたとされる聖地を違法に占拠したエルフに正義の鉄槌を加え、聖地を奪還する事が主たる目的で有る以上、その事に対して異を唱えるガリアを降伏させた処で、戦争自体が終わるとは思えない。

 ガリア降伏の後、更なる戦争。……本来の目的を果たすまで戦争が続けられる可能性の方が高いと思われる。
 その時、この聖戦に反対したガリアの貴族の扱いがどうなっているのか。そんな簡単な事が分からないマヌケはこの場にはいないでしょう。
 かなり運が良ければガリア滅亡後も無事に生き延びて貴族を続ける事が出来るかも知れない。但し、おそらく戦費の調達の名目で自らの所領で略奪を行われた挙句、自分たちは聖戦の最前線でエルフを相手の絶望的な戦争をやらされる事となる。
 こう言う未来が簡単に見えているはず。

 しかし、それならばどうする。
 一瞬、最後の一押し、更なる仙術の上書きを行うか、それとも、もうひとつ言葉を継ぎ足すか。
 或いは――。そう考える俺。
 それはほんの僅かな迷い。確か、前世ではこの段階で観衆は熱狂の渦に包まれ、ガリアは聖戦へと一致団結して行く事となったはずなのだが、今回の人生では、そんな些細な部分にも齟齬が発生している。

 時間にすれば僅か数秒の逡巡。
 その時――

「異議有り」

 低く、押し殺したかのような声が辺りに響く。その深き底より発せられたかのような陰気に染まった声がこの空間を支配した事により、今まさに爆発寸前となっていた大きな気配が一瞬、停滞して仕舞う。
 その声のした辺りに視線を向ける俺。気分的には最悪の展開に舌打ちをしたい気分で。

 俺が視線を向けた先。声が出されたと思しき場所には……。
 何時の間に現われたのか。多くのギャラリーから数歩分だけ前に出ている黒のマント姿。頭にはつばの広い帽子。但しそれは多くの貴族が好んで被る羽根飾りの着いたかなり派手目のつば広の帽子などではなく、御伽話に出て来る魔法使いのような帽子。その黒とも濃紺とも付かない大きな帽子を目深に被っているが故に、見た目だけではやや身長の低い男性なのか、それともそれなりの身長を持つ女性なのか判断の付かない人物が存在していた。
 外界からは真冬に相応しい弱い陽光。頭上からは科学に裏打ちされた蒼白い光輝に包まれたこの鏡の間にあって尚、この新たに登場した人物の周りには何故か深い闇が凝っているかのように感じられる。

 正直に言うと怪しさ大爆発。オマエ、どうやってこの場に潜り込んだのだ、と問いたい気分が百パーセント。

「この呪われた邪教の召喚作業に、偉大なるブリミル神の御加護など存在しない」

 かなり耳障りの悪い声。どうも無理に作られた声のようで、コチラの心に働き掛ける力と言う物には著しく欠けているように感じられる言葉。ただ、その立ち尽くす黒い人型の大きさと、その声の発する気配から、この召喚の場に現われたのがおそらくは男性だと言う事だけは分かった。
 ただ……。
 ただ、奴が口にしたそのブリミル神自体がこのハルケギニア世界に存在している可能性が限りなく低い以上、これは狂信者の戯言。そう言う趣旨の内容だと思う。そもそも存在していない相手からの加護などあり得ない。
 ……なのだが、それでもこの言葉は俺の召喚から契約――その後の聖スリーズ登場と託宣までの流れを見事に言い当てて居るのも事実。

 この契約の儀にブリミル神の思いや考えなど間違いなく存在していない。聖スリーズの言っている神とは、そんな這い寄る混沌が創り出した……のかは定かではないが、それでも何モノかがデッチ上げた偽神(デミウルゴス)などではなく、この世界の精霊たちが言うトコロの大いなる意志、俺が知っている言葉で表現するのなら、それは集合的無意識と言う存在の事だと思う。
 そもそも精霊たちの王が、その六千年前に実在していたとされるブリミルを知らない、と言い切った。更に言うと、このガリアの祖王は伝説上でそのブリミルの子のはずなのに、その祖王の傍らに常に寄り添い、ガリア建国を助けた……と言われている聖スリーズがブリミルの事を知らないなどと言う事はあり得ない。
 これは始祖ブリミルと言われている民族的英雄が、このハルケギニア世界……は言い過ぎかも知れないが、それでももう少し小さい単位のこのガリアには、本当は存在しなかった可能性の方が高い事を示唆している証拠だと思う。

 但し――

「失礼ですが貴卿は?」

 妙に周囲の貴族たちから浮いた……と言うか、登場した途端、遠巻きに見つめられる存在と成って仕舞った、御伽話の魔法使い風の衣装を身に纏った人物に対して問い掛ける俺。
 ただ、この異常な状況。奴がこの場に現われた理由や、妙に遠巻きにされている理由についても、この問いを発する其の前になんとなく理解出来た……様な気がするのだが。

 しかし――

「ジャック・ピエール・シモン・ヴェルフォール。シャルル叔父上に騎士に任じられた人物の内の一人さ」

 親は確かガリアの北部の貴族、ヴェルフォール男爵。そこの五男か六男だったはずだよ。
 しかし、問い掛けた相手……妙な黒い闇を纏った人物などではなく、俺の背後から聞こえて来る若い女性の声。

「まぁ、未だに処夜権を行使しているような時代錯誤の領主さまだから、本当の処、一体何人の兄弟がいるのか分からないぐらい何だけどね」

 振り返った先。声が発せられたと思しき場所に居たのは、今は俺の式神、黒の智慧の女神ダンダリオンと行動を共にしている、一応、今回の人生でも俺の姉設定のイザベラ。
 最初に見た時に立って居た場所から二歩、俺の方へと進んだ場所。……まるで父であるジョゼフを守るような位置に佇みながらそう続けた。
 ただ、成るほどね。流石は現状、ガリアの諜報部門のトップを務めるだけの事はある。ガリアの全貴族の家族、係累の事をすべて暗記しているのか――などと考えるほど、俺のオツムは御目出度く出来ている訳はない。
 そもそも、ここは王の御前。これから開かれる宴席に参加出来る、華やかな絹のドレスや夜会服に身を包んだ紳士淑女のみが在る事を許された場所。おそらく、この召喚の儀式の後に華やかな宴が催されるのは間違いない。
 俺の記憶が確かなら、前世でもこの直後に俺の召喚が成功した祝いの催しが盛大に開かれたと記憶している。
 そのガリアの王が主催するパーティに参加するには、目の前で闇を纏って立つジャックさんの出で立ちは不自然過ぎる。流石に正式なドレスコードの類はなかったと記憶しているが、それでも最低限の()()()()は存在する。例えば王の御前にあの姿。……武器を隠し持っている可能性がある黒のマント姿で現われるのは異常。
 おそらくオルレアン大公によって騎士に任じられたと言う事は、本来のヴェルフォール領を治める家の家督を継ぐ事が出来ない人物。現在の身分は正式な貴族と言う訳ではない騎士……だと思う。おそらく、一代限りの騎士階級。爵位を売買する慣習が歴史上のフランスと違い存在しないガリアではこの辺りが妥当な線。
 もっとも、もしかすると何処かの世継ぎの存在しない貴族の家に婿として入り込んでいる可能性もない、とは言いませんが。
 例えば、太歳星君を召喚したイザーク・ポルトーのように。

 まぁ、普通に考えるのなら、こんな軽輩が……実家の男爵家の名代にでもなっていない限り、国の命運を左右し兼ねない召喚の儀からの流れとなる王主催の晩さん会に呼ばれる訳はない。まして、今のヴェルサルティル宮殿にガリアに仇為す存在が自由に出入り出来るはずもない。
 俺やタバサが暮らすようになってから、それまでよりも更に高い霊的な防御をここには施してありますから。

 其処に。更に、かなり重要なイベントの最中にこう言う輩が現われたと言う事は、これも最初から計画されたイベントの一環と考える方が妥当。おそらく、奴の登場と共に周囲の連中がコイツを遠巻きにするような形となっているのは、そもそもコイツの周りには一般の招待客以外の連中。西か北の薔薇騎士が集められていたと言う事なのでしょう。
 この後に始まる戦闘に、一般の招待客に余計な被害が及ばないように。

「そんな余裕があるのか、簒奪者ども」

 正当な王から王位を奪った簒奪者とその小倅(こせがれ)。偽の王女に――
 そうやってジョゼフ、俺、イザベラを順番にこき下ろしながら見つめるジャックさん。この時、初めて奴が視線を上げた事により、目の前に現われた男の顔を確認する事が出来た。
 大して特徴がある顔ではない。最近は少し減少傾向にあるのだが、それでもこのハルケギニア世界の貴族に多いカイゼル髭のような妙に先を尖らせた髭を生やしていない、すっきりとした鼻の下。ただ、こめかみから頬に掛けては髭の剃り残しであろうか、妙に青白い印象のある下膨れののっぺり顔。眼は大きくも、小さくもない三白眼。
 但し、妙にぎらぎらとした光を湛えた異様な瞳であったのだが……。
 う~む、髭を生やしていないが故に、とっちゃん坊やのような印象。これならば、カイゼル髭だろうが、ちょび髭だろうが、何か年齢を示すアイテムでもなければ相手に侮られるばかりのような気もしますが。
 もっとも、こめかみから顎に掛けては髭の剃り残しから青白く見えているのですが、鼻の下に関してはそのような翳りを感じる事はないので、そもそもその辺りに髭は生えない体質なのかも知れませんが。

 非常にクダラナイ、更に言うと妙に太平楽な印象をジャックさんから受けた俺。但し、表面上の事態は俺の思考など考慮される事もなく緊迫感のみを増して行く。
 そう、流石に王の御前で開かれるイベントに魔術師の杖を持ってこの場にやって来られた貴族など存在しない。故に、絹を纏った紳士淑女たちは事態の推移を、息を凝らして見つめるのみ。
 更に、本来なら存在しても然りの衛士の類も、ここには居ない。
 但し――

 四面楚歌。間違いなく周り中敵だらけの状況に対して気にした風もなく、件のジャックさんが最後にタバサを見つめ、

「偽物のシャルロット姫もな」

 ……と、そう言葉を締め括った。
 しかし、シャルロット姫……つまり、タバサが偽物?
 それまで無と言う表情を浮かべていた俺が、その言葉を聞いた瞬間、僅かに眉根を寄せ少し訝しげな表情を浮かべて仕舞う。
 まさか……そんな。確かに可能性がゼロではない。例えば、既に故人となって仕舞ったオルレアン大公夫人は俺が引き合わされた段階では既に正気を失っていたが故に、タバサが確実に彼女の娘かどうかは分からなかった。
 確かにその可能性もゼロではないが――
 一瞬、頭の中でのみ、タバサが偽のオルレアン大公の娘である可能性をシミュレート。しかし、直ぐにその疑念を振り払う。
 そう、そんなはずはない。彼女自身がそんな事を絶対に望んではいないはずだから。自らが国を乱れさせ掛け、最期は殺人祭鬼。……おそらくロマリアの暗部を司る連中により殺されたオルレアン大公シャルルの残した娘であると偽っても、タバサ自身にあまり益がないから。

 何故ならば、少なくとも、彼女がオルレアン大公の娘でないのなら、今の俺の立場は意味がなくなるから。将来的に彼女を自由に……。貴族や騎士などの縛られた身分から解放する約束で、俺は王太子の影武者役を受け入れたのだ。確かに俺やタバサの能力が有れば、ガリアがどのような追っ手を送り出して来ても逃げ切る事は可能だと思う。
 ただ、そこまでしなければならないほど道に外れた行為を国としてのガリアが為している訳ではなく、……むしろ俺が考える正道と言うべき状態であったが故に、こう言う回りくどい方法が結果として何処にも角を立てる事もなく、更に大道に背く事もない道だと判断したのだが。

 しかし、彼女自身が今の俺の状況を喜んでいないのは間違いない。まして、その状況に俺を追い込んだのは自分自身だと感じて居る。そんなかなり生真面目な彼女が、自らの事をオルレアン大公の息女だと偽る訳はない。
 もし、オルレアン大公の娘でないのなら、彼女は俺を連れてさっさと隠遁生活に入っているはず。

 タバサが俺に向けている感情は、有希が俺に向けている感情よりももっと分かり易い。

【父が捨てた私の妹を、本当のシャルロット姫だと偽って公表した奴らが存在する】

 俺の戸惑いを感じ取ったのか、そう【念話】にて説明をするタバサ。
 成るほど、彼女が居たな。決して忘れていた訳ではないが、それでも居場所が分からなかった以上、タバサの妹に付いて優先順位が低かったのは仕方がないでしょう。
 その他に仕事は山積み。正直に言うと、何処から手を付けたら良いのか分からないような状態なのですから。

 そう、タバサの妹。正式な名前に付いては不明。前世の記憶が確かならば彼女の名前はシャルロット。オルレアン大公の娘であったのだが、彼女自身が系統魔法を使う事が出来ず、女性であるが故に跡継ぎにする事も出来ず。結果、ほぼネグレクト状態に。
 更に、そのオルレアン大公が肥大化した権力欲から暴走。邪魔になったロマリアに因って処分された後に、残されたシャルロットは手駒として扱い易くする為に自我を崩壊させられ……。

 但し、ここまではロマリアに力を与えていたクトゥルフの邪神が書いたシナリオ。

 オルレアン大公が自身の権力欲から暴走した挙句に果てる事を地球の神々でも察知していたのは間違いない。其処から先に、シャルロットにも奴らの魔の手が伸びる事も想定されていた可能性が高い。
 地球産の神々の介入により、オルレアン大公により捨てられたタバサは、その捨てられてから間がない頃に俺の式神たちの手により僧院から連れ去られ、表向きは行方不明。現実には前世の俺の両親。現世のマヴァール侯爵の養女として迎えられ、
 精神崩壊を起こしていたシャルロットも、彼女の様子を調べる為に侵入……トリステインのマリアンヌ皇太后の誕生日を祝う園遊会の夜にオルレアン屋敷に侵入した時に、俺と出逢う事により裏の人格が目覚めるように設定されていた。

 それが、今回の人生でタバサの夢の世界に現われた少女。但し、今回の人生では俺と彼女が直接出会っていない以上、そのタバサの妹は前世の状態から推測すると、今の彼女は前後不覚の状態。どう考えても真面な精神状態ではないでしょう。
 その方が扱い易いから。虚無魔法を行使する人間兵器としてなら自我などない方が扱い易い。
 それに、彼女……地球産の神々によって設定された裏の人格が目覚める事に因ってシャルロット姫は地球世界で出会った神代万結と成る。俺の記憶や感覚が間違いないのなら、夢の世界で出会ったタバサの妹と、地球世界で再会した神代万結。更に、前世で出会ったシャルロットの発する魂の形や雰囲気は殆んど同じ物だった。そして、そうだとすると彼女なら何の触媒を用いる事もなく俺を召喚出来る可能性が高くなるので、これは流石にクトゥルフの邪神。這い寄る混沌や名づけざられし者に取っては余り面白くない展開となる。
 故に、彼女の裏の人格は未だ夢の世界に幽閉されているのでしょう。

 何故ならば、彼女は系統魔法が行使出来ない王家に繋がる血筋の人間。更に、非常に大きな不幸を背負っている人間だから。
 このふたつは、前世の俺が仮定した虚無魔法に魅入られる人間の条件を満たした状態だから。
 このふたつの条件を満たした人間が()と言う、反ロマリア、反ブリミル教となる可能性が異常に高い人間を召喚するのは奴らに取って問題があり過ぎるから。

 大事な時期にハルケギニアから地球に追放されていた事に対して小さく舌打ちをしたい気分。もっとも、向こうの世界に行ったが故に、この世界に訪れている味方の有無に関しても思い出す事が出来たのだと思うと、その回り道も無駄ではなかったと思う。
 自分自身に言い聞かせるような思考。そんな俺の心の内を読み取ったのであろうか――

「妙に余裕がある風を装っているようだが……」

 神経を逆なでするかのような、聞いて居て不快になる声でそう話し掛けて来るジャック・ヴェルフォール卿……と表現するべきか。
 但しこの言葉は間違い。俺たちは余裕がある風を装っている、のではなく、本当に余裕がある。そもそも、この状況の何処にコイツが有利な点があると言うのか教えて貰いたいぐらいだ。

「これから先に何が起きるのかを知ったら、そんな余裕がある風を装う事が出来るかな?」

 相変わらず、妙に不遜な雰囲気で言葉を続けるジャック・ヴェルフォール卿。ただ、これから先の事を心配しなくちゃならないのはコイツの方も同じだと思うのだが。
 何故ならば、ここは敵地の最奥部。RPG的に表現するのなら魔王城の王の間。目の前には敵の首魁の姿が。対して自分自身は、大勢の貴族を盾にしている訳ではなく、何処にも隠れる場所もない大きな回廊のド真ん中でポツンと独りで立っている状態。
 確かにぱっと見ただけならここに衛士の類はいない雰囲気。更に、集められた一山いくらのガリア貴族たちも、普通に考えるのなら魔術師の杖や武器の類は携行して居ないでしょう。
 しかし、奴の目の前には巷で噂されている内容を半分に聞いたとしても、どう考えても普通の人間が熟したとは思えないような仕事を為している英雄王と救国の乙女のひとつがい。
 更にその後ろにはこのガリアの賢者枠に納まる三人と、俺と契約を交わしているラグドリアン湖の精霊がいる。一般的に知られているラグドリアン湖の精霊の能力だけでも並みの系統魔法使い一人では太刀打ち出来ないのに、今の彼女は目覚めている状態。
 こんなの正面から戦っても敵う訳がない。

 普通に考えるのなら、この場所に衛士がいないとしても、この宮殿の中にはかなりの数の衛士が務めている。そいつらが、この部屋に入って来ない段階で、今の状況がおかしいと気付くべき。
 このジャック・ヴェルフォール自身の能力が万夫不当とでも言うべき能力を有していたとしたら……いや、それでも多分足りないか。
 コイツが世界の在り様を歪められる。その場に顕われるだけで、周囲を異界化現象で包み込む事が出来るほどの狂気を纏った存在でない限り、この場では何も出来ずにキャインと言わされて終わるだけ。

「それがリュティス市内で騒動を起こす予定のあんたの仲間たちの事を言っているのなら、この場に西薔薇の副長がいない事が答えとなっていると思うけどね」

 もうとっくの昔に捕まっているよ。
 この場で、奴の問い掛けに答えるのが一番相応しい人物。イザベラが俺たちの余裕の態度の理由の説明を行った。かなり、呆れた者の色の濃い声音で。
 もっともその内容に関して言うのなら、別に驚くべき事実と言う訳ではない。大体、あの怪しげな……御伽話に出て来る悪い魔法使いのような衣装でこの場へ五体満足な状態でやって来られた段階で、自分が泳がされていた事に気付くべき。
 そもそもイザベラの傍には個人の情報を収集する事をもっとも得意とする黒き知恵の女神……と言うには見た目が幼すぎるが、ソロモン七十二の魔将の一柱ダンダリオンが居る。彼女の諜報の目を潜り抜けて、このリュティスでテロ活動を行うのはかなり難しいでしょう。
 ……オルレアン大公によって騎士に任じられた人間では特に。

 それともコッチの方かい。更に続けるイザベラ。

「あんたの親の領地なら、アルザスのシュラスブルグ包囲に向かったと発表した西薔薇の主力が先に落としているよ」

 ガリア主力の騎士団を前後から挟撃する心算だったみたいだけど、無理だったみたいだね。
 俺と対する時とまったく変わりのない口調。一国の、それも超大国の姫君としては多少……では納まらないレベルで問題のある口調で続けるイザベラ。ただそうかと言って、諜報部門のトップの口調としても問題があるとも思うのだが。
 もっとも内容に関しては至ってシンプル。王都で騒動を起こすだけで終わるのなら、わざわざこんな危険な場所に単独で乗り込んで来る訳はないか。ならば、王都で騒動を起こすと同時に、別の場所でも何らかの動きは有って当然でしょう。
 それに……。
 それに、そもそも、そのシュトラスブルグ……と言うか、アルザス地方と言うのはガリアとゲルマニアの国境に位置する地方。両国で戦争が起きる度にゲルマニア領になったり、ガリア領になったりする地域の事。確かに今はガリア領と成っているが、言語はハルケギニアの基本、ガリア共通語が通用するが、それ以外にゲルマニアの言葉に近いアルザス語と言う言葉を庶民が使って居る地方でもある。
 地球世界の物語。最後の授業と言う物語の舞台となったのがこの地方だったと記憶している。

 ただ……成るほどね。そう言えば、あのルルド村の事件の最後に現われた這い寄る混沌の一顕現、ゲルマニア皇太子ヴィルヘルムの言葉の中にひとつ――
「それに、ここ。ルルド村の事件に貴方とシャルロット姫が派遣されて来た、と言う事は、リュティスを挟んで反対側。鬼門の封じは既に破られたと言う事ですね」
 ――この言葉を忘れていた。ガリアの裏鬼門がルルド村を含むガスコーニュ地方なら、鬼門はアルザス地方。
 あの時の言葉はつまり、アルザス地方で起きる反乱の意味だったと言う事か。

 確かに地球世界のスペインを含むガスコーニュ地方は、元々ガリアの領地ではなく併呑してガリアの領地となった土地。そして、それについてはアルザス地方も同じ。
 元々、このハルケギニア世界のガリア王国と言う国は多種多用な民族が暮らす多民族国家。基本的に何処の都市……貴族が独立を計ったとしても不思議でも何でもない。

 どんなに善政を敷いた心算でも、その事について不満を持つ者は現われると言う事か。
 例えば、ガリアでは貴族が領民に対して勝手に税を掛ける事を禁止している。確かに、それぞれの領地に因って事情も違うので、王に対して正当な理由を述べて税率を変える事を申し出れば許可される事もあるが、基本的に勝手に税率を変える事はそれが例え聖堂の荘園であったとしても禁止されている。
 初夜権にしてもそう。その他、民に対して金を貸し付け、法外な利息を取る事も当然、禁止している。都市に入る際の通行税の類も必要最小限に抑えるようにしている。
 確かに貴族や聖堂によっては、もっと自由にさせてくれ、と感じる連中が居るのも事実なのでしょうが。

 少しの後悔を感じながらも、人の心を完全に制御出来る訳ではないのでこれは諦めるしかないか。……そうやって、陰気に染まり掛ける心を無理に前向きの方向へと向ける俺。それにトータル的にみて、間違った方向。……明らかに悪政を敷いているのが分かるような状態に成らなければ良い。そう割り切るしかないのでしょう。

「成るほど。何故、オルレアン大公やガスコーニュ公、東薔薇騎士団の計画が失敗に終わったのか分かるような気がするな」

 城門を奪って、異教徒どもを呪われた街ごとすべて焼き尽くす……と言う訳には行かなくなったか。
 相変わらず余裕を感じさせる口調でそう呟くジャック・ヴェルフォール。

 いや、これは多少違うか。確かにコイツの心に余裕があるのは間違いない。しかし、それは自分の計画が万事上手く行っている事から生まれる余裕でもなければ、自らの能力に自信があるトコロから発生する余裕などでもない。
 これは狂信者独特の余裕。この目の前に立つ黒い影は他人の命どころか、自らの命さえ信仰の為になら簡単に捨てられる人間だと言う事なのだと思う。

 能力としては恐れる必要のない相手。但し、心の在り様は俺と違い過ぎ、正直に言うと恐怖心を覚える相手でもある。

「だが、未だゲルマニアから発進した竜の羽衣の編隊がある」

 トリステインが持っていたたった一騎の竜の羽衣でも、精強な部隊として知られるアルビオンの竜騎士隊を打ち破った。

「数の上で圧倒的なゲルマニアの竜の羽衣の部隊。その中には大型の個体も存在する」

 果たして、これでもリュティスが無事に終わると思っているのか?
 アルザス……と言うか、ガリアの北部。特にゲルマニアとの国境に近い辺りは旧教の支配が強い地域だったはず。それに、当然、ゲルマニアの影響も強い土地柄だったと記憶しているので、ここでゲルマニアの姿が奴らの後ろに見えたとしても不思議でも何でもない。
 更に竜の羽衣。これはおそらく才人が何処かから見つけて来た零式艦上戦闘機五十二型の事だと思う。奴の言葉を信用するのなら、大型の竜の羽衣とリュティスを燃やし尽くすと言う内容から想像すると、おそらくゲルマニアには戦闘機と大型の爆撃機が存在するのでしょう。
 まぁ、ゲルマニアに戦車がある事は早い段階から分かって居たので、ここで戦闘機や爆撃機が出て来たトコロで別に問題がある訳ではない。

 大体、バトル・オブ・ブリテンでコテンパンにやられたのが地球世界のゲルマニアに対応した国なので、その辺りから類推出来る実力の相手(ゲルマニア)に俺がいるガリアが負ける訳はない。
 そもそも、奴らの電撃戦に対抗する形で、霊的な意味でのマジノ線を構築していたのですから。……去年の夏休み以降は。弱卒、更に火竜山脈を越えて侵攻して来る可能性の高いロマリアとの戦争よりも、警戒すべきはゲルマニアの陸軍。ならば、奴らに対する備えは二重三重となっている可能性が高くて当然。
 但し――

 成るほど。……とワザと感心したかのような言葉を口にする俺。しかし、直ぐに続けて

「どうやらヴェルフォール卿は、トリステインの竜の羽衣に対して燃料と弾薬を提供したのが他ならぬガリアである……と言う事実を御存じないようですね」

 ……と告げた。
 そう零戦と(いえど)も、所詮はレシプロ戦闘機。使用する燃料はジェット燃料などではなくガソリン。それなら俺の式神ソロモン七十二の魔将の一柱ハルファスならば、地球世界の二十一世紀のガソリンスタンドからオクタン価の高いガソリンが幾らでも調達可能。更に機関砲や機銃の弾薬に関しても量産された物であるが故に、ハルファスに対価さえ払えば幾らでも調達可能な物資と成る。
 ……と言う訳で、ガリアからではなく、俺個人の友誼に基づいた感情から燃料と弾薬を提供させて貰ったのだが。

 流石にこの情報を知らなかったのか、それまで妙に余裕のある態度で臨んで居た悪い魔法使いジャック・ヴェルフォールに僅かな動揺の色を発する。
 もっとも、見た目に関して言うのなら相変わらず魔法使いの帽子を目深に被った状態なので表情を確認する事も出来なければ、視線を追う事さえ難しいような状態なのですが。

「つまり、私はトリステインの竜の羽衣の能力を知っている……と言う事」

 その能力の長所と短所についても。
 更に畳み掛けるように言葉を続ける俺。それに、これも事実。確かにハルケギニア伝説の使い魔才人が操縦する零戦の能力がどの程度の物なのかは知りませんが、第二次大戦中の零戦の基本的なスペックならある程度は知っている。

「その上で言うのなら、少なくとも、今のマヴァールの飛竜騎士団の龍騎士を倒せる能力は、竜の羽衣にはありません」

 そして、はっきりと言い切る俺。当然、これも事実。
 但し、これだけでは言葉が足りないのもまた事実。今のマヴァールの飛竜騎士団……と言うか、戦場に立つガリアの騎士はすべて俺の仙術で強化されているので、少なくとも俺が知っている科学に立脚する兵器すべてに対してほぼ無敵状態となっている。……そう言う事。
 零戦どころか、F22だろうが、ユーロファイターだろうが。ついでに言うと、ティガーだろうが、パンターだろうが、何が来ても問題ない。
 こいつ等の攻撃も防御もすべて無効化出来る。俺の魔法……タオと言う魔法は徹頭徹尾そう言う魔法。相手の正体が分かっているのなら万全の策を準備する事が出来る。

 むしろ、ヒノキの棒で力任せに殴られた方がより被害が大きくなる。そう言う類の術で防御を固めて有りますから。

「そんなはずはない! マヴァールの龍騎士が幾ら精強でも、ゲルマニアの竜の羽衣部隊は無敵のはずだ!」

 俺は現実に竜の羽衣の火力を、速度をこの目で確認したのだ!
 メッキが剥がれかけた、少し抑揚を失った声が響く。

 しかし――

「ゲルマニアのネルフェニッチから出撃した航空隊。戦闘機に護衛されたリュティス爆撃部隊の事なら、ガリアの上空で待ち構えていたマヴァールの飛竜騎士団の手に因って全機撃墜されて終わったよ」

 そもそも航続距離の短いゲルマニアの護衛戦闘機では、ガリア上空での爆撃機を護る格闘戦を長時間行うのは不可能なんだよ。
 幾ら良い武器を用意しても、それを真面に運用出来ない司令官では意味がない。そう言う事だね。
 なんと言うか、トホホな内容を口にするイザベラ。

 まるでヤラレル為だけに出て来たような連中。イザベラが用意したイベントに必要な引き立て役と言えばそれまでなのだが、それでもコイツの事を気の毒に思う必要もない。
 何故ならば、今回はガリアの情報収集能力が奴らの隠蔽能力よりも高かったから相手の動きを事前に察知出来ただけ。もし、ゲルマニアの航空戦力によりリュティスへの爆撃を成功されるような事と成っていたら、その被害はこれまでのハルケギニアが行って来た戦争の中でもトップクラスの被害と成っていた事が確実ですから。
 おそらく一時間にも満たない間に受ける被害が。

 状況はこの悪い魔法使いジャック・ピエール・シモン・ヴェルフォールに圧倒的に不利。味方はすべて捕まるか敗死状態。自分は敵地のど真ん中で包囲された状態。
 後はコイツを捕らえるシーンが今回のイベントの最後となるのでしょう。

 ならば。

「さて、ヴェルフォール卿。ここは潔く降伏して貰えると助かるのですが――」


 
 

 
後書き
 ウル・カーノから始まるハルケギニアの炎系の魔法なのですが……。
 私見を言わせて貰うのなら、これはおそらく『ウルカヌス』から来た言葉だと思います。
 もっとも、ルーンに関係する神と言う点から見ると『ウルズ』(ああっ女神さまっを知っている人ならウルドの方が分かり易いか)の可能性もあるにはあると思いますが……。
 ただ、運命や死、その他に織姫などの意味ならあるのですが、炎に関する部分って思い浮かばないんですよねぇ、彼女には。
 そもそも大樹の根元の海から誕生した女神と炎って、メチャクチャ相性が悪くない?
 それでウルカヌスは鍛冶神ですから火にメチャクチャ関係ある。それに、どうもガリア(つまりフランス)にはウルカヌスの伝承が残っているようなので……。

 それでは次回タイトルは『追儺』です。
 しかし、ウルズだの、ウルカヌスだのと言った直後に追儺って。

 追記。
 ただ、ウルカヌスってムスペルにも関係が有りそうな気がする……のだが。但し、この辺りはそれほど詳しい訳ではないから、もしかすると間違っている可能性もあるけど。

 ムスペルやスルトって巨神兵のイメージが。
 羽根が生えるとエヴァかな……って、オイオイ。
 
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