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提督はBarにいる。

作者:ごません
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魂の在処

 お次は少し、生まれた経緯の珍しい一杯を。用意するのはウォッカにホワイト・キュラソー、ライムジュース。これらをシェイカーに20mlずつ入れてシェイクし、氷を入れたオールド・ファッションド・グラスに注いだら完成。

「3杯目はこいつだ。アメリカ生まれのカクテルでな、名前は『カミカゼ』。鋭くシャープな味が神風特攻隊を彷彿とさせるってんで、この名前が付けられたらしい。」

「何だか日本人がやっていた事なのに、やられた側のアメリカで生まれたというのに歴史を感じるね。」

 ああいう猟奇的な作戦ってのは、戦果はどうあれやられた側の恐怖は並々ならぬ物らしいからな。実行しようとも思わねぇが、やられた方は悪夢のような光景だろうよ。……おっと、暗い話になっちまった。由来はどうあれカミカゼ自体は美味いカクテルだ。口に入った瞬間は甘さ控えめで濃い目のポカリのような味…という表現が一番近いだろうか。しかしその後でしっかりと強い酒精を感じさせられる、『飲みやすいが強い酒』だ。美味い美味いと杯を重ねすぎると後々大変な事になる。




「うん、流石は司令官。どれも美味しいカクテルだよ。」

 スモークサーモンとクリームチーズの乗ったカナッペをかじりながら、響が賞賛してきた。

「そうかい?ありがとよ。」

 たとえ見た目が娘位の年頃に見える駆逐艦からでも、褒められればそれは素直に嬉しい物だ。

「ところで司令官、ウォッカベースのカクテルには日本風の物もあるのかい?」

「当然。日本にも世界的に有名なBarやバーテンダーはゴマンと居るからな。日本風のカクテルも沢山あるさ。」

「じゃあ、そういうのを飲んでみたいかな。お願いできるかい?」

「任せとけ。」

 響のリクエストを請け負い、早速準備を始める。まずは日本の代表的果実酒である梅酒を使った一杯から。

 メインの梅酒を20mlに、スミノフの40度を10ml。ウォッカは何でも良いのだが、特にクセが無いのでスミノフを薦めておく。そこにモナンのピーチシロップを10mlと、不〇家のピーチネクターを20ml。これらをシェイカーに入れてシェイクし、カクテルグラスに注ぐ。

「お待ち。『吉祥天女』だ。」

「綺麗な色合いのカクテルだね、梅酒の黄金色と桃の白っぽい黄色が混じり合って……うん、梅酒の酸味を桃のシロップとジュースで抑えてるのか。梅酒の良いところだけを味わえるカクテルだ。」

 流石は駆逐艦きっての酒豪、早霜にも負けるとも劣らない酒の知識だな。舌も敏感だし。なんでも吉祥天女ってのは富や健康をもたらす神様で、毘沙門天の奥さんらしい。何でそんな大層な名前がこのカクテルに着いたかは知らねぇが、何とも優しい味わいのカクテルだ。度数は高いけど。




「さぁ司令官、もっと作ってくれ。」

 次を要求する響の顔は紅潮し、目は少し潤んでいる。さしもの響も酔いが回ってきたか?……無理もない、カクテルを何種類も飲むなんてのは、言ってみればちゃんぽんだ。それも全部が全部ウォッカベースとくれば、並の奴ならとっくにKOされている。それじゃあお次は東京都内の高級ホテル、ザ・ペニンシェラ東京のBarオリジナルカクテルをご紹介。

 と言っても、何も難しい事はない。ウォッカとメロンリキュールのミドリを、3:2の割合でビルドするだけだ。鮮やかで透き通るようなグリーンが特徴の『トーキョー・ジョー(東京ジョー)』の完成だ。アルコールがキツいと感じたら、炭酸で割ってやっても爽やかさがプラスされて飲みやすいぞ。……実はこれ、以前夕張にメロンソーダと勘違いさせて飲ませた一杯である。記憶力の良い読者諸君は覚えてたかな?

「甘くて飲みやすい……ご飯の後のデザートなんかにも良さそうだね。」

「確かにな。見た目は炭酸割りならモロにメロンソーダだから、下戸の奴には飲ませないように注意せんとな。」

 まぁ、俺の場合悪戯で飲ませる事もあるんだが、それは黙っておこう。さて、次はどうするか……。そうだ、ウォッカがキモの、ビックリな一杯を響にご馳走してやろう。

「ウォッカばかりじゃ飽きるだろう、ビールでも飲んで小休止しな。」

 そう言ってビアマグを響に手渡す。

「ビールか……飲めない訳じゃないけど、あんまり得意じゃないな……。」

 そう言いつつもゴクリ、ゴクリと喉を鳴らしてビールを煽る響。数秒後、盛大に噎せかえった。

「ケホッ、し、司令官……なん、だいこれは?」

「ハッハッハ、少しばかり刺激が強すぎたか?そいつは『ビア・バスター』って言ってな。歴としたカクテルなんだよ。」

 ビア・バスター。その名の通り、『ビールを破壊する者』という意味だ。ビアマグにウォッカ40mlとタバスコを2dash入れて、そこにビールを注いで軽く混ぜる。ウォッカの酒精とタバスコの刺激でビールが別の飲み物に変貌してしまうという、飲んでビックリなカクテルだ。今回は響の気付け用にタバスコを通常よりも大量に入れたが、少し入れすぎたか。

「司令官、悪ふざけが過ぎるよ。」

「いやいや、そこまでビックリするとは思ってなくてな。すまんかった。」

 実はこの『ビア・バスター』、もう一つ名前には意味があり、別名『バカ騒ぎビール』とも言われている。悪戯半分に友人に飲ませて、騒ぎを起こさないように気を付けよう。




 さて、窓の外を見ると空が白み始めている。そろそろ店仕舞いの時間だ、響に出してやるのも今宵はお次が最後の一杯だろう。

「さて、そろそろラストオーダーだが、最後もお任せか?」

「うん、さっきみたいな悪ふざけが過ぎる物で無ければ何でもいいさ。」

 余程辛かったのか、響はまだ水をゴクゴク飲んでいる。そんなに飲んだら折角の酔いも覚めてしまいそうな物だが。まぁいい、最後は日本を感じられる……そんな一杯を。

 まずはスミノフの40度を20mlに、クランベリージュースを30ml。そこに加えるのがとっておき、桜リキュール。以前早霜が作っていたCC桜が気に入ったんで店でも仕入れる事にした1本だ。桜の花と葉を漬け込んで香りを移した香り高いリキュールだ。そんな桜リキュールを、香り付けに10ml。それをステアした物をカクテルグラスに注ぎ、塩抜きして桜リキュールに浸けておいた桜の花を浮かべれば完成だ。

「本日最後の一杯、『桜舞(おうぶ)』だ。時期が時期だしな、味わって飲みな。」

「ありがとう……とても美しいカクテルだ。味も…何だか懐かしいな。」

 やはり響は響。ロシアに引き渡されて名前も姿も変えようとも、その中身は紛れもなく日本の駆逐艦『響』なのだ。その魂さえぶれなければ、孤独を恐怖する事も無くなるだろう。

「美味しかったよ、ご馳走さま。」

 そう言ってカウンターの席を立った響の顔は、心なしか晴れやかだ。

「司令官。」

「なんだ?」

「また……寂しくなったら飲みに来てもいいかい?」

「あぁ、いつでも来い。」

「……ありがとう。」

 そう言い残して去った響を見送りながら、次は何を飲ませようかと思案しつつ、俺は店仕舞いの支度に入った。
 
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