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提督はBarにいる。

作者:ごません
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ガキの頃に食べた、お袋の味。

 折角出来た源たれ(モドキだけど)、こいつを使って俺のお袋の得意料理の1つだったメニューを足柄に振る舞ってやろう。

 まずは豚肉。塊のロース肉から豚カツ用位に分厚くカット。もう少し厚くてもいい。

「え、豚カツ揚げるの提督。そのたれはカツにも合うの?」

「チッチッチ、考えが浅はかだなぁ足柄。源たれは豚カツにもそりゃあ合うが、肉の見た目だけで判断するのは早計ってもんだ。」

 俺がそう言うと足柄は頬を膨らませてそっぽ向いてしまった。見た目は大人っぽいくせになぁ、こういう所が可愛らしいとは思うが。

「そういうお前の『素』を受け止めてくれる男がいれば、お前もモテると思うんだがなぁ。」

 そんな会話を交わしながら、カットしたロース肉の筋繊維を断ち切るように、グローブの様な形になるように切り込みを入れる。元々顔の作りは悪くないし、家事もそつなくこなす足柄。モテる素養は十分だと思うのだが、何をそんなに焦っているのか合コン等でもがっつきすぎて失敗しているらしい。

「だって、私って頼れる姉御肌キャラじゃない?そういうキャラを演じてないと私、モテないもの。」

 はぁ。なんつー勘違い。




「……あのなぁ足柄、男からすりゃあ無理して自分を偽られる方がよっぽどキツいぞ?『俺と無理して付き合ってるんじゃないか』ってな。」

 会話をしつつも作業する手は止めない。作った源たれモドキを別のボウルに取り分け、その中におろし生姜とおろしにんにくをさらに追加して豚肉をそこに入れて揉み込む。豚肉に馴染んだら暫く漬け込んでおく。

「自分を偽って付き合ってると、疲れて自分が潰れちまうぞ?自分の素顔を受け止めてくれる男を探した方がよっぽど現実的だぜ?」

「そっか……そうなんだ。私、雑誌とかの情報に踊らされ過ぎてたのね。うん、私も次の合コンからは自分を偽るのは止めてみる。」

 そんな足柄の決意を聞きながら、俺はキャベツを千切りにしていく。実は足柄の豚カツという予想は半分当たっている。カツではないが揚げ物ではある。俺が作っているのは『豚の竜田揚げ』だ。




 別に薄切りでも良かったのだが、ウチのお袋の作り方は豚カツ用の肉を買ってきてトンテキのようにグローブみたいな形になるように切り込みを入れてタレに漬け込んでいた。

『こうすると肉の表面積が増えるから、味が染み込みやすくなるのよ』ってのが、お袋の口癖だったっけ。程よく漬け込んだらタレを落としすぎずに片栗粉をまぶす。衣が少し厚くなるかもしれんが、たっぷりと付ける。そうすりゃ、タレに入ってるおろした具材も付いたまま揚げる事が出来るからな。

「あ、それ竜田揚げだったの?」

「そうさ、ウチのお袋の得意料理でな。」

 ウチのお袋は贔屓目に見ても決して美人では無いが料理がべらぼうに美味かった。『男は胃袋を掴め』を徹底したお陰で、私は結婚できたんだと常々言っていた。 片栗粉をまぶした豚肉を熱した油に沈める。ジュワアアァ……と揚げ物独特のあの食欲をそそる音が響く。この調理中の音って奴はなんでこう、耳よりも胃袋に響くのだろうか?

 ステーキや焼肉の焼ける音、揚げ物の油が弾ける音、焼き鳥や鰻のタレが炭火に落ちてパチパチと弾ける音。聞いているだけで胃袋が締め付けられるような感覚を感じて食欲が湧いてくる。不思議なもんだ。

 低めの油で中に火を通し、一旦上げたら油温を上げて高温で二度揚げ。焦がさない絶妙のタイミングで油から上げたら余分な油を切り、食べやすい大きさにカットしたら千切りキャベツと櫛形に切ったトマト、練りカラシを添えて同じ皿に盛り付ければ完成。

「ハイよ、こいつは俺からのサービスだ。『豚の竜田揚げ』、味見してみて感想聞かせてくれ。」

「うひゃ~、美味しそう!いっただっきまーす!」

 足柄が一切れつまんでかぶりつく。ザクリ、というよい歯応えを感じさせる音と共に顔が綻ぶ。

「おいっしぃわねこれ!揚げ方も絶妙だけど、何より味付けがいいわ!」

 そう言いながらはふはふと竜田揚げを口に放り込み、そこにビールを流し込む。俺がお袋に作って貰っていた頃はご飯のおかずとして食べていたが、その頃から酒のツマミとしても最高の味だろうと思っていた。ちゃっかり自分の分も揚げておいたので、その一切れにカラシをたっぷりと付けてかぶりつく。ザクリと心地よい歯応えの次にやって来たのは豚の赤身の部分の旨味とタレの味。醤油の味と共に生姜やにんにく等薬味の味がガツンと来たと思ったら、熱が加わって甘味の増した玉ねぎとリンゴ、そして豚の脂身の甘さがやって来る。そしてそれを引き立てるカラシのツンとした刺激。堪らなく懐かしく、そして美味い。

「提督、もしかして泣いてる?」

「バカ、鼻にカラシが効きすぎただけだっつの。」

 勿論、突然零れてきた涙を誤魔化す為の嘘だ。柄にもなくノスタルジックに浸ってしまった。この歳になると懐かしさで涙が出るのだと初めて味わった。恥ずかしいから、食べる時は誰も居ない時にしよう。そう堅く心に誓って、再び竜田揚げにかぶりついた。その翌日、俺が涙を流したとの噂が広がり、豚の竜田揚げを求めて飲兵衛共が押し寄せてきたのは、また別の話。 
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