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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  六十三話 百鬼夜荒 陸

 月光で仄かに照らされる夜闇を彗星の如く奔る極彩色の輝きが幻想的に染め上げる。
 夜天を裂くかの様なその閃光は上空を飛び回っていた数体の妖怪を文字通り消し飛ばし、更にその先にいる巨大な黒い影へと迫る。

 その影――――体長は十mを越えており、その身は群青色の鱗に被われ、更にその背に持つ二対の翼を広げれば二十mは優にある。
 翼を持つ蜥蜴(とかげ)に見えるその容姿、鋭い牙を剥き出しにし、腕の先には見る者に鋭利さを与えるかぎ爪を携え、そして何よりもその巨体が威圧感を倍増させていた。

 彼の名はナハト。 
 元々は遥か西の大陸に居た『竜種』と言われる種族である。
 彼がこの地に来たのは割と最近の事なのだが、その折にある事件を起こしていた。

 彼も人を喰う類の妖魔であり、西の大陸に居た時と同じく、それが当たり前だと言う様に人を襲った。
 そこは住人が十数名という小さな村で(ナハト)の行動を阻む事など不可能。
 だが――本当に偶然の事だったが、その時この村の近くに須佐之男が駐留しており(ナハト)の気配を察知し戦闘に陥ったのだ。
 結果……ナハトは深傷を負わされその場から退散する事となる。

 ナハトは自力に自負を持っていたが、その心躰(しんしん)に敗北と言う屈辱を刻まれた事により須佐之男に対し激しい憎しみを抱く。
 それは逆恨みに近いものではあるが(ナハト)には関係が無い。
 その後、須佐之男が大和と言う国の将である事、そしてその大和に敵対する妖怪の集団が居る事を知り紆余曲折の末に百鬼丸に加担する事となった。

 ナハトにすれば須佐之男以外の者など眼中に無く、今争っている相手も羽虫だと言わんばかりに侮っていた。
 だが予想以上の手強さに、募る苛立ちとは裏腹に強者との邂逅に歓喜もしている。


 ナハトは迫り来る極彩色の閃光に対し大きく息を吸い込み、それを一気に吐き出す。
 だが吐き出されたモノは空気の塊などではなく黒い砂であった。

 黒い砂の正体は“砂鉄”。

 (くろがね)の濁流は、相反するかの様な極彩色の閃光とぶつかり合うと、喰い合う蛇の末路の如く互いに散り消え去った。

「図に乗るでないわッ!木っ端(こっぱ)がッ!!」

 ナハトの叫びが遠雷の様に空間に響き渡り、

「あら?…ウフフッ……
 この風見 幽香を木っ端呼ばわりなんて――――貴方…万死よ♪」

 閃光を放った張本人である幽香は、ナハトの言葉に妖艶な笑みを浮かべそう返答する。

 相対する二人の周囲には円陣を組むかの様に取り囲む無数の妖怪達が居るが、二人が放つ攻撃の余波に捲き込まれない様に一定の距離を保っている。
 そんな状況だというのに幽香の目にはナハトしか映っておらず、対するナハトも発言ほど幽香を侮ってはいなかった。

 そんな風に二人を見ていた妖怪達の目の前で突如、幽香の姿が消える。
 彼女(幽香)の動きを追えた者は極一部であり、憐れにも幽香の姿を見失っていた内の一匹である巨猿の妖怪が背後に現れた幽香に首を掴まれる。
 巨猿が状況を把握する間も無く、幽香は巨猿を軽々とナハトへと向け投擲した。

 矢と化した巨猿の速度は驚異的で瞬きすら許さない程であったが、ナハトは微動だにせず巨猿が飛来する方向に砂鉄を高速で円盤状に回転させる事で受けとめた――――否、削岩機の如く磨り潰した。

 しかし幽香の狙いはナハトが自分以外に意識を割く事であり、投擲した巨猿がどうなろうと関係が無かった。
 幽香の目論見は的を得て、ナハトの頭上を取った彼女(幽香)は彗星の如く滑空し、(ナハト)の翼の根元へと極彩色を纏った手刀を打ち込む。

 しかし幽香の手刀が(ナハト)の鱗を貫く、と思われた瞬間――――ナハトの鱗の内側から砂鉄が濁流となって溢れ出し、幽香の手刀を飲み込んだ。
 しかも手刀を打ち込んだ部分だけが鋼の如く固まり、砂鉄の濁流は滝の如く地上へと向け幽香ごと流れ落ちる。

「ッ!このッ!舐めた事をッ!」

 悪態を吐く幽香を嘲笑うかの様に、地上に落ちた濁流はそのまま沼の様に集まり、彼女(幽香)の四肢に纏わり付くと鉄の様に硬質化する事で動きを封じてしまう。

 強引に拘束を破壊しようとする幽香の背後に影が迫る。
 茶色の体毛に被われた筋骨隆々な牛妖怪が、自身の身の丈ほどもある巨大な鉄鎚を上段から幽香に向け勢い良く振り下ろす。
 流石の幽香と云えども満足な防御がとれなければ致命傷に成りかねない、その一撃は――――

 彼女(幽香)を覆う様に発生した山吹色の光によって完全に遮られ、更にはその一撃により光の壁に起きた波紋が、まるで逆再生の様に集まり爆光し牛妖怪を吹き飛ばした。

「大丈夫ですか!幽香さん!」

 現れたのは幽香と共にこの一角を任された博麗 綺羅。

「えぇ大丈夫…よッ!!」

 綺羅に答えるついでだと言わんばかりに幽香は自身を拘束していた砂鉄の固まりを粉微塵に粉砕する。

「あまり御一人で無茶をしないでください。
 微力ではありますが僕でも補助位は出来ますから」

「……分かってるわ、ごめんなさいね」

 真摯な綺羅の言葉に対し、幽香の返答と態度は見て取れるほどに素っ気無なかったが生粋と呼べる位のお人好しである綺羅は然程の憤りも感じていなかった。


 実の所、この二人が虚空の指示で一緒になっているのには訳が有り、綺羅は気付いていないが幽香は虚空の意図を理解していた。

 幽香にとっては目的は百鬼丸であり、戦場に居るその他の妖怪連中や()()()()()()知った事では無い。
 放っておけば勝手に単身で敵砦に突撃する位はやっていただろう。

 だがそんな事をされると()()()()()としては困る。
 そこで(虚空)は綺羅に幽香の援護をするように頼んだのだ。
 それは綺羅に幽香のお目付役をさせる――――と言う事では無く………

 幽香に『足手纏い』と言う枷を付ける為だった。

 足手纏いと言っても、それは幽香基準の話であり綺羅自身の実力は本人(綺羅)が自覚している以上に高い。



 博麗の血筋はそれなりに古く、何時から結界術師として生計を立てていたのかは分からない。
 結界術師としてはそれ程有能な一族では無く、“可も無く不可も無く”と言うのが正直な評価であった。

 しかし綺羅の代でその評価は一新される事となる。
 強固な結界術、強力な封印術、卓越した対魔術式等を次々に構築し瞬く間に『博麗』の名は周囲に広まっていった。
 遂には京の都を統べる帝直属の陰陽組織から召し上げの打診も来た程である。
 だが綺羅はそれを断り、生まれ故郷の地に留まり地方の人々を驚異から守り続ける道を選んだのだ。
 災厄から弱き人々を護る――――それが綺羅の信念であり誇りである。
 (綺羅)は希代の天才である以上に――――何よりも『お人好し』だったのだから。 



 しかし綺羅が虚空の意図に気付かず善意で幽香の援護をしたとしても、幽香自身が綺羅を気にかけず自由に動いてしまえばその措置の意味が無くなる。
 だが幽香には綺羅を見捨てられない理由が存在した。

 幽香の花畑は現在、綺羅が張った結界によって保護されている。
 彼女(幽香)の性分は基本的に身勝手である――――が、物事に対してきっちりと筋を通す性質も持っている。
 他者からどう見えたとしても、彼女(幽香)にとって花畑は姉妹(さとり・こいし)と遜色ない程……大切な譲れないモノ。
 経緯がどうあれ、その大切なモノを“守ってもらっている”と言う事実には報いないといけない。

 そして…この戦場で綺羅を孤立させれば間違いなく(綺羅)は死ぬだろう――――それが幽香が綺羅と共に戦っている理由。

 自分の都合の為に躊躇無く綺羅のような人物を利用する虚空に、幽香は確たる不信感を感じている。
 薄々感じていた事ではあったが、ここまで躊躇が無いとは予想以上だった。


 背中合わせの幽香と綺羅の周囲には、何時の間にか無数の妖怪達よって包囲が敷かれ、今正に襲い掛からんとしていた。

 二人がその襲撃に備えようとした、その時――――
 上空から照らしていた月明かりが突然消え、闇が深くなる。
 地上に居た者達全てが、『何事か?』と天を仰ぎ見ると――――

 その地上目掛け漆黒の(つぶて)驟雨(しゅうう)の如く降り注いでいた。
 それは天上のナハトが放った砂鉄の雨であり、『何人たりとも生かさん』という滅殺の意志が込められた兇意。

 幽香が反応するよりも早く綺羅は懐から四枚の符を取り出し宙に放った。
 すると四枚の符は二人(綺羅と幽香)の四方を囲む様に浮き、山吹色の輝きを放つ正方形の結界と化す。
 その輝きは降り注ぐ鉄色(くろがねいろ)の暴威を完全に遮断していたが、周囲を取り囲んでいた妖怪達は驟雨(しゅうう)に飲まれ、まるで摺り下ろされる様にその身を消していく。

 地上へと降り注がれた砂鉄の脅威はそれだけでは治まらず、今度は濁流となり綺羅の結界に向け押し寄せ、圧殺するかの様に取り巻いた。
 その様は無数の大蛇が獲物を捕らえ絞め殺す風景を幻視させる。
 その黒い蛇達に対し綺羅の結界は高速で回転を始め、その面積を瞬間的に膨張させると爆発するかの様に弾け、山吹色の暴風となって取り巻いていた脅威を消し飛ばした。

「ほぅ?人間風情が中々にやりおるな!」

 ナハトは地上での結果にそう言葉を贈る。
 彼にしてみれば、相手に対し賛辞を送ったつもりなのだろうが。

 遠雷の様に響くナハトの言葉に綺羅は更地と化した周囲を見渡した後、強く(ナハト)を睨み付ける。

「仲間を何だと思っているんだ!貴方はッ!!」

 綺羅の怒りの咆吼が周囲に響き渡り、一時の間その場に静寂が降りるが――――

「…ふ…フハハハハッ!」

 その静寂はナハトの轟く笑い声によって蹂躙された。

「仲間とはな……貴様は“目的が同じだけ”の輩を仲間と呼ぶのか?
 儂も此奴等もただ利害が一致しているにすぎん。
 そもそも敵対者にそのような戯れ言を吐くとは……この(たわ)けがッ!!」

 戦場において相手方の事情に一々感化されるなど愚の骨頂である。
 優位な立場から口を出すならば兎も角、明らかに不利な立場の者がそのような事を口にすれば、可笑しい以上に怒りの方が湧くだろう。

 現に綺羅の隣に立つ幽香も(綺羅)の発言に内心呆れていた。
 彼女(幽香)にしてみれば勝手に同士討ちしてくれているのだから自分にとっては願ったり叶ったりである。

 しかし当の本人(綺羅)が幽香の心情に気付ける筈もなく、上空のナハトに向ける視線は更に強くなっていた。

「如何な事情があれ(くつわ)を並べる者であれば仲間ではないですかッ!
 其程の力を持ってして何故切り捨てるのかッ!!」

 綺羅らしいその言葉に――――

「寝惚けた事を――――力を持つからこそであろうが!
 力有る者が力無き者を蹂躙する、其れこそがこの世の摂理であり真理ッ!!
 儂を否定したければ言葉を飾らず力を持って押し通せ!愚か者ッ!!」

 ナハトはそう吐き捨てると同時に口から砂鉄の濁流を放つ。
 綺羅と幽香は上空へと飛び上がりその攻撃を退避し、目標を失った黒い暴威は大地を喰らうかの様に暴れ回り散々に貪った。

「…アイツ(ナハト)の言う通りね、アンタの(綺羅)の言いたい事も分からなくないけど…今は忘れておきなさい。
 そうじゃないと……死ぬわよ?」

 幽香の諭す様な、叱る様な、そんな言葉に綺羅は自身の心を抑え付ける様に強く拳を握り締める。
 圧倒的不利な戦場で余計な思考は死を招く――――幽香の言葉は実に正しい。
 最も……正しいからと言って納得出来るかは別問題であるが。

「……すみません」

 綺羅は絞り出す様にそう一言だけ紡ぐと、ゆっくりと目を閉じる。
 時間にすれば一、二秒ほどで再び開かれた(綺羅)の瞳には迷いは見えず力強さが宿っていた。

「……貴方(ナハト)の言う通り、今は力で押し通しましょう!」

 綺羅が胸の前で音を立てて合掌すると、(綺羅)を中心に山吹色の霊氣が迸り、(さなが)ら太陽の様に夜闇を照らし出す。
 そしてその太陽の輝きから直径二m程の六色十二個の光球が生まれ出で、(綺羅)を中心に円軌道を描き六色の軌跡を闇色の空間に奔らせる。

 綺羅の間近に居た幽香を始め、ナハトや数体の妖怪達はその光球の危険度を直感で感じ取り本能的に距離を取ろうと動き出す。

 しかし彼等の行動よりも早く、光球が弾かれたかの如く周囲へと放たれた。

 光球は流星の様に、そして疾風の様な迅さで空間を翔て行き進路上に居た妖怪達を悉く飲み込んでいった。
 だが光球に飲まれた妖怪達に然程の変化も起こってはいなかった。
 吹き飛ばされる所か傷さえ負っていない。
 変化といえば飲み込まれた光球と同じ色の(まく)に包まれている位なものだ。

 そのそれぞれ六色の膜に包まれた妖怪達はいきり立った。
 見かけ倒しか!焦らせやがって!――――吐いた言葉は多種多様であったが“怒り”という一念のみは共通しており、その怒りをぶつけようと綺羅に向け殺到する――――

 ()()()()()()

 しかし彼等(妖怪達)の意志に反して身体が全く動かない。
 まるで巨大な掌で握り締められているかの様に。



 『夢想封印(むそうふういん)

 綺羅が使用した術の名である。
 名前の通り封印術の一種であるが、その効能は『対超常現象』に限定されている。
 人間や物体には作用せず、妖怪や神、術法や神秘に対してしか効果はない。

 しかしその効力は凄まじく、囚われた妖怪達は指先一つ……身動きは微塵も出来ない程である。
 そして――――

 赤い膜に囚われていた一匹の妖怪の身体が突如(ひしゃ)げ、まるで握り潰されるかの様にその体積を減らし小さな肉塊へと変わり果て灰となって散った。
 それを皮切りにした様に彼方此方で同じ現象が起き阿鼻叫喚が響き渡る。


 封印とは単純に言ってしまえば『抑え付ける』事である。
 つまり“抑え付けられる者”が抑え付ける力に耐えられなければ潰されるのは道理。
 たかが封印と侮れば待っているのは――――“死”である。



 六色十二の光球は無数の妖怪達を封印した今尚勢いに衰えは見えず、遂にその矛先を天上のナハトへと向け獲物に襲い掛かる獣の様に空を翔て行く。

「嘗めるでないわッ!小童ッ!!」

 ナハトの叫びと共に(ナハト)の身体から漆黒(砂鉄)が溢れ出し、暗闇を更なる暗黒で染め上げる。
 天上を埋め尽くすかとも思える程の砂鉄の鉄色(くろがねいろ)にその身を隠したナハトを追い、十二個の光球達は夜天に広がった黒に次々と飛び込み姿を消した。

 それとほぼ同時に綺羅目掛け、(綺羅)の直上から巨大な影が流星の如く疾駆する。
 それは砂鉄の闇に身を沈めた筈のナハトであった。


 ナハトは瞬時に綺羅の術の危険性と限界を看破していた。
 効力は言うに違わず厄介極まりないモノであるが、あくまであの術は綺羅の意志で操る類のものであり、自立して動いている訳ではない、と。
 そしてあれ程の術ならば使用中に他の術の発動は出来まい――――そう確信していた。

 そしてナハトの分析は的を射ており、『夢想封印』の最大の隙は使用中の術者そのものである。

 故に今の綺羅にナハトの突撃を防ぐ(すべ)は無く、そもそもにおいて如何な存在であれ疾風の様な速度で迫る(ナハト)の巨体から生み出される破壊力を防ぐ事そのものが困難部類に入るのだから。


 ナハトにすれば(あぎと)を広げ、ただ閉じるだけでも――

 その鋭い爪で裂くだけでも――

 ただ身体をぶつけるだけでも殺せるちっぽけな存在(綺羅)

 そんな取るに足らない――――と思っている者にナハト自身知らない内に()()()()()()()()()――――



 見逃してはならない脅威の事を数瞬とはいえ失念していた。




 必滅の権化となったナハトが綺羅に向け迫り――――


 その流星(ナハト)に向け極彩色の彗星が横合いから鋭い槍の如き一撃となって突き刺さる。

「ゴッ!ガァァアアァァァァッ!!」

 ナハトの苦悶の叫びと光の軌跡を空間に刻みながら、極彩色の槍はナハトを地上へと叩きつけ、暗闇の大地に天まで届くような爆煙を立ち上げ地上を激しく震撼させた。

「さっき万死って言ったけど………八つ裂きで許してあげるわ♪」

 ナハトの腹に極彩色に輝く手刀を突き立てている幽香は、万物を虜にする様な妖艶な笑みを浮かべ死の宣告を口にする。

「きッ貴様ァァァァァァァァァッ!!」

 大地に仰向けで叩き付けられていたナハトは、直ぐさま砂鉄の防御で幽香を吹き飛ばそうとするが――――

 時既に遅く――――

 突き立てられている幽香の手刀から更に眩い輝きが迸り、ナハトの巨体を極彩色の煌めきが縦横無尽に駈け巡りナハトの断末魔ごと木っ端微塵に斬り裂いた。

「あら?ごめんなさい………()()()()にしては細かくし過ぎたわね♪」

 飛び散ったナハトの鮮血が大地を染める中、幽香の全く悪気を感じさせない言葉が静かに木霊し、大地を赤く染めていたナハトの名残がゆっくりと灰となって散ってゆく。

 そんな余韻の中、彼方より衝撃が風の様に駆け抜け幽香の髪を乱す。
 遅れて響きく爆音が遠雷の様に轟き、幽香は音の発生源であろう方向へと視線向ける。
 彼女の視線の先に広がる暗闇の遥か向こうから、立て続けに流れる衝撃と轟音。

「あの方向には……虚空さんやルーミアさんがいらっしゃるはず………先程から感じる力とこの衝撃、お二人はご無事でしょうか?」

 何時の間にか傍に来ていた綺羅が独り言の様に呟き、それが聞こえた幽香は呆れと可笑しさが同時に込み上げてきた。

「ルーミアは未だしも…彼奴(虚空)の心配するとかアンタ…お人好しにも程があるわよ?」

「幽香さんは心配ではないのですか?」

 幽香の発言に本気で疑問を呈する綺羅に、

「正直に言えば彼奴等(虚空とルーミア)が死のうがどうしようが知ったことじゃないわ…特にあの阿呆の方(虚空)はね。
 それより―――」

 幽香は言葉を止め綺羅に促す様に視線を動かした。
 綺羅はそれに追随する様に視線を向け、先には先程よりも多くの妖怪達が自分達を取り囲み、機を覗っているのか鋭い視線を向けていた。

 難敵を排除しただけであり戦闘は未だ継続中なのだ。

「他人の心配より自分の心配をしなさい…
 ……じゃなきゃ死ぬわよ?」

 幽香の言葉は実に正しく、綺羅はその言葉の意図を汲み上げる様に気を引き締めた。

 その素直さ、生真面目さに幽香は笑みを浮かべると、

彼奴(虚空)の思惑通りに動くのは本当に癪に障るけど……今回は…まぁ…仕方ないわよね。
 綺羅、援護は任せるわ――大丈夫かしら?」

 背中越しの幽香の問いに、

「お任せください!」

 力強い(綺羅)の返答が周囲へと木霊した。

 その返答代わりに幽香の右手から極彩色の光が暗闇を裂く様に迸り、極光が夜天の下で大地を()()けた。 
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